望遠鏡の適正な倍率と分解能を考える


高倍率ほどよく見える?
 天文初心者の人に望遠鏡で天体を見せていると,かなりの頻度で出てくる質問が,

「よく見えますねー。この望遠鏡,何倍ですか?

 このコラムを読むような方なら,まず,望遠鏡の口径をたずねる場面でしょう。
 ……要するに,望遠鏡のことを良く知らない人達の中には,
「高倍率」=「高性能」と言う図式や,「高倍率」=「よく見える」と言う図式が浸透しているのです。
それは,はっきり言って,ウソです。

 こう言う風潮の背景には,メーカーや販売店の,望遠鏡の売り方にも問題があるんでしょうけど,それはさておき…

望遠鏡を使うときの,快適な倍率について考えてみましょう。


 望遠鏡には「有効倍率」と言うのがあります。
 下のほうの有効倍率は,望遠鏡の口径と倍率からはじき出される「射出ひとみ径」が7mmになるライン,上のほうは,口径をmmで表示した数字の2倍ぐらいの倍率(口径60mmなら120倍)ぐらいが,おおよその目安となります。
 「射出ひとみ径」は,望遠鏡を通って観測者の目に飛び込んでくる光の束の直径で,これは[口径]÷[倍率]で概算されます。人のひとみ(瞳孔)の直径は,もっとも開いた状態で7mmぐらいなので,射出ひとみ径が7mmを越えると,せっかく集めた光をロスします。そこで,「最も明るい設計」として,7×50mmとか,10×70mmといった設計の双眼鏡があるわけです(注:厳密に言えば,昼間は瞳孔が閉じますから,射出ひとみ径7mmが有効に使われる場面は,かなり限られています)。
 さて,高倍率の有効な限界は,どうでしょう?
 これは,対物レンズの口径に依存するだけです。
 理論上は,対物レンズの分解能目一杯のものが人間の目で識別できる大きさに拡大されていれば良いわけです。それ以上の倍率は,対物レンズの限界を超えているので,像がボケるだけです。
 望遠鏡のカタログに出ている対物レンズの分解能は,普通,「ドーズの限界」と言う経験則を使っています。口径(Dmm)に対して,115.8″/Dで計算される数字が,望遠鏡の分解能のカタログ値の正体です。これとは別のアプローチで,光学理論に基づき,人間の目が最も感度の高い500nmぐらいの波長の光の回折による像の乱れを計算し,そこから導き出された125.8″/Dと言う「回折理論値」による分解能の表示もあります。回折理論値よりもドーズの限界のほうが良い数字なので,ほとんどすべてのカタログが,ドーズの限界を採用しています。

 両者のほぼ中間をとって,約120″/Dで話を進めましょう。
 肉眼の分解能は,視力1.0の人で1'(=60″)です。
 したがって,120″/Dのものが見かけ上60″のサイズ以上に拡大されたとしても,それ以上は像がボケるだけで,それ以上細かい部分は見えないということになります。逆にそれ以下だと,倍率が低すぎて,望遠鏡の分解能いっぱいまで使っていないことになります。この境界値は,

[人の目の分解能]/[望遠鏡の分解能] = 60″÷120″/D = 口径(mm)の1/2

となり,口径60mmの望遠鏡では30倍,口径100mmでは50倍となります。
 小型望遠鏡なら,30〜50倍ぐらいで,光学系のスペックを使い切ることになります。
 実際の観測では,空の状態にも左右されますし,人間の目の性能の都合もありますので,この数字の2〜4倍ぐらいの数字が,快適に使える範囲と考えていいでしょう。4倍とすれば,計算式は2×Dとなり,対物レンズの口径(mm)の倍ぐらいの数字の倍率,と言うことになります。

 しかし,望遠鏡を載せている架台がヤワだったり,上空の気流状態が悪くて所定の分解能までの能力を発揮できなかったり,光学系が理論値どおりの性能を持っていなかったり,さまざまな理由によって,倍率の上限は制約されます。アマチュアの使う大きめの望遠鏡(20〜30cm級)でも,上限は300倍ぐらいに抑えたほうが快適でしょう。
 「お気楽観望」なら,高倍率は100倍ぐらいで十分です。50倍もあれば,木星の縞や土星の環は,ラクラク見えますからね。


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