犬笛とは。 音色によって犬に的確な指示を与えるものであり、笛の高低・リズムの違いによって、今何をして欲しいのかといった求めている動作を迅速に伝える為の、牧童の大切なアイテムです。 …確かそんなようなことを、昨晩一緒に見ていたテレビでやっていたような気がする。朝も早くから叩き起こされ、半覚醒状態でそんなことを考えていた俺に、ヒル魔は「ソレ」をぴょるるる、と吹きながら楽しそうに言った。 「ルイ笛な」 「ルイ笛って…ナニソレ」 ヒル魔が吹いているのは、おもちゃ屋とかで見かけるチープな笛。先っちょにくるくる巻きの紙がついていて、息を吹き込むとそれがひょんと伸びる…アレ。気の抜けた音も申し訳程度に出る…アレ。俺はその時点で大方の状況を理解したが、認めたくないので一応尋ねてみた。 「…それで、どうしろと?」 「吹いたら動け。迅速に迎えに来たり迅速に買い物行ったり迅速に色々しろ」 「ふ・ざ・け・る・なーーーーーーーー!!!」 俺は犬か!むしろそんなどこから持ってきたのか不明な面白アイテムで右往左往しろって犬以下か!聞いてンのかコラ! 血管切れ上等、青筋と共にまくし立てる俺の言葉を聞いているのかいないのか(恐らく後者)ヒル魔は鬱陶しそうに眉間に皺を寄せ、ぴょるぴょると笛を吹きつつ…ふと、思いついたように身を乗り出し、伸ばした笛の先っちょで俺の舌にちょいと触れた。 「カメレオンちゅー」 「………」 それで何だか全て許してしまった俺は我ながら、末期だとおもう。 放課後、部活を終え部室に戻った直後、狙いすましたかのように鳴る携帯。いつものことなので、軽い溜息一つ。慣れた仕草で通話ボタンを押す。 「おう」 「………」 「…ァア?」 無言。悪戯電話かとディスプレイの表示を見るが、着信はやはりヒルマヨウイチ。電波が悪いのか?再び携帯を耳に当てる。 「…ヒル魔?」 「………」 「オイ、どうした…?ヒル魔?」 「………」 「!!!」 流石に少し心配になり、耳を欹てると何か、聞こえてきた。微かに。聞き覚えのあるそれ。ぴょるー。ぴょるるー。…って、その音は。 「ア゛ー!っかったよ!行きゃいーんだろがよ!いつもの所だな!?…クソ!」 電波の向こうから届く、噛み殺し損ねた笑い声。せめてもの抵抗と、俺は通話を盛大にシャットアウトした。…携帯じゃ、ガチャ切りもあまり意味はないけれど。 爆音をまき散らしながらハンドルを切る。校門に寄りかかっていたヒル魔は、俺の姿を見るなり口にくわえたあの忌々しい「ルイ笛」とやらを吹き鳴らした。ぴょるるー。 「…だから、コレで最高速だっつの」 これ以上スピード出したらさ、俺、風通り越して星になっちゃうから。眉を下げる俺を一瞥し、ヒル魔は勢いよく後部シートに腰掛ける。ぴょるるー。 「………」 「………」 ぴょるるー。 俺が動かないでいると、催促するようにもう一度。笛の先っちょが背中にあたり、カサと乾いた音を立てた。意地でも喋らないおつもりですか。 ぴょるるるるるるるる。 ハイハイ分かりましたよッ! 行き先違っても文句は受け付けねーからな、と(胸中で)宣言し、葉柱はバイクを急発進させた。
|