アクロマートレンズの色収差を追い込め!


 アクロマートレンズ。またの名を「色消しレンズ」。凸レンズはその特性上,どうしても,プリズムのように色がにじんでしまいます。それを打ち消すように,2枚の特性の違う光学ガラスを組み合わせて,色のにじみを抑えたのが「アクロマートレンズ」。入門用の安価な屈折望遠鏡は,ほぼ100%,アクロマートレンズを装備していると言ってもいいでしょう。実にポピュラーなレンズなのです。しかし,アクロマートレンズは,完璧に色のにじみ(色収差)を抑え込んでいるのではなく,青系統の色に対しては,補正が不完全で,明るい天体を見ると,青い色がにじんでいるのを感じます。その,青い色のにじみを何とかして,綺麗な天体写真は撮れないかな,と考えてみました。

 望遠鏡のことを良く知っている人には,いまさら説明の必要は無いのですが,アクロマートレンズの残存色収差について考えてみようと言うお話です。

「アクロマートレンズ」の特性を考えてみよう

 アクロマートレンズ。定義から言えば,「2色色消しアプラナート」と言うことになりますが,余計に分かりにくいですね(苦笑)。……要するに,レンズで集めた光が1点に集まらない現象が「収差」で,その中の「球面収差」と「コマ収差」を補正したのがアプラナート,さらに,光の波長の違いによる焦点位置のズレを,2ヶ所で補正したのがアクロマート。通常,c線(赤)とf線(青)の焦点位置を揃えた設計をします。さらに紫色(g線)の焦点位置まで揃えた「3色色消し」が実現すれば,アポクロマートと呼ばれます。

#「色消し」とは,色の違いによるピントのズレを打ち消すことで,色が無くなることではありません。念のため……。

 さて,今では高級な光学素材を使ったアポクロマートレンズの望遠鏡が色々と出ていますが,まだまだ高価。アクロマートレンズは庶民的価格帯の望遠鏡では,主力商品です。
 アクロマートレンズは,紫色のピント位置が補正できていません。でも,幸いなことに人間の目は紫色に対する感度が低いので,この波長域を無視しても,眼視観測ではそれほど不都合を感じることも無く,案外大丈夫なものです。しかし,写真撮影となると,カメラは青〜紫色の光を,きちんと捉えます。星を写せば青紫色のベールをかぶったように写り,木星や土星を写せば,本体はやや黄色味が強く写り,周辺にボケた青紫色の滲みが出ます。……橙〜緑色のピント位置と,青〜紫のピント位置がズレているので,青〜紫だけがピンボケなのです。
 モノクロ写真の時代には,黄色いフィルターを使って,ピントの怪しい青系統の光をカットして,シャープな写真を得るという手法が使われましたが,カラー写真全盛の時代になると,アクロマートの弱点ばかり目立つようになってしまいました。

 アクロマートレンズが写真撮影用に向かないと言われる所以です。

 ……でも,ちょっと待てよ……青〜紫色のピント位置がズレているのなら,RGB3色分解して,B画像だけ,ピント位置を別に調整して撮影すれば,ピントの合ったB画像が得られるんじゃないかな。……それを合成すれば,アポクロマートに匹敵する画像が得られるかも知れない。


さっそく,試してみました。

 使用機材は自作6.5cmfl800mmアクロマートレンズの望遠鏡。口径比(F)は12.3となります。いまどきの望遠鏡としては,Fの長いほうだと思います。
 一般に,Fの大きい望遠鏡,小口径の望遠鏡ほど,収差条件が甘くなるので,長焦点の小口径アクロマートは,アポクロマート条件に迫る性能を持っているとされています。この望遠鏡も,なかなか素直な結像で,気持ち良く観望できますが,月や明るい惑星を見ると,やはり微妙に青系統の色のにじみを感じます。

 撮影対象は土星。鏡筒が塩ビなので,2時間ぐらいかけて,しっかり温度馴化させ,撮影中にピント位置がずれないように気を使います。
 撮影条件は,LV15mmアイピース+QV-8000でコリメート撮影,露出は1/6秒,撮影時,ホワイトバランスを「蛍光灯」にしています。

 まずは,眼視で気持ち良く見える位置にピントを合わせます。この状態では,視感度の最も高い緑色付近にピントが合っているものと考えられます。

 10枚コンポジットしたのが,この画像。色調や大気の色ズレについては,あえて手を入れていません。

 眼視で合焦した!と感じる位置の画像ですが,青のピントが甘くなっていてボケるので,全体に黄色〜黄緑色がかって見えます。眼視で確認したときよりも,赤がややボケています。デジカメのCCDは赤外線に近いところまで感度があるため,ピント位置を補正しきれていない長波長域をR画像に取り込んでしまうようです。
 引き続き,B画像用の画像を取得します。……しかし,どの辺にB画像のピンとの中心があるのか,目視では良く分かりません。そこで,「ハルチングの解」に基づくアクロマートの基本設計を参考に,大雑把ですが,ピント位置を約0.15%だけ,後ろにずらしてみました。

 それを13枚コンポジットしたのが,この画像。やはり色調はそのままです。


 ……一見したところ,ピンボケ写真にしか見えませんが,青系統の色に関しては,まとまりが良くなっているので,青が明るくなり,1枚目の画像よりも黄色味が少なく感じます。

 この画像をそれぞれRGBに三色分解します。

眼視での合焦位置。
B画像がボケて暗く見える。
眼視での合焦位置より0.15%後ろ。
B画像はこちらの方がハッキリしている。



 そこで,眼視で合焦した画像からR画像とG画像,ピント位置を後ろにずらした画像からB画像を取り出し,これを合成してみます。

 出来上がったのが,この画像。

 どうでしょう?眼視での合焦位置で得られたG画像のシャープさを維持しながら,色調もかなり改善しました。
 実はアクロマートには「倍率の色収差」もあり,青系統の波長は,G画像の焦点距離よりも,ほんの少し長い焦点距離を持っています。そこで,あえてB画像を,ごくわずかだけ縮小してから合成してみました。また,デジカメのCCDで捉えているB画像の波長域は,ある程度の幅がありますから,この範囲内でピント位置のズレもあります。さらに,青系統の波長は大気の散乱も受けやすい。その結果,B画像はどうしてもシャープネスに欠けます。それをごまかすために,B画像だけ別に,「ガウスぼかし」→「アンシャープマスク」の作業を3,4回行っています。

 いろいろと努力の末,アクロマートでも,なんとかアポクロマートに迫る画像が得られたと思います。
 もう少しスマートに処理するなら,G画像をL画像として使い,LRGB合成をしてみるのも良いかと思います(手持ちの画像処理ソフトでは,LRGB合成が出来ないのです……)。


 少々余分な手間がかかりますが,デジカメなどのCCD機器で撮影している人なら,じゅうぶんに試してみる価値があると思います。特に,紫色のピント位置が明らかに後ろにズレている,大口径アクロマートで効果が高いと思います。
 もちろん,モノクロCCDで三色分解撮影している人なら,ほとんど手間の差は無いと思います。

 この発想を発展させ,シングルレンズを使ってRGB別々のピント位置で画像を取得して……と言う手法も考えられますが,どうでしょう?

アクロマートを有効に使おう

 アクロマートレンズは前時代的?
 いいえ,そんなことは無いと思います。初心者が買う望遠鏡としては,アポクロマート屈折は高すぎます。だからと言って,アクロマートは初心者向けのチープなレンズ,と決めつけるのも早計です。最近になって,安価で大口径のアクロマートが市場に出回っています。眼視専用と割り切ってしまえば,アクロマートレンズでの星空散歩も,なかなか楽しいのです。さらにはアクロマートの色収差を補正するレンズまで製品化していますから,アクロマート鏡筒を買った後で,色に不満を覚えたら補正レンズを買い足して,望遠鏡をグレードアップ出来る可能性も出てきました。
 それに,今のアクロマートレンズは,昔の設計のものと較べると,かなり良くなっているようです……アクロマートも進化しているんです。
 アクロマートレンズも,その特性を良く理解し,いろいろと工夫したり,特性に合った用途を選べば,色々と利用価値が高いと思います。

 あなたはどう思いますか?


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