聖書で聖書を読む

ローマ書講読

 

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ローマ書講読の方針

2000.11.10 高橋照男

 

長 い間取りくんできたヨハネ文書(ヨハネ福音書、ヨハネ書簡)を離れて、今度はローマ書に取り組むことにする。本年7月に脳出血で倒れ、最近の検査で今度は 脳梗塞の症状が出ていると宣告され、いつ「死」がやってくるか分からなくなった。そのために何かせかされる気がするようになり、この際、聖書中の聖書と言 われキリスト教の歴史を作ってきたローマ書だけはこれを深く読んでおきたいと考えるようになった。

私の手元には、4月の火災で焼け残ったローマ書の研究に関する有力な次の参考書がある。

 カールバルト  ローマ書  カールバルト著作集14  662ページ

            (16世紀宗教改革以後の最大の神学的事件といわれる名著)

 ケーゼマン   ローマ人への手紙 (ケーゼマンはブルトマンの弟子で本書は古今の説を網羅解説したロマ書注解の決定版とされる) 976ページ

 ウルリッヒ・ヴィルケンス EKK新約聖書注解Y-1650p)Y-2556p)Y-2(未刊)

 パウル・アルトハウス   NTD新約聖書注解 404ページ

 内村鑑三    ロマ書の研究 日本の有識者の多くを導いた名著 712ページ

 塚本虎二    ロマ書 塚本虎二著作集第9、第10巻 合計871ページ

 黒崎幸吉    註解新約聖書 149ページ

 高橋三郎    高橋三郎著作集第6巻 573ページ(新刊)

 白井きく    ローマ人へ 284ページ

しかしこれらの本全部に目を通すには、残念ながらいま体力と時間と意欲がない。そもそもパウロの手紙は難しいと聖書にも書いてある。

 

ペテロの第二の手紙 3:15−16[塚本訳]

 15また私達の主の寛容をもって(君達の)救い(の保証)と考えよ。私達の愛する兄弟パウロも授けられた知恵に従って君達に書いた通りである。

16これについて述べているその凡ての手紙においても同様であるが、その中には難解なものも少なくないので、教養のない者や心の定まらない者は他の(聖)書と同様これをも曲解して自分の亡滅を招いている。"

 

し たがって難解なパウロの手紙のそのまた注解を読むとなるとますます難しくなる。それは本質理解にはあまり関係のない言語上のまた神学的論争が多い。そこで 独自に新しい方法で読むことにする。それはローマ書を「イエスとパウロに解説してもらう」方法である。これは塚本虎二先生に「聖書の読み方」の本道として 教えられた方法でもある。

それは 

・よい翻訳を複数読む。

・聖書の引照をあちこち引いて「ああそうか」と自分自身の心で納得すること。

・不明な単語は原語にあたること。(しかしそれは本質理解に大した問題ではない)

こ の3点を忠実に守ることである。それはいわゆる「素人読み」「百姓読み」といわれる方法で、この方法で「心に響く」(胸が熱くなる)ものがあれば真に聖書 を読んだことになるというのである。「ああそうか」と自分が思えばそのとき聖書が初めて読めたことになり、読み間違いはないというのである。聖書の読み方 にはこの「素人性」が大切で、それが本質理解に迫る方法であると解する。もともとローマ書は素人に向けた「手紙」なのである。難しく読む必要はないはずで ある。幸い私は聖書勉強の道具としてパソコンソフトの便利なもの(ロゴス聖書ソフトウェアー、Jバ イブルなど)を保有しており、これを駆使して新しい方法でローマ書の「心の響き」に接し、胸が熱くなる読み方をしたいと考えている。パウロの言わんとして いることをイエスはどのようにやさしく言っているか、またパウロはその部分を別の個所でどのように表現しているか、それを探求するという方法でローマ書を 読む。これは多分はじめての方法ではないかと考える。事実そのようにして「聖書で聖書を読む」と心が満たされて「足れり」と思うのである。そうなると人間 の書いた本は色褪せて見え、魅力がなくなる事実がある。それは太陽の光と月の光の差のようでもある。

  さらに私にはまたもうひとつの課題がある。それは無教会読みの姿勢で貫いてみたいと思うことである。無教会読みとは「神がなさってくださる。神ご自身が働 いてくださる。」という心(信仰)をもって読むことである。この方法で読むと解釈上で難しい論争になっている部分も註解書に頼らずともよくわかるという不 思議な現実がある。この「神がなさってくださる。神ご自身が働いてくださる。」という信仰の姿勢は無教会が持っている独特の雰囲気(目)であり、わたしの (日本人の)心にしっくり、ぴったりするものである。「神がなさってくださる」ということに注目して読むこの無教会的読み方、これが解読のためのマスター キーである。そのマスターキーなる言葉は□□□のように下線で示した。

ここを何回も読めば自ずと意味が見えてくる。わからないとしたらそれ以上に人間的手だてはないのであとは神の介入を待つほかはない。それは本人自身の祈りの姿勢にかかわる。

  

もし神許したまえば最終の章(16章)に至る日まで私の命が保たれるように祈るものである。

このようにしてわたし自身が「来世実在の希望」を抱きつつ「死の川」を渡る準備をしたい。パウロがそうであったように。

 

われ思うに、今の時の苦難(くるしみ)は、われらの上に(あらわ)れんとする榮光にくらぶるに足らず。

(ロマ書8章18節)

 

 

略号 JCV=日本聖書協会口語訳 JNICV=日本聖書協会新共同訳

 

ローマ人への手紙 1:1

  [口語訳] キリスト・イエスの僕、神の福音のために選び別たれ、召されて使徒となったパウロから――

 [新改訳] 神の福音のために選び分けられ、使徒として召されたキリスト・イエスのしもべパウロ、

 [新共同訳] キリスト・イエスの僕、神の福音のために選び出され、召されて使徒となったパウロから、――

 [塚本訳]キリスト・イエスの奴隷であり、(また)神に召され、その福音のために選ばれた使徒であるパウロから、──"

 [文語訳]キリスト・イエスの僕、召されて使徒となり、神の福音のために選び別れたるパウロ・・

 [前田訳]パウロ、キリスト・イエスの僕、召されて神の福音のため選ばれた使徒から・・

NCVFrom Paul, a servant of Christ Jesus. God called me to be an apostle and chose me to tell the Good News.

(RSV)Paul, a servant of Jesus Christ, called to be an apostle, set apart for the gospel of God

 

[解読の鍵]

ルカによる福音書 5:10-11 [新共同訳] シモンの仲間、ゼベダイの子ヤコブもヨハネも同様だった。すると、イエスはシモンに言われた。「恐れることはない。今から後、あなた

は人間をとる漁師になる。

11 そこで、彼らは舟を陸に引き上げ、すべてを捨ててイエスに従った

 

マルコによる福音書 8:33-35 [口語訳]イエスは振り返って、弟子たちを見ながら、ペテロをしかって言われた、「サタンよ、引きさがれ。あなたは神のことを思わないで、人のことを思っている」。 34 それから群衆を弟子たちと一緒に呼び寄せて、彼らに言われた、「だれでもわたしについてきたいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい。 35 自分の命を救おうと思う者はそれを失い、わたしのため、また福音のために、自分の命を失う者は、それを救うであろう。

 

ルカによる福音書 14:25-26 [口語訳]

大ぜいの群衆がついてきたので、イエスは彼らの方に向いて言われた

26 「だれでも、父、母、妻、子、兄弟、姉妹、さらに自分の命までも捨てて、わたしのもとに来るのでなければ、わたしの弟子となることはできない。

 

マタイによる福音書 19:29[塚本訳]

そしてわたしのために家や兄弟や姉妹や父や母や畑をすてた者は一人のこらず、

(この世で)その幾倍を受け、また(来るべき世では)永遠の命をいただくのである。

 

ヨハネによる福音書 21:18-19[口語訳]

18 よくよくあなたに言っておく。あなたが若かった時には、自分で帯をしめて、思いのままに歩きまわっていた。しかし年をとってからは、自分の手をのばすことになろう。そして、ほかの人があなたに帯を結びつけ、行きたくない所へ連れて行くであろう」

19 これは、ペテロがどんな死に方で、神の栄光をあらわすかを示すために、お話しになったのである。こう話してから、「わたしに従ってきなさい」と言われた。

 

使徒行伝 9:3-6 [口語訳]ところが、道を急いでダマスコの近くにきたとき、突然、天から光がさして、彼をめぐり照した。 4 彼は地に倒れたが、その時、「サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか」と呼びかける声を聞いた。 5 そこで彼は「主よ、あなたは、どなたですか」と尋ねた。すると答があった、「わたしは、あなたが迫害しているイエスである。 6 さあ立って、町にはいって行きなさい。そうすれば、そこであなたのなすべき事が告げられるであろう」。

 

ガラテヤ人への手紙 1:1[塚本訳] 人々から(使徒にされたの)でなく、また人によってでもなく、(すなわち人間的の命令や委任によってでなく、)イエス・キリストと、彼を死人の中から復活させられた父なる神とによって使徒となったパウロと、

 

 

 

ローマ人への手紙 1:

    [口語訳] この福音は、神が、預言者たちにより、聖書の中で、あらかじめ約束されたものであって、

 [新改訳] ――この福音は、神がその預言者たちを通して、聖書において前から約束されたもので、

 [新共同訳] この福音は、神が既に聖書の中で預言者を通して約束されたもので、

 [文語訳]この福音はその預言者たちにより、聖書の中に預じめ御子に就きて約し給ひしものなり。

 [塚本訳]この福音は、神がその預言者たちにより、聖書においてかねて約束されたもので、"

 [前田訳]この福音は、神がその預言者たちによって聖書でかねて約束されたもので、

(NCV) God promised this Good News long ago through his prophets, as it is written in the Holy Scriptures.

 

 [解読の鍵]

ルカによる福音書 4:21[塚本訳]イエスは、「(今)あなた達が聞いたこの聖書の言葉は、今日(ここで)成就した」と言って話を始められた。

 

マタイによる福音書 16:21[塚本訳]この時から、イエスは自分が(神の計画どおり)エルサレムに行って、長老、大祭司連、聖書学者たちから多くの苦しみをうけ、殺され、そして三日目に復活せねばならないことを弟子たちに示し始められた。

 

ルカによる福音書 18:31[塚本訳] イエスは(また)十二人(の弟子だけ)をそばに呼んで、こう話された、「さあ、いよいよわたし達はエルサレムへ上るのだ。人の子(わたし)について預言者たちが(聖書に)書いてあることは、ことごとく成就する。"

 

マルコによる福音書 8:31[塚本訳](この時から、)イエスは、「人の子(わたし)は多くの苦しみをうけ、長老、大祭司連、聖書学者たちから排斥され、殺され、そして三日の後に復活せねばならない。(神はこうお決めになっている)」と弟子たちに教え始められた。

 

ルカによる福音書 24:25-27 [口語訳]そこで、イエスは言われた。「ああ、物分かりが悪く、心が鈍く預言者たちの言ったことすべてを信じられない者たち

26 メシアはこういう苦しみを受けて、栄光に入るはずだったのではないか。」

27 そして、モーセとすべての預言者から始めて、聖書全体にわたり、御自分について書かれていることを説明された。

 

ルカによる福音書 24:44[塚本訳]それから彼らに言われた、「(あなた達が見聞きした)これらのことは、わたしがまだあなた達と一しょにいたとき、わたしについてモーセの律法と預言書と詩篇と[聖書]に書いてあることは一つのこらずきっと成就する、と話したその言葉(が実現したの)である。

 

ルカによる福音書 24:25[塚本訳]彼らに言われた、「ああ、預言者たちの言ったことを何一つ信じない、悟りの悪い、心の鈍い人たちよ

ルカによる福音書 24:26-27[塚本訳]救世主は栄光に入るために、そのような苦しみを受けねばならなかったのではないのですか。」"27そして(預言者)モーセから始めて、すべての預言者が御自分につき聖書全体において言っていることを説明された。"

 

マルコによる福音書 12:10[塚本訳]あなた達はこの聖書の句をすら読んだことがないのか。・・“大工たちが(役に立たぬと)捨てた石、それが隅の土台石になった。"

 

ヨハネによる福音書 5:3[塚本訳]あなた達は聖書(旧約)をもっていることが永遠の命を持っていることのように思って、それを研究している。ところがこの聖書は、(永遠の命である)このわたしのことを証明しているのに、

 

 

 

ローマ人への手紙 1:

  [口語訳] 御子に関するものである。御子は、肉によればダビデの子孫から生れ、

[新改訳] 御子に関することです。御子は、肉によればダビデの子孫として生まれ、

[新共同訳] 御子に関するものです。御子は、肉によればダビデの子孫から生まれ、

[文語訳]"御子肉によれば、ダビデの裔より生れ

[塚本訳]その御子、すなわち、人間としてはダビデの末から生まれ、"

[前田訳]そのみ子についてのことです。彼は肉によればダビデの末から生まれ、

 

 (NCV) The Good News is about God's Son, Jesus Christ our Lord. As a man, he was born from the family of David. But through the Spirit of holiness he was appointed to be God's Son with great power by rising from the dead.

 

 [解読の鍵]

マタイ1:1[塚本訳]アブラハムの末のダビデの末のイエス・キリストの系図・・

 

マタイによる福音書 1:20-23[口語訳] 彼がこのことを思いめぐらしていたとき、主の使が夢に現れて言った、「ダビデの子ヨセフよ、心配しないでマリヤを妻として迎えるがよい。その胎内に宿っているものは聖霊によるのである。

21 彼女は男の子を産むであろう。その名をイエスと名づけなさい。彼は、おのれの民をそのもろもろの罪から救う者となるからである」。

22 すべてこれらのことが起ったのは、主が預言者によって言われたことの成就するためである。すなわち、

23 「見よ、おとめがみごもって男の子を産むであろう。その名はインマヌエルと呼ばれるであろう」。これは、「神われらと共にいます」という意味である。

 

ルカ福音書 1:31-33 [口語訳]見よ、あなたはみごもって男の子を産むでしょう。その子をイエスと名づけなさい。

32 彼は大いなる者となり、いと高き者の子と、となえられるでしょう。そして、主なる神は彼に父ダビデの王座をお与えになり

33 彼はとこしえにヤコブの家を支配し、その支配は限りなく続くでしょう」。

 

ルカによる福音書 1:69[塚本訳] ,"わたし達のために、僕“ダビデの”家に救いの(力強い)“角(なる救い主)をお立てになる”からである、

 

ルカ福音書 2:4-5 [口語訳]ヨセフもダビデの家系であり、またその血統であったので、ガリラヤの町ナザレを出て、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った

5 それは、すでに身重になっていたいいなづけの妻マリヤと共に、登録をするためであった。

 

マタイによる福音書 9:27[口語訳]そこから進んで行かれると、ふたりの盲人が、「ダビデの子よ、わたしたちをあわれんで下さい」と叫びながら、イエスについてきた。わたしの右に座していなさい』。

 

ヨハネによる福音書 1:14[塚本訳]この言葉は肉体となって、(しばらく)わたし達の間に住んでおられた。(これが主イエス・キリストである。)わたし達はその栄光を見た。いかにも父上の独り子らしい栄光で、恩恵と真理とに満ちておられた。"

 

ヨハネによる福音書 7:42[塚本訳]『救世主は〃ダビデの末〃から、ダビデの住んでいた村〃ベツレヘムから出る〃』と聖書が言っているではないか。

 

ガラテヤ人への手紙 4:4[塚本訳]しかし(定められた)時が満ちると、神はその御子を女から生まれさせ、律法の下に置いて、(この世に)お遣わしになった

 

 

 

ローマ人への手紙 1:

  [口語訳] 聖なる霊によれば、死人からの復活により、御力をもって神の御子と定められた。これがわたしたちの主イエス・キリストである。

 [新改訳] 聖い御霊によれば、死者の中からの復活により、大能によって公に神の御子として示された方、私たちの主イエス・キリストです。

 [新共同訳] 聖なる霊によれば、死者の中からの復活によって力ある神の子と定められたのです。この方が、わたしたちの主イエス・キリストです。

 [文語訳]潔き靈によれば、死人の復活により大能をもて神の子と定められ給へり、即ち我らの主イエス・キリストなり。"

 [塚本訳]聖なる霊としては死人の中から復活して力ある神の子と定められた方、わたし達の主イエス・キリストに関するものである。"

 [前田訳]聖い霊によれば死人たちからの復活によって力ある神の子と定められた方、すなわちわれらの主イエス・キリストです。

 (NCV) But through the Spirit of holiness he was appointed to be God's Son with great power by rising from the dead.

 

[解読の鍵]

マタイによる福音書 12:42[塚本訳]また、南の国(シバ)の女王がこの時代の人と一しょに(最後の)裁きの(法廷に)あらわれて、この人たちの罪が決まるであろう。というのは、彼女は地の果てからソロモン(王)の知恵を聞きに(エルサレムに)来たが、(この人たちは、)いまここにソロモンよりも大きい者がいる(のに、それに耳を傾けない)からである。"

 

マタイによる福音書 22:42-44[口語訳] 「あなたがたはキリストをどう思うか。だれの子なのか」。彼らは「ダビデの子です」と答えた。

43 イエスは言われた、「それではどうして、ダビデが御霊に感じてキリストを主と呼んでいるのか。

 

コリント人への第二の手紙 13:4[塚本訳]

ほんとうに、彼は弱さのゆえに十字架につけられ(て死なれ)たけれども、神の力によって、いま生きておられるからである。同様に、わたし達も彼と結びついているので弱いけれども、彼と共に、神の力により、あなた達に対して(強く)生きるだろうからである。

 

使徒行伝 4:10[塚本訳]あなた方御一同はもとより、イスラエル国民全体も、このことを知ってほしい。ナザレ人イエス・キリスト・・あなた方が十字架につけ、神が死人の中から復活させられた方・・その名で、この人がよくなって、あなた方の前に立っているのです。

 

使徒行伝 17:31 [口語訳]

神は、義をもってこの世界をさばくためその日を定め、お選びになったかたによってそれをなし遂げようとされている。すなわち、このかたを死人の中からよみがえらせ、その確証をすべての人に示されたのである」

 

マタイによる福音書 21:4[塚本訳]イエスは彼らに言われた、「あなた達は聖書で(この句を)まだ読んだことがないのか。・・“大工たちが(役に立たぬと)捨てた石、それが隅の土台石になった。これは主のなされたことで、われわれの目には不思議である。”

 

 

 

ローマ人への手紙 1:5

  [口語訳] わたしたちは、その御名のために、すべての異邦人を信仰の従順に至らせるようにと、彼によって恵みと使徒の務とを受けたのであり、

 [新改訳] このキリストによって、私たちは恵みと使徒の務めを受けました。それは、御名のためにあらゆる国の人々の中に信仰の従順をもたらすためなのです。

 [新共同訳] わたしたちはこの方により、その御名を広めてすべての異邦人を信仰による従順へと導くために、恵みを受けて使徒とされました。

 [文語訳]我等その御名の爲にもろもろの國人を信仰に從順ならしめんとて、彼より恩惠と使徒の職とを受けたり。

 [塚本訳]わたし達はこの方によって恩恵の使徒職を戴き、御名を広めるために、すべての異教人をして従順に、この信仰を受けいれさせようとしている"

 [前田訳]われらはそのみ名のために信仰の従順がすべての民に及ぶようにと、彼によって恩恵と使徒性を受けました。 

 

(NCV)Through Christ, God gave me the special work of an apostle, which was to lead people of all nations to believe and obey. I do this work for him.

 

[解読の鍵]

ガラテヤ人への手紙 1:15-16[塚本訳] しかし“わたしが母の胎内にいる時から”(すでに)わたしを聖別し、また恩恵によって“召された”お方[神]が、16異教人に福音を伝えさせるため御子をわたしに啓示する決心をされたその時、わたしはじきに血肉[人間]と相談をせず

 

コリント人への第一の手紙 9:2[塚本訳] ほかの人たちには使徒でなくても、少なくともあなた達にはそうである。なぜなら、あなた達は主にあってわたしの使徒職を証明する印鑑であるから

 

使徒行伝 6:7[塚本訳] こうして神の言葉は成長し、エルサレムにおける(主の)弟子の数は猛烈にふえていった。また(ユダヤ教の)祭司までが大勢、従順に信仰を受けいれた"

 

ローマ人への手紙 3:29[塚本訳] それとも神はユダヤ人だけの神であろうか。また異教人の神ではなかろうか。もちろん異教人の神でもある

 

ローマ人への手紙 15:16 [口語訳]このように恵みを受けたのは、わたしが異邦人のためにキリスト・イエスに仕える者となり、神の福音のために祭司の役を勤め、こうして異邦人を、聖霊によってきよめられた、御旨にかなうささげ物とするためである

 

ローマ人への手紙 16:19[塚本訳]なぜなら、あなた達の(福音に対する)従順は、すべての人に知れ渡っているのだから。そのことをわたしはあなた達のために喜ぶが、善いことに対しては知恵があり、悪いことに対しては純真であってもらいたい。"

 

 

 

ローマ人への手紙 1:6

[口語訳] あなたがたもまた、彼らの中にあって、召されてイエス・キリストに属する者となったのである――

 

[新改訳] あなたがたも、それらの人々の中にあって、イエス・キリストによって召された人々です。――このパウロから、

 

[新共同訳] この異邦人の中に、イエス・キリストのものとなるように召されたあなたがたもいるのです。――

 

[文語訳]汝等もその中にありてイエス・キリストの有とならん爲に召されたるなり・・

 

[塚本訳]あなた達もその中にあり、イエス・キリストのものになるようにと(神に)召された者である。──"

 

[前田訳]あなた方も、民の中にあって、イエス・キリストへと召された人々です・・

 

(NCV)And you who are in Rome are also called to belong to Jesus Christ.

 

[解読の鍵]

ローマ人への手紙 9:24[塚本訳]神はこの憐れみの器としてわたし達をも召されたのである。ただユダヤ人の中からだけでなく、異教人の中からも。

 

コリント人への第一の手紙 1:9[塚本訳] 神は誠実であられる。この神によって、御子なるわたし達の主イエス・キリストとの交わりに、あなた達は召されたのである。"

ローマ人への手紙 9:24[塚本訳]神はこの憐れみの器としてわたし達をも召されたのである。ただユダヤ人の中からだけでなく、異教人の中からも。

 

コリント人への第一の手紙 1:9[塚本訳]

神は誠実であられる。この神によって、御子なるわたし達の主イエス・キリストとの交わりに、あなた達は召されたのである。"

 

ガラテヤ人への手紙 1:6[塚本訳]

わたしが(実に)不思議に思うことは、あなた達が、キリストの恩恵によって召されたお方[神]からこんなに早く別の福音に離れおちつつあることであるが、

 

エペソ1:11 [口語訳]わたしたちは、御旨の欲するままにすべての事をなさるかたの目的の下に、キリストにあってあらかじめ定められ、神の民として選ばれたのである。

 

ペテロの第一の手紙 2:9-10[口語訳] しかし、あなたがたは、選ばれた種族、祭司の国、聖なる国民、神につける民である。それによって、暗やみから驚くべきみ光りに招き入れて下さったかたのみわざを、あなたがたが語り伝えるためである。

10 あなたがたは、以前は神の民でなかったが、いまは神の民であり、以前は、あわれみを受けたことのない者であったが、いまは、あわれみを受けた者となっている。

 

コロサイ人への手紙 1:21-22 [口語訳]あなたがたも、かつては悪い行いをして神から離れ、心の中で神に敵対していた。

22 しかし今では、御子はその肉のからだにより、その死をとおして、あなたがたを神と和解させ、あなたがたを聖なる、傷のない、責められるところのない者として、みまえに立たせて下さったのである。

 

テモテへの第二の手紙 1:9-10[口語訳] 神はわたしたちを救い、聖なる招きをもって召して下さったのであるが、それは、わたしたちのわざによるのではなく、神ご自身の計画に基づき、また、永遠の昔にキリスト・イエスにあってわたしたちに賜わっていた恵み、

10 そして今や、わたしたちの救主キリスト・イエスの出現によって明らかにされた恵みによるのである。キリストは死を滅ぼし、福音によっていのちと不死とを明らかに示されたのである。

 

ペテロの第一の手紙 2:9 [口語訳]しかし、あなたがたは、選ばれた種族、祭司の国、聖なる国民、神につける民である。それによって、暗やみから驚くべきみ光りに招き入れて下さったかたのみわざを、あなたがたが語り伝えるためである

 

 

 

ローマ人への手紙 1:

[口語訳] ローマにいる神に愛され、召された聖徒一同へ。わたしたちの父なる神および主イエス・キリストから、恵みと平安とが、あなたがたにあるように。

 

[新改訳] ローマにいるすべての、神に愛されている人々、召された聖徒たちへ。私たちの父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安があなたがたの上にありますように。

 

[新共同訳] 神に愛され、召されて聖なる者となったローマの人たち一同へ。わたしたちの父である神と主イエス・キリストからの恵みと平和が、あなたがたにあるように。

 

[文語訳]われ書をロマに在りて神に愛せられ、召されて聖徒となりたる凡ての者に贈る。願くは我らの父なる神および主イエス・キリストより賜ふ恩惠と平安と汝らに在らんことを。"

 

[塚本訳]それでわたしは、神に愛される人、(また)召された聖徒であるローマ(集会)のあなた達一同に、この手紙をおくる。わたし達の父なる神と主イエス・キリストから、恩恵と平安、あなた達にあらんことを。"

 

[前田訳]神に愛され、召された聖徒、ローマにある皆さんへ。われらの父なる神と主イエス・キリストからの恩風と平和があなた方にありますように。

 

 (NCV) To all of you in Rome whom God loves and has called to be his holy people: Grace and peace to you from God our Father and the Lord Jesus Christ.

 

[解読の鍵]

コリント人への第一の手紙 1:2[塚本訳]コリントにある神の集会、すなわちキリスト・イエスにあって聖別され、(神に)召された聖徒たちに、および、到る所でわたし達の・・わたし達ばかりでなくまた彼らの・・主イエス・キリストの名を呼ぶ人一同に、この手紙をおくる。"

 

ピリピ人への手紙 1:1[塚本訳]キリスト・イエスの奴隷であるパウロとテモテ(の二人)から、キリスト・イエスに在るピリピの凡ての聖徒達、並びに取締りと世話役達にこの手紙を遺る。願わくは"

 

コロサイ人への手紙 1:2[塚本訳] 手紙をキリストにある信仰の兄弟なるコロサイの聖徒達に遺る。願う、我らの父なる神よりの恩恵と平安、君達にあれ。

 

 

 

罪が分かるということ

罪が分からなければロマ書は分か らない。罪ということが分からなければロマ書も聖書も神も十字架も贖罪もキリスト教も分からない。罪の発見が神発見の入り口である。しかし罪を分からせて くださいという祈りは普通は人間の唇には上らない。むしろその先にある平安や喜びを頂きたいという祈りの方が先である。私達はそれを模索していた。しかし その喜びを頂くためには宿命として我々はまず生みの苦しみを経なければならなかった。

 

ヨハネによる福音書 16:21[塚本訳]

女が子を産む時には、女の(宿命の)時が到来したので悲しみがあるけれども、子が生まれると、一人の人間が世に生まれ出た喜びのために、もはや(お産の)苦しみを覚えていない。"

 

人生において自分の罪が分かる時がくる。それは実に恐ろしい「宿命の時」である。その時われわれは自分の罪を知って、戦慄、懊悩、恐怖におののくのだ。だからだれもこの恐ろしい瞬間を望まない。自分も周囲も。それは「死の陰の谷」(詩篇23編4節)だからである。

 

ルカによる福音書 23:30-31

その時人々は“山にむかっては、『われわれの上に倒れかかって(殺して)くれ』、丘にむかっては、『われわれを埋めてくれ』と言い”続けるであろう。

31(罪のない)生木(のわたし)でさえ、こんな目にあわされるのだ。まして(罪にくされた)枯木は、どうなることであろうか!」"

 

自 己の罪を知って「殺してくれ」と叫ぶときその背後には「救い」が備えられているのだ。罪が分かって救いが分かり神が分かるとき、それは第二の誕生、霊の命 という新しい命の誕生、永遠の生命への誕生である。これは肉の父ではなく、本当の父(造り主)に出会うときである。このつらい経験なくして人生は片面であ り、半人前である。この恐ろしい瞬間は人間にいつかは訪れる。肉の父としては生んだ子供にその苦痛が訪れるのはかわいそうに思うが、それは肉の割礼ではな く霊の割礼の時が到来した宿命の時と考えなければならない。肉の割礼のときに子は痛がって泣くが親はそれに耐えねばならない。「苦しみは瞬時にして喜びは 永遠である」(ヒルティ幸福論)。人生は神を知るための旅路である。

で は人間にとってその第二の誕生はいつ訪れるのか、それは神ご自身が定めることなので「神のみぞ知る」ことなのだ。早い人もいれば、人生の最後になって神を 知る人もいる。しかし神が生もうとするので早い遅いは関係なく「救いは確実に神の手の中にある」ことを信じてわれわれは一切を神の主権にゆだねることがで きるのだ。そして最後は「全人類が救われる」日がくるであろう。これがロマ書の結論のようである。(ロマ書11章25-32)

 

 

 

ローマ人への手紙 1章8節

  [口語訳] まず第一に、わたしは、あなたがたの信仰が全世界に言い伝えられていることを、イエス・キリストによって、あなたがた一同のために、わたしの神に感謝する

 

[新改訳] まず第一に、あなたがたすべてのために、私はイエス・キリストによって私の神に感謝します。それは、あなたがたの信仰が全世界に言い伝えられているからです。

 

[新共同訳] まず初めに、イエス・キリストを通して、あなたがた一同についてわたしの神に感謝しますあなたがたの信仰が全世界に言い伝えられているからです。

 

[文語訳]汝らの信仰、全世界に言ひ傳へられたれば、我まづ汝ら一同の爲にイエス・キリストによりて我が神に感謝す

 

[塚本訳]まずもってあなた達の信仰が世界中で評判になっていることを、イエス・キリストにより、あなた達一同のために、わたしの神に感謝したい

 

[前田訳]まず、イエス・キリストによって、あなた方皆さんのためにわが神に感謝したいのは、あなた方の信仰が全世界にいい伝えられていることです。

 

(NCV)First I want to say that I thank my God through Jesus Christ for all of you, because people everywhere in the world are talking about your faith.

 

[解読の鍵]

マタイによる福音書 24:14[塚本訳]

すなわち、あらゆる国々の人に(わたしとわたしの業を)証しするために、(まず)この御国の福音が全世界に説かれ、それから最後(の裁きの日)が来るのである。

 

ローマ人への手紙 16:19[塚本訳]

なぜなら、あなた達の(福音に対する)従順は、すべての人に知れ渡っているのだから。そのことをわたしはあなた達のために喜ぶが、善いことに対しては知恵があり、悪いことに対しては純真であってもらいたい。

 

テサロニケ人への第一の手紙 1:8-10[口語訳]

すなわち、主の言葉はあなたがたから出て、ただマケドニアとアカヤとに響きわたっているばかりではなく、至るところで、神に対するあなたがたの信仰のことが言いひろめられたので、これについては何も述べる必要はないほどである。

9 わたしたちは、どんなにしてあなたがたの所にはいって行ったか、また、あなたがたが、どんなにして偶像を捨てて神に立ち帰り、生けるまことの神に仕えるようになり、

10 そして、死人の中からよみがえった神の御子、すなわち、わたしたちをきたるべき怒りから救い出してくださるイエスが、天から下ってこられるのを待つようになったかを、彼ら自身が言いひろめているのである。

 

 

 

ローマ人への手紙 1章9節

  [口語訳](9-10) わたしは、祈のたびごとに、絶えずあなたがたを覚え、いつかは御旨にかなって道が開かれ、どうにかして、あなたがたの所に行けるようにと願っている。このことについて、わたしのためにあかしをして下さるのは、わたしが霊により、御子の福音を宣べ伝えて仕えている神である。

 [新改訳] 私が御子の福音を宣べ伝えつつ霊をもって仕えている神があかししてくださることですが、私はあなたがたのことを思わぬ時はなく、

[新共同訳] わたしは、御子の福音を宣べ伝えながら心から神に仕えています。その神が証ししてくださることですが、わたしは、祈るときにはいつもあなたがたのことを思い起こし、

[文語訳]その御子の福音に於て我が靈をもて事ふる神は、わが絶えず祈のうちに汝らを覺え、

[塚本訳]わたしはこの神を霊をもって、すなわち、その御子の福音を伝えることをもって、礼拝しているのであるが、神がわたしの証人として、"

 [前田訳]神がわが証人です。わたしはわが霊によって、すなわちみ子の福音によって神に奉仕し、つねに祈りのうちにあなた方を覚えています。

God, whom I serve with my whole heart by telling the Good News about his Son, knows that I always mention you

 

[解読の鍵]

ヨブ記 16:19 [口語訳]見よ、今でもわたしの証人は天にあるわたしのために保証してくれる者は高い所にある。

 

コリント人への第二の手紙 1:23[塚本訳] しかしわたし個人としては、自分の命をかけ、神を証人に立てる、・・わたしはあなた達をひどい目にあわせたくなかったので、もうコリントには行かなかったのである。(行けば、敵対者たちを厳重に処分しなければならないではないか。)

 

ガラテヤ人への手紙 1:20[塚本訳] ・・いまあなた達に書いていることは、神の前に、決して嘘ではない。・・

 

ピリピ人への手紙 1:8[塚本訳] 実際、神が私の(ために)証人になって下さるように、私は(いつも)キリスト・イエスの愛情をもって君達皆を慕っているのである。"

 

テサロニケ人への第一の手紙 2:5[塚本訳]君達が知っている通り、私達はかつて(一度も)お世辞を使ったこともなく、また口実を設けて貪ったこともない・・(これについては)神が証人であり給う。"

 

ヨハネの第一の手紙 5:9[塚本訳] もし人の証しを(真実なものとして)受けいれるならば、

(御霊と水と血とによる)神の証しは、もっと有力である。なぜなら、これは神の証しであり、彼が御子について証しをされたのだからである。

 

 

 

ローマ人への手紙 1章10節

  [口語訳] (9節に合節)

 [新改訳] いつも祈りのたびごとに、神のみこころによって、何とかして、今度はついに道が開かれて、あなたがたのところに行けるようにと願っています

 

[新共同訳] 何とかしていつかは神の御心によってあなたがたのところへ行ける機会があるように、願っています

 

[文語訳]如何にしてか御意に適ひ、いつか汝らに到るべき途を得んと、常に冀かふことを我がために證し給ふなり。

 

[塚本訳]わたしが祈りのたびごとに絶えずあなた達を思い、いつか一度は、神の御心によって都合よくあなた達の所に行けるようにとお願いしていることを、証明してくださるであろう。"

 

[前田訳]神のみ心によって、いつかはあなた方のところへ行くよい道が開かれるようお願いしています。

 

 (NCV)every time I pray. I pray that I will be allowed to come to you, and this will happen if God wants it.

 

 [解読の鍵]

ローマ人への手紙 15:22-23 [口語訳]こういうわけで、わたしたちはあなたがたの所に行くことを、たびたび妨げられてきた。

23 しかし今では、この地方にはもはや働く余地がなく、かつイスパニヤに赴く場合、あなたがたの所に行くことを、多年、熱望していたので、・・

 

テサロニケ人への第一の手紙 2:18[塚本訳]というのは、私達は君達の所に行こうと思ったけれども・・そして私このパウロは、一度ならず二度までも・・(しかし)サタン(の奴)に邪魔され(て行けなかっ)たのである。

 

テサロニケ人への第一の手紙 3:11[塚本訳] 願わくは私達の父なる神彼自らと私達の主イエスが、私達のために道を備えて君達に到らしめ給わんことを

 

ピレモンへの手紙 22 [口語訳]ついでにお願いするが、わたしのために宿を用意しておいてほしい。あなたがたの祈によって、あなたがたの所に行かせてもらえるように望んでいるのだから。

 

ヘブル人への手紙 13:19[口語訳] わたしがあなたがたの所に早く帰れるため、祈ってくれるように、特にお願いする。

 

使徒行伝 19:21[口語訳] これらの事があった後、パウロは御霊に感じて、マケドニヤ、アカヤをとおって、エルサレムへ行く決心をした。そして言った、「わたしは、そこに行ったのち、ぜひローマをも見なければならない」。

 

使徒行伝 18:21[塚本訳] 「神の御心ならばあなた達の所に引き返してこよう」と言って別れを告げ、エペソから船出して、

 

 

 

ローマ人への手紙 1章11節

 

[口語訳] わたしは、あなたがたに会うことを熱望している。あなたがたに霊の賜物を幾分でも分け与えて、力づけたいからである。

 

[新改訳] 私があなたがたに会いたいと切に望むのは、御霊の賜物をいくらかでもあなたがたに分けて、あなたがたを強くしたいからです。

 

[新共同訳] あなたがたにぜひ会いたいのは、“霊”の賜物をいくらかでも分け与えて、力になりたいからです。

 

 [文語訳]見んことを切に望むは、汝らの堅うせられん爲に靈の賜物を分け與へんとてなり。"

[塚本訳]わたしはほんとうにあなた達に会いたくてたまらない。あなた達(の信仰)が強められるために、何か霊の賜物を分けあたえたい、"

 

[前田訳] 本当にあなた方にお会いしたく思います。あなた方の支えに何か霊の賜物をお分けしたいのです。  "

(NCV)I want very much to see you, to give you some spiritual gift to make you strong.

 

[解読の鍵]

 

ローマ人への手紙 15:32[口語訳] また、神の御旨により、喜びをもってあなたがたの所に行き、共になぐさめ合うことができるように祈ってもらいたい。

 

ピリピ人への手紙 1:8[塚本訳]実際、神が私の(ために)証人になって下さるように、私は(いつも)キリスト・イエスの愛情をもって君達皆を慕っているのである。"

 

ピリピ人への手紙 4:1[塚本訳]

だから、愛し慕うわが兄弟達よ、わが歓喜と冠よ、かく主にあって確り立って居れ、(ああ、わが)愛する者よ!"

 

ローマ人への手紙 15:29[塚本訳]しかしあなた達の所に行くときは、キリストの満ちみちた祝福をもって行けるだろうとわたしは信じている。"

 

使徒行伝 16:5[塚本訳]

 さてもろもろの集会は信仰を強められ、日ごとに(信者の)数を増していった。"

 

テサロニケ人への第一の手紙 3:2[塚本訳]

 私達兄弟で、キリストの福音における神の共働者であるテモテを(君達の所に)遺った。これは(彼によって)君達をその信仰において強め、また励まし、"

 

テサロニケ人への第一の手紙 3:13[新共同訳]  そして、わたしたちの主イエスが、御自身に属するすべての聖なる者たちと共に来られるとき、あなたがたの心を強め、わたしたちの父である神の御前で、聖なる、非のうちどころのない者としてくださるように、アーメン。

 

テサロニケ人への第二の手紙 2:17[塚本訳]

 君達の心を慰め、あらゆる善き業と言とにおいて(君達を)強くし給わんことを!"

 

ペテロの第一の手紙 5:10[塚本訳]

しかしキリストにおいて君達を永遠の栄光へと召し給うたあらゆる恩恵の神は、暫く受難せねばならぬ君達を自ら武装し、強め、力づけ、堅く立て給うであろう。"

 

 

 

ローマ人への手紙 1章12節

 

 [口語訳] それは、あなたがたの中にいて、あなたがたとわたしとのお互の信仰によって、共に励まし合うためにほかならない。

 

[新改訳] というよりも、あなたがたの間にいて、あなたがたと私との互いの信仰によって、ともに励ましを受けたいのです。

 

[新共同訳] あなたがたのところで、あなたがたとわたしが互いに持っている信仰によって、励まし合いたいのです。

 [文語訳]即ち我なんぢらの中にありて、互の信仰により相共に慰められん爲なり。"

 [塚本訳]いや、あなた達のところで、お互の信仰によってあなた達もわたしも、元気づけられたいのである。

 

[前田訳]いや、あなた方の、またわたしの、お互いの信仰によって御地でともに慰められたいのです。  "

(NCV)I mean that I want us to help each other with the faith we have. Your faith will help me, and my faith will help you.

 

[解読の鍵]

ローマ人への手紙 15:32 [口語訳]また、神の御旨により、喜びをもってあなたがたの所に行き、共になぐさめ合うことができるように祈ってもらいたい。

 

コリント人への第二の手紙 7:4-7 [口語訳]わたしはあなたがたを大いに信頼し、大いに誇っている。また、あふれるばかり慰めを受け、あらゆる患難の中にあって喜びに満ちあふれている。5 さて、マケドニヤに着いたとき、わたしたちの身に少しの休みもなく、さまざまの患難に会い、外には戦い、内には恐れがあった。6 しかるに、うちしおれている者を慰める神は、テトスの到来によって、わたしたちを慰めて下さった。 7 ただ彼の到来によるばかりではなく、彼があなたがたから受けたその慰めをもって、慰めて下さった。すなわち、あなたがたがわたしを慕っていること、嘆いていること、またわたしに対して熱心であることを知らせてくれたので、わたしの喜びはいよいよ増し加わったのである。

テサロニケ人への第一の手紙 2:17-20 [口語訳]兄弟たちよ。わたしたちは、しばらくの間、あなたがたから引き離されていたので・・心においてではなく、からだだけではあるが・・なおさら、あなたがたの顔を見たいと切にこいねがった

18 だから、わたしたちは、あなたがたの所に行こうとした。ことに、このパウロは、一再ならず行こうとしたのである。それだのに、わたしたちはサタンに妨げられた。

19 実際、わたしたちの主イエスの来臨にあたって、わたしたちの望みと喜びと誇りの冠となるべき者は、あなたがたを外にして、だれがあるだろうか。

20 あなたがたこそ、実にわたしたちのほまれであり、喜びである

 

テサロニケ人への第一の手紙 3:7-10 [口語訳]兄弟たちよ。それによって、わたしたちはあらゆる苦難と艱難との中にありながら、あなたがたの信仰によって慰められた

8 なぜなら、あなたがたが主にあって堅く立ってくれるなら、わたしたちはいま生きることになるからである。

9 ほんとうに、わたしたちの神のみまえで、あなたがたのことで喜ぶ大きな喜びのために、どんな感謝を神にささげたらよいのだろうか。

10 わたしたちは、あなたがたの顔を見、あなたがたの信仰の足りないところを補いたいと、日夜しきりに願っているのである

 

テサロニケ人への第一の手紙 3:8[塚本訳](君達は私達の生命である。)君達が主に在って確く立っていれば、(私達は生きている。然り、)私達は今生きているのだ!"

 

 

 

ローマ人への手紙 1章13節

 

[文語訳]兄弟よ、我ほかの異邦人の中より得しごとく、汝らの中よりも實を得んとて、屡次(しばしば)なんぢらに往かんとしたれど、今に至りてなほ妨げらる、此の事を汝らの知らざるを欲せず。"

 

[塚本訳]兄弟たちよ、このことを知らずにいてもらいたくない。──ほかの異教人の中でと同様あなた達の中でも、何か(福音の)実を刈り取るため、わたしは幾たびもあなた達の所に行こうと思い立った。ただし今まで妨げられている。

 

[口語訳] 兄弟たちよ。このことを知らずにいてもらいたくない。わたしはほかの異邦人の間で得たように、あなたがたの間でも幾分かの実を得るためにあなたがたの所に行こうとしばしば企てたが、今まで妨げられてきた。

 

[新改訳] 兄弟たち。ぜひ知っておいていただきたい。私はあなたがたの中でも、ほかの国の人々の中で得たと同じように、いくらかの実を得ようと思って何度もあなたがたのところに行こうとしたのですが、今なお妨げられているのです。

 

[前田訳]兄弟よ、このことを知らずにはいないでください。ほかの異邦人のところでと同じく、御地でも何か実りを得るためにたびたび御地へ行こうと思い立ちましたが、今まで妨げられています。"

 

[新共同訳] 兄弟たち、ぜひ知ってもらいたい。ほかの異邦人のところと同じく、あなたがたのところでも何か実りを得たいと望んで何回もそちらに行こうと企てながら、今日まで妨げられているのです。

 

 (NCV) Brothers and sisters, I want you to know that I planned many times to come to you, but this has not been possible. I wanted to come so that I could help you grow spiritually as I have helped the other non-Jewish people.

 

 [解読の鍵]

テモテへの第二の手紙 4:17[塚本訳]しかし私によって宣教が全うされ、異教人が皆(これを)聴く(ことが出来る)ために、主は私を援け、力づけ給うて、私は“獅子の口から”救い出されたのである。

 

ピリピ人への手紙 4:17[塚本訳] これは贈り物が欲しいからではない。君達の貸の勘定を殖やす信仰の果実が欲しいのである

 

コロサイ人への手紙 1:6[塚本訳] (そして今や)この福音は君達の所まで来て、君達の間でも真に神の恩恵を聴き知った(最初の)日から、全世界におけると同様、(豊かに)果実を結び成長しているのである。"

 

テサロニケ人への第一の手紙 1:8[塚本訳] というのは、主の御言は君達から出て、ただマケドニヤとアカヤとに響いたばかりでなく、神に対する君達の信仰(が篤いと言う評判)は至る所に知れ渡っているので、私達は(今更)何も言う必要はない。

 

テサロニケ人への第一の手紙 2:18-20[口語訳] だから、わたしたちは、あなたがたの所に行こうとした。ことに、このパウロは、一再ならず行こうとしたのである。それだのに、わたしたちはサタンに妨げられた。

19 実際、わたしたちの主イエスの来臨にあたって、わたしたちの望みと喜びと誇りの冠となるべき者は、あなたがたを外にして、だれがあるだろうか。

20 あなたがたこそ、実にわたしたちのほまれであり、喜びである。

 

ローマ人への手紙 15:23-28 [口語訳]しかし今では、この地方にはもはや働く余地がなく、かつイスパニヤに赴く場合、あなたがたの所に行くことを、多年、熱望していたので、・・

24 その途中あなたがたに会い、まず幾分でもわたしの願いがあなたがたによって満たされたら、あなたがたに送られてそこへ行くことを、望んでいるのである。

25 しかし今の場合、聖徒たちに仕えるために、わたしはエルサレムに行こうとしている

26 なぜなら、マケドニアとアカヤとの人々は、エルサレムにおる聖徒の中の貧しい人々を援助することに賛成したからである。

27 たしかに、彼らは賛成した。しかし同時に、彼らはかの人々に負債がある。というのは、もし異邦人が彼らの霊の物にあずかったとすれば、肉の物をもって彼らに仕えるのは、当然だからである。

28 そこでわたしは、この仕事を済ませて彼らにこの実を手渡した後、あなたがたの所をとおって、イスパニヤに行こうと思う

 

 

 

ローマ人への手紙 1章14節

 

 [口語訳] わたしには、ギリシヤ人にも未開の人にも、賢い者にも無知な者にも、果すべき責任がある。

 

[新改訳] 私は、ギリシヤ人にも未開人にも、知識のある人にも知識のない人にも、返さなければならない負債を負っています。

 

[新共同訳] わたしは、ギリシア人にも未開の人にも知恵のある人にもない人にも、果たすべき責任があります。

 

[文語訳]我はギリシヤ人にも夷人(えびす)にも、(かしこ)き者にも愚なる者にも負債(おひめ)あり"

 

[塚本訳]わたしはギリシャ人にも野蛮人にも、教養のある者にも教養のない者にも、(福音を伝える)義務がある。

 

[前田訳]ギリシア人にも異人にも、知識人にも大衆にもわたしは責任があります。 

 

(NCV)I have a duty to all people -- Greeks and those who are not Greeks, the wise and the foolish.

 

[解読の鍵]

 

使徒行伝 9:15[塚本訳] 主が彼に言われた、「(恐れることはない。)行け。あの人は、異教人と王たちとイスラエルの子孫との前に、わたしの名を運んでゆく(ために選んだ)わたしの選びの器であるから。

 

使徒行伝 22:21[塚本訳] 主はわたしに言われた、『行け、わたしが君を遠く異教人につかわすのだから。』」

 

使徒行伝 26:17-18 [口語訳]わたしは、この国民と異邦人との中から、あなたを救い出し、あらためてあなたを彼らにつかわすが、

18 それは、彼らの目を開き、彼らをやみから光へ、悪魔の支配から神のみもとへ帰らせ、また、彼らが罪のゆるしを得、わたしを信じる信仰によって、聖別された人々に加わるためである』。

 

ローマ人への手紙 16:19[塚本訳]なぜなら、あなた達の(福音に対する)従順は、すべての人に知れ渡っているのだから。そのことをわたしはあなた達のために喜ぶが、善いことに対しては知恵があり、悪いことに対しては純真であってもらいたい。"

 

マタイによる福音書 11:25[塚本訳] その時イエスは声をはげまして言われた、「天地の主なるお父様、(神の国の秘密に関する)これらのことを(この世の)賢い人、知恵者に隠して、幼児(のような人たち)にあらわされたことを、讃美いたします。"

 

ルカによる福音書 10:21[塚本訳] この時イエスは聖霊にみたされ、感激にあふれて言われた、「天地の主なるお父様、(神の国の秘密に関する)これらのことを(この世の)賢い人、知恵者に隠して、幼児(のような人たち)にあらわされたことを、讃美いたしますほんとうに、お父様、そうなるのがあなたの御心でした。

 

コリント人への第一の手紙 1:19-21[口語訳] すなわち、聖書に、「わたしは知者の知恵を滅ぼし、賢い者の賢さをむなしいものにする」と書いてある

20 知者はどこにいるか。学者はどこにいるか。この世の論者はどこにいるか。神はこの世の知恵を、愚かにされたではないか。

21 この世は、自分の知恵によって神を認めるに至らなかった。それは、神の知恵にかなっている。そこで神は、宣教の愚かさによって、信じる者を救うこととされたのである。

 

 

 

ローマ人への手紙 1章15節

  [口語訳] そこで、わたしとしての切なる願いは、ローマにいるあなたがたにも、福音を宣べ伝えることなのである。

 

[新改訳] ですから、私としては、ローマにいるあなたがたにも、ぜひ福音を伝えたいのです。

 

[新共同訳] それで、ローマにいるあなたがたにも、ぜひ福音を告げ知らせたいのです。

 

[文語訳]この故に我はロマに在る汝らにも福音を宣傳へんことを頻りに願ふなり。"

 

[塚本訳]だからローマのあなた達にも福音を伝えることが、わたしの願いである

 

[前田訳]それでローマのあなた方にも福音を伝えたいのです。"

 

(NCV)That is why I want so much to preach the Good News to you in Rome.

 

 

コリント人への第一の手紙 1:21 [口語訳]

この世は、自分の知恵によって神を認めるに至らなかった。それは、神の知恵にかなっている。そこで神は、宣教の愚かさによって、信じる者を救うこととされたのである。

 

[塚本訳]

なぜなら、(この)世(の人)が自分の知恵により(判断し)、神の知恵(の現われである御業)において神を認めることをしないので、神は馬鹿な(ことと見える十字架の)説教によって信ずる者(だけ)を救おうと、お決めになったからである。"

 

マタイによる福音書 11:25[塚本訳]

その時イエスは声をはげまして言われた、「天地の主なるお父様、(神の国の秘密に関する)これらのことを(この世の)賢い人、知恵者に隠して、幼児(のような人たち)にあらわされたことを、讃美いたします"

 

コリント人への第一の手紙 1:18[塚本訳]

なぜか。この十字架についての言葉は、滅びゆく者には馬鹿なことであるが、わたし達救われる者には、神の力(の現われ)であるから。"

 

コリント人への第二の手紙 5:13-14[塚本訳]

なぜなら、もし(非難されているように)わたし達が「気が狂った」のなら、神に対して(熱心だから)である。もし正気なら、あなた達に対して(そのためを考えるから)である。

14なぜというか。キリストの愛がわたし達を駆り立てるからである。わたし達はこう考える、・・ただの一人の人(キリスト)がすべての人の身代りに死なれた、従ってすべての人は(キリストと一緒に一度)死んだのである、"

 

ペテロの第一の手紙 1:8-10の第一の手紙 1:8-10

 あなたがたは、イエス・キリストを見たことはないが、彼を愛している。現在、見てはいけないけれども、信じて、言葉につくせない、輝きにみちた喜びにあふれている。

9 それは、信仰の結果なるたましいの救を得ているからである。

10 この救については、あなたがたに対する恵みのことを預言した預言者たちも、たずね求め、かつ、つぶさに調べた。

 

ローマ人への手紙 1:16[塚本訳]わたしは(決して)福音を恥じない。福音は神の力で、これを信ずる者を一人のこらず、すなわち、まずユダヤ人、次に異教人を、救いに入れるからである。"

 

 

 

ローマ人への手紙 1章16節

  [口語訳] わたしは福音を恥としない。それは、ユダヤ人をはじめ、ギリシヤ人にも、すべて信じる者に、救を得させる神の力である。

 

[新改訳] 私は福音を恥とは思いません。福音は、ユダヤ人をはじめギリシヤ人にも、信じるすべての人にとって、救いを得させる神の力です。

 

[新共同訳] わたしは福音を恥としない。福音は、ユダヤ人をはじめ、ギリシア人にも、信じる者すべてに救いをもたらす神の力だからです。

 

[文語訳]我は福音を恥とせず、この福音はユダヤ人を始めギリシヤ人にも、凡て信ずる者に救を得さする神の力たればなり。"

 [塚本訳]わたしは(決して)福音を恥じない。福音は神の力で、これを信ずる者を一人のこらず、すなわち、まずユダヤ人、次に異教人を、救いに入れるからである。

 [前田訳]わたしは福音を恥じません。これは神の力で、まずユダヤ人、さらにギリシア人をも、すなわち、信ずる者すべてを救うからです。"

 (NCV) I am proud of the Good News, because it is the power God uses to save everyone who believes -- to save the Jews first, and also to save those who are not Jews.

 

ルカによる福音書 2:10-11[口語訳]

 御使は言った、「恐れるな。見よ、すべての民に与えられる大きな喜びを、あなたがたに伝える。

11 きょうダビデの町に、あなたがたのために救主がお生れになった。このかたこそ主なるキリストである。

 

ローマ人への手紙 2:9-10[口語訳]

 悪を行うすべての人には、ユダヤ人をはじめギリシャ人にも、患難と苦悩とが与えられ、

10 善を行うすべての人には、ユダヤ人をはじめギリシャ人にも、光栄とほまれと平安とが与えられる。

 

ローマ人への手紙 10:17-18[塚本訳]

17〔だから、(いま言ったように、)信仰は(福音を)聞くことから、聞くことはキリストの(伝道の)命令から生まれる。〕

 

コリント人への第一の手紙 1:18[塚本訳]

なぜか。この十字架についての言葉は、滅びゆく者には馬鹿なことであるが、わたし達救われる者には、神の力(の現われ)であるから。

 

コリント人への第一の手紙 2:4[塚本訳]

そしてわたしの話も説教も、人を感服させる知恵の言葉によらずに(神の)霊と力との(直接の)立証によった

 

 

 

ローマ人への手紙 1章17節

 

[口語訳] 神の義は、その福音の中に啓示され、信仰に始まり信仰に至らせる。これは、「信仰による義人は生きる」と書いてあるとおりである。

 

[新改訳] なぜなら、福音のうちには神の義が啓示されていて、その義は、信仰に始まり信仰に進ませるからです。「義人は信仰によって生きる。」と書いてあるとおりです。

 [新共同訳] 福音には、神の義が啓示されていますが、それは、初めから終わりまで信仰を通して実現されるのです。「正しい者は信仰によって生きる」と書いてあるとおりです。

 [文語訳]神の義はその福音のうちに顯れ、信仰より出でて信仰に進ましむ。録して『義人は信仰によりて生くべし』とある如し。

 [塚本訳]信仰から出て信仰に終る、(徹頭徹尾信仰本意の)神の義が、この福音において現わされているからである。“信仰による義人は生きる”と(聖書に)書いてあるとおりである。"

 [前田訳]そこに、信仰から信仰へという神の義が示されています。聖書に、「信仰による義人は生きる」とあるとおりです。"

 (NCV)The Good News shows how God makes people right with himself -- that it begins and ends with faith. As the Scripture says, "But those who are right with God will live by trusting in him."

 

[解読の鍵]

ハバクク書 2:4 [口語訳]

見よ、その魂の正しくない者は衰える。しかし義人はその信仰によって生きる

 

ヨハネによる福音書 3:36[塚本訳]

(だから従順に)御子を信ずる者は永遠の命を持つが、御子に不従順な者は命にはいることができないばかりか、神の怒りがその人からはなれない。」

 

ヨハネによる福音書 3:16[塚本訳]

そのゆえは、神はその独り子を賜わったほどにこの世を愛されたのである。これはその独り子を信ずる者が一人も滅びず、永遠の命を持つことができるためである。

 

ヨハネによる福音書 1:12 [口語訳] しかし、彼を受けいれた者、すなわち、その名を信じた人々には、彼は神の子となる力を与えたのである。

 

ローマ人への手紙 3:21[塚本訳]

しかしながら今、律法に関係なく、神の義は現わされた。しかし律法と預言書と[聖書]によって(すでに)証しされているものである。"

 

ガラテヤ人への手紙 3:11 [口語訳]そこで、律法によっては、神のみまえに義とされる者はひとりもないことが、明らかである。なぜなら、「信仰による義人は生きる」からである。

 

ピリピ人への手紙 3:9[口語訳]

 律法による自分の義ではなく、キリストを信じる信仰による義、すなわち、信仰に基く神からの義を受けて、キリストのうちに自分を見いだすようになるためである。

 

 

 

ローマ人への手紙 1章18節

 

[口語訳] 神の怒りは、不義をもって真理をはばもうとする人間のあらゆる不信心と不義とに対して、天から啓示される

 

[新改訳] というのは、不義をもって真理をはばんでいる人々のあらゆる不敬虔と不正に対して、神の怒りが天から啓示されているからです。

 

[新共同訳] 不義によって真理の働きを妨げる人間のあらゆる不信心と不義に対して、神は天から怒りを現されます

 

[文語訳]それ神の怒は、不義をもて眞理を阻む人の、もろもろの不虔と不義とに對ひて天より顯る。"

 

[塚本訳]なぜ(この福音が必要であった)か。人々が不道徳をもって真理を押えつけているので、神の怒りが彼らのあらゆる不信と不道徳とに対して、天から現わされているからである。"

 

[前田訳]神の怒りは人々のあらゆる不信と不義に対して天から示されています。人々は真理を不義で押えています。  "

 

(NCV)God's anger is shown from heaven against all the evil and wrong things people do. By their own evil lives they hide the truth.

 

[解読の鍵]

ヨハネによる福音書 3:19-21[新共同訳]

19光が世に来たのに、人々はその行いが悪いので、光よりも闇の方を好んだ。それが、もう裁きになっている

20 悪を行う者は皆、光を憎み、その行いが明るみに出されるのを恐れて、光の方に来ないからである。

21 しかし、真理を行う者は光の方に来る。その行いが神に導かれてなされたということが、明らかになるために。

 

ローマ人への手紙 1:28[塚本訳]

こうして彼らは神を知ることを役に立たぬものと考えたので、神の方でも、彼らの心が役に立たなくなるに任せられた。その結果彼らは(人として)なすべからざることをするようになったのである。"

 

ルカによる福音書 12:46-47[口語訳]

46その僕の主人は思いがけない日、気がつかない時に帰って来るであろう。そして、彼を厳罰に処して、不忠実なものたちと同じ目にあわせるであろう

47主人のこころを知っていながら、それに従って用意もせず勤めもしなかった僕は、多くむち打たれるであろう。

 

 

 

ローマ人への手紙 1章19節

 

[口語訳] なぜなら、神について知りうる事がらは、彼らには明らかであり、神がそれを彼らに明らかにされたのである。

 

[新改訳] なぜなら、神について知りうることは、彼らに明らかであるからです。それは神が明らかにされたのです。

 

[新共同訳] なぜなら、神について知りうる事柄は、彼らにも明らかだからです。神がそれを示されたのです。

 

[文語訳]

その故は、神につきて知り得べきことは彼らに顯著なればなり、神これを顯し給へり"

 

[塚本訳]

というのは、神について知り得るほどのことは、彼らに明らかなのである。神が現わしてくださったから。"

[前田訳]そもそも神について知りうることは人々に明らかです。それは、神が彼らに現われたもうたからです。"

 

(NCV)God shows his anger because some knowledge of him has been made clear to them. Yes, God has shown himself to them.

 

[解読の鍵]

ローマ人への手紙 1:20[塚本訳] すなわち神の性質は、永遠の能力も神性も、人の目には見えないものであるが、世界創造の時から、理性の目をもって造られた物の中に見ることができるのである。従って(全然)言い訳は立たない。

 

詩篇 19:1-4 【聖歌隊の指揮者によってうたわせたダビデの歌】[口語訳]

もろもろの天は神の栄光をあらわし、大空はみ手のわざをしめす。

2 この日は言葉をかの日につたえ、この夜は知識をかの夜につげる。

3 話すことなく、語ることなく、その声も聞えないのに、

4 その響きは全地にあまねく、その言葉は世界のはてにまで及ぶ。神は日のために幕屋を天に設けられた。

 

詩篇 19:13-15[新共同訳]  知らずに犯した過ち、隠れた罪からどうかわたしを清めてください。 14 あなたの僕を驕りから引き離し支配されないようにしてください。そうすれば、重い背きの罪から清められ、わたしは完全になるでしょう。 15 どうか、わたしの口の言葉が御旨にかない、心の思いが御前に置かれますように。主よ、わたしの岩、わたしの贖い主よ。

 

詩篇 8:4-5 [新共同訳] 

4あなたの天を、あなたの指の業をわたしは仰ぎます。月も、星も、あなたが配置なさったもの。 5 そのあなたが御心に留めてくださるとは人間は何ものなのでしょう。人の子は何ものなのでしょうあなたが顧みてくださるとは。

使徒行伝 17:23[塚本訳]その証拠には、町を通りながらあなた達の聖殿を注意して見ていたところ、知らぬ神に(献ずる)という銘のある祭壇すらありました。だからあなた達が(こうして)知らずに敬っているもの、それをわたしは伝えよう。

 

ヨハネによる福音書 1:9-10 [塚本訳]

すべての人を照すまことの光があって、世にきた。

10 彼は世にいた。そして、世は彼によってできたのであるが、世は彼を知らずにいた

 

 

 

ローマ人への手紙 1章20節

 

[口語訳] 神の見えない性質、すなわち、神の永遠の力と神性とは、天地創造このかた、被造物において知られていて、明らかに認められるからである。したがって、彼らには弁解の余地がない。

 

[新改訳] 神の、目に見えない本性、すなわち神の永遠の力と神性は、世界の創造された時からこのかた、被造物によって知られ、はっきりと認められるのであって、彼らに弁解の余地はないのです。

 

[新共同訳] 世界が造られたときから、目に見えない神の性質、つまり神の永遠の力と神性は被造物に現れており、これを通して神を知ることができます。従って、彼らには弁解の余地がありません。

 

[文語訳]それ神の見るべからざる永遠の能力と神性とは、造られたる物により世の創より悟りえて明かに見るべければ、彼ら言ひ遁るる術なし。

 

[塚本訳]すなわち神の性質は、永遠の能力も神性も、人の目には見えないものであるが、世界創造の時から、理性の目をもって造られた物の中に見ることができるのである。従って(全然)言い訳は立たない。

 

[前田訳]というのは、神の見えぬ諸性質すなわち彼の永遠の力と神性は、世の創造以来、いろいろなみわざのうちに人々に感得されて見えているのです。したがって人々はいいわけできません。

 

 (NCV)There are things about him that people cannot see -- his eternal power and all the things that make him God. But since the beginning of the world those things have been easy to understand by what God has made. So people have no excuse for the bad things they do.

 

[解読の鍵]

詩篇 8:4 [新共同訳]あなたの天を、あなたの指の業をわたしは仰ぎます。月も、星も、あなたが配置なさったもの

 

詩篇 33:6 [新共同訳]

御言葉によって天は造られ、主の口の息吹きによって天の万象は造られた

 

詩篇 139:13-15 [口語訳]あなたはわが内臓をつくり、わが母の胎内でわたしを組み立てられました。

 

 

 

ローマ人への手紙 1章21節

 

 

[口語訳] なぜなら、彼らは神を知っていながら、神としてあがめず、感謝もせず、かえってその思いはむなしくなり、その無知な心は暗くなったからである。

 

[新改訳] というのは、彼らは、神を知っていながら、その神を神としてあがめず、感謝もせず、かえってその思いはむなしくなり、その無知な心は暗くなったからです。

 

[新共同訳] なぜなら、神を知りながら、神としてあがめることも感謝することもせず、かえって、むなしい思いにふけり、心が鈍く暗くなったからです。

 

[文語訳]神を知りつつも尚これを神として崇めず、感謝せず、その念は虚しく、その愚かなる心は暗くなれり

 

[塚本訳]彼らは神を知っていながら、神として賛美せず、感謝をささげず、かえってその考えは空虚になり、その愚かな心は(ますます)暗くなったからである。

 

[前田訳]人々は神を知りながら神として栄化し感謝せず、自分の考えに迷わされてむなしくなり、そのまちがった心は暗くなりました

 

(NCV)They knew God, but they did not give glory to God or thank him. Their thinking became useless. Their foolish minds were filled with darkness.

 

[解読の鍵]

ヨハネによる福音書 3:19[新共同訳]  光が世に来たのに、人々はその行いが悪いので、光よりも闇の方を好んだ。それが、もう裁きになっている。

 

ルカによる福音書 17:15-18[塚本訳]

15ところでそのうちの一人は自分が直ったのを見ると、大声で神を讃美しながら帰ってきて、

16イエスの足下にひれ伏してお礼を言った。それはサマリヤ人であった。"

17イエスは言われた、「十人とも清められたのではなかったか。九人はどこにいるか。"

18この外国人一人のほかには、(九人のユダヤ人のうちに)帰ってきて神に栄光を帰する者はだれもないのか。」"

 

創世記 6:5[口語訳]

創世記 6:5 主は人の悪が地にはびこり、すべてその心に思いはかることが、いつも悪い事ばかりであるのを見られた。

 

 

 

ローマ人への手紙 1章22節

 

 [口語訳] 彼らは自ら知者と称しながら、愚かになり

 

[新改訳] 彼らは、自分では知者であると言いながら、愚かな者となり

 

[新共同訳] 自分では知恵があると吹聴しながら愚かになり

 

[文語訳]自ら(かしこ)しと稱へて愚かとなり

[塚本訳]自分では賢いと言っているが、馬鹿になっている

[前田訳]自分では賢いといいながら愚かになり

(NCV)They said they were wise, but they became fools.

 

[解読の鍵]

箴言 26:12[新共同訳]  自分を賢者と思い込んでいる者を見たか。彼よりは愚か者の方がまだ希望が持てる

 

マタイによる福音書 6:23[塚本訳]

目が悪いと、体全体が暗い。だから(天に宝を積まないため、)もしあなたの内の光(である目、すなわち心)が暗かったら、その暗さはどんなであろう

 

コリント人への第一の手紙 1:19-21[新共同訳] それは、こう書いてあるからです。「わたしは知恵ある者の知恵を滅ぼし、賢い者の賢さを意味のないものにする。」

20 知恵のある人はどこにいる。学者はどこにいる。この世の論客はどこにいる。神は世の知恵を愚かなものにされたではないか。

21 世は自分の知恵で神を知ることができませんでした。それは神の知恵にかなっています。そこで神は、宣教という愚かな手段によって信じる者を救おうと、お考えになったのです。

コリント人への第一の手紙 3:18[塚本訳] だれでも自分をごまかしてはならない。あなた達の中にこの世で知恵者だと思う者があるなら、まず馬鹿になれ。(本当の)知恵者になるために。"

エレミヤ書 10:14[新共同訳]

人は皆、愚かで知識に達しえない。金細工人は皆、偶像のゆえに辱められる。鋳て造った像は欺瞞にすぎず霊を持っていない。

 

箴言 26:12-13 [新共同訳] 自分を賢者と思い込んでいる者を見たか。彼よりは愚か者の方がまだ希望が持てる。

13 怠け者は言う、「道に獅子が、広場に雄獅子が」と。

 

コリント人への第一の手紙 1:19-21[塚本訳]

19(聖書に)こう書いてあるではないか、“知恵者の知恵をわたしは滅ぼし、賢い者の賢さをわたしは無にする”と。

20“どこに知恵者が”、“どこに聖書学者が、どこに”この世の議論家がいるのか。神は(この)世の“知恵を馬鹿なものにされた”ではないか。"

21なぜなら、(この)世(の人)が自分の知恵により(判断し)、神の知恵(の現われである御業)において神を認めることをしないので、神は馬鹿な(ことと見える十字架の)説教によって信ずる者(だけ)を救おうと、お決めになったからである。"

 

コリント人への第一の手紙 1:23-25 [新共同訳] わたしたちは、十字架につけられたキリストを宣べ伝えています。すなわち、ユダヤ人にはつまずかせるもの、異邦人には愚かなものですが、

24 ユダヤ人であろうがギリシア人であろうが、召された者には、神の力、神の知恵であるキリストを宣べ伝えているのです。

 

コリント人への第一の手紙 2:4-8[新共同訳]  わたしの言葉もわたしの宣教も、知恵にあふれた言葉によらず、”霊”と力の証明によるものでした。

5 それは、あなたがたが人の知恵によってではなく、神の力によって信じるようになるためでした。

6 しかし、わたしたちは、信仰に成熟した人たちの間では知恵を語ります。それはこの世の知恵ではなく、また、この世の滅びゆく支配者たちの知恵でもありません。

7 わたしたちが語るのは、隠されていた、神秘としての神の知恵であり、神がわたしたちに栄光を与えるために、世界の始まる前から定めておられたものです。

8 この世の支配者たちはだれ一人、この知恵を理解しませんでした。もし理解していたら、栄光の主を十字架につけはしなかったでしょう。

 

 25 神の愚かさは人よりも賢く、神の弱さは人よりも強いからです。

 

 

 

ローマ人への手紙 1章23節

 

 [口語訳] 不朽の神の栄光を変えて、朽ちる人間や鳥や獣や這うものの像に似せたのである。

 

[新改訳] 不滅の神の御栄えを、滅ぶべき人間や、鳥、獣、はうもののかたちに似た物と代えてしまいました。

 

[新共同訳] 滅びることのない神の栄光を、滅び去る人間や鳥や獣や這うものなどに似せた像と取り替えたのです。

 

[文語訳]朽つることなき神の榮光を易へて、朽つべき人および禽獸・匍ふ物に似たる像となす。

 

[塚本訳]その証拠には、朽ちぬ“栄光”の神“の代りに、”朽ちはてる人間や鳥や四足や長虫の“像を”おがんでいる。

 

[前田訳]朽ちぬ神の栄光と朽ちる人や鳥や獣や虫の像をとりちがえています。

 (NCV)They traded the glory of God who lives forever for the worship of idols made to look like earthly people, birds, animals, and snakes.

 

[解読の鍵]

ローマ人への手紙 1:25 [新共同訳] 神の真理を偽りに替え、造り主の代わりに造られた物を拝んでこれに仕えたのです。造り主こそ、永遠にほめたたえられるべき方です、アーメン。

詩篇 106:20[口語訳]彼らは神の栄光を草を食う牛の像と取り替えた。

 

エレミヤ書 2:11[口語訳]その神を神ではない者に取り替えた国があろうか。ところが、わたしの民はその栄光を益なきものと取り替えた。

 

イザヤ書 44:13 [新共同訳] 木工は寸法を計り、石筆で図を描き、のみで削り、コンパスで図を描き、人の形に似せ、人間の美しさに似せて作り、神殿に置く

 

使徒行伝 17:29[塚本訳] だから、わたし達は神の子孫、(すなわち神に造られた者)である以上、神性を金や銀や石など、(わたし達)人間の技巧や考えで刻んだものに似ていると考えてはならない。

 

コリント人への第一の手紙 12:2[口語訳] あなたがたがまだ異邦人であった時、誘われるまま、物の言えない偶像のところに引かれて行ったことは、あなたがたの承知しているとおりである。

 

ペテロの第一の手紙 4:3 [新共同訳] かつてあなたがたは、異邦人が好むようなことを行い、好色、情欲、泥酔、酒宴、暴飲、律法で禁じられている偶像礼拝などにふけっていたのですが、もうそれで十分です。

 

 

 

ローマ人への手紙 1章24節

 

 [口語訳] ゆえに、神は、彼らが心の欲情にかられ、自分のからだを互にはずかしめて、汚すままに任せられた

 

[新改訳] それゆえ、神は、彼らをその心の欲望のままに汚れに引き渡され、そのために彼らは、互いにそのからだをはずかしめるようになりました。

 

[新共同訳] そこで神は、彼らが心の欲望によって不潔なことをするにまかせられ、そのため、彼らは互いにその体を辱めました。

 

[文語訳]この故に神は彼らを其の心の欲にまかせて、互にその身を辱しむる汚穢に付し給へり。

 [塚本訳]だから神は、彼らが情欲にかられて不品行を行うに任せられた。自分で自分の体を辱しめさせるためである。

 

 [前田訳]それゆえ神は彼らが心の欲によって不潔をなすにまかせられました。彼ら自ら体をはずかしめるためです。

 (NCV)Because they did these things, God left them and let them go their sinful way, wanting only to do evil. As a result, they became full of sexual sin, using their bodies wrongly with each other.

 

[解読の鍵]

詩篇 81:11-12 [口語訳]しかしわが民はわたしの声に聞き従わず、イスラエルはわたしを好まなかった。

12 それゆえ、わたしは彼らをそのかたくなな心にまかせ、その思いのままに行くにまかせた。

 

ホセア書 4:17-18 エフライムは偶像に結びつらなった。そのなすにまかせよ

18 彼らは酒宴のとりことなり、淫行にふけっている。彼らはその光栄よりも恥を愛する。

 

マタイによる福音書 15:13-14[塚本訳]

13イエスは答えられた、「わたしの天の父上がお植えにならないものは皆、引き抜かれる。

14あの人たちを放っておけ。盲人の手引をする盲人だ。盲人が盲人の手引をすれば、二人とも穴に落ちよう。」

 

エペソ人への手紙 4:17-18 [塚本訳]

17(かく君達はキリストの体を建てねばならないの)だから、

(今)私は主にあってこのことを言いまた厳命する・・君達は最早、異教人が空っぽの考えで歩いているように歩いてはならない。"

18彼らは理解力が曇っており、彼らの中に在る無知の故に、またその頑迷な心の故に、神の(賜わる永遠の)生命に縁無き者となっている。"

 

 

 

ローマ人への手紙 1章25節

 

  [口語訳] 彼らは神の真理を変えて虚偽とし、創造者の代りに被造物を拝み、これに仕えたのである。創造者こそ永遠にほむべきものである、アァメン。

 

[新改訳] それは、彼らが神の真理を偽りと取り代え、造り主の代わりに造られた物を拝み、これに仕えたからです。造り主こそ、とこしえにほめたたえられる方です。アーメン。

 

[新共同訳] 神の真理を偽りに替え、造り主の代わりに造られた物を拝んでこれに仕えたのです。造り主こそ、永遠にほめたたえられるべき方です、アーメン。

 

[文語訳]彼らは神の眞を()へて虚僞(いつはり)となし、造物主(つくりぬし)()きて造られたる物を拜し、且これに事ふ、造物主は永遠に讃むべき者なり、アァメン。

 

[塚本訳]彼らは真の神を偽りの神(偶像)にかえて、造物者の代りに創造物を崇めもしおがみもしたからである。造物者こそ永遠に賛美すべきである、アーメン。

 

[前田訳]彼らは神の真理を偽りにかえ、創造主のかわりに被造物をあがめ、かつ拝みました。創造主こそとこしえに讃むべきです、アーメン。

 

(NCV)They traded the truth of God for a lie. They worshiped and served what had been created instead of the God who created those things, who should be praised forever. Amen.

 

[解読の鍵]

マタイによる福音書 6:24[塚本訳] (わたし達の心は天か地かに引かれる。)だれも(同時に)二人の主人に仕えることは出来ない。こちらを憎んであちらを愛するか、こちらに親しんであちらを疎んじるか、どちらかである。あなた達は神と富とに仕えることは出来ない。"

 

マタイによる福音書 10:37[塚本訳] わたしよりも父や母を愛する者は、わたし(の弟子たる)に適しない。わたしよりも息子や娘を愛する者は、わたし(の弟子たる)に適しない。

 

 

 

ローマ人への手紙 1章26節

 

[口語訳] それゆえ、神は彼らを恥ずべき情欲に任せられた。すなわち、彼らの中の女は、その自然の関係を不自然なものに代え、

 

 [新改訳] こういうわけで、神は彼らを恥ずべき情欲に引き渡されました。すなわち、女は自然の用を不自然なものに代え、

 

[新共同訳] それで、神は彼らを恥ずべき情欲にまかせられました。女は自然の関係を自然にもとるものに変え、

 

[文語訳]之によりて神は彼らを恥づべき慾に(わた)し給へり。即ち女は順性の用を易へて逆性の用となし、

 

[塚本訳]このゆえに神は彼らが恥ずべき肉欲におぼれるに任せられた。すなわち、女はその自然の交わりを不自然な交わりにかえ、

 

[前田訳]このゆえに神は彼らを恥ずべき官能におまかせでした。女性はその自然な交わりを不自然な交わりにかえ、"

 

 (NCV)Because people did those things, God left them and let them do the shameful things they wanted to do. Women stopped having natural sex and started having sex with other women.

 

[解読の鍵]

レビ記 18:22[口語訳]あなたは女と寝るように男と寝てはならない。これは憎むべきことである。

 

申命記 23:17-18 [口語訳]イスラエルの女子は神殿娼婦となってはならない。またイスラエルの男子は神殿男娼となってはならない

18 娼婦の得た価または男娼の価をあなたの神、主の家に携えて行って、どんな誓願にも用いてはならない。これはともにあなたの神、主の憎まれるものだからである

 

コリント人への第一の手紙 6:8-10 [塚本訳]

8あなた達は自分の方でかえって不正をし、奪い取っている、しかも兄弟たちに対して。"

9それとも、不正な人たちは神の国を相続しないことを、あなた達は知らないのか。思い違いをするな。不品行な者も、偶像礼拝者も、姦淫する者も、男娼も、男色をする者も、"

10泥坊も、貪欲な者も、大酒飲み、罵る者、掠奪者も、神の国を相続することはない

 

エペソ人への手紙 5:12-13 彼らがひそかに行っているのは、口にするのも恥ずかしいことなのです。 13 しかし、すべてのものは光にさらされて、明らかにされます

 

 

 

ローマ人への手紙 1章27節

 

 [口語訳] 男もまた同じように女との自然の関係を捨てて、互にその情欲の炎を燃やし、男は男に対して恥ずべきことをなし、そしてその乱行の当然の報いを、身に受けたのである。

 [新改訳] 同じように、男も、女の自然な用を捨てて男どうしで情欲に燃え、男が男と恥ずべきことを行なうようになり、こうしてその誤りに対する当然の報いを自分の身に受けているのです。

 [新共同訳] 同じく男も、女との自然の関係を捨てて、互いに情欲を燃やし、男どうしで恥ずべきことを行い、その迷った行いの当然の報いを身に受けています

 [文語訳]男もまた同じく女の順性の用を棄てて互に情慾を熾し、男と男と恥づることを行ひて、その迷に値すべき報を己が身に受けたり

 [塚本訳] 同じく男も女との自然の交わりをすてて互に情熱をもやし、男と男とが恥ずべきことを行い、迷いに対する当然の報いをその身に受けている

 [前田訳]同じく男性も女性との自然な交わりを捨てて互いに情を燃やし、男性と男性とが恥ずべきことを行ない、まちがいの当然の報いを身に受けています

 (NCV)In the same way, men stopped having natural sex and began wanting each other. Men did shameful things with other men, and in their bodies they received the punishment for those wrongs.

 

 [解読の鍵]

ローマ人への手紙 1: 24 ゆえに、神は、彼らが心の欲情にかられ、自分のからだを互いにはずかしめて、汚すままに任せられた。

 

 

 

ローマ人への手紙 1章28節

 

 [口語訳] そして、彼らは神を認めることを正しいとしなかったので、神は彼らを正しからぬ思いにわたし、なすべからざる事をなすに任せられた

 

[新改訳] また、彼らが神を知ろうとしたがらないので、神は彼らを良くない思いに引き渡され、そのため彼らは、してはならないことをするようになりました。

 

[新共同訳] 彼らは神を認めようとしなかったので、神は彼らを無価値な思いに渡され、そのため、彼らはしてはならないことをするようになりました。

 

 [文語訳]また神を心に()むるを善しとせざれば、神もその邪曲(よこしま)なる心の(まま)()まじき事をするに任せ給へり

 

 [塚本訳]こうして彼らは神を知ることを役に立たぬものと考えたので、神の方でも、彼らの心が役に立たなくなるに任せられた。その結果彼らは(人として)なすべからざることをするようになったのである

 

[前田訳]彼らは神を知ることを無価値としましたので、神も彼らを無価値な精神におまかせでした。それで、彼らはしてならぬことをしました 

 (NCV) People did not think it was important to have a true knowledge of God. So God left them and allowed them to have their own worthless thinking and to do things they should not do.

 

[解読の鍵]

ローマ人への手紙 1:21[塚本訳]

彼らは神を知っていながら、神として賛美せず、感謝をささげず、かえってその考えは空虚になり、その愚かな心は(ますます)暗くなったからである

 

ヨブ記 21:14-15 [新共同訳] 彼らは神に向かって言う。「ほうっておいてください。あなたに従う道など知りたくもない。

15 なぜ、全能者に仕えなければならないのか神に祈って何になるのか。

 

箴言 1:7-8[口語訳] 主を恐れることは知識のはじめである、愚かな者は知恵と教訓を軽んじる。 8 わが子よ、あなたは父の教訓を聞き、母の教を捨ててはならない。

 

コリント人への第二の手紙 4:4[塚本訳] 彼らの場合、この不信者たちの考えをこの世の神(である悪魔)が盲にして、神の影像である救世主の栄光をつげる福音の光を見ることができないようにしたのである。

 

コリント人への第二の手紙 10:4-5[塚本訳] なぜなら、わたし達の戦いの武器は人間的のものではなく、(霊の武器であり、)神のために(あくまで)強力であって、(福音の邪魔をするすべての)砦を打ち破るからである。わたし達は(すべての)詭弁と、"05神を知る知識に逆らい立つすべての(高慢の)櫓とを打ち破り、すべての(悪魔の)たくらみを捕虜にして、従順にキリストを受けいれさせようとしているのである。"

 

 

 

ローマ人への手紙 1章29節

 

  [口語訳] すなわち、彼らは、あらゆる不義と悪と貪欲と悪意とにあふれ、ねたみと殺意と争いと詐欺と悪念とに満ち、また、ざん言する者、

 

[新改訳] 彼らは、あらゆる不義と悪とむさぼりと悪意とに満ちた者、ねたみと殺意と争いと欺きと悪だくみとでいっぱいになった者、陰口を言う者、

 

[新共同訳] あらゆる不義、悪、むさぼり、悪意に満ち、ねたみ、殺意、不和、欺き、邪念にあふれ、陰口を言い、

 

[文語訳]即ちもろもろの不義・惡・慳貧(むさぼり)・惡意にて滿つる者、また嫉妬・殺意・紛爭・詭計・惡念の溢るる者、

 

[塚本訳]彼らはあらゆる不道徳・悪意・欲張り・悪念に満ちた者、妬み・人殺し・喧嘩・悪巧み・よこしまで一ぱいな者、陰口をきく者、

 

[前田訳]彼らはあらゆる不義、悪意、むさぼり、悪念に満ちたもの、妬み、人殺し、争い、悪巧み、邪念でいっぱいのもの、陰口をいうもの、

 

(NCV)They are filled with every kind of sin, evil, selfishness, and hatred. They are full of jealousy, murder, fighting, lying, and thinking the worst about each other.

 

[解読の鍵]

 

ローマ人への手紙 3:10[塚本訳]

(聖書に)こう書いてある。・・“正しい人がいない、一人もいない、"

 

詩篇 41:7 [口語訳]

すべてわたしを憎む者はわたしについて共にささやき、わたしのために災いを思いめぐらす。

 

箴言 16:28-30 [口語訳]

偽る者は争いを起し、つげ口する者は親しい友を離れさせる。

29 しえたげる者はその隣り人をいざない、これを良くない道に導く。

30 めくばせする者は悪を計り、くちびるを縮める者は悪事をなし遂げる。

 

箴言 26:20-22 [新共同訳]

木がなければ火は消える。陰口を言う者が消えればいさかいは鎮まる。

21 炎には炭、火には木、争いを燃え上がらせるのはいさかい好きな者

22 陰口は食べ物のように呑み込まれ、腹の隅々に下って行く。

 

コリント人への第二の手紙 12:20[塚本訳]

 なぜなら、わたしが行って、わたしが願っているようでないあなた達を見たり、あなた達が願っていないような(きびしい)わたしをあなた達に見られることがあってはと、心配しているのだから。すなわち、(まだあなた達の間に)争い、嫉妬、激怒、利己的行動、そしり、陰口、高ぶり、無秩序(など)があってはと、心配している。"

 

 

 

ローマ人への手紙 1章30節

 

 [口語訳] そしる者、神を憎む者、不遜な者、高慢な者、大言壮語する者、悪事をたくらむ者、親に逆らう者となり、

 

[新改訳] そしる者、神を憎む者、人を人と思わぬ者、高ぶる者、大言壮語する者、悪事をたくらむ者、親に逆らう者、

 

[新共同訳] 人をそしり、神を憎み、人を侮り、高慢であり、大言を吐き、悪事をたくらみ、親に逆らい、

 

[文語訳]讒言(ざんげん)する者・(そし)る者・神に憎まるる者・侮る者・高ぶる者・誇る者・惡事を企つる者・父母に逆ふ者、

 

[塚本訳]悪口を言う者、神の敵、無法者、高ぶる者、法螺吹き、悪事の発明家、親不孝者、

 

[前田訳]悪口をいうもの、神を憎むもの、傲慢なもの、高ぶるもの、ほら吹き、策動家、親不孝、

 

 (NCV) and say evil things about each other. They hate God. They are rude and conceited and brag about themselves. They invent ways of doing evil. They do not obey their parents.

 

[解読の鍵]

マタイによる福音書 15:4 [口語訳]神は言われた、『父と母とを敬え』、また『父または母をののしる者は、必ず死に定められる』と。

 

ヨハネによる福音書 7:7[塚本訳] この世はあなた達を憎むことはできないが、わたしを憎む。(あなた達はこの世のものだが、)わたしはこの世の(ものではなく、この世の人々の)することを悪いとはっきり言うからだ。"

 

ヨハネによる福音書 15:23-24[塚本訳]わたしを憎む者は父上をも憎むのであるから。

24もしわたしがほかのだれもしたことのない業を彼らの間でしなかったら、彼らに罪はなかった。しかし今彼らは(わたしの言葉と業とによって)わたしをも父上をも見て、しかも憎んだのである。

 

テサロニケ人への第二の手紙 2:4[塚本訳] これは“凡て神”とか聖なるものとか呼ばれるものに反抗して自ら“高ぶり”、斯くして(遂に)“神の”聖殿“に坐り込み”、自分を”神”なりとする者である。"

 

テモテへの第二の手紙 3:2-5 [口語訳]その時、人々は自分を愛する者、金を愛する者、大言壮語する者、高慢な者、神をそしる者、親に逆らう者、恩を知らぬ者、神聖を汚す者

3 無情な者、融和しない者、そしる者、無節制な者、粗暴な者、善を好まない者、

4 裏切り者、乱暴者、高言をする者、神よりも快楽を愛する者

5 信心深い様子をしながらその実を捨てる者となるであろう。こうした人々を避けなさい。

 

テトスへの手紙 3:3[塚本訳] 私達とてもかつては無智で、不従順で、(道に)迷い、様々な慾と快楽の奴隷となり、悪意と妬みとに(日を)過ごし、(人に)嫌われ、(また)互いに憎み合っていたのである。"

 

ペテロの第二の手紙 2:18-19 [口語訳]彼らはむなしい誇りを語り、迷いの中に生きている人々の間から、かろうじてのがれてきた者たちを、肉欲と色情とによって誘惑し、

19 この人々に自由を与えると約束しながら、彼ら自身は滅亡の奴隷になっている。おおよそ、人は征服者の奴隷となるものである。

 

ユダの手紙 16 [新共同訳] こういう者たちは、自分の運命について不平不満を鳴らし、欲望のままにふるまい、大言壮語し、利益のために人にこびへつらいます

 

 

 

ローマ人への手紙 1章31節

 

 

[口語訳] 無知、不誠実、無情、無慈悲な者となっている。

 

[新改訳] わきまえのない者、約束を破る者、情け知らずの者、慈愛のない者です。

 

[新共同訳] 無知、不誠実、無情、無慈悲です。

 

[文語訳]無知・違約・無情・無慈悲なる者にして、

 

[塚本訳]無知・不誠実・無情・無慈悲の者である。"

 

[前田訳]無知、不誠実、無情、無慈悲のものです。

 

 (NCV) They are foolish, they do not keep their promises, and they show no kindness or mercy to others.

 

[解読の鍵]

 

ローマ人への手紙 1:20-21 神の見えない性質、すなわち、神の永遠の力と神性とは、天地創造このかた、被造物において知られていて、明らかに認められるからである。したがって、彼らには弁解の余地がない。

21 なぜなら、彼らは神を知っていながら、神としてあがめず、感謝もせず、かえってその思いはむなしくなり、その無知な心は暗くなったからである

 

ローマ人への手紙 3:11 [塚本訳]

悟りのある人はいない、神を求める人はいない

 

箴言 18:2 [口語訳]

愚かな者は悟ることを喜ばず、ただ自分の意見を言い表わすことを喜ぶ。

マタイによる福音書 15:16-20 [口語訳]

イエスは言われた、「あなたがたも、まだわからないのか。

17 口にはいってくるものは、みな腹の中にはいり、そして、外に出て行くことを知らないのか。

18 しかし、口から出て行くものは、心の中から出てくるのであって、それが人を汚すのである。

19 というのは、悪い思い、すなわち、殺人、姦淫、不品行、盗み、偽証、誹りは、心の中から出てくるのであって

20 これらのものが人を汚すのである。しかし、洗わない手で食事することは、人を汚すのではない」。

 

 

 

ローマ人への手紙 1章32節

 

 [口語訳] 彼らは、こうした事を行う者どもが死に価するという神の定めをよく知りながら、自らそれを行うばかりではなく、それを行う者どもを是認さえしている。

 

[新改訳] 彼らは、そのようなことを行なえば、死罪に当たるという神の定めを知っていながら、それを行なっているだけでなく、それを行なう者に心から同意しているのです。

 

[新共同訳] 彼らは、このようなことを行う者が死に値するという神の定めを知っていながら、自分でそれを行うだけではなく、他人の同じ行為をも是認しています。

 

[文語訳]かかる事どもを行ふ者の死罪に當るべき神の定を知りながら、(ただ)に自己これらの事を行ふのみならず、また人の之を行ふを可しとせり。

 

[塚本訳]彼らは、このようなことをするものは死に当たるとの神の定めを知りながら、自分でそれをするばかりか、人がするのにも同意しています。

 

[解読の鍵]

ローマ人への手紙 1:18[塚本訳]

なぜ(この福音が必要であった)か。人々が不道徳をもって真理を押えつけているので、神の怒りが彼らのあらゆる不信と不道徳とに対して、天から現わされているからである。"

 

ローマ人への手紙 1:21[塚本訳]彼らは神を知っていながら、神として賛美せず、感謝をささげず、かえってその考えは空虚になり、その愚かな心は(ますます)暗くなったからである。

 

ローマ人への手紙 6:21[塚本訳]その時いったいどんな実を得たのであったか。今なら恥ずかしいものではないか。それらのものの最後は死だからである

 

マルコによる福音書 14:10-11 [口語訳]

10ときに、十二弟子のひとりイスカリオテのユダは、イエスを祭司長たちに引きわたそうとして、彼らの所へ行った。

11 彼らはこれを聞いて喜び、金を与えることを約束した。そこでユダは、どうかしてイエスを引きわたそうと、機会をねらっていた。

 

詩篇 50:17-22[口語訳] あなたは教えを憎み、わたしの言葉を捨て去った

18 あなたは盗びとを見ればこれとむつみ、姦淫を行う者と交わる

19 あなたはその口を悪にわたし、あなたの舌はたばかりを仕組む。

20 あなたは座してその兄弟をそしり、自分の母の子をののしる。

21 あなたがこれらの事をしたのを、わたしが黙っていたので、あなたはわたしを全く自分とひとしい者と思った。しかしわたしはあなたを責め、あなたの目の前にその罪をならべる。

22 神を忘れる者よ、このことを思え。さもないとわたしはあなたをかき裂く。そのときだれも助ける者はないであろう。

 

 

 

罪が分からなければ贖罪は分からない

 

贖罪は聖書の本質でありキリスト 教の本質であるが、罪が分からなければ贖罪は分からない。しかし罪とは普通考えられるように「煩悩」ではない。罪とは神の顔をつぶす事である。神の顔に泥 を塗ることである。これに対しわが国では「煩悩」が罪であると考えられているがそれは人間に「自然に備わった欲望」であり人間はこれから脱却することは不 可能である。煩悩といわれる人間の欲望は108つあるといわれる。(大晦日に除夜の鐘が108つ打たれるのはここからくる。私には煩悩が108つ以上ある らしい。)この108つの煩悩を克己奮励、人間の努力で我慢滅却することが罪を清めるということではない。それができれば神も贖罪も必要でない。罪の本質 を描いた創世記3章によれば、アダムとエバはリンゴを食べて神との約束を破壊した。この場合神の掟は人間の食欲を否定するものではない。食欲も神に備えら れたものである。神は人間との間の「心の交わり」を「食欲」以上に重視して「約束」の徴として「りんごは食べるな」と命じたのである。だからアダムとエバ がこの「約束を無視して」リンゴを食べたときそれは「神の顔をつぶした」のである。「神の顔に泥を塗った」のである。食欲が悪いのではない。リンゴを食べ たことが悪いのではない。神との心の交わりを破壊したことがいけなかったのである。これが罪なのである。創世記3章は罪とは何かを説明する最高最大の「神 話文学」である。

 ではこの「心の交わり」を回復 するのにはどうしたらよいのか。人間の世界でも顔をつぶされた場合、謝られただけではすまない。約束を無視され顔をつぶされた神の怒りも簡単には収まらな い。代償を要求する。人間が神の顔の泥を拭くことではすまない。その精神は「善行」である。「善行」で取り繕っても罪は消えない。罪は「死」を要求するほ ど大変なことだったのだ。聖書はそれを言う。それほどまでに神の顔は「聖なる」ものだったのだ。人間の側でいくら取り繕っても神との「心の交わり」は回復 できない。

そこで神は自分の「満足」のため に自分で自分を打って「血を流した」のである。それほど「顔をつぶされた」ことが悩みであったのだ。代償としての血を流さなければすまなかったのだ。それ がイエスの十字架である。十字架の血である。「罪には代償が必要である」。この世はそのような原理でできているのだ。もしこの原理に不服で神も罪もあるも のかという「独自の思想・人生観」で歩いてみようとすれば、それもひとつの生き方であるから結構であるが、その場合でも、まず人生の先輩としてのミルトン の「失楽園」ダンテの「神曲」など古今の大文学、バッハ、ベートーベンら大作曲家の「ミサ曲」など先人の言うことを学んでから「独自の道を歩」んでも遅く はない。人生の「効率」のためにもまずこれら人生の諸先輩に聞くべきである。一回きりない人生だから先人を無視して「自分独自の道を歩いてみよ」と言って 険しくクレバスのある道に送り出すほど彼らは好好爺ではない。バカではない。彼らには愛があったから大文学や「ミサ曲」が誕生したのだ。神は預言者を立て て神を無視した道に行くことを警告している。それが旧約聖書である。              

2001.1.4 高橋照男

 

 

 

 

ローマ人への手紙2章1節

 

 [口語訳] だから、ああ、すべて人をさばく者よ。あなたには弁解の余地がない。あなたは、他人をさばくことによって、自分自身を罪に定めている。さばくあなたも、同じことを行っているからである

 

[新改訳] ですから、すべて他人をさばく人よ。あなたに弁解の余地はありません。あなたは、他人をさばくことによって、自分自身を罪に定めています。さばくあなたが、それと同じことを行なっているからです。

 

[新共同訳] だから、すべて人を裁く者よ、弁解の余地はない。あなたは、他人を裁きながら、実は自分自身を罪に定めている。あなたも人を裁いて、同じことをしているからです。

 

[文語訳] されば凡て人を審く者よ、なんぢ言ひ遁るる術なし、他の人を審くは、正しく己を罪するなり。人をさばく汝もみづから同じ事を行へばなり。

 

[塚本訳] だから、ああ人[ユダヤ人]よ、あなたは(人を)裁いているが、

あなたがだれであろうと、言い訳は立たない。あなたは人を裁いて、実は自分の罪を定め

ている。裁きながら、同じことをしているからである。

 

[前田訳] それゆえ、すべて裁く人よ、いいわけはできません。他人を裁くというその点で、あなたは自らを裁いています、裁くあなたが同じことをしていますから。 

 (NCV)If you think you can judge others, you are wrong. When you judge them, you are really judging yourself guilty, because you do the same things they do.

 

[解読の鍵]

マタイによる福音書 7:1-5[口語訳] 人をさばくな。自分がさばかれないためである。

2 あなたがたがさばくそのさばきで、自分もさばかれ、あなたがたの量るそのはかりで、自分にも量り与えられるであろう。 3 なぜ、兄弟の目にあるちりを見ながら、自分の目にある梁を認めないのか。4 自分の目には梁があるのに、どうして兄弟にむかって、あなたの目からちりを取らせてください、と言えようか。5 偽善者よ、まず自分の目から梁を取りのけるがよい。そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目からちりを取りのけることができるだろう。

 

ヨハネによる福音書 8:7-9[口語訳]彼らが問い続けるので、イエスは身を起して彼らに言われた、「あなたがたの中で罪のない者が、まずこの女に石を投げつけるがよい」。8 そしてまた身をかがめて、地面に物を書きつづけられた。9 これを聞くと、彼らは年寄から始めて、ひとりびとり出て行き、ついに、イエスだけになり、女は中にいたまま残された。

 

 

 

ローマ人への手紙2章2節

 

 [口語訳] わたしたちは、神のさばきが、このような事を行う者どもの上に正しく下ることを、知っている。

 

[新改訳] 私たちは、そのようなことを行なっている人々に下る神のさばきが正しいことを知っています。

 

[新共同訳] 神はこのようなことを行う者を正しくお裁きになると、わたしたちは知っています。

 

[文語訳]かかる事をおこなふ者を罪する神の審判は眞理に合へりと我らは知る。

 

[塚本訳]わたし達が知っているように、(いま言った)こんなことをする者を、神は真理によってお裁きになる。

 

[前田訳]われらは知っています、真理に従って神の裁きはそのようなことをする人々に及ぶことを。"

 

(NCV)God judges those who do wrong things, and we know that his judging is right.

 

[解読の鍵]

テサロニケ人への第二の手紙 1:5-10[塚本訳] 05(実はかく)君 達が苦しんでいることが(とりも直さず)神の正しい(最後の)審判の(既に切迫している)兆であり、(またそれにより)君達が神の国に相応しい者とされる ためであって、君達は(今)その御国のために苦しんでいるので、"06神は(きっと)・・これは神において正しいことであるから・・(今)君達を苦しめて いる者達には患難をもって、"07また(これに反し今)苦しめられている君達には私達と一緒に安息をもって報い給うのであって、そのことは主イエスが天か らその能力なる天使(の群)と共に“火焔の中に”現れ給う時に実現し、"08(その時)主は“神を知ろうとせぬ(異教の)者”と、私達の主イエスの福音に “従順でない者に仕返しをし給う”ので、"

09 これらの人達は罰を受けて“主の御顔とその御力の栄光とから”永遠に滅び失せる・・10そしてこれは主が“聖徒達の間に崇められ”、凡ての信者の間にて 【(もちろん君達の間にても)・・私達の(福音の)証は君達の所で信じられたのだ!】“誉めたたえられんとて来たり給うかの日に”実現するのである。

 

ローマ人への手紙 2:5[塚本訳] こうしてあなたは頑固な悔改めない心によって、神の正しい裁きの現われる怒りの日に臨む(神の)怒りを、自分のために貯蓄している。"

 

ヨハネの黙示録 15:3-4[口語訳]3 彼らは、神の僕モーセの歌と小羊の歌とを歌って言った、「全能者にして主なる神よ。あなたのみわざは、大いなる、また驚くべきものであります。万民の王よ、あなたの道は正しく、かつ真実であります

4 主よ、あなたをおそれず、御名をほめたたえない者が、ありましょうか。あなただけが聖なるかたであり、あらゆる国民はきて、あなたを伏し拝むでしょう。あなたの正しいさばきが、あらわれるに至ったからであります」

 

ヨハネの黙示録 16:5 [新共同訳] そのとき、わたしは水をつかさどる天使がこう言うのを聞いた。「今おられ、かつておられた聖なる方、あなたは正しい方です。このような裁きをしてくださったからです

 

詩篇 19:9-10 [口語訳]主を恐れる道は清らかで、とこしえに絶えることがなく、主のさばきは真実であって、ことごとく正しい。 10 これらは金よりも、多くの純金よりも慕わしく、また蜜よりも、蜂の巣のしたたりよりも甘い。

 

 

 

ローマ人への手紙2章3節

 

 [口語訳] ああ、このような事を行う者どもをさばきながら、しかも自ら同じことを行う人よ。あなたは、神のさばきをのがれうると思うのか

 

[新改訳] そのようなことをしている人々をさばきながら、自分で同じことをしている人よ。あなたは、自分は神のさばきを免れるのだとでも思っているのですか。

 [新共同訳] このようなことをする者を裁きながら、自分でも同じことをしている者よ、あなたは、神の裁きを逃れられると思うのですか

 

[文語訳]かかる事をおこなふ者を審きて自己これを行ふ人よ、なんぢ神の審判を遁れんと思ふか。"

 

[塚本訳]ああ人よ、あなたはこんなことをする者たちを裁きながら、自分で同じことをしているが、それで自分(だけ)は神の裁きを免れると思っているのか

 

[前田訳]お考えなさい、このようなことをする人々を裁き、自ら同じことをする人よ、あなたは神の裁きをのがれるでしょうか

 

(NCV) You judge those who do wrong, but you do wrong yourselves. Do you think you will be able to escape the judgment of God?

 

[解読の鍵]

マタイによる福音書 23:23-33[新共同訳]  律法学者たちとファリサイ派の人々、あなたたち偽善者は不幸だ。薄荷、いのんど、茴香の十分の一は献げるが、律法の中で最も重要な正義、慈悲、誠実はないがしろにしているからだ。これこそ行うべきことである。もとより、十分の一の献げ物もないがしろにしてはならないが。 24 ものの見えない案内人、あなたたちはぶよ一匹さえも漉して除くが、らくだは飲み込んでいる。 25 律法学者たちとファリサイ派の人々、あなたたち偽善者は不幸だ。杯や皿の外側はきれいにするが、内側は強欲と放縦で満ちているからだ。 26 ものの見えないファリサイ派の人々、まず、杯の内側をきれいにせよ。そうすれば、外側もきれいになる。 27 律法学者たちとファリサイ派の人々、あなたたち偽善者は不幸だ。白く塗った墓に似ているからだ。外側は美しく見えるが、内側は死者の骨やあらゆる汚れで満ちている。 28 このようにあなたたちも、外側は人に正しいように見えながら、内側は偽善と不法で満ちている。 29 律法学者たちとファリサイ派の人々、あなたたち偽善者は不幸だ。預言者の墓を建てたり、正しい人の記念碑を飾ったりしているからだ。 30 そして、『もし先祖の時代に生きていても、預言者の血を流す側にはつかなかったであろう』などと言う。31 こうして、自分が預言者を殺した者たちの子孫であることを、自ら証明している。 32 先祖が始めた悪事の仕上げをしたらどうだ。

33 蛇よ、蝮の子らよ、どうしてあなたたちは地獄の罰を免れることができようか。

 

ローマ人への手紙 2:1[塚本訳] だから、ああ人[ユダヤ人]よ、あなたは(人を)裁いているが、あなたがだれであろうと、言い訳は立たない。あなたは人を裁いて、実は自分の罪を定めている。裁きながら、同じことをしているからである。"

 

 

 

ローマ人への手紙2章4節

 

[口語訳] それとも、神の慈愛があなたを悔改めに導くことも知らないで、その慈愛と忍耐と寛容との富を軽んじるのか。

 

 [新改訳] それとも、神の慈愛があなたを悔い改めに導くことも知らないで、その豊かな慈愛と忍耐と寛容とを軽んじているのですか。

 

[新共同訳] あるいは、神の憐れみがあなたを悔い改めに導くことも知らないで、その豊かな慈愛と寛容と忍耐とを軽んじるのですか。

 

[文語訳]神の仁慈なんぢを悔改に導くを知らずして、その仁慈と忍耐と寛容との豐かなるを輕んずるか。

 

[塚本訳]それとも、神の豊かな慈愛と忍耐と寛容とを誤解し、憐れみ深いこのお方があなたを悔改めさせようとしておられることが、わからないのか。

 

[前田訳]それとも、彼の善意と寛容と忍耐との豊かさをあなどって、神のあわれみがあなたを悔い改めに導くのがわかりませんか。

 (NCV)He has been very kind and patient, waiting for you to change, but you think nothing of his kindness. Perhaps you do not understand that God is kind to you so you will change your hearts and lives.

 

[解読の鍵]

ローマ人への手紙 6:1[塚本訳] それでは、どういうことになるのだろうか。(罪が増せば恩恵も豊かになるならば、)恩恵が増し強まるために、わたし達は罪(の生活)を続けるべきであろうか。

 

ローマ人への手紙 6:15[塚本訳] それでは、どうだろうか。わたし達は律法の下にいるのでなく恩恵の下にいるのだから、罪を犯そうではないかということになるのだろうか。もちろん、そんなことはない。"

 

マタイによる福音書 24:48-51 [口語訳]もしそれが悪い僕であって、自分の主人は帰りがおそいと心の中で思い、 49 その僕仲間をたたきはじめ、また酒飲み仲間と一緒に食べたり飲んだりしているなら、50 その僕の主人は思いがけない日、気がつかない時に帰ってきて、 51 彼を厳罰に処し、偽善者たちと同じ目にあわせるであろう。彼はそこで泣き叫んだり、歯がみをしたりするであろう。

 

ローマ人への手紙 10:12-13[塚本訳] 12(「すべて」と言う以上、)ユダヤ人も異教人も、その間になんの差別もないのである。なぜなら、同じ一人の方がすべての人の主であって、御自分を呼ぶすべての人に、あり余る恩恵をお与えになるからである。"13ほんとうに(預言者ヨエルが言うように、)“主[キリスト]の名を呼ぶ者はすべて救われる。

 

 

 

ローマ人への手紙2章5節

 

 [口語訳] あなたのかたくなな、悔改めのない心のゆえに、あなたは、神の正しいさばきの現れる怒りの日のために神の怒りを、自分の身に積んでいるのである。

 [新改訳] ところが、あなたは、かたくなさと悔い改めのない心のゆえに御怒りの日、すなわち、神の正しいさばきの現われる日の御怒りを自分のために積み上げているのです

 [新共同訳] あなたは、かたくなで心を改めようとせず、神の怒りを自分のために蓄えています。この怒りは、神が正しい裁きを行われる怒りの日に現れるでしょう

 

[文語訳]なんぢ頑固と悔改めぬ心とにより己のために神の怒を積みて、その正しき審判の顯るる怒の日に及ぶなり。

 

[塚本訳]こうしてあなたは頑固な悔改めない心によって神の正しい裁きの現われる怒りの日に望む(神の)怒りを、自分のために貯蓄している。

 

[前田訳]頑固な、悔い改めない心によって、あなたは神の正しい裁きの現われる怒りの日のお怒りを自らに貯えています 

 (NCV)But you are stubborn and refuse to change, so you are making your own punishment even greater on the day he shows his anger. On that day everyone will see God's right judgments.

 

[解読の鍵]

エゼキエル書 3:7 [新共同訳] しかし、イスラエルの家は、あなたに聞こうとはしない。まことに、彼らはわたしに聞こうとしない者だ。まことにイスラエルの家はすべて、額も硬く心も硬い

 

ゼカリヤ書 7:11-12 [新共同訳] ところが、彼らは耳を傾けることを拒み、かたくなに背を向け、耳を鈍くして聞こうとせず、

12 心を石のように硬くして、万軍の主がその霊によって、先の預言者たちを通して与えられた律法と言葉を聞こうとしなかった。こうして万軍の主の怒りは激しく燃えた。

 

ヘブル人への手紙 3:13[口語訳] あなたがたの中に、罪の惑わしに陥って、心をかたくなにする者がないように、「きょう」といううちに、日々、互に励まし合いなさい。

 

ローマ人への手紙 9:22-23[塚本訳] 22それで、もし神が、(御自分の)怒りを示し御自分の力(の恐ろしさ)を知らせようとお思いになるので、(今日まで)いとも気長に、“滅びのために”つくられた”怒りの器[滅びる人]を辛抱された”とすれば、23またそれは、栄光のためにあらかじめ用意された憐れみの器[救われる人]に、御自分の豊かな栄光を知らせるためであったとすれば、どうだ。(かれこれ言うことはないではないか。)

 

マタイによる福音書 16:27[口語訳] 人の子は父の栄光のうちに、御使たちを従えて来るが、その時には、実際のおこないに応じて、それぞれに報いるであろう

 

 

 

ローマ人への手紙2章6節

 

 [口語訳] 神は、おのおのに、そのわざにしたがって報いられる

 

[新改訳] 神は、ひとりひとりに、その人の行ないに従って報いをお与えになります

 

[新共同訳] 神はおのおのの行いに従ってお報いになります

 

[文語訳]神はおのおのの所作(しわざ)に隨ひて報い

 

[塚本訳]神は“ひとりびとりの行いに応じて報いられる”(と聖書は言う。)

 

[前田訳]神は各人にそのわざによって報われましょう

 

(NCV)God will reward or punish every person for what that person has done.

 

[解読の鍵]

ヨブ記 34:11-12 [口語訳]神は人のわざにしたがってその身に報い、おのおのの道にしたがって、その身に振りかからせられる。

12 まことに神は悪しき事を行われない。全能者はさばきをまげられない

 

イザヤ書 3:11 [新共同訳] 主に逆らう悪人は災いだ。彼らはその手の業に応じて報いを受ける。

 

エレミヤ書 17:10 [口語訳]「主であるわたしは心を探り、思いを試みる。おのおのに、その道にしたがい、その行いの実によって報いをするためである」

 

エレミヤ書 32:19 [新共同訳] その(はかりごと)は偉大であり、御業は力強い。あなたの目は人の歩みをすべてご覧になり、各人の道、行いの実りに応じて報いられます。

 

エゼキエル書18:30[口語訳]  それゆえ、イスラエルの家よ、わたしはあなたがたを、おのおのその行いに従ってさばくと、主なる神は言われる。悔い改めて、あなたがたのすべてのとがを離れよ。さもないと悪はあなたがたを滅ぼす。

 

マタイによる福音書 16:27[口語訳] 人の子は父の栄光のうちに、御使たちを従えて来るが、その時には、実際のおこないに応じて、それぞれに報いるであろう

 

コリント人への第一の手紙 4:5[塚本訳] だから主がおいでになるまで、まだ時でないのに、あなた達は何も裁いてはいけない。主は(来て)、暗闇に隠されたことを(何もかも)明るみに出し、(人の)心のなかの企てをお現わしになる。するとその時、栄誉がひとりびとりに、(善い行いに対して)神からあたえられるであろう

 

コリント人への第二の手紙 5:10[塚本訳] なぜなら、わたし達は(最後の日に)一人のこらずキリストの裁判席の前に自分を現し、ひとりびとりがその体によってしたことに従い、善いことにせよ悪いことにせよ報いを受けねばならないからである

 

ガラテヤ人への手紙 6:8-9[塚本訳] というのは、肉に蒔く者は肉から滅亡を刈取り、霊に蒔く者は(最後の日に神の)霊から永遠の命を刈取るであろう。09わたし達は気を落さず善いことをしようではないか。怠けずにおれば、時が来ると(かならず)刈取るのだから。

 

ヨハネの黙示録 2:22-23[塚本訳]見よ、わたしはこの女を病の床に投げ入れる。この女と姦淫する者をも、悔い改めて彼女のわざから離れなければ、大きな患難の中に投げ入れる。

23 また、この女の子供たちをも打ち殺そう。こうしてすべての教会は、わたしが人の心の奥底までも探り知る者であることを悟るであろう。そしてわたしは、あなたがたひとりびとりのわざに応じて報いよう。

 

ヨハネの黙示録 20:12[口語訳] また、死んでいた者が、大いなる者も小さき者も共に、御座の前に立っているのが見えた。かずかずの書物が開かれたが、もう一つの書物が開かれた。これはいのちの書であった。死人はそのしわざに応じ、この書物に書かれていることにしたがって、さばかれた。

 

 

 

ローマ人への手紙2章7節

 

 

 [口語訳] すなわち、一方では、耐え忍んで善を行って、光栄とほまれと朽ちぬものとを求める人に、永遠のいのちが与えられ

 

[新改訳] 忍耐をもって善を行ない、栄光と誉れと不滅のものとを求める者には、永遠のいのちを与え、

 

[新共同訳] すなわち、忍耐強く善を行い、栄光と誉れと不滅のものを求める者には、永遠の命をお与えになり

 

[文語訳]耐へ忍びて善をおこない光榮と尊貴と朽ちざる事とを求むる者には、永遠の生命をもて報い、

 

[塚本訳]すなわち、忍耐して善を行うことによって栄光と栄誉と不滅とを求める者には、神は永遠の命をおあたえになるが、

 

[前田訳]忍耐をもってよいわざをし、栄光と誉れと不滅を求める人には永遠のいのちを

 

(NCV)Some people, by always continuing to do good, live for God's glory, for honor, and for life that has no end. God will give them life forever.

 

[解読の鍵]

マタイによる福音書 24:12-13[塚本訳] また(兄弟たちの間に)不法がふえるので、多くの人の愛が冷える。13しかし最後まで耐え忍ぶ者は救われる

 

ルカによる福音書 8:15[塚本訳] しかし良い地のもの、これは御言葉を聞くと、りっぱな善い心でこれをしっかり守り、忍耐をもって実を結ぶ人たちである。

 

コリント人への第一の手紙 15:58[口語訳] だから、愛する兄弟たちよ。堅く立って動かされず、いつも全力を注いで主のわざに励みなさい。主にあっては、あなたがたの労苦がむだになることはないと、あなたがたは知っているからである

 

ヤコブへの手紙 5:7 [口語訳]だから、兄弟たちよ。主の来臨の時まで耐え忍びなさい。見よ。農夫は、地の尊い実りを、前の雨と後の雨とがあるまで、耐え忍んで待っている

 

ヨハネの黙示録 2:10 [口語訳]あなたの受けようとする苦しみを恐れてはならない。見よ、悪魔が、あなたがたのうちのある者をためすために、獄に入れようとしている。あなたがたは十日の間、苦難にあうであろう。死に至るまで忠実であれ。そうすればいのちの冠を与えよう。

 

ローマ人への手紙 8:18[塚本訳] (しかもこの苦しみは恐れることはない。)なぜなら、わたしはこう考える。今の世の苦しみは、わたし達に現われようとしている栄光(・・キリストと一しょに神の国の相続人になる最後の日の大いなる光栄・・)にくらべれば、言うに足りない。

 

コリント人への第二の手紙 4:16-18[口語訳] だから、わたしたちは落胆しない。たといわたしたちの外なる人は滅びても、内なる人は日ごとに新しくされていく。

17 なぜなら、このしばらくの軽い患難は働いて永遠の重い栄光を、あふれるばかりにわたしたちに得させるからである

18 わたしたちは、見えるものにではなく、見えないものに目を注ぐ。見えるものは一時的であり、見えないものは永遠につづくのである。

 

 

 

ローマ人への手紙2章8節

 

  [口語訳] 他方では、党派心をいだき、真理に従わないで不義に従う人に怒りと激しい憤りとが加えられる

 

[新改訳] 党派心を持ち、真理に従わないで不義に従う者には怒りと憤りを下されるのです

 

[新共同訳] 反抗心にかられ、真理ではなく不義に従う者には怒りと憤りをお示しになります

 

[文語訳]徒黨により眞理に從はずして不義にしたがう者には、怒りと憤恚とをもて報い給はん

 

[塚本訳]自分本意で、真理に従わず偽りに従う者には、怒りと憤りとが待っている

 

[前田訳]私欲にかられ、真理に従わず、不義に従うものには怒りといきどおりをお与えになります

 

(NCV)But other people are selfish. They refuse to follow truth and, instead, follow evil. God will give them his punishment and anger.

 

[解読の鍵]

テモテへの第一の手紙 6:3-6[口語訳] もし違ったことを教えて、わたしたちの主イエス・キリストの健全な言葉、ならびに信心にかなう教に同意しないような者があれば、

4 彼は高慢であって、何も知らず、ただ論議と言葉の争いとに病みついている者である。そこから、ねたみ、争い、そしり、さいぎの心が生じ、

5 また知性が腐って、真理にそむき、信心を利得と心得る者どもの間に、はてしのないいがみ合いが起るのである

6 しかし、信心があって足ることを知るのは、大きな利得である。

 

テサロニケ人への第二の手紙 1:8-10[口語訳] その時、主は神を認めない者たちや、わたしたちの主イエスの福音に聞き従わない者たちに報復し

9 そして、彼らは主のみ顔とその力の栄光から退けられて、永遠の滅びに至る刑罰を受けるであろう。

10 その日に、イエスは下ってこられ、聖徒たちの中であがめられ、すべて信じる者たちの間で驚嘆されるであろう・・わたしたちのこのあかしは、あなたがたによって信じられているのである。

 

ペテロの第一の手紙 4:16-17[塚本訳]

しかしもしクリスチャンとして(受難するの)ならば恥じるな、むしろこの(クリスチャンたる)名において神の栄光を顕せ。17審判が神の家“から始まる”時(は既に近づいているの)だからしかしもし(審判が)まず(神の家すなわちキリストを信ずる)私達から(始まる)とすれば、神の福音に従わぬ者の最後はどうであろう!"

 

テサロニケ人への第二の手紙 2:9-12[新共同訳]  不法の者は、サタンの働きによって現れ、あらゆる偽りの奇跡としるしと不思議な業とを行い、

10 そして、あらゆる不義を用いて、滅びていく人々を欺くのです。彼らが滅びるのは、自分たちの救いとなる真理を愛そうとしなかったからです。

11 それで、神は彼らに惑わす力を送られ、その人たちは偽りを信じるようになります

12 こうして、真理を信じないで不義を喜んでいた者は皆、裁かれるのです。

 

 

 

ローマ人への手紙2章9節

 

 [口語訳] 悪を行うすべての人には、ユダヤ人をはじめギリシヤ人にも患難と苦悩とが与えられ、

 

[新改訳] 患難と苦悩とはユダヤ人をはじめギリシヤ人にも、悪を行なうすべての者の上に下り、

 

[新共同訳] すべて悪を行う者には、ユダヤ人はもとよりギリシア人にも苦しみと悩みが下り、

 

[文語訳]すべて惡をおこなふ人には、ユダヤ人を始めギリシヤ人にも患難と苦難とあり

 

[塚本訳](つまり、)苦しみと悩みとは悪を働くすべての人、まずユダヤ人、次に異教人に、

 

[前田訳]苦しみとなやみはすべて悪をするもの、ユダヤ人をはじめギリシア人に

 

(NCV)He will give trouble and suffering to everyone who does evil -- to the Jews first and also to those who are not Jews.

 

[解読の鍵]

ローマ人への手紙 1:16[塚本訳] わたしは(決して)福音を恥じない。福音は神の力で、これを信ずる者を一人のこらず、すなわち、まずユダヤ人、次に異教人を、救いに入れるからである。"

 

ローマ人への手紙 3:29-30 [口語訳]それとも、神はユダヤ人だけの神であろうか。また、異邦人の神であるのではないか。確かに、異邦人の神でもある

30 まことに、神は唯一であって割礼のある者を信仰によって義とし、また、無割礼の者をも信仰のゆえに義とされるのである

 

ルカによる福音書 2:30-32 [口語訳]わたしの目が今あなたの救を見たのですから。

31 この救はあなたが万民のまえにお備えになったもので、

32 異邦人を照す啓示の光、み民イスラエルの栄光であります」。

 

ルカによる福音書 24:4[塚本訳] また罪を赦されるための悔改め(の福音)が、その名においてすべての国の人に説かれる、エルサレムから始まって、と(聖書に)こう書いてある。"

 

使徒行伝 11:18[塚本訳] これを聞いて人々は沈黙し、「それでは異教人にも、神は(永遠の)命を得させる悔改めをお与えになったのだ」と言って、神を讃美した。

 

使徒行伝 13:46-47[塚本訳] そこでパウロとバルナバとは公然こう宣言した、「神の言葉は(お約束どおり)まず第一に、君たち(ユダヤ人)に語られねばならなかった。(だから、そうしたのだ。)しかし君たちがそれをはねつけ、自分で自分を永遠の命にふさわしからぬ者とするので、それでは、よし、異教人(の伝道)へ方向をかえる。47主はこのようにわたし達(伝道者)にお命じになっているから。 “わたしはあなたを立てて異教人の光にした、あなたが地の果てまで救いを伝えるために

”」"

 

 

 

ローマ人への手紙2章10節

 

 [口語訳] 善を行うすべての人には、ユダヤ人をはじめギリシヤ人にも光栄とほまれと平安とが与えられる

 

[新改訳] 栄光と誉れと平和は、ユダヤ人をはじめギリシヤ人にも、善を行なうすべての者の上にあります。

 

[新共同訳] すべて善を行う者には、ユダヤ人はもとよりギリシア人にも栄光と誉れと平和が与えられます

 

[文語訳]凡て善をおこなふ人には、ユダヤ人を始めギリシヤ人にも光榮と尊貴と平安とあらん

 

[塚本訳]また栄光と尊敬と平安とは善を行うすべての人、まずユダヤ人、次に異教人にのぞむであろう。

 

[前田訳]栄光と誉れと平和すべて善を行なうもの、ユダヤ人をはじめギリシア人に及びます

 

 (NCV) But he will give glory, honor, and peace to everyone who does good -- to the Jews first and also to those who are not Jews.

 

[解読の鍵]

ルカによる福音書 9:48[塚本訳] 言われた、「わたしの名を信ずるこの子供を迎える者は、わたしを迎えてくれるのである。わたしを迎える者は、わたしを遣わされた方をお迎えするのである。あなた達の間ではだれよりも一番小さい者が、一番えらい。」

 

ローマ人への手紙 8:5-6[塚本訳] なぜ(霊によって歩けばそれができる)か。肉による者[生まれながらの人]は肉のことを追い求めるが、霊による者[キリストを信ずる者]は霊のことを追い求めるからである。06肉を追い求めることは死をもたらすが、霊を追い求めることは命と平安とをもたらすからである。

 

マタイによる福音書 10:13[塚本訳] もしその家が(その祈りをうけるのに)ふさわしければ、あなた達の(祈った)平安はかならずその家に臨み、もしふさわしくなければ、その平安はあなた達にもどってくる。(そしてあなた達のものとなるのである。)

 

ルカによる福音書 1:79[塚本訳] “暗やみと死の陰とに住まう人々を照らし、”われらの足を“平和の道”へと導くであろう

 

ルカによる福音書 19:42[塚本訳] そして言われた、「(ああエルサレム、)お前ももし(「平安を見る」という自分の名のように、)きょうでも平安への道が見えたなら(まだ遅くはないのに!)しかし今それはお前の目に隠されている。"

 

ヨハネによる福音書 14:27[塚本訳] (今別れにのぞんで)平安をあなた達にのこしておく。わたしの平安をあなた達に与える。わたしが与える平安は、この世(の人)が(『平安あれ』と)いのるような(言葉だけの)ものではない。(だから)心騒がせるな、気を落すな。

 

ピリピ人への手紙 4:7[塚本訳] そうすれば全く思いもよらぬ神の平安が君達の心と考えをキリスト・イエスにおいて守るであろう

 

 

 

ローマ人への手紙2章11節

 

[口語訳] なぜなら、神には、かたより見ることがないからである。

 

[新改訳] 神にはえこひいきなどはないからです。

 

[新共同訳] 神は人を分け隔てなさいません。

 

[文語訳]そは神には偏り視給ふこと無ければなり

 

[塚本訳]神にはえこ贔屓がないからである。

 

[前田訳]神には偏見がないからです。

 

(NCV)For God judges all people in the same way.

 

[解読の鍵]

ルカによる福音書 20:21-22[口語訳] 彼らは尋ねて言った、「先生、わたしたちは、あなたの語り教えられることが正しく、また、あなたは分け隔てをなさらず、真理に基いて神の道を教えておられることを、承知しています。

22 ところで、カイザルに貢を納めてよいでしょうか、いけないでしょうか」。

 

コロサイ人への手紙 3:25[塚本訳] 何故なら、(善い事をする者はその善い事に対して報いを受け、)悪い事をする者はその為た悪い事の報いを受けるのであって、主には決して依怙が無いのだから"

 

申命記 16:19[口語訳] あなたはさばきを曲げてはならない。人をかたより見てはならない。また賄賂を取ってはならない。賄賂は賢い者の目をくらまし、正しい者の事件を曲げるからである。

 

 

 

贖罪はなぜ信じにくいのか

なぜわが国の同胞に福音が伝わらないのか。これはプロテスタント宣教100年以上にわたるわが国の先人達の苦悩であった。

しかしその答えは簡単である。難しいことはない。深く悩むことはない。悪魔が人間に噛み付き毒素を体中に注いでいるので身動きができず、わが同胞は福音を信じようにも信じられなくなっているのである。

 

民数記 21:6-7 [新共同訳] 主は炎の蛇を民に向かって送られた。蛇は民をかみ、イスラエルの民の中から多くの死者が出た。 7 民はモーセのもとに来て言った。「わたしたちは主とあなたを非難して、罪を犯しました。主に祈って、わたしたちから蛇を取り除いてください。」モーセは民のために主に祈った。

 

ヨハネによる福音書 3:14[塚本訳] そして、ちょうどモーセが荒野で(銅の)蛇を(竿の先に)挙げたように、人の子(わたしも十字架に)挙げられ(て天に上ら)ねばならない。

 

福 音の説き方が悪いのではない。汎神論的日本精神(思想構造)が悪いのではない。聖書が難しいからではない。わが国が岩地だからではない。すぐれた人物がい ないからではない。ただただ同胞が悪魔に噛み付かれて盲にさせられているからである。このことはパウロも当時のことを次のように言う。

 

コリント人への第二の手紙 4:4[塚本訳]

彼らの場合、この不信者たちの考えをこの世の神(である悪魔)が盲にして、神の影像である救世主の栄光をつげる福音の光を見ることができないようにしたのである。

 

し たがってわれわれの戦いは「この世の人間的諸悪」にあるのではない。人間的諸悪は枝葉であって根ではない。枝葉は切ってもまた出てくる。根を絶やさねばな らない。キリスト教は常に周辺のことが中心的になる傾向を持つ。(ブルンナーの教会主義批判、ブルンナー著作集第4巻(上)160ページ)周辺的なことと は教会主義にとっては教会運営、教会組織の維持、会堂建築、信者の増加運動。無教会主義にとっては体制批判、社会批判、国家批判、近代化に伴う諸相の批 判。これら批判は信仰の受肉展開ではないのだ。それは神抜きの人間の力で地上に神の国を作ろうとする悪魔の策略に陥ってしまっているのだ。(マタイ4:1 −11を精読の必要あり)。戦争反対で真の平和はこない。クリスチャンの教師が、学生が、公務員が、企業人が、専門の仕事を持つ者が本職をさておき信仰の 立場からと言って社会批判の活動と運動に狂奔して、あたかもそれを行っていることがそれをしないクリスチャンより神のためにひとかどのことをしていると 思っている。それが間違いなのだ。わたしはある時彼らがイエスの有体的復活を信じていないという共通点を持っていることを知った。復活は「神が」イ エスを起こしたもうたのである。彼らはそういう神の力を信じられずにいる。彼らには神の力を信ずる信仰がない。!!だから自分達の活動に期待をかけるの だ。しかし彼らの活動は枝葉を切っていることに過ぎず、それは福音の定着、受肉、展開でもなんでもない。近頃は、昔もだが,牧師や伝道者までが本業を忘れ てこの世の人の尻馬に乗って社会批判の活動を行っている。これは滑稽を通り過ぎて怠慢の罪悪である。彼らには神の力を信じるという「信仰」があるのだろう か。人生という限られた時間の使い方が間違っている。彼らをして社会を批判せしめよ、その批判は自己自身の内面批判になっていることに気が付く日の早から んことを祈る。我々の戦うべき相手は闇の本源たる「悪魔」(サタン)そのものである。こう言うとそれは信仰の空転、空回りだと感じる自己の義を立てるこの 世的クリスチャンがいる。

イエスにとってもパウロにとっても相手はサタンそのものであったのだ。 

 

マタイによる福音書 4:9-11 [塚本訳]

10そこでイエスは言われる、「引っ込んでいろ、悪魔!(聖書に)“あなたの神なる主をおがめ、”“主に”のみ“奉仕せよ”と書いてあるのだ。」"

 

マタイによる福音書 16:23[塚本訳]

イエスは振り返って、ペテロに言われた、「引っ込んでろ、悪魔、この邪魔者!お前は神様のことを考えずに、人間のことを考えている!」

 

マルコによる福音書 1:41-42[塚本訳]イエスは(そのあわれな姿を見て悪魔に対する)怒りに燃え、手をのばしてその人にさわり、「よろしい、清まれ」と言われると、

 

エペソ人への手紙 6:11-12[塚本訳] 12私達の戦いは(この世の)血肉に対するものでなく、「権威」に対するもの、「権力」に対するもの、この暗の世界の主権者(なる悪魔)に対するもの、天上における悪霊(の軍勢)に対するものであるからである。

 

悪魔の業を滅ぼすのは子羊イエスキリストの犠牲の血である。黙示録はそれを言う。

人間を蛇の毒から救うのはただただ御子イエスの血による血清である。我々はただこれをのみ伝承する必要があるのだ。

 

ヨハネの黙示録 1:5[新共同訳]更に、証人、誠実な方、死者の中から最初に復活した方、地上の王たちの支配者、イエス・キリストから恵みと平和があなたがたにあるように。わたしたちを愛し、御自分の血によって罪から解放してくださった方に、

2000.1.8 高橋照男                  

 

 

 

ローマ人への手紙2章12節

 

 [口語訳] そのわけは、律法なしに罪を犯した者は、また律法なしに滅び律法のもとで罪を犯した者は、律法によってさばかれる。

 

[新改訳] 律法なしに罪を犯した者はすべて、律法なしに滅び、律法の下にあって罪を犯した者はすべて、律法によってさばかれます。

 

[新共同訳] 律法を知らないで罪を犯した者は皆、この律法と関係なく滅びまた、律法の下にあって罪を犯した者は皆、律法によって裁かれます

 

[文語訳]凡そ律法なくして罪を犯したる者は律法なくして滅び律法ありて罪を犯したる者は律法によりて審かるべし

 

[塚本訳]すなわち、律法なしに罪を犯した者[異教人]はみな、律法なしに滅び律法の下に罪を犯した者[ユダヤ人]はみな、律法によって罰される"

 

[前田訳]律法なしに罪を犯したものは、みな律法なしに滅び、律法の下に罪を犯したものは、みな律法によって裁かれましょう

 

 (NCV)People who do not have the law and who are sinners will be lost, although they do not have the law. And, in the same way, those who have the law and are sinners will be judged by the law.

 

[解読の鍵]

マタイによる福音書 11:22[塚本訳]

ところでお前たちに言うが、裁きの日には、ツロやシドンの方が、まだお前たちよりも罰が軽いであろう。"

 

ルカによる福音書 10:13[塚本訳]

ああ禍だ、お前コラジン!ああ禍だ、お前ベツサイダ!わたしがお前たちの所で行っただけの奇跡をツロやシドンで行ったなら、(あの堕落町でも、)とうの昔に粗布を着、灰の中に坐って悔改めたにちがいないのだから

 

使徒行伝 17:30-31[塚本訳]

ところで神は(こんな)無知な時代を大目に見ておられるが、今や人類に対し、どこの者でも皆、悔改めねばならないことをお告げになっています"31神は一つの日を決め、その日に御自分の定めた一人の人(イエス)を使って“正しく(全)世界を裁こうと”計画しておられるからです。そして彼を死人の中から復活させて、すべての人に(彼が世界を裁くべき人であるという)その保証をお与えになったのであります。」

 

ローマ人への手紙 3:19[塚本訳] ところでわたし達が知っているように、(右の)律法[聖書]が言うことはみな、律法に生きる者(すなわちユダヤ人)に対して語られるものである。(しかし)こうして(ユダヤ人だけでなく)すべての(人の)口がふさがり、世界中の人が、神に対して罪なしと言うことはできないのである

 

ローマ人への手紙 4:15[塚本訳]律法(の目的)は、(人に罪を犯させ、神の)怒りをもたらす(ことにある)からである。律法のない所には、その違反もあり得ない

 

ローマ人への手紙 7:7[塚本訳] それでは、どういうことになるのだろうか。律法(自体)が罪であろうか。もちろん、そうではない。(しかし罪と無関係ではない。)むしろ律法によらなければ、わたしは罪を知らなかった。なぜなら、律法が“(人のものを)欲しがってはならない”と言わなければ、わたしは欲を知らなかったであろう。

 

 

 

ローマ人への手紙2章13節

 

 [口語訳] なぜなら、律法を聞く者が、神の前に義なるものではなく、律法を行う者が、義とされるからである。

 

[新改訳] それは、律法を聞く者が神の前に正しいのではなく、律法を行なう者が正しいと認められるからです。

 

[新共同訳] 律法を聞く者が神の前で正しいのではなく、これを実行する者が、義とされるからです。

 

[文語訳]律法を聞くもの神の前に義たるにあらず、律法をおこなふ者のみ義とせらるべし。・・

 

[塚本訳]なぜなら、律法を聞く者が神の目に義であるのでなく、律法を行う者が義とされるからである。

 

[前田訳]それは、律法を聞くものが神の前に義人ではなく、律法を行なうものが義とされるからです。

 

 (NCV)Hearing the law does not make people right with God. It is those who obey the law who will be right with him.

 

[解読の鍵]

ローマ人への手紙 2:14[塚本訳] すなわち、律法を持たない異教人が、その天性によって律法の命ずるところと同じことを行えば、律法を持たなくても、彼ら(の心)が彼らにとっては律法なのである。

 

マタイによる福音書 7:21[塚本訳] わたしに『主よ、主よ』と言う者が皆、天の国に入るのではない。わたしの天の父上の御心を行う者(だけ)が入るのである

 

ルカによる福音書 8:21[塚本訳] イエスは答えられた、「わたしの母、わたしの兄弟は、神の御言葉を聞いて行う人たちである。"

 

ルカによる福音書 10:25-29 [口語訳]するとそこへ、ある律法学者が現れ、イエスを試みようとして言った、「先生、何をしたら永遠の生命が受けられましょうか」。

26 彼に言われた、「律法にはなんと書いてあるか。あなたはどう読むか」。

27 彼は答えて言った、「『心をつくし、精神をつくし、力をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ』。また、『自分を愛するように、あなたの隣り人を愛せよ』とあります」。

28 彼に言われた、「あなたの答は正しい。そのとおり行いなさい。そうすれば、いのちが得られる」。

29 すると彼は自分の立場を弁護しようと思って、イエスに言った、「では、わたしの隣り人とはだれのことですか」。

 

ルカによる福音書 18:14[塚本訳] わたしは言う、あの人でなく、この人の方が(神から)信心深いとされて、家にかえっていった。自分を高くする者は皆低くされるが、自分を低くする者は高くされるのである。

 

ヨハネの第一の手紙 2:29[新共同訳]  あなたがたは、御子が正しい方だと知っているなら、義を行う者も皆、神から生まれていることが分かるはずです

 

ローマ人への手紙 3:20[塚本訳] というのは、律法が命ずる行いによっては“だれ一人神の前に義とされる者はない。”律法によって(は)罪を知る(ことができるだけで、人を罪から救うことはできない)からである。

 

 

 

ローマ人への手紙2章14節

 

  [口語訳] すなわち、律法を持たない異邦人が、自然のままで、律法の命じる事を行うなら、たとい律法を持たなくても、彼らにとっては自分自身が律法なのである

 

[新改訳] ――律法を持たない異邦人が、生まれつきのままで律法の命じる行ないをするばあいは、律法を持たなくても、自分自身が自分に対する律法なのです。

 

[新共同訳] たとえ律法を持たない異邦人も、律法の命じるところを自然に行えば、律法を持たなくとも、自分自身が律法なのです。

 

 [文語訳]律法を有たぬ異邦人、もし本性のまま律法に載せたる所をおこなふ時は、律法を有たずともおのづから己が律法たるなり。

 

[塚本訳]すなわち、律法を持たない異教人が、その天性によって律法の命ずるところと同じことを行えば、律法を持たなくても、彼ら(の心)が彼らにとっては律法なのである。

 

 [前田訳]すなわち、律法を持たぬ異邦人が自然に律法のことを行なえば、律法はなくても、彼らにとって自らが律法です。 

 

 (NCV) (Those who are not Jews do not have the law, but when they freely do what the law commands, they are the law for themselves. This is true even though they do not have the law.

 

[解読の鍵]

ローマ人への手紙 2:12[塚本訳] すなわち、律法なしに罪を犯した者[異教人]はみな、律法なしに滅び、律法の下に罪を犯した者[ユダヤ人]はみな、律法によって罰される。"

 

使徒行伝 14:16-17[塚本訳] 過ぎた時代には、神はすべての異教人に自分の(好きな)道を歩かせておられたが、17それでも、天から雨を振らせて実りの季節を与え、(豊かな)食べ物の楽しみであなた達の心を満たすなど、かずかずの恩恵を施されたのであって、御自分のことを証明せずにおられたわけではない。」

 

使徒行伝 17:30[塚本訳] ところで神は(こんな)無知な時代を大目に見ておられるが、今や人類に対し、どこの者でも皆、悔改めねばならないことをお告げになっています

 

ローマ人への手紙 2:27[塚本訳] 従って、肉に割礼のない者が律法を全うすれば、彼の方があなたを・・(律法の)文字に通じ、割礼を受けていながら律法を犯すあなたを・・裁くであろう。"

 

エペソ人への手紙 2:1-3[塚本訳] 君達も(私達と同様に)自分の咎と罪によって死んだ者であって、"02かつてはこの世の世界の流れに従い、すなわち空中の権威と、今も不従順の子らの中に働いている(悪)霊との首領に従って、その咎と罪の中を歩いたのであった。"03(否、)私達も皆かつてはこの人達に伍して自分の肉の欲の中に生活し、肉と欲望の欲するままに振舞って、他の(異教)人達のように生まれながら(神の)怒りの(審判に定められた)子であった。"

 

 

 

ローマ人への手紙2章15節

 

[口語訳] 彼らは律法の要求がその心にしるされていることを現し、そのことを彼らの良心も共にあかしをして、その判断が互にあるいは訴え、あるいは弁明し合うのである。

 

[新改訳] 彼らはこのようにして、律法の命じる行ないが彼らの心に書かれていることを示しています。彼らの良心もいっしょになってあかしし、また、彼らの思いは互いに責め合ったり、また、弁明し合ったりしています。 ――

 

[新共同訳] こういう人々は、律法の要求する事柄がその心に記されていることを示しています。彼らの良心もこれを証ししており、また心の思いも、互いに責めたり弁明し合って、同じことを示しています。

 

[文語訳]即ち律法の命ずる所のその心に録されたるを顯し、おのが良心もこれを證をなして、その念、たがひに或は訴へ或は辯明す。・・"

 

[塚本訳]それは取りも直さず、律法の命ずる行いが彼らの心に書きつけられていることを彼らが示すのであり、彼らの良心も(同じく)これを証明し、また彼らの考えが互に咎めあるいは弁明することも、これを証明してくれる。

 

[前田訳]彼らは律法の行ないがその心に書かれいることを示しており、彼らの良心もそれを証し、彼らの考えも互いに訴え、または弁明もしてそれを示しています。

 

 (NCV) They show that in their hearts they know what is right and wrong, just as the law commands. And they show this by their consciences. Sometimes their thoughts tell them they did wrong, and sometimes their thoughts tell them they did right.)

 

[解読の鍵]

ヨブ記 27:6[口語訳]わたしは自らの正しさに固執して譲らない。一日たりとも心に恥じるところはない。

 

ヨハネによる福音書 8:9[塚本訳] これを聞くと、彼らは皆(良心に責められ、)老人を始めとして、ひとりびとり出ていって、(最後に)ただイエスと、真中に立ったままの女とが残った。

 

 

 

ローマ人への手紙2章16節

 

 [口語訳] そして、これらのことは、わたしの福音によれば、神がキリスト・イエスによって人々の隠れた事がらをさばかれるその日に、明らかにされるであろう

 

[新改訳] 私の福音によれば、神のさばきは、神がキリスト・イエスによって人々の隠れたことをさばかれる日に、行なわれるのです

 

[新共同訳] そのことは神が、わたしの福音の告げるとおり、人々の隠れた事柄をキリスト・イエスを通して裁かれる日に、明らかになるでしょう。

 

[文語訳]わが福音に云へる如く、神のキリスト・イエスによりて人々の隱れたる事を審きたまふ日に成るべし。"

 

[塚本訳]そしてこれらのことは、わたしの福音によれば、神がキリスト・イエスをもって人の隠れたことを裁かれる(最後の)日に、すべて明らかになるであろう

 

[前田訳]これらは、わが福音によれば、神がキリスト・イエスによって人々の隠れたことをお裁きの日に明らかになるでしょう。

 

 (NCV) All these things will happen on the day when God, through Christ Jesus, will judge people's secret thoughts. The Good News that I preach says this.

)

 

[解読の鍵]

 

マタイによる福音書 16:27 [新共同訳] 人の子は、父の栄光に輝いて天使たちと共に来るが、そのとき、それぞれの行いに応じて報いるのである。

 

マタイによる福音書 25:31-36[口語訳] 人の子が栄光の中にすべての御使たちを従えて来るとき、彼はその栄光の座につくであろう。

32 そして、すべての国民をその前に集めて、羊飼が羊とやぎとを分けるように、彼らをより分け、33 羊を右に、やぎを左におくであろう。 34 そのとき、王は右にいる人々に言うであろう、『わたしの父に祝福された人たちよ、さあ、世の初めからあなたがたのために用意されている御国を受けつぎなさい。 35 あなたがたは、わたしが空腹のときに食べさせ、かわいていたときに飲ませ、旅人であったときに宿を貸し、36 裸であったときに着せ、病気のときに見舞い、獄にいたときに尋ねてくれたからである』。

 

コリント人への第二の手紙 5:10[塚本訳] なぜなら、わたし達は(最後の日に)一人のこらずキリストの裁判席の前に自分を現し、ひとりびとりがその体によってしたことに従い、善いことにせよ悪いことにせよ報いを受けねばならないからである。"

 

ヘブル人への手紙 9:27-28[塚本訳] そして、ただ一度死ぬことと、そのあとで(神の前に出て)裁きを受けることとが人間にきまっていると同様、28キリストも、ただ一度“多くの人の罪を負う”ために捧げられ、(それから)二度目に、(しかし今度は)罪と関係なく、救のため、彼を待っている者に自分をあらわされるのである。

 

 

 

イエスは自分の死を贖罪の死と自覚していたのか

「イエスは自分の死を贖罪の死と自覚していたのか?」これは近代聖書学の最重要課題であった。その結論 は「ノー」である。イエスは自分の死が人類の罪を救うためであるなどとは知らずに死んだのだ。自分は神の子だとか自分の血は人類の罪の赦しのために流す血 だなどと自覚することなしに「エリ、エリ、ラマサバクタニ(我が神我が神何ゆえわれを見捨てたもうや)と神に絶望して死んでいったのだ。イエスは神の子だ とかその死は贖罪の死だと思い込んだのはパウロを筆頭とする弟子達でイエス本人はそんなことは考えていなかったのだ。」これが近代聖書学の結論である。聖 書学は良くやってくれた。こんなとき聖書学は有用である。これを否定して「イエスは自分の死を贖罪の死と考えていたのだ」と弁護する聖書学者がいるがそれ は「ひいきの引き倒し」である。イエスが自覚していなかったのはそれは「神が」なさった事だからである。神は人類を愛するのあまり「我が子 を」殺したのである。そのとき父なる神は愛する「我が子」に「おまえは人類のために死んでもらう」などとは言わない。それはあまりにかわいそうなことであ る。しかしその死の意味を真に理解したのはその神の心を深く知ったパウロたち弟子なのだ。イエス自身は「自分の死は人類の罪のための贖罪だ」などと「おこ がましいこと」を言わずにただひたすら神の強引な方針に従い憤死したのだ。しかしその背後に潜む神の「愛の心」を知った後の弟子達が「イエスは神の子」と か「その死は罪の赦しのため」と自覚したのだ。「先生」という概念や「お父さん」という概念はその愛を自覚した人の唇にはじめて上るのであって、「先公 (せんこう)」とか「親父(オヤジ)」とか思っているところには「先生」や「父」の概念は実在しないのだ。イエスはひたすら弟子の足を洗ったそのときイエ スは「あとでわかる、いつか分かる」と多分つぶやきながら弟子の足を拭いたのだ。(ヨハネ13:7)。そしてあとになって悟った弟子達の自覚において「神 の子」概念、神の子信仰が発生実在したのだ。

 

ヨハネによる福音書 13:7[塚本訳]

イエスが答えて言われた、「わたしが何をしているのか、いまはあなたにわからない。(わたしがいなくなった)あとでさとるだろう。」

(近代聖書学によればこの言葉こそ後代の加筆とするのだろうが、そこまで分析して読むと音楽でいう「音楽性」が失われて、聖書そのものの本質すら見失う。聖書はイエスを「神の子」と信じた人が書いたものなのだ。)

「あとで悟る」。その時はいつか。それは終末の時である。イエスにとって生きているうちは実を見ることができなかった。人生にとって苦難の意味は本人には最後の時まで隠されているらしい。我々はイエス以上に楽な道は歩めないのだ。

2001.1.14       高橋照男

 

 

 

表 題 ・ 要 約

 

 

ユダヤ人の罪(2章)・・・内村

ユダヤ人の矛盾生活(2.17-24)肉の割礼と心の割礼(2.25−29)・・・塚本

ユダヤ人は律法を持ちながら守らない(2.17-29)・・・塚本

ユダヤ人の律法違反(2.17−24)割礼は人を義としない(2.25−29)

・・・ケーゼマン

人を裁くな(2章)・・・高橋三郎

ユダヤ人は律法によって神を辱めている(2.17−29)・・・白井

肉のユダヤ人は真のユダヤ人にあらず(2.17-29)・・・黒崎

人間の義(2章)審判(2.14-29)・・・バルト

律法によってはユダヤ人は救われない(2.17-24)

割礼によっては救われない(2.25-29)・・・フランシスコ会

ユダヤ人と律法(2.17-29)・・・青野(岩波)

ユダヤ人の罪(2.17-3.8)・・・八木(講談社)

ユダヤ人に対する告発(2.17-29)・・・アルトハウスNTD

ユダヤ人の罪(2.18-32)律法を誇るユダヤ人に対するわざによる審き(2.17-24)

割礼を誇るユダヤ人に対するわざによる審き(2.25-29)

    ・・ヴィルケンスEKK

ユダヤ人と律法(2.17-3.8)・・・新共同訳

 

 

ローマ人への手紙2章17節

 

 [口語訳] もしあなたが、自らユダヤ人と称し、律法に安んじ、神を誇とし

 

[新改訳] もし、あなたが自分をユダヤ人ととなえ、律法を持つことに安んじ、神を誇り

 

[新共同訳] ところで、あなたはユダヤ人と名乗り、律法に頼り、神を誇りとし

 

[文語訳]と稱へられ、律法に安んじ、神を誇り

 

[塚本訳]あなたが自分はユダヤ人だと言い、律法を頼りにし、神との(特別の)関係を誇るならば、"

 

[前田訳]しあなたがユダヤ人を名のり、律法に頼り、神を誇り

 (NCV) What about you? You call yourself a Jew. You trust in the law of Moses and brag that you are close to God.

 

[解読の鍵]

ローマ人への手紙 2:28-29[口語訳]は、外見上のユダヤ人がユダヤ人ではなく、また、外見上の肉における割礼が割礼でもない。

29 かえって、隠れたユダヤ人がユダヤ人であり、また、文字によらず霊による心の割礼こそ割礼であって、そのほまれは人からではなく、神から来るのである。

 

マタイによる福音書 3:9[塚本訳] 『われわれの先祖はアブラハムである(から大丈夫だ)』などと考えてはならない。わたしは言う、神はそこらの石ころからでも、アブラハムの子供を造ることがお出来になるのだ。"

 

マタイによる福音書 8:11-12[塚本訳] わたしは言う、(最後の日には、このような信仰のあつい)大勢の人が“東から西から”来て、天の国でアブラハムやイサクやヤコブと共に宴会につらなり、12(かんじんのイスラエル人、すなわち)御国の子供たちは外の真暗闇に放り出され、そこでわめき、歯ぎしりするであろう。」"

 

ヨハネによる福音書 8:33[塚本訳] しかし彼らは(その意味がわからずに)答えた、「わたし達はアブラハムの子孫で(自由人で)ある。いまだかつてだれの奴隷にもなったことはない。どうして『あなた達は自由になる』と言われるのか。」

 

ピリピ人への手紙 3:3[塚本訳] (割礼は無いが、)私達こそ本当の割礼者である。(その証拠には、)私達は神の霊によって神に仕え、(ただ)キリスト・イエスを誇りとし、(決して)肉に、(人間の特権に)頼らないからだ・・"

 

ヨハネによる福音書 7:19 [塚本訳] (いったい)あなた達に律法を与えたのはモーセではないか。しかしあなた達のうちにだれ一人、その律法を守る者がない。(モーセ、モーセと言いながら、)なぜわたしを殺そうとするのか。(モーセは『殺してはならない』と言っているではないか。)」

 

ローマ人への手紙 9:32[塚本訳] なぜか。イスラエル人は信仰によってでなく行いによって(義とされ得るか)のように考え(て、追い求め)たからである。彼らは”躓きの石に“躓いた。"

 

コリント人への第二の手紙 11:22[塚本訳] あの人たちはヘブライ人だというのか、わたしもだ。イスラエル人だというのか、わたしもだ。アブラハムの子孫だというのか、わたしもだ。

 

ローマ人への手紙 2:23[塚本訳] (要するに、)あなたは律法を誇りながら、律法を破って神を辱しめている。

 

 

 

ローマ人への手紙2章18節

 

  [口語訳] 御旨を知り、律法に教えられて、なすべきことをわきまえており

 

[新改訳] みこころを知りなすべきことが何であるかを律法に教えられてわきまえ

 

[新共同訳] その御心を知り、律法によって教えられて何をなすべきかをわきまえています

 

[文語訳] その御意を知り、律法に教へられて善惡を辨へ

 

 [塚本訳] "またあなたが律法によって教えられて(神の)御心を知り、何が大切であるかが分り、

 

[前田訳] "律法から教えられてみ心を知り、何が大切かをわきまえ

 

(NCV)You know what he wants you to do and what is important, because you have learned the law.

 

[解読の鍵]

詩篇 119:105 [口語訳]あなたのみ言葉はわが足のともしび、わが道の光です

 

ルカによる福音書 12:47[塚本訳] 主人の心を知っていながら用意せず、あるいは主人の心に従って行動しなかった僕は、(鞭で)打たれることが多い。

 

ヨハネによる福音書 13:12-17 [口語訳]こうして彼らの足を洗ってから、上着をつけ、ふたたび席にもどって、彼らに言われた、「わたしがあなたがたにしたことがわかるか。

13 あなたがたはわたしを教師、また主と呼んでいる。そう言うのは正しい。わたしはそのとおりである。

14 しかし、主であり、また教師であるわたしが、あなたがたの足を洗ったからには、あなたがたもまた、互に足を洗い合うべきである。

15 わたしがあなたがたにしたとおりに、あなたがたもするように、わたしは手本を示したのだ。

16 よくよくあなたがたに言っておく。僕はその主人にまさるものではなく、つかわされた者はつかわした者にまさるものではない。

17 もしこれらのことがわかっていて、それを行うなら、あなたがたはさいわいである。

 

ヤコブへの手紙 4:17[塚本訳] だから善を為ることを知ってしないのはその人にとって罪である。"

 

テモテへの第二の手紙 3:14-17 [新共同訳] だがあなたは、自分が学んで確信したことから離れてはなりません。あなたは、それをだれから学んだかを知っており、

15 また、自分が幼い日から聖書に親しんできたことをも知っているからです。この書物は、キリスト・イエスへの信仰を通して救いに導く知恵を、あなたに与えることができます。

16 聖書はすべて神の霊の導きの下に書かれ、人を教え、戒め、誤りを正し、義に導く訓練をするうえに有益です。

17 こうして、神に仕える人は、どのような善い業をも行うことができるように、十分に整えられるのです。

 

コリント人への第一の手紙 8:1-3[新共同訳]  偶像に供えられた肉について言えば、「我々は皆、知識を持っている」ということは確かです。ただ、知識は人を高ぶらせるが、愛は造り上げる。

2 自分は何か知っていると思う人がいたら、その人は、知らねばならぬことをまだ知らないのです。

3 しかし、神を愛する人がいれば、その人は神に知られているのです

 

 

 

ローマ人への手紙2章19節

 

 [口語訳] さらに、知識と真理とが律法の中に形をとっているとして、自ら盲人の手引き、やみにおる者の光、愚かな者の導き手、幼な子の教師をもって任じているのなら、

 

[新改訳] また、知識と真理の具体的な形として律法を持っているため、盲人の案内人、やみの中にいる者の光、愚かな者の導き手、幼子の教師だと自任しているのなら、

 

[新共同訳] -20また、律法の中に、知識と真理が具体的に示されていると考え、盲人の案内者、闇の中にいる者の光、無知な者の導き手、未熟な者の教師であると自負しています。

 

[文語訳]また律法のうちに知識と眞理との式を有てりとして、盲人の手引、 暗黒にをる者の光明、

 

[塚本訳]20節合節 かつ律法の中に具体化した知識と真理とを持っているので、「盲人の手引」、「暗やみに迷う者の光り」、「無知な人の教育者」、「児童の教師」をもってみずから任じているならば、──"

 

[前田訳]自ら任じて目しいの案内、闇の中のものの光、

 

 (NCV) You think you are a guide for the blind and a light for those who are in darkness.

 [解読の鍵]

マタイによる福音書 6:23[塚本訳] 目が悪いと、体全体が暗い。だから(天に宝を積まないため、)もしあなたの内の光(である目、すなわち心)が暗かったら、その暗さはどんなであろう。"

 

マタイによる福音書 15:13-14[塚本訳] イエスは答えられた、「わたしの天の父上がお植えにならないものは皆、引き抜かれる。14あの人たちを放っておけ。盲人の手引をする盲人だ。盲人が盲人の手引をすれば、二人とも穴に落ちよう。」"

 

マタイによる福音書 23:24-27[口語訳] 盲目な案内者たちよ。あなたがたは、ぶよはこしているが、らくだはのみこんでいる。

25 偽善な律法学者、パリサイ人たちよ。あなたがたは、わざわいである。杯と皿との外側はきよめるが、内側は貪欲と放縦とで満ちている。

26 盲目なパリサイ人よ。まず、杯の内側をきよめるがよい。そうすれば、外側も清くなるであろう。

27 偽善な律法学者、パリサイ人たちよ。あなたがたは、わざわいである。あなたがたは白く塗った墓に似ている。外側は美しく見えるが、内側は死人の骨や、あらゆる不潔なものでいっぱいである。

 

ヨハネによる福音書 9:34[塚本訳] 彼らも負けずに言った、「罪だらけで生まれたお前が、このわれわれを教えるのか。」そして彼を(礼拝堂)追放にした

 

ヨハネによる福音書 9:40-41[塚本訳] イエスと一しょにいたパリサイ人たちがこれを聞いて、彼に言った、「まさか、このわれわれも盲だというのではあるまい。」"41イエスが言われた、「盲だったら、罪はなかった。たが今、『見える』と言うから、あなた達の罪はいつまでもなくならない。(光に来ようとしないのだから。)

 

マタイによる福音書 4:16[塚本訳] 暗闇に住まう(これらの地方の)民は大いなる光を見、死の陰の地に住まうこの人々に光がのぼった、”

 

使徒行伝 26:16-18[新共同訳]  起き上がれ。自分の足で立て。わたしがあなたに現れたのは、あなたがわたしを見たこと、そして、これからわたしが示そうとすることについて、あなたを奉仕者、また証人にするためである。 17 わたしは、あなたをこの民と異邦人の中から救い出し、彼らのもとに遣わす。 18 それは、彼らの目を開いて、闇から光に、サタンの支配から神に立ち帰らせ、こうして彼らがわたしへの信仰によって、罪の赦しを得、聖なる者とされた人々と共に恵みの分け前にあずかるようになるためである。』」

 

 

 

ローマ人への手紙2章20節

 

  [口語訳] (19節に合節)

 

[新改訳] (19節に合節)

 

[新共同訳] (19節に合節)

 

[文語訳]の守役、幼兒の教師なりと自ら信ずる者よ、

 

[塚本訳] (19節に合節)

 

[前田訳] 無知なものの導き手、幼子の教師として、律法の中に形をとった知識と真理を持つとするならば

 

 (NCV) You think you can show foolish people what is right and teach those who know nothing. You have the law; so you think you know everything and have all truth.

[解読の鍵]

 

テトスへの手紙 1:16[塚本訳] (口では)神を知っていると公言しながら、(その)業で否定している。彼らは(神の目に)忌まわしく、不従順で、凡ての善い業に不適当である。

 

テモテへの第二の手紙 3:5[塚本訳] 彼らは敬虔を装うが(真面目な生活をしようとせず、)その(乱れた生活によってかえって敬虔の)能力を否定している。彼らを離れよ。

 

マタイによる福音書 11:25[塚本訳] その時イエスは声をはげまして言われた、「天地の主なるお父様、(神の国の秘密に関する)これらのことを(この世の)賢い人、知恵者に隠して、幼児(のような人たち)にあらわされたことを、讃美いたします。

 

コリント人への第一の手紙 3:1 [口語訳]兄弟たちよ。わたしはあなたがたには、霊の人に対するように話すことができず、むしろ、肉に属する者、すなわち、キリストにある幼な子に話すように話した。

 

ヘブル人への手紙 5:13 [新共同訳] 乳を飲んでいる者はだれでも、幼子ですから、義の言葉を理解できません。

 

ペテロの第一の手紙 2:2 [新共同訳] 生まれたばかりの乳飲み子のように、混じりけのない霊の乳を慕い求めなさい。これを飲んで成長し、救われるようになるためです。

 

ローマ人への手紙 6:17[新改訳]神に感謝すべきことには、あなたがたは、もとは罪の奴隷でしたが、伝えられた教えの規準に心から服従し

 

[新改訳]神に感謝すべきことには、あなたがたは、もとは罪の奴隷でしたが、伝えられた教えの規準に心から服従し、

 

   [新共同訳] しかし、神に感謝します。あなたがたは、かつては罪の奴隷でしたが、今は伝えられた教えの規範を受け入れ、それに心から従うようになり

 

[口語訳]しかし、神は感謝すべきかな。あなたがたは罪の僕であったが、伝えられた教の基準に心から服従して

 

テモテへの第二の手紙 1:13[塚本訳] 私から聴いたことを健全なる教えの模範とせよ。キリスト・イエスにある信仰と(彼に対する)愛とをもってこれを宣べよ。"

 

 

 

ローマ人への手紙2章21節

 

  [口語訳] なぜ、人を教えて自分を教えないのか。盗むなと人に説いて、自らは盗むのか。

 

[新改訳] どうして、人を教えながら、自分自身を教えないのですか。盗むなと説きながら、自分は盗むのですか。

 

[新共同訳] それならば、あなたは他人には教えながら、自分には教えないのですか。「盗むな」と説きながら、盗むのですか。

 

[文語訳]何ゆゑ人に教へて己を教へぬか、竊む勿れと宣べて自ら竊むか、

 

[塚本訳]それで、人を教えながら、あなたは自分を教えないのか。盗んではならないと説きながら、盗むのか。

 

[前田訳]人を教えて自らを教えないのですか。盗むなと説いて盗むのですか

 

[解読の鍵]

マタイによる福音書 23:3[塚本訳] だからなんでも彼らがあなた達に言うことを行い、また守れ。しかし、そのすることを真似てはならない。あの人たちは言うだけで行わないのだから。

 

ルカによる福音書 11:46[塚本訳] イエスが言われた、「ああ禍だ、君たち律法学者も!君たちは人には負いきれない荷を負わせながら、自分では(担ってやるどころか、)ただの指一本、その荷にさわってやらないからだ。

 

ルカによる福音書 12:47[塚本訳] 主人の心を知っていながら用意せず、あるいは主人の心に従って行動しなかった僕は、(鞭で)打たれることが多い

 

ルカによる福音書 19:22[塚本訳] 彼に言う、『悪い僕よ、あなたのその言葉で罰してやろう。このわたしが、預けないものを取り立て、まかないものを刈り取る厳しい人間だと知っていたのか。

 

マタイによる福音書 21:13[塚本訳] それからこう言われた、「“わたしの家は祈りの家と呼ばれるべきである”と(聖書に)書いてあるのに、あなた達はそれを“強盗の巣”にしている。

 

ガラテヤ人への手紙 6:13[塚本訳] というのは、割礼を受けている彼ら自身が、律法を守らない。彼らがあなた達に割礼を受けさせたいのは、あなた達の肉において誇ろうとするのである。

 

詩篇 50:16-21[新共同訳]  神は背く者に言われる。「お前はわたしの掟を片端から唱え、わたしの契約を口にする。どういうつもりか。

17 お前はわたしの諭しを憎み、わたしの言葉を捨てて顧みないではないか。

18 盗人と見ればこれにくみし、姦淫を行う者の仲間になる。

19 悪事は口に親しみ、欺きが舌を御している。

20 座しては兄弟をそしり、同じ母の子を中傷する。

21 お前はこのようなことをしている。わたしが黙していると思うのか。わたしをお前に似たものと見なすのか。罪状をお前の目の前に並べてわたしはお前を責める

 

イザヤ書 56:11 [口語訳]この犬どもは強欲で、飽くことを知らない。彼らはまた悟ることのできない牧者で、皆おのが道にむかいゆき、おのおのみな、おのれの利を求める

 

コリント人への第一の手紙 9:26-27 [口語訳]そこで、わたしは目標のはっきりしないような走り方をせず、空を打つような拳闘はしない

27 すなわち、自分のからだを打ちたたいて服従させるのでる。そうしないと、ほかの人に宣べ伝えておきながら、自分は失格者になるかも知れない

 

 

 

ローマ人への手紙2章22節

 

 [口語訳] 姦淫するなと言って、自らは姦淫するのか。偶像を忌みきらいながら、自らは宮の物をかすめるのか。

 

[新改訳] 姦淫するなと言いながら、自分は姦淫するのですか。偶像を忌みきらいながら、自分は神殿の物をかすめるのですか。

 

[新共同訳] 「姦淫するな」と言いながら、姦淫を行うのですか。偶像を忌み嫌いながら、神殿を荒らすのですか。

 

[文語訳]姦淫する勿れと言ひて姦淫するか、偶像を惡みて宮の物を奪ふか、

 

[塚本訳]姦淫をしてはならないと言いながら、姦淫をするのか。偶像を忌みきらいながら、宮荒しをするのか。

 

[前田訳]姦淫するなといって姦淫するのですか。偶像を忌みきらって宮荒しをするのですか。

 

(NCV)You say that others must not take part in adultery, but you are guilty of that sin. You hate idols, but you steal from temples.

 

[解読の鍵]

エレミヤ書 5:3-9 [新共同訳] 主よ、御目は、真実を求めておられるではありませんか。彼らを打たれても、彼らは痛みを覚えず、彼らを打ちのめされても彼らは懲らしめを受け入れず、その顔を岩よりも固くして、立ち帰ることを拒みました。 4 わたしは思った。「これは身分の低い人々で、彼らは無知なのだ。主の道、神の掟を知らない。

5 身分の高い人々を訪れて語り合ってみよう。彼らなら、主の道、神の掟を知っているはずだ」と。だが、彼らも同様に軛を折り、綱を断ち切っていた。

6 それゆえ、森の獅子が彼らを襲い、荒れ地の狼が彼らを荒らし尽くす。豹が町々をねらい、出て来る者を皆、餌食とする彼らは背きを重ね、その背信が甚だしいからだ。

7 どうして、このようなお前を赦せようか。お前の子らは、わたしを捨て、神でもないものによって誓う。わたしは彼らに十分な食べ物を与えた。すると、彼らは姦淫を犯し遊女の家に群がって行った

8 彼らは、情欲に燃える太った馬のように、隣人の妻を慕っていななく。

9 これらのことをわたしが罰せずにいられようかと、主は言われる。このような民に対し、わたしは必ずその悪に報いる

 

エレミヤ書 7:9-10[新共同訳]  盗み、殺し、姦淫し、偽って誓い、バアルに香をたき、知ることのなかった異教の神々に従いながら、

 

マタイによる福音書 5:27-28[塚本訳] 27あなた達は(昔の人がモーセから、)“姦淫をしてはならない”と命じられたことを聞いたであろう。"

28しかしわたしはあなた達に言う、情欲をもって人妻を見る者は皆、(見ただけで)すでに心の中でその女を姦淫したのである。

 

ヨハネによる福音書 8:7[塚本訳] しかし彼らがしつこく尋ねていると、身を起こして言われた、「あなた達の中で罪(をおかしたこと)のない者が、まずこの女に石を投げつけよ。"

マルコによる福音書 11:17[新共同訳]  そして、人々に教えて言われた。「こう書いてあるではないか。『わたしの家は、すべての国の人の祈りの家と呼ばれるべきである。』ところが、あなたたちはそれを強盗の巣にしてしまった。」

 

ヤコブへの手紙 4:4 [新共同訳] 神に背いた者たち、世の友となることが、神の敵となることだとは知らないのか。世の友になりたいと願う人はだれでも、神の敵になるのです

 

マラキ書 1:14[新共同訳] 群れの中に傷のない雄の動物を持っており、それをささげると誓いながら、傷のあるものを主にささげる偽り者は呪われよ。わたしは大いなる王で、わたしの名は諸国の間で畏れられている、と万軍の主は言われる。

 

 

 

ローマ人への手紙2章23節

 

[口語訳] 律法を誇としながら、自らは律法に違反して、神を侮っているのか。

 

[新改訳] 律法を誇りとしているあなたが、どうして律法に違反して、神を侮るのですか。

 

[新共同訳] あなたは律法を誇りとしながら、律法を破って神を侮っている

 

[文語訳]律法に誇りて律法を破り神を輕んずるか

 

[塚本訳](要するに、)あなたは律法を誇りながら、律法を破って神を辱しめている

 

[前田訳]あなたは律法を誇りながら、律法を破って神をはずかしめています

 

 (NCV) You brag about having God's law, but you bring shame to God by breaking his law,

 

[解読の鍵]

マルコによる福音書 10:17-22 [新共同訳] イエスが旅に出ようとされると、ある人が走り寄って、ひざまずいて尋ねた。「善い先生、永遠の命を受け継ぐには、何をすればよいでしょうか。」

18 イエスは言われた。「なぜ、わたしを『善い』と言うのか。神おひとりのほかに、善い者はだれもいない。

19 『殺すな、姦淫するな、盗むな、偽証するな、奪い取るな、父母を敬え』という掟をあなたは知っているはずだ。」

20 すると彼は、「先生、そういうことはみな、子供の時から守ってきました」と言った。

21 イエスは彼を見つめ、慈しんで言われた。「あなたに欠けているものが一つある。行って持っている物を売り払い、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に富を積むことになる。それから、わたしに従いなさい。」

22 その人はこの言葉に気を落とし、悲しみながら立ち去った。たくさんの財産を持っていたからである。

 

ルカによる福音書 10:26-29 [口語訳]彼に言われた、「律法にはなんと書いてあるか。あなたはどう読むか」

27 彼は答えて言った、「『心をつくし、精神をつくし、力をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ』。また、『自分を愛するように、あなたの隣り人を愛せよ』とあります」。

28 彼に言われた、「あなたの答は正しい。そのとおり行いなさい。そうすれば、いのちが得られる」

29 すると彼は自分の立場を弁護しようと思って、イエスに言った、「では、わたしの隣り人とはだれのことですか」。

 

ルカによる福音書 18:11[塚本訳] パリサイ人は(得々と)ひとり進み出て、こう祈った、『神様、わたしはほかの人たちのように泥棒、詐欺師、姦淫する者でなく、また、この税金取りのような人間でもないことを感謝します。

 

ヨハネによる福音書 5:4[塚本訳] (しかし)わたしが(最後の日に)あなた達を父上に訴えるなどと考えてはならない。いつも訴えている者がいる。あなた達が頼みとしているあのモーセである

 

ヨハネによる福音書 9:28[新共同訳]そこで、彼らはののしって言った。「お前はあの者の弟子だが、我々はモーセの弟子だ

29 我々は、神がモーセに語られたことは知っているが、あの者がどこから来たのかは知らない。」

 

 

 

ローマ人への手紙2章24節

 

 [口語訳] 聖書に書いてあるとおり、「神の御名は、あなたがたのゆえに、異邦人の間で汚されている」。

 

[新改訳] これは、「神の名は、あなたがたのゆえに、異邦人の中でけがされている。」と書いてあるとおりです。

 

[新共同訳] 「あなたたちのせいで、神の名は異邦人の中で汚されている」と書いてあるとおりです。

 

[文語訳]録して『神の名は汝らの故によりて異邦人の中に涜さる』とあるが如し。

 

[塚本訳]神の御名はあなた達のために異教人の中で冒涜される”と書いてあるとおりである。

 

[前田訳]「神のみ名はあなた方によって異邦人の間でけがされる」と聖書にあるとおりです。

 

 (NCV) just as the Scriptures say: "Those who are not Jews speak against God's name because of you."

 

[解読の鍵]

イザヤ書 52:5 [新共同訳] そして今、ここで起こっていることは何か、と主は言われる。わたしの民はただ同然で奪い去られ、支配者たちはわめき、わたしの名は常に、そして絶え間なく侮られている、と主は言われる。

 

哀歌 2:16-17[新共同訳]  敵は皆、あなたに向かって大口を開け、歯をむき、口笛を吹き、そして言う、「滅ぼし尽くしたぞ。ああ、これこそ待ちに待った日だ。たしかに見届けた」と。 17 主は計画したことを実現し、約束したことを果たされる方。昔、命じておかれたところのゆえに、あなたを破壊し、容赦されなかった。敵はそのあなたを見て喜び、あなたを苦しめる者らは角を上げる。

 

エゼキエル書 36:20-23 [口語訳] 21 しかしわたしはイスラエルの家が、その行くところの諸国民の中で汚したわが聖なる名を惜しんだ 22 それゆえ、あなたはイスラエルの家に言え。主なる神はこう言われる、イスラエルの家よ、わたしがすることはあなたがたのためではない。それはあなたがたが行った植民の中で汚した、わが聖なる名のためである。

23 わたしは諸国民の中で汚されたもの、すなわち、あなたがたが彼らの中で汚した、わが大いなる名の聖なることを示す。わたしがあなたがたによって、彼らの目の前に、わたしの聖なることを示す時、諸国民はわたしが主であることを悟ると、主なる神は言われる

 

ペテロの第二の手紙 2:1-2 しかし、民の間に、にせ預言者が起ったことがあるが、それと同じく、あなたがたの間にも、にせ教師が現れるであろう。彼らは、滅びに至らせる異端をひそかに持ち込み、自分たちをあがなって下さった主を否定して、すみやかな滅亡を自分の身に招いている。

2 また、大ぜいの人が彼らの放縦を見習い、そのために、真理の道がそしりを受けるに至るのである。

 

テモテへの第一の手紙 6:1 軛の下にある奴隷の身分の人は皆、自分の主人を十分尊敬すべきものと考えなければなりません。それは、神の御名とわたしたちの教えが冒涜されないようにするためです

 

テトスへの手紙 2:5 [口語訳]慎み深く、純潔で、家事に努め、善良で、自分の夫に従順であるように教えることになり、したがって、神の言がそしりを受けないようになるであろう。

 

テトスへの手紙 2:8 [口語訳]非難のない健全な言葉を用いなさい。そうすれば、反対者も、わたしたちについてなんの悪口も言えなくなり、自ら恥じいるであろう

 

 

 

ローマ人への手紙2章25節

 

 [口語訳] もし、あなたが律法を行うなら、なるほど、割礼は役に立とう。しかし、もし律法を犯すなら、あなたの割礼は無割礼となってしまう

 

[新改訳] もし律法を守るなら、割礼には価値があります。しかし、もしあなたが律法にそむいているなら、あなたの割礼は、無割礼になったのです

 

[新共同訳] あなたが受けた割礼も、律法を守ればこそ意味があり、律法を破れば、それは割礼を受けていないのと同じです

 

[文語訳]なんぢ律法を守らば割禮は益あり、律法を破らば汝の割禮は無割禮となるなり

 

[塚本訳]なぜか。律法を守れば、割礼も役に立つが、律法を犯せば、あなたの割礼は割礼がないと同じである

 

[前田訳]律法を守れば割礼は役立ちますが、律法を破ればあなたの割礼は無割礼になります。

 

(NCV)If you follow the law, your circumcision has meaning. But if you break the law, it is as if you were never circumcised.

 

[解読の鍵]

ローマ人への手紙 2:28-3:2[口語訳] というのは、外見上のユダヤ人がユダヤ人ではなく、また、外見上の肉における割礼が割礼でもない

29 かえって、隠れたユダヤ人がユダヤ人であり、また、文字によらず霊による心の割礼こそ割礼であって、そのほまれは人からではなく、神から来るのである。

1 では、ユダヤ人のすぐれている点は何か。また割礼の益は何か。

2 それは、いろいろの点で数多くある。まず第一に、神の言が彼らにゆだねられたことである。

 

ローマ人への手紙 4:11-12 [新共同訳] アブラハムは、割礼を受ける前に信仰によって義とされた証しとして、割礼の印を受けたのです。こうして彼は、割礼のないままに信じるすべての人の父となり、彼らも義と認められました。

12 更にまた、彼は割礼を受けた者の父、すなわち、単に割礼を受けているだけでなく、わたしたちの父アブラハムが割礼以前に持っていた信仰の模範に従う人々の父ともなったのです。

 

申命記 30:6 [新共同訳] あなたの神、主はあなたとあなたの子孫の心に割礼を施し、心を尽くし、魂を尽くして、あなたの神、主を愛して命を得ることができるようにしてくださる。

 

ガラテヤ人への手紙 5:3-6[新共同訳] 割礼を受ける人すべてに、もう一度はっきり言います。そういう人は律法全体を行う義務があるのです。4 律法によって義とされようとするなら、あなたがたはだれであろうと、キリストとは縁もゆかりもない者とされ、いただいた恵みも失います。 5 わたしたちは、義とされた者の希望が実現することを、”霊”により、信仰に基づいて切に待ち望んでいるのです。 6 キリスト・イエスに結ばれていれば、割礼の有無は問題ではなく、愛の実践を伴う信仰こそ大切です。

 

 

 

ローマ人への手紙2章26節

 

[口語訳] だから、もし無割礼の者が律法の規定を守るなら、その無割礼は割礼と見なされるではないか。

 

[新改訳] もし割礼を受けていない人が律法の規定を守るなら、割礼を受けていなくても、割礼を受けている者とみなされないでしょうか

 

[新共同訳] だから、割礼を受けていない者が、律法の要求を実行すれば、割礼を受けていなくても、受けた者と見なされるのではないですか

 

[文語訳]割禮なき者も律法の義を守らば、その無割禮は割禮とせらるるにあらずや

 

[塚本訳]反対に、割礼のない者が律法の要求することを守れば、割礼はなくても、割礼があると同様にみなされるではないか

[前田訳]無割礼のものが律法の条項を守れば、無割礼は割礼と認められませんか

 

 (NCV) People who are not Jews are not circumcised, but if they do what the law says, it is as if they were circumcised.

 

[解読の鍵]

イザヤ書 56:6-7[新共同訳]  また、主のもとに集って来た異邦人が、主に仕え、主の名を愛し、その僕となり、安息日を守り、それを汚すことなく、わたしの契約を固く守るなら

7 わたしは彼らを聖なるわたしの山に導き、わたしの祈りの家の喜びの祝いに連なることを許す。彼らが焼き尽くす献げ物といけにえをささげるなら、わたしの祭壇で、わたしはそれを受け入れる。わたしの家は、すべての民の祈りの家と呼ばれる。

 

マタイによる福音書 8:11-12[塚本訳] わたしは言う、(最後の日には、このような信仰のあつい)大勢の人が“東から西から”来て、天の国でアブラハムやイサクやヤコブと共に宴会につらなり、"12(かんじんのイスラエル人、すなわち)御国の子供たちは外の真暗闇に放り出され、そこでわめき、歯ぎしりするであろう。」

 

マタイによる福音書 15:22-28 [口語訳]すると、そこへ、その地方出のカナンの女が出てきて、「主よ、ダビデの子よ、わたしをあわれんでください。娘が悪霊にとりつかれて苦しんでいます」と言って叫びつづけた。

23 しかし、イエスはひと言もお答えにならなかった。そこで弟子たちがみもとにきて願って言った、「この女を追い払ってください。叫びながらついてきていますから」。

24 するとイエスは答えて言われた、「わたしは、イスラエルの家の失われた羊以外の者には、つかわされていない」

25 しかし、女は近寄りイエスを拝して言った、「主よ、わたしをお助けください」。

26 イエスは答えて言われた、「子供たちのパンを取って小犬に投げてやるのは、よろしくない」。

27 すると女は言った、「主よ、お言葉どおりです。でも、小犬もその主人の食卓から落ちるパンくずは、いただきます」。

28 そこでイエスは答えて言われた、「女よ、あなたの信仰は見あげたものである。あなたの願いどおりになるように」。その時に、娘はいやされた。

 

ピリピ人への手紙 3:3[塚本訳] (割礼は無いが、)私達こそ本当の割礼者である。(その証拠には、)私達は神の霊によって神に仕え、(ただ)キリスト・イエスを誇りとし、(決して)肉に、(人間の特権に)頼らないからだ・・"

 

コロサイ人への手紙 2:11[塚本訳] 君達はまた彼において手にてせざる(真の)割礼、すなわち(モーセ律法によりただ体の一部に施すものでなく、)肉の体を(悉く)脱ぎ去るキリストの割礼によって割礼された。"

 

 

 

ローマ人への手紙2章27節

 

  [口語訳] かつ、生れながら無割礼の者であって律法を全うする者は、律法の文字と割礼とを持ちながら律法を犯しているあなたを、さばくのである。

 

[新改訳] また、からだに割礼を受けていないで律法を守る者が、律法の文字と割礼がありながら律法にそむいているあなたを、さばくことにならないでしょうか。

 

[新共同訳] そして、体に割礼を受けていなくても律法を守る者が、あなたを裁くでしょう。あなたは律法の文字を所有し、割礼を受けていながら、律法を破っているのですから。

 

[文語訳]本性のまま割禮なくして律法を全うする者は、儀文と割禮とありてなほ律法をやぶる汝を審かん。

 

[塚本訳]従って、肉に割礼のない者が律法を全うすれば、彼の方があなたを──(律法の)文字に通じ、割礼を受けていながら律法を犯すあなたを──裁くであろ

う。

 

[前田訳]したがって、内において無割礼のものが律法を全うすれば、彼のほうがあなたを裁くでしょう、あなたは律法の文字と割礼がありながら律法を破っていますから。

 

 (NCV) You Jews have the written law and circumcision, but you break the law. So those who are not circumcised in their bodies, but still obey the law, will show that you are guilty.

 

[解読の鍵]

ローマ人への手紙 8:3-4[塚本訳] 律法が肉に妨げられて無力になったために出来なくなったことを、神は(御子によって)成し遂げてくださった。すなわち(わたし達の)罪の(征服の)ためにその子を罪の肉の形で(この世に)遣わし、その肉(を殺すこと)において罪を罰されたのである。04これはわたし達が(もはや)肉によって歩かず、霊によって歩き、律法の要求することがわたし達において完全に果たされるためである。

 

ローマ人への手紙 13:10[新共同訳]  愛は隣人に悪を行いません。だから、愛は律法を全うするものです。

 

マタイによる福音書 5:17-20[口語訳]わたしが律法や預言者を廃するためにきた、と思ってはならない。廃するためではなく、成就するためにきたのである。

18 よく言っておく。天地が滅び行くまでは、律法の一点、一画もすたることはなく、ことごとく全うされるのである。

 

ガラテヤ人への手紙 5:14[塚本訳] (もしあなた達がたがいに愛するならば、律法を守らずして、実は律法を完成することができる。)というのは、律法全体は一言で成就するからである、すなわち、“隣の人を自分のように愛せよ”。

 

 

 

ローマ人への手紙2章28節

 

[口語訳] というのは、外見上のユダヤ人がユダヤ人ではなく、また、外見上の肉における割礼が割礼でもない。

 

[新改訳] 外見上のユダヤ人がユダヤ人なのではなく、外見上のからだの割礼が割礼なのではありません。

 

[新共同訳] 外見上のユダヤ人がユダヤ人ではなく、また、肉に施された外見上の割礼が割礼ではありません。

 

[文語訳]それ表面のユダヤ人はユダヤ人たるにあらず、肉に在る表面の割禮は割禮たるにあらず。

 

[塚本訳]なぜなら、みかけだけのユダヤ人はユダヤ人ではなく、みかけだけの肉的な割礼は割礼ではない。

 

[前田訳]それは、うわべのユダヤ人はユダヤ人でなく、肉によるうわべの割礼も割礼ではないからです。 

 

 (NCV)They can do this because a person is not a true Jew if he is only a Jew in his physical body; true circumcision is not only on the outside of the body.

 

[解読の鍵]

ローマ人への手紙 9:6-8[塚本訳] (ところがイスラエル人は、この約束の成就であるイエス・キリストを十字架につけて殺してしまった。)しかしこれは、神の(約束の)言葉が反故になったなどというのでは決してない。なぜなら、(祖先)イスラエル[ヤコブ]から出た者が皆、イスラエル人だという訳ではないからである。07またアブラハムの子孫だからとて、それが皆その子供とはかぎらない。(その証拠には、神は女奴隷ハガルとの間のイシマエルを正当の子とみなさず、“正妻サラとの間の約束の子)イサクから生まれる者が、あなたの子孫となるべきである”と(仰せられたと聖書に)ある。"08すなわち、(アブラハムの)血筋を引く子供が、当然に(彼の子孫として約束にあずかる)神の子供ではなく、約束の(言葉によって生まれた)子供(だけ)が、(彼の)子孫と見なされるのである。"

 

マタイによる福音書 3:9[新共同訳] 『我々の父はアブラハムだ』などと思ってもみるな。言っておくが、神はこんな石からでも、アブラハムの子たちを造り出すことがおできになる。

 

ヨハネによる福音書 1:47 [口語訳]イエスはナタナエルが自分の方に来るのを見て、彼について言われた、「見よ、あの人こそ、ほんとうのイスラエル人である。その心には偽りがない」

 

ヨハネによる福音書 8:37-39[塚本訳]

37あなた達がアブラハムの子孫であることをわたしは知っている。ところがあなた達は(わたしを信ずるには信じたが、)わたしを殺そうとしている。(それは当然だ。)わたしの言葉が、あなた達の(心の)中で根を張らないのだから。"38わたしは父上のところで見たことを語り、あなた達も同じく(自分の)父から聞いたことをする。」"39彼らが答えて言った、「われわれの父はアブラハムだ。」イエスが言われる、「もしアブラハムの子供なら、アブラハムの(子供らしく、アブラハムと同じ)行いをするはずだ。

 

ガラテヤ人への手紙 6:15[塚本訳] なぜなら、割礼があるのも、割礼がないのも、なんの意味もない。ただ意味があるのは、(キリストによる)新しい創造。

 

 

 

ローマ人への手紙2章29節

 

  [口語訳] かえって、隠れたユダヤ人がユダヤ人であり、また、文字によらず霊による心の割礼こそ割礼であって、そのほまれは人からではなく、神から来るのである。

 

[新改訳] かえって人目に隠れたユダヤ人がユダヤ人であり、文字ではなく、御霊による、心の割礼こそ割礼です。その誉れは、人からではなく、神から来るものです。

 

[新共同訳] 内面がユダヤ人である者こそユダヤ人であり、文字ではなく“霊”によって心に施された割礼こそ割礼なのです。その誉れは人からではなく、神から来るのです。

 

[文語訳]隱なるユダヤ人はユダヤ人なり、儀文によらず、靈による心の割禮は割禮なり、その譽は人よりにあらず、神より來るなり。

 

[塚本訳]隠れた(心の中の)ユダヤ人こそ(まことのユダヤ人、)また(律法の)文字によらない、霊的な心の割礼こそ(まことの割礼であり、こんなユダヤ人が、)人間からでなく、神からの栄誉をうけるのである。

 

[前田訳]隠れたところにあるユダヤ人こそ、また、文字によらず霊による心の割礼こそ、人からでなく神からの誉れを受けるのです。 

(NCV) A person is a Jew only if he is a Jew inside; true circumcision is done in the heart by the Spirit, not by the written law. Such a person gets praise from God rather than from people.

 

[解読の鍵]

申命記 10:16 [口語訳]それゆえ、あなたがたは心に割礼をおこない、もはや強情であってはならない。

 

マタイによる福音書 23:25-28 偽善な律法学者、パリサイ人たちよ。あなたがたは、わざわいである。杯と皿との外側はきよめるが、内側は貪欲と放縦とで満ちている。26 盲目なパリサイ人よ。まず、杯の内側をきよめるがよい。そうすれば、外側も清くなるであろう。

27 偽善な律法学者、パリサイ人たちよ。あなたがたは、わざわいである。あなたがたは白く塗った墓に似ている。外側は美しく見えるが、内側は死人の骨や、あらゆる不潔なものでいっぱいである。 28 このようにあなたがたも、外側は人に正しく見えるが、内側は偽善と不法とでいっぱいである。

 

ヨハネによる福音書 4:23[塚本訳] しかし(ユダヤ人もサマリヤ人もなく、)本当の礼拝者が霊と真理とをもって父上を礼拝する時が来る。いや、今もうきている。父上もこんな礼拝者を求めておられるのである。

 

テサロニケ人への第一の手紙 2:4[塚本訳] 私達は神に(心の中を)験され(た後、選ばれ)て福音を託されたのであるから、そのように・・人間の気に入ろうとせず、(ただ)私達の“心を験し給う”神の御意に適うように・・語るのである

 

 

 

復讐心は贖罪によって静まる

「復讐!!」「復讐!!」、 人を赦せない夜。メラメラと燃え上がる「復讐心」。何をしても心に平安がこない「眠られぬ夜」(ヒルティ)。復讐したい。正義のためにも復讐したい。自分 で自分をどうしようにもできなくなってしまうそのような夜は人生で一番つらく苦しいときである。

民数記 35: 21 [口語訳] または、敵意を抱いて殴りつけて、人を死なせた場合、手出しをした者は必ず死刑に処せられる。彼は殺害者である。血の復讐をする者は、その殺害者に出会うとき殺すことができる

 

詩篇 22:2[口語訳] わが神よ、わたしが昼よばわっても、あなたは答えられず、夜よばわっても平安を得ません。

 

こんなときはパウロの「戒め」の言葉も心に通じず慰めを得ない。「パウロ様ゴメンナサイ」

ローマ人への手紙 12:19 [口語訳]愛する者たちよ。自分で復讐をしないで、むしろ、神の怒りに任せなさい。なぜなら、「主が言われる。復讐はわたしのすることである。わたし自身が報復する」と書いてあるからである。

 

また申し訳ないがイエスの「戒め」の言葉すら耳に入らないのだ。「イエス様ゴメンナサイ」

マタイによる福音書 5:44[塚本訳]

しかしわたしはあなた達に言う、敵を愛せよ。自分を迫害する者のために祈れ

 

狂おしく「復讐心」に燃えて苦しんでいるとき、心に静かに小さな声がささやかれる。「お前も同罪だ!!」。このときまた瞬間に「十字架」が示されて自分の罪が赦される。不思議なる贖罪の体験。奇跡。そして心の重荷が降りる。

ローマ人への手紙 7:23-25[塚本訳]

わたしの肢体にもう一つの(わたし、罪の)法則(を喜ぶ外の人としてのわたし)があり、(その神の律法を行おうとする)わたしの理性の法則と戦って、肢体にあるこの罪の法則の捕虜にすることを、経験するのである。24なんとわたしはみじめな人間だろうだれがこの死の体から、わたしを救い出してくれるのだろうか。

25・・神様、感謝します、わたし達の主イエス・キリストによって!・・従って、このわたしは理性では神の律法に仕えるが、肉では罪の法則に仕えるのである。"

 

そして驚くべき平安が到来し、心に「平安」という大河が流れる。そして心の重荷苦しみからの解放、安らぎ、自由。これこそが人間の真の解放、これぞ「福音」なのだ。

イザヤ書 48:18 [口語訳]どうか、あなたはわたしの戒めに聞き従うように。そうすれば、あなたの平安は川のように、あなたの義は海の波のようになり

 

そしてわれわれはそのとき初 めて人を赦せることができるのだ。「金持ちけんかせず」という、心に平安という莫大な富をいただいて我々は初めて人を赦せるのだ。それまでは「無い袖は振 れない」ので人間は努力しても人を赦せない。ヒューマニズムでは無理なのだ。ユネスコ憲章第一条の「戦争は人の心の中で始まる」とは至言である。地上の平 和はまず贖罪の奇跡による人間の「心の平安」が土台なのだ。「復讐心」が静まることが真の平和の基礎で、それは「贖罪」の道以外にはないのだ。

歴代志下 14:5 主が安らぎを与えられたので、その時代この地は平穏で戦争がなかった。そこで彼は、ユダに砦の町を次々と築いた。

2001.1.17 高橋照男

表  題 ・ 要  約

 

人類の罪(3・1−20)・・・内村

しかしユダヤ人の特権は動かない(3.1-8)・・・塚本

ユダヤ人の特権問題(3・1−8)・・・塚本

神の正しい裁き(2.1-3.16)・・・新共同訳

神の約束によっても救われない(3.1-8)・・・フランシスコ会

ユダヤ人と律法(2.17-3.5)・・・青野(岩波版)

ユダヤ人の優越は神の審判を不義とせず(3.1-8)・・・黒崎幸吉

神の義・・律法(3.1-20)・・・バルト

ユダヤ人の罪(2・17−3・8)・・・八木

ユダヤ人の抗議に対する論駁(3・1−8)・・・ヴィルケンスEKK

イスラエルの罪にもかかわらず、神の真実は揺らぐことも弱まることもない。しかしだからといって、罪がとがめられないで済まされることにはならない(3・1−8)・・・アルトハウスNTD

ユダヤ人の特権、神の義と人の罪(3・1−8)・・・白井

論争(3・1−8)・・・高橋三郎

神の義の啓示の必然性(1・18−3・20)

ユダヤ人に対する審き(2・1−3・10)

抗議(2・1−8)・・・ケーゼマン

 

 

 

ローマ人への手紙3章1節

 

 [口語訳] では、ユダヤ人のすぐれている点は何か。また割礼の益は何か。

 

[新改訳] では、ユダヤ人のすぐれたところは、いったい何ですか。割礼にどんな益があるのですか。

 

[新共同訳] では、ユダヤ人の優れた点は何か。割礼の利益は何か。

 

 [文語訳]さらばユダヤ人に何の優るる所ありや、また割禮に何の益ありや。

 

[塚本訳] それでは、ユダヤ人の特権はどうなるのか、また何が割礼の利益であるか。

 

[前田訳]それなら、ユダヤ人の長所は何ですか。割礼の取柄は何ですか。

 

 (NCV)So, do Jews have anything that other people do not have? Is there anything special about being circumcised?

 

[解読の鍵]

 

ローマ人への手紙 2:25-29 [口語訳]もし、あなたが律法を行うなら、なるほど、割礼は役に立とう。しかし、もし律法を犯すなら、あなたの割礼は無割礼となってしまう

26 だから、もし無割礼の者が律法の規定を守るなら、その無割礼は割礼と見なされるではないか。

27 かつ、生まれながら無割礼の者であって律法を全うする者は、律法の文字と割礼とを持ちながら律法を犯しているあなたを、さばくのである。

28 というのは、外見上のユダヤ人がユダヤ人ではなく、また、外見上の肉における割礼が割礼でもない。

29 かえって、隠れたユダヤ人がユダヤ人であり、また、文字によらず霊による心の割礼こそ割礼であって、そのほまれは人からではなく、神から来るのである。

 

 

創世記 25:32 [口語訳]エサウは言った、「わたしは死にそうだ。長子の特権などわたしに何になろう」。

 

ヘブル人への手紙 13:9[塚本訳] あなた達はさまざまな、異様の教義に惑わされてはいけない。(近ごろ食物が救いに役立つように言う人があるが、それは大きな誤りである。)なぜなら、食物によらず、(神の)恩恵によって、心を確かにされることがよろしいからである。食物によって(信仰の道を)歩いた者たちは、(食物ではすこしも)益されなかったではないか。

 

イザヤ書 1:11-15[口語訳] 主は言われる、「あなたがたがささげる多くの犠牲は、わたしになんの益があるか。わたしは雄羊の燔祭と、肥えた獣の脂肪とに飽いている。わたしは雄牛あるいは小羊、あるいは雄やぎの血を喜ばない。

創世記 25:32 エサウは言った、「わたしは死にそうだ。長子の特権などわたしに何になろう」。

 

伝道の書 6:11-12 [新共同訳] 言葉が多ければ空しさも増すのものだ。人間にとって、それが何になろう。

12 短く空しい人生の日々を、影のように過ごす人間にとって、幸福とは何かを誰が知ろう。人間、その一生の後はどうなるのかを教えてくれるものは、太陽の下にはいない。

 

イザヤ書 1:11-15 [新共同訳] お前たちのささげる多くのいけにえが、わたしにとって何になろうか、と主は言われる。雄羊や肥えた獣の脂肪の献げ物にわたしは飽いた。雄牛、小羊、雄山羊の血をわたしは喜ばない。

12 こうしてわたしの顔を仰ぎ見に来るが、誰がお前たちにこれらのものを求めたか、わたしの庭を踏み荒らす者よ。

13 むなしい献げ物を再び持って来るな。香の煙はわたしの忌み嫌うもの。新月祭、安息日、祝祭など、災いを伴う集いにわたしは耐ええない。

14 お前たちの新月祭や、定められた日の祭りをわたしは憎んでやまない。それはわたしにとって、重荷でしかない。それを担うのに疲れ果てた。

15 お前たちが手を広げて祈っても、わたしは目を覆う。どれほど祈りを繰り返しても、決して聞かない。お前たちの血にまみれた手を

 

マラキ書 3:14 [新共同訳] あなたたちは言っている。「神に仕えることはむなしい。たとえ、その戒めを守っても、万軍の主の御前を喪に服している人のように歩いても、何の益があろうか。

 

コリント人への第一の手紙 15:32[塚本訳]

もしわたしが(復活の信仰からでなく、)人間的な思いからエペソで獣と戦ったとすれば、わたしにとってなんの得があろう。死人が復活しないのなら、“食おうじゃないか、飲もうじゃないか、どうせあしたは死ぬ身だ”である。"

 

ヘブル人への手紙 13:9[塚本訳]

あ なた達はさまざまな、異様の教義に惑わされてはいけない。(近ごろ食物が救いに役立つように言う人があるが、それは大きな誤りである。)なぜなら、食物に よらず、(神の)恩恵によって、心を確かにされることがよろしいからである。食物によって(信仰の道を)歩いた者たちは、(食物ではすこしも)益されなかったではないか。

 

 

 

ローマ人への手紙3章2節

 

[口語訳] それは、いろいろの点で数多くある。まず第一に、神の言が彼らにゆだねられたことである。

 

[新改訳] それは、あらゆる点から見て、大いにあります。第一に、彼らは神のいろいろなおことばをゆだねられています。

 

[新共同訳] それはあらゆる面からいろいろ指摘できます。まず、彼らは神の言葉をゆだねられたのです。

 

[文語訳]凡ての事に益おほし、先ず第一に彼らは神の言を委ねられたり

 

[塚本訳] あらゆる点において多くの特権がある。まず第一には、神の言葉が彼らにまかせられた。"

[前田訳]あらゆる点に多々あります。まず彼らは神のことばをゆだねられました

 

(NCV)Yes, of course, there is in every way. The most important thing is this: God trusted the Jews with his teachings.

 

 [解読の鍵]

申命記 4:7-8[口語訳] われわれの神、主は、われわれが呼び求める時、つねにわれわれに近くおられる。いずれの大いなる国民に、このように近くおる神があるであろうか

8 また、いずれの大いなる国民に、きょう、わたしがあなたがたの前に立てるこのすべての律法のような正しい定めと、おきてとがあるであろうか

 

詩篇 147:19-20 [口語訳]主はそのみ言葉をヤコブ示し、そのもろもろの定めと、おきてとをイスラエルに示される。

20 主はいずれの国民をも、このようにはあしらわれなかった。彼らは主のもろもろのおきてを知らない。主をほめたたえよ。

 

ルカによる福音書 16:29-31[塚本訳] しかしアブラハムは言う、『(その必要はない。)彼らにはモーセ(律法)と預言書と[聖書]がある。その教えに従えばよろしい。』

30彼が言った、『いいえ、父アブラハムよ、もしだれかが死人の中から行ってやれば、きっと悔改めます。』"

31しかしアブラハムは答えた、『モーセと預言書との教えに従わないようでは、たとえ死人の中から生き返る者があっても、その言うことを聞かないであろう。』」

 

 

ヨハネによる福音書 5:39-40[塚本訳] あなた達は聖書(旧約)をもっていることが永遠の命を持っていることのように思って、それを研究している。ところがこの聖書は、(永遠の命である)このわたしのことを証明しているのに、40あなた達はその命を得るためわたしの所に来ようとしない。

 

ローマ人への手紙 1:2[新改訳] ――この福音は、神がその預言者たちを通して、聖書において前から約束されたもので、

 

ローマ人への手紙 2:18[新改訳] みこころを知り、なすべきことが何であるかを律法に教えられてわきまえ

 

ローマ人への手紙 9:3-4[塚本訳] ほんとうに、兄弟すなわち血を分けた同胞の(救われる)ためならば、このわたしは呪われて、救世主(の救い)から離れ落ちてもよいと、幾たび(神に)願ったことであろう。04(言うまでもなく、)それはイスラエル人のことである。(彼らは神の)子たる身分(を与えられ、神の)栄光(はその中に住み、)かずかずの契約(は神との間に結ばれ、比類のない)律法、(荘厳な)礼拝、多くの(恩恵の)約束は、(ことごとく)彼らのものである

 

エゼキエル書 20:11-12[口語訳] わたしの定めを彼らに授け、わたしのおきてを彼らに示した。これは人がこれを行うことによって生きるものである。

12 わたしはまた彼らに安息日を与えて、わたしと彼らとの間のしるしとした。これは主なるわたしが彼らを聖別したことを、彼らに知らせるためである

 

ネヘミヤ記 9:13-14 [新共同訳] あなたは天からシナイの山に降って彼らと語り正しい法、真実の律法優れた掟と戒めを授け

14 あなたの聖なる安息日を布告し僕モーセによって戒めと掟と律法を授けられた

 

 

 

ローマ人への手紙3章3節

 

 [口語訳]

すると、どうなるのか。もし、彼らのうちに不真実の者があったとしたら、その不真実によって、神の真実は無になるであろうか。

 

[新改訳]

では、いったいどうなのですか。彼らのうちに不真実な者があったら、その不真実によって、神の真実が無に帰することになるでしょうか

 

[新共同訳]

それはいったいどういうことか。彼らの中に不誠実な者たちがいたにせよ、その不誠実のせいで、神の誠実が無にされるとでもいうのですか

 

[文語訳]

されど如何ん、ここに信ぜざる者ありとも、その不信は神の眞實を癈つべきか

 

[塚本訳]

 すると、どうなるのだろうか。もしある人たちが(神の言葉に)不忠実であったら、その不忠実が神の忠実を無にするのではなかろうか

 

[前田訳]

それはどういうことでしょう。あるものが不信であったとしても、その不信は神のまことを無にしますか。"

 

 (NCV)

If some Jews were not faithful to him, will that stop God from doing what he promised?

 

[解読の鍵]

ローマ人への手紙 9:6[塚本訳]

(ところがイスラエル人は、この約束の成就であるイエス・キリストを十字架につけて殺してしまった。)しかしこれは、神の(約束の)言葉が反故になったなどというのでは決してない。なぜなら、(祖先)イスラエル[ヤコブ]から出た者が皆、イスラエル人だという訳ではないからである。

 

ローマ人への手紙 10:16[塚本訳]

ところが、だれもが(このように伝えられた)福音を、従順に受け入れたわけではない。イザヤも(こう)言っているから。“主よ、だれがわたし達に聞いたことを信じましたか”と。(実際イスラエル人は信じなかったのである。)"

 

マタイによる福音書 24:35[塚本訳]

 天地は消え失せる、しかし(いま言った)わたしの言葉は決して消え失せない。

 

ヘブル人への手紙 4:2[新共同訳]

というのは、わたしたちにも彼ら同様に福音が告げ知らされているからです。けれども、彼らには聞いた言葉は役に立ちませんでした。その言葉が、それを聞いた人々と、信仰によって結び付かなかったためです

 

テモテへの第二の手紙 2:13[新共同訳] 

わたしたちが誠実でなくても、キリストは常に真実であられる。キリストは御自身を否むことができないからである。」

 

ローマ人への手紙 11:2神の賜物も招待も、(一旦与えられた以上は永遠に)取り消されないからである。

 

イザヤ書 54:9-10 [新共同訳] これは、わたしにとってノアの洪水に等しい。再び地上にノアの洪水を起こすことはないとあのとき誓い、今またわたしは誓う、再びあなたを怒り、責めることはない、と

10 山が移り、丘が揺らぐこともあろう。しかし、わたしの慈しみはあなたから移らず、わたしの結ぶ平和の契約が揺らぐことはないとあなたを憐れむ主は言われる

 

マタイによる福音書 5:18[塚本訳] アーメン、わたしは言う、天地が消え失せても、(そこに書かれている)すべてのことが実現するまでは、律法(と預言書)から、その一点一画といえども決して消え失せない。"

 

イザヤ書 51:6[口語訳] 目をあげて天を見、また下なる地を見よ。天は煙のように消え、地は衣のようにふるび、その中に住む者は、ぶよのように死ぬ。しかし、わが救はとこしえにながらえ、わが義はくじけることがない

 

 

 

ローマ人への手紙3章4節

 

 [口語訳] 断じてそうではない。あらゆる人を偽り者としても神を真実なものとすべきである。それは、/「あなたが言葉を述べるときは、義とせられ、/あなたがさばきを受けるとき、勝利を得るため」/と書いてあるとおりである。

 

[新改訳] 絶対にそんなことはありません。たとい、すべての人を偽り者としても、神は真実な方であるとすべきです。それは、「あなたが、そのみことばによって正しいとされ、さばかれるときには勝利を得られるため。」と書いてあるとおりです。

 

[新共同訳] 決してそうではない。人はすべて偽り者であるとしても神は真実な方であるとすべきです。「あなたは、言葉を述べるとき、正しいとされ、/裁きを受けるとき、勝利を得られる」と書いてあるとおりです。

 

 [文語訳]決して然らず、人をみな虚僞者とすとも神を誠實とすべし。録して、『なんぢは其の言にて義とせられ、審かるるとき勝を得給はん爲なり』、とあるが如し。

 

[塚本訳] “もちろん、そうではない。”人間を皆嘘つき”にしても、神を真実とせねばならない。(聖書に)”これは、御言葉によってあなた[神]が正しいとされ、あなたがさばかれる時、勝利を得られるためでる。”と書いてあるとおりである。

 

[前田訳]断じて否です。人はすべて偽りでも神は真実とすべきです。これは、聖書にあるとおりです、「みことばによってあなたが正しいとされ、み裁きによって勝ちたもうため」と。

 

 (NCV) No! God will continue to be true even when every person is false. As the Scriptures say: "So you will be shown to be right when you speak, and you will win your case."

 

[解読の鍵]

申命記 32:4-5[新共同訳] 主は岩、その御業は完全で、その道はことごとく正しい。真実の神で偽りなく、正しくてまっすぐな方

5 不正を好む曲がった世代はしかし、神を離れ、その傷ゆえに、もはや神の子らではない。

 

詩篇 51:4 [口語訳]わたしはあなたにむかい、ただあなたに罪を犯し、あなたの前に悪いことを行いました。それゆえ、あなたが宣告をお与えになるときは正しく、あなたが人をさばかれるときは誤りがありません。

 

詩篇 116:10-12 [口語訳]「わたしは大いに悩んだ」と言った時にもなお信じた。

11 わたしは驚きあわてたときに言った、「すべての人は当にならぬ者である」と。

 

マタイによる福音書 11:19[塚本訳] 人の子(わたし)が来て飲み食いすると、『そら、大飯食いだ、飲兵衛だ、税金取りと罪人の仲間だ』と言うのだから。しかし(神の)知恵の正しいことは、(ヨハネと人の子とによる)その業が証明した。」"

 

ローマ人への手紙 7:7[塚本訳]それでは、どういうことになるのだろうか。律法(自体)が罪であろうか。もちろん、そうではない。(しかし罪と無関係ではない。)むしろ律法によらなければ、わたしは罪を知らなかった。なぜなら、律法が“(人のものを)欲しがってはならない”と言わなければ、わたしは欲を知らなかったであろう。"

 

 

 

ローマ人への手紙3章5節

 

[口語訳] しかし、もしわたしたちの不義が、神の義を明らかにするとしたら、なんと言うべきか。怒りを下す神は、不義であると言うのか(これは人間的な言い方ではある)。

 

[新改訳] しかし、もし私たちの不義が神の義を明らかにするとしたら、どうなるでしょうか。人間的な言い方をしますが、怒りを下す神は不正なのでしょうか

 

[新共同訳] しかし、わたしたちの不義が神の義を明らかにするとしたら、それに対して何と言うべきでしょう。人間の論法に従って言いますが、怒りを発する神は正しくないのですか

 

[文語訳]然れど若し我らの不義は神の義を顯すとせば何と言はんか、怒を加へたまふ神は不義なるか(こは人の言ふごとく言ふなり)

 

[塚本訳]しかしもしわたし達の不道徳が神の義を明らかにするならば、どういうことになるのだろうか、お怒りになる神の方が──これは人間的に言うのだが──間違っているのではなかろうか。

[前田訳]もしわれらの不義が神の義を明らかにするならば、何と言うべきでしょう。これは人間的にいうのですが、怒りをおくだしの神は不義ですか

 

 (NCV) When we do wrong, that shows more clearly that God is right. So can we say that God is wrong to punish us? (I am talking as people might talk.)

 

[解読の鍵]

申命記 32:39-41 [口語訳]今見よ、わたしこそは彼である。わたしのほかに神はない。わたしは殺し、また生かし、傷つけ、またいやす。わたしの手から救い出しうるものはない。

40 わたしは天にむかい手をあげて誓う、「わたしは永遠に生きる。

41 わたしがきらめくつるぎをとぎ、手にさばきを握るとき、わたしは敵にあだを返し、わたしを憎む者に報復するであろう。

 

詩篇 58:10-11 [口語訳]正しい者は復讐を見て喜び、その足を悪しき者の血で洗うであろう。

11 そして人々は言うであろう、「まことに正しい者には報いがある。真に地にさばきを行われる神がある」と。

 

詩篇 94:1-4[口語訳]あだを報いられる神、主よ、あだを報いられる神よ、光を放ってください。

2 地をさばかれる者よ、立って高ぶる者にその受くべき罰をお与えください。

3 主よ、悪しき者はいつまで、悪しき者はいつまで勝ち誇るでしょうか。

4 彼らは高慢な言葉を吐き散らし、すべて不義を行なう者はみずから高ぶります。

 

ナホム書 1:2-3 [口語訳]主はねたみ、かつあだを報いる神、主はあだを報いる者、また憤る者、主はおのがあだに報復し、おのが敵に対して憤りをいだく

3 主は怒ることおそく、力強き者、主は罰すべき者を決してゆるされない者、主の道はつむじ風と大風の中にあり、雲はその足のちりである。

 

ローマ人への手紙 6:1-2[塚本訳] それでは、どういうことになるのだろうか。(罪が増せば恩恵も豊かになるならば、)恩恵が増し強まるために、わたし達は罪(の生活)を続けるべきであろうか。02もちろん、そうではない。わたし達は罪との関係ではすでに死んでいるのに、、どうしてなお罪の中に生きていられよう。"

 

ローマ人への手紙 7:6-7[塚本訳] しかし今は縛られていた律法に対して死に、律法から解かれたので、(律法の)古い文字によらず、(福音の)新しい霊において(神に)仕えるのである。"

07それでは、どういうことになるのだろうか。律法(自体)が罪であろうか。もちろん、そうではない。(しかし罪と無関係ではない。)むしろ律法によらなければ、わたしは罪を知らなかった。なぜなら、律法が“(人のものを)欲しがってはならない”と言わなければ、わたしは欲を知らなかったであろう。

 

ローマ人への手紙 9:11-16 まだ子供らが生れもせず、善も悪もしない先に、神の選びの計画が、

12 わざによらず、召したかたによって行われるために、「兄は弟に仕えるであろう」と、彼女に仰せられたのである。

13 「わたしはヤコブを愛しエサウを憎んだ」と書いてあるとおりである。

14 では、わたしたちはなんと言おうか。神の側に不正があるのか。断じてそうではない。

15 神はモーセに言われた、「わたしは自分のあわれもうとする者をあわれみ、いつくしもうとする者を、いつくしむ」。

16 ゆえに、それは人間の意志や努力によるのではなく、ただ神のあわれみによるのである。

 

 

 

ローマ人への手紙3章6節

 

 [口語訳] 断じてそうではない。もしそうであったら、神はこの世を、どうさばかれるだろうか。

 

[新改訳] 絶対にそんなことはありません。もしそうだとしたら、神はいったいどのように世をさばかれるのでしょう。

 

[新共同訳] 決してそうではない。もしそうだとしたら、どうして神は世をお裁きになることができましょう。

 

[文語訳]決して然らず、若し然あらば神は如何にして世を審き給ふべき。

 

[塚本訳]もちろん、そうではない。もしそうだとすれば、どうして神はこの世をお裁きになることができよう。

 

[前田訳]断じて否です。もしそうならどうして神はこの世をお裁きになれましょう。

 

 (NCV)  No! If God could not punish us, he could not judge the world.

 

[解読の鍵]

 

創世記 18:25[口語訳]

正しい者と悪い者とを一緒に殺すようなことを、あなたは決してなさらないでしょう。正しい者と悪い者とを同じようにすることも、あなたは決してなさらないでしょう。全地をさばく者は公義を行うべきではありませんか」。 

 

 

 

ヨブ記 8:3[口語訳]曲げられるであろうか。全能メは正義を曲げられるであろうか

 

ヨブ記 34:17-19 [新共同訳] 正義を憎む者が統治できようか。正しく、また、力強いお方を、あなたは罪に定めるのか。

18 王者に向かって「ならず者」と言い、貴い方に向かって「逆らう者」と言うのか。

19 身分の高い者をひいきすることも、貴族を貧者より尊重することもないお方、御手によってすべての人は造られた

 

詩篇 9:8[口語訳] 主は正義をもって世界をさばき、公平をもってもろもろの民をさばかれます 

 

詩篇 11:5-7 [口語訳]主は正しき者をも、悪しき者をも調べ、そのみ心は乱暴を好む者を憎まれる。

6 主は悪しき者の上に炭火と硫黄とを降らせられる。燃える風は彼らがその杯にうくべきものである。

7 主は正しくいまして、正しい事を愛されるからである。直き者は主のみ顔を仰ぎ見るであろう。

 

詩篇 50:6-7[新共同訳]  天は神の正しいことを告げ知らせる。神は御自ら裁きを行われる。

7 「わたしの民よ、聞け、わたしは語る。イスラエルよ、わたしはお前を告発する。わたしは神、わたしはお前の神。

 

詩篇 96:13 [新共同訳] 主を迎えて。主は来られる、地を裁くために来られる。主は世界を正しく裁き、真実をもって諸国の民を裁かれる

 

詩篇 98:9 [新共同訳] 主を迎えて。主は来られる、地を裁くために。主は世界を正しく裁き、諸国の民を公平に裁かれる。

 

使徒行伝 17:31[塚本訳] 神は一つの日を決め、その日に御自分の定めた一人の人(イエス)を使って“正しく(全)世界を裁こうと”計画しておられるからです。そして彼を死人の中から復活させて、すべての人に(彼が世界を裁くべき人であるという)その保証をお与えになったのであります。」"

ローマ人への手紙 3:4[塚本訳] “もちろん、そうではない。”人間を皆嘘つき”にしても、神を真実とせねばならない。(聖書に)”これは、御言葉によってあなた[神]が正しいとされ、あなた

がさばかれる時、勝利を得られるためでる。”と書いてあるとおりである。"

 

 

 

ローマ人への手紙3章7節

 

  [口語訳] しかし、もし神の真実が、わたしの偽りによりいっそう明らかにされて、神の栄光となるなら、どうして、わたしはなおも罪人としてさばかれるのだろうか。

 

[新改訳] でも、私の偽りによって、神の真理がますます明らかにされて神の栄光となるのであれば、なぜ私がなお罪人としてさばかれるのでしょうか。

 

[新共同訳] またもし、わたしの偽りによって神の真実がいっそう明らかにされて、神の栄光となるのであれば、なぜ、わたしはなおも罪人として裁かれねばならないのでしょう。

 

[文語訳]わが虚僞によりて神の誠實いよいよ顯れ、その榮光とならんには、いかで我なほ罪人として審かるる事あらん。"

 

[塚本訳]しかしもしわたしの(説いた福音が嘘であっても、その)嘘によって神の真実がいよいよ明らかになり、その栄光があらわれるとすれば、なぜそのわたしが、罪人としてなおも罰されねばならないのか。"

 

[前田訳]けれども、もしわたしの偽りによって神の真実が増して彼の栄光になるならば、なぜそのわたしがなおも罪びととして裁かれねばなりませんか。

 

 (NCV) A person might say, "When I lie, it really gives him glory, because my lie shows God's truth. So why am I judged a sinner?"

 

[解読の鍵]

 

マタイによる福音書 26:34[塚本訳] イエスはペテロに言われた、「アーメン、わたしは言う、今夜、鶏が鳴く前に、三度、あなたはわたしを知らないと言う。

 

マタイによる福音書 26:69-75 [口語訳]ペテロは外で中庭にすわっていた。するとひとりの女中が彼のところにきて、「あなたもあのガリラヤ人イエスと一緒だった」と言った。

70 するとペテロは、みんなの前でそれを打ち消して言った、「あなたが何を言っているのか、わからない」。

71 そう言って入口の方に出て行くと、ほかの女中が彼を見て、そこにいる人々にむかって、「この人はナザレ人イエスと一緒だった」と言った。

72 そこで彼は再びそれを打ち消して、「そんな人は知らない」と誓って言った。

73 しばらくして、そこに立っていた人々が近寄ってきて、ペテロに言った、「確かにあなたも彼らの仲間だ。言葉づかいであなたのことがわかる」。

74 彼は「その人のことは何も知らない」と言って、激しく誓いはじめた。するとすぐ鶏が鳴いた。

75 ペテロは「鶏が鳴く前に、三度わたしを知らないと言うであろう」と言われたイエスの言葉を思い出し、外に出て激しく泣いた。

 

使徒行伝 2:23[塚本訳] このイエスを、神は一定の御計画と予見とによってくれてやられたところ、あなた達は律法を知らぬ(異教の)人々の手で磔にして殺してしまった。"

 

使徒行伝 13:27-29[口語訳] エルサレムに住む人々やその指導者たちは、イエスを認めず刑に処し、それによって、安息日ごとに読む預言者の言葉を成就した。

28 また、なんら死に当る理由が見いだせなかったのに、ピラトに強要してイエスを殺してしまった。

29 そして、イエスについて書いてあることを、皆なし遂げてから、人々はイエスを木から取りおろして墓に葬った。

 

ローマ人への手紙 9:19-20[口語訳] そこで、あなたは言うであろう、「なぜ神は、なおも人を責められるのか。だれが、神の意図に逆らい得ようか」。

20 ああ人よ。あなたは、神に言い逆らうとは、いったい、何者なのか。造られたものが造った者に向かって、「なぜ、わたしをこのように造ったのか」と言うことがあろうか。

 

ローマ人への手紙 5:20[塚本訳] (それなら律法は人を義として永遠の命を与えるためには役立たないのか。その通り。)律法は、過ちを増し強めるために第二義的に来たのである。しかし(神に感謝する、人の犯す)罪が増し強まれば、恩恵は豊かにあふれる。"

 

 

 

ローマ人への手紙3章8節

 

[口語訳] むしろ、「善をきたらせるために、わたしたちは悪をしようではないか」(わたしたちがそう言っていると、ある人々はそしっている)。彼らが罰せられるのは当然である。

 

[新改訳] 「善を現わすために、悪をしようではないか。」と言ってはいけないのでしょうか。――私たちはこの点でそしられるのです。ある人たちは、それが私たちのことばだと言っていますが、――もちろんこのように論じる者どもは当然罪に定められるのです。

 

[新共同訳] それに、もしそうであれば、「善が生じるために悪をしよう」とも言えるのではないでしょうか。わたしたちがこう主張していると中傷する人々がいますが、こういう者たちが罰を受けるのは当然です。

 

[文語訳]また『善を來らせん爲に惡をなすは可からずや』(或者われらを譏りて之を我らの言なりといふ)かかる人の罪に定めらるるは正し。"

 

[塚本訳]そして──これをわたし達の言葉だと考えて中傷する者があるそうだが──「善いことを出かすために悪いことをしようではないか」ということにならないだろうか。この連中が罰されるのは当然である。"

 

[前田訳]これは、ある人々がわれらのいうこととして中傷するのですが、「善を来させるために悪をしましょう」とならないですか。このような人が罰せられるのは当然です。"

 

 (NCV) It would be the same to say, "We should do evil so that good will come." Some people find fault with us and say we teach this, but they are wrong and deserve the punishment they will receive.

 

[解読の鍵]

 

マタイによる福音書 5:11[塚本訳] わたしゆえに罵られたり、迫害されたり、あらん限りの根も葉もない悪口を言われたりする時、あなた達は幸いである。"

 

 

ローマ人への手紙 5:20[塚本訳] (それなら律法は人を義として永遠の命を与えるためには役立たないのか。その通り。)律法は、過ちを増し強めるために第二義的に来たのである。しかし(神に感謝する、人の犯す)罪が増し強まれば、恩恵は豊かにあふれる。"

 

ローマ人への手紙 6:1[塚本訳] それでは、どういうことになるのだろうか。(罪が増せば恩恵も豊かになるならば、)恩恵が増し強まるために、わたし達は罪(の生活)を続けるべきであろうか。"

 

ローマ人への手紙 7:7[塚本訳] それでは、どういうことになるのだろうか。律法(自体)が罪であろうか。もちろん、そうではない。(しかし罪と無関係ではない。)むしろ律法によらなければ、わたしは罪を知らなかった。なぜなら、律法が“(人のものを)欲しがってはならない”と言わなければ、わたしは欲を知らなかったであろう。"

 

ペテロの第一の手紙 3:16-17 [新共同訳] それも、穏やかに、敬意をもって、正しい良心で、弁明するようにしなさい。そうすれば、キリストに結ばれたあなたがたの善い生活をののしる者たちは、悪口を言ったことで恥じ入るようになるのです

17 神の御心によるのであれば、善を行って苦しむ方が、悪を行って苦しむよりはよい。

 

ユダの手紙 3-4 [口語訳]愛する者たちよ。わたしたちが共にあずかっている救について、あなたがたに書きおくりたいと心から願っていたので、聖徒たちによって、ひとたび伝えられた信仰のために戦うことを勧めるように、手紙をおくる必要を感じるに至った。

4 そのわけは、不信仰な人々がしのび込んできて、わたしたちの神の恵みを放縦な生活に変え、唯一の君であり、わたしたちの主であるイエス・キリストを否定しているからである。彼らは、このようなさばきを受けることに、昔から予告されているのである。

 

 

 

旧約聖書に現れた神の贖罪の心

旧約聖書に現れた神は「義」(峻厳なる審判者)の神で新約聖書に現れた神は「愛」(救い)の神であると 解すると十字架の意味は希薄になる。神は昔も今も永遠に変わり給わない。父なる神は厳しく恐ろしい存在だと思っていた人類がその厳しさは「愛」の故だと 悟った段階が新約である。そのことをよーく理解したのがパウロである。パウロはそれをロマ書にまとめた。神においてはその心の中に義と愛が渾然一体で不可 分である。義を立てれば愛が立たず、愛を立てれば義がたたず、苦肉の策として他人となった人類を救おうと我が子を殺して義と愛の両方を満足させたのが十字 架の贖罪である。

 では旧約の段階で「贖罪」の心はどこにあるかというと旧約聖書を学問的また聖書学的にでなくまた大家の註解書によらず「心でしみじみと」読むと随所に見えてくる。

 リンゴの事件で約束を破られ顔をつぶされた神はアダムとエバに「出て行け!」と怒ったが、そのあとで2人に皮の衣を与えて寒くないようにした。(創世記3:21)

 人類最初の殺人事件。弟のアベルを殺した兄カインはその土地から追放される身となるが、神はカインの追放にあたってよその土地でさまよいさすらう時誰にもいじめられないようにとカインの顔(多分)に徴をつけた。(創世記4:15)

 人類の堕落ぶりに怒った神は全地から人類を滅ぼそうと思って大洪水を起こしたが、もう二度とこんなことはすまいと思ってその約束の徴として虹をあらわした。私の場合は2000年4月23日に家を焼かれたが翌日南の空に大きな虹が現れた。(創世記8:21、9:13−15)

神は堕落町ソドムを怒ってこれを滅ぼそうとしたが、ほんのわずかでも正しい人(10人)がいれば滅ぼさないと言った。(創世記18:32)

 こんなことを何度も繰り返さないために神は十字架の贖罪で永遠に解決したのだ。ヘブル書はそのことを言っている。イエスは永遠の大祭司だと。  2001.1.29高橋照男

 

表  題 ・ 要  約

 

ユダヤ人も異邦人も神の前に罪責がある(3.9-20)・・・ヴィルケンスEKK

 

正しい者は一人もいない(3.9-20)・・・新共同訳

 

神の義(3章)律法(3:1−20)・・・バルト

 

正しい人は一人もいない(3:1-20)・・・フランシスコ会

 

ユダヤ人と律法(3:1-20)・・・青野(岩波)

 

全人類の罪(3:9-20)・・・八木(講談社)

 

ユダヤ人を含めて世界中が神に申し開きできぬ罪に陥っていることの聖書による証明(3:9-20)

・・・アルトハウスNTD

 

全人類の罪(3:9-20)・・・黒崎

 

正しい人は一人もいない(3.9-18)・・・塚本註解

 

律法の力(3:18-19)・・・塚本註解

 

しかし異郷人にもユダヤ人にも、正しい人は一人もいない(3.9-20)・・・塚本訳

 

罪の問題(3:9-20)・・・高橋三郎

 

神の義の必然性(1:18-3.20) 帰結(3:9-20)・・・ケーゼマン

 

全世界に正しい人は一人もいない・・・・白井

 

 

 

ローマ人への手紙3章9節

 

  [口語訳] すると、どうなるのか。わたしたちには何かまさったところがあるのか。絶対にない。ユダヤ人もギリシヤ人も、ことごとく罪の下にあることを、わたしたちはすでに指摘した。

 

[新改訳] では、どうなのでしょう。私たちは他の者にまさっているのでしょうか。決してそうではありません。私たちは前に、ユダヤ人もギリシヤ人も、すべての人が罪の下にあると責めたのです。

 

[新共同訳] では、どうなのか。わたしたちには優れた点があるのでしょうか。全くありません。既に指摘したように、ユダヤ人もギリシア人も皆、罪の下にあるのです。

 

[文語訳]さらば如何ん、我らの勝る所ありや、有ることなし。我ら既にユダヤ人もギリシヤ人もみな罪の下に在りと告げたり。

 

[塚本訳]それでは、どうなるのだろうか。(ユダヤ人である)わたし達には、(異教人より)優れたところがあるのか。全然ない。わたし達が前から強く主張してきたように、ユダヤ人も異教人もことごとく、罪の(支配の)下にいるからである。

 

[前田訳]それならどうでしょう。われらに特権がありますか。全くありません。われらが前から主張してきましたように、ユダヤ人もギリシア人も皆罪のもとにいます

 

 (NCV)So are we Jews better than others? No! We have already said that Jews and those who are not Jews are all guilty of sin.

 

 

[解読の鍵]

コリント人への第一の手紙 10:19-20[塚本訳]

19では、いったい何をわたしは言っているのか。(晩餐や犠牲の場合と同じように、)偶像に供えた肉が何か(本当の供え物)で(でも)あるというのか。あるいは、偶像が何か(本当の神)で(でも)あるというのか。"

20そうではない。(聖書にあるように、異教の)人々が犠牲を捧げるのは、“悪鬼にであり神でないものに捧げている”、というのである。あなた達には悪鬼の仲間になってもらいたくない。"

 

ローマ人への手紙 3:22-23[塚本訳]

22この神の義は、イエス・キリストを信ずる信仰(だけ)によって、これを信ずるすべての者にあたえられる。(すべてというのは、そこに人間的の)なんの差別もないからである。

23なぜか。すべての人が罪を犯したため、いまだれ一人、(かつて持っていた)神の栄光をもたない。"

ルカによる福音書 18:9-14 [口語訳]

9自分を義人だと自任して他人を見下げている人たちに対して、イエスはまたこの譬をお話になった。

10 「ふたりの人が祈るために宮に上った。そのひとりはパリサイ人であり、もうひとりは取税人であった。

11 パリサイ人は立って、ひとりでこう祈った、『神よ、わたしはほかの人たちのような貪欲な者、不正な者、姦淫をする者ではなく、また、この取税人のような人間でなもないことを感謝します。

12 わたしは一週に二度断食しており、全収入の十分の一をささげています』。

13 ところが、取税人は遠く離れて立ち、目を天にむけようともしないで、胸を打ちながら言った、『神様、罪人のわたしをおゆるしください』と。

14 あなたがたに言っておく。神に義とされて自分の家に帰ったのは、この取税人であって、あのパリサイ人ではなかった。おおよそ、自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされるであろう」。

 

ローマ 2:1[塚本訳]

だから、ああ人[ユダヤ人]よ、あなたは(人を)裁いているが、あなたがだれであろうと、言い訳は立たない。あなたは人を裁いて、実は自分の罪を定めている。裁きながら、同じことをしているからである。"

 

ローマ人への手紙 2:3[塚本訳]

ああ人よ、あなたはこんなことをする者たちを裁きながら、自分で同じことをしているが、それで自分(だけ)は神の裁きを免れると思っているのか。

 

ローマ人への手紙 3:22[塚本訳]

この神の義は、イエス・キリストを信ずる信仰(だけ)によって、これを信ずるすべての者にあたえられる。(すべてというのは、そこに人間的の)なんの差別もないからである。

 

 

 

ローマ人への手紙3章10節

 

[口語訳] 次のように書いてある、/「義人はいない、ひとりもいない。

 

[新改訳] それは、次のように書いてあるとおりです。「義人はいない。ひとりもいない。

 

[新共同訳] 次のように書いてあるとおりです。「正しい者はいない。一人もいない

 

[文語訳]録して、『義人なし、一人だになし、

 

[塚本訳](聖書に)こう書いてある。──“正しい人がいない、一人もいない

 

[前田訳]聖書にあるとおり、「義人はない、ひとりもない。

 

 (NCV) As the Scriptures say: "There is no one who always does what is right, not even one.

 

[解読の鍵]

詩篇 14:1-3 [口語訳]【聖歌隊の指揮者によってうたわせたダビデの歌】愚かなる者は心のうちに「神はない」と言う。彼らは腐れはて、憎むべき事をなし、善を行う者はない

2 主は天から人の子らを見おろして、賢い者、神をたずね求める者が、あるかないかを見られた。

3 彼らはみな迷い、みなひとしく腐れた。善を行う者はない、ひとりもない。

 

ヨブ記 15:14[口語訳]人はいかなる者か、どうしてこれは清くありえよう。女から生れた者は、どうして正しくありえよう。

 

ヨブ記 25:4 [口語訳]それで人はどうして神の前に正しくありえようか。女から生れた者がどうして清くありえようか。

 

詩篇 53:1-3 [口語訳]【聖歌隊の指揮者によってマハラテのしらべにあわせてうたわせたダビデのマスキールの歌】愚かな者は心のうちに「神はない」と言う。彼らは腐れはて、憎むべき不義をおこなった。善を行なう者はない

2 神は天から人の子を見おろして、賢い者、神を尋ね求める者があるかないかを見られた。

3 彼らは皆そむき、みなひとしく堕落した。善を行なう者はない、ひとりもない

 

エレミヤ書 17:9 [口語訳]心はよろずの物よりも偽るもので、はなはだしく悪に染まっている。だれがこれを、よく知ることができようか。

 

マルコによる福音書 7:21-22[塚本訳]

21内から、つまり、人の心からは、邪念が出るからである。(すなわち)不品行、盗み、人殺し、"

22姦淫、欲張り、悪意、悪巧み、道楽、妬み、悪口、高ぶり、愚かさ(など)。

 

マルコによる福音書 10:18[塚本訳]

イエスは言われた、「なぜわたしを『善い』と言うのか。神お一人のほかに、だれも善い者はない。"

ローマ人への手紙 3:23[塚本訳]

なぜか。すべての人が罪を犯したため、いまだれ一人、(かつて持っていた)神の栄光をもたない。"

ガラテヤ人への手紙 5:19-21[口語訳] 肉の働きは明白である。すなわち、不品行、汚れ、好色、

20 偶像礼拝、まじない、敵意、争い、そねみ、怒り、党派心、分裂、分派、 21 ねたみ、泥酔、宴楽、および、そのたぐいである。わたしは以前も言ったように、今も前もって言っておく。このようなことを行う者は、神の国をつぐことがない。

 

エペソ人への手紙 2:1-3 [口語訳]さてあなたがたは、先には自分の罪過と罪とによって死んでいた者であって、 2 かつてはそれらの中で、この世のならわしに従い、空中の権をもつ君、すなわち、不従順の子らの中に今も働いている霊に従って、歩いていたのである。 3 また、わたしたちもみな、かつては彼らの中にいて、肉の欲に従って日を過ごし、肉とその思いとの欲するままを行い、ほかの人々と同じく、生れながらの怒りの子であった。

 

コロサイ人への手紙 3:5-9 [口語訳]だから、地上の肢体、すなわち、不品行、汚れ、情欲、悪欲、また貪欲を殺してしまいなさい。貪欲は偶像礼拝にほかならない。 6 これらのことのために、神の怒りが下るのである。7 あなたがたも、以前これらのうちに日を過ごしていた時には、これらのことをして歩いていた。 8 しかし今、これらいっさいのことを捨て、怒り、憤り、悪意、そしり、口から出る恥ずべき言葉を、捨ててしまいなさい。9 互にうそを言ってはならない。あなたがたは、古き人をその行いと一緒に脱ぎ捨て、

 

テモテへの第二の手紙 3:2-5 [口語訳]その時、人々は自分を愛する者、金を愛する者、大言壮語する者、高慢な者、神をそしる者、親に逆らう者、恩を知らぬ者、神聖を汚す者、

3 無情な者、融和しない者、そしる者、無節制な者、粗暴な者、善を好まない者、

4 裏切り者、乱暴者、高言をする者、神よりも快楽を愛する者、

5 信心深い様子をしながらその実を捨てる者となるであろう。こうした人々を避けなさい。

 

テトスへの手紙 3:3[塚本訳] 私達とてもかつては無智で、不従順で、(道に)迷い、様々な慾と快楽の奴隷となり、悪意と妬みとに(日を)過ごし、(人に)嫌われ、(また)互いに憎み合っていたのである。"

 

ヨハネの第一の手紙 1:8-10 [口語訳]もし、罪がないと言うなら、それは自分を欺くことであって、真理はわたしたちのうちにない。 9 もし、わたしたちが自分の罪を告白するならば、神は真実で正しいかたであるから、その罪をゆるし、すべての不義からわたしたちをきよめて下さる。 10 もし、罪を犯したことがないと言うなら、それは神を偽り者とするのであって、神の言はわたしたちのうちにない。

 

 

 

ローマ人への手紙3章11節

 

 

[口語訳] 悟りのある人はいない、/神を求める人はいない。

 

[新改訳] 悟りのある人はいない。神を求める人はいない。

 

[新共同訳] 悟る者もなく、/神を探し求める者もいない。

 

 [文語訳]聰き者なく、神を求むる者なし。

 

[塚本訳]物のわかる人がいない、神をさがし求める人がいない。

 

 [前田訳]"良識の人はない。神を求める人はない。

 

 (NCV) There is no one who understands. There is no one who looks to God for help.

 

[解読の鍵]

ローマ人への手紙 3:11 悟りのある人はいない、神を求める人はいない。 (JCV)

 

ローマ人への手紙 1:28[塚本訳] こうして彼らは神を知ることを役に立たぬものと考えたので、神の方でも、彼らの心が役に立たなくなるに任せられた。その結果彼らは(人として)なすべからざることをするようになったのである。"

 

詩篇 14:2-4 主は天から人の子らを見おろして、賢い者、神をたずね求める者が、あるかないかを見られた。

3 彼らはみな迷い、みなひとしく腐れた。善を行う者はない、ひとりもない。

4 すべて悪を行う者は悟りがないのか。彼らは物食うようにわが民をくらい、また主を呼ぶことをしない。 (JCV)

 

詩篇 53:2-4 神は天から人の子を見おろして、賢い者、神を尋ね求める者があるかないかを見られた。 3 彼らは皆そむき、みなひとしく堕落した。善を行なう者はない、ひとりもない。 4 悪を行なう者は悟りがない。彼らは物食うようにわが民を食らい、また神を喜ぶことをしない。 (JCV)

 

箴言 1:7-8 主を恐れることは知識のはじめである、愚かな者は知恵と教訓を軽んじる。

8 わが子よ、あなたは父の教訓を聞き、母の教を捨ててはならない。 (JCV)

 

箴言 1:29-32 彼らは知識を憎み、主を恐れることを選ばず、

30 わたしの勧めに従わず、すべての戒めを軽んじたゆえ、

31 自分の行いの実を食らい、自分の計りごとに飽きる。

32 思慮のない者の不従順はおのれを殺し、愚かな者の安楽はおのれを滅ぼす。 (JCV)

 

エレミヤ書 4:22 「わたしの民は愚かであって、わたしを知らない。彼らは愚鈍な子どもらで、悟ることがない。彼らは悪を行うのにさといけれども、善を行うことを知らない」。 (JCV)

 

マタイによる福音書 13:13-14 だから、彼らには譬で語るのである。それは彼らが、見ても見ず、聞いても聞かず、また悟らないからである。

14 こうしてイザヤの言った預言が、彼らの上に成就したのである。『あなたがたは聞くには聞くが、決して悟らない。見るには見るが、決して認めない。 (JCV)

 

マタイによる福音書 13:19[塚本訳] だれでも御国の言葉を聞いて悟らないと、悪者[悪魔]が来て、心の中にまかれたものを奪ってゆく。これは道ばたにまかれた人である。"

 

テトスへの手紙 3:3[塚本訳] 私達とてもかつては無智で、不従順で、(道に)迷い、様々な慾と快楽の奴隷となり、悪意と妬みとに(日を)過ごし、(人に)嫌われ、(また)互いに憎み合っていたのである。"

 

ローマ人への手紙 8:7[塚本訳]

というのは、肉を追い求めることは神への敵対である。肉は神の律法に服従せず、服従することも出来ないからである。

 

ヨブ記 21:15 全能者は何者なので、われわれはこれに仕えねばならないのか。われわれはこれに祈っても、なんの益があるか』と。 (JCV)

 

イザヤ書 31:1 助けを得るためにエジプトに下り、馬にたよる者はわざわいだ。彼らは戦車が多いので、これに信頼し、騎兵がはなはだ強いので、これに信頼する。しかしイスラエルの聖者を仰がず、また主にはかることをしない。 (JCV)

 

イザヤ書 55:6-7 あなたがたは主にお会いすることのできるうちに、主を尋ねよ。近くおられるうちに呼び求めよ。

7 悪しき者はその道を捨て、正しからぬ人はその思いを捨てて、主に帰れ。そうすれば、主は彼にあわれみを施される。われわれの神に帰れ、主は豊かにゆるしを与えられる。 (JCV)

 

ローマ人への手紙3章12節

 

[口語訳] すべての人は迷い出て、/ことごとく無益なものになっている。善を行う者はいない、/ひとりもいない。

 

[新改訳] すべての人が迷い出て、みな、ともに無益な者となった。善を行なう人はいない。ひとりもいない。」

 

[新共同訳] 皆迷い、だれもかれも役に立たない者となった。善を行う者はいない。ただの一人もいない。

 

[文語訳]みな迷ひて相共に空しくなれり、善をなす者なし、一人だになし

 

[塚本訳]だれもかれも迷って、みんな堕落してしまった。善をする人がいない、ただの一人もいない。

 

 [前田訳]皆が迷い、皆ともに身をもちくずした。善をする人はない。ただひとりもない"

 

 (NCV) All have turned away. Together, everyone has become useless. There is no one who does anything good; there is not even one."

 

[解読の鍵]

出エジプト記 32:8 彼らは早くもわたしが命じた道を離れ、自分のために鋳物の子牛を造り、これを拝み、これに犠牲をささげて、『イスラエルよ、これはあなたをエジプトの国から導きのぼったあなたの神である』と言っている」。 (JCV)

 

詩篇 14:3 彼らはみな迷い、みなひとしく腐れた。善を行う者はない、ひとりもない。 (JCV)

 

イザヤ書 53:6 われわれはみな羊のように迷って、おのおの自分の道に向かって行った。主はわれわれすべての者の不義を、彼の上におかれた。 (JCV)

 

イザヤ書 59:8-9 彼らは平和の道を知らず、その行く道には公平がない。彼らはその道を曲げた。すべてこれを歩む者は平和を知らない。

9 それゆえ、公平は遠くわれわれを離れ、正義はわれわれに追いつかない。われわれは光を望んでも、暗きを見、輝きを望んでも、やみを行く。 (JCV)

 

エレミヤ書 2:13 まことに、わが民は二つの悪を行った。生ける水の源であるわたしを捨てて、無用の水溜めを掘った。水をためることのできない、こわれた水溜めを。 (JNICV)

 

エペソ人への手紙 2:3 わたしたちも皆、こういう者たちの中にいて、以前は肉の欲望の赴くままに生活し、肉や心の欲するままに行動していたのであり、ほかの人々と同じように、生まれながら神の怒りを受けるべき者でした。 (JNICV)

 

ペテロの第一の手紙 2:25[塚本訳] 何故なら、君達は(かつては)“迷える羊のよう”であったが、今や君達の霊魂の牧者また監督者に戻ったからである。"

 

創世記 6:6-8 地上に人を造ったことを後悔し、心を痛められた。

7 主は言われた。「わたしは人を創造したが、これを地上からぬぐい去ろう。人だけでなく、家畜も這うものも空の鳥も。わたしはこれらを造ったことを後悔する。」

8 しかし、ノアは主の好意を得た。 (JNICV)

 

マタイによる福音書 25:30 この役に立たない僕を外の暗闇に追い出せ。そこで泣きわめいて歯ぎしりするだろう。』」 (JNICV)

 

ピレモンへの手紙 11 彼は、以前はあなたにとって役に立たない者でしたが、今は、あなたにもわたしにも役立つ者となっています。 (JNICV)

 

詩篇 53:1-3 指揮者によって。マハラトに合わせて。マスキール。ダビデの詩。

2 神を知らぬ者は心に言う、「神などいない」と。人々は腐敗している。忌むべき行いをする。善を行う者はいない。

3 神は天から人の子らを見渡し、探される、目覚めた人、神を求める人はいないか、と。 (JNICV)

 

イザヤ書 64:7 あなたの名を呼ぶ者はなく、みずから励んで、あなたによりすがる者はない。あなたはみ顔を隠して、われわれを顧みられず、われわれをおのれの不義の手に渡された。 (JCV)

 

ピリピ人への手紙 2: 13 あなたがたのうちに働きかけて、その願いを起させ、かつ実現に至らせるのは神であって、それは神のよしとされるところだからである。 (JCV)

 

 

 

ローマ人への手紙3章13節

 

[口語訳] 彼らののどは、開いた墓であり、/彼らは、その舌で人を欺き、/彼らのくちびるには、まむしの毒があり、

 

[新改訳] 「彼らののどは、開いた墓であり、彼らはその舌で欺く。」「彼らのくちびるの下には、まむしの毒があり、」

 

[新共同訳] 彼らののどは開いた墓のようであり、/彼らは舌で人を欺き、/その唇には蝮の毒がある。

 

[文語訳]彼らの咽は開きたる墓なり、舌には詭計(たばかり)あり、口唇(くちびる)のうちには蝮の毒あり、

 

[塚本訳] “彼らの咽は口のあいた墓のよう、その舌であざむき、”“蝮の毒が唇の下にある。”

 

 [前田訳]"彼らの咽は開いた墓のよう、その舌であざむき、唇の下にはまむしの毒がある。"

(NCV)Their throats are like open graves; they use their tongues for telling lies." "Their words are like snake poison."

 

[解読の鍵]

詩篇 5:9 彼らの口には真実がなく、彼らの心には滅びがあり、そののどは開いた墓、その舌はへつらいを言うのです。 (JCV)

 

マタイによる福音書 23:27[塚本訳] ああ禍だ、君たち聖書学者とパリサイ人、この偽善者!君たちは白く塗った墓に似ているからだ。外側はりっぱに見えるが、内側は死人の骨とあらゆる汚れとでいっぱいである。"

 

詩篇 36:3 その口の言葉はよこしまと欺きである。彼は知恵を得ることと、善を行なう事とをやめた。 (JCV)

 

詩篇 52:4 お前の考えることは破滅をもたらす。舌は刃物のように鋭く、人を欺く。 (JNICV)

 

詩篇 57:5 わたしの魂は獅子の中に、火を吐く人の子らの中に伏しています。彼らの歯は槍のように、矢のように、舌は剣のように、鋭いのです。 (JNICV)

 

イザヤ書 59:3 あなたがたの手は血で汚れ、あなたがたの指は不義で汚れ、あなたがたのくちびるは偽りを語り、あなたがたの舌は悪をささやき、 (JCV)

 

エレミヤ書 9:3-5 彼らは弓をひくように、その舌を曲げる。真実ではなく、偽りがこの地に強くなった。彼らは悪より悪に進み、またわたしを知らないと、主は言われる。

4 あなたがたはおのおの隣り人に気をつけよ。どの兄弟をも信じてはならない。兄弟はみな、押しのける者であり、隣り人はみな、ののしって歩く者だからである。

5 人はみな、その隣り人を欺き、真実を言う者はない。彼らは自分の舌に偽りを言うことを教え、悪を行い、疲れて悔い改めるいとまもなく、 (JCV)

 

マタイによる福音書 12:34[塚本訳]蝮の末よ、あなた達(自身)が悪いのに、どうして善いことが言えよう。心にあふれて口に出るのだから。

 

ヤコブへの手紙 3:5-8 それと同じく、舌は小さな器官ではあるが、よく大言壮語する。見よ、ごく小さな火でも、非常に大きな森を燃やすではないか。

6 舌は火である。不義の世界である。舌は、わたしたちの器官の一つとしてそなえられたものであるが、全身を汚し、生存の車輪を燃やし、自らは地獄の火で焼かれる。

7 あらゆる種類の獣、鳥、這うもの、海の生物は、すべて人類に制せられるし、また制せられてきた。

8 ところが、舌を制しうる人は、ひとりもいない。それは、制しにくい悪であって、死の毒に満ちている。 (JCV)

 

ヨブ記 20:14-16 その食物は彼の腹の中で変り、彼の内で毒蛇の毒となる。

15 彼は貨財をのんでも、またそれを吐き出す、神がそれを彼の腹から押し出されるからだ。

16 彼は毒蛇の毒を吸い、まむしの舌は彼を殺すであろう。 (JCV)

 

詩篇 140:3 彼らはへびのようにおのが舌を鋭くし、そのくちびるの舌にはまむしの毒があります。 (JCV)

 

 

 

ローマ人への手紙3章14節

 

 [口語訳] 彼らの口は、のろいと苦い言葉とで満ちている。

 

[新改訳] 「彼らの口は、のろいと苦さで満ちている。」

 

[新共同訳] 口は、呪いと苦味で満ち、

 

 [文語訳]その口は(のろひ)(にがき)とにて滿つ。

 

[塚本訳] “口には呪いと苦い言葉とがいっぱいである。

 

[前田訳]口にはにがい呪いが満ちている。

 

 (NCV)"Their mouths are full of cursing and hate."

 

[解読の鍵]

 

詩篇 10:7

その口はのろいと、欺きと、しえたげとに満ち、その舌の下には害毒と不正とがある。 (JCV)

 

口に呪い、詐欺(さぎ)搾取(さくしゅ)を満たし、舌に災いと悪を隠す。 (JNICV)

 

詩篇 59:12

 彼らの口の罪、そのくちびるの言葉のために彼らをその高ぶりに捕われさせないでください。彼らが語るのろいと偽りのために (JCV)

 

口をもって犯す過ち、唇の言葉、傲慢の罠に、自分の唱える呪いや欺く言葉の罠に彼らが捕えられますように。 (JNICV)

 

詩篇 109:17-18

 彼はのろうことを好んだ。のろいを彼に臨ませてください。彼は恵むことを喜ばなかった。恵みを彼から遠ざけてください。

18 彼はのろいを衣のように着た。のろいを水のようにその身にしみこませ、油のようにその骨にしみこませてください。 (JCV)

 

彼は呪うことを好んだのだから、呪いは彼自身に返るように。祝福することを望まなかったのだから、祝福は彼を遠ざかるように。

18 呪いを衣として身にまとうがよい。呪いが水のように彼のはらわたに、油のように彼の骨に染み通るように。 (JNICV)

 

ローマ人への手紙 3:14

彼らの口は、のろいと苦い言葉とで満ちている。 (JCV)

 

口は、呪いと苦味で満ち、 (JNICV)

 

[塚本訳]“口には呪いと苦い言葉とがいっぱいである。”

 

[新改訳] 「彼らの口は、のろいと苦さで満ちている。」

 

ヤコブへの手紙 3:10

同じ口から、さんびとのろいとが出て来る。わたしの兄弟たちよ。このような事は、あるべきでない。 (JCV)

 

同じ口から賛美と呪いが出て来るのです。わたしの兄弟たち、このようなことがあってはなりません。 (JNICV)

 

[塚本訳](すなわち)同じ口から讃美と呪詛が出るのである。(しかし、)兄弟達、そんなことがあってはならぬ。"

 

[新改訳] 賛美とのろいが同じ口から出て来るのです。私の兄弟たち。このようなことは、あってはなりません。

 

 

 

ローマ人への手紙3章15節

 

[口語訳] 彼らの足は、血を流すのに速く、

 

[新改訳] 「彼らの足は血を流すのに速く、

 

[新共同訳] 足は血を流すのに速く、

 

[文語訳]その足は血を流すに速し、

 

[塚本訳] “その足には血を流すにすばしこく、

 

 [前田訳]足は血を流すに速く、

 

(NCV) They are always ready to kill people.

 

(KJV)Their feet are swift to shed blood:

 

(NIV)Their feet are swift to shed blood;

 

(NRSV)Their feet are swift to shed blood;

 

(RSV)Their feet are swift to shed blood,

 

 [解読の鍵]

 

箴言 1:16-19

彼らの足は悪に走り、血を流すことは早いからだ。

17 すべての鳥の目の前で網を張るのは、むだである。

18 かれらは自分の血を待ち伏せし、自分の命を伏してねらうのだ。

19 すべて利をむさぼる者の道はこのようなものである。これはその持ち主の命を取り去るのだ。

(JCV)

 

箴言 1:16-19 彼らの足は悪事に向かって走り、流血をたくらんで急ぐ。

17 翼あるものは見ている。網を仕掛けるのは徒労だ。

18 待ち伏せて流すのは自分の血。隠れて待っても、落とすのは自分の命。

19 これが不当な利益を求める者の末路。奪われるのは自分の命だ。

(JNICV)

 

箴言 6:16-19

主の憎まれるものが六つある、否、その心に、忌みきらわれるものが七つある。

17 すなわち、高ぶる目、偽りを言う舌、罪なき人の血を流す手、

18 悪しき計りごとをめぐらす心、すみやかに悪に走る足、

19 偽りをのべる証人、また兄弟のうちに争いをおこす人がこれである。 (JCV)

 

箴言 6:16-19

主の憎まれるものが六つある。心からいとわれるものが七つある。

17 驕り高ぶる目、うそをつく舌、罪もない人の血を流す手、

18 悪だくみを耕す心、悪事へと急いで走る足、

19 欺いて発言する者、うそをつく証人、兄弟の間にいさかいを起こさせる者。 (JNICV)

 

イザヤ書 59:4-8

4 ひとりも正義をもって訴え、真実をもって論争する者がない。彼らはむなしきことを頼み、偽りを語り、害悪をはらみ、不義を産む。

5 彼らはまむしの卵をかえし、くもの巣を織る。その卵を食べる者は死ぬ。卵が踏まれると破れて毒蛇を出す。

6 その織る物は着物とならない。その造る物をもって身をおおうことができない。彼のわざは不義のわざであり、彼らの手には暴虐の行いがある。

7 彼らの足は悪に走り、罪のない血を流すことに速い。彼らの思いは不義の思いであり、荒廃と滅亡とがその道にある。

8 彼らは平和の道を知らず、その行く道には公平がない。彼らはその道を曲げた。すべてこれを歩む者は平和を知らない。 (JCV)

 

4 正しい訴えをする者はなく、真実をもって弁護する者もない。むなしいことを頼みとし、偽って語り、労苦をはらみ、災いを産む。

5 彼らは蝮の卵をかえし、くもの糸を織る。その卵を食べる者は死に、卵をつぶせば、毒蛇が飛び出す。

6 くもの糸は着物にならず、その織物で身を覆うことはできない。彼らの織物は災いの織物、その手には不法の業がある。

7 彼らの足は悪に走り、罪のない者の血を流そうと急ぐ。彼らの計画は災いの計画。破壊と崩壊がその道にある。

8 彼らは平和の道を知らず、その歩む道には裁きがない。彼らは自分の道を曲げ、その道を歩む者はだれも平和を知らない。

(JNICV)

 

 

 

ローマ人への手紙3章16節

 

[口語訳] 彼らの道には、破壊と悲惨とがある。

 

[新改訳] 彼らの道には破壊と悲惨がある。

 

[新共同訳] その道には破壊と悲惨がある。

 

[文語訳]破壞と艱難とその道にあり、

 

[塚本訳]その行く所には破壊と悲惨とがある、

 

 [前田訳]その道には破壊と悲惨がある。

 

 (NCV) Everywhere they go they cause ruin and misery.

 

[解読の鍵]

 

箴言 1:14-19 あなたもわれわれの仲間に加わりなさい、われわれは共に一つの金袋を持とう」と言っても、

15 わが子よ、彼らの仲間になってはならない、あなたの足をとどめて、彼らの道に行ってはならない。

16 彼らの足は悪に走り、血を流すことは早いからだ。

17 すべての鳥の目の前で網を張るのは、むだである。

18 かれらは自分の血を待ち伏せし、自分の命を伏してねらうのだ。

19 すべて利をむさぼる者の道はこのようなものである。これはその持ち主の命を取り去るのだ。

(JCV)

 

イザヤ書 59:7 彼らの足は悪に走り、罪のない血を流すことに速い。彼らの思いは不義の思いであり、荒廃と滅亡とがその道にある。

(JCV)

 

 

 

ローマ人への手紙3章17節

 

[口語訳] そして、彼らは平和の道を知らない。

 

[新改訳] また、彼らは平和の道を知らない。」

 

[新共同訳] 彼らは平和の道を知らない。

 

[文語訳]彼らは平和の道を知らず。

 

[塚本訳]彼らは平和の道を知らない。

 

 [前田訳]平和の道を彼らは知らず、

 

 (KJV) And the way of peace have they not known:

 

 (NCV) They don't know how to live in peace."

 

 (NIV)and the way of peace they do not know."

 

 (NRSV) and the way of peace they have not known."

 

 (RSV) and the way of peace they do not know."

 

[解読の鍵]

 

イザヤ書 57:20-21

しかし悪しき者は波の荒い海のようだ。静まることができないで、その水はついに泥と汚物とを出す。

21 わが神は言われる、「よこしまな者には平安がない」と。 (JCV)

 

神に逆らう者は巻き上がる海のようで、静めることはできない。その水は泥や土を巻き上げる。

21 神に逆らう者に平和はないとわたしの神は言われる。 (JNICV)

 

イザヤ書 59:8-12

彼らは平和の道を知らず、その行く道には公平がない。彼らはその道を曲げた。すべてこれを歩む者は平和を知らない。

9 それゆえ、公平は遠くわれわれを離れ、正義はわれわれに追いつかない。われわれは光を望んでも、暗きを見、輝きを望んでも、やみを行く。

10 われわれは盲人のように、かきを手さぐりゆき、目のない者のように手さぐりゆき、真昼でも、たそがれのようにつまずき、強壮な者の中にあっても死人のようだ。

11 われわれは皆くまのようにほえ、はとのようにいたくうめき、公平を望んでも、きたらず、救を望んでも、遠くわれわれを離れ去る。

12 われわれのとがは、あなたの前に多く、罪は、われわれを訴えて、あかしをなし、とがは、われわれと共にあり、不義は、われわれがこれを知る。 (JCV)

 

彼らは平和の道を知らず、その歩む道には裁きがない。彼らは自分の道を曲げ、その道を歩む者はだれも平和を知らない。

9 それゆえ、正義はわたしたちを遠く離れ、恵みの業はわたしたちに追いつかない。わたしたちは光を望んだが、見よ、闇に閉ざされ、輝きを望んだが、暗黒の中を歩いている。

10 盲人のように壁を手探りし、目をもたない人のように手探りする。真昼にも夕暮れ時のようにつまずき、死人のように暗闇に包まれる。

11 わたしたちは皆、熊のようにうなり、鳩のような声を立てる。正義を望んだが、それはなかった。救いを望んだが、わたしたちを遠く去った。

12 御前に、わたしたちの背きの罪は重く、わたしたち自身の罪が不利な証言をする。背きの罪はわたしたちと共にあり、わたしたちは自分の咎を知っている。 (JNICV)

 

マタイによる福音書 7:13-14[塚本訳]

13狭い門から入りなさい。滅びに至る道は大きく、かつ広く、ここから入る者が多いのだから。

14命にいたる門はなんと狭く、道は細く、それを見つける者の少ないことであろう!"

 

ルカによる福音書 1:78-79[塚本訳]

78これは(みな)われらの神の(深き)憐れみの御心によるのである。またその憐れみによって、高き所よりの光がわたし達を訪れ、"

79“暗やみと死の陰とに住まう人々を照らし、”われらの足を“平和の道”へと導くであろう。

 

ローマ人への手紙 5:1

このように、わたしたちは、信仰によって義とされたのだから、わたしたちの主イエス・キリストにより、神に対して平和を得ている。 (JCV)

 

このように、わたしたちは信仰によって義とされたのだから、わたしたちの主イエス・キリストによって神との間に平和を得ており、 (JNICV)

 

 [塚本訳] だから、わたし達は信仰のゆえに義とされたのであるから、わたし達の主イエス・キリストによって、いま神と平和ができた。"

 

[新改訳] ですから、信仰によって義と認められた私たちは、私たちの主イエス・キリストによって、神との平和を持っています。

 

 

 

ローマ人への手紙3章18節

 

[口語訳] 彼らの目の前には、神に対する恐れがない」。

 

[新改訳] 「彼らの目の前には、神に対する恐れがない。」

 

[新共同訳] 彼らの目には神への畏れがない。」

 

 [文語訳]その眼前に神をおそるる畏なし』とあるが如し。

 

[塚本訳] “その目の前には神をおそれる恐れがない。”

 

 [前田訳]その目の前には神へのおそれがない」

 

"(NCV)They have no fear of God."

 

[解読の鍵]

創世記 20:11 アブラハムは答えた。「この土地には、神を畏れることが全くないので、わたしは妻のゆえに殺されると思ったのです。 (JNICV)

 

詩篇 36:1-5 指揮者によって。主の僕の詩。ダビデの詩。

2 神に逆らう者に罪が語りかけるのが、わたしの心の奥に聞こえる。彼の前に、神への恐れはない。

3 自分の目に自分を偽っているから、自分の悪を認めることも、それを憎むこともできない。(JNICV) 

 

箴言 16:6慈しみとまことは罪を贖う。主を畏れれば悪を避けることができる。(JNICV)

 

ルカによる福音書 23:39-40 十字架にかけられた犯罪人のひとりが、「あなたはキリストではないか。それなら、自分を救い、またわれわれも救ってみよ」と、イエスに悪口を言いつづけた。

40 もうひとりは、それをたしなめて言った、「おまえは同じ刑を受けていながら、神を恐れないのか。 (JCV)

 

ヨハネの黙示録 19:5 その時、御座から声が出て言った、「すべての神の僕たちよ、神をおそれる者たちよ。小さき者も大いなる者も、共に、われらの神をさんびせよ」。 (JCV)

 

 

 

ローマ人への手紙3章19節

 

 [口語訳] さて、わたしたちが知っているように、すべて律法の言うところは、律法のもとにある者たちに対して語られている。それは、すべての口がふさがれ、全世界が神のさばきに服するためである。

 

[新改訳] さて、私たちは、律法の言うことはみな、律法の下にある人々に対して言われていることを知っています。それは、すべての口がふさがれて、全世界が神のさばきに服するためです。

 

[新共同訳] さて、わたしたちが知っているように、すべて律法の言うところは、律法の下にいる人々に向けられています。それは、すべての人の口がふさがれて、全世界が神の裁きに服するようになるためなのです。

 

 [文語訳]それ律法の言ふところは律法の下にある者に語ると我らは知る、これは凡ての口ふさがり、神の審判に全世界の服せん爲なり。

 

[塚本訳]と ころでわたし達が知っているように、(右の)律法[聖書]が言うことはみな、律法に生きる者(すなわちユダヤ人)に対して語られるものである。(しかし) こうして(ユダヤ人だけでなく)すべての(人の)口がふさがり、世界中の人が、神に対して罪なしと言うことはできないのである。"

 

 [前田訳]さて、われらの知るように、すべて律法のいうことは律法の下にあるものに語られています。それはすべての口がふさがって全世界が神に対して罪びととなるためです。"

 

 (NCV) We know that the law's commands are for those who have the law. This stops all excuses and brings the whole world under God's judgment,

 

[解読の鍵]

 

ローマ人への手紙 2:12-18 そのわけは、律法なしに罪を犯した者は、また律法なしに滅び、律法のもとで罪を犯した者は、律法によってさばかれる。

13 なぜなら、律法を聞く者が、神の前に義なるものではなく律法を行う者が、義とされるからである。

14 すなわち、律法を持たない異邦人が、自然のままで、律法の命じる事を行うなら、たとい律法を持たなくても、彼らにとっては自分自身が律法なのである。

15 彼らは律法の要求がその心にしるされていることを現し、そのことを彼らの良心も共にあかしをして、その判断が互にあるいは訴え、あるいは弁明し合うのである。

16 そして、これらのことは、わたしの福音によれば、神がキリスト・イエスによって人々の隠れた事がらをさばかれるその日に、明らかにされるであろう。

17 もしあなたが、自らユダヤ人と称し、律法に安んじ、神を誇とし、

18 御旨を知り、律法に教えられて、なすべきことをわきまえており、 (JCV)

 

ヨハネによる福音書 15:25 それは、『彼らは理由なしにわたしを憎んだ』と書いてある彼らの律法の言葉が成就するためである。 (JCV)

 

ガラテヤ人への手紙 3:23[塚本訳] しかし信仰が来る前には、わたし達は(みな)律法の下に閉じこめられ、監督されて、信仰が現れねばならぬ時にまで及んだ。

 

ガラテヤ人への手紙 4:5[塚本訳] これは律法の下に(奴隷になって)いる者を贖い出して、わたし達に子たる身分を受けさせるためである。

 

ガラテヤ人への手紙 4:21 律法の下にとどまっていたいと思う人たちよ。わたしに答えなさい。あなたがたは律法の言うところを聞かないのか。 (JCV)

 

 

 

ローマ人への手紙3章20節

 

[口語訳] なぜなら、律法を行うことによっては、すべての人間は神の前に義とせられないからである。律法によっては、罪の自覚が生じるのみである。

 

[新改訳] なぜなら、律法を行なうことによっては、だれひとり神の前に義と認められないからです。律法によっては、かえって罪の意識が生じるのです。

 

[新共同訳] なぜなら、律法を実行することによっては、だれ一人神の前で義とされないからです。律法によっては、罪の自覚しか生じないのです。

 

 [文語訳]律法の行爲によりては、一人だに神のまへに義とせられず、律法によりて罪は知らるるなり。

 

[塚本訳]というのは、律法が命ずる行いによっては“だれ一人神の前に義とされる者はない。”律法によって(は)罪を知る(ことができるだけで、人を罪から救うことはできない)からである。"

 

 [前田訳]律法の行ないによってはだれひとり神の前に義とされません。律法によっては罪を知るばかりです。 

 (NCV) because no one can be made right with God by following the law. The law only shows us our sin.

 [解読の鍵]

ローマ人への手紙 3:28 わたしたちは、こう思う。人が義とされるのは、律法の行いによるのではなく、信仰によるのである。 (JCV)

 

ローマ人への手紙 2:13-14 なぜなら、律法を聞く者が、神の前に義なるものではなく律法を行う者が、義とされるからである。

14 すなわち、律法を持たない異邦人が、自然のままで、律法の命じる事を行うなら、たとい律法を持たなくても、彼らにとっては自分自身が律法なのである。 (JCV)

 

ローマ人への手紙 4:13[塚本訳](このように義とされるのは割礼に関係がない。)なぜなら、アブラハムとその子孫とが世界の相続人になるという約束(が与えられたの)は、(モーセ)律法(を行ったこと)によるのではなく、信仰の義によるからである。"

 

ローマ人への手紙 9:32[塚本訳]なぜか。イスラエル人は信仰によってでなく行いによって(義とされ得るか)のように考え(て、追い求め)たからである。彼らは”躓きの石に“躓いた。"

 

使徒行伝 13:39[塚本訳] 信ずる者は一人のこらず、このイエスによって義とされるのです。"

 

ガラテヤ人への手紙 2:16[塚本訳] けれども、人は(モーセ)律法を行うことによっては(神の前

に) 義とされない、ただキリスト・イエスを信ずる信仰によらねばならぬことを知ったので、わたし達も(ユダヤ人でありながら、)キリスト・イエスを信じたので ある。律法を行うことによらず、キリストを信ずる信仰によって義とされるためである。というのは、律法を行うことによっては、人は“すべて義とされない” からである。"

 

ガラテヤ人への手紙 3:10-13 いったい、律法の行いによる者は、皆のろいの下にある。「律法の書に書いてあるいっさいのことを守らず、これを行わない者は、皆のろわれる」と書いてあるからである。

11 そこで、律法によっては、神のみまえに義とされる者はひとりもないことが、明らかである。なぜなら、「信仰による義人は生きる」からである。

12 律法は信仰に基いているものではない。かえって、「律法を行う者は律法によって生きる」のである。

13 キリストは、わたしたちのためにのろいとなって、わたしたちを律法ののろいからあがない出して下さった。聖書に、「木にかけられる者は、すべてのろわれる」と書いてある。 (JCV)

 

ガラテヤ人への手紙 5:4[塚本訳] 律法によって義とされようとするあなた達は、実はキリストから離れ、恩恵から落ちているのである。

 

エペソ人への手紙 2:8-9 あなたがたの救われたのは、実に、恵みにより、信仰によるのである。それは、あなたがた自身から出たものではなく、神の賜物である。

9 決して行いによるのではない。それは、だれも誇ることがないためなのである。 (JCV)

 

テトスへの手紙 3:4-6 ところが、わたしたちの救主なる神の慈悲と博愛とが現れたとき、

5 わたしたちの行った義のわざによってではなく、ただ神のあわれみによって、再生の洗いを受け、

6 聖霊により新たにされて、わたしたちは救われたのである。この聖霊は、わたしたちの救主イエス・キリストをとおして、わたしたちの上に豊かに注がれた。 (JCV)

 

 

 

贖罪は日本語で説明できるか

 

尻拭いする

  これは賀川豊彦の言葉である。神の贖罪は母親が子供の不始末を尻拭いすることだと説明した。母親は自分の赤ん坊の便は汚いものと思わないらしい。

 

水に流す

  これは亀井勝一郎が贖罪の概念は日本にもあると言ったときに持ち出した言葉。神道の清め。「今日のことは水に流そう」という使い方をする。しかし我々の罪は水ではなく「血」で清められたのだ。罪は水道(井戸)の水などでは清まらないほど重い。

 

清算する

  人間関係のもつれを解くときに使われる。「彼はその関係を清算するために彼女を殺した」などと。神は人間との関係のもつれを我が子を殺して精算してくれたのだ。

最近の経済ニュースでは、「負債の清算」という言葉が多い。「穴を埋める」とも言う。

 

保釈金を払う

  刑 務所に入った大物が保釈金を支払って出所する例がある。罪の大きさと保釈金の関係はどのようになっているのだろうか知りたい。興味がある。地獄の沙汰も金 次第なのか。地獄にはいくら持っていけばよいのか。否、支払い不能な金額をイエスが全額支払ってくれるのだ。「ありがたい」「かたじけない」

 

禊(みそぎ)

  刑務所に入った政治家が再び選挙に出馬するとき、「禊(みそぎ)」を澄ませてきましたという。しかし彼の過去の罪は消えない。日本人の罪概念の浅さが露呈している。過ぎ去った過去は神でもとりもどせない(三浦綾子)のだ。

 

自腹を切る、身銭を切る

  我々は本当にやりたいことは「自腹を切って」でも行うものだ。十字架は神が自腹を切って我々を救い出してくれたのだ。「もったいない」

 

胸が痛む

  北 森嘉蔵に「神の痛みの神学」がある。(無教会ではこういうことを神学にはしない。ただ生きるのみ。)十字架の本質は痛みではなく「愛」からである。神の名 誉のためからである。神のプライドのためでもある。神の義を立てるためである。神の心を一つの概念で頭で神学的に説明しようとすると急に力と命がなくな る。

 

人身御供(ひとみごくう)

  ロマ書3章25節の「宥めの供え物」(塚本、新改訳)はこれに近いか。これは人間が神の怒りを和らげるために人間(あるいはわが身を)を捧げる古来からある概念だが、捧げものは神がそれを受け入れるかどうかは別。十字架 は神のほうからの業である。

 

出血

  あるプロジェクトで。「もう少し貸し出し金利を下げてもらえませんか」(私)。「わが方も出血しているのでこれ以上は無理です」(銀行)という場面があった。

 

恩賜 

上野動物公園の表札に「恩賜記念公園」と書いてあった。十字架も神からの賜りものである。賢き妻は神より賜るという。賜物は素直に受けるときにその本質が分かる。

 

罪滅ぼし・償い

  「罪 滅ぼしのために行っています。償(つぐない)のつもりで行っています。」という言葉も日本語になっている(朝の連続テレビドラマで聞く)。しかしどんなに 良いことをしても過去の罪は消えず、また心の重荷が降りないところが我々の悩みなのだ。よく「盗んだ金は返しました」という人がある。人生それで済むなら 簡単なのだが、そうはいかないところが悩みなのだ。

 

駆け込み寺

 これは実に分かりやすいよい言葉である。人生はしばしば駆け込み寺に行きたくなる場面がある。あるいは四国四十八箇所霊場の行脚に出かけたくなるときもある。 十 字架は神の怒りを避ける我々の駆け込み寺である。思わざる失敗やまた深刻な悩み事は何でも聞いて受容してくださる。我々は日ごと夜ごとにイエスに(あぐら をかいていずに腰を上げて・・・そこがバルトとは違う)「駆け込む」必要がある。そこで深刻な悩み事や心配事を洗いざらい話す必要がある。イエスの十字架 は我々が神の怒りから逃れる隠れ家である。

 

以上はすべて説明であって贖罪そのも のではない。栄養学は栄養そのものではない。楽譜は音楽そのものではない。栄養は自分で摂取して、音楽は居住まい(姿勢)を正して聞いて心に響いてはじめ て自分のものになる。栄養も音楽も説明を聞いて頭で考えていただけでは自分のものにはならない。居住まい(姿勢)を正して聞き、信じて摂取しなければ栄養 にならず、心に響かない。贖罪も姿勢を正して聞き(大工になるための訓練も最低7年はかかるのだ)、求める姿勢で信じることにより現実に「今のこのとき」 にわが身に贖罪が起こることによって初めて自分のものになる。パウロ書簡は全部これ「説明」なのである。だから罪の赦しの体験のないものがいくら頭で読ん でもさっぱり分からない。しかし「体験者」にはどんなまずい説明(註解)でも「ピンとくる」ものなのだ。だから「贖罪」もいくら日本的に日本語で説明して も伝えることはできない。「贖罪」は人間の言葉による説明では伝達不可能である。神の「超自然的」な介入でその人の「心の目」が開かれるときにはじめて分 かるものなのだ。(大工の徒弟も仕事を体でおぼえて開眼する。大工に限らずどんな仕事でも最低7年の訓練が必要。)だから同胞に対しては個人的に神の介入 の働きが下ることを切に祈るものである。

初代キリスト教徒は同胞に対する福音の弁明に人間的な業のすべてを断念し、ただひたすらに神の介入としての終末を祈った。「主よ、来たりませ!」と。

                              

2001.1.20    高橋照男

 

 

 

 

表  題 ・ 要  約

 

神の義の啓示(3:21-31)・・・・・・高橋三郎

神の義の啓示(3:21-31)・・・・・・ヴィルケンスEKK  

   テーゼ ――― キリストの死における神の義の贖罪行為に基づく信仰の義(3.21-26)

   ユダヤ人および異邦人に対する信仰の義の普遍性(3:27-31)

神の義は律法に関係なく現われた(3:21-31)・・・・・・塚本訳

信仰による義(3:21-31)・・・・・・新共同訳

塚本ロマ書講演・・・・・・塚本虎二

   大いなる「今」(3:21-22)

   贖罪(3:23-24)

   付 栄光・贖罪

   宥めの供え物(3:25-26)  

      付 ヒラステーリオン

   信仰だけ(3:27-28)

      付 他力と自力

   また異郷人の神(3:29-31)  

黒崎註解新約聖書・・・・・・黒崎幸吉

   救拯論(3:21-11:36)

    第一 個人の救い(3:21-8:29)

       義とせらるる事(3:21-5:21)

         神の義は顕れたり(3:21-26)

         信仰によりてのみ義とせらる(3:27-31)

アルトハウス・・・・NTD

   信仰によって義を得させる神の義の福音(3:21-8:39)

      キリストを信ずる信仰による義(3:21-4:25)

         信仰に対して示された、キリストの死による義の啓示(3:21-31)

八木誠一・・・講談社

   信仰による義(3:21-5:21)

      神の義の啓示(3:21-31)

信仰による義の実現・・・・・・青野(岩波)

信仰によって人は正しい者とされる・・・・・・フランシスコ会訳

バルト

   神の義(3:1-30)

         イエス(3:21-26)

      ただ信仰によってのみ(3:27-30)

白井きく

   イエス・キリストによって神の義は現われた(3:21-26)

   恩恵の特質と義の一般性(3:27-31)

ケーゼマン

   信仰の義としての神の義(3:21-4:25)

    テーゼ(3:21-26)

    〔テーゼ〕の論争的先鋭化(3:27-31)

神の義(3:21-3:26)・・・・・・内村鑑三

 

 

 

ローマ人への手紙3章21節

 

[口語訳] しかし今や、神の義が、律法とは別に、しかも律法と預言者とによってあかしされて、現された。

 

[新改訳] しかし、今は、律法とは別に、しかも律法と預言者によってあかしされて、神の義が示されました。

 

[新共同訳] ところが今や、律法とは関係なく、しかも律法と預言者によって立証されて、神の義が示されました。

 

 [文語訳]然るに今や律法の外に神の義は顯れたり、これ律法と預言者とに由りて證せられ、

 

[塚本訳]しかしながら今、律法に関係なく、神の義は現わされた。しかし律法と預言書と[聖書]によって(すでに)証しされているものである。"

 

[前田訳]しかし今や律法に関係なく神の義が示されました。今や、といっても、それは律法と預言書によって証されているものです。"

 

 (NCV) But God has a way to make people right with him without the law, and he has now shown us that way which the law and the prophets told us about.

 

[解読の鍵]

ローマ人への手紙 1:17[塚本訳] 信仰から出て信仰に終る、(徹頭徹尾信仰本意の)神の義が、こ

の福音において現わされているからである。“信仰による義人は生きる”と(聖書に)書い

てあるとおりである。"

 

ローマ人への手紙 5:19[塚本訳]すなわち、一人の人の不従順によって多くの人が罪人になったように、一人の人の従順によっても多くの人が義人になるのである。"

 

ローマ人への手紙 5:21[塚本訳]これは罪が死を持って支配したように、恩恵も義をもって支配し、わたし達の主イエス・キリストによって、(わたし達を)永遠の命に入れるためである。"

 

ローマ人への手紙 10:3-4

3すなわち、彼らは(キリストを信ずることによって義とされる)

神の義(の道が開けているの)がわからず、(自分の力で律法を守って)自分の義を立てようとしたため、神の義に服従しなかったのである。"

4(では律法を守ることが、なぜいけないか。律法はキリストによって目的を達し、もうなくなってしまったからである。)すなわち、キリストは(御自分を)信ずる者が一人のこらず義とされるために、律法の終りとなられたのである。"

 

イザヤ書 46:13 わたしの恵みの業を、わたしは近く成し遂げる。もはや遠くはない。わたしは遅れることなく救いをもたらす。わたしはシオンに救いを、イスラエルにわたしの輝きを与えることにした。 (JNICV)

 

エレミヤ書 23:5-6 主は仰せられる、見よ、わたしがダビデのために一つの正しい枝を起す日がくる。彼は王となって世を治め、栄えて、公平と正義を世に行う。6 その日ユダは救を得、イスラエルは安らかにおる。その名は『主はわれわれの正義』ととなえられる。 (JCV)

 

エレミヤ書 33:15-16 その日、その時になるならば、わたしはダビデのために一つの正しい枝を生じさせよう。彼は公平と正義を地に行う。

16 その日、ユダは救を得、エルサレムは安らかにおる。その名は『主はわれわれの正義』ととなえられる。 (JCV)

 

ダニエル書 9:24 あなたの民と、あなたの聖なる町については、七十週が定められています。これはとがを終らせ、罪に終りを告げ、不義をあがない、永遠の義をもたらし、幻と預言者を封じ、いと聖なる者に油を注ぐためです。 (JCV)

 

申命記 18:15 あなたの神、主はあなたのうちから、あなたの同胞のうちから、わたしのようなひとりの預言者をあなたのために起されるであろう。あなたがたは彼に聞き従わなければならない。 (JCV)

 

使徒行伝 15:11 わたしたちは、主イエスの恵みによって救われると信じているのですが、これは、彼ら異邦人も同じことです。」 (JNICV)

 

コリント人への第一の手紙 1:30[塚本訳] この神ゆえに、あなた達は(はじめて)キリスト・イエスにあるのであり、このキリストが、神から賜わるわたし達の知恵、また義、また聖さ、また(罪の)あがないになられたのである。

コリント人への第二の手紙 5:21[塚本訳] 神は罪を知らなかった方をわたし達の身代りに(十字架につけて)罪に定められた。わたし達がこの方において神の義(をいただく者)となるためである。

 

ピリピ人への手紙 3:9 律法による自分の義ではなく、キリストを信じる信仰による義、すなわち、信仰に基く神からの義を受けて、キリストのうちに自分を見いだすようになるためである。 (JCV)

 

ルカによる福音書 24:44 それから彼らに対して言われた、「わたしが以前あなたがたと一緒にいた時分に話して聞かせた言葉は、こうであった。すなわち、モーセの律法と預言書と詩篇とに、わたしについて書いてあることは、必ずことごとく成就する」。 (JCV)

 

ヨハネによる福音書 1:45[塚本訳] (すると今度は)ピリポがナタナエルに出合って言う、「わたし達はモーセが律法に書き、預言者たちも書いている人を見つけた、ヨセフの子、ナザレ人イエスだ。」"

 

ヨハネによる福音書 3:14-15[塚本訳]

14そして、ちょうどモーセが荒野で(銅の)蛇を(竿の先に)挙げたように、人の子(わたしも十字架に)挙げられ(て天に上ら)ねばならない。

15それは、(蛇にかまれた者がその銅の蛇を仰いで命を救われたように、)信ずる者が皆(天に上った人の子を仰いで、)彼にあって永遠の命を持つためである。

 

ヨハネによる福音書 5:46-47[塚本訳] もしもあなた達がモーセ(の言うこと)を信じたら、わたしを信じたはずである。モーセはわたしのことを書いているのだから。47しかし彼の書いたものを信じないなら、どうしてこのわたしの言葉を信ずることができようか。」"

 

ローマ人への手紙 1:2[塚本訳] この福音は、神がその預言者たちにより、聖書においてかねて約束されたもので、"

 

ローマ人への手紙 16:26[塚本訳]今現わされ、預言者たちの書き物により、永遠の神の命令に応じて、従順に信仰を受けいれさせようとしてすべての国の人に知らせられたのである・・"

 

使徒行伝 3:24-25[塚本訳] 24また(モーセだけでなく)、サムエルとそれに続くすべての預言者も、神の言葉を)語った者はみな、その(休息の)日のことを告げ知らせました。"25 あなた達はこれらの預言者の子であり、神がアブラハムに、“またあなたの末(なる救世主)によって地上のすべての民族が祝福をうける”と仰せられて、あな た達の先祖と結ばれた契約は、当然あなた達に適用があるのです。

 

使徒行伝 28:23[塚本訳]そこで彼らは日を決め、もっと大勢でパウロの宿に来た。彼は早朝から夕方まで、神の国のことを彼らに証しして説明し、モーセ律法と預言書[聖書]とから、イエスの(救世主である)ことについて彼らを説得しようとした。

 

使徒行伝 15:11 わたしたちは、主イエスの恵みによって救われると信じているのですが、これは、彼ら異邦人も同じことです。」 (JNICV)

 

ヘブル人への手紙 10:1 いったい、律法には、やがて来る良いことの影があるばかりで、そのものの実体はありません。従って、律法は年ごとに絶えず献げられる同じいけにえによって、神に近づく人たちを完全な者にすることはできません。 (JNICV)

 

 

 

ローマ人への手紙3章22節

 

[口語訳] それは、イエス・キリストを信じる信仰による神の義であって、すべて信じる人に与えられるものである。そこにはなんらの差別もない。

 

[新改訳] すなわち、イエス・キリストを信じる信仰による神の義であって、それはすべての信じる人に与えられ、何の差別もありません。

 

[新共同訳] すなわち、イエス・キリストを信じることにより、信じる者すべてに与えられる神の義です。そこには何の差別もありません。

 

 [文語訳]イエス・キリストを信ずるに由りて凡て信ずる者に與へたまふ神の義なり。之には何等の差別あるなし。

 

[塚本訳]この神の義は、イエス・キリストを信ずる信仰(だけ)によって、これを信ずるすべての者にあたえられる。(すべてというのは、そこに人間的の)なんの差別もないからである。

 

 [前田訳]すなわち、イエス・キリストのまことによる神の義で、信ずるものすべてのためのものです。そこに差別はありません。 

 

 (NCV) God makes people right with himself through their faith in Jesus Christ. This is true for all who believe in Christ, because all people are the same:

 

 [解読の鍵]

ローマ人への手紙 4:5-8 しかし、働きはなくても、不信心な者を義とするかたを信じる人は、その信仰が義と認められるのである。 6 ダビデもまた、行いがなくても神に義と認められた人の幸福について、次のように言っている、 7 「不法をゆるされ、罪をおおわれた人たちは、さいわいである。

8 罪を主に認められない人は、さいわいである」。 (JCV)

 

ローマ人への手紙 5:1[塚本訳]だから、わたし達は信仰のゆえに義とされたのであるから、わたし達の主イエス・キリストによって、いま神と平和ができた。"

 

ローマ人への手紙 8:1-2[塚本訳] (こうしてわたし達はみな救われている。)だから今では、キリスト・イエスにある者は絶対に罪を罰されることはない。02なぜなら、キリスト・イエスによる命の霊の法則が、死と罪との法則からあなたを自由にしたからである。"

 

ピリピ人への手紙 3:9 律法による自分の義ではなく、キリストを信じる信仰による義、すなわち、信仰に基く神からの義を受けて、キリストのうちに自分を見いだすようになるためである。 (JCV)

 

マタイによる福音書 22:11-14 王は客を迎えようとしてはいってきたが、そこに礼服をつけていないひとりの人を見て、 12 彼に言った、『友よ、どうしてあなたは礼服をつけないで、ここにはいってきたのですか』。しかし、彼は黙っていた。 13 そこで、王はそばの者たちに言った、『この者の手足をしばって、外の暗やみにほうり出せ。そこで泣き叫んだり、歯がみをしたりするであろう』。 14 招かれる者は多いが、選ばれる者は少ない」。 (JCV)

 

ルカによる福音書 15:22-23 しかし父は僕たちに言いつけた、『さあ、早く、最上の着物を出してきてこの子に着せ、指輪を手にはめ、はきものを足にはかせなさい。

23 また、肥えた子牛を引いてきてほふりなさい。食べて楽しもうではないか。 (JCV)

 

ガラテヤ人への手紙 3:7-9 だから、信仰による者こそアブラハムの子であることを、知るべきである。 8 聖書は、神が異邦人を信仰によって義とされることを、あらかじめ知って、アブラハムに、「あなたによって、すべての国民は祝福されるであろう」との良い知らせを、予告したのである。

9 このように、信仰による者は、信仰の人アブラハムと共に、祝福を受けるのである。 (JCV)

 

ローマ人への手紙 10:12-14[塚本訳] (「すべて」と言う以上、)ユダヤ人も異教人も、その間になんの差別もないのである。なぜなら、同じ一人の方がすべての人の主であって、御自分を呼ぶすべ ての人に、あり余る恩恵をお与えになるからである。13ほんとうに(預言者ヨエルが言うように、)“主[キリスト]の名を呼ぶ者はすべて救われる。14と ころで、(呼ぶだけで救われると言うが、)信じたことのない者を、どうして呼ぶことができようか。聞いたことのない者を、どうして信ずることができよう か。説く者がなくて、どうして聞くことができようか。

 

使徒行伝 15:7-9 激しい争論があった後、ペテロが立って言った、「兄弟たちよ、ご承知のとおり、異邦人がわたしの口から福音の言葉を聞いて信じるようにと、神は初めのころに、諸君の中からわたしをお選びになったのである。

8 そして、人の心をご存じである神は、聖霊をわれわれに賜わったと同様に彼らにも賜わって、彼らに対してあかしをなし、

9 また、その信仰によって彼らの心をきよめ、われわれと彼らとの間に、なんの分けへだてもなさらなかった。 (JCV)

 

 

 

ローマ人への手紙3章23節

 

[口語訳] すなわち、すべての人は罪を犯したため、神の栄光を受けられなくなっており、

 

[新改訳] すべての人は、罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができず、

 

[新共同訳] 人は皆、罪を犯して神の栄光を受けられなくなっていますが、

 

 [文語訳]凡ての人、罪を犯したれば神の榮光を受くるに足らず、

 

[塚本訳]なぜか。すべての人が罪を犯したため、いまだれ一人、(かつて持っていた)神の栄光をもたない。"

 

 [前田訳]すべての人は罪を犯したため、神の栄光を欠いています。"

 

 (NCV) All have sinned and are not good enough for God's glory,

 

[解読の鍵]

 

ローマ人への手紙 3:9[塚本訳]

それでは、どうなるのだろうか。(ユダヤ人である)わたし達には、

(異教人より)優れたところがあるのか。全然ない。わたし達が前から強く主張してきた

ように、ユダヤ人も異教人もことごとく、罪の(支配の)下にいるからである。

 

ローマ人への手紙 3:19[塚本訳]

と ころでわたし達が知っているように、(右の)律法[聖書]が言うことはみな、律法に生きる者(すなわちユダヤ人)に対して語られるものである。(しかし) こうして(ユダヤ人だけでなく)すべての(人の)口がふさがり、世界中の人が、神に対して罪なしと言うことはできないのである。

 

ローマ人への手紙 1:28-2:1

そして、彼らは神を認めることを正しいとしなかったので、神は彼らを正しからぬ思いにわたし、なすべからざる事をなすに任せられた。

29 すなわち、彼らは、あらゆる不義と悪と貪欲と悪意とにあふれ、ねたみと殺意と争いと詐欺と悪念とに満ち、また、ざん言する者、

30 そしる者、神を憎む者、不遜な者、高慢な者、大言壮語する者、悪事をたくらむ者、親に逆らう者となり、

31 無知、不誠実、無情、無慈悲な者となっている。

32 彼らは、こうした事を行う者どもが死に価するという神の定めをよく知りながら、自らそれを行うばかりではなく、それを行なう者どもを是認さえしている。

1 だから、ああ、すべて人をさばく者よ。あなたには弁解の余地がない。あなたは、他人をさばくことによって、自分自身を罪に定めている。さばくあなたも、同じことを行っているからである。

 

ローマ人への手紙 11:32

すなわち、神はすべての人をあわれむために、すべての人を不従順のなかに閉じ込めたのである。 (JCV)

 

伝道の書 7:20 善を行い、罪を犯さない正しい人は世にいない。 (JCV)

 

ガラテヤ人への手紙 3:22[塚本訳]

し かし(律法は命を与えるものでなく、人を罪に閉じこめる力をもつだけである。)聖書はすべての人を(律法によって)罪の下に閉じこめ、イエス・キリストを 信ずる信仰によって、信ずる者に約束が与えられるのである。(律法は約束に矛盾しない。むしろこれに導く家庭教師である。)

 

ヨハネの第一の手紙 1:8-10

もし、罪がないと言うなら、それは自分を欺くことであって、真理はわたしたちのうちにない。

9 もし、わたしたちが自分の罪を告白するならば、神は真実で正しいかたであるから、その罪をゆるし、すべての不義からわたしたちをきよめて下さる。

10 もし、罪を犯したことがないと言うなら、それは神を偽り者とするのであって、神の言はわたしたちのうちにない。 (JCV)

 

ヘブル人への手紙 4:1[塚本訳]

だから、神の休みに入る約束は(今日もまだ)満たされていないのに、あなた達のうちだれかが、(それに)入ることができぬと考えることのないように、わたし達は注意を払おうではないか。

 

 

 

ローマ人への手紙3章24節

 

[口語訳] 彼らは、価なしに、神の恵みにより、キリスト・イエスによるあがないによって義とされるのである。

 

[新改訳] ただ、神の恵みにより、キリスト・イエスによる贖いのゆえに、価なしに義と認められるのです。

 

[新共同訳] ただキリスト・イエスによる贖いの業を通して、神の恵みにより無償で義とされるのです。

 

 [文語訳]功なくして神の恩惠により、キリスト・イエスにある贖罪によりて義とせらるるなり。

 

[塚本訳](さりとて失った栄光を回復する力はないので、何一つ)代価を払わず、(ただ)神の恩恵によって、キリスト・イエスによるあがないの力で、(神に)義とされる(道が設けられた)のである。

 

 [前田訳]しかし、代償なしに、神の恩恵によって、キリスト・イエスのあがないのおかげで、義とされるのです。

 

 (NCV) and all need to be made right with God by his grace, which is a free gift. They need to be made free from sin through Jesus Christ.

 

[解読の鍵]

ローマ人への手紙 4:16[塚本訳]そうであるから、(相続人にされるのは)信仰のゆえである。こ

れは恩恵によらせるためであり、(アブラハムの)子孫全体に対して──ただ律法の子孫[ユダヤ人]だけでなく、アブラハムの信仰の(足跡を踏む)子孫[異教人]に対しても──(神の)約束が不動であるためである。彼はわたし達すべての者の(信仰の)父である。

 

ローマ人への手紙 5:16-19[塚本訳]

16なお、(キリストの)賜物と一人の罪を犯した人の場合とは、同じではない。なぜなら、一人の人(の罪)に対する(神の)裁きは、(多くの人に)死の宣告を下したのであるが、(神の)賜物は、多くの(人をその)過ちから(救い出して)義とするからである。"

17 一人の人によって、すなわち一人の人(アダム)の過ちによってすら死が支配するようになったくらいであるから、ましてあふれるばかりの恩恵と義とされる賜 物とを戴いた者が、一人の人イエス・キリストにより(永遠の)命をもって支配するのは、もちろんであるからである。・・

18従って、一人の人の過ちによって全人類に死の宣告が下されたと同じに、一人の人の正しい行いによって、全人類に命を与える義が臨んだのである。"

19すなわち、一人の人の不従順によって多くの人が罪人になったように、一人の人の従順によっても多くの人が義人になるのである。"

 

コリント人への第一の手紙 6:11[塚本訳] そして(かっては)あなた達も幾人かは、こうした者であった。しかしもはや(洗礼を受けて汚れを)洗っていただいたのであり、聖別されたのであり、義とされたのである、主キリストの名によって、またわたし達の神の霊によって。"

 

エペソ人への手紙 2:7-10 それは、キリスト・イエスにあってわたしたちに賜わった慈愛による神の恵みの絶大な富を、きたるべき世々に示すためであった。

8 あなたがたの救われたのは、実に、恵みにより、信仰によるのである。それは、あなたがた自身から出たものではなく、神の賜物である。

9 決して行いによるのではない。それは、だれも誇ることがないためなのである。

10 わたしたちは神の作品であって、良い行いをするように、キリスト・イエスにあって造られたのである。神は、わたしたちが、良い行いをして日を過ごすようにと、あらかじめ備えて下さったのである。 (JCV)

 

テトスへの手紙 3:5-7 わたしたちの行った義のわざによってではなく、ただ神のあわれみによって、再生の洗いを受け、

6 聖霊により新たにされて、わたしたちは救われたのである。この聖霊は、わたしたちの救主イエス・キリストをとおして、わたしたちの上に豊かに注がれた。

7 これは、わたしたちが、キリストの恵みによって義とされ、永遠のいのちを望むことによって、御国をつぐ者となるためである。 (JCV)

 

テトスへの手紙 2:14[塚本訳] 彼は私達を“凡ての不法から贖い出し”、また(私達を)“潔めて”、善い仕事に熱心な“自分の選民にしよう”として、私達のために自分を与え給うたのである。"

 

ペテロの第一の手紙 1:18-19 あなたがたのよく知っているとおり、あなたがたが先祖伝来の空疎な生活からあがない出されたのは、銀や金のような朽ちる物にとったのではなく、

19 きずも、しみもない小羊のようなキリストの尊い血によったのである。 (JCV)

 

 

 

ローマ人への手紙3章25節

 

[口語訳] 神はこのキリストを立てて、その血による、信仰をもって受くべきあがないの供え物とされた。それは神の義を示すためであった。すなわち、今までに犯された罪を、神は忍耐をもって見のがしておられたが、

 

[新改訳] 神は、キリスト・イエスを、その血による、また信仰による、なだめの供え物として、公にお示しになりました。それは、ご自身の義を現わすためです。というのは、今までに犯されて来た罪を神の忍耐をもって見のがして来られたからです。

 

[新共同訳] 神はこのキリストを立て、その血によって信じる者のために罪を償う供え物となさいました。それは、今まで人が犯した罪を見逃して、神の義をお示しになるためです。

 

 [文語訳]即ち神は忍耐をもて過來しかたの罪を見遁し給ひしが、己の義を顯さんとて、キリストを立て、その血によりて信仰によれる宥の供物となし給へり。"

 

[塚 本訳]すなわち神は御自分の義を示すために、宥めの供え物としてキリストを提供された。これはキリストの血でなされたものであり、(人は)信仰によ(って この恩恵にあずか)るのである。このことは──神が(長いあいだ)忍耐をもって過ぎし日に犯した罪を罰せずにおられたので──"

 

 [前田訳]神はキリストを宥めの供え物として差し出されました。これは血を流すまでの彼のまことによるものです。このようなことは、人々の過去の罪を神ならではの忍耐で見のがしてご自身の義を示すためであり、"

 

 (NCV) God gave him as a way to forgive sin through faith in the blood of Jesus' death. This showed that God always does what is right and fair, as in the past when he was patient and did not punish people for their sins.

 

[解読の鍵]

使徒行伝 2:23-25 このイエスが渡されたのは神の定めた計画と予知とによるのであるが、あなたがたは彼を不法の人々の手で十字架につけて殺した。 24 神はこのイエスを死の苦しみから解き放って、よみがえらせたのである。イエスが死に支配されているはずがなかったからである。

25 ダビデはイエスについてこう言っている、『わたしは常に目の前に主を見た。主は、わたしが動かされないため、わたしの右にいて下さるからである。 (JCV)

 

使徒行伝 3:18[塚本訳] しかし神はすべての預言者の口をもって、その救世主が苦しみをうけることを予告しておられたのであって、それをこんな風に成就されたのです。"

 

使徒行伝 4:27-28[塚本訳] 27(そして、この預言は成就しました。)実際ヘロデ[アンテパス]

(王)と(総督)ポンテオ・ピラトとは”異教人らや”イスラエル人の“民ども”と共に、

“あなたに油を注がれて(救世主として聖別され)た、”あなたの聖なる僕イエスに敵対してこの(エルサレムの)都に“集まり、” 28あなたの力強い御心をもって実現しようとあらかじめ定められていたことを、なしとげたからであります。"

 

ペテロの第一の手紙 1:18-20 あなたがたのよく知っているとおり、あなたがたが先祖伝来の空疎な生活からあがない出されたのは、銀や金のような朽ちる物にとったのではなく、 19 きずも、しみもない小羊のようなキリストの尊い血によったのである。20 キリストは、天地が造られる前から、あらかじめ知られていたのであるが、この終りの時に至って、あなたがたのために現れたのである。 (JCV)

 

出エジプト記 25:17-22 また純金の贖罪所を造らなければならない。長さは二キュビト半、幅は一キュビト半。 18 また二つの金のケルビムを造らなければならない。これを打物造りとし、贖罪所の両端に置かなければならない。 19 一つのケルブをこの端に、一つのケルブをかの端に造り、ケルビムを贖罪所の一部としてその両端に造らなければならない。 20 ケルビムは翼を高く伸べ、その翼をもって贖罪所をおおい、顔は互にむかい合い、ケルビムの顔は贖罪所にむかわなければならない。 21 あなたは贖罪所を箱の上に置き、箱の中にはわたしが授けるあかしの板を納めなければならない。 22 その所でわたしはあなたに会い、贖罪所の上から、あかしの箱の上にある二つのケルビムの間から、イスラエルの人々のために、わたしが命じようとするもろもろの事を、あなたに語るであろう。 (JCV)

 

ヘブル人への手紙 9:5[塚本訳] 箱の上には、(翼で)贖罪所をおおう栄光のケルビムがあった。

これらのことについては、今一々述べることはできない。

 

ヨハネの第一の手紙 2:2[塚本訳] そして彼こそわたし達の罪のための宥め(の供物)である。しかしただわたし達の罪のためだけでなく、この世全体のためでもある。

 

ヨハネの第一の手紙 4:10[塚本訳] わたし達が神を愛したことではなく、彼がわたし達を愛し、その子をわたし達の罪のための宥め(の供物)として遣わされたそのことに、愛があるのである。

 

ローマ人への手紙 5:9[塚本訳]それならばキリストの血で義とされている今、わたし達がキリストによって(最後の日の神の)怒りから救われるのは、もちろんである。"

 

イザヤ書 53:11 彼は自らの苦しみの実りを見、それを知って満足する。わたしの僕は、多くの人が正しい者とされるために、彼らの罪を自ら負った。 (JNICV)

 

ヨハネによる福音書 6:47-48 よくよくあなたがたに言っておく。信じる者には永遠の命がある。

48 わたしは命のパンである。 (JCV)

 

ヨハネによる福音書 6:53-55 イエスは彼らに言われた、「よくよく言っておく。人の子の肉を食べず、また、その血を飲まなければ、あなたがたの内に命はない。

54 わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者には、永遠の命があり、わたしはその人を終りの日によみがえらせるであろう。 55 わたしの肉はまことの食物、わたしの血はまことの飲み物である。 (JCV)

 

コロサイ人への手紙 1:20-23 そして、その十字架の血によって平和をつくり、万物、すなわち、地にあるもの、天にあるものを、ことごとく、彼によってご自分と和解させて下さったのである。

21 あなたがたも、かつては悪い行いをして神から離れ、心の中で神に敵対していた。

22 しかし今では、御子はその肉のからだにより、その死をとおして、あなたがたを神と和解させ、あなたがたを聖なる、傷のない、責められるところのない者とし て、みまえに立たせて下さったのである。 23 ただし、あなたがたは、ゆるぐことがなく、しっかりと信仰にふみとどまり、すでに聞いている福音の望みから移り行くことのないようにすべきである。この福 音は、天の下にあるすべての造られたものに対して宣べ伝えられたものであって、それにこのパウロが奉仕しているのである。 (JCV)

 

ヘブル人への手紙 10:19-20[塚本訳] わたし達は今や旧約の律法から解放されて、新約の時代に入った。)だから、兄弟たちよ、わたし達はイエスの血により、安心して聖所に入ることができるので ある。20それは(イエスが)わたし達のために開かれた新しい生きた道である。わたし達は(彼自身である)幕、すなわち彼の肉体を通るのである。

 

ローマ人への手紙 3:26[塚本訳] 今の世において、御自分の義を示そうとされたのである。すなわち御自分が義であること、またイエスを信ずる者を義とするお方であることを、(この世に)示されたのである。"

 

使徒行伝 13:38-39 だから、兄弟たちよ、この事を承知しておくがよい。すなわち、このイエスによる罪のゆるしの福音が、今やあなたがたに宣べ伝えられている。そして、モーセの律法では義とされることができなかったすべての事についても、 39 信じる者はもれなく、イエスによって義とされるのである。 (JCV)

 

使徒行伝 17:30[塚本訳] ところで神は(こんな)無知な時代を大目に見ておられるが、今や人類に対し、どこの者でも皆、悔改めねばならないことをお告げになっています。"

 

テモテへの第一の手紙 1:15[塚本訳] (まことに)「キリスト・イエスは罪人を救うために世に来給うた」という言は信ずべく、また無条件に承認さるべきである。そしてこの私がその罪人の第一人者である。"

 

ヘブル人への手紙 9:15-22 それだから、キリストは新しい契約の仲保者なのである。それは、彼が初めの契約のもとで犯した罪過をあがなうために死なれた結果、召された者たちが、約束された永遠の国を受け継ぐためにほかならない。 16 いったい、遺言には、遺言者の死の証明が必要である。

17 遺言は死によってのみその効力を生じ、遺言者が生きている間は、効力がない。

18 だから、初めの契約も、血を流すことなしに成立したのではない。 19 すなわち、モーセが、律法に従ってすべての戒めを民全体に宣言したとき、水と赤色の羊毛とヒソプとの外に、子牛とやぎとの血を取って、契約書と民全体とにふりかけ、 20 そして、「これは、神があなたがたに対して立てられた契約の血である」と言った。 21 彼はまた、幕屋と儀式用の器具いっさいにも、同様に血をふりかけた。 22 こうして、ほとんどすべての物が、律法に従い、血によってきよめられたのである。血を流すことなしには、罪のゆるしはあり得ない。 (JCV)

 

ヘブル人への手紙 9:25-26 大祭司は、年ごとに、自分以外のものの血をたずさえて聖所にはいるが、キリストは、そのように、たびたびご自身をささげられるのではなかった。 26 もしそうだとすれば、世の初めから、たびたび苦難を受けねばならなかったであろう。しかし事実、ご自身をいけにえとしてささげて罪を取り除くために、世の終りに、一度だけ現れたのである。 (JCV)

 

ヘブル人への手紙 10:1-4 いったい、律法はきたるべき良いことの影をやどすにすぎず、そのものの真のかたちをそなえているものではないから、年ごとに引きつづきささげられる同じようないけにえによっても、みまえに近づいて来る者たちを、全うすることはできないのである。 2 もしできたとすれば、儀式にたずさわる者たちは、一度きよめられた以上、もはや罪の自覚がなくなるのであるから、ささげ物をすることがやまったはずではあるまいか。3 しかし実際は、年ごとに、いけにえによって罪の思い出がよみがえって来るのである。4 なぜなら、雄牛ややぎなどの血は、罪を除き去ることができないからである。 (JCV)

 

ヨハネの黙示録 5:9-10 彼らは新しい歌を歌って言った、「あなたこそは、その巻物を受けとり、封印を解くにふさわしいかたであります。あなたはほふられ、その血によって、神のために、あらゆる部族、国語、民族、国民の中から人々をあがない、10 わたしたちの神のために、彼らを御国の民とし、祭司となさいました。彼らは地上を支配するに至るでしょう」。 (JCV)

 

 

 

ローマ人への手紙3章26節

 

 [口語訳] それは、今の時に、神の義を示すためであった。こうして、神みずからが義となり、さらに、イエスを信じる者を義とされるのである。

[新改訳] それは、今の時にご自身の義を現わすためであり、こうして神ご自身が義であり、また、イエスを信じる者を義とお認めになるためなのです。

 

[新共同訳] このように神は忍耐してこられたが、今この時に義を示されたのは、御自分が正しい方であることを明らかにし、イエスを信じる者を義となさるためです。

 

 [文語訳]これ今おのれの義を顯して、自ら義たらん爲、またイエスを信ずる者を義とし給はん爲なり。

 

[塚本訳]今の世において、御自分の義を示そうとされたのである。すなわち御自分が義であること、またイエスを信ずる者を義とするお方であることを、(この世に)示されたのである。"

 

 [前田訳]さらに、今の世でご自身の義を示すためでもあります。すなわち、ご自身が義にいますとともに、イエスのまことによるものを義とする方であるためです。"

 

 (NCV) And God gave Jesus to show today that he does what is right. God did this so he could judge rightly and so he could make right any person who has faith in Jesus.

 

 [解読の鍵]

詩篇 85:10-11 いつくしみと、まこととは共に会い、義と平和とは互に口づけし、11 まことは地からはえ、義は天から見おろすでしょう。 (JCV)

 

イザヤ書 42:21 主はおのれの義のために、その教を大いなるものとし、かつ光栄有るものとすることを喜ばれた。 (JCV)

 

イザヤ書 45:21 あなたがたの言い分を持ってきて述べよ。また共に相談せよ。この事をだれがいにしえから示したか。だれが昔から告げたか。わたし、すなわち主ではなかったか。わたしのほかに神はない。わたしは義なる神、救主であって、わたしのほかに神はない。 (JCV)

 

ゼカリヤ書 9:9 シオンの娘よ、大いに喜べ、エルサレムの娘よ、呼ばわれ。見よ、あなたの王はあなたの所に来る。彼は義なる者であって勝利を得、柔和であって、ろばに乗る。すなわち、ろばの子である子馬に乗る。 (JCV)

 

使徒行伝 13:38-39 だから、兄弟たちよ、この事を承知しておくがよい。すなわち、このイエスによる罪のゆるしの福音が、今やあなたがたに宣べ伝えられている。そして、モーセの律法では義とされることができなかったすべての事についても、

39 信じる者はもれなく、イエスによって義とされるのである。 (JCV)

 

ローマ人への手紙 4:5[塚本訳]反対に、仕事をしない者、すなわち(善い行いは出来ずとも、信ずれば)どんな悪人でも義とするお方(神)を信ずる者に対しては、その信仰が義と見なされるのである。"

ガラテヤ人への手紙 3:14[塚本訳] これは、(モーセ律法を知らぬ)異教人に、(律法を行なわずとも、)イエス・キリスト(につながっているというだけの理由)によってアブラハムの祝福が臨 むため、(然り、キリストを信ずる)信仰によって、(アブラハムに対する)約束の御霊をわたし達がいただくためである。

 

 

 

ローマ人への手紙3章27節

 

 [口語訳] すると、どこにわたしたちの誇があるのか。全くない。なんの法則によってか。行いの法則によってか。そうではなく、信仰の法則によってである。

 

[新改訳] それでは、私たちの誇りはどこにあるのでしょうか。それはすでに取り除かれました。どういう原理によってでしょうか。行ないの原理によってでしょうか。そうではなく、信仰の原理によってです。

 

[新共同訳] では、人の誇りはどこにあるのか。それは取り除かれました。どんな法則によってか。行いの法則によるのか。そうではない。信仰の法則によってです。

 

 [文語訳]さらば誇るところ何處にあるか、既に除かれたり、何の律法に由りてか、行爲の律法か、然らず、信仰の律法に由りてなり。"

 

[塚本訳]それでは(ユダヤ人の)誇りはどうなるのか。誇ることは出来なくなった。なんの法則によって(出来ないの)か。行いの(完全を要求するモーセ律法の)法則によってか。そうではない、信仰の法則によってである。"

 

 [前田訳]それなら誇りはどうなりますか。もう誇れません。それはどの律法によってですか。行ないの律法によってですか。否、まことの律法によってです。 

 

 (NCV)So do we have a reason to brag about ourselves? No! And why not? It is the way of faith that stops all bragging, not the way of trying to obey the law.

 

[解読の鍵]

ローマ人への手紙 4:2[塚本訳]わたしは答える、)もし実際アブラハムが(りっぱな)行いによって義とされたのならば、(たしかに)誇る理由がある。しかし(誇ると言っても、人間に対してであって、)神に対してではない。"

 

ルカによる福音書 18:9-14 自分を義人だと自任して他人を見下げている人たちに対して、イエスはまたこの譬をお話になった。

10 「ふたりの人が祈るために宮に上った。そのひとりはパリサイ人であり、もうひとりは取税人であった。

11 パリサイ人は立って、ひとりでこう祈った、『神よ、わたしはほかの人たちのような貪欲な者、不正な者、姦淫をする者ではなく、また、この取税人のような人間でなもないことを感謝します。

12 わたしは一週に二度断食しており、全収入の十分の一をささげています』。

13 ところが、取税人は遠く離れて立ち、目を天にむけようともしないで、胸を打ちながら言った、『神様、罪人のわたしをおゆるしください』と。

14 あなたがたに言っておく。神に義とされて自分の家に帰ったのは、この取税人であって、あのパリサイ人ではなかった。おおよそ、自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされるであろう」。 (JCV)

 

エペソ人への手紙 2:8-10 あなたがたの救われたのは、実に、恵みにより、信仰によるのである。それは、あなたがた自身から出たものではなく、神の賜物である。

9 決して行いによるのではない。それは、だれも誇ることがないためなのである。

10 わたしたちは神の作品であって、良い行いをするように、キリスト・イエスにあって造られたのである。神は、わたしたちが、良い行いをして日を過ごすようにと、あらかじめ備えて下さったのである。 (JCV)

 

ガラテヤ人への手紙 2:16[塚本訳] けれども、人は(モーセ)律法を行うことによっては(神の前

に)義とされない、ただキリスト・イエスを信ずる信仰によらねばならぬことを知ったので、わたし達も(ユダヤ人でありながら、)キリスト・イエスを信じたのである。律法を行うことによらず、キリストを信ずる信仰によって義とされるためである。というのは、

律法を行うことによっては、人は“すべて義とされない”からである。"

 

ローマ人への手紙 7:23[塚本訳] わたしの肢体にもう一つの(わたし、罪の)法則(を喜ぶ外の人としてのわたし)があり、(その神の律法を行おうとする)わたしの理性の法則と戦って、肢体にあるこの罪の法則の捕虜にすることを、経験するのである。

 

ローマ人への手紙 8:2[塚本訳] なぜなら、キリスト・イエスによる命の霊の法則が、死と罪との法則からあなたを自由にしたからである。"

 

ガラテヤ人への手紙 3:22[塚本訳] しかし(律法は命を与えるものでなく、人を罪に閉じこめる力をもつだけである。)聖書はすべての人を(律法によって)罪の下に閉じこめ、イエス・キリスト を信ずる信仰によって、信ずる者に約束が与えられるのである。(律法は約束に矛盾しない。むしろこれに導く家庭教師である。)

 

ヨハネによる福音書 3:36[塚本訳] (だから従順に)御子を信ずる者は永遠の命を持つが、御子に不従順な者は命にはいることができないばかりか、神の怒りがその人からはなれない。」

 

 

 

ローマ人への手紙3章28節

 

[口語訳] わたしたちは、こう思う。人が義とされるのは、律法の行いによるのではなく、信仰によるのである。

 

[新改訳] 人が義と認められるのは、律法の行ないによるのではなく、信仰によるというのが、私たちの考えです。

 

[新共同訳] なぜなら、わたしたちは、人が義とされるのは律法の行いによるのではなく、信仰によると考えるからです。

 

 [文語訳]我らは思ふ、人の義とせらるるは、律法の行爲によらず、信仰に由るなり。"

 

[塚本訳]わたし達の信ずるところでは、(すでに言ったように、)人は律法

の命ずる行いに関係なく、(ただ)信仰(だけ)で、義とされるからである。

 

 [前田訳]われらの考えでは、律法の行ないとは別に、人はまことによって義とされます。"

 (NCV)A person is made right with God through faith, not through obeying the law.

 

[解読の鍵]

ローマ人への手紙 3:20-22 なぜなら、律法を行うことによっては、すべての人間は神の前に義とせられないからである。律法によっては、罪の自覚が生じるのみである。

21 しかし今や、神の義が、律法とは別に、しかも律法と預言者とによってあかしされて、現された。

22 それは、イエス・キリストを信じる信仰による神の義であって、すべて信じる人に与えられるものである。そこにはなんらの差別もない。 (JCV)

 

ローマ人への手紙 3:26[塚本訳] 今の世において、御自分の義を示そうとされたのである。すなわち御自分が義であること、またイエスを信ずる者を義とするお方であることを、(この世に)示されたのである。

 

ローマ人への手紙 4:5[塚本訳] 反対に、仕事をしない者、すなわち(善い行いは出来ずとも、信ずれば)どんな悪人でも義とするお方(神)を信ずる者に対しては、その信仰が義と見なされるのである。"

 

ローマ人への手紙 5:1[塚本訳]だから、わたし達は信仰のゆえに義とされたのであるから、わたし達の主イエス・キリストによって、いま神と平和ができた。"

 

ローマ人への手紙 8:3[塚本訳] 律法が肉に妨げられて無力になったために出来なくなったことを、神は(御子によって)成し遂げてくださった。すなわち(わたし達の)罪の(征服の)ためにその子を罪の肉の形で(この世に)遣わし、その肉(を殺すこと)において罪を罰されたのである。"

 

ヨハネによる福音書 3:14-18 そして、ちょうどモーセが荒野でへびを上げたように、人の子もまた上げられなければならない。

15 それは彼を信じる者が、すべて永遠の命を得るためである。

16 神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである。

17 神が御子を世につかわされたのは、世をさばくためではなく、御子によって、この世が救われるためである。

18 彼を信じる者は、さばかれない。信じない者は、すでにさばかれている。神のひとり子の名を信じることをしないからである。 (JCV)

 

ヨハネによる福音書 5:24[塚本訳] アーメン、アーメン、わたしは言う、わたしの言葉を聞き、わたしを遣わされた方を信ずる者は、(今すでに)永遠の命を持っていて、(最後の日に)罰を受けない。その人はもはや死から命に移っているのである。"

 

ヨハネによる福音書 6:40[塚本訳] 子(なるわたし)を見て信ずる者が皆永遠の命を持ち、わたしがその人を最後の日に復活させること、これがわたしの父上の御心であるから。(だから信じない者は、父上がわたしに下さらない人たちである。)」"

 

使徒行伝 13:38-39 だから、兄弟たちよ、この事を承知しておくがよい。すなわち、このイエスによる罪のゆるしの福音が、今やあなたがたに宣べ伝えられている。そして、モーセの律法では義とされることができなかったすべての事についても、

39 信じる者はもれなく、イエスによって義とされるのである。 (JCV)

 

コリント人への第一の手紙 6:11[塚本訳] そして(かっては)あなた達も幾人かは、こうした者であった。しかしもはや(洗礼を受けて汚れを)洗っていただいたのであり、聖別されたのであり、義とされたのである、主キリストの名によって、またわたし達の神の霊によって。"

 

ガラテヤ人への手紙 2:16[塚本訳] けれども、人は(モーセ)律法を行うことによっては(神の前

に) 義とされない、ただキリスト・イエスを信ずる信仰によらねばならぬことを知ったので、わたし達も(ユダヤ人でありながら、)キリスト・イエスを信じたので ある。律法を行うことによらず、キリストを信ずる信仰によって義とされるためである。というのは、律法を行うことによっては、人は“すべて義とされない” からである。"

 

ガラテヤ人への手紙 3:24[塚本訳] だから(モーセ)律法は(わたし達を)キリストへつれて行く家庭教師となった。信仰によってわたし達を義とするためである。

 

 

 

ローマ人への手紙3章29節

 

 [口語訳] それとも、神はユダヤ人だけの神であろうか。また、異邦人の神であるのではないか。確かに、異邦人の神でもある

 

[新改訳] それとも、神はユダヤ人だけの神でしょうか。異邦人にとっても神ではないのでしょうか。確かに神は、異邦人にとっても、神です

 

 [新共同訳] それとも、神はユダヤ人だけの神でしょうか。異邦人の神でもないのですか。そうです。異邦人の神でもあります

 

 [文語訳]神はただユダヤ人のみの神なるか、また異邦人の神ならずや、然り、また異邦人の神なり。"

[塚本訳]それとも神はユダヤ人だけの神であろうか。また異教人の神ではなかろうか。もちろん異教人の神でもある

 

 [前田訳]それとも、神はユダヤ人だけの神かですか。また異教徒の神でもありませんか。もちろん異教徒の神でもある、

 

 (NCV) Is God only the God of the Jews? Is he not also the God of those who are not Jews?

 

 

 [解読の鍵]

ローマ人への手紙 1:16[塚本訳]わたしは(決して)福音を恥じない。福音は神の力で、これを信

ずる者を一人のこらず、すなわち、まずユダヤ人、次に異教人を、救いに入れるからである。

 

ローマ人への手紙 9:24-26 神は、このあわれみの器として、またわたしたちをも、ユダヤ人の中からだけではなく、異邦人の中からも召されたのである。

25 それは、ホセアの書でも言われているとおりである、「わたしは、わたしの民でない者を、わたしの民と呼び、愛されなかった者を、愛される者と呼ぶであろう。

26 あなたがわたしの民ではないと、彼らに言ったその場所で、彼らは生ける神の子らであると、呼ばれるであろう」。 (JCV)

 

ローマ人への手紙 11:12-13[塚本訳]

12しかしもし、彼らの過ちが、(福音を外に溢れさせて異教人の)世界を富ませ、また彼らの失敗が異教人を富ませることになったとすれば、まして彼らが(一人のこらず信仰に入って神の御心を)満たす時(の幸福と喜びと)は、どんなであろう。"

13しかしわたしはあなた達(ローマ集会の)異教人諸君に言いたいことがある。・・わたしは異教人の使徒として、この自分の職務を重く考えて(全力を尽して)いる。"

 

ローマ人への手紙 15:9-13 異邦人もあわれみを受けて神をあがめるようになるためである、「それゆえ、わたしは、異邦人の中で  あなたにさんびをささげ、また、御名をほめ歌う」と書いてあるとおりである。

10 また、こう言っている、「異邦人よ、主の民と共に喜べ」。

11 また、「すべての異邦人よ、主をほめまつれ。もろもろの民よ、主をほめたたえよ」。

12 またイザヤは言っている、「エッサイの根から芽が出て、異邦人を治めるために立ち上がる者が来る。異邦人は彼に望みをおくであろう」。

13 どうか、望みの神が、信仰から来るあらゆる喜びと平安とを、あなたがたに満たし、聖霊の力によって、あなたがたを、望みにあふれさせて下さるように。 (JCV)

 

ローマ人への手紙 15:16[塚本訳]この恩恵とは、わたしが(神に選ばれて)異教人のためにキリスト・イエスにつかえる者になり、神の福音のために祭司の職をすることであって、こうして異教人が聖霊によって聖別され、御心にかなう捧げ物になるようにしているのである。"

 

詩篇 67:2-3 これはあなたの道があまねく地に知られ、あなたの救の力がもろもろの国民のうちに知られるためです。

3 神よ、民らにあなたをほめたたえさせ、もろもろの民にあなたをほめたたえさせてください。 (JCV)

 

イザヤ書 54:5-6 あなたを造られた者はあなたの夫であって、その名は万軍の主。あなたをあがなわれる者は、イスラエルの聖者であって、全地の神ととなえられる。

6 捨てられて心悲しむ妻、また若い時にとついで出された妻を招くように主はあなたを招かれた」とあなたの神は言われる。 (JCV)

 

マタイによる福音書 28:19[塚本訳] それゆえに、行ってすべての国の人を(わたしの)弟子にせよ、父と子と聖霊の名で洗礼を授け、"

 

マルコによる福音書 16:15[塚本訳] 彼らに言われた、「行って、全世界のすべての人間に福音を説け。"

 

ルカによる福音書 24:46-47 言われた、「こう、しるしてある。キリストは苦しみを受けて、三日目に死人の中からよみがえる。

47 そして、その名によって罪のゆるしを得させる悔改めが、エルサレムからはじまって、もろもろの国民に宣べ伝えられる。 (JCV)

 

使徒行伝 9:15[塚本訳] 主が彼に言われた、「(恐れることはない。)行け。あの人は、異教人と王たちとイスラエルの子孫との前に、わたしの名を運んでゆく(ために選んだ)わたしの選びの器であるから。"

 

使徒行伝 26:17-18[塚本訳] 17(かずかずの迫害や危険がのぞむが心配するな。)わたしは君をこの(イスラエルの)民(の手)から、また”異教人(の手)から”“(かならず)救い出してやる。”“彼らの中にわたしが君を遣わすのは、”"

18彼らの”目をあけて”彼らが“暗闇から光に、”悪魔の権力から神に帰るため、そうして彼らがわたしに対する信仰によって罪の赦しを得、きよめられた人たちの仲間に入れていただくためである』と。"

 

ガラテヤ人への手紙 3:14[塚本訳]これは、(モーセ律法を知らぬ)異教人に、(律法を行なわずとも、)イエス・キリスト(につながっているというだけの理由)によってア ブラハムの祝福が臨むため、(然り、キリストを信ずる)信仰によって、(アブラハムに対する)約束の御霊をわたし達がいただくためである。

 

ガラテヤ人への手紙 3:25-29

しかし、いったん信仰が現れた以上、わたしたちは、もはや養育掛のもとにはいない。

26 あなたがたはみな、キリスト・イエスにある信仰によって、神の子なのである。

27 キリストに合うバプテスマを受けたあなたがたは、皆キリストを着たのである。

28 もはや、ユダヤ人もギリシヤ人もなく、奴隷も自由人もなく、男も女もない。あなたがたは皆、キリスト・イエスにあって一つだからである。

29 もしキリストのものであるなら、あなたがたはアブラハムの子孫であり、約束による相続人なのである。 (JCV)

 

エペソ人への手紙 3:4-9 あなたがたはそれを読めば、キリストの奥義をわたしがどう理解しているかがわかる。

5 この奥義は、いまは、御霊によって彼の聖なる使徒たちと預言者たちとに啓示されているが、前の時代には、人の子らに対して、そのように知らされてはいなかったのである。

6 それは、異邦人が、福音によりキリスト・イエスにあって、わたしたちと共に神の国をつぐ者となり、共に一つのからだとなり、共に約束にあずかる者となることである。

7 わたしは、神の力がわたしに働いて、自分に与えられた神の恵みの賜物により、福音の僕とされたのである。

8 すなわち、聖徒たちのうちで最も小さい者であるわたしにこの恵みが与えられたが、それは、キリストの無尽蔵の富を異邦人に宣べ伝え、

9 更にまた、万物の造り主である神の中に世々隠されていた奥義にあずかる務がどんなものであるかを、明らかに示すためである。 (JCV)

 

コロサイ人への手紙 3:11[塚本訳] そして其処・・(この新しい人間の住む世界)・・には(最早)ギリシヤ人とユダヤ人、割礼(の者)と無割礼(の者、また)野蛮人、スキテン人、奴隷、自由人(の別)がなく、ただ凡てがキリスト、凡てにキリストである。"

 

 

 

ローマ人への手紙3章30節

 

[口語訳] まことに、神は唯一であって、割礼のある者を信仰によって義とし、また、無割礼の者をも信仰のゆえに義とされるのである。

 

[新改訳] 神が唯一ならばそうです。この神は、割礼のある者を信仰によって義と認めてくださるとともに、割礼のない者をも、信仰によって義と認めてくださるのです。

 

[新共同訳] 実に、神は唯一だからです。この神は、割礼のある者を信仰のゆえに義とし、割礼のない者をも信仰によって義としてくださるのです。

 

 [文語訳]神は唯一にして、割禮ある者を信仰によりて義とし、割禮なき者をも信仰によりて義とし給へばなり。"

 

[塚本訳]神がただお一人である以上は。すなわち神は、割礼のある者を信仰により、割礼のない者をも信仰によって、義とされる。"

 

 [前田訳]神がひとりにいますかぎりは。神は、割礼あるものをまことによって、無割礼のものをもまことによって、義とされます。

 

 (NCV) Of course he is, because there is only one God. He will make Jews right with him by their faith, and he will also make those who are not Jews right with him through their faith.

 

[解読の鍵]

ローマ人への手紙 3:28[塚本訳]わたし達の信ずるところでは、(すでに言ったように、)人は律法の命ずる行いに関係なく、(ただ)信仰(だけ)で、義とされるからである。"

 

ローマ人への手紙 4:11-12[塚本訳] 11そしてアブラハムが(あとで)“割礼なる徴を”受けたのは、(まだ)“割礼をうけない”時、信仰によって義とされたことの証拠としてである。これは彼 が、(一方ではユダヤ人でない信者、すなわち)割礼なしで信じて義とみなされるすべての人の父になるためであり、12また(他方ではユダヤ人の信者、すな わち)割礼があるだけでなく、わたし達の父アブラハムが割礼をうけない時(に信じて義と見なされたそ)の信仰の足跡を踏む、(まことの)割礼のある人たち の父になるためであった。

 

ローマ人への手紙 10:12-13[塚本訳] 12(「すべて」と言う以上、)ユダヤ人も異教人も、その間になんの差別もないのである。なぜなら、同じ一人の方がすべての人の主であって、御自分を呼ぶすべての人に、あり余る恩恵をお与えになるからである。

13ほんとうに(預言者ヨエルが言うように、)“主[キリスト]の名を呼ぶ者はすべて救われる。”"

ガラテヤ人への手紙 2:14-16 彼らが福音の真理に従ってまっすぐに歩いていないのを見て、わたしは衆人の面前でケパに言った、「あなたは、ユダヤ人であるのに、自分自身はユダヤ人のよ うに生活しないで、異邦人のように生活しながら、どうして異邦人にユダヤ人のようになることをしいるのか」。 15 わたしたちは生れながらのユダヤ人であって、異邦人なる罪人ではないが、

16 人の義とされるのは律法の行いによるのではなく、ただキリスト・イエスを信じる信仰によることを認めて、わたしたちもキリスト・イエスを信じたのである。 それは、律法の行いによるのではなく、キリストを信じる信仰によって義とされるためである。なぜなら、律法の行いによっては、だれひとり義とされることが ないからである。 (JCV)

 

ガラテヤ人への手紙 3:8[塚本訳] すなわち聖書は、神が異教人をも信仰(のみ)によって義とされることを前から知っていたので、アブラハムにあらかじめ福音を伝えた、“お前によって、すべての異教人が祝福をうける”と。

 

ガラテヤ人への手紙 3:2[塚本訳] (神の子には、)もはやユダヤ人もなければ異教人もなく、奴隷もなければ自由人もなく、男もなければ女もない。あなた達はみなキリスト・イエスによって一つであるからである。

 

ガラテヤ人への手紙 5:6[塚本訳] キリスト・イエスを信ずる者においては、割礼があるのも、割礼がないのも、なんの価値もない。ただ信仰(、信仰だけ)が愛によって働くのだから。

 

ガラテヤ人への手紙 6:15[塚本訳] なぜなら、割礼があるのも、割礼がないのも、なんの意味もない。ただ意味があるのは、(キリストによる)新しい創造。

 

ピリピ人への手紙 3:3-4 神の霊によって礼拝をし、キリスト・イエスを誇とし、肉を頼みとしないわたしたちこそ、割礼の者である。4 もとより、肉の頼みなら、わたしにも無くはない。もし、だれかほかの人が肉を頼みとしていると言うなら、わたしはそれをもっと頼みとしている。 (JCV)

 

コロサイ人への手紙 2:10-11 そしてあなたがたは、キリストにあって、それに満たされているのである。彼はすべての支配と権威とのかしらであり、

11 あなたがたはまた、彼にあって、手によらない割礼、すなわち、キリストの割礼を受けて、肉のからだを脱ぎ捨てたのである。 (JCV)

 

 

 

ローマ人への手紙3章31節

 

 [口語訳] すると、信仰のゆえに、わたしたちは律法を無効にするのであるか。断じてそうではない。かえって、それによって律法は確立するのである。

 

[新改訳] それでは、私たちは信仰によって律法を無効にすることになるのでしょうか。絶対にそんなことはありません。かえって、律法を確立することになるのです。

 

[新共同訳] それでは、わたしたちは信仰によって、律法を無にするのか。決してそうではない。むしろ、律法を確立するのです。

 

[文語訳]然らば我ら信仰をもて律法を空しくするか、決して然らず、反つて律法を堅うするなり。"

 

[塚本訳]それではわたし達は、信仰(による救いの道)によって(モーセ)律法を廃止することになるのか。もちろん、そうではない。(結果から見ると、)むしろ律法の効力を発揮させるのである。"

 

 [前田訳]まことのためにわれらは律法を無にするのでしょうか。断じて否です。むしろ律法を強化するのです。"

 

(NCV)So do we destroy the law by following the way of faith? No! Faith causes us to be what the law truly wants.

 

[解読の鍵]

マタイによる福音書 5:17[塚本訳] わたしが律法や預言書[聖書]を廃止するために来たと思ってはならない。廃止するどころか、成就するために来たのである。"

 

マタイによる福音書 15:6[塚本訳]

父または母を敬わなくてよろしい(、扶養の義務をまぬかれる)』と。こうして、あなた達は自分の言伝えで神の言葉を反故にしている。"

 

ローマ人への手紙 7:7-14ローマ人への手紙 7:7-14 それでは、わたしたちは、なんと言おうか。律法は罪なのか。断じてそうではない。しかし、律法によらななければ、わたしは罪を知らなかったであろう。すな わち、もし律法が「むさぼるな」と言わなかったら、わたしはむさぼりなるものを知らなかったであろう。

8 しかるに、罪は戒めによって機会を捕え、わたしの内に働いて、あらゆるむさぼりを起させた。すなわち、律法がなかったら、罪は死んでいるのである。

9 わたしはかつては、律法なしに生きていたが、戒めが来るに及んで、罪は生き返り、

10 わたしは死んだ。そして、いのちに導くべき戒めそのものが、かえってわたしを死に導いて行くことがわかった。

11 なぜなら、罪の戒めによって機会を捕え、わたしを欺き、戒めによってわたしを殺したからである。

12 このようなわけで、律法そのものは聖なるものであり、戒めも聖であって、正しく、かつ善なるものである。

13 では、善なるものが、わたしにとって死となったのか。断じてそうではない。それはむしろ、罪の罪たることが現れるための、罪のしわざである。すなわち、罪は、戒めによって、はなはだしく悪性なものとなるために、善なるものによってわたしを死に至らせたのである。

14 わたしたちは、律法は霊的なものであると知っている。しかし、わたしは肉につける者であって、罪の下に売られているのである。 (JCV)

 

ローマ人への手紙 7:22-23 すなわち、わたしは、内なる人としては神の律法を喜んでいるが、

23 わたしの肢体には別の律法があって、わたしの心の法則に対して戦いをいどみ、そして、肢体に存在する罪の法則の中に、わたしをとりこにしているのを見る。 (JCV)

 

ローマ人への手紙 7:25 わたしたちの主イエス・キリストによって、神は感謝すべきかな。このようにして、わたし自身は、心では神の律法に仕えているが、肉では罪の律法に仕えているのである。

(JCV)

 

ローマ人への手紙 8:4[塚本訳]これはわたし達が(もはや)肉によって歩かず、霊によって歩き、律法の要求することがわたし達において完全に果たされるためである。"

 

ローマ人への手紙 10:4[塚本訳]

(では律法を守ることが、なぜいけないか。律法はキリストによって目的を達し、もうなくなってしまったからである。)すなわち、キリストは(御自分を)信ずる者が一人のこらず義とされるために、律法の終りとなられたのである。"

 

ローマ人への手紙 13:8-11[塚本訳]

 8(官憲ばかりでなく、)だれにも何も、借りがあってはならない。ただし、互に愛することだけは例外である。(この借りは、いつまでも返してしまわないように。)人を愛する者は(モーセ)律法を完全に果たしたのである。

9なぜなら、“姦淫をしてはならない、殺してはならない、盗んではならない、(人のものを)欲しがってはならない”など、このほかにどんな掟があっても、“隣の人を自分のように愛せよ”というこの一言に帰するからである。

10愛は隣の人に悪事を働かない。だから愛は律法の完成である。

 

エレミヤ書 31:33-34 しかし、それらの日の後にわたしがイスラエルの家に立てる契約はこれである。すなわちわたしは、わたしの律法を彼らのうちに置き、その心にしるす。わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となると主は言われる。

34 人はもはや、おのおのその隣とその兄弟に教えて、『あなたは主を知りなさい』とは言わない。それは、彼らが小より大に至るまで皆、わたしを知るようになるからであると主は言われる。わたしは彼らの不義をゆるし、もはやその罪を思わない」。 (JCV)

 

マタイによる福音書 3:14-15 ところがヨハネは、それを思いとどまらせようとして言った、「わたしこそあなたからバプテスマを受けるはずですのに、あなたがわたしのところにおいでになるのですか」。

15 しかし、イエスは答えて言われた、「今は受けさせてもらいたい。このように、すべての正しいことを成就するのは、われわれにふさわしいことである」。そこでヨハネはイエスの言われるとおりにした。

(JCV)

 

マタイによる福音書 5:20[塚本訳]

わたしは言う、あなた達の行ないが聖書学者やパリサイ人以上にりっぱでなければ、決して天の国に入ることはできない。

 

コリント人への第一の手紙 9:21[塚本訳]

わたしは神の律法を知らないのではなく、むしろキリストの律法に縛られているのではあるが、律法を知らない者たちには律法を知らない者のようになった。律法を知らない者たちを得るためである。"

 

ガラテヤ人への手紙 2:19[塚本訳]

というのは、神に対して生きるために、わたしは律法によって律法(との関係)に(おいて)死んでしまったのである。キリストと一緒に十字架につけられたのである。

 

ガラテヤ人への手紙 5:18-23 もしあなたがたが御霊に導かれるなら、律法の下にはいない。

19 肉の働きは明白である。すなわち、不品行、汚れ、好色、

20 偶像礼拝、まじない、敵意、争い、そねみ、怒り、党派心、分裂、分派、

21 ねたみ、泥酔、宴楽、および、そのたぐいである。わたしは以前も言ったように、今も前もって言っておく。このようなことを行う者は、神の国をつぐことがない。

22 しかし、御霊の実は、愛、喜び、平和、寛容、慈愛、善意、忠実、

23 柔和、自制であって、これらを否定する律法はない。 (JCV)

 

ヘブル人への手紙 10:15-18 聖霊もまた、わたしたちにあかしをして、

16 「わたしが、それらの日の後、彼らに対して立てようとする契約はこれであると、主は言われる。わたしの律法を彼らの心に与え、彼らの思いのうちに書きつけよう」と言い、

17 さらに、「もはや、彼らの罪と彼らの不法とを、思い出すことはしない」と述べている。

18 これらのことに対するゆるしがある以上、罪のためのささげ物は、もはやあり得ない。 (JCV)

 

 

 

人生に贖罪は必要か

 

人 生に贖罪は必要か。それは人様々である。ただ罪が「苦しい・つらい」と感じる人にとってのみ必要である。しかし生まれつきの人間は罪が「苦しい・つらい」 というまでの自覚に至らない。「罪」は人間に自然に備わっている「煩悩」だとして苦しみなどを感じないで通過する。しかし「煩悩だから仕方がなかった」で はすまされないほど人生が「ひどい」ことになったとき、その泥沼の中で初めて「自分の罪の醜さ」がわかり窒息状態になり必死に救われたいと思うのである。 このとき救いの必要を感じる。それまでは人生の淋しさ、むなしさ、生きがいのなさなどが罪の故に生命の本源たる神と交わりができていないことが原因である とは知らず、人間的手段でその「淋しさ、むなしさ、生きがいのなさ」を埋めて、その日その日を、紛らわせてしまって救いの必要を感じることなく従ってキリスト教とは「縁」がなく一生を終わる。これが同胞99%の現実である。

こ こにおいて我々は同胞に向かって「罪の自覚」や「贖罪の必要」を喚起することはできない。それは余計なおせっかいで無駄なことなのだ。人に「ニーズ」(必 要)を喚起することほど時間がかかってまた効率の悪いことはない。指揮者の斎藤秀雄はめったな人を自宅に呼ばなかったという。それは「無駄」だからと語っ ていた。かって私に「自分はクラシック音楽は何を聞いても同じに聞こえる」と言った人がいたが、そんな人に「音楽の楽しさ」を説くのは徒労である。以前私 がある人の家に客になったとき食事の前に盆栽の話しを延々とされて閉口したことがあった。私は盆栽に興味はなく早く目の前の夕食を食べたかったのである。 主人にとっては私に盆栽の話をするのは無駄なことであった。わたしはそれを求めていなかったからである。

 神 は人の状態を見て、ちょうど良いときに(それはしばしば人生の泥沼を通して)彼の心を照らし出して罪を示し、救いの必要を感じさせ,同時に「救い」を与え る。人間にとって自分の醜い罪が照らし出されるとき、救いとしての贖罪はその背後に待ち構えている。神は無駄なことはしない。

 

詩篇 94:18 [口語訳]しかし「わたしの足がすべる」と思ったとき、

主よ、あなたのいつくしみはわたしをささえられました。

 

医者(神)も癒す(救う)場合以外は「病気の宣告」(罪の宣告)をむやみに行わない。罪が示されるつらい日は同時に贖罪の救いの日なのだ。その救いの日、恩恵の日が同胞の若き日に来ますように。年老いて諦めばかりで「救い」を求める意欲すら薄れるまえに。

伝道の書 12:1 あなたの若い日に、あなたの造り主を覚えよ。悪しき日がきたり、年が寄って、「わたしにはなんの楽しみもない」と言うようにならない前に、 (JCV)

2001.1.19高橋照男

 

 

 

 

表  題 ・ 要  約

 

 

アブラハムが義とされたのは信仰による(4:1−8)・・・塚本訳

 

アブラハムの信仰(4:1−8)・・・塚本註解

 

アブラハムが義とされたのは恩恵による・・・白井きく

 

信仰の福音の型たるアブラハムの歴史(4:1−25)・・・アルトハウスNTD

   信仰によって義とされたアブラハム(4:1−12)

 

アブラハムの信仰(4章)・・・内村鑑三

 

聖書による信仰の義の証明(4:1−25)・・・・ヴィルケンスEKK

   信仰の義としてのアブラハムの義(4:1−8)

 

アブラハムの模範(4:1−12)・・・新共同訳

 

アブラハムの例(4:1−12)・・・フランシス会訳

 

アブラハムの信仰(4:1−25)・・・黒崎新約聖書註解

   アブラハムは信仰によって義とせられた(4:1−8)

 

信仰は奇跡である(3:31−4:8)・・・バルト

 

不信心なものを義とされる神(4章)・・・青野(岩波)

 

アブラハムは信仰によって義とされた(4:1−8)・・・八木(講談社)

 

信仰の義としての神の義(3:21−4:25)・・・ケーゼマン

   アブラハムの物語による聖書証明(4:1−25)

      アブラハムは信仰によって義とされた(4:1−8)

 

 

 

ローマ人への手紙4章1節

 

[口語訳] それでは、肉によるわたしたちの先祖アブラハムの場合については、なんと言ったらよいか。

 

[新改訳] それでは、肉による私たちの先祖アブラハムのばあいは、どうでしょうか。

 

[新共同訳] では、肉によるわたしたちの先祖アブラハムは何を得たと言うべきでしょうか。

 

[文語訳]さらば我らの先祖アブラハムは肉につきて何を得たりと言はんか。

 

[塚本訳]それでは、わたし達(ユダヤ人の)肉の先祖アブラハムが得たものは、どういうことになるのだろうか、(何も得なかったことになるではないか、とある人は言うかも知れない。

 

 [前田訳]それでは、われらの肉の父祖アブラハムが得たものは何であるといいましょう。"

(NCV)So what can we say that Abraham, the father of our people, learned about faith?

 

[解読の鍵]

マタイによる福音書 3:9[塚本訳] 『われわれの先祖はアブラハムである(から大丈夫だ)』などと考えてはならない。わたしは言う、神はそこらの石ころからでも、アブラハムの子供を造ることがお出来になるのだ。"

 

ルカによる福音書 3:8[塚本訳] (ほんとうに悔改めたのか。)それなら(洗礼を受けるだけでなく、)悔改めにふさわしい実を結べ。『われわれの先祖はアブラハムである(から大丈夫だ)』 などという考えを起してはならない。わたしは言う、神はそこらの石ころからでも、アブラハムの子供を造ることがお出来になるのだ。

 

ルカによる福音書 16:22-31 この貧しい人がついに死に、御使たちに連れられてアブラハムのふところに送られた。金持も死んで葬られた。

23 そして黄泉にいて苦しみながら、目をあげると、アブラハムとそのふところにいるラザロとが、はるかに見えた。 24 そこで声をあげて言った、『父、アブラハムよ、わたしをあわれんでください。ラザロをおつかわしになって、その指先を水でぬらし、わたしの舌を冷やさせて ください。わたしはこの火炎の中で苦しみもだえています』。 25 アブラハムが言った、『子よ、思い出すがよい。あなたは生前よいものを受け、ラザロの方は悪いものを受けた。しかし今ここでは、彼は慰められ、あなたは苦 しみもだえている。 26 そればかりか、わたしたちとあなたがたとの間には大きな淵がおいてあって、こちらからあなたがたの方へ渡ろうと思ってもできないし、そちらからわたしたち の方へ越えて来ることもできない』。27そこで金持が言った、『父よ、ではお願いします。わたしの父の家へラザロをつかわしてください。 28 わたしに五人の兄弟がいますので、こんな苦しい所へ来ることがないように、彼らに警告していただきたいのです』。 29 アブラハムは言った、『彼らにはモーセと預言者とがある。それに聞くがよかろう』。 30 金持が言った、『いえいえ、父アブラハムよ、もし死人の中からだれかが