Toshihiko Tohma

タイムスリップ・コンビナートの旅


1995.3.11(Sat)

昨晩の冷たい雨も上がり,快晴.カーテン越しに春の陽光が差し込む. 寮の朝食を流し込み,とりあえず,カメラと地図を持ってバイクに跨る. さて,どこに行こうか?

先日読んだ,タイムスリップコンビナートという本の舞台は,ここ鶴見. 今日は,その舞台を訪ねてみよう.

この本は,主人公がある電話に誘われて,JR鶴見線にある海芝浦という 盲腸線の終点に向かう物語.

ゴム通りという幹線道路を海に向かい進む.首都高横羽線,産業道路を越えて, さらに海に向かう.この辺りは,明治〜大正時代に浅野総一郎が埋め立てて, 臨界工業地を作った.東京ガス,NKKなどの巨大な工場が並んでいる. 暫く進むと,踏み切りにさしかかる.これは,JR鶴見線である.鶴見線は, 主が工業地帯の貨物輸送であり,そのついでに旅客輸送を行っており,沿線工場の 従業員の通勤路線でもある.踏み切り横には浅野駅がある.小さな無人駅であるが, ここからは目指す海芝浦方面の枝線の分岐点になっている.その分かれ目の三角形の ホームが特徴である.時刻表を見ると1時間に1本しか電車がない.次は10:37であり 30分程の待ち時間がある.

その間に,本に出てくる「おきなわかいかん」を目指す.ゴム通りを戻り, 産業道路を越えて,最初の交差点で左折,暫く進むと両側に沖縄料理の店や 商店が軒を並べている.沖縄出身者が多い街なのだ.その中に,目指す店, 「おきなわ物産センター」(045-504-7816)が見えた.ここには,沖縄の 缶詰,ソーキスープの素,アメリカ輸入食品など,普通の店ではなかなか 手に入らない食材が狭い店内の棚に並べられている.その他,沖縄の民話の 本,民謡のテープなどもあり,BGMとしてじゃみせんのメロディーが 流れている.最近,東南アジア系の労働者が増えるにつれ,アジア系の食品 店が店開きしているが,沖縄系の店は,なかなか見当たらない. インスタントラ〜メン(チキンラ〜メンもどきと沖縄そば),カップラ〜メン など沖縄ブランド(製造元オキコ,沖縄西浦町)のインスタント食品, 飲む極上ライスというコピーのついた怪しげな缶入りドリンク「ミキ」 (宮古島)と飲む玄米「黒糖玄米」(同)というものを購入した. このドリンクは,飲んでみると異常に甘い.甘い甘い甘すぎる.良く考えると 宮古島はサトウキビの生産地.その砂糖液を使用した地場製品だったのだ.

電車の時間が近づいているので,浅野駅に戻る.バイクを駅の前に止めて, 営業をやめたKIOSKの解体工事をぼんやり眺めていると,来た来た,黄色い3両編成の 電車が,短く湾曲したホームに左右に大きく揺れつつ入ってきた.鶴見線には 休日や昼間の客が少ない時間には,戦前から使われている,茶色の古く趣深い 電車が走っている.なにやら聞くところによると,カーブのきつさから 新型電車は使えず,古い電車を修理しつつ使っているが,もう部品が無くて 大変らしい.私のバイクXJと同じ様な悩みを抱えているようだ.自販機で海芝浦 までの2駅間の切符を購入(\120).改札もない駅舎を通り抜けて電車に 乗り込む.電車には30人程が乗っているが,半分は沿線企業の従業員で, 半分は,子供連れや鉄道ファンなど,乗ること自体が目的の人達だ.

浅野駅を出ると左手には運河があり,はしけが停泊している.次の駅は,新芝浦. ここで数人が下りて行く.この先,新芝浦から海芝浦までは東芝の工場の敷地内. 電車以外では,一般人は海芝浦まで行くことが出来ない.フォークリフトやトラ ックが行きかい,液体窒素の大きなタンクが並び,左右の建物の中まで伸びている 引き込線が分岐し,東芝労働組合京浜支部の建物が立っているのを見ているうちに, 左手に海が広がっている.行き止まり線の終点が近づき,電車は歩くぐらいの 速度までゆっくり進む.ガクンという音と共に止まり,ドアが開く.プランクトン の死骸の臭い,すなわち,磯の香りが電車の中に流れ込み,まぶしい陽射しが 水面に反射してきらめいている.ホームから覗き込むとホームの下まで海水が 入り込んでいる.本にも出て来るが,落ちてしまいそうな感覚,まさにそれである. 綺麗とは言えない水であるが,なぜか憎めない.親子連れが数組,いずれも 父親と子供の2人づれ.父親が昔から行って見たかった土地に子供をダシ にして,やってきたという風情.工場の中の駅,その不思議なシチュエーションに 誰もが憧れていて,その土地の探検に成功したという感じなのだろう.

駅のホームを進むと,ある点からは,白線がひかれ,そこからは東芝の敷地で あることを示し,守衛さんが監視している.すなわち,一般は駅から一歩も 出ることが出来ない.いや,海に飛び込めば外には出れないことはない.

そんな駅からの光景も変わりつつある.正面には大きく鶴見つばさ橋が春霞の 中にそびえているからだ.

乗ってきた電車が20分の停車の後,折り返す.ちょうど辺りを眺めるには おあつらえ向きの停車時間である.浅野駅まで折り返した後,XJに乗り換えて ブレードランナーに出てきそうな工業地帯を後にしたのであった.

  T/T  YAMAHA XJ750D  Tsurumi,Yokohama


タイムスリップ・コンビナート 笙野頼子 文芸春秋
ISBN4-16-315120-6 \1,100【1994年,第111回芥川賞授賞作】

おきなわかいかん=鶴見沖縄県人会会館 横浜市鶴見区仲通2


なまむぎなまごめなまたまご(横浜市鶴見区の名所案内)
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Last Updated : March 31, 1996
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