どうしてこんな事になったんだろう。


 
 僕は、まだ闇が抜けない明け方、隣に眠る人物を見てふと思った。
寝返りを打つと、色鮮やかなふわふわした茶髪が頬を擽る。
 ジェームスと身体を重ねるようになり、過ごした夜はもう両手に余るほど。
しかし何でこんな事になったのか、実のところ僕はよく分かっていない。
 




・・・MARRY ME?





 
 あの夜はいつも通り。
押し掛けてきたジェームスと、僕の部屋で紅茶を飲みながら二人で世間話をしていた。
世間話といっても、殆どジェームスが一方的にまくし立てるだけで僕は適当な相槌しか返さない。
こんな僕と話してても、面白くもなんとも無いと思う。
けど、それでも構わないらしい。あの男は。
だからその日、一度だけ聞いてみた。
人付き合いの苦手な僕と違って、友達なんて腐るほど居るアイツに。
 
なんで
 
『なんで僕と一緒に居るんだ?』
 
 するとジェームスは思いきり不思議そうに僕を見て、言った。
 
『楽しいからだよ?決まってるじゃん』
 
”この頃、セブルス前より笑ってくれるようになったし”
 
 そう言ってにっこり笑うジェームスを、僕は戸惑ったように見つめた。
 
解らない。
 
彼の言ってることは、僕の理解の範疇外だった。
 
僕には”話してると楽しい”自分が分からない。
僕には”前より笑うようになった”自分が判らない。
 
 僕が思ってる僕と、ジェームスが見てる僕は別物なのだろうか。
だとしたら、どちらが正しいのか。
そんな事を考えていると、椅子に座っていたジェームスがいつの間にか、僕の目の前に立っていた。
『ねぇ、セブルス。また難しいこと考えてるでしょ?眉間にシワが寄ってる』
『・・・・別に』
 笑いながら、ちょん、とおでこをつつかれた僕は、少し不機嫌さを交えジェームスを見上げた。
すると、かち合った彼の瞳は思いの外、真剣で。
吸い込まれそうな深緑の視線に、僕は思わず顔を背けた。
 
『セブルス、僕と居るの好き?』
『・・・・嫌いじゃ、無い』
 
 嘘だ。
本当は嫌いなんだ、お前と居るのは。
自分が見えなくなるから。
 
嘘が、つけないから。
 
『僕はね、セブルスと居ると楽しくて嬉しくてたまらないんだ。・・・なんでか分かる?』
『そんなの知るか』
『君が大好きだからだよ、セブルス』
 
 生まれて初めて投げかけられた言葉に、どうしたらいいのか分からなくて。
近づいてきた唇を拒むことは出来なくて。
 
触れた温もりを、手放すことも。
 
 
 


「ふぇっくしゅ!」
「・・・ジェームス?」
 
 隣人の盛大なくしゃみに、思考の海に沈んでいた僕は突如、現実に引き戻された。
起きあがり、未だ熟睡してるジェームスを見ると、
二人で一つの毛布が三分の二、僕に掛けられていて。
ジェームスの身体は半分くらい毛布の外から出てしまっている。
寝てる時、気づかないうちに僕が毛布を引っ張り、独占してしまったんだろう。
これじゃ、寒いに決まってる。
深深と近づく冬の息吹を感じながら、僕は毛布を持ち上げて寒さに丸まっているジェームスの身体に掛けた。
そしてもう一度、面積の少なくなった毛布の下に潜り込む。
 暫く経って、ごそり、と気配が動いた。
ジェームスが寝返りでも打ったのだろう。
さほど気にせず、僕が再び訪れた睡魔に身を委ねようとした時、ふわりと僕の身体を温もりが包んだ。
小さい毛布のせいで少し出ていた足先が、完全に覆われる。
怪訝に思い、目を擦りつつ起きあがって隣を見ると、
毛布はまた半分以上僕の元に有り、ジェームスは寒そうに縮こまって寝ていた。
「ジェームス」
 声を掛けるが、返事は無い。
すやすやと寝息ばかりが聞こえてくる。
 
もしかして、さっきもジェームスがわざわざ掛けてくれたんだろうか。
・・・僕が、寒いと思って?
 
 もう一度、ジェームスに毛布をかけ直すが、暫くすると強制的に温もりは大部分僕のモノとなってしまう。
熟睡しているので、恐らく無意識下の行為・・・好意、なんだろう。
毛布の大半を僕に譲渡するよう、プログラミングでもされているのだろうか。
「パブロフの犬みたいだ」
 僕は苦笑して、丸まってるジェームスを眺めた。
そしてその頬に軽い口づけを落とす。
起きてるときは絶対にしてやらないけど。
「悔しいからな」
 そう呟いて、横になって白いシーツに顔を埋めた。
しかし、ふとある事に気づき、僕は少し逡巡した後身体をずらしてジェームスの胸に頭を乗せ、首に腕を巻き付けて寄り添った。
とくとくとゆっくりした二つの鼓動が、重なって溶け込む。
 
 
 
 
 
 
 
 
どうしてこうなったのか分からないけど、
 
こんなに全部暖かいなら。
 
 



 
答えなんて無くても良い気がしたんだ。