Monologue2003-26 (2003.6.19〜2003.6.21)
 「2003.6.21(土)」晴・つゆのあとさき

 以前葛飾北斎の富嶽三十六景「神奈川沖浪裏」をプリントしたTシャツを、奈良の東大寺の土産物屋で買って愛用していた。しかし一着しか買ってこなかった為、そろそろ傷んできたこのお気に入りTシャツの、予備が欲しくなってきたところだった。
 東京で、こういうのを売ってる所を考えてみたところ、すぐ「浅草」というのが思いついた。浅草なら絶対にある!。

 今日浅草に、この神奈川沖浪裏Tシャツを探しに行ってみた。
 早速仲見世の土産物屋を、しばらく物色していると、あったあった。一杯あった。すぐに見つかった。
 それでLサイズを2着購入。消費税込みで2100円也。

   *   *   *

 時間があったので、ちょっと隅田川の方に出てみることにした。
 この時期にしては珍しく晴れ渡った今日のような休日なぞは、逃すのも惜しい梅雨の合間の絶好の散策日和である。
 もう暖かさを通り越して、少し暑くなってきたとすら言える、この陽気の中を隅田川でも眺めつつ、ノンビリ歩いて行こうと思い立ったわけである。

 ところがそんな呑気な僕の計画も、何やらちょっと雲行きが怪しくなってきてしまった。
 隅田川の川べりの公園に出てみると、そこではハッキリ言ってしまうと、身なりのかなりみすぼらしい中高年の男性が大勢列を作っていた。
 この隅田川の川べりで生活をしているホームレスの人達の集団のようだった。

 更にしばらく行くと、明らかに健康的で真っ当な生活をしていると思われる何人かの若い男女達が沢山の食料の前で何か作業をしている様子が見えた。
 どうやらホームレスの人達に、所謂”炊き出し”をしようとしているところらしかった。
 列の合間合間に炊き出しのスタッフと思われる男性が、ホームレスの列を番号の書かれたプラカードを持って男性達を仕切っている。
 驚いたことに、このスタッフのほとんどが、西欧系の外人なのである。それこそ金髪のネエチャンがパンを並べていたりするのである。

 呑気に散策などしようと考えていた僕は、この一種異様とも言える光景の只中に突っ込んでいった形になってしまい、正直面食らってしまった。
 この隅田川の両岸には、実に沢山のホームレスが居住しているのである。
 先程の浅草寺の門前の、いかにも快活で陽気な喧騒とは打って変わったシビアな光景であった。
 東京の、いや世界の、と言っていいくらいの名だたる観光地において、歩いて10分もしない距離の空間の中で、全く逆の人生を展開してみせる人達の群れ。まさに都会の光と影だ。

 僕は何か居てはいけないのでは無いかという変な切迫感と、同時にこの人達に何もしてあげることができず、彼等の只過ぎていく日々の連続の中のとある一日に、気まぐれに現れたにすぎない一人の傍観者という立場である自分の情けなさ非力さに対する自己嫌悪感に苛まれ、複雑な心境で、その行列の前を過ぎ去っていくのみであった。

 異国の人間が日本人の人助けをしているのに、その現場を呑気に曖昧な微笑とも苦笑ともつかぬような表情で通り過ぎ去っていこうとしている僕に、追い打ちをかけるように脳裏を過った思いは、「明日は我が身」という思いであった。

 今の仕事が、この不況の中いつまでも続けられるわけが無い。その後自分が食いぶちを稼いでいけるこれといった技術も無い。このまま50、60と年を重ねていった時に、一体自分はどうするのだろう?。どうしていこうというのだろう?。

 実を言えば、僕はホームレスになる自信すらない。そういう状態になったら、まず命を断つことを考えるかもしれない。
 ホームレスになるということは、ある意味社会に対して、無言の抵抗をし、そしてそれでも自分は生きていくという姿勢を見せているのであるから、考えようによっては前向きで、その分自殺する人達よりも救われていると言えるかもしれない。

 公園には炊き出しの列に加わらない人達もいた。
 時折川べりに立って写真などを撮っている僕に、不審そうに一瞥をくれるが、すぐに興味を失い、また自らの住居の寝床に横たわる。その人達の目は、やはりどこか哀しげでもあり、そしてどこか妙に達観しているようでもあった。

 しばらく公園を北へと歩き続け、桜橋という橋の所まで来た。
 川べりには沢山のホームレスもいるが、勿論一般人もおり、ジョギングやスケボーなどに興ずる若者もいる。
 僕は橋の真ん中まで行って、改めて今歩いて来た隅田川の川べりの情景を振り返って見た。
 両岸のホームレスの居住区に象徴的な青いシートが、小さく点在するのが見える。その間を思ったより水量の多く雄大な姿を見せながら、もうほど近い夕暮れに向けて今日最後の勤めを果たしあげるように、しかしあくまでも静かに淡々と流れていく隅田川。
 僕は、この情景をいつまでも覚えておこう、そう思いながら、カメラのシャッターを押した。

 橋の上で一人佇みながら、僕はふいに、清も濁も陰も陽も、そして全ての人の喜怒哀楽も、皆その手に抱え込んで存在し続けている、東京という街の哀しさ、嬉しさ、広さ、大きさ・・・、そんなこの街に対する混沌とした想念が、なぜかどこからともなく自分に一気に入り込んできたような気がして、しばらく圧倒されてしまった。
 そして何か泣きたいような、叫びたいような、笑いたいような、とても複雑な感情の昂ぶりに襲われた。

   *   *   *

 桜橋を渡り切って対岸に降りて行くと、そこは墨東である。
 東京の下町に典型的な緑の少ない、道路と住宅が主人公を努める街の情景だ。
 しかし僕はその情景に現れてきた極普通の道路に面して店を構えている極普通の商店を見つけて、なぜかひどくホッとしたような気持ちになるのを禁じ得なかった。
 人が極普通の生活をしている、なんと平和な街の情景。そしてそこに出てくるのは、ごくごく日常的な場面。立ち話をしている婦人、トラックから知人に挨拶をする男性、新聞を配る若者・・・。
 こんなありふれた情景が展開されていることが、今は実に有り難く喜ばしいことのように思えた。
 ありふれているけれど、本当はそこまでくるのに、実に多くの人の多くのエネルギーが費やされている。
 本当は長い時間をかけて”ありふれる”ように、皆が力を注いで作ってきたのだ。

 当初初夏の長閑な散策を期待していたのであるが、墨田公園でホームレスの人達が炊き出しを受けている現場に遭遇し大いに感情を揺さぶられた。
 只、そうこうしながら街を歩く今日の自分は、いつになく自分らしくあるようにも思われた。
 こうして自分らしくある時間を持てること、それだけでもたぶん恵まれているのだろう。
 しかも今日は僕の散策の「三種の神器」もある。これがあると僕の散策は、ちょっと超常的な位にすら感ぜられる程充実度が高くなる。その3つとは「青い空」「自由な時間」「音楽」である。
 自分が自分らしくある所から何かを始められること、それはとても大切なことでもある。そしてそうするべきだし、今の僕はきっとそうしなくちゃいけないんだろう。
 墨東の庶民的な人間的な街の中を歩きながら、改めてそう思うのであった。

 今日は浅草から隅田川を渡って墨東に向かい、最終的にJR平井の駅まで歩いた。3〜4Km程歩いたであろうか。

 「2003.6.20(金)」曇時々晴・晴れと

 僕が今携わってるような仕事は、正直言えば自分を生かせるような仕事でも無いし、好きか嫌いかと言われれば、嫌い、になってしまう。
 こんな嫌いな仕事を毎日毎日やっていれば、人生は本当につまらないよね。
 只日常がつまらなければ、つまらない程、旅に出た時やプライベートに戻った時、感受性が研ぎ澄まされることもあるのかな、ってふと思う時がある。
 都会のウンザリするような通勤電車を嫌と言うほど体験していなかったら、山陰線の緑と深い蒼の海と空に囲まれた単線の何でも無い鄙びた土地の電車を、あれ程とてつもなく神秘的に感じることは、でき無かったんじゃないかな?、って今にして思うよ。

 「2003.6.19(木)」曇時々晴・社会の鏡

 「いいとも」に白石美帆嬢が出てた。でも僕の家の周辺、テレビの電波状態が悪くて、せっかく撮った録画画像、グダグダやったんだど。ほんに腹たつー。
 番組で美帆ちゃん、今度ヨガやってみたいって言ってた。やってくれーっ!。見てえーっ。白石美帆のヨガ姿、見てえーっ。すっげ、見てえ。

 ところでNHKの「難問解決!ご近所の底力」という番組見たけど、良かったね。
 夜中にマンションの広場にタムロする少年達に迷惑している住人達が出てきて、その解決についていろいろ探っていこうという企画だった。
 番組の中でタムロを無くした成功例などを取材して、そこではやはり子供たちに心を開いて対話することや、子供たちにいろいろな活動の場を与えてあげることなどが挙げられ、いろいろ示唆に富んだ内容だった。結構感動しちゃったよ。

 子供たちは遊びたがってるよ。子供の頃は遊ばせてあげないといけないよな。友達と一緒に。
 それから大人は、若者が自分達の水準に無いからっていって非難するのは、お門違いだよな。若者は発展途上だから自分達より未熟だとしても当然だしね。建築途中で屋根の無い家に向かって”おまえは家のくせに、なんで屋根が無いんだ。家だったら屋根があるのは当然だろ。”なんて文句言うやつあいないよね。しかもその文句を言うのが、今にも壊れそうな掘っ立て小屋が言ってたら、滑稽を通り越して哀しいよ。”オマエに言われたかねえよっ””まだ建築中だっての”・・・だよね。ま、でもこんな感じのことって意外と日常茶飯に、そこらに転がってるよな。気づかないのは、僕らが掘立小屋だって現実を外に出て見ようとしてないから起こるんだよね。
 若者は敵じゃないんだから、戦っちゃいけないよな。やっぱり愛を必要としてるんだよ。
 いろんな抑圧を子供は敏感に感じとっているよね。子供は人類の父である、by BS&T。

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