鳥インフルエンザ騒動やぶにらみ


 Vol.6で鳥インフルエンザの話題を出してから6年以上経ちました。あの当時は香港で,鳥インフルエンザが直接,人に感染する事例が発見された時期でしたが,その後,アジア各地で高病原性鳥インフルエンザの流行があり,ベトナム,マレーシア,タイ,インドネシアなど,各地から人の鳥インフルエンザ感染例や死亡例が報告されています。2004年,2005年には日本でも高病原性鳥インフルエンザの発生があり,2005年から2006年にかけて,高病原性鳥インフルエンザの流行は,ロシア,西アジア,ヨーロッパ,アフリカへと拡大中です。

 日本でも,2004年2〜3月に,京都で鶏が大量に死亡し,高病原性鳥インフルエンザが社会的にも大きなインパクトを与えました。小学校の先生方が,学校で飼われていた鳥の扱いに苦慮したり,鶏肉,鶏卵の買い控えが起こったり,場所によっては給食の食材から鶏肉,鶏卵を除いた学校もありました。
 ところが,そんな騒動はあっという間に下火となり,2005年に茨城で高病原性鳥インフルエンザの発生があった際には,京都のときのような騒ぎは無く,なんとなく平静を保っているように見えました。

 鶏肉鶏卵の買い控えは,明らかに過剰反応。そういう意味では,茨城での流行の時の市民の対応のほうが,正しいのかも知れません。しかし,その内情は……行政がメディアの過剰報道や小売店の過剰反応(「当店では鳥インフルエンザ発生地から仕入れた卵を扱っていません」等の表示の掲出)を控えるように呼びかけたため,鳥インフルエンザに関する情報が市民に伝わりにくくなり,結果として,大多数の市民が,「知らない,興味を引かない」と言う状態になっていたのです。情報を得て,きちんと判断した結果ではなく,情報が来なかったので,知らなかった結果,何も反応しなかったと言うのが,真相のようです。結果的には行政の思惑通り,風評被害の拡大を抑止できたわけですが,その内容はお寒いものだったと言わざるを得ません。ある意味,「下手に情報を流して騒がれるよりも,あまりアピールしないほうがいいだろうと言う,いわば「愚民政策」を取ったわけです。

 しかし,一歩海外に出れば,日本のように行政的な衛生管理指導が行き渡っている国のほうが少ないわけで,そういう国に出かけるときには,やはり「無知」「無関心」は危険なことです。きちんと情報を把握して,自分で適切な判断が出来なくてはいけません。諸外国で,あれだけ高病原性鳥インフルエンザに対して,情報を流し,防疫対策に取り組んでいる状況の中で,日本人だけ,ぼーっと無知な状態でいるのは,やはり,おかしい。
 実際,市民向けにアンケート調査をしてみたところ,鳥インフルエンザに関する知識は,メディアが伝えたことの半分も憶えていない。その一方,京都の事件のときには,さまざまな過剰反応をしたり,不安感は持っていたり。「鳥インフルエンザは怖いけど,とりあえず,自分には関係ないから,興味もないし,知る必要も無いかな……」と言うのが,現在の一般市民の反応の最大公約数でしょうか。予備知識を得ていないために,何か事件があったときに,慌てて過剰反応したり,一時的に大きな騒動を起こすと言うのは,京都で鳥インフルエンザ騒動があったときに経験しているはずですが,その経験がその後,何も生かされていない。


 私はバードウォッチャーと接触する機会が多いのですが,かれらは鳥に興味を持っている人たちだから,鳥インフルエンザに関しても,関心が高いかと思いきや,鳥インフルエンザに対する反応は,一般市民よりも無関心なほど。一般市民の中には,身近な野鳥との接触も心配する人がいたと言うのに……。
 さらに,鳥インフルエンザウイルスを持っている確率が高いとされるカモ類にも,いつも通りに平気で餌付けしているわけで……。

 確かに,通常のバードウォッチングで,高病原性鳥インフルエンザに感染する危険は,まず,考えられません(少なくとも日本国内では…)。しかし,一般市民にとって,鳥との接触は,いくら大丈夫だと言われても,やはり心配に思う人は少なくありません。鳥インフルエンザ騒動が,一般市民をバードウォッチングから遠ざける結果となっているのです。もし,バードウォッチャーが積極的に高病原性鳥インフルエンザについて学んで,非バードウォッチャーに,きちんと安全であることを説明してくれたら,バードウォッチャーにとっての「逆風」を,むしろ,社会的信頼を得るチャンスに変えることが出来たのではないかと思いますが,残念ながら,野鳥関係の団体を含め,そうした動きは無かったようです。多少頑張っているところでも,会員向けに安全を呼びかけるに留まっています。


 世間では,バードウォッチングで野鳥から鳥インフルエンザをもらう危険について論議が行われていることが多いのですが,実は,バードウォッチングをすることで,野鳥も危険な立場に立たされているのではないかと言う状況証拠が集まりつつあります。

 この数年の調査から,「高病原性鳥インフルエンザ」は,もともと水禽に感染してもほとんど無症状だった鳥インフルエンザウイルスが,鶏への感染を繰り返すことで,鶏へ感染しやすく,かつ,強い病原性を示すように変異したものと考えられるようになり,鶏以外の動物や野鳥の「高病原性鳥インフルエンザ」感染による死亡例も,鶏で強い病原性を獲得したウイルスが飛び火したものと考えられています。2005年〜2006年にかけて,水禽の高病原性鳥インフルエンザによる死亡例がかなり出ていますが,これは水禽が元々持っていたウイルスではなく,鶏から病原性の強いウイルスをうつされた可能性が極めて高い。そして,鶏から水禽へ,どうやってウイルスが運ばれたのか?……人が物理的に運んだ可能性も否定できません(まだきちんと証明はされていませんが,他の感染ルートの可能性が考えにくい状況にある場所もありますので,かなり可能性は高いと思われます)。
 だとしたら,人がカモに餌付けする場面において,カモから人に鳥インフルエンザがうつる危険を心配するよりも,むしろ,人が高病原性鳥インフルエンザをカモにうつしてしまう危険を心配するべきなのかも知れません。野鳥の会など,野鳥関係の団体は,「バードウォッチングは危険ではない」と,人の安全性を主張していますが,実は,疫学調査の状況を見ると,餌付けや写真撮影など,野鳥の生活圏に人が入り込むときには,野鳥が人から病原体をもらう危険性を配慮しなくてはいけない……と結論付けるほうが妥当な状況です。
 つまり,バードウォッチングで高病原性鳥インフルエンザの危険に晒されているのは,野鳥のほうだったと言う可能性が高い。

 人から野鳥への感染例として,実際,立山のライチョウの腸内細菌の調査では,登山者の増加とともに,今まで見られなかったヒトの腸内細菌や,犬の病原細菌まで見つかるようになっています。最近は犬を連れて山に遊びに行く人も少なくありませんが,犬の糞を(あ,もちろん,ヒトのも…)山に放置するようなマナーの悪さが,ライチョウの持つ細菌にまで影響しているのです。

 高病原性鳥インフルエンザは,ある意味「人災」的な側面も否定できません。しかし,今の日本の養鶏業の飼育環境で,新たな高病原性鳥インフルエンザが生まれる可能性は,あまり高くありません(鶏の密飼いが高病原性鳥インフルエンザを生んだとおっしゃる方がいますが,それは誤りです。現在アジアからヨーロッパにかけて流行している高病原性鳥インフルエンザは,東南アジアなどの,庭先などでアヒルなどと一緒に鶏を平飼いしている地域から生まれたものと考えられており,閉鎖系の鶏舎で密飼いしているほうが,伝染病の侵入に対してガードが固いのは,間違いありません)。今の日本国内において,高病原性鳥インフルエンザの感染拡大のいちばんの原因は,「人がウイルスを運んでしまうこと」である可能性が高いのです。

 ……とすると,野鳥を高病原性鳥インフルエンザから守るにも,人がむやみに野鳥に近づかないこと,野鳥の生活圏を侵さないことが,リスク軽減策として,重要な意味を持ちます。

 以上の状況から,ぜひ,野鳥を観察する人たちにお願いしたい点をまとめます。

・鳥インフルエンザについて,十分な知識を得てください。
・十分な知識を得た上で,安全対策を判断してください。
・人が高病原性鳥インフルエンザを野鳥に媒介する可能性を認識してください。
・野鳥の生活圏に入り込むような,野鳥への餌付けや,無理な野鳥撮影は,やめてください。
・できれば,非バードウォッチャーにも鳥インフルエンザについての情報を伝え,バードウォッチャーの社会的信頼を回復させる努力をお願いします。


 現時点で言えるのは,こんなところでしょうか。

 「バードウォッチングは危険」と言うのは,まったくの誤解です。
 危険なのは,無知なバードウォッチャーの行動です。


(2006年3月11日記)

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