たった一度のチャンス
ランの仲間は,園芸種,野生種を問わず,愛好家の多い花です。
かつては身近だった野生ランも,近年では乱獲,盗掘などにより著しく数を減らし,自然観察のフィールドから姿を消しつつあります。
ランの仲間の受粉方法は,ちょっと変わっています。受粉の運命を虫に託すチャンスはたった一度。
最近では野生のものは減り,身近な園芸種としてポピュラーになっているシランの花の受粉作戦をじっくり観察してみましょう。
おなじみ,シランの花です。
中央のヒダ状の花弁のところが,筒状に花びらが集まっています。このヒダの上にハチなどが止まり,蜜を求めて花の奥へと進みます。……がしかし,シランは蜜を持っていないので,ハチはこのヒダ状の模様に騙されているわけです。ランの仲間には蜜を用意している種類も多いのですが,シランの場合,ハチが来ても蜜は無い上,特殊な仕掛けがあるので花粉も口に入りませんから,ハチにとっては,何もメリットがありません。
では,その仕掛けを探ってみましょう。
矢印の部分が,ハチが侵入する場所。虫にとっては魅力的な色と形の花弁なのでしょう。
注目すべき点は,この入り口の上側の部分。
ちょっと広げてみました。
矢印の部分は,雄しべと雌しべが一体化したものが入っているところ。
矢印の先の部分の薄黄色いのが,花粉の塊。粘液に包まれ,自分の花粉で受粉しないようになっています。
ここを花の中心から外側へ向かって,指でそっと撫でてやると……
粘液と一緒に,花粉の塊がごっそりと指についてきました。
ハチが花の奥に入り込むと,バックして出てくるときに,背中が花粉の塊に触れ,花粉を背負わされることになります。シランの花が,持っている花粉の全てを,1匹のハチに託し,ハチに「動く花」になってもらうのです。
指につけた花粉の塊。粘液で貼りついているのが分かります。
もし,ハチが同じ種類の別の花にもぐりこんで,背中の花粉をつけてくれれば,受粉が成功しますが,ハチがどこかに行ってしまったり,背中の花粉塊を落としてしまえば,それっきり。
1つの花が花粉を託すチャンスは,たった一度。
花粉塊が取れた後の状態。矢印のところが,花粉塊の入っていた場所。雌しべだけが残ります。
シランの上で,背中に花粉を背負ったシロスジヒゲナガハナバチを発見!
背負った花粉が受粉に使われるためには,ハチはシランの花に2回連続して騙されなくてはいけません。シランの花弁の,複雑で魅力的な色と模様は,虫を騙すために発達したものなのかも知れません。
自らの生存を,ワンチャンスに賭けるランの花。いまどきの園芸用に作られて市販されているランの多くは,品種の特徴を安定して維持するため,組織培養によってクローンを大量生産して,愛好家の需要に応えています。
……ランの生存戦略を見ていると,野生ランをむやみに採掘して集めることが,ランの生存にとって,どれほどのダメージになるのか,改めて考えさせられます。
(2002年4月22日記)