紹介
長い準備期間を経て刊行された希有な都市論です。
田村敏久著『都市の哲学』(文芸社)
田村氏は、この著書の「はじめに」の結びに近いところで、「ルールの制定にいたっていない都市は未来を失った都市である」と指摘し、「それがどんな都市かは、わが国の都市の現状を見ればいいでしょう」と書いています。
著者は、大学で建築工学を学び、札幌市の職員として、多くの都市再開発にかかわったという経歴があります。この著書の出版に全力を注ぐために退職し(奥付の著者紹介には「官僚主義に嫌気がさして退職して」とあります)、人間都市の実現を目指す民間組織「都市・街路研究会」の立ち上げを企画しているということです。その経歴から、著者のイメージをある程度は感じ取ることができるように思いますが、それはさておき、この本は、独創的です。多少は、さまざまな分野の書物に触れてきた私にとって、その文章が、まず、非常に独自な味わいのあるものとして読めます。彼の文章は、すらすらと読めるようなものとは異なる位相で展開されていて、観念的・空想的な思弁に落ち込まない覚醒機能がきっちりと発揮された明快な思考に支えられて、一般的な思い込みの盲点を痛撃する実践的な指摘が至る所に用意されています。
帯に書き込まれている以下の著者自身の言葉からも、この本の匂いが嗅ぎ取れるように思います。
「街路は母体であり、都市の部屋であり、豊かな
土壌であり、また養育の場でもある。」
本書は、このバーナード・ルドフスキーの魅惑的な言葉に触発されて書かれた。ロドフスキーが指し示す方向をたどる長い道のりのなかで、都市と人間の驚くべき関係が次々に明かされていった。・・・
この本については、表題に示された「都市の哲学」という言葉の前後左右にいろいろな形容を重ねることができるように思います。空間論、時間論、人間論、視覚論、交通論、移動論、定住論、などと、言葉を積み重ねてみることができますが、それらのどの観点も他ならない「都市」に収斂してゆきます。ここでは細部に関する具体的な紹介を避けて、大まかな輪郭を提示するだけにとどめ、この本を構成している章立てを紹介しておきます。
『都市の哲学』
はじめに
第1章 都市の構造
第2章 場所の哲学
第3章 歩行の哲学
第4章 自動車の哲学
第5章 街路の哲学
第6章 実践の哲学
第7章 実践の見取り図
おわりに
この著者は、筋金入りの音楽愛好者でもあり、小樽市において、高水準のコンサートを企画・実行する仕掛け人でもあります。そのような感性の軸にも接続する地平で書かれた、理論と実践の融合した都市論として、多くの人に読んでもらいたい本です。
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