科学のふろくの望遠鏡を解剖する


「30倍ズーム望遠鏡」だ。

 学研の「科学」の定番のふろくに,望遠鏡があります。低学年ではガリレオ式の低倍率のがついてきたり,高学年ではニュートン式反射望遠鏡(!)があったり。
 ……で,いちばん昔からあるのが,小学校中学年向けの屈折望遠鏡。2004年度は4年の科学の7月号についてきました。
 その名も「30倍自然観察 ズーム望遠鏡」。……なにやら魅力的なネーミングです。思い起こせば,昔も30倍ぐらいの望遠鏡だったっけ。自分で付属の厚紙を切り出して筒を作って,レンズをセットしたっけ……(年代がバレますね)。……いまどきの「科学のふろく」の望遠鏡は,ズームもついて,正立像になっています。本誌込みで1120円と言う価格の中で,どんなものを作っているのだろうか?……興味が湧いてきます。それ以前の問題として,子供がきちんと作って遊ぶことが出来るか,と言う問題もあります。
 とにかく,検証してみましょう。


作ってみる

 「ふろく」のパッケージは,こんなふうになっています。


 ん?星に関する記載が無い。パッケージの写真はカワセミとシマリスですか……。
 三脚もついていますね。

 組み立ててみましょう。


 望遠鏡本体のパーツは5つ。鏡筒本体が2分割。これに,ドローチューブと対物レンズ(プラスチック製片凸シングルレンズ)を挟み,ドローチューブの先端にアイピース(白っぽいやつ)をねじ込みます。
 工作はこれだけです。……あっけない。子供でも3分で作れます。
 アイピースはピッチの荒いネジになっていて,この伸縮でズーミングするそうです。


 三脚をくっつけると,こんな感じ。脚が短く,天頂付近の観測は無理。褒められる点としては,けっこう精度の良い照準がついていることと,三脚台座の底にカメラ用1/4Wサイズのメスネジが切ってあるので,台座から脚を抜き取ると,カメラ三脚にねじ込んで固定できるようになっています。カメラ三脚に乗せれば,卓上三脚よりは,ずっと使いやすくなります。

 光学系をチェックしましょう。



 対物レンズの直径は35mmあります。しかし,対物レンズの直後には,「お約束」の絞りがついています。シングルレンズで色収差から逃げるための,いちばん簡易な方法ですね。
 ……だったら,最初から対物レンズ10mmでもいいんじゃないの?と言う突っ込みをしたくなりますが,やめておきましょう。その気にさせるデザインと言うのも,子ども向けのアイテムとしては重要なことですから。

 接眼レンズは凸レンズ2枚組みのラムスデンもどきです。…と言うことは,ケプラー式ですから,何も小細工をしなければ倒立像です。
 では,どこで正立像にしているか,……と思ったら,ドローチューブの対物寄りのところに,リレーレンズが仕込んでありました(これはプリセットされていて分解できません)。リレーレンズの前には,直径2mm(!)程度の極小サイズの絞りがついています。この辺は,子供にとっては完全にブラックボックスでした。なるほど,リレーレンズとアイピースの間隔を多少変えることが出来る構造なので,ここでズームになっていたわけだ。


使ってみる

 とりあえず,そこいらの景色を見てみます。

………

………

……暗くてボケボケ〜!

 実質上,有効径10mmですから,30倍でも過剰倍率ですね。
 確かに,倍率はそれなりにあります。でも,ボケボケでは魅力がありません。もう少し低倍率でいいから,きちんと見えるようにして欲しい……。
 コストが掛けられないのは分かるけど,実用性に乏しいものは,使っても面白くないし,これで望遠鏡の原理を理解しろと言われても……。高倍率とズームを売り物にするのは,なにやら,どこぞの双眼鏡の謳い文句のようです。どこぞの28〜130倍!などと言う高倍率ズーム双眼鏡も,実用性ゼロの「トンデモ商品」なのだから,それの真似をしても,決して良いことは無いはずです。

 確認のため,射出ひとみ径を測ってみました。


 これが動かぬ証拠。1mmも無いピンホール状態。写真ではちょっとボケて肥大して写っていますが,実測から計算して求めたひとみ径は0.3〜0.4mmです。対物レンズの小さいコンパクト双眼鏡でも,通常は3mm前後のひとみ径を持っています。天体望遠鏡を快適に使える有効最高倍率では,ひとみ径0.5mm程度までで,実際にはひとみ径1mmぐらいになる倍率で,対物レンズの分解能を使い切っています。天体望遠鏡のような高性能の対物レンズでもないのに,有効最高倍率をオーバーしている状態では,像がボケボケなのは当たり前です。
 昔の「科学のふろく」の望遠鏡は,レンズ径こそ30mm程度でしたが,絞りは無く,色収差がきつかった覚えがあります。それでも月のクレーターはちゃんと見えました。それから,本誌のほうに,レンズの周辺を黒塗りして絞るテクニックが書かれていました。昔は自分で改造する余地があったのです。

 ダメ押しです。
 実際の像をご覧に入れましょう。

 まずは,デジカメのズーム一杯で撮影した,遠くの照明塔。



 これを「科学のふろく」で捉えると……



この画像について何も解説しなくても,言いたいことは分かりますよね。


 実用性の無いもんを供給しないで欲しい……その一言に尽きます。
 顕微鏡など,けっこう使える「ふろく」も多かったのに,望遠鏡に関しては,どうもダメですね……。

 こりゃ,天体観望は無理だわ……。

ダメな望遠鏡を作る背景を考える

 昔,科学のふろくは,理科好きの少年たちの必須アイテムでした。チープでありながら,良く工夫された,ワクワクするものでした。今でも,けっこう面白いものがついてきます。
 ……なのに,望遠鏡に関しては,昔から,ガッカリさせられてきました。
 予算内で望遠鏡を作るのには無理がある? そうかも知れませんが,今は成型プラスチックでも良いレンズが作られる時代。100円ショップの虫めがねにも劣るようなレンズを供給されるのは,納得できません。
 正立像にした点など,アイデアは汲み取れます。でも,どうせなら,正立ミラーのほうが,リレーレンズより確実に視野が広く取れて有利だと思います。但し,ズームは不可能になりますけどね。そもそも,高倍率とズームを売り物にするのは,望遠鏡に関して知識の乏しい親に向けられた売り口上のような気がしてならないのです。こういう親がホームセンターなどで子供に安くて倍率の高い(=使い物にならない)望遠鏡を買い与え,使えなくてガッカリすることで,天文少年,天文少女の芽を摘み取っているのです。使い物にならないけど,安価で高倍率のやつが売れるから作る,と言う悪循環。いくら需要があるからと言って,使えない製品を作る光学メーカーが存在すると言うのも,ひどい話です。この「科学のふろく」も,その延長線上にあるような印象です。
 また,このふろくが,昔よりも口径を絞った理由として,PL法絡みで,太陽を見て大きな事故を起こさないようにとの配慮もあるのかも知れません。

 これで望遠鏡の原理を学び,望遠鏡で遊ぶことが出来るでしょうか?
 私は否定的です。
 事実,うちの子供たちは,8×24の双眼鏡のほうが,ずっと良く見えると言って,科学のふろくの望遠鏡で自然観察などをする気は全くありません。きちんと使える道具を知っているから,反応はきわめて冷ややかです。

 もうちょっと低倍率でいいから,せめて,月のクレーターがきちんと見える望遠鏡を作って欲しかったな……。


→「あやしい天文工作室」へもどる

→表紙へもどる