幾つ、何十に成っても、お正月というものはええ気持ちのするものですが、一休禅師の句に、
「正月は冥土の旅の一里塚、目出度くもあり目出度くもなし」成程、考えて見ますると、正月が来る度に、寿命がだん/\縮まっていくのですが、その様な事は忘れてしまいます。もっともそれでよろしいのでそんな事を思うてたらそれこそ一日もいきてはいられません。しかし只今はあまり以前のようにのんびりしたお正月気分が、段々とないようになってまいりました様で、その昔はどんな
「ヨイヨイヨイトマカショ、初売りしようとてこの
なんて、旗やなにかで飾りをした荷車を
「
と、こう呼ぶと、どこの
「
「お母ちゃん、いやへンがナ」
そうでしょう、子供が見に出て来るまでには、早や三四町も先へ行ってしまいます。
主「コレ/\、
定「ヘエ、アゝゝゝ、アー寝むたい/\。ヘエ」
主「なんという顔をします。お正月じゃ。サァ/\お店の
定「ヘエ、お店の人、起きなはれや。お正月だすせ、起きなはれや、起きて雑煮を喰いなはれや」
主「コレ、定吉、なんという事を言うのじゃ。雑煮を喰いなはれという事があるかい。
定「今日は丁寧な言葉で言いまンのか。丁寧な言葉ちうたら、どない言うたらよろしいので」
主「
定「ナル程、
主「ソウ/\、ソウ言うたらよろしい」
定「
主「御寮さんには、
定「番頭さんやったら、ご番頭さん」
主「ソウ/\」
定「
主「コレ、それでは乞食やないか。
由「ヘエ、見て来ました」
主「なんじゃった」
定「おん定吉が、おん裏へおん出て来ましたら、おん棒がコロゲ込んで来ました」
主「コレ/\正月早々から、
定「当たり前やったら棒だすけど、旦那はんが何にでも丁寧におん≠フ字を付けエと言いなはるさかエ、棒におん≠付けますと、おん棒でやす」
主「そんな
定「へエイ」
主「コレ/\、ヘエイと汲みに行くのはええけど、今日はだまって汲むのやないぞ、歌を
定「歌って、どんな歌だす」
主「知らんのか、知らんなら教えて上げます。あら玉の年立ち返るあしたより
定「ヘエ…チャンと汲んで来ました」
主「御苦労/\、歌を間違わさずに汲んだやろうなァ」
定「ヒョッとしたら、少し間違うたかも知れまへん。旦那はんのは、初めどないに言いますのだしたいなァ」
主「初めは
定「アハゝ、それやったら初めが間違うてます」
主「始めが間違うてる。一遍、どないに言うたのか、いうて見」
定「へエゝゝ、始めなァ、目の玉の、ヘエゝゝゝゝ目の玉のデングリ
主「阿呆ヤ、ようそんな
定「ヘエ、け≠ノ汲んで来ました」
主「け≠ノ、けて何んや」
定「当たり前なら
主「取ってええ物には取らんと、つけてええものには、付けやがらへん。仕様のない奴じゃ。サァお店へ行って
定「ヘエ」
番頭「ヘエ、
主「ハイ御芽出度う。
杢「ヘエ
主「ハイ
太「ヘエ
主「ハァ太助どんか御目出度う」
定「ヘエ
主「
権「ハァ―死にたい/\」
主「
松「
主「何んでそんな事を言うのじゃ。仕様のない奴じゃ。定吉サァ
定「ヘエ、お雑煮を喰べる前に茶を呑まして、それで餅をよけいに喰わさん計略やな」
主「コラ/\何でそないナ事をいう」
番「旦那さん先程から
主「何んぞ出来ましたか」
番「こうはどうでござります。
主「なに、大福や茶碗の中で開く梅、よう出来ました」
杢「
主「杢兵衛どんもか、なに、大福や茶碗の中で匂う梅とな、これもよう出来ました」
定「旦那さん、
主「丁椎のくせに生意気に、お前
定「わてかて出来ます。大福やです」
主「大福や」
定「茶碗の中で梅干と昆布が土左衛門」
主「ちょっと、だまっとれ。もの言うたら
定「ヘエーお松どん。雑煮をよそてんか。餅を沢山入れて、わて、餅が至って好きや。お正月は餅を喰べるのが楽しみやで、エゝ
主「なんでそないな事を言うのや、芋の脱走やなんて」
定「イヨ/\逃げるな。アハゝとう/\お膳の下へ芋が身を隠しやがった。番頭はん、済みまへんが、そこから芋を突き出しておくなはるか、それとも直ぐに召し捕りましょうか」
主「またそんな事を言う」
定「箸で突き差してやるぞ。クソ、ナニ!、ヤァ、突きさせた、イヨ芋の
主「あんな事ばっかり言やあがる。だまって喰べよ」
定「ヘエゝ、ウハゝゝゝゝゝ」
主「ちょっとおとなしいとおもたら、今度は泣く。何したのや」
定「今、餅を
主「
定「ウワゝゝゝ、歯が抜けたんやとおもたら、銀貨が出て来た」
主「番頭どん、聞いたか。
定「ヘエゝ」
主「喜べよ。そちは果報者やぞ、今年は運がええぞ、金持ちになるぞ」
定「なんでやす」
主「餅の中から金が出たよって、金持ちになるのじゃ」
定「阿呆らしい。金の中から餅が出たら金持ちだすけど、餅の中から金が出たで、この
主「持って廻ってあんな嫌な事をいいくさる。鶴亀/\」
定「そやけど旦那はん。今日の箸は、いつものと違いますなァ。先きが細うて、真ん中が太うて、これは何んでだすのや」
主「それはどこのお宅でも始めから金持ちはあらへん。始めは一生懸命働いて、次第に太って来て、しまいに金持ちに成るのや、そこを離さんようにして祝うのや」
定「ナル程。そやかて、また先きが細うなって来てますなァ。スルトだん/\金が無いようになって、しまいには乞食だすか」
主「何んでそんなことばっかり言うのや。
定「しかし旦那はん。お正月の物は皆
主「そうや、皆由来のあるものや」
定「松は青(
主「そう/\」
定「竹は節の数だけ
主「そう/\定でも感心にええ事をいう。そんな事いうてたら怒られへんのや」
定「海老は腰の曲がるほど長命するように」
主「そうとも/\/\」
定「昆布は
主「ウン/\」
定「切り炭は家内中が苦労するように。
主「
定「ヘエ有り難い、もう遊べますので」
主「まだ遊ばれへんのや。これから、
定「ホイ/\」
主「ホイ/\と言う奴があるかい、早よ着かえて来ましょう」
丁稚の定吉、旦那に怒られて、二階へ着物を着替えに上がりましたが、降りた姿を見ると木綿の着物に小倉の帯を堅う結んだので、
主「サァ定吉、御町内一軒/\名刺を一枚/\入れて廻りましょう。だまって入れるのやないぞ。御芽出度う存じます。渋谷藤兵衛御礼申しますというのや」
定「ヘエー御目出度う存じます。渋谷藤兵衛様御礼申します」
主「コレ/\定吉、なんで渋谷藤兵衛様というのや。こちらへ様を付けると
定「それでも旦那はんは、私の御主人で、その御主人を呼び捨てにするのは、奉公人としてもったいないと存じまして」
主「お前のいうのは結構やけど、
定「ホナ、今日は藤兵衛というてもかまやしまへんか」
主「今日はよろしい」
定「ナァ藤兵衛、ちょっと丁稚にも旨い物喰わしてやりいな。ナァ藤兵衛」
主「コラ何にをいう、阿呆」
定「それでも、今藤兵衛というてもだんないというて、それに藤兵衛というたら藤兵衛が怒っとる。そないに怒りたいならナァ藤兵衛、ちょっと定吉に小遣いでもやれ藤兵衛、早う行んで遊ぼうな、なァ藤兵衛」
主「コラ大人
定「ヘエ、大人なんていうものは嘘をつくもんやなァ」
主「コレ、ブツ/\ボヤかんと早う廻りましょう」
定「ヘエ、渋谷藤兵衛御礼申します。ヘエ渋谷藤兵衛、御礼申します」
主「コレ/\どこへ名刺を入れて廻るのじゃ。そこは共同便所やないかい」
定「いつも、この便所に厄介になってますので、ちょっと御礼に」
主「便所なんかに、礼がいるかい。して、名刺一枚入れたんかい」
定「いいえ、邪魔
主「遣ったわいと、いう奴があるか。早よ、廻りましょう」
定「ヘエ、渋谷藤兵衛御礼します。ヘエ、渋谷藤兵衛御礼申します。
主「コラ/\
定「そでも渋谷藤兵衛を略して渋藤だす」
主「略したりせいでもよろしい。もっと丁寧にいいましょう」
定「そないに藤兵衛言わないでもええやないかいな。藤兵衛、早よ
御主人もあんまりあほらしいので、赤い顔して、定吉より先きに
主「番頭どん」
番「コリャ、
主「まあ聞いておくれ、番頭どん。礼廻りに、名刺を入れさしたら、渋谷藤兵衛様と言うさかい今日は、様を付けると、先様へ失礼に当たるよって、藤兵衛と言いなさいというと、それから藤兵衛、藤兵衛と、しまいには、そこは水が溜まってるちょっと藤兵衛やなんていいくさるのじゃ、私は、赤い顔になったので、先に帰りました」
番「どうも相済みません、帰りましたら、早速叱りますで」
主「イヤ/\
定「ヘエ、番頭はん、只今、藤兵衛もう帰りましたか」
番「何にを言うのじゃ。今旦那さんお帰りになって、えらい御立腹じゃ」
定「怒る事あらへんのや。藤兵衛が藤兵衛と言うても、かまへんというもんやさかい、藤兵衛というたら、藤兵衛が怒ってるのや」
番「馬鹿。表へ行て、御礼受けをしましょう。
定「ヘエ、かなはん/\、ちょっとも遊びに遣ってくれへんねん。今台所で餅をもろたで、焼いて食べたろ、うまい/\」
礼者「新年は御芽出とう存じます、今年も相変わらず」
定「ムウゝゝゝ、ヘエゝゝゝ、アハゝゝゝ、
乞食「どうぞおあまりでも有りましたら頂かして」
定「お早々に有り難う存じます。何にもございませんが、
乞「おありがとう存じます」
番「コレ/\、乞食を通して、どないにするのや、馬鹿やなァ」
定「へエゝゝ」
主「番頭どん、叱って遣りなさんな。それより、
主「コレ/\何んじゃ、バタ/\と戸を閉めて」
下女「ヘエ、只今、雨が降って来ましたので、裏を閉めてまいります。旦那はん、こうはどうでござります。裏閉めたるは八千歳。(浦島太郎は八千歳)」
久「私が
主「フーン、こりゃ、よう出来た。方々閉すは九千歳か、権助、そこで何にをしているのや」
権「みぶるいがしたので、ソコデ身振るいの権助(三浦の大助)百六ツとはどうでがす」
主「何に、身振るいの権助百六ツか。コレ、お
清「ハイ、かかる目出度き折からに、
主「皆よう出来たな。定吉、何んじゃ、そんな所で蒲団を振り廻して」
定「へエ、