遊べるギャラリースコープ


「ギャラリースコープ」って?

 「ギャラリースコープ」とは,文字通り,美術館や博物館などで,「展示物がちょっと遠いな〜」,「もうちょっと詳しく見たいな〜」,と言うときに便利な,小型の単眼鏡のことです。おおよそのイメージとしては,室内での用途に便利なように最短合焦距離を短くし,倍率は高くても8倍止まりの,手の中におさまるようなコンパクトなスコープ,と言う感じでしょうか。ギャラリースコープには倍率4倍以下で視野の広いタイプと,倍率7〜8倍で拡大率の高いタイプがあります。低倍率のスコープには,正立プリズムの入っている「ケプラー式」のほかに,オペラグラスでおなじみの,シンプルな「ガリレオ式」の光学系を使ったものもあります。一方,7〜8倍ぐらいのものは,双眼鏡の片割れみたいな感じの設計のものが多いようです。いずれにしても,あまり数の出ている商品ではないので,市販品を見ていると,思いのほか割高感があったり,思いのほかチャチな光学系だったり,と言うこともあります。
 ……そう,かつては「スパイスコープ」なんて言う呼び名もありました。子供の「スパイごっこ」に使うような簡単なものから,KGB御用達の金属製の小型のポロプリズムを使った本格派まで,いろんな「手のひらサイズ」のスコープが世の中に出ては消えているのです。

 室内用途のスコープの王道と言えば,オペラグラス。これは名前の通り,本来の主用途は観劇用ですが,双眼である点と最短合焦距離が「ギャラリースコープ」よりやや遠いこと以外は,案外,ギャラリースコープとコンセプトの似た商品です。どちらも室内で違和感無く使えるファッション性と,室内での使用が中心なので,機能を絞り込んでデザインしていると言う点において。

 観劇用のオペラグラスの傑作の1つに,ロシア製の「ワイドビノ」(これは笠井トレーディングで扱っているものの愛称です)があります。広い舞台を見渡すために,思い切り視野を広く取ったオペラグラスです。オペラグラスで採用しているガリレオ式の光学系は,シンプルな機構で正立像が得られる反面,視野を広くしにくいのですが,「ワイドビノ」では,大口径で焦点距離の短い対物レンズを使い,あえて倍率を低めに設定することで,実視界28°と言う,オドロキの広さを確保しています。この「ワイドビノ」,一部の天文ファンの間で,星座観望用に熱烈な支持を受けているのですが,他のオペラグラスでは得られない視野の広さが,人気の秘密なのでしょう。
 例えばギャラリーで絵を見るときも,8倍のスコープでは,ほんの一部しか見ることが出来ません。低倍率で視野のうんと広いギャラリースコープのほうが,なんとなく魅力を感じます。ガリレオ式の光学系についても,ちょっと勉強してみたくなりました。そこで,「ワイドビノ」のコンセプトを取り入れた,超広視界のギャラリースコープなんて,作ってみたら面白いかな,などと思い,手元にあるあり合わせの材料で製作を始めました。


たった2枚のレンズで…

 ガリレオ式の望遠鏡は,凸レンズ1枚,凹レンズ1枚で構成されます。目標は「ワイドビノ」ですから,なるべく焦点距離の短い,大きめの凸レンズを対物レンズに採用します。とは言うものの,あくまでも室内で手軽に使えることが前提ですから,手のひらに収まらないようなデザインはNG。いろいろ考えた結論として,口径40mm,つまり「ワイドビノ」と同じ口径を選びました。……と言うよりは,自作アイピースを作ったときの余り物の中で,これがいちばん手頃だったんですが……。このレンズはコプティック星座館で調達したものです。もっと簡単に工作するなら,小型の虫眼鏡でも十分です。
 問題は,凹レンズ。凹レンズをバラ売りしてくれるお店は非常に少ないのです。結局,自作アイピースに使えるかと思って何枚かストックしておいた凹レンズから1枚チョイス。某所のバーゲンで,会場の隅っこに「無料」と書いてあったガラクタ箱の中から拾ってきたレンズです。

#コプティックでも凹レンズのジャンクが安く買えます。

 凹レンズのほうが先に決まってしまったので,凸レンズと組み合わせながら,収差の目立たない組み合わせを選びました。最終的に対物レンズは,口径40mmでFが3をちょっと切るくらいの,度の強いシングルレンズに決定しました。
 2枚のレンズを適当な間隔をおいて重ね合わせて覗くだけで,ちょこっと望遠になる……原始的だけど楽しい瞬間です。


「ワイドビノ」よりも広く…

 工作は簡単です。いちばん良く見えるレンズ間隔を決め,塩ビ管におさめて固定するるだけ。もちろん,内側の艶消しは怠りません。

 これでどーだ!


これは接眼部側。


角度を変えて,こっちが対物側

 全長33mm,最大径48mmにおさまりました。
 スペックは,口径40mm,倍率約1.7倍,実視界は30度を少し越えます(!)。「ワイドビノ」より広いモノキュラー(単眼鏡)の完成です。言うなれば「ワイドモノ」ってとこか?(笑)。

 倍率が低いので,望遠になっているんだかどうだか,分かりにくいです(苦笑)。感覚的には,「視力ブースター」と言う感じかな?キョロキョロ眺め回してみると,裸眼よりちょっと目が良くなったような感覚がします。低倍率のおかげで,色収差もほとんど目立ちませんし,スコーンと明るい視野が目に飛び込んできます。……思わずニタニタしてしまう楽しさです。口径を大きくしたので,スパイ活動に使えるような大きさではないかも知れませんが,十分に手のひらに納まります。重量は本体だけなら70gをちょっと切ります。倍率が低いので,私の目では0.7m〜無限遠まで,目玉のほうの調節でピントが合います。接眼部を少し引き出すことも出来るようにしてあるので,アイピースを動かせば,もう少し近くまでピントが合いますが,通常はパンフォーカスで使えます。

 対物側の一部が,なぜか無塗装です。これはオプションの都合で,どうしても塗料が乗せられなかったんです。なお,対物セルの黒い所は塗装ではなく,カッティングシートなので,好みの色に貼り替えもOKです。

あやしいオプション

 ギャラリースコープって,稼働率の面では,あまり良くないような気もします。毎週末ギャラリーに通う美術マニアならともかくとして,私自身,美術展は多くても年に10回行くかどうか。
 そこで,このスコープの使用頻度を上げる,秘策のオプションです。

 それは……



 クローズアップキットです。
 口径40mm,焦点距離60mmぐらいのレンズを,スコープの前に着脱できるようにしています。塩ビのはめ合いの都合で,本体のはめ合い部分の塗装が出来なかったのです(悲)。クローズアップキットの先端からピントの合う位置までの距離は約50mm。自然観察に便利な設計となっています。



 クローズアップキットを装着した状態。この状態で重量は110g。
 野外ではこの状態でフリーハンドでルーペとして使えば,かなり機動力があると思います。
 さらに,じっくり観察を楽しめるように,スタンドも作ってみました。



 クローズアップレンズをつけたスコープを,ちょいと乗せるだけで,安定した観察が出来ます。



 観察対象を載せるステージの部分は,白と黒の塩ビ板を丸く切って貼り合わせて,オセロの駒のようになっています。観察対象に合わせて,バックの色を切り替えられるのです。



 ステージに鳥の羽を乗せて,撮影してみました。虫眼鏡よりも高倍率なので,迫力があります。



 さらに,ステージの中にスコープ+クローズアップレンズが収納できるようにしてみました。
 運搬時の安全対策や,接眼部のホコリ対策など,まだ不十分ですが,とりあえずコンパクトになります。


明確な用途を持つこと…

 いかがでした?たいした光学系でもなく,あまり「天文工作」らしくもなかったんですが,作ってみたら思いのほか楽しい道具が出来上がったので,HPで紹介することにしました。スコープの本体自体は,シンプルなガリレオ式望遠鏡ですから,ラップの芯とかトイレットペーパーの芯でも使えば,小学生でも簡単に工作の出来るものです。凹レンズが手に入ったら,ぜひ,ガリレオ式望遠鏡を作って遊んでみてほしいと思います。こういう遊び心は大切なんじゃないかと思っています。作ってみると,望遠鏡の原理も良く分かりますし。

 このギャラリースコープは,用途がはっきりしていますから,設計も製作も,比較的スムーズに進みました。明確な用途を持ち,そこに遊び心を取り込むことで,使って楽しい道具としての完成度が高くなったように思います。

 このスコープ,実は「里子」に出す予定です。「里子」に出すからには,それなりに丁寧に作って,丈夫で使いやすいものを,と考えます。そう言う意味でも,用途は明確です。
 さて,このスコープが嫁ぎ先でどんな活躍をしてくれるか,ちょっと楽しみです。


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