第45号 2000.12.1発行 編集:高桑雅巳


11月の支部凧揚げ例会開催  ―報告:高桑雅巳

   11月19日、横浜支部月例凧揚げ会が「瀬谷通信隊グランド」で開催されました。福島県の「湖水凧まつり」に参加した人が多く、今月の月例凧揚げ参加者は、小川、森山、菅沼、大塚、宮地、相澤、川辺、関口、小田川、宮崎、高桑の11名でした。ぐずついた天候もようやく晴れあがりましたが、一気に冬空となりました。午前中は風も良く揚がりましたが、広場で大きなバイクのイベントが行なわれており、凧揚げの場所は広場の一角に制限されました。相澤さんが作ったばかりの搗き立ての暖かいお餅の差し入れに全員舌鼓を打ちながら、久しぶりに会うメンバーと凧談義に興じる事ができました。また、横浜支部以外の凧キチも集まってきて、宮地さんが江戸凧の骨作りの指導をしてあげたり、小川凧の指導を受けに来る人がいたり、新作の凧を揚げているとすぐに情報を聞きに来たりと、支部以外の人達とも楽しく交流を図ることが出来ました。

12月の凧揚げ会・忘年会のお知らせ  −事務局より

12月10日(日)凧揚げ例会の後、16:00〜18:00忘年会を開催します。
場所:「どんてい」(主にそば、うどんの店です)瀬谷区御本町9308-26 [Tel:045-924-2346]
会費:飲み物込み5,000円を予定しております。
 忘年会の席で凧の関するものすべての交換会をいたします。何でも結構ですので、当日ご持参ください。
「どんてい」は凧揚げ会場より離れています。バスは出ていませんので、徒歩の方は乗用車の相乗りとなります。酒宴となりますので車の方はお気をつけてください。

忘年会参加希望者は事務局(宮崎:0468−51−0370)まで、12月6日までに連絡してください。

長屋門屋敷凧作り指導  −事務局より

12月3日(日)「長屋門凧作り教室」の依頼がありました。日程も迫っておりましたので前回出席された方々を対象に人選させていただきました。講師は、小川、田中(勝)、高桑、角ケ谷、宮地、百瀬の各会員です。よろしくお願いいたします。

「日本の凧の会」新春凧揚げ大会

例年通り、2001年1月2日に、荒川河川敷で「日本の凧の会」新春凧揚げ大会が開催されます。多くの会員の方々の参加をお勧めいたします。新しい21世紀の初揚げを楽しみましょう。

「空・川・杜・ロマン」の大会に参加して  −宮崎泰男

 ♪♪広瀬川―――流れる岸辺…・・ さとう宗幸が歌う「青葉城恋歌」や、仙台凧の会のイメージソング、スルメ天旗ホ−イホイ…がスピーカーから流れ、日本の凧の会・広瀬川全国凧揚げ大会会場は微風ながら二日間晴天に恵まれ、成功を収め又私自身いろいろな意味で印象的でした。我々5人は横浜を夜12時頃に出発し、当初予定の東北道仙台南インター手前の白石インターで降りました。すでに鈴木さんの友人が待っていて、その友人宅(鈴木久夫様)で、早朝から食事をいただきました。白石インターから望む蔵王連山は、朝霧が幾重にもたなびき、それは素晴らしい景色でした。一山、二山越え、国道6号線から少し入った鈴木宅は、そこで凧揚げを楽しめそうな広い敷地を持つ建設関係の仕事をしている親方でした。朝食とは言え、奥様が作られたシャケの切身に少し甘辛く味付けをし、それにイクラをまぶし、上等の漆塗りの椀に盛ったシャケめしがメインディッシュで、漬物、なすのからしあえ、仙臺味噌汁、等々鎌倉の懐石料理をしのぐ品々は絶品で、これからの仙台の大会を期待するには十分過ぎるほどでした。鈴木さんの顔の広さには一同唖然としてしまいました。
 仙台の街は欅並木や銀杏並木が碁盤の目状態で整然としていて、ファッションや建物のセンスが非常に都会的でした。凧揚げではあまり楽しめませんでしたが、大会当日は凧揚げ終了後、1600年に伊達政宗が構えた城址を散策し、その後「茂庭荘」で宿泊しました。旅館の前の川ではシャケが泳ぎ、かすかに色づいた木々を眺め、温泉にゆったりとつかり、飲み放題の酒で旅の疲れを癒しました。
翌日は隣接している旧伊達邸の「鐘景閣」を見学し、松島や静かな参道を歩く瑞巌寺を訪れました。昼食は塩釜へ足を伸ばし、関取や有名人が良く来るという穴場のすし屋を見つけました。そんなわけで、歴史を学び、旨い物を食い、仙台を一杯堪能し、土産品は「白謙印のささかま」、今や大人気の「牛たん」とすべて満点でした。この時期、毎年通う青森竜飛崎の半分の距離だったので、旅の疲れもなく、元気に帰路に着きました。我が同行のメンバーは横浜の青森賢人増田さん(途中参加)、三浦凧の会・高橋さん、横浜支部会員・宮地、佐藤、鈴木、宮崎でした。尚、日本の凧の会本部宛に御祝い酒2本を横浜支部より提供いたしました。

関口武さんが凧研究の成果をビデオに ―報告:高桑雅巳

 いつも凧揚げ例会で、新しい創作凧を研究、披露している創作凧の一人者の関口さんが、これまでの創作凧の研究成果を約45分のビデオに編集したものを見せていただきました。クルクル飛行機凧、クルクル蝶凧、横長スレッド、アクロバットスレッド、マルチスレッドカイト、回転凧、自転車凧、ヘリコプター凧、カラス凧等々、関口凧の真髄が収納されています。機会があれば、支部の例会で鑑賞会を開いたら良いと思いました。

俳句の季題・凧 ―高桑雅巳

知り合いの方が、凧に関係のある俳句の季題(春の部、あるいは新年の部)としてつぎのようなものがあると教えてくれました。

紙鳶・いかのぼり・いか・かかり凧・落凧・凧揚げ・凧の糸・凧の尾・絵凧・字凧・奴凧・烏凧・烏賊凧・扇凧・人形凧・六角凧・飛行機凧・唸り凧・凧の陣・ぶんぶん凧・大凧・凧小さし・凧日和・凧の空・凧澄む・凧高し 等々

川崎市役所から凧作り指導講師派遣依頼

川崎市総合企画局から、登戸駅近くの多摩川河川敷にある「二ケ領せせらぎ館」の行事として、河川敷で子ども達を凧を通じて遊ばせたい、との企画が申し込まれました。開催時期は1月下旬で、対象人数は200名程度が予想されます。凧作りを近くの小学校の体育館で行い、そのあとで多摩川河川敷で凧揚げ大会を行うという企画です。製作する凧は、低学年は「エイ凧」、高学年は「コマ凧」を作るよう推薦してあります。横浜支部としてはこの企画に全面的に支援する旨申し入れてありますので、企画が具体化してきましたら、会員のご協力をお願いいたします。

2000年日本の凧の会仙台広瀬川全国凧揚げ大会に参加して ―佐藤静夫

  11月4日零時10分、大会に参加する方々が我が家に到着した。私はこんなに朝早いのは初めてだ。土曜日なので、東京を抜ける道は車が多かったが、さすがに東北道に入ってからは空いていた。国見辺りで夜が明け、鈴木さんの知り合いの家で朝食をご馳走になった。外を見ると心地よい風が吹いていたので私は眠くなり、目を開けているのが辛かった。
  やっと会場に到着し、辺りを見渡すと既に2〜3組のグループが凧を揚げていた。その光景を見た途端、私は今までの眠気が吹き飛んでしまった。我々も早々と準備して皆で凧を揚げた。夕方早めに切り上げ、宿泊ホテルに行った。夜は懇親会、オークション、全国からの代表者紹介などが盛大に行なわれた。
明朝7時に朝食を取り、駐車場が心配なので急いで会場へ向かった。手前の方は万杯だったので川のほとりに駐車し、目印として横浜支部の旗を立てた。
大変な数の車と大勢の人で会場を埋め尽くされていた。凧揚げをする人も大勢いたので、広い広場とは言え、糸が絡んで落ちるものもあった。いろいろな凧を見る事ができ、私は感無量の気持ちであった。各地の凧を見物しながら好みの凧を探した。何点か気に入った凧の寸法を巻尺で測り手帳に書き取った。
 何しろ仙台は伊達正宗のおひざもと人口百万の都市なので、市民にPRが行き届いているせいか、午前中にもかかわらずどんどん人が押しかけてきたので驚いた。市民に千枚の凧を配布していたらしいが、すぐになくなったようだ。
 大会の表彰式で、外国から参加した人も大きくて珍しい凧で心護杯を勝ち取っていた。六角凧の喧嘩合戦を見て、来年私は大きな六角凧を作り、参加したいと思った。
 盛会のうちに大会は終了し、午後3時には会場を後にした。仙台青葉城を見物した後、市内を巡り、宿泊する温泉に向かった。仙台市は広い道路、地下鉄、杜の都にふさわしく東北一の都市であった。
 12日は松島や瑞巌寺をゆっくり観光し、塩釜漁港で寿司を食べてから帰路に着いた。
最後に、当地の方々に感謝し、役員にお礼を申し上げたい。来年は静岡県の相良町とのこと、元気で参加できれば幸いである。
(横浜支部からの参加者:山室、馬場、鈴木、内田、半田、松下、宮地、宮崎、百瀬、小田川、高桑)


10周年記念大会 百万凧祭りIN美唄 参加報告  −菅沼義治

 私は7月下旬に越中だいもん凧の会会員の新功氏から電話を貰い、参加しないかと誘いがあり、彼の言う事は家内には絶大なる信用があり、彼の言う事は一にも二にも賛成してくれたので、この大会は初めて参加することが出来た。私はいつも多摩川で揚げている仲間の眼目氏が8月になって参加したいとの事で一緒に行くことになった。
 9月22日 私と眼目氏は、富山からの新氏と千歳空港で合流し、13時48分の快速エアポート・特急ライラック列車で美唄に向かう。美唄駅に着き、大会参加受付であるスエヒロホテルに向かう。ホテルから送迎バスで宿泊先の専修大学道短大相馬記念館に3人が一緒の部屋を確保し、送迎バスで前夜祭会場に向かうが、土砂降りの雨で気温も下がり、バーベキューの炭火が赤々と燃えたぎるが寒い。
 実効委員長の挨拶、美唄町・浦口町長の祝辞、鏡割りに続き「日本の凧の会」本部を代表して多田氏が挨拶をした。オークションでは数多く出品されたがどう言う理由かは不明だがセリは数点のみで打ちきられ、あとは来年回しとなった。ただ残念な事は、日本酒は無料であったが、ビールは各自400円を払って買い、バーベキューに至っては中々ありつけない状態であった。途中で私と新氏は会場を後にして婦人会の方の車に便乗させてもらい、町の知り合いのバーに案内され頗るご機嫌に飲酒と唄を堪能し、更に別のバーへ行き、また飲酒と唄を存分に堪能した。
 9月3日 天候は徐々に晴れてきて、送迎バスで凧揚げ会場に行く。会場は美唄市農道離着陸場でロケーションも良く、快晴になったが、風が強く寒いのでジャンパーを羽織る。地元の自衛隊の角凧は、タイベック製で竹を使用しているが、竹を割っただけで左右のバランスが取れてなく、四方の折り返しはガムテープで補強されたものだった。糸目は短く、ありあわせの紐で尾っぽにして、隊員達がまず揚げて見たが傾いて墜落し、我々がその様子を見かねて再調整をして、どうにか揚がるまでになったが、風の影響と骨のバランスで依然傾くが彼らはそれで満足されていた様子であった。我々も凧を揚げるが何しろ風が強く思うような結果が得られなかった。昼食では参加者には鶏飯弁当が出たが、地元関係者は幕ノ内弁当という差がでたのはなんとも納得いかなかった。我々は、午後3時前に会場を後に札幌へ、指定したホテルに向かう。夕食にサッポロビール園で生ビールを傾け、焼肉を腹一杯にしホテルに帰る。
 9月4日 眼目氏を千歳空港行きのバスに乗せてから、私と新氏で札幌駅から銭函へいきタクシーの運転手に、この辺の海岸で凧を揚げられる場所へ案内してもらい、約2時間海の家のオーナーと喋りながら凧揚げを堪能し、午後1時過ぎに銭函駅から電車で千歳空港へ行く。
今回の美唄大会は、初めての参加であったが、しかし何となく心のうちに何か引っかかるものがあったし、物足りない感じでもあった。

第10回五十崎日本凧揚げ大会に参加して −菅沼義治

 昨年から日本の凧の会秋季大会と五十崎日本凧揚げ大会とが同日となり、会長はじめ本部世話人は殆ど日本の凧の会秋季大会に参加され、昨年は五十崎大会は不参加で今年はどなたか行ってもらいたいとのことで、私が参加する事になった。五十崎は3年ぶりの参加であります。
 11月4日 早朝4時起きをして、羽田空港から松山行き一番便で松山空港へ、さらにJR松山駅から内子へ、タクシーで五十崎凧博物館に10時45分に到着。しばらく見学をして、オニヨウズ姫路保存会の方々が、凧の風人の奥田夫妻、丸亀極だるま凧の宮崎氏、婦くら雀凧の会の花木夫妻とご子息等が続々と集まりる。竜王荘から送迎バスで前夜祭会場の五十崎町民会館へ移動、18時より開会され、大会長挨拶、五十崎町森永町長挨拶があり、来賓の祝辞に続いて乾杯は「日本の凧の会」を代表して、おこがましい事であるが私が努めさせていただきました。懇親会に移り、郷土芸能アトラクションがあり、五十崎名物の五十崎凧踊り保存会による踊りを、伊予五十崎凧の会副会長の丸山昌明氏も踊られた。凧仲間の紹介、お楽しみ抽選会等があって、20時半に閉会。宿で二次会があり23時まで美酒と凧談義に華を添え就寝となった。
 11月5日 朝食後すぐに宮崎氏の車で会場に向かうが、霞が掛かって風もなく無風で開会式の10時になっても霞が取れない。しばらくしてようやく霞が取れはじめあちらこちらで凧を揚げはじめだし、昼食前までは軽風用の凧で揚げる。伊予五十崎凧の会は、昨年は100畳に挑戦して成功しており、今年は更に大きな110畳に挑戦する事で製作した大凧を12時半頃に町民はじめ凧仲間も参加して、約200名程で揚げ糸を引く。風速は4〜5メートルであったがフワリと揚がり、約1分ほどであったが完全に飛翔した。多くの観客、凧仲間から拍手が起こり、この大凧の挑戦は大成功であった。町長から質問され、日本で一番の大凧はどれくらいか聞かれたが、恥ずかしながら即答ができず後日知らせることにした。14時半には閉会式が行なわれる。私は丸亀京極だるま凧の宮崎氏の車で竜王荘へ、部屋ですぐに風呂に入り、15時半に五十崎凧の会の丸山氏が迎えに来られ、宮崎氏と私は反省会に同席させていただき飲食をし、18時半頃までいてホテルに帰り、また宮崎氏とカラオケに出かけ丸山氏を呼び出して20時半まで居て宿に帰る。
11月6日 朝、丸山ご夫妻と和田氏が迎えに来られ、宮崎氏と私を車で3〜40分かけて愛媛県東宇和郡城川町にある「しろかわギャラリー」にかまぼこ板絵画展を見学に誘われ、見学後再び竜王荘へ送っていただき、そこで丸山ご夫妻と和田氏と別れ、宮崎氏の車で内子駅まで送っていただき、別れ松山へ向かい、14時15分松山発で帰京した。

ドイツ・カールスルーエでの凧展示とワークショップ ―高桑雅巳


 日本の凧の会本部から依頼され、凧展示と凧作りワークショップのため、フランス・ディエップの大会が終わってから列車でドイツ・カールスルーエに行った。今回のイベントは、カールスルーエの「独日協会」が、「ドイツにおける日本年」の行事の最後を締めくくるものとして企画されたもので、ワークショップは子供を対象にしたものを4回と成人を対象にしたものを2回開催した。凧の展示は国立自然博物館の広いロビーを会場として、博物館の職員に手伝いをしてもらって和凧77点を一日がかりで展示した。 
これらの凧は、横浜支部の方々のご協力で提供していただいた凧も多数含まれていた。これらの凧の説明プレートには、製作者の名前を入れるように要求したら、マイスター・小川勲などの説明プレートがすべての凧に付された。イベントの開会式は博物館のオーディトリウムで行なわれ、日本領事、博物館館長、独日協会会長、などの挨拶の後、日本の凧の概要についての講演を150名ほどの参加者を前にOHPを使用して30分ほど行った。講演後のレセプションでは、参加者の凧キチから日本の凧についての質問をいろいろと受ける。
 子供のワークショップは小学校3、4年生が対象で男女半々くらいで、学校の先生が会場となった博物館および美術館のワークショップルームへ子供達を引率してくる。1回の人員は15名である。凧作りに先立ち、まずロビーに展示してある日本の凧の説明を英語でしたあとで、ドイツ人のエバ博士がドイツ語に翻訳するという手順で子ども達に説明。子ども達のワークショップは、「エイ凧」を凧絵の描画も含めて一時間半かけてじっくりと教える。やんちゃさ、理解力、手先の器用さ、人懐こさなど日本の子供達と全く遜色ない。出来あがった凧を近くの広場で揚げる。全員の凧が面白い様に飛翔する。子供達は自分の作った凧が見事に揚がるのが信じられない様子で、走るな、と叫んでも聞くものではない。嬉しそうに凧糸を持って走り回る。なかには、自転車の荷台に揚げ糸をくくりつけて走りまわるのも出てくる。成人のワークショップは2回。参加者はいわゆる凧キチと一般参加者が半々くらいで、「コマ凧」を教える。日本の漢字を書く人、富士山の絵を書く人など日本に対する興味を持っている人がかなり居る様子だ。中には和凧についてかなり研究している人もいて、質問が鋭い。この凧の糸目は2本であるが、どうしても自分は三本の糸目にするんだと言い張る人も出てくる。
 ドイツの凧キチ達に凧揚げに2回誘われる。1回目は、彼等がいつも揚げているカールスルーエ城裏の広大な広場で凧仲間が15人ばかり、リップストップナイロンで作った創作凧を中心に揚げていた。ワークショップに参加した人が作ったコマ凧を使って、糸目調整のやり方を3本糸目、4本糸目の場合などについて実際にやって見せてあげると非常に納得してくれた。糸目調整の微妙なバランスについて認識を新たにした様だった。マイスターのお国柄、まじめで、研究熱心で、器用である。いろいろな質問も凧キチならではのものが多い。この場所は町の中心地から車で5分位のところで広々とした牧草地のような芝生の広場で、われわれのホームグランドの瀬谷通信隊のグランドの少なくとも20倍以上の広さである。夏は、サマータイムの関係もあり日没が遅く、仕事が終わってから夜の10時過ぎまで毎日凧揚げに来る常連もいるという。

 ドイツ南部の凧キチの集まる凧揚げ会場のシュワビッシュ・ギランドにも凧キチ夫婦が連れて行ってくれた。カールスルーエからは車でアウトバーンを時速130km以上のスピードで2時間ばかり走ったところにある。凧揚げ会場では50人余りの参加者が自慢の凧を揚げている。日本語のようなGENKI(ゲンキ)という名前の凧を揚げている人が居たので凧の名前の由来を聞いて見たが知っている人は居なかった。後刻インターネットで調べたが詳細は判明しなかった。ホテルの部屋で暇つぶしに作った30センチ角の字凧を気持ち良く揚げていると、ドイツでは飛行機が300メートルの低空飛行をするので150メートル以上揚げると違反だと言われる。凧揚げの会場で、皆が持ち寄った食材(といっても殆どが各種のソーセージだが)で楽しく凧談義をしながら時間が経つのも忘れるくらいであった。家内が持参のカラス凧を揚げると参加者全員に非常に注目され、特に羽がリアルに羽ばたく姿が新鮮に写ると言う。3メートルのコウモリ凧と交換して欲しいと言う者まで出てくる。写真を撮る者、メジャーで寸法をメモする者、実際に揚げ糸をあやつって凧の動きを確認する者などいろいろだ。ドイツでは竹が入手できないので、グラスファイバーとリップストップナイロンで同じ凧に挑戦して見たい、といって意欲を燃やしている人も出てくる。この人からは、後日メールが届き、同じ凧を作ってみたがどうしても上手く揚がらない。しかし諦めないで更に挑戦して見たい、と言って写真をメールに添付してきた。凧の形はリップストップナイロンでそっくりに作られていた。自分の作った凧がドイツの凧友達に新しい挑戦目標を与えてくれたことが嬉しい。
 今回のイベントは地元の新聞にも大々的に写真入で4回報道され、また雑誌、ラジオ放送にも1回取り上げられ、凧キチ冥利に尽きる思いであった。展示会は9月23日から10月29日まで開催され、期間中の来場者数は7000名に達したとの連絡があった。

「流れ星凧」の作り方 ― 高桑雅巳

黒色のビニール袋を利用して、「流れ星」のような面白い動きをする連凧を作りました。
簡単に作れて弱風でも強風(6m/s位)でも良く揚がり、つながった凧が勝手な動きをして流れ
星のように見えるのが特徴です。

1.材料
・骨
 @桧棒(竹骨でもよい)  長さ440mm×幅5mm×厚さ3mm      1本
 A竹骨		 長さ560mm×幅4mm×厚さ1.5mm    1本
 B竹骨		 長さ280mm×幅4mm×厚さ1.5mm    2本
・セイル          厚さ0.03mmの黒色ビニール袋(セイルおよびテール用 必要枚数)
(単位:mm)

2. 作り方
 図示の寸法にビニール袋を裁断し、骨を両面接着テープを使用して張りつけ先端部分を
セロテープで補強する。凧の反りが自然に出るように、両面接着テープは竹骨に対しては
皮の方に貼る。骨@と骨Bの接合点は固定しないで自由に動く様にしておく。
糸目は二本糸目で、骨@とAの交点および骨@と骨Bの交点付近から取り、
糸目の長さは約50cmとする。糸目の中心は骨@と骨Aの交点から下方へ約7cmである。
同じ凧を連凧にする枚数だけ作成する。尾(3cm×1m)をビニールで作り凧に付ける。
(この凧は尾がなくても揚がるが、尾をつけたほうが揚がった姿が面白い。)
							
3.連凧の繋ぎ方
釣り道具店から10号のトリプルサルカンを凧の枚数分購入してくる。(1個30円)
サルカンの間隔を4m、そこに付ける個別の凧の揚げ糸を3mとする。

関連ページ
  • 日本の凧の会  日本の凧の会 2000年秋季大会記録
  • ドイツ・カールスルーエの写真記録  Japanese Kites in Karlsruhe, Germany
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