異種望遠鏡バトル? GEOMA vs BORG


フィールドスコープと天体望遠鏡の関係
  そもそも,フィールドスコープと天体望遠鏡を比較すること自体,間違ってるんじゃないの?
 ……いや,そうでもないようです。

 今や,野鳥観察用のフィールドスコープにも,フローライト(蛍石)レンズやEDレンズなどの,贅沢な高性能レンズが使われた製品がラインナップされる時代。スコープにアダプタをつけて野鳥撮影などを楽しむ人も増えてきました。
 一方,天体望遠鏡,特に屈折望遠鏡は,眼視性能もさることながら,対物レンズをそのまんま望遠レンズのように使って天体撮影する用途が拡大し,より焦点距離の短い(=明るい)レンズが求められ,短焦点化に耐えられるだけの性能を持ったレンズ素材として,フローライトやEDガラスが使われるようになってきました。
 両者のアプローチは少し違っているものの,短めの焦点距離の高性能レンズ,と言う点で,フィールドスコープと小型の屈折式天体望遠鏡のスペックは,非常に似かよってきました。

 だったら,小型の天体望遠鏡を野鳥観察などに流用したり,高性能レンズを使ったフィールドスコープを天体観望に流用したりしても,楽しめるんじゃないかな?

 ……と言うわけで,フィールドスコープと小型天体望遠鏡の,異種間対決を行いました。


Round 1 選手紹介! スペック対決


上がBORG76ED,下がGEOMA65ED

 まずは,フィールドスコープ。
・ビクセン GEOMA(ジオマ)65ED-S
 口径65mmのEDアポクロマートレンズを奢った,高性能望遠鏡です。45°傾斜タイプもあり,傾斜タイプのほうが,天体観望用にはいいでしょう。フィールドスコープには口径80mm前後の大型機もラインナップされていますが,フィールドでの可搬性を考えた場合,60mm級の望遠鏡の機動力は捨てがたいものがあります。……実はジオマ65EDは,アポクロマートレンズ搭載の上級機の中で,いちばん実売価格が安かったんです……。実売価格は本体4万円台+アイピース代数千円です。
 フィールドスコープの対物レンズの焦点距離は,400mm前後のものが多く,アイピースは専用品で,商品名が倍率で表示されているのも特徴です。(注:PENTAXはフィールドスコープと天体望遠鏡のアイピースを共用化しています)

・トミー BORG(ボーグ)76ED
 こちらもEDアポクロマートレンズを使用。BORGブランドを代表する,小型,高性能の望遠鏡です。口径76mm,焦点距離500mmで,天体望遠鏡としては非常に軽く仕上がっています(本体重量1.4kg)。ヘリコイドによる合焦で,大きな開口径を持ち,さまざまなアクセサリがつけられる接眼部は,写真性能と眼視での使い勝手の両方を欲張ったデザインです。鏡筒本体の価格は,直販のオアシス・ダイレクト価格で59800円。アイピースは天体望遠鏡用のものはどんなものでも使えるので,倍率も自分の好みで選べます。性能の良いアイピースと組み合わせれば,素晴らしい結像性能があります。


 ジオマの有利な点は,
・小型軽量……アイピース込みで1kgを割る。
・防水構造……アイピース取り付け部のすぐ内側に平面ガラスが入っていて,対物レンズの内側からプリズムまで,乾燥窒素が封入されている。
・正立像……当然,地上観察用ですから,正立プリズムを内蔵しています。

 ボーグの有利な点は,
・汎用性……接眼部にいろいろなものがつく。アイピースも各社のものがつけられる。
・発展性……対物レンズも含め(!),後からいろいろと買い足したり交換したりできる。
・光学性能の高さ……光学系はシンプルな作りで,ガラス材による表面反射や吸収など,光のロスやコントラスト低下の原因となるものが少ない。


 これがお互いの弱点でもあります。
 ジオマは使えるアイピースやアクセサリが専用品に限定され,プリズムによる光学性能への影響もあります。ボーグは防水性は無く,内部まで結露してしまいますし,正立像を得るためには別売りの正立プリズムが必要となります。汎用の正立プリズム,特にダハプリズムでは,プリズムによる光学性能の劣化がフィールドスコープよりも目立ちます。


BORGの接眼部。いろいろなアクセサリがつけられるのは楽しいけど,やっぱりゴチャゴチャしています。

 口径や焦点距離,対物レンズの設計まで良く似た両者ですが,細かい点はいろいろと違いがあります。果たして,実際の観測で,どれだけの性能を発揮してくれるでしょうか?


Round 2 地上観察に使ってみる
 まずは,ジオマの土俵で比べてみましょう。
 ジオマはアイピースをつけた状態で保管,輸送できます。フィールドに出たら,三脚にネジ止めするだけで準備OK! 私は25倍を使っていますが,目標物を視野に入れるのには,ちょっと慣れが必要です。特に傾斜形の場合,狙いをつけにくいようです。鏡筒に照準代わりのラインが引いてありますが,これを使うと幾分便利ですが,やはり慣れが必要です。……そうなんです。ファインダーがつかないんです。これで60倍アイピースとか,高倍率のものもオプションで用意されているんですが,60倍が使える場面って,どのくらいあるんでしょうかね。
 見え味については,アクロマートレンズをつけている標準形のスコープと比べてみると,圧倒的にスッキリ見えていることがわかります。地上用としては文句なしの光学系です。ワイドタイプのアイピースをつけているのですが,像の平坦性も高く,主右辺像の歪みもよく抑えられています。視野を見渡すのが楽しい設計ですね。

 では,ボーグは?
 正立プリズムをつけないと,像が逆さまです。ビクセンの45°傾斜形の正立プリズムを使います。これはスリーブ径31.7mmで,アミチのダハプリズムを使用した,コンパクトな正立プリズムです。
 ……おお?! 明るい。ジオマを褒めていたのに,さらにもう一皮剥けた感じのコントラストです。しかし,夕方になって街灯に向けると……正立プリズムのダハ稜線に由来する,線状のハレーションが気になります。そう言えば,フィールドスコープの正立プリズムって,ポロ型で,専用設計でしたっけ。汎用品の45°正立プリズムには,もうひとつ問題があって,プリズムが小さいために,広角形のアイピースが使えません。周辺像も,思いのほか甘い。ダハプリズムで,いろいろと制約を受けているようです。
 正立プリズムの性能に関しては,フィールドスコープのほうが間違いなく優位です。天体望遠鏡用の,大型の正立プリズムないし正立ミラーは,大手メーカーからは発売されていません。大型双眼鏡のジャンク品からポロプリズムを取り出して自作するとか,「松本式ミラー」を使うとか,根本的に考え直さなくてはいけません。
 もうひとつ,ボーグには問題があります。
 それは,機動性。
 重量や全長の大きさは,フィールドでは少しの差でも大きなハンデです。接眼部のアクセサリの付け替えも,フィールドでは面倒ですし,埃や結露に,常に注意を払わなくてはいけません。また,ネジの突き出た部分も多いので,ネジを落としたり,持ち歩いているときに,どこかに引っ掛けたりする心配をしながら歩くことになります。ジオマはアイピースをねじ込んでしまえば,あとは可動部はフードの引き出し部とピント合わせのノブだけしかありません。フィールドでは,このシンプルさが大事なのです。
 重量的なハンデに関しては,ボーグ50EDと言う,小さいのを選ぶ,と言う解決策もあります。口径50mmですが,60mm級のフィールドスコープと張り合える性能を持っている,良い光学系です。

 写真撮影を兼用するなら,ボーグにも分がありそうです。ボーグと一眼レフカメラの組み合わせで,そのまま500mm望遠レンズになります。ジオマは直接焦点撮影はできません。コリメート撮影のみとなります。

地上撮影で比較してみます。

QV-8000のワイド端(40mm相当)で撮影。
カメラ単体では8倍望遠が目一杯で,……

ここまで寄れます。

さらに,ジオマで25倍拡大すると,

……すごい迫力でしょ。
曇り空でちょっと霞んでいますが,まずまずのコントラストが得られています。

次に,BORGにLV15mmをつけて,33倍に拡大。

 ジオマと較べると,意外と周辺像が甘いですが,解像度は十分にあります。

 結論。
 普通に使うなら,やっぱりフィールドスコープは,良く考えられたデザインで,使いやすいと思います。ある程度光学器械に詳しい人が使いこなすなら,ボーグも悪い選択ではないのは確かです。つまり,ボーグはジオマよりも使う人を選ぶ,と言うことでしょう。

Round 3 星を見てみる
 いよいよ,ボーグが本領発揮する舞台です。
 まずは,星像の鋭さの比較。
 ボーグは正立プリズムを外し,ストレートで観望します。アイピースはビクセンLVとノーブランドのプローゼル。アイピースとの相性も良く,星はきちっとピンポイントに見えます。色収差も感じません。さすが!と思わせます。
 一方,ジオマは口径が小さい分,不利なのですが,まずは,あまり口径に関係のない,結像性能で比較します。ボーグと比べると,ピントの芯が出にくい感じです。プリズムの影響でしょうか,それとも,ワイド系のアイピースを使っている影響でしょうか。地上観察では気にならなかった,ピントノブの小ささや,わずかなバックラッシュが,星を見ていると気になってきます。
 月や大惑星など,明るい対象を見ると,コントラストや鮮鋭度の差が目立ちます。ジオマはゴーストも迷光も多めです。フィールドスコープとしては十分過ぎる性能なのですが,天体用としては,もう一歩,コントラストが欲しいところです。しかし,ジオマは小型軽量なので,小さ目のカメラ三脚に載せて,ぐりぐり振り回せます。正立像なので直感的に方向が掴みやすいのも良い点です。しかし,ファインダーがつけられないのは弱点。地上と違って,目標物のない空を眺める場合,見たいものをサッと導入するのは困難です。ファインダーを自作するなり,いっそのこと,低倍率アイピースをつけて,RFTのような使い方をするのも良いかも知れません。
 ボーグはもちろん,本格的な天体望遠鏡ですから,光学理論の限界に近いところまで性能を発揮してくれます。76mmと言う,比較的小口径でも,オールラウンドな天体観望ができます。

 結論。
 天体望遠鏡を運んだり操作するのは面倒。でも,けっこう星が見えれば楽しそう。……ジオマはそんな人に向いています。三脚につけるだけで観測準備完了!と言う手軽さは,天体望遠鏡にはないメリットです。また,あまり高倍率を使わなければ,安物の天体望遠鏡よりは,フィールドスコープの上級機種のほうが,はるかに良像を結んでくれます。また,天体望遠鏡が使いにくい点の1つとして,像が倒立している点がありますが,フィールドスコープは正立像ですから,直感的にわかりやすいのもメリットです。
 フィールドスコープは,双眼鏡と天体望遠鏡の間に位置する,お気楽天体観望のアイテムとして,存在価値があると思います。但し,地上用途と天体観望を兼ねるなら,できれば高性能レンズ(EDやフローライト)を使ったものをおすすめします。

Round 4 究極対決!フィールドスコープで惑星が写る?
 さて,いよいよ性能の限界に挑みます。
 相手は木星と土星。
 惑星写真は,望遠鏡の性能を目一杯使う分野です。果たして,ジオマはどこまでボーグに迫れるか?


まずは土星で勝負!
ジオマの画像から……

原画を200%拡大し,15枚コンポジット,色ズレ補正,コントラスト調整後,軽くアンシャープマスクをかけました。
なーんとなく,A環が写っているかな,と言う感じがします。
本体の模様も,なんとか見えているようです。
口径65mmの望遠鏡としては,けっこう健闘していると思います。
なにしろ,色収差の抑え込み方が素晴らしい。

続いて,ボーグ。

画像処理方法はジオマと同じ。比較しやすくするために,画像処理の段階で正立像にしました。
この日はシーイングが今ひとつでしたが,ジオマの画像で曖昧に見えていた部分が,「どうだ!」って感じで,ハッキリ見えています。65mm対76mmと言う口径差以上に,画像の仕上がりの差を感じますね。


続いて,木星で勝負!
ジオマの画像は……

主要な縞が2本と,あとはモヤモヤ何かが写っているかな,と言うレベル。
65mmの解像度って,こんなもんだっけ……
木星の模様はコントラストが低いので,望遠鏡のコントラストの良し悪しが出やすいと思います。
フィールドスコープの宿命である,正立プリズムの分厚い硝材を通過した光をコントロールするのは難しいですね。

一方,ボーグは……

ジオマの作例と同じ日に写したものですが,やはり,シーイングがあまり良くないので,それほど解像度が上がっていません(明らかに,別の日に撮影した,こちらのほうがよく写っています)。しかし,コントラストや色の再現性は良好です。

結論。
 やはり,惑星写真と言うシビアな条件では,ジオマは少し不利になっているようです。しかし,安物の60mm級天体望遠鏡と較べれば,はるかに高性能ではないでしょうか?……正直,ボーグを使ってみて,76mmでこんなに写るものなのか!と驚きました。ボーグの対物レンズのレイアウトを見ると,スタインハイル型の色消しレンズで(EDレンズを保護するために,EDを後ろ側に配置している),2枚玉アポクロマートの量産品が実用化し始めた頃のデザインを踏襲しています。こういう古めのレイアウトでも,よく熟成された設計で,高性能を発揮してくれるのでしょう。この辺にボーグの低価格,高性能路線の方法論が見えるような気がします。
 一方,天体望遠鏡で普及したアポクロマートを採用したフィールドスコープでは,常用する倍率(20〜30倍程度)では,アポクロマートの性能はオーバースペックかも知れません。設計の良いアクロマートと丁寧な迷光処理があれば,アポクロマートに手を出さなくても,20倍ぐらいで気持ちの良い結像の得られる望遠鏡が作れると思います。フィールドスコープのアポクロマート仕様は,いざと言うときの高倍率での性能や,写真性能でのアドバンテージを得るためのもの,と考えても良いかも知れません。逆にこの高性能を利用して,天体観望用途への流用も,十分に可能になっていると言えます。

 ボーグとジオマ。アプローチの違う,この望遠鏡が,似たような高性能のEDレンズを得たり,使い勝手を追求していった結果,お互いの土俵にも手を出せるようになってきた。……そんな状況なんでしょうね。


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