かつぎや

六代目橘家圓蔵




 物事を気にして縁起を祝うなどという方がございますが、すべて世の中は目出度めでたい事があるから、目出度めでたくない事もあるし、悲しい事があるから、嬉しい事もあるのですから、悟ってまえば何でもないもので、けれどもどっちがいいかと言えば、誰しも目出度めでたい方を好むのが人情でございますが、その中にも最も甚だしい人があります。これを俗にかつぎやと申します。お古いお噺に、御出家ごしゅっけが帳面を誂えたというのがございます。
僧「帳面を一つ拵えて下さい」
帳面屋「ヘイ/\、どういうのがよろしゅうございますか」
僧「そうですな、なるたけ厚い方がよろしい。ついでに上書うわがきを一ツ願いたい」
帳「畏まりました。何と書きますか」
僧「死人大入帳おおいりちょうと書いて下さい」
帳「ヘイ、なるほど、お寺様だけに死人大人帳、畏まりました」
 帳面屋の主人が、箪太ふでぶとに死人大入帳と書いた。物見高い所だから、大勢表に立って見物をしている。中に一人、
○「オウ見や、この帳面屋はうめえな。どうだい旨く書いたじゃァねえか、まるで字が生きて駈け出しそうだ」
僧「帳面屋さん、わしはこの帳面を見合わせますよ」
帳「ヘエ、どういう訳で。ほかの物と違いまして、死人大入帳なぞという物は、ほかへ向け口がございませんが」
僧「イヤ今御見物の中に、生きているようだ、駈け出しそうだと言った人があります。死人に駈け出されては、私の方の稼業にならんから、それで見合わせる」
帳「モシ/\あなた方、めて下さるのはようございますが、この帳面をお見合わせになるというので、私の方で損をしなければなりません。困りましたね」
○「何をッ、褒めたんじゃァねえか。オウ僧侶ぼうさん、死人しびとが生きて駈け出しちゃァ稼業にならねえから、帳面を見合わせるって。何を言ってやがるんだ。マゴ/\しやがるとたたッ殺すぞ」
僧「アッ、それで気が直りましたから買いましょう」
 これも昔のお話でございますが.ここに呉服屋さんで、伊勢屋五兵衛ごへえさんという方がございます。これが大きな御身代ごしんだいだが、すこぶるかつぎやで“ごへえかつぎ”というのはこれから始まったのだそうで……。もっとも大きい御身代の方ほどすべての事に大事を取りますから、自然御幣担ごへいかつぎにもなるのだといいます。ある年のお正月、番頭さんはじめみせの者がズーッとならんで、
番頭「まずけましてお目出度めでとうございます」
 と銘々めいめい新年の御祝儀を申し述べる。
五「イヤお目出度めでとうございます。一陽来福いちようらいふく、初春となると、誠に心地こころもちのものだ」、
番「左様でございます」
五「時に権助ごんすけや」
権「ヒエー」
五「若水わかみずを汲んだか」
権「ヒヤア、若水わかみずてえますと……」
五「分からん男だな。手桶ておけ注連しめが張ってある。それを持って行ってはつの水を汲んで来なさい」
権「そりゃァ汲んだでがす」
五「ナニ」
権「そりゃァ汲んだでがす」
五「ただ汲んだじゃァいけませんよ。そのだいだいを持って行って、井戸神様へ納めながら、新玉あらたま年立としたちかえるあしたより、若やぎ水を汲みめにけり、と唱えて水を汲んで来なさい」
権「ヒエー……、何だかこれは、訳の分かんねえ事だな。うちの旦那殿どんは物を気にする性分だから、つまねえ事ばかり言ってるんだ。ヤア、こりゃァやいかねえ。井戸神様へ言う事を忘れたぞ。何だっけな。エート、何の玉だっけな。の玉じゃァねえ……、アヽ、そうた。たまだ、眼の球のでんぐりけえあしたより末期まつごの水を汲みめにけりか、ワザッと“おひとだま”でがす。……ハヽッ、だいだいがフワ/\して土左衛門どざえもんのようだ。……旦那、汲んでめえりました」
五「アヽんで来たか、今わしが言った唱え方をしたかい」
権「ヒエー、やりました」
五「忘れやァしなかろうな」
権「忘れませんともね」
五「モウ一遍ここでやってごらんなさい」
権「幾度やっても同じこんだ」
五「そうでない、俺が気になるから言ってみろと言うんだ」
権「そんだらやるべえかな。エート、眼の球のでんぐり返るあしたより、末期まつごの水を汲みめにけり。とやりました。それでわざっと“おひとだま”でがすと、井戸の中へだいだいち込んだら、土左衛門見たようにフワ/\浮いていやした。でえ/\土左衛門かね」
五「なぜそんな縁起の悪い事を言うだ。いやだなこの男は。何か言うたびに、俺に逆らうような事ばかり言ってる。お前のような人はモウうちへ置けないから出て行きなさい」
権「初春はつはる早々人を減らすというなァ縁起がよくねえ。来月五日まで待って貰いてえものだ」
五「なんだい来月の五日とは、おかしく日をるじゃァないか」
権「来月五日になると、ちょうど三十五日になるでがすから、満更まんざらえんのねえ事もねえだ」
五「下らない事ばかり言いなさんな。あきかえった男だ」
番「オイ/\権助や、旦那様に逆らっちゃァいけません。とにかくお雑煮ぞうにを祝いましょう」
五「それがいい」
 これから揃ってお屠蘇とそを祝い、お雑煮を食べ始めました。
番「モシ旦那様」
五「なんだい」
番「不思議な事がございます。私のいただきましたお嘉餅かちんの中から、かねが出ましてございます」
五「オヤ/\それは/\」
番「これで私がお祝い申します」
五「なんだい」
番「もちの中からかねが出たから、代々だいだい金持かねもちになると言うのはいかがでございます」
五「なるほど、お前さんの言う事は嬉しいね。餅の中から金が出たから、代々金持ちになるとは面白い。アヽい心持になった。これてスッカリ気になったのが直りました」
権「胡麻ごますり番頭め、餅の中から金が出て、代々金持になるとはうま瞞着ごまかしやァがったな。俺のかんげえなら、かねの中からもちが出たら金持ちだろうが、もちの中からかねが出たのだから、身上しんしょうをもちかねるとはどうだね」
五「また始めやがった。縁起の悪い奴だ、あっちへ行ってろ」
 権助とうとう追っ払われてしまった。
五「定吉さだきちや」
定「ヘーイ」
五「お年玉の物をみんなこっちへ持っておで、残らず調べますから」
定「ヘイ」
五「サアわしが帳面を付ける。一々読み上げな」
定「ヘイ……伊勢屋六兵衛さん」
五「ハイ/\」
定「近江屋の源兵衛さん」
五「そう一々屋号を丁寧に言っていると遅くなっていけない。伊勢屋六兵衛さんなら伊勢六いせろくさん、近江屋の源兵衛さんなら近源きんげんと、そういう工合ぐあいに言いなさい」
定「かしこまりました。……エー、“てんかん”でございます」
五「なんだい縁起が悪いな、てんかんとは」
定「天満屋てんまや勘兵衛かんべえさんですからてんかんで」
五「そう言うのは真正ほんとうに言いなさい」
定「あとが“あぶく”でございます」
五「なんだあぶく、てんかんの後があぶくは御丁寧だな」
定「それでも油屋の九兵衛くへえさんですからあぶくでございます」
五「ろくな事は言わないな」
定「次が“せきとう”でございます」
五「なんだいせきとうとは」
定「石屋の藤兵衛さんでせきとう」
五「馬鹿々々しい事を言いなさんな。縁起が悪い。初春早々ろくな事を言わない。番頭、代わっておくれ」
番「ヘエ、かしこまりました。定吉お前、誠によくないよ。サア/\私が代わります。……エエ申し上げます」
五「ハイ/\」
番「鶴屋亀五郎さん」
五「縁起がいいな。。鶴屋亀五郎さん、次は」
番「松屋竹次郎さん」
五「なるほど、これで縁起が直りました。松屋竹次郎さんと、ハイ/\」
番「それからあとが梅屋さんでございます」
五「いいな。これで松竹梅しょうちくばい揃った。マアこのくらいで止めておきましょう。……アッ妙な奴が来ました。向こうを見なさい。私の友達だが、早桶屋はやおけや四郎兵衛しろべえ、あのくらいいやな奴はない。わし此間こないだ逢ったから福の神どこへと聞きたら、お前の所から出て来たと言やがった。その後に逢ったから、貧乏神どこへ行くんだと言ったらお前の所へこれから行くんだと言やァがった。真正ほんとうにあんな人の気に逆らう奴はありゃァしない。初春はつはる早々あんな奴に来られて、また変な事を言われて心持を悪くするのはいやだから、隠れていて逢わないから、番頭何とか言って帰しておくれ」
四「ウーイ、アヽ、い心持だ。イヤこれは“らんとう”さん」
番「いらっしゃいまし、相変らず面白い事をおっしゃる」
四「“だんか”はどうしやしたい」
番「だんかは恐れ入りましたな。只今おりません」
四「エヽ、だんかがいない。お“かくれ”になったかい」
番「串談じょうだん言っちゃァいけません」
四「今ここにすわっていたようだっだが、姿が見えていないところを見ると、これは離魂病りこんびょうだな」
番「恐れ入りましたな」
五「番頭、私は出るよ……オヤ/\誰かと思ったら四郎兵衛さんか」
四「オヤッ、いたね。まずお目出度めでとう」
五「お目出度めでとう存じます」
四「しかし一体和尚おしょうの仰った通り、門松かどまつは冥土の旅の一里塚、目出度めでたくもあり目出度めでたくもなし。マア目出度めでたいとは口に言うが、考えてみれば追々寿命が縮まって行くのだね」
五「相変わらずいやな事を仰る。今日はどこへ」
四「恵方詣えほうまいりに行きました」
五「恵方詣りは結構だ。お多福たふく弁天へでもお出掛けかな」
四「どうしまして、わしは今ね、無縁坂むえんざかの方から因果寺いんがでらへお詣りをして、こっちへ人魂ひとだまのようにフワリ/\と飛んで来ました」
五「いやな事ばかり仰る。しかしね、お前さんとわたしとは竹馬ちくばの友だ」
四「左様々々、お互いにこうして一年でも長命ちょうめいをすると、古い友達がしたわしくなる。友達も大分だいぶなくなってしまうね。わしも商売が商売だ。今度わしにお前の寸法を取せないか。暇の時に念を入れて早桶はやおけを一つこさえ、お前さんに遺品かたみ代わりに上げよう」
五「どうしまして、そんな物はりません。鶴亀つるかめ々々、初春早々そんな事を言って下さるな。どうぞ縁起直しに屠蘇とそでも祝って帰って下さい」
四「ナニ屠蘇とそなぞはいいよ。今わしい心持になっているのだから。それじゃァお前が気にするから、縁起を直して祝って帰ろう」
五「それは有り難い。どうぞ縁起を直して下さい」
四「ジャラーンボローン、ガーン、チリーンと来るだろう。そーれつら/\おもんみるに……」
五「驚いたね、初春早々引導いんどうを渡されては困るなァ」
四「アハヽヽ、アーッい心持になった。エエツ、ウーイッ。それではまた近々に、冥土でお目に掛りましょう、ハイさようなら」
五「何だいあの人は。人の気に逆らう事ばか言って喜んでいる」
番「アヽいう人がよくあるものでございます。さぞお心持が悪うございましょう」
五「アヽいやな心持になった。オヽちょうど船屋ふねやが来た。宝船でも買って縁起を直しましょう。早く船屋を呼んで下さい」
番「オイ/\船屋さん/\」
船「ヘエ」
番「船を一枚下さい」
船「ヘエ」
五「一枚いくらだね」
船「四文しもんでございます」
五「十枚は」
船「四十文しじゅうもんでございます」
五「百枚は」
船「四百しひゃくでございます」
五「どこまで行ってもの字に縁が切れませんね。しましょう」
船「ナニッ」
五「しましょう。しぬ、しくじる、しじゅうしそんじるなぞと言って、しの字は誠に縁起の悪いものだからめます」
船「旦那、じゃァお前さんはひやかしかい」
五「イヤひやかしという訳ではないが、お前言い草が気に入らないから買わないと言うのだ」
船「馬鹿にするな。箆棒べらぼうめ。去年という年は悪い事ばかり続きやァがって、かかあには死なれ、子供は麻疹はしかの上がりに疱瘡ほうそう、縁起直しに友達が宝船でも売ったらかろうというから、その気になって売りに出た。今口明くちあけだというのにケチを付けられちゃァ、今年もろくことはねえや。覚えてやがれ、近々に来ててめえの所のひさしで首をくくるから、そう思ってろ」
五「アヽいやな事を言う、鶴亀つるかめ々々」
 番頭さんが幾らか持たして船屋を帰してしまう。
五「縁起直しにい船を買って、初夢でも見たいものだ」
 と主人がブツ/\言っております。番頭さんが気がいているから、ソッとうちを脱け出して、四角よつかどで待っている所へ、威勢のい船屋が、
船「宝船々々おたから/\/\」
番「船屋さん」
船「ヘエ」
番「この先に伊勢屋という呉服屋があるがね、誠に旦那が物を気にする性分だが、船は一枚幾らだい」
船「四文しもんでございます」
番「四文しもんじゃァいけない、よもんと言っておくれ」
船「畏まりました。お気になさる旦那様ならすべてお目出度めでたいづくめに致しましょう」
番「そうかい、じゃァ何分なにぶん頼みます」
船「お宝/\、サア大当たり/\、大当たりのお宝/\、縁起のい宝船でござい」
五「オヤ大層威勢のい船屋が来たね。船を買いましょう。呼んでおくれ」
番「かしこまりました。オイ船屋さん/\」
船「へイ/\」
五「船を貰いたい、一枚幾らだい」
船「一枚四文よもんでございます」
五「四文よもんは嬉しいね。どのくらいあるな」
船「ヘエ、旦那様のおとしの数ほどございます」
五「有り難いな、私の歳を人に買われては縁起が悪いから、残らず買いましょう」
船「有り難う存じます。大宝おおたからでございます」
五「ナニ大宝、ますます気に入った。い心持だ、こっちへお入んなさい」
船「有り難う存じます。いよいよ宝船の舞い込みでございます」
五「なるほど、一々言う事が嬉しいね。あまり縁起がいから船屋さん、お前に一口屠蘇とそを上げよう」
船「ヘエ、どうも有り難う存じます」
五「お前さんはなにかい、お住居すまいはどちらだい」
船「ヘイわたしの住まっております所は、日本橋の金吹町かねぶきちょうでございます」
五「なるほど、かねが吹き出すというので金吹町、縁起がいな。この頃にお尋ね申すよ」
船「イエそれから移転ひっこしました」
五「オヤ/\どちらへお移転ひっこしだ」
船「浅草の寿町ことぶきちょうへ」
五「なるほど、寿という字は寿命の寿じゅの字だ。縁起がいな。じゃァ今度観音様へ御参詣に行った時に、お訪ね申すよ」
船「それから都合でまた移転ひっこしました」
五「大層移転ひっこしさるな、どちらへ」
船「本所ほんじょ千歳町ちとせちょうへ移りました」
五「千歳町へ。千歳の松などと言って、これも縁起がいな。本所の千歳町といえば大して遠くもない、その内にお訪ね申すよ」
船「それからまた都合で越しました」
五「よく越して歩きなさるな、どこへ越しなすった」
船「浅草の福井町ふくいちょうで」
五「なるほど、福は誠に縁起のいものだ。その内にお訪ねをする。誠に威勢のい船屋さんだから一口ひとくち上げたいと思うが、こっちへ上がって御飯でも食べてゆっくりしておで」
船「どうも旦那有り難う存じます。わたしはモウ残らず宝をお宅へ置いて参るのでございますから、モウゆっくりと頂戴を致します」
五「宝を残らず置いて行くなどは嬉しかったね。サア/\一杯ひとつって下さい、大分だいぶけそうだね」
船「ヘエモウけるところじゃァございません。正覚坊しょうがくぼうでいくらでも頂戴いたします」
五「正覚坊は嬉しかったね。オイ/\からい方を持っておでよ……。サア/\遠慮なくやって下さい」
船「どうも御馳先様で、有り難う存じます。……旦那、こいつはどうも豪儀ごうぎですな、結構なお重詰じゅうづめで、牛蒡ごぼうさんごまめに御成人というのはいかがで」
五「なるほど、洒落しゃれがいいな、牛蒡ごぼうさんごまめに御成人は嬉しかったわ」
船「数の子なぞは数々目出度めでたい」
五「なるほど、いいね。サア/\ゆっくっておくれ」
船「干瓢かんぴょうさんは三十に……、オット危ねえ。イエナニ、ますますお目出度めでとうございます」
五「イヤ誠にい心持だ、サア/\遠慮なくっておくれよ」
船「有り難う存じます。どうも御目出度おめでとう存じます。今何でございますか、ちょっとあそこへ、奥から顔をお出しになりましたのは、御当家のお嬢様じょうさまでございますか」
五「アヽわしの娘だよ」
船「お美しい方ですな、まるでどうも弁天様べんてんさまのようでげすな」
五「有り難いね。じょうを弁天とは嬉しいじゃァないか。オイ/\、なにや、紙入れを出しておくれ……これはじょうの弁天ちんだよ」
船「どうも有り難う存じます。恐れ入りましたな。あなたのにこやかなところは、どうしても恵比須えびす様のようでございますな。
五「恵比須様は有り難いね。商人あきんどが恵比須に似ておれば、こんな結構な事はない」
船「それで御当家は、七福神しちふくじんでございますな」
五「エヽ船屋さん、ちょっと待ちなよ。じょうが弁天、私が恵比須、それじゃァ二福にふくじゃァないか」
船「イエ、御商売が呉服ごふく(五福)屋さんでございます」





底本:名作落語全集・第一巻/開運長者篇
   騒人社書局・1929年発行

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