ペンを動かす手を止め、スネイプは顔をあげた。
「十一時か・・・」
 どうやら雑務に集中しすぎて時間が経つのを忘れていたらしい。
スネイプは小さく溜息をつくと羊皮紙をまとめ、軽く指を鳴らした。
たちまち紙が独りでに空を舞い、有るべき所に納まっていく。
 オレンジ色の明かりを灯すランプに彩られた薄暗い室内に響く雨音が鼓膜を刺激し、その不快感にスネイプは顔を顰めた。
 雨の日はどうしても苦手だった。・・・理由はとうの昔に忘れてしまったが。
朝から降り続く不規則な旋律から逃れるように、スネイプはベッドに入り固く目を瞑った。




+ +
reminiscence




「こんばんわ」
「・・・ポッター」
 それから暫くしてドアをノックする音に渋々ドアを開けると、誰よりも意外な人物が視界に飛び込み
スネイプは思わずその場に立ち竦んだ。
 少しウェーブがかった黒髪に、若さと溢れんばかりの力を湛えた瞳。
初めて見たとき同年代の男子より少し小さかった身長は、いつの間にかスネイプを追い越していた。
「何を、しているんだ」
 内心の動揺を悟られないようにゆっくりと、慎重に言葉を紡ぐ。
ハリーはその問いには答えず、ただ黙って緑色の瞳でスネイプを見つめた。
見覚えのある影がその眼差しに重なり、鼓動が跳ね上がる。
スネイプは反射的に目を逸らし、それを誤魔化すようにこめかみを抑えて大きく息を吐いた。
「・・・・もう消灯時間はとっくに過ぎているだろう、ハリー・ポッター。
グリフィンドール十点減点」
「先生」
「授業内容その他質問があるなら明日聞こう。早く、部屋に戻りたまえ」
 逃げるようにドアを閉めようとしたスネイプの腕をハリーが掴み、引き戻す。
予想外の行動と力の強さに、スネイプは瞬間抵抗することも忘れハリーの顔を凝視した。
「先生は、誰を見てるんですか」
 言葉の意味が掬い取れず怪訝な顔をするスネイプを一瞥し、ハリーは腕に力を入れる。
「あなたはいつも僕の後ろを視ている」
「どういう意味だ?」
「あなたの視線は僕を通り過ぎる」
「ハリー」
「アンタは僕を見ていない」
 ハリーと視線が交差し、スネイプは困惑したように眉を寄せた。
「僕は、”ハリー”ですよスネイプ先生」
「そんなことは百も承知だ」
「分かってないから言ってるんでしょ。あーあ、こりゃ前途多難だ」
 お父さんのバカ。
ハリーは口の中で呟き、くるりと踵を返す。
二、三歩進んだところで思い出したように振り返り、未だ状況整理が付いていない男の元に駆け寄って
その薄い唇に軽く口付けを落とした。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なっ!?」
「マグルも使う魔法。これで暫く先生の頭からは僕が離れない、っと」
「ちょ、な、ハリーッ!」
「あ、真っ赤だ。初めてじゃないでしょ?慣れてないにしても」
「貴様・・・・・・っ・・・・・・!グリフィンドール150点減て・・・」
「・・・できませんよねぇ?誰かに減点理由聞かれたらどう答えるんですか?」
「・・・・・・・・・くっ」
 耳まで真っ赤にして視線だけで殺せるなら、と言わんばかりに睨むスネイプにニッコリと笑いかけ、
今度こそ本当にハリーは部屋へと戻っていった。
ぱらぱらと窓を叩く雨音と遠ざかっていく足音が暗闇に反響する。
 その背中が廊下の向こうに消えるまで、スネイプはドアの前に立ちつくしていた。