「2002.4.8(月)」晴・蜘蛛の糸
最近は電車内で携帯のメールを打っている女性も多く、その人のプライバシーの一部が僕などのような第三者に知られてしまうこともある。
僕などは”睡眠中の顔”というのはなるべくなら見られたく無い。
新宿に向かうとある電車の中、吊り革に捉まる僕の前に女性が座っていた。
彼女は自らの頭を、時には前後、時には右に(なぜか左にはいかない)揺らしながら爆睡していた。
後ろに首がガクンと折れる時なぞ口を半開きに空いた、ある種恍惚の表情ともとれるプライベート臭の濃厚な素顔を露呈させてくれる。
その内僕は彼女のちょっとした異変に気づいた。
下唇をヒタヒタと覆う透明色の分泌液、通称”よだれ”、はまさに滴下の危機に瀕していた。
その内彼女の頭が前方にガクンと折れた。今までに無かった大きな動きだ。
僕は不安ながらも、半分期待するような心持ちで様子を伺っていた。
再び彼女の頭が前方にガクンと折れた。
と思った次の刹那、項垂れた彼女の頭の下辺りに何かがキラリと光った。
透明なキラめきは、彼女の腕に滴り落ちると、その後静かにトグロを巻くように、その場に自らの安住の地を定めて行き、そして途切れた。 しばらくして未だ顔を上げない彼女の口と思われる辺りから、再び第2波の蜘蛛の糸が、厳かにそして静かに落下して行くのが見えた。
何か僕までもが大仕事をやり遂げたような心地であった。
うつ向いたままの彼女の手が、静かに静かにキラメきを拭い始めた。どうやら完全に起きたようである。
ああっ!!、見るんじゃなかったっー!!。
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「2002.4.7(日)」曇後晴・前世への興味
大学時代、精神世界・宗教・ニューエイジ思想などに興味を持ち始め、その流れから「前世」というものをテーマにした幾つかの書物を読んで「前世」というのを意識するようになった。
それで、ちょっと大雑把になって申し訳ないが、端折って言うと、前世で縁のあった場所・人・物・趣味などには今世でも縁が生じる可能性がある、というようなことを、それらから知ることになった。 僕は、なぜ人によって生来的に能力や嗜好の違いが出て来るのか、人生に差が出て来るのか、疑問に思っていたが、ここに前世の概念を適用すると割とスムーズに考えられるので、僕としてはこの考えが結構気に入った。 今生きている中で、これといった理由も無いのだが、なぜか何となく惹かれる場所などがある。
今のところ、この”過去世”という概念が、僕を不幸に陥れたり、僕を間違った方向に導いている、といったことは無さそうだ。
”過去世”があったと考える方が断然面白い。
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「2002.4.6(土)」晴後曇・怒りが溜まって・・・
少し前までかなりの腰痛に悩まされていて、椅子に腰掛けて立とうとすると全然立てず上半身を曲げた、変な姿勢にならないと立てないという有り様だった。
この1年くらい、ほとんど腰痛が出ていない。医者には行っていない。
今振り返ってみると、あれから腰痛が出ていないのである。
この本は主としてアメリカのサーノ博士の説いた腰痛理論「TMS」をわかりやすく解説したもので、詳しい本の内容については、本書の一読をお薦めすることで変えさせていただくが、ざっと述べると次のようになる。 人間は感情を噴出させ、自分でそれがコントロールできずにパニックしてしまうことを恐れる。そしてそれを避けようと、噴出しそうな感情を抑圧し防衛機制をするようになる。
ある種の人間にとっては「腰痛」が代替となり、それを引き起こす要因となった抑圧された感情の主要なものが「怒り」だというのである。行き場を失った怒りは、どうも腰に溜まっていたようなのである。
僕は深く納得した。
それからは怒った際は、何に対して怒ったか、原因や対象をハッキリと自分に意識させることにした。意識されない怒りが行き場を失い腰に来てしまうのを極力避けるためである。
混迷していた物事が明確になってハッキリするとスッキリするが、それは自分の身体にも当てはまるのかもしれない。 |