仏師屋盗人(ぶっしやぬすっと)
初代桂ざこば
大阪落語で
盗人を取材にしたものは少なくはないが、この仏師屋盗人と
打替盗人と程よく
似通ったものは診しい。その仕組み(
六ヶ敷く言えば序論)から
本文に
這入り、そうして相互の対話が
総てに両者が相適合している。いづれが先に生まれてそのいづれかゞ創作の話題を
剽窃若しくは
改竄したものかは知らぬが、
故老の
言では仏師屋盗人の方が往時は多く上演されたようだから打替盗人の方が二番駈けらしい。とにかくこの二つは、海老の
天婦羅とフライとに比べられる事ぐらいだろう。
(花月亭九里丸記)
盗人のお噂を一席申し上げます。
唯、
一と口に盗人と申しますものゝその種類には随分と沢山御座いまして、
私等の知っておりますだけでも、先ず山賊に海賊、馬賊、盗賊、
巾着切り、
掏摸、チボ、万引き、
追剥、
昼鳶、宵ころ、土砂流し、蛸釣り、箱乗り、
板場稼ぎ、踊り込み、説教強盗、浪花節強盗、それに
安来節強盗と色々にありますけれども山賊とは山で働くので山賊、海で稼ぐので海賊、馬に乗って泥棒をするから馬賊、これはちょっと
便りない事ですけれど、盗賊これは戸の外で
内部の様子を
伺うている間、泥棒の胸がゾク/\するので
戸ぞく(盗賊)そうして
内部へ
這入って胴が座るから
奴盗人。
金の入ったのをちゃくりっと切るので巾着切り、
掏摸は往来ですり違う
刹那に
盗るので
掏摸、関西で言うチボ、これは関東の
掏摸ですが、チボは揃えて棒で
頭部を殴る。血が付く。それで
血棒。そりゃ違う。棒に血が付くから
棒血、
墓地は
阿倍野へ持って行く。万引きは
他人の
間を見て品物を引いて
盗るから万引き。
追剥は向こうへ行くのを後ろからオーイと呼んで
剥ぎとるから追剥。昼の
間に品物を
掻っ払って
飛走でしまうから
昼鳶。宵こそは日の
没れ紛れにこそ盗むので、宵こそ、土砂流しは
露西亜人が始めてこの方法で泥棒やって島流しになったのでロシア流し、蛸釣り、箱乗り、それから板場稼ぎ、これは風呂屋で
他人様の着物を失敬するので場合によっては
桁丈の合わぬ着物を着て、思わず番台の人をぷっと噴き出さす様な事もあります。
「モシ/\
貴方の着物、えらい
桁が
短うおまっせ」
「いゝえ手が長いので」
踊り込み。こんな泥棒はあれしもへん。おどり込みが
本間やそうだす。踊り込みなら差し詰め派手な
長襦袢に
緋縮緬の手拭いで
頬かむり、扇ひろげて踊りながら、
「えらいやっちゃ/\、こりゃ/\、こりゃ/\。
御免。お金をあるだけこゝへ出してんか」
「なんじゃ泥棒か、お金は無いぜ」
「さいなら帰ります。こりゃ/\。えらい奴や/\」
これでは泥棒になっても金は
盗れまへん。おどり込みやない。おどし込みやそうです。
説教強盗に浪花節強盗、これはよその
家へ
這入ってから浪花節で脅迫文句をならべる。そこへ巡査が来るので
一物をも
盗らずに逃げる所を捕まえられて
縄目の
恥。これこそ、
「あれやこれやの手違いから、受けて
蒙る身の恥辱」
てな事になれます。最近東京郊外に
顕れましたのが安来節強盗
「金出せ/\、出さなきぁ、これよ」
と刀を出す。すぐ派出所へ訴える。早速と巡査が来る。泥棒は
雲霞と逃げた
後。
「泥棒はどこか」
「あら、いっちゃったァ」
説教強盗や脅し込みは昔で申す居直りで、御維新前までは笠の台が飛んだものであります。首が飛んでは便利が悪い、道を歩いても見当が付かぬ。掃除に畳をかついでもペチャリとなって勝手が悪いので困ります。今は
盗人でも笠の台が飛ぶ者はありませんが、その代わりに役所や会社の勤め人で首の飛ぶのはありますが、これは命には
別条がございませぬ。前かたは隋分と残酷な事をしたものですな。十両の金を
盗って首が飛んだ位です。ですからどうして
九両三分二朱、十両でなかったら命は助かったのであります。
江戸の
霊岸島に
左官の亀五郎というのがありまして十両で打ち首になる時に詠んだ辞世、
万年も
齢を保つ亀五郎たった十両で首がすっぽん。
夜中の二時も過ぎて三時近い頃バリバリ、バリッー。バリ/\、バリッー。
屋内にいた男、目を
醒して、
「ウワァヽヽ(
欠伸)、
叶わんなあ…
我家はえらい鼠やなあ。
寝憎いとおもてんのに、…しいっ、しいっ、…」
バリ/\、バリッー、
「鼠やないぜ。あっ、人や、
誰や、
表戸をこぜてるのは、どなた」
「しいっー」
「なんや、
屋外から追うているぜ」
「誰や、戸を
毀しよった、無茶な奴やな、
開けいなら開けいと言うたら開けるのに、
誰方」
「
喧しい」
「おとなしい寝てたんや。
貴方が喧しい言わしに来たんや、
貴方、誰や」
「俺は
盗人や」
「アッ
盗人ハンか、まあお這入
り、まあお這入り」
「まるで古手屋
や、オイッ、
吐いてたらあかんぜ」
「
貴方ほざかしに、来たのや」
「目に物見せるゾ」
「当たり前やがな。鼻で何が見えるねん」
「さあ四の五の言うない。
二尺八寸伊達には差さぬ」
「フン
旧い
台詞やな、二尺八寸伊達にはさゝぬ。今はもう
尺貫法流行へんぜ、そこをもう少し延ばしてメートル法では
如何です。三尺三寸
一命トルぞ」
「なに
吐してるねん、
二輪加してけつかるねん(けつかるねん、これは最下級の大阪方言)じいっとしてや。
動きなや」
(手で賊の刀を
量る動作あり)
「仕様もない、二尺八寸って一尺八寸しかあらへんが。嘘つきやなあ、嘘ついたら
盗…もうなってるねん、この人は」
「
莫迦にすなよ、フウーン。こりゃ俺が怖い事ないのやな。ちっとは怖がれ、
便りないわい」
「そうか、そんなら怖がりまひょ。あっ怖い/\」
「アッ蛙の
啼き声や」
「そんなら、どない言うのや。無理言う人やな。仕方がない怖がり直しをしまっさ。アレ
盗人様怖いわいなァ」
「芝居の
小役やが」
「アッもし、刀を
鞘に納めなはったな。なにも賑やかせに
並列て置きなはれ」
「夜店見たいに言うない。暗いさかいにそないに言うてるねん。火を
点せ」
「重ね/\無理言う人やな。
貴方立ってるついでにちょっと
点しておくなはれ。ソレ右の手を延ばしたら、敷居の上に
燐寸が載ってある。右の手、ソレ右の手、々々々、いゝえ、そりゃ左やが、右が判らんのか、
御飯喰べる時に箸を持つ方、そう/\、有ったやろ、…ずうーと
其所を探って見てその
背後に小さい棚があって上に、置き
洋燈がある。石油がまだ残ってるやろう、…気を付けて行きや、…上の棚が低い」
ゴツン!
「アヽッそれ
頭部を打ってる。不器用な
盗人やな」
「ごつ/\言うない、…シイッ、(
燐寸をする音)
何処にけつかるねん」
「汚い物の言い様やな、
何処にけつかるねん、へっ、
此処にけつかるねん!」
「金を出せ」
「おまへん」
「あっさりと言やがるねん。おまへん!さよかで俺ァ帰らんぜ」
「無いものが
盗れるかいな。けど、せっかく来てくれてん、何なと持たして帰えらす、まあゆっくりしなはれ、夜道に日が暮れへん」
「早うせい」
「喧しう言いなはんな、退屈してるねん、煙草持ってなはるか、一服やらんか」
「
莫迦にしてけつかるな、さあ
喰え」
「ヘエッー、大きに、…なァ気のえゝ
盗人ハンや、えらい上等の煙草入やな、これもやっぱり、…盗んで来なはったか」
「ほっとけ」
(煙草に火を付ける動作あり)
「さあ、早う
喰え」
「はゞかり
様、ほーとしてるので、うまいなァ、…えゝ煙草をのんでるなァ、…気の要らぬ
銭で買うさかい」
「
可笑しい物言いするなよ」
「しかし、うっかりとしてたが、見りゃ、まだ年も若いし相当教育のありそうな男やが、腹からの
盗人やなかろう、…そうやろう/\、学校か?違う、…ハヽーン、会社へ行てゝんな、デシ(
馘首)になったのやろ、…そうやろ、そいで食えぬが悲しさに
演ったのやろ。
仕いなや、
両親があるのやろ、…、親がこの事を聴いたら泣くぜ。食えぬなら余計な
補助も出来ぬが、その三つ
抽出しの上を開けたら、多くもないが三円入れてある。探して見いー、有ったやろ、有ったら遠慮せずに持って行き。今日の所はそれで辛抱をして、また
終い廻りに尋ねて見い」
「
背負いの
商人(風呂敷に商品を包み、これを背に負い行商する商人で大阪地方の方言)見たいに言やがるねん」
「気を付けて帰りや」
「オイ、返さんかい」
「なにを」
「煙草入れを」
「あっ、忘れんと覚えてるか」
「覚えてえでか」
「大きに
御馳走はん」
と、あんまり落ちついているので、
盗人も気が悪うなりまして、どう
烏鷺たえたか、
店の
間と
中の
間との障子をば、がらっと明けて向こうへにゅーと出ますと、
後面に
照明がある、
前方に大きな
体物が立ってるので
盗人びっくり
仕よって刀を抜いてスパリッ…、
「こりゃなんじゃい」
「なんじゃ、えらい音がしたが、どうしたんじゃ、ひょっとしたら
粗忽したんやないか」
「
汝とこの
家は気味の悪い家やな。こゝに大きな坊主が
停ってるさかい
頸を斬ったのや」
「エーッ、これ無茶しいないな、えらい事をしてくれたなァ。俺とこの商売は
仏師屋や、
河内のお寺からべんづり様の首の
除れてあるのを
継ぎに持って来てあったのを今日、日が暮れに
急きに来よったのや、
明日の朝受け取りに来るのや、それを
継いで置いたんや、落としてどうするねん、その
継ぎ賃に三円置いて行ったのや。その
銭は持って行くわ、せっかく
継いだ首を落としていなれて見い、こっちは上がったりや、さあ手伝い!」
「あーあー、
俺はまた、何とおもて、こんな
家へ
這入って来たんやろ」
「
小言な、自分が
失策してぼやく(小言いう)奴があるかいな。こっちへおいで、その上げ板(板張りで開閉自在の
床)の上に
膠鍋がある。さァ、それを出し。それからかんてき=i七輸)にからげし=i
消炭のこと)をついでそう/\火を
拵えて
膠を
焚き、それから煮えたら
俺を起こし」
「辛抱して聴いていりゃ
俺を丁稚(小僧)のようにおもてけつかるねん、…おい、…
煮いたぜ」
「…
碌な事をせぬ奴やな。傷付けへなんだか、…こんな所に転んでいる、…、よう傷付けなんだなァ、…傷付いたら塗り直しにやらんならん、さあ
以前の
膠を取らな。
膠は付かへん」
(庖丁で
膠を
削る、
膠の煮えたのを首へ
付着る動作あり、
総て無言)
「そら見い、夜なべ仕事やさかい。
膠がはみ出して来てせっかくの仕事が汚なうてならん、さあ、よしやッ、
膠鍋をなおして火を消して、表を締めて
帰に」
「ヘッ、これで三円?ぼろい
職業やなァ」
「
何がぼろいッ?
俺ところはな、これだけでも手を動かすさんならん。そうせぬと三円でも儲からんのや。お前らはニューウと
這入って来て三円持って帰るねん、お前の方が
余程ぼろいがなァ」
「フウーン、あほらしなって来た」
盗人は表へ出て行くと、その後を見送って、
「
彼奴は、
周章者やな、せっかくとやった三円の金をこゝにおいて置き、
膠鍋を提げて行きよったとは、オーイ、…、オーイ、
盗人やー、盗人ー」
「オイ、コラ、…なんじゃ、
俺等帰ぬのに
帰ねぬように
仕やがる、大きな声で
盗人や/\って一体何事じゃい」
「怒んないな。お前の名が判らんさかいに
盗人やと言うたんや。
総て名の判らね時は商売を呼ぶが八百屋でも名が判らにゃ八百屋、
肴屋でも名を知らなんだら肴屋や、お前の名が判らん。商売、
盗人やさかい
盗人屋/\」
「
殴いても音のせぬ奴やな」
「こうもっと
度胸玉を
臍の下へ落ち付け!よう、そんな
肝玉で泥棒が出来たものやな。俺も男や。一遍出した物は
後へは引かぬ。
銭を持って帰れ。お前の手を見て見い、
膠鍋を提げてるわい」
「ワハヽヽヽヽ」
「あっ、笑うてよる(笑うているの訛)。
便りのない
餓鬼やな」
「承知で持って帰ったのじゃ」
「
敗け惜しみの強い事言うない。承知で
膠鍋提げて帰って
何にするねん」
「首が落ちたら
継いで貰うねん」