検証・アポダイジングマスク


アポダイジングマスクの謎
  アポダイジングマスク……聞いたことがありますか?
 某天文誌でも紹介されていましたが,二重星の分離精度向上や,惑星の模様をハッキリ見せてくれる等の効果のある道具だと言うことのようです。
 アポダイジングマスクの構造は簡単です。望遠鏡の有効径よりも小さい穴のあいたメッシュをかぶせて,望遠鏡の対物レンズ(ないしは主鏡)の周辺部から入る光量を落とすだけです。

 何でこんなもんがコントラストや分解能に効果を発揮するのか?
 その原理は,対物レンズ(主鏡)のフードのエッジから発生する回折光を落としてやることで,回折リングを暗くし,回折リングによって邪魔されていた二重星の分離を容易にしたり,惑星観測に使えば,表面模様のコントラストが上がる,と言うこと……らしいんです(←まったくの聞きかじりです)。口径を絞るのではなく,対物レンズ(主鏡)のエッジにグラデーションをかけて,回折光を抑えるところがミソのようです。単純に口径を絞ったら,絞り環のエッジが回折像を生みますし,口径が減ったなりに集光力も分解能も落ちます。そこで,対物レンズ周辺部の減光をするわけですが,本格的にやるなら,中心部が素通しで周辺部に行くにしたがって濃度が上昇するデザインのNDフィルターでも作るんでしょうけど,こんなもん,素人が簡単に作れるものではありません。そこで,メッシュで透過光を減らしてやる,と言うアイデアなんだそうです。穴の大きさの違うメッシュを2,3枚用意して,メッシュの方向をずらして同心円状に重ねれば,簡易的にグラデーションができる,と言うことらしい。

 作るのはそんなに難しいことではないので,メッシュ製のアポダイジングマスクを自作して検証してみました。

アポダイジングマスクを作ってみる



 これが完成品です。小学生の工作みたいなもんです。
 メッシュは,網戸の網(20メッシュ)を使いました。たまたま,夏に網戸の張替えをしたので,その切れ端が手元にあったんです。メッシュは金網でもレースのカーテン生地でも,何でも良さそうです。メッシュが細かいほうが良いかも知れません。
 この作例はメッシュ2枚重ねです。メッシュの中心穴は30mmと55mm。2枚のメッシュの方向を45°ずらして,モアレ縞が発生しないようにします(3枚重ねで作るなら,30°ずつ,ずらしましょう)。メッシュが光るのが気になったので,油性ペンで黒塗りし,厚紙ではさみ,フードをつけました。このまんま,望遠鏡のフードにかぶせて使います。
 いちばん重要なのは穴の大きさです。
 いちばん小さい穴の直径を,望遠鏡の有効径の30〜40%ぐらいにします。
 これはBORG76ED用ですから, 76×0.4=30.4 と言うことで,30mmにしました。。
 穴の真円度は,そんなに正確ではありません(と言うよりも,網戸の網じゃ,そんなに正確に切り出せない)。
 レンズ周辺部の光量を落とせば良いのだから,穴の位置も,目で見て大きく偏芯していなければ良いことにしました。

 望遠鏡の対物フードにかぶせると,こんな感じ。



実際にに使ってみる
 とりあえず,アポダイジングマスクをつけて,明るい恒星を見てみます。
 お〜,きれい。恒星からちょっと離れた位置に,ぐるりと8ヶ所,小さな虹が見える。
 …メッシュが回折格子のように働いて,星の周囲にスペクトルが出ているのです。
 ……で,この虹は,とりあえず無視します(^_^;)。虹を出したくなかったら,メッシュではなく,減光フィルターを使えば良いのですが,メッシュで作る手軽さと安価さ(私の場合,余り物で作ったので,費用は0円)に免じて,許そう。

 倍率を上げると,恒星の点像が,素通しのときよりも小さいような気もしますが,減光しているせいかも知れません。もともと短焦点の望遠鏡なので(fl=500mm),回折リングなんて,あんまり意識していなかったけど,アポダイジングマスクをつけたり外したりしてみると,確かに第一回折環(恒星の焦点像に最も近い,回折リング)が減光しているようにも思えます。これなら,回折リングに埋もれてしまう角距離の二重星なんかには,有利かも知れない。

 二重星の検証は,いずれ,ゆっくりやるとして,木星と土星を見てみました。
 木星の場合,縞がハッキリ見えてくる……つまり,コントラストが上がったように見えます。縞が濃くなる感じ。ただ,全体が暗くなるので,木星より暗い土星では,効果が掴みにくいですね。もともと口径の大きくない望遠鏡だから,減光することのデメリットのほうが大きくなってしまうのかも知れません。
 ま,とりあえず,明るい惑星には効果があるようです。もっと口径の大きい望遠鏡のほうが,効果を実感できるのではないかと思いますが……。

 なお,月は逆にコントラストが下がります。月は見かけの面積が大きいので,メッシュによる「虹」が,月面とダブって,コントラストをガックリ下げてしまいます。メッシュ製アポダイジングマスクの用途は,点光源である恒星か,それに近い小さな対象に限られるようです。また,減光しますから,集光力が物を言う星雲などの観測に向かないのは,言うまでもありません。

写真で検証してみる
 客観的なデータがほしかったので,いちばん効果があるように見えた,木星の写真撮影を試みました。

 出来上がった作例をごらんください。

a.アポダイジングマスク未使用

2001.11.22 23:09-23:16
BORG76ED+LV15mm+QV-8000でコリメート撮影
露出1/10秒 シャープネス=高,彩度=高,コントラスト=高,14枚コンポジット,200%拡大

b.アポダイジングマスク使用

2001.11.22 23:21-23:25
露出1/6秒 その他の条件はa.と同じ

 ……画像処理してしまうと,あんまり変わりませんね(^_^;)。
 アポダイジングマスクを使うと,露出が2倍ぐらい必要になります。露出が伸びると,シンチレーションの影響を受けやすくなります。多数のフレームを取得してコンポジット処理する惑星写真の場合,使えるフレームの割合が減ってしまうのは,ちょっと苦しいところです。
 しかし,模様のコントラストは良くなっているように見えました。


結論。アポダイジングマスクは,「使える」道具か?
  アポダイジングマスクは,二重星の分離とか,高倍率による惑星の観測などには,効果が期待できます。
 但し,マスクの作り方によっても状況は変わるでしょうし,小口径の望遠鏡では,マスクで減光することのデメリットのほうが大きくなる場合もある,と思います。10〜20cm級の望遠鏡をお持ちの方は,試してみる価値はあると思います。また,使うときはシーイングの安定した,回折リングがしっかり見えるときに使うべきでしょう(もともと分解能を追求するための道具ですし…)。好シーイングの夜に惑星や二重星を眺めて,あと一息,分解能が欲しいとき,あと一息,コントラストが欲しいときなどに使うと,良いと思います。
 反射望遠鏡やシュミットカセグレン,マクストフカセグレンなどをお使いの方は,アポダイジングマスクを作る際,メッシュの最小円の大きさに気をつけてください。これらの光学系は中央に遮蔽物があるので,遮蔽物より大きい穴をあけるようにしましょう。


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