Monologue2005-11 (2005.12.10〜2005.12.18)
 「2005.12.18(日)」晴・不燃物回収最終日確認失念問題
 
 この時期ついウッカリ失念してしまうのが、年末最終ゴミ出し日のゴミ出しである。
 特にウチの方は「燃えないゴミ回収日」が早いので、チェック漏れしないよう12月初旬くらいから準備しておかないといけない。
 これを忘れると非常に嵩張る不燃ゴミの袋と一緒に年を越さねばならない羽目になる。

 今年は19日の月曜が最終日だ。
 今年は不燃ゴミをちゃんと市指定のゴミ袋に詰め、月曜の最終日に備えた。万全だ。どうも遠足前日の小学生のようだが。

 ところが、こうやって半ば過剰気味に意識して意識してせっかく備えた今年に限って、なぜか袋に詰めた不燃物の量が異常に少ない。
 例年通りにはいかない。
 ちょっと拍子抜けしてしまうくらいの、どうってことない量だ。
 これじゃ、失念してもヨカッタかもな、などと本末転倒な意見が出てくる。

 本当のことを言えば、不燃ゴミなぞ、もっと徹底的に大掃除さえすれば、有り余るほど出てくるはずだ。
 でもこの時期まだ大掃除などできない。とりあえず今掻き集められるヤツを単に集めただけ。
 どうせ又年末にかけて新たな不燃ゴミは蓄積されてくるだろう。
 僕としては大掃除だったら1週間くらい休暇をとって徹底的にやりたい。たぶんそうしないと無理だ。
 でもそんなヒマは無い。
 仮に休暇が取れたとしても、その貴重な休暇を全部掃除に使うなんて、ストリート系ロマンチストの僕には堪えられない(注:ストリート系ロマンチスト=ここでは放浪癖のある街道オタクの意)。
 第一一週間休暇取って大掃除するヒマあったら引越しを先に考える。
 結局どの道、オレは不燃ゴミの袋と一緒に年末年始を迎える運命だったのさ。ケッ(明日のジョー風に吐き捨てるように)。

 大体まだ12月も半月くらいあるのに、もう最終日だなどと言い出す市が悪い。そうに決まった。
 僕の部屋が汚くなるのは、みいんな市のせいだっ!。

 ん?、責任転嫁も甚だしい?。
 ・・・ですよねえ。
 「2005.12.17(土)」晴・印刷機損壊賀状提出者失念問題
 
 この時期ついプレッシャーになりがちなのは年賀状だ。
 おととしまで自宅のプリンターで印刷していたのが昨年厄年なのか何なのかプリンターが壊れてしまった。ついでにデジカメも壊れた。
 今年になってからは後厄なのか、まだ厄の余波があり、印刷環境は未だ復旧の状態にはない。
 そう言えば昨年から今年にかけて、MDウォークマン、CDラジカセ、プリンター、デジカメ、DVDレコーダー、これだけのものが壊れた。おまけに傘も壊れた。
 とりあえず最優先の音楽環境、MDとCDは復旧した。
 一体なんだったんだ。この損壊マイブームは?。

 結局年賀状は昨年、全て手書きで対応した。
 どうせ大した枚数でも無いし、今年も手書きでイイかなどと思っていたのであるが、ここに来て年賀状ソフトの利点に気づいた。

 あれは賀状を出したか否かの管理をキチンとしてくれていた。
 昨年は手書きだった為、全くソフトも触らず、ついウッカリ提出者管理を失念してしまった。

 今年はもう、とりあえずは昨年いただいた方優先で出すしか無い。

 一度うやむやになると、こういうのは結局うやむやで終わってしまう。
 そもそもプリンターが壊れるから悪い。もっと言えば厄年だったのが悪い。
 そう、僕が年賀状管理イイ加減になったのは、みいんな厄年のせいだっ!。

 ん?、責任転嫁も甚だしい?。
 ・・・ですよねえ。。
 「2005.12.16(金)」晴・並行稼動水量配分不足問題
 
 週の半ば平日で一回くらいは洗濯機回しておかないと、あとでせっかくの土日に大量の洗濯もんと格闘しなくちゃいけんようになる。
 洗濯で休日が終わるという、僕のようなロマンチストには堪えられない事態に陥る。

 まあ洗濯といったって、僕のような一人もんは平日夜しか家にいないから、平日に晴天の下、のんびりと洗濯でも、なんてわけにはいか無い。
 平日帰宅後、いろんな作業を並行しながら行う。
 シャワーを浴びながら洗濯機をかける。トイレもある。あまり遅いと近隣からヒンシュクを買う。貴重な時間は待ってはくれん。

 そうすると何せ安普請のアパートゆえ、水を豊富に使用すると水の配分問題という不意の事態が沸き起こる。
 「シャワーの温度が、安定しませんっ!」(ヒロシ風に半ばヒステリックに嘆きながら)。

 ただでさえ寒波で寒いっちゅうに。ね。
 それにしても天は、この寒さで一体何を我々に示唆しようとしているのか?。
 単純に頭冷やせっつうことか。
 「2005.12.15(木)」晴・Till there was you
 
 昨日の朝日新聞の夕刊が四つ折りになっていたのを手にした時に、かまやつひろし氏の写真と”物だ」 客席で見た”という太字の見出しが視界に入ってきた。
 この二つの情報で、僕はすぐに「あっ、ビートルズの話だな」とピーンときた。
 案の定ビートルズの話だった。
 我ながら素晴らしい職人芸的な思考回路だと自分で深く感心した。
 ちなみに見出しの全文は”「本物だ」 客席で見た”というものだった。ビートルズが来日した時の話だった。

 ビートルズはオリジナル曲が非常に有名ではあるが、元々カヴァーを大得意としていた。
 初期のアルバムにはカヴァー曲も多く収録されている。

 僕がカヴァーの中でも好きなのは、セカンドアルバム「With the Beatles」に入ってる「Till there was you」という曲である。
 原作は「ザ・ミュージックマン」というミュージカルの劇中歌である。

 若き日のビートルズの録音であるこの曲は、非常に爽やかな美しいメロディを持った楽曲で、これをチョイスしたビートルズが単なるアイドルロックバンドでは無かったことが良くわかる。

 この曲ではポール(マッカートニー)の爽やかなボーカルが魅力的だ。
 ただそれ以上に印象的なのがジョージ(ハリスン)のアコースティックギターである。
 僕は中学生の時に、これが弾きたくて何度も練習した。カセットテープから流れる音楽を何度も繰り返し耳で聞きながら、ギターの音を探していく。それでようやく中間のソロのさわりがやっと弾けるくらいになって満足して挫折した。
 当時は楽譜なんて買う金も無かったし、第一ビートルズを聴取する環境が現在とは比べ物にならないくらいお粗末だった。

 今では自分で買おうと思えばビートルズ関係の品や情報はすぐ手に入るし、楽譜も数多く出ていて、DVDの教則映像だってある。

 随分と恵まれた環境になったなと思う。
 ただ少年の頃の、何かにつけもどろっこしく、何も揃わない不便な状況で聴いたビートルズの時代は、それはそれで懐かしくキラメイテ僕の大切な宝物の一つにはなっているのである。
 「2005.12.13(火)」晴・寒波
 
 今日は大きな寒波が日本を覆っていたらしい。
 まるで冷凍庫の中に日本が入ってしまったかのようだったらしい。
 お蔭様で僕のような冷蔵庫を保持せざる輩は、その辺に食物や飲み物を放置しておいても大丈夫!。
 ある意味、有り難いことだ。ははは。

 異常気象、天災などの不安は相変わらずだ。
 だが大切なのは、それらから”いかに逃れ、いかに生き残るか”ということでは無い。
 もっと大切なのは、いかに僕らが愛を発露するか、ということなのだ。
 たぶん異常気象、天災は、僕らを破滅させようとしているのでは無く、魂を目覚めさせる為に起こるのだと思う。

 話は全然変わりま〜す。
 今日の「いいとも」の”じんぐうまえせいこ”には笑ったな。
 タモリ氏の”顔は海上自衛隊”のツッコミでも爆笑

 ”ホッチキスの玉”かあ・・・、言った言った・・・。
 「2005.12.12(月)」晴・憐れみも愛の始まり
 
 「憐れむ」という言葉がある。
 現在では”気の毒に思う”といったイメージで使用されることが多いように思う。
 ただ広辞苑によれば昔の用法にもあるように”賞美する””慈悲をかける”といった意味合いも持っている言葉である。

 これは僕が本当の意味で使いたい「愛」という言葉の意味と同じだな、と思った。

 なんで突然こんな「憐れむ」という言葉を辞書で調べたかというと、それはこんな事件(?)があったからだ。

 先日電車で、いかにも精神薄弱の子供と、その親と思われる婦人が乗って来た。
 しばらくすると、その子供が突然咳き込みだし、あまつさえ嘔吐し始めた。風邪なのか持病なのか実に痛ましい光景だった。
 母親は一生懸命子供の背中をさすり、汚物の処理も同時に行っている。
 辺りには、すぐに汚物の悪臭が立ち込め、僕などは危うく貰い何とかをしそうになったくらいだ。

 その時、すぐ横にいた別の中年女性が、自分の娘であろうか、やはり隣にいた子供と顔を見合わせうなずくと、先の親子に自分達が持っているティッシュを掻き集め差し出したのである。

 その時の表情が印象に残った。
 隣でゲーゲーやっているのに不快な顔もせず、自分がやるのが当たり前、という表情で、先の親子を心配していたのである。
 さすが母親は強いな、と感じた。
 この母の感じを言葉で言い表そうと、まず念頭に浮かんだのが「憐れみ」という言葉だった。

 「憐れみ」というのは、一見「上から目線」で一種傲慢のように捉えられるかもしれない。
 しかし「上から」ゆえ、できること、というのもあると思う。
 昔欽ちゃん(萩本欽一)が”ボランティアは自分に余裕ができたらやれ”というような意味のことを言っていたそうで、なるほどと納得したもんだ。
 これは怠慢を推奨しているわけでは無く、何事も自分の中にエネルギーをチャージしてからやるべきだという一つの知恵だ。無い袖は振れない。振って共倒れになってはいけない。
 この場合の「上から」というのは言い替えれば「親の目線で」ということだろう。

 確かに人生の学びは深く、例えばこの精神薄弱の子の自立を促す為にも、もしかしたら本当は助けてはいけなかったのかもしれない。
 でもあのティッシュの親子は、あの場では正しかったのだろう。何もしなければ何も始まらなかっただろう。
 「憐れみ」は、まさに愛の始まりで、そこに「愛」が発露されたことが重要なのである。

 ん?、偉そうに言ってるがオマエはその場で何をしてたんだって?。
 スミマセン、マジ吐きそうだったので、必死で隣にいたオバチャンの香水の匂い嗅ぎながら紛らわすのに精一杯でした。ははは・・・。はあ〜・・・。
 「2005.12.11(日)」曇・サンシャインが見下ろす街
 
 池袋のジュンク堂に行った後、そのまま大塚巣鴨まで歩いた。

 池袋南口の東通りから、都電の雑司が谷駅、東池袋4丁目駅を経由し、日の出商店街を通り大塚へ。それから大塚南口の三業通りから巣鴨方面へ。山手線に架かる江戸橋から、あとは線路沿いを駒込もしくは田端まで歩いていく。
 これが良く歩くコースだ。

 池袋周辺では様々な場所からサンシャインが見える。まさにランドマークな建物だ。
 最近いろんなアングルからのこのサンシャイン60を写真に収めておこうかな、と思っている。
 僕にとっては懐かしい、サンシャインの威容とは対照的な昭和じみた山の手北部の街並みが、どうも少しづつ無くなって来ているような気がするからだ。
 今デジカメが壊れてしまって無いので、来年新調したら撮り始めようかな、と思っている。

 少し時間が遅かったので今日は巣鴨で打ち止めにした。
 良く前の道を通るとんかつ屋では開店前らしく”仕度中”という札がかかっていた。店内では店の親父が足を投げ出してヒマそうに新聞を読んでる。仕度してねえじゃんっ。

 空は曇天。低く垂れ込めた雲が冬の空気を更に冷たく感じさせているかのようだ。
 こんな日はあまり散策に適した日とは言い難い。
 昨日はあんなに晴れていたのに・・・。
 天気というのは、すぐ変わるものだ。
 一方僕の生活程度は、ここ何年もずっと変わって無いように思える。空のものと比べ、なんと鈍い歩みをもった地上の人生なんだ。

 それでも僕は歩く。
 何を求めて歩くのか?。
 昔馴染だった場所を歩くからには、失った何かを探そうとしているのか?。
 でも昔のあのシビアな生活に戻れ、と言われても、もうできない。戻りたくは無い。

 本当に具体的に言うならば、音楽を聴きながら歩いていると、普段家や仕事中では絶対に想起できない昔の好ましい映像が頭の中にイメージされてくる。
 それを僕は求めている。
 それらが晴天の屋外で音楽と共に脳内に想起されると癒されていくのだ。

 だから晴天の屋外だけあってもダメだし、イメージだけあってもダメで、この辺は上手くいろんな環境が揃わないといけない。
 この辺の心理の複雑なメカニズムは自分でも良くわからない。
 少なくとも想起するイメージに何か共通性を見いだせれば良いのであるが・・・。
 分かっているのは、それらが晴天の屋外でのイメージであること、自由や解放と関連がありそうなこと、僕の幼年時代に繋がっていくこと、等々だ。

 歩き続けていれば何か分かるだろうか?。
 まあ、とりあえずはこれからも歩き続けていくことにしよう。
 「2005.12.10(土)」晴・十日市
 
 大宮に出かけたら偶々氷川神社で十日市というので、屋台が参道や大宮公園の方まで沢山出ていた。
 大勢の人で賑わっていた。
 もう既に年末年始の様相を呈していた。

 いろんな店が出ており、ふと賑やかだった頃の昔の故郷の祭りの情景を思い出した。

 最近の縁日で良く見かける”焼餅(ショーピン)”という韓国風おやきが、こないだ食べたら大変オイシかった。
 この十日市の縁日でも何件か出ていたのであるが、こっちは”中国風”となっていた。どっちが本当なん?。
 ちなみに、そのショーピン屋台の内の一つに、どっかで見たことのあるような人がやってるのがあった。
 こうした人は全国を回ってるのかもしれんな。

 射的の屋台では子供達が射的に興じていたが、ふと左隅の最上段にあった標的をよく見てみると、なんとエロビデオだった。
 ちなみに子供達にそれを狙っている者はいなかった。その空間だけ空いていた。健気にも敢えて避けてはいたようだが、逆に言えばかなり意識していたようだ。

 縁日の人の賑わいというのは、通勤時の駅などの人ごみと違って、比較的好ましいエネルギーが漂っている気がする。
 歩いていても不愉快な気分にはならない。
 縁日ではスーツ姿のサラリーマンを見かけないのが良い。
 駅や歓楽街などは前から人が来ると不愉快な気分に襲われる時がある。
 駅や乗換えの通路なんか、得体の知れないゾンビの大群が矢を持って突進してくるようなもんだ。
 
 それに比べたら、こちらはなんと懐かしく大変人間的な暖かみのあるエネルギーなんだろう。

 その後大宮公園を抜け、いつもの散歩コースに入った。
 快晴の休日、上手くエネルギーをチャージできた。
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