「…ッく」

 声を、噛み殺す。
よく勘違いする輩がいるのだが、別にこれは恥ずかしい訳でも抵抗している訳でも何でも無く。
ただ、奴らに、余計なサービスをしてやりたく無いだけ。
大体、こんな餓鬼のお遊戯みたいな性行為で理性を飛ばせる訳が無い。
俺は、上に覆い被さっている男の切羽詰まった瞳を一瞥し、心の裡で溜息を付いた。


             下手なら、下手なりに



     早く済ませろこの遅漏!ってな。ははは」
「………」
「あれ、どうした太郎」
「”どうした”じゃなーいッ!」

 だん。
最早名物となった太郎の怒声が、研究所内に響き渡る。
二神は、太郎が叩いた衝撃で零れたティーカップの中身に合掌してから
眉を顰め太郎を見た。

「何?太郎クン更年期障害?」
「んなはずないだろ!あれ程言ったじゃないか!そういう事はやめろッて!」
「別に良いじゃん。女泣かせてる訳でもなし。
 研究費もバカになんねぇしー?身体一つで金貰えるなら万々歳じゃん?」
「働け!普通に!」
「面倒くさい」

 あっけらかんとそう言い放った二神をポカン、と眺め
太郎が深い深い溜息を付く。

「…僕にはそっちの方が余程面倒だと思うけど。色々な面で」
「ああ、確かに服を脱いでまた着るのは一苦労だな」
「そういう次元の話じゃない!君には倫理観というものが無いの!?ねえ!」
「常識なんてくそくらえ!さ」
「そういった意味で使用するなーーーーーー!」

 太郎、本日二度目の爆発。
今度は被害を被らぬよう持ち上げたティーカップを机に戻し、
二神は中途半端に伸びた黒髪を面倒くさそうに掻いた。
そして徐に立ち上がり、太郎の肩をがしりと引き寄せる。

「…何さ二神君?」
「ようするにさぁ…嫉妬?」
「なっ!?んなはずー…」
「またまたぁ。もう、妬かないでダーリン」
「〜〜〜〜〜ッ!?」

 甘ったるいハートマーク付きのセリフと共に
頬に降りる小さな口付け。

「ふっ、ふっ、二神く…」
「あはは、俺の親が良くやってたんだよね、これ。
 それじゃ俺バカフェッサーのトコ行ってくるわ。んじゃあね〜」

 みるみる顔を(まるで旬の林檎のごとく)真っ赤にした太郎に手を振り、
部屋を後にした二神。
その扉が閉まると同時。太郎はぽつりと呟いた。


「…どういう教育されてきたんだ、親に」