松竹梅(しょうちくばい)
柳家小せん
甲「御隠居さん、
乙「ヘエ今日は」
隠「オヤ/\これはお揃いで、サア/\こっちへお入り。そこではなんだ、ズーッとこっちへお入んなさい」
甲「エー今日は少し御隠居さんにお願いがあって参りました。なんともお忙しいところを済みませんが」
隠「イヤ忙しいのは相変わらずだ。なんだい私に頼みというのは」
甲「
隠「アヽなにかい手紙を読んで貰おうというので、三人揃って来たかい」
甲「それがなんで、三人の宛名なんで、実はこういう訳でございます。私どものお
隠「なるほど、これは面白いな。お前が松さんで、竹さんに梅さん……、これはなんだな。かつぎやと言ってつまり迷信家のひとつだ……。世間にはよくそういう
松「ヘヽ、とにかく私が
隠「イヤ面白い」
松「もっとも手紙の様子も、使いに来た小僧の話で
隠「アヽそうか、大概手紙の文句はそんな事だろうが、マァ読んで上げよう……これはなんだ。一昨日は
松「なるほど、それじゃァマァ夕方から三人が出掛けて行って、ただ馳走になって、帰って来ればいいので」
隠「そうだな」
松「それじゃァ職人の事だから
隠「半纏股引じゃァいけないな。
松「それァモウ股引を
隠「それじゃァ困る。やっぱり羽織だな。
松「袴なんか穿かせられちゃァ
隠「マァ羽織だけでもいい」
松「ご馳走になる時に、なにか
隠「そりァあるな、あるけれども、そんな事はかえってお前達はやらない方がいい。第一やるといったところで、そう急に覚えられるものじゃァない。なんでも構わないから、丁寧にすればいい。仮にお茶を飲むにしても、茶碗へ両方の手を掛けてお茶を飲むようにすれば間違いない」
松「なるほど、お茶を飲む時にはお茶碗を両方で持つんで」
隠「そうだ。そうすれば落とす憂いがない。万事そういう風に気をを付けるのだよ」
松「ヘエ」
隠「ご馳走になったら、どうする
松「ヘエ、ご馳走になっちまったら、ただ帰って来るつもりなんで」
隠「それはあまり知恵がないじゃァないか。私の
松「ヘエ」
隠「
松「ヘエ」
隠「お前さん達三人の出入り先が
松「ヘエ、どんな事をやるんで」
隠「ご馳走になって、モウお開きという時にだね」
松「なんですお開きというのは」
隠「婚礼などのお
松「なるほど」
隠「お開きになったならばお前さん達三人が旦那の前へズラリと
松「ヘエ、なるほど」
隠「いよいよお開きとなったら、松さんが少し前へ乗り出すんだ」
松「乗り出すてえとどうするんで」
隠「少し前へ進めばいい。改まって、エヽ旦那様、失礼でございますが、私は御当家のお婿さんをお
松「エヽ旦那様、失礼でございますが、ヘヽヽヽ、失礼でございますが、お婿さんをお
隠「
松「ヘエ」
隠「
松「ウフッ、こいつは驚いたなァ。なったァ/\じゃになった、と言うんですね」
隠「落ち着いて節を付けなけりゃァいけない。なったなったァ、じゃになったァ、
松「こいつァ大変だ。とても
隠「イヤかえって
松「それもそうですね」
隠「なったなったァじゃになった、当家の婿さんじゃになったとお前さんが言うと、今度は竹さんが、
松「なったァ/\、じゃになったァ、当家の婿さんじゃになったァ」
隠「巧い/\、サア竹さんだ」
竹「ヘエ」
隠「
竹「
隠「サア梅さん……オヤ、この人は居眠りをしているよ」
松「チェッ、しょうのねえ奴だな。ヤイ梅ッ、梅ッ」
梅「アーッおはよう」
松「何を
梅「何をやるんだ」
松「アレッ、じゃァ
隠「居眠りをしていちゃァいけない。初めっから話すのも面倒臭い、自分の言うだけの事を覚えていればいい。今度は居眠りをしちゃァいけないよ、稽古をするんだから」
梅「
松「何を言ってやがる」
隠「じゃァまた初めっからやってごらん」
松「ヘエ、なったァなったァじゃになったァ。当家の婿さん、じゃになったァ、竹ッ」
竹「エー、何じゃになられたァ」
松「梅ッ」
梅「エヽ」
松「エヽじゃァねえ、長者になられたァと言うんだ」
梅「長者になられた」
松「ヘエお
隠「忘れちゃァいけないよ。お前さんが一番巧くやらないといけないよ」
松「どうも有り難う存じます」
隠「なんだか、まだ
松「ヘエ、なったァ、なったァ、じゃになったァ、当家の婿さんじゃになったァ、サァ竹」
竹「ウム、
松「梅ッ」
梅「ウム、ウームなられたァ」
松「オイ/\忘れちゃァいけねえなァ、長者になられただ」
梅「長者になられたァ」
松「ヘエお
隠「お前さんは器用だからいいが、後の二人が少し
松「ナニ途中稽古をしながら参ります。有り難う存じます」
隠「今お茶をいれるよ、マアつまらない事だけれども……」
松「どう致しまして結構で、面白うがす。
隠「くれ/″\もよく稽古をして行かないと、
松「ヘエ、大丈夫で、どうも有り難う存じます。さようなら」
竹「さようなら」
隠「オイ竹さん、お前
竹「ヘエ大丈夫で」
隠「梅さんもそうだよ。忘れてしまっちゃァいけないよ」
梅「大丈夫で……」
松「サア稽古をしながら行くんだ。いいか、なったァなったァ、じゃになったァ、当家の婿さんじゃになったァ、サア竹や」
竹「
松「梅ッ」
梅「エー、エーと」
松「エーとじゃァねえや、長者なられたゞ」
梅「
松「馬鹿ッ、亡者じゃァねえ、長者だ。
竹「
松「
梅「ウーム、亡者……」
松「まだあんな事を言ってやがる、サア
これから皆な自分の
松「どうも梅なんだな、
梅「大丈夫だ」 ′
松「エー御免くださいまし」
主「オヤお出でなさい。今日はそんな所から入って来ないで、こっちから入って来ればいいのに。サア/\お
松「ヘエ有り難う存じます」
主「サア/\どうぞこちらへ」
松「ヘエ」
主「
松「ヘエ」
主「ヘエじゃァない。畏まっていちゃァ困るよ」
松「ヘエ」
主「なんだいお前達、紋付の羽織などを着て来たのかい。私の方じゃァやっぱり腹掛半纏で来てくれるんだと思っていたよ」
竹「ヘエ、それがソノ覚悟をして」
松「馬鹿ッ、覚悟てえ奴があるか……。エッヘッヘ、どうもなんでございます。有り難う存じます」
畏まって酒を飲むくらい旨くない事はない。もっとも皆な
松「どうもお
主「サア/\こっちへ来て
松「エー、それでは旦那、御当家のお婿さんをお祝い申して、それでお開きに致したいとこう存じまして、お
主「それは/\、何かやんなさるんだね。それは有り難い、オイ/\
松「イエそれではなんでございます。床の間の前などへ
主「イヤそうでないよ。こっちで
松「ヘエ、ナニただ珍しいというだけの事で」
主「珍しいの結構だ。この三人がズラリと
松「ヘエではわざッと御当家のお婿さんをお祝申します。なったァなったァ、じゃになったァ、当家の婿さんじゃになったァ」
主「
松「(小声)竹ッ」
竹「
松「(小声)梅ッ」
梅「ウッ、ウッ、エート、なられたァ」
松「(小声)チェッ、しょうのねえ奴たな。じゃァモウ一度やり直しだ……。なったァなったァ、じゃになったァ、当家の婿さん、じゃになったァ、竹ッ」
竹「
松「(小声)梅ッ」
梅「ウッ、ウッ、ウーン、
二人は
松「オイ/\、モウここまで逃げて来りゃァ大丈夫だが、何てえ間抜けの野郎だろう。長者と大蛇と間違えやがった。どうせモウこうなったら仕方がねえ。あのお
竹「ナニ心配しなさんな。梅のこったから、床の間にいるんだ。今にお開きになるだろう」