ジャンクレンズで広角アイピースを作る


浅くて深い,広角アイピースの歴史

 同じ倍率,同じ精度なら,視野が広いに越したことは無い。
 ……確かにそう思います。
 最近は,いろいろな広角アイピースも市販されていますし…。

 かつて,望遠鏡は高精度の観測機器としての性能が重視されました。したがって,用いられるアイピースも,視野のゆがみが少なく,星がピンポイントにきっちり見えるものが良いとされ,視野の狭さを我慢する傾向もあったようです。
 しかし,軍用光学機器など,特殊な用途には,以前より広角アイピースは多用されていました。それが身近になったのは,私の個人的な印象では,アル・ナグラー氏の設計による「ナグラー」シリーズ等の,超広角アイピースの成功あたりからだと思います。1980年前後のことです。ナグラーシリーズのアイピースは従来の一般的アイピースと較べると,見かけ視界は2倍,4倍の面積の視野が見渡せます。しかし,初心者用の望遠鏡がフルセットで買えてお釣りが来る位の価格でした。しかし,そのエキサイティングな視界は,天文ファンを魅了しました。

 広角で高精度のアイピースは,コストが高くつき,高価で売りにくいため,アマチュア天文家用モデルの普及が遅れた,とも言えます。

 ナグラー出現の前は,高級アイピースと言えばオルソスコピック。通称「オルソ」。「整った像」と言う意味を持つこのアイピースには,2種類の全く異なる設計のものがありましたが,どちらも見かけ視界40度程度,広くした設計でも50度がせいぜい,と言う状況でした。もっともオーソドックスな設計の双眼鏡で,アイピースの見かけ視界は50度ぐらいですから,視野の広さに関しては,「まぁ,こんなもんかな」と言う感じで使っていたわけです。
 古典的広角アイピースと言えばエルフレ。これとて,見かけ視界60度前後で設計するのが一般的でしたし,もっと広角の設計にしたい場合は,当時の主流だった24.5mm径のスリーブでは視界を広く取ることが出来ず,高価で利用者の少ない36.4mm径のネジ込みスリーブを使わざるを得なかったと言う事情もあります。
 そこに,アメリカンサイズと呼ばれる31.7mm(=1.25インチ)と言う太目のスリーブを採用し,見かけ視界60〜80度超のアイピースが出現したのですから,ちょっとしたカルチャーショックだったわけです。

 しかし,今でも広角アイピースは高価な品物です。広角アイピースは設計がより複雑になり,何枚もの曲率の大きい(=磨くコストのかかる)レンズを使いますから,価格上昇はやむを得ない面もあります。その一方で,例えばロシア製の広角双眼鏡には,非常に安価でありながら,見かけ視界80度級の広角アイピースが使われています。

 ……そこで,ふと思いついたのが……
「低倍率用と割り切ってしまえば,適当なジャンクレンズの組み合わせで,そこそこに広角のアイピースが作れないだろうか?」

……と言うこと。低倍率なら多少のアラは目をつぶれますからね。
 しかし,私は特に詳しい光学知識も無いですし,目的に合ったレンズが手に入る目途もありません。ジャンクレンズの流用で,既製品に無いものが試作出来るだろうか?……そんな,気楽で実現するかどうか分からない,アイピースの自作に取り掛かりました。

広角アイピースの原理について考えてみよう

 闇雲に「広角アイピースを作るぞ!」と言っても,足掛かりが何もありません。
 簡単に,アイピースの原理をおさらいすることにしました。

 こまかいことは一切省略して,レンズ入手の際の目途となるポイントをピックアップして説明します。



 これは古典的アイピースの最高峰,オルソスコピック(プローゼル式)のレンズ構成です。模式図ですからそんなに正確ではありません。左が対物レンズ側,右が目の側になります。安価なアジア製プローゼルなど,このように同じ形の2枚合わせのレンズを向かい合わせたデザインで,ローコストに量産しているようです。
 基本的には,対物レンズ寄りの「視野レンズ」で拡大した像を,さらにもう1枚の「眼レンズ」で引き伸ばして,倍率とアイレリーフを稼ぎます。一般に,レンズの枚数,曲面の面数が増えるほど,設計の自由度は増しますが,この構成で,「整った像」を引き出すのに十分な設計ができるわけです。
 しかし,この構成だと,あまり広角に出来ません。
 そこで,視野レンズの後ろに度の強いレンズを入れて,視野レンズが捉えた像を,ぐいっと集めてやります。



 こんな感じの構成になります。このデザインを「エルフレ」として出しているメーカーも少なくありません。ビクセンのLVなんかは,これにバーローレンズを加えたような設計で,見かけ視界の確保よりもアイレリーフの確保に設計の自由度を使っているようです。広角型のLVWでは,中間の凸レンズが径の大きいものを複数枚使っています。
 おおよそ,広角型アイピースの基本デザインは,視野レンズと眼レンズの間に凸レンズ系を配置したものが多いようです。
 その基本形がエルフレと考えてもいいかも知れません。

レンズを物色

 さて,広角アイピースのアウトラインが理解できたところで,ジャンクレンズ探しに出発です。
 例によって,コプティック星座館へ…。
 このお店には,何のパーツか良く分からないような,小径のジャンクレンズもいろいろと置いてあります。店の隅っこにしゃがみこんで,ジャンクレンズの箱をかき回し,使えそうなレンズをいくつか買ってきました。

 最終的に,次の3つのレンズを使いました。
1.直径30mm,焦点距離約100mmの2枚貼り合わせアクロマートレンズ。
2.直径31mm,焦点距離40mmぐらいの凸レンズ。
3.直径19mm,焦点距離30mmぐらいの2枚貼り合わせレンズ。

 1のレンズを視野レンズとし,3のレンズを眼レンズにします。この組み合わせでも,長焦点の「オルソもどき」アイピースになりますが,2枚のレンズの間に2の強力な凸レンズを置くことで,広視界を狙います。

 レンズの硝材も分からない,まして光学設計ソフトも無い,と言う状態ですから,3枚のレンズの間隔をいろいろ変えて試してみて,試行錯誤の末,以下の構成となりました。



 眼レンズの度が強いせいなのか,アイレリーフが稼げず,ちょっと苦しくなりました。また,視野レンズのゴミにピントが合わないように工夫した結果,凸レンズを視野レンズに近い位置に配置し,視野レンズの2mm対物寄りに,絞り環を置くことにしました。

 組み上げたのがこれ。


 黒い部分は31.7mm→36.4mmのスリーブアダプターで,誠報社で1000円で売っていたオリジナル品です。スリーブアダプターの段差のところが絞り環の位置になったので,絞り環は省略。灰色の部分は内径25mmの塩ビ管と,そのジョイントを,短く切ったもの。ジョイントの内径は32mmあり,いちばん大きな凸レンズがギリギリで納まっています。
 重量は70g。大きさは……


 左がBORGのワイドオルソ13.5mm(見かけ視界64度),右がビクセンLV15mm(見かけ視界50度)。
 まぁ,そこそこにまとまっていると思います。

実際の性能は?

 では,性能の検証です。測定器具など持っていないので,実際に星や風景を眺めてチェックしてみました。したがって,多少の誤差はお許しください。

 アイピース全体の焦点距離は26mm。先日作った8cmF5鏡筒と組み合わせると,倍率は15倍ぐらい。
 肝心の視野の広さですが,手持ちのノーブランドのプローゼル25mm(見かけ視界50度)と較べると,余裕で約1.5倍の視野があります。見かけ視界は約70度となります。
 このアイピースの最大の弱点は,アイレリーフです。まつ毛がレンズに触れるくらい近づかないと,よく見えません。でも,私は眼鏡を使っていないので,そんなに気にしません。
 星像ですが,視野の中心部は,低倍率ですから,実用上問題の無いレベルですが,周辺に行くにしたがって,星像が伸びます。まぁ,広角アイピースらしい崩れ方と言えば,そうなんですけどね。昼間の景色を見ると,像の歪曲が気になります。…もっとも,これは対物レンズとの相性もあり,6cm短焦点屈折と組むと,倍率9倍少々で,8cmよりもずっとフラットに見えます。8cmF5との組み合わせだと,周辺像に色収差も目立ちます。コントラストはワイドオルソより勝ります。
 45°正立プリズムと組み合わせて地上用に使うと,プリズムの大きさの関係で光路がケラレて,見かけ視界60度少々となります。しかし,双眼鏡用対物レンズと正立プリズムを用いた光学系との相性は悪くありません。多少,視野が犠牲になりますが,けっこう使える組み合わせだと思います。


 さて,気になる製作コストですが,レンズが合計900円,塩ビ管が合計150円,スリーブアダプターが1000円ですから,2000円少々です。BORGのワイドオルソが2200円,ノーブランドの格安プローゼルが3000円ぐらいで手に入る時代ですから,この価格は高いんだか安いんだか……。どうせ作るなら,もうちょっと大きいレンズを入手して,2インチスリーブのアイピースを作れば,より高性能でコストパフォーマンスの良いものが作れそうな気もします。

アイピース自作は珍しい?

 ここまで読んでくださったあなたは,「自作アイピース」への興味を持っていただけたでしょうか?

 望遠鏡を自作する人は少なくありません。反射望遠鏡の鏡も自分で磨いちゃう人もいますし,ミラーの研磨キットも市販されています。……なのに,アイピースを作ったと言う話は,ほとんど聞きません。

#屈折望遠鏡の対物レンズを自作する人は,もっと稀だと思いますが……

 アイピース設計は高度な光学的知識が必要で,しかも,もし自分で設計できたとしても,自分の思い通りのスペックのレンズが買える可能性は低い。レンズが入手できたとしても,特注となり,非実用的な価格となる可能性が高い。…ですから,「正攻法」では,アイピースの自作など,論外と言えましょう。しかし,出来合いのジャンクレンズを組み合わせて工夫しても,そこそこの性能は出せるようですし,上手く行けば市販品に無い,面白い物がローコストで作れる可能性もあるわけです。……そんなところに,アイピース自作の面白味があるようにも思います。
 それに,アイピースの自作は光学の勉強にもなります。

 自作するほどの根性が無くても,たとえば広角タイプの双眼鏡やフィールドスコープ,顕微鏡などのアイピースのジャンク品を入手して,スリーブを改造して天体観望用に流用するような,「半自作」のアイピースと言う方法もあります。

 面白半分の「レンズ遊び」のネタとして,アイピース作り,いかがでしょうか?


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