自然観察で我孫子を歩く

〜その1:「白樺派」の文人が愛した自然を訪ねる


 多少,手前味噌になりますが,地元である我孫子市での自然観察的日常生活について,御紹介してみようと思います。我孫子市は自然観察的にも見どころがいろいろあります。地元の史跡や自然史などと共に,自然観察的お散歩リポートをいたしましょう。
 まず手始めに,大正時代,我孫子が「北の鎌倉」と呼ばれた時代にタイムトリップ……。

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 志賀直哉,武者小路実篤,そして,「民芸」運動の指導者,柳宗悦……「白樺派」と呼ばれる文人達に共通の土地,それが我孫子です。我孫子には,大正時代の一時期を中心に,多くの文化人が住まいを構えていた時代がありました。当時の我孫子は,別荘地としても利用されていた,手賀沼を見下ろす風光明媚な土地。この時代に我孫子が,「北の鎌倉」と呼ばれていたことは,今はあまり知られていませんが,大正時代,文化人達が愛した我孫子と手賀沼の自然は,今もその面影と共に,文化の香りを残しています。
 彼らが見た我孫子の自然はどんなものだったのか,文学散歩と自然観察を兼ねて,日差しの柔らかな早春の午後,我孫子駅から歩き始めました。


 我孫子の原風景は,手賀沼沿いの低湿地と,そこから段丘を上がった高台にある,旧街道沿いの古い家並み。明治の末から大正にかけては,段丘が手賀沼に向かって急角度で落ち込む「斜面林」のすぐ上に,手賀沼の見晴らしを借景にした別荘や邸宅などが建てられています。

 我孫子駅の近くには国道356号があります。この道が成田詣でのための旧街道。旧市街には,小規模ながら,古い街道筋の面影を残す街並みも残っています。駅前通りをまっすぐ南下して街道を越えると,手賀沼へ向けて段丘を降りてゆきます。


 駅前通りも,今はバス通りになっていて,傾斜をゆるくしてあります。坂を降りたところが手賀沼。坂の下には手賀沼公園が見えています。坂の途中に歴史のあるうなぎ屋さんや落花生のお店などがあって,いい匂いがしますが,ちょっと我慢して西のほうへ寄り道します。


 我孫子駅から南西に直線で1kmぐらいの,「船戸」にある,斜面林を残した緑地です。雑木林と杉の植林が混ざっています。落葉樹の多い雑木林は,冬には光がたっぷり地面に届き,明るい散歩道になります。近くには古墳群があり,そこも小公園になっています。


 雑木林の下で,葉っぱをかき回す音。
 音のするほうを探したら……いました。我孫子で越冬中のシロハラ。


 これはツグミ。こちらも落ち葉の下の虫探し中。ツグミも春になると北へ渡ってゆきます。


 斜面林の木の上にはキジバトが日向ぼっこ。キジバトが鳴くと,なんとなく,のんびりした空気が流れます。

 冬は渡り鳥がたくさん来ているので,ちょっとした緑地でも,いろいろな野鳥が見られますね。ここで10数種類の野鳥を見かけました。


 船戸の緑地の西側には武者小路実篤の邸宅があります(現在は個人宅のため,見学できません)。そのさらに西には,嘉納治五郎が開いた農園跡などもあります。


 実篤邸の横の坂道から手賀沼を見下ろす。昔の手賀沼は今よりも湖岸が段丘に近く,もっと素晴らしい風景だったのでしょう。


 斜面林の下には,小さな湧き水もあります。

 段丘を降りると,手賀沼はすぐ目の前。斜面林と沼の間には,昔は細い道が1本,畑が少々,葦原少々,と言った具合でしたが,最近では太い幹線道路が開通し,手賀沼もやや狭められ,道路周辺も郊外型のお店や住宅地などが増えています。

 段丘の下の畑の日だまりでは,もう春の花が咲き始めていました。


オオイヌノフグリ。


ホトケノザ。

 さて,一旦,手賀沼公園へ戻りましょう。


 ここは芝生広場が中心の,明るい公園。水辺のポプラ並木がアクセントになっています。冬になると水鳥の数も増えるのですが,最近はあまり多くありません。ここから手賀沼のほとりを,ずっと東のほうまで行ける遊歩道がありますが,こちらのお散歩は別の機会に。

 今はバス通りとなっている湖岸道路の近くに,昔の湖岸道路が少し残っています。こちらの道は,バス通りとは別世界の,静かな細い道。その道の脇に,小高い丘になった公園があります。


 通称「楚人冠公園」。戦前のジャーナリストであり随筆家でもあった杉村楚人冠の邸宅跡です。段丘が手賀沼に向かって半島のように飛び出しているところに,邸宅跡はあります。ここから見下ろす手賀沼は,さぞかし素晴らしい風景だったと思われますが,今はお店やらバス通りなどの向こうに沼が見えます。昔と変わらないのは,いくつかの大きな木とシジュウカラの声ぐらいかも知れません。この近くに柳宗悦の邸宅(現在は個人宅のため見学不可)もあります(柳邸内にバーナード・リーチの工房もあったと言うことです)。


 旧・柳宗悦邸へと向かう石段。
 手賀沼の斜面林には,階段も多い。


楚人冠公園の近くにある,気になるお店。
レトロな雰囲気のお煎餅屋さんで,おやつを少々調達……。



 さて,旧・湖岸道路をさらに進むと,志賀直哉邸跡がすぐ近くにあります。この家だけは,段丘の下にあります。家屋の一部が残っていますが,敷地は小さな公園になっていて,小さな湧き水もあります。木が良く茂り,ちょっと暗めの,静かな一角です。かつては,水辺がすぐ近くだったんでしょうね。今はちょっと水辺から遠く,公園の上の斜面林から,コゲラの声が聞こえてきました。

 もし,白樺派の文学に興味があるようでしたら,志賀直哉邸跡の斜め向かいに,「白樺文学館」と言う施設が,最近オープンしましたので,そちらの見学なども,いかがでしょう?


 ……さて,今回のお散歩はここまで。現在の我孫子の自然や風景に,文学史と自然史を重ね合わせながら歩く,ちょっと知的になった気がするお散歩でした。鳥の姿を追い求めるのでもなく,史跡の記念写真を撮るわけでもなく,ゆったりした気持ちで,我孫子の歴史と自然を楽しむことができました。

 今度は季節を変えて,志賀直哉の短編集の文庫本でも持って,歩いてみようかな。


(2002年1月25日記)

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