******** 毒薬・媚薬 ******** ******* ***
 
 




 
 
「ロックハート先生」
 
 
昼休み
ロックハートは一人の声に足を止めた
ロックハートの後ろを急ぎ足で追いかけてくるのはマクゴガナルだった
 
「これはこれは。マクゴガナル先生。何か?」
 
ロックハートはマクゴガナルのほうに体の位置を向き直した
マクゴガナルは少し息をきらしながらロックハートのほうに近づいてくる
 
「ええ。実はちょっと頼みごとがあるのですが・・・」
「何ですか?」
 
ロックハートは自分よりも若干背の低いマクゴガナルの顔を覗き込んだ
その態度が気に入らなかったのかマクゴガナルは少し顔をしかめた
そして右脇に抱えていた書類を左手で引き抜きロックハートに差し出し早口で用件を言い上げた
 
「実はスネイプ先生にこれを届けて下さいませんか?
私、これから魔法省のほうに出かけなければなりませんので・・・」
 
マクゴガナルはロックハートの顔をちらっと見上げた
 
「はあ・・・。別によろしいですが・・・」
 
ロックハートは少々曖昧ではあるがOKの返事を出す
 
「良かった。スネイプ先生は地下の教室にいると思うので確実に届けて下さいね。
大切な書類ですから。それでは私はこれで」
 
マクゴガナルはロックハートに書類を渡すとまた足早にその場を去っていった
 
(・・・・・・まあいいか)
 
ロックハートは手にした書類にちらっと目をやる
なにやら随分厚い資料が入っている
あの研究熱心なスネイプのことだからどうせまた、魔法薬学に関しての資料だろう
ロックハートは小さく溜息をつくと厚い資料を腕に抱え地下の教室へと向かっていった
 
(はあ・・・・。会いづらいなあ、スネイプ先生とは)
 
ロックハートは思い足どりで地下の教室に続く道を進んで行く
スネイプは生徒からも同じ教師からもあまり好かれてはいなかった
しかし初めてスネイプを見た時ロックハートは運命的な出会いを感じた
 
人形のように白い肌
サラサラの綺麗な艶のある黒髪
すこし骨の突き出たしなやかな指
細い体
 
ロックハートはその後、何度も何度もスネイプを振り向かせようと努力をしてきた
だがスネイプはあまりロックハートを相手にしなかった
しかし最近になってスネイプの気持ちにも変化がでてきたらしい
それはロックハートにも手にとるようにわかった
 
だが本当はどうなのだろうか
自分はスネイプにとってどんな存在なのか
ロックハートは少し胸を痛めた
 
そうこうしているうちに、あっという間に地下の教室に着いてしまった
ロックハートは先ほど吐いた溜息とは大違いの深い溜息をつくと重い地下教室のドアを開いた
 
そこでロックハートの目に映ったものは―――――――
 
ドサッ
 
ロックハートは右脇に抱えていた書類を床に落とした
一気に中に入っていた資料がぶちまかれた
だがロックハートはただ一点だけ見つめていた
ロックハートの目の先にあるもの
それはぐったりと横たわるスネイプの姿だ
肌からはすっかり血の気が引いていて普段の数倍は色が白かった
顔は真っ青だ
「スネイプ先生・・・・!!」
 
ロックハートは横たわるスネイプに駆け寄り体を抱きかかえた
力のない体は異様に重かった
ぐったりと体を横たわらせるスネイプの頬を軽く叩きながら
ロックハートはスネイプの名を呼ぶ
 
「スネイプ先生!しっかりしてください、スネイプ先生!!」
 
血の気の引いたスネイプの頬は氷のように冷たかった
微かに息はしている
だがその息は今にも消えそうだった
 
「くそっ・・・。一体何でこんな・・・ん?」
 
ロックハートはふと床に目を落とす
すると床には不気味な液体が沸騰していた
ボコッボコッと怪しげな音をたてながらその場で湯気を放っていた
 
「これは・・・・まさか!」
 
ロックハートはその不気味な液体が何なのか気づいた
それは様々な薬草や薬品が混ざり合った毒薬だった
床に落ちたと同時に一気に薬が蒸発したらしい
スネイプはそれを嗅ぎこんでしまったのだ
そのため体に早く毒が回りこんでしまった
 
「そ、そうだ!解毒剤・・・・!」
 
ロックハートはいったんスネイプの体をその場に横たわらせると近くの薬品棚に駆け寄った
 
「これでもない・・・!くそっ、どこに・・・」
 
ロックハートは棚に陳列されていた薬品棚を引っ掻き回す
すると奥のほうに赤い液体がキラッと輝いて見えた
 
「あった・・・・!!」
 
ロックハートは奥のほうにある赤い薬品を引き抜いた
思いっきり引き抜いてしまったせいで手前にあった幾つかの薬品が床に落ちた
ガラス瓶の割れる激しい音が地下の教室中に響き渡った
それと同時に中身の薬品が床や壁に飛び散る
だがロックハートは何事もなかったかのように薬を脇に抱えると大急ぎでスネイプのもとに駆け寄った
ロックハートはその場に横たわらせていたスネイプの重い体を起こす
 
「スネイプ先生!解毒剤ですよ!飲んでください!」
 
ロックハートは先ほどの赤い液体の入った瓶の栓を引っこ抜くと
スネイプの頭を持ち上げ解毒剤を口元に持っていき、流し込む
 
「ぐっ・・・、ゴホッ、ゴホッ・・・!」
 
しかし力のないスネイプは薬を飲み込む力はもう残されていなかった
ロックハートが口に流し込んだ解毒剤をつまらせ、むせてしまう
 
「はあ・・・、はっ・・・」
 
スネイプからはもうか細い息の音しか聞こえなかった
 
「スネイプ先生・・・!」
 
ロックハートは重苦しい表情でスネイプを見つめる
いつも自身たっぷりで完璧主義がモットーのスネイプが
今、こうして、自分の腕の中で変わり果てた姿でいる
ロックハートは唇をギリッと噛んだ
つーっとロックハートの唇から一筋の血が流れ落ちる
 
何もできない
自分はスネイプに何もしてやれない
ロックハートは大きく目を見開いた
そして右手に握っていた解毒剤を半分飲み干すと
 
スネイプに深く口付けた―――――。
 
「んっ・・・・」
 
スネイプは重い瞼を開かせた
むくりと重い体を起こし目をごしごし擦る
 
「私は・・・・一体・・・・ん?」
 
スネイプはふと自分の体に目をやる
スネイプの体には黒い長いローブがかけてあった
 
「何でこんなものが・・・・・」
 
スネイプはローブを体からどける
だがその時起き上がったばかりで意識が朦朧とするスネイプはその場で瞬間冷却した
それと同時にばっちり目が覚め、意識が覚醒した
 
「な・・・・、何だ・・・・!?これは・・・・」
 
スネイプの目の前には薬品棚に入っているはずの薬品たちが見るも無残な姿が映し出されていた
ぐちゃぐちゃに混ざり合った薬品はそこら中の床や壁に飛び散っていた
ガラスの破片が散らばりとても歩ける状態ではない
スネイプはポカンと口を開けてその場を動かなかった
 
とその時
 
「おや・・・?お目覚めですか?スネイプ先生」
 
ハッと我に返ったスネイプは声のした方に首の向きを変える
スネイプの目に映った物
茶髪の色の抜けた長髪
その長髪を一つに結んでいる赤黒いリボン
自分よりも少しだけ高い身長
 
「ロック・・・ハート・・先生?」
 
まだぎこちない喋り方をするスネイプは声の主の名を呼ぶ
ロックハートはドアのすぐ下にある段差に腰掛けていた
ロックハートはじっとスネイプの顔を見つめていたままだった
そのロックハートをスネイプは何やら怯えた目で見ている
ロックハートは深い溜息をつくとゆっくり立ち上がった
無言のままロックハートはスネイプのほうに近づいていく
そしてスネイプの目の間にしゃがみこんだ
それでもロックハートはスネイプの目をじっと見たままで何も言わない
 
「ロ・・・ロックハート先生・・・?」
 
スネイプはおそるおそるロックハートの顔を覗き込む
するとロックハートはスネイプの腕を掴んだ
 
「なっ・・・」
 
ロックハートは強くスネイプの腕を握り締めた
ギリギリと鈍い音が聞こえる
それほどロックハートはスネイプの腕に力を込めているのだ
 
「嫌っ・・・・、痛・・・・」
 
スネイプは小さな悲鳴をあげた
するとロックハートは強く握っていた腕を放した
スネイプの腕にはロックハートが強く握り締めた赤い跡が残っていた
 
「っ・・・・、何するんですか!?」
 
スネイプは涙目でロックハートに怒鳴りつけた
「助けてもらっといてその台詞ですか?」
 
「なっ・・・・」
 
ロックハートのいつもよりも冷たい声にスネイプは先程の怯えた目に戻ってしまう
 
「ほんとに何もわからない人ですね・・・」
 
ロックハートは呟くように言った
 
「何さっきから訳のわからないこと言ってんですか!?第一あなたなんかに助けてもらった覚えなんてないです!」
 
スネイプはロックハートに怒鳴りつけるように言った
ロックハ―トは深い溜息をつくと両手で顔を覆った
そしてその指の隙間からスネイプの顔を覗き見た
 
ナニモシラナイクセニ―――――。
 
 
次の瞬間
ロックハートはスネイプの腕を引っ張り上げ強く抱きしめていた
ロックハートが抱きついてくることはいつもあったがこんなに強く抱きしめてくることなんて今まで一度もなかった
それはスネイプが一番知っていた
 
「ちょっ・・・・、ロックハート先生・・・!」
 
スネイプが抵抗しようとしたその時
 
「心臓が止まるかと思った・・・」
「え・・・」
 
スネイプは一瞬何が起こったかわからなかった
ただわかることは、ロックハートの腕が微かに震えていることだけだった
スネイプはの抵抗しかけた手がそっとロックハートの腕を掴んだ
 
「ったく・・・。あなたって人は・・・。私が来なかったら死んでたとこだったんですよ・・・」
「死んでたって・・・。それってどういうことですか?」
 
するとロックハートは強く抱きしめていたスネイプの体を放した
 
「あなた毒薬ひっくり返して全身毒状態だったんですよ。薬さえ飲む込めなかったんですからね」
 
それを聞いたスネイプは顔を思いっきりしかめた
 
「はあ!?何ですか、それ!?じゃあ私はどうやって薬飲んだって言うんですか!」
 
するとロックハートはにっこりと笑った
その笑みはいつも、ロックハートがスネイプに見せる笑みだった
 
「心配しなくていいですよ。口移しで飲ませましたからvvvv」
 
スネイプは一瞬口を開けたままその場に固まり、黙っていた
が、次の瞬間
スネイプの顔が火がついたように赤くなった
 
「なななななな、何やってんですか!?く、く、口移しってな、何で!?」
「そー赤くならないで下さいよ」
 
ロックハートはしれっとした顔をしてスネイプを見ている
その様子がスネイプには非常識な光景にしか見えなかった
 
「赤くなってなんかい、いません!」
 
するとロックハートは急に優しい微笑みを浮かべた
スネイプはその微笑に一瞬胸を高鳴らせた
 
「・・・・・・・・でも嫌じゃなかったでしょう?」
 
その言葉にスネイプはさっきよりも顔を赤くする
 
「そ、そりゃ確かに・・・・そうでしたけど・・・」
 
スネイプは口をモゴモゴさせながら答えた
スネイプは一瞬我に返った
だがその時はもう遅かった
スネイプはロックハートに抱きしめられていた
 
さっきよりもずっと優しく優しく
 
「ロ、ロックハート先生・・・」
「嬉しいです。あなたがそういうこと言ってくれるなんて」
 
スネイプは相変わらず顔を赤くしていた
だがロックハートはお構いなしにスネイプの体を抱きしめていた
そしてゆっくり口を開いた
 
「あなたが解毒剤を飲むことさえできなかった時・・・・。一瞬どうしていいのかわかりませんでした。
あなたには何もしてやれないと思った。
でもあの時、私はただ無我夢中であなたに薬を飲ませることしかできなかったんです」
 
スネイプはロックハートの着ているシャツの裾をキュッと掴んだ
そしてロックハートの胸を押しのけるとスネイプはロックハートの顔を見上げた
 
 
ちゅっ
 
 
スネイプはロックハートの頬に軽く口付けた
ロックハートは何が起こったかわからない顔をしていた
さっきのスネイプのような顔とほとんど同じだった
 
「・・・・お代です。助けてもらった・・・」
 
そう言うとスネイプは再び顔を真っ赤にした
そんなスネイプがたまらなく可愛かった
そしてロックハートもスネイプの顔を引き寄せ頬に口付ける
 
「ありがとうございます、スネイプ先生vvv」
 
ロックハートはにっこりと微笑む
スネイプはそんなロックハートの笑顔を見てつられて微笑んだ
 
「ところで・・・。どうするんですか?あの薬品・・・・」
「ああ、あれですか。後で二人で片付けましょう」
「・・・・・そうですね」
 
口の中にはまだ
あの甘い解毒剤の味が残ってる
その味は体の奥底を刺激するようだった
まるで媚薬のように――――――。