井戸の茶碗(いどのちゃわん)

七代目三笑亭可楽




 商売となるとこれが易しいというものは一つもないが、中にも屑屋くずやという稼業が、なさけを知っているとか、涙があるとかいうような人にはとても大した金儲けは出来ないと言います。麻布谷町あざぶたにまちに清兵衛という屑屋さん、至って正直の人で、紙屑よりほかにこの人は買いません。一体紙屑ばかりでは余り儲けはないもので、例えば不景気でやり切れなくって身上しんしょうを閉まって故郷くにへ帰るというような人が、捨て売りにこの世帯道具を売ってしまうなどというのに打附ぶつかると、随分いい儲けがあります。ところが清兵衛はそういう事で儲けるのはいやだというので、紙屑だけ秤器はかりに掛けて、何匁なんもんめ幾らと目方で買って、これを問屋へ持て行き、何割かの儲けを見て、これで満足しております。されば自然華主とくい先の信用を得て、屑籠くずかごが一杯になって、こぼれても清兵衛の来るのを待っていてくれるという位。少し繁昌する時には、三度も四度も籠へ一杯に詰めて問屋へ売りに行くという塩梅あんばいで、細い利を見ていても節倹つましく暮しておりますから、貧乏ながらも十日や半月休むような事があっても、ほかの屑屋のように資本もとを食ってしまうというような事はない。元々屑屋というものは、朝出て晩方でなければ帰らないもの、弁当を持ちまして、通り掛かったのはしば西應寺さいおうじ前、屑はござい/\/\と裏屋うらやへ入って来ました。大きな声で屑屋さんと呼ぶのに余り掘り出し物は無いそうで、屑屋さんという声も小さく、上総戸かずさどを細目に開けて顔を出したのは十七八の娘さん、如何いかにも品のよい磨き上げたら古今の美人であろうというような娘。はぎ/\の衣類を着て、帯といった所がしんばかり、恥かしそうに小さな声で、
娘「屑屋さん」
 屑屋の方でも大きな声で返事をしない。ちょっと首を下げて挨拶をする。
娘「アノ屑屋が参りました」
浪人「アヽ屑屋さんか、サァ中へ入って其所そこを閉めて下さい。其所に紙屑があるようだから、それを……」
清「ヘエ/\」
 秤器はかりに掛けて、
清「エー、六文と少々強めに目方がございます。初めて願うのでございますから七文に働いていただく事に致します。その代りこれからチョイ/\廻って参りますから、どうぞあとを取って置いて戴きとう存じます」
浪「イヤそれは幾らでもよい。ついてはな、この品をどうぞ一つ此方こちらを言うも可笑おかしいが二百文きっかり鳥目ちょうもくが入用だから、それだけに買ってはくれまいかな」
清「エーせっかくでございますが、私は目が利きませんで、屑だけは戴きますが、外の品は一切戴きませんので、ヘエ、それは御馴染みの御華主様おとくいさまは皆御案内でございまして……」
浪「ハァ、私はまた屑屋は何でも買ってくれるものとばかり心得ておった。ハァ、それでは他の屑屋でなければいかんか。お前さんは……」
清「へェ、私は目が利きませんばかりでなく、そのために損をする事もありますし、また仲間の者のように無闇に安く買って、それで多分の儲けを見るというは何だか厭な心持ちが致します。それゆえ屑ばかりしか戴きません」
浪「イヤかく浪々ろうろう中で家は汚なし、服装も汚いが、それがために疑ってはいかん。芝切通しへ出て売卜ばいぼくを致しておる千代田卜齋ぼくさいという浪人者、午前だけは、この周囲の子供を集めて素読そどくの指南を致しておる。その寺子てらこほうから米炭薪などは贈ってくれるゆえ、其の方には差し支えないが、塩気なしで飯を食う訳にもいかず、また日用の費用も掛かる事。ところが先頃降り続いた雨、ことと風邪の心地で、四五日売卜うらないの方を休み、ほとんど小遣いにも差し支える。寺子の方へ小遣いまで貸してくれとも言えんでな。これは不用の品だによって、二百文に買ってくれる訳にはいかんか。決して胡乱うろんのものではない」
清「イヤ必ずおうたぐり申す次第ではございません。前申し上げる通り、私は目が利きませんので……それじゃァこう致しましょう。これから此方こちら御華主おとくいに致す身元金みもときんを入れると思えばよいのでございます。今日こんにち二百銅わたくしが置いて参りまして、こののち参上がりまして、五文なり七文なりの紙屑を戴いて参るうちには、二百たまるという訳で、つまり前払いとして、これを置いて参ります」
浪「アヽ左様か、それならばこの仏像を質物しちもつとして預かって貰いたい。さもないとただお前に二百文恵んでもらうような気がして心苦しいから……」
清「恵むどころじゃァございません。これをお預り申して、もし私がこわしでもしたら」
浪「イヤ毀したところが二百文で、わしの方で手が切れてるのだから差し支えない。それでなければせっかくだが二百銅は御返し申す」
清「どうも貴所あなたの様におっしゃられては困ります。しかし貴所のお気が済まなければ当分私がお預り申します。もしまたこういう汚ならしい……と言っては済みませんが、くすぶってる御仏像を好む御方がございましたら売って宜しゅうございますか」
浪「もちろんモウ私の方では手放したものであるから、お前が売る分には一向差し支えはない」
清「それでは元が二百でございますから、二百五十文に売れましたら、儲けは二十五文ずつ歩分ぶわけに致しましょう」
浪「イヤ幾ら儲かろうと、それはお前の商売、私の方へ歩割ぶわりなどという事には及ばない」
清「しかし私は紙屑だけが商売でございますから、こういう物で儲けては気が済みません。とにあれ、お預り申して参ります」
 と右の仏像を御膳籠ごぜんかごの上へ載せて、屑はござい/\/\とやって参りましたのは白金しろかねの細川様の窓下、御大名屋敷は土台が高いから下からは見上げるようで、
清「屑はござい」
侍「コレ/\屑屋」
清「ヘエ、どちらでございます」
侍「ここだ/\」
清「ハァー大変に高い所でございますな。ただ今御門の方へ廻りますが、私は紙屑だけしか戴きません。外品ほかしなならば御断りを致します」
侍「イヤ売り物ではない。そのかごの上にあるのはぶつのようだか、坐像ざぞう立像りつぞうか」
清「左様でございますかな」
侍「イヤ籠のふたの上に黒い物があるのは坐像か立像か」
清「ヘエ、象だか豚だか、どうもと分かり兼ねます」
侍「分からんな。ぶつかと言うのだ」
清「ヘエ仏……左様でございます」
侍「木か銅か、それとも陶器のようなものか」
跨「ヘエ量目めかたがなかなかございます」
侍「それでは銅かな」
清「どうでございますかな」
侍「何だ、それは売り物か」
清「エー左様でございます。売り物という訳ではございませんが、払いましても差し支えございません」
侍「何程なんぼうだ」
清「ヘエー、南部なんぶでございますかな」
侍「南部ではない、値段は幾らだ」
清「ヘエ、今二百で買って参りましたので、幾らでも儲けさして頂けばいいのでございます」
侍「見なければ分らん。ちょっとこれへ出せ」
清「此所ここからほうりましてこわしでもするといけませんから……」
侍「今ざるを下ろしてやる」
 出窓の揚げ蓋を払って、それからひもの付いてる笊を下げたから、これへ入れると、手繰たぐり上げて、御覧になるとよほど古物と見えて、真っ黒に燻ぶっている仏像。
侍「二百文は安いな」
清「ヘエ買値かいねが安かったのでございます」
侍「しからば三百銅に買ってつかわす」
清「有難う存じます。それで助かる人がございます。五十ずつ分配になります、紙屑のお払いはございませんか」
侍「イヤ売り物は無い」
清「どうぞまたお願い申します」
 と屑屋は行ってしまう。何の気なしにその仏像を振り動かして見ると、ゴト/\と中で音がする。
 よく鋳物彫刻物などに腹籠はらごもりと言って中に仏が一つ入っているのがある。大方それだろうと思い、国から参ったばかりで、まだ道具も揃わず、朝晩茶湯をしたいにも、仏壇のようなものは幸い出来ているが、まとがなくでは誠に工合が悪いと思う所、これは良い物が手に入ったと喜び、
侍「良助」
良「ヘエ、お呼びになりましたか」
侍「ア、金盥かなだらいへ塩を振ってきよめて、鉄瓶に微温ぬるんだ湯があるからそれを汲んで、新らしい手拭いを一本付けて持って参れ」
 なにぶん燻ぶっていてしょうが分からないから微温湯ぬるまゆ彼方あっちを洗い、此方こっちを洗い、黒い水が出るのでしきりにこすっているうちに、台座の所に貼ってある紙が剥がれてザラ/\金盥の中へすべり出たのが、腹籠りと思いのほか小判で五十両という大金、
侍「イヤこれは驚いた。良助」
良「ヘエ」
侍「大変な事が出来た」
良「どう致しました」
侍「この黒い水の中へ手を入れて見ろ」
良「何でございます」
侍「腹籠りと思いの外、仏体から金が出て、数えて見れば五十両という大金だ」
良「ハァ、うめえ事を致しましたな」
侍「何が旨い事をした」
良「買ったのは天保三枚、それから五十両出れば大した儲けでございます」
侍「詰まらん事を申すな。仏像を売り払う位の者。定めて困窮のあまり、金の中にあるのを知らんで売ったに相違ない。仏像は三百銅で買うたが、この金までも買うた訳でない。持ち主に返してやりたいが、先が分からん。アノ屑屋もいづれにすまう者か尋ねんであった。どうもこれは困った事が出来た」
良「成程、御武士様おさむらいさまというものは人のかがみとか言いますが、御潔白の御心持ち恐れ入りました。しかし旦那様、屑屋などという者は、やはり豆腐屋八百屋などと同じ事で、大体華主場とくいばまっておりまして、毎日同じ所を廻るものゆえ、多分明日また通るだろうと思います。通ったら呼んで何所どこで買ったという事を聞けば知れるに違いございません」
侍「ウム、それでは屑屋を調べる事に致そう」
 とその翌日から屑屋調べが始まり、非番の時には朝から窓の所に頑張って往来を見ておりますと、屋敷町はとりわけ勤番者きんばんものが売り物をするので、屑屋は儲けがあるから幾人もやって参ります。
○「屑はござい、屑イー」
侍「コレ/\屑屋」
○「ヘエ何方どちら様で……」
侍「此処ここだ/\」
○「エー何ぞお払い様で」
侍「イヤかぶり物をれ。笠を脱れ」
○「ヘエ」
 笠を脱ると、
侍「ア、そんな真っ黒なつらではない。用事は無い、行け/\」
○「ヘエ」
侍「用事は無いから行け、てまえではない」
○「左様でございますか。何だ……」
△「屑はござい……屑イー」
侍「ア、また来た、今日は天気がいいせいか屑屋が沢山来る。コレ屑屋」
△「ヘエ」
侍「手拭いを脱れ」
△「ヘエ」
侍「そんなデコ助の奴ではない、行け/\」
△「何だ……」
◇「屑はござい」
侍「コレ/\屑屋」
 屑屋こそいい面の皮だ。幾人も/\調べるが、前の屑屋に出くわさない。白金の清正公せいしょうこう様の掛け茶屋で、下金屋しもかねや、屑屋などが午刻ひる頃になると集まって来て、弁当を使いながら馬鹿ッ話をする。
○「イヤ源兵衛さん御苦労様、旨い儲けがあると見えるね。いつでもお前が一番先へ此処ここへ来ているのに今日きょうは一番後から来た」
源「イヤ旨い儲けどころじゃァねえ。商売というものは、ケチが付き始めるといかねえもんだ」
○「ヘエ」
源「藤兵衛さん、お前細川様の御窓下を通るかえ」
藤「始終通るよ」
源「御門から五軒目か六軒目の、アノ窓から若え侍が顔を出していて、コレ屑屋ッてえのを食らやァしねえか」
藤「食らった」
源「エー」
藤「食らったよ、冠り物をれ」
源「アヽ、脱ったかえ」
藤「脱った。てまえのような色の真っ黒な奴じゃァない。用はないから行け/\と言った」
源「ウーム、成程黒いねえ」
藤「屑屋にそんな色の白いのがあるものか」
源「その中でお前のはまた目立って黒いや。成程どうも……」
藤「何も感心する事はない。お前やられたかえ」
源「やられたにも何にも、冠り物を脱れと言うから脱ると俺の顔を見て、そんなデコ助の奴じゃァないと言やがった」
藤「成程デコ助だ」
源「お前まで言うにゃァ及ばねえ」
藤「お互い様だ」
源「何しろ一人々々紙屑屋を呼び留めて、かおを見るのはおかしいじゃァねえか。まだ年は若いが男も立派だし、目がギロッとして面擦めんずれがあって、確かに腕前は強そうな武士さむらいだが、どういう訳で屑屋ばかり聞くんだろう」
藤「そうさ、私も訝しいと思ってるんだ」
◇「アヽその訳は私が知ってる」
源「誰だい、アー留公か。お前はホラ留という位だが、また何か法螺ほらを吹くんじゃァねえか」
留「ナニ法螺じゃァない。私ゃァモウ早くから知ってるから、近頃彼所あすこは廻り道をして通らない」
源「ヘエーどういう訳だ」
留「アノ人は、ツイこの頃此方こっちへ出て来た人なんだ」
源「アヽそうかも知れねえ」
留「人間という者は悪口を言わたって無暗むやみに腹を立てねえもんだ。デコ助や真っ黒で仕合しあわせ、もし尋ねる者に似ていようもんならたたっ斬られちまうんだ」
藤「どうして」
留「ありゃァお前、親のかたきを尋ねてるんだ」
源「親の敵だッて」
藤「オイ、あの武士さむらいがかえ」
留「そうさ。知らねえだろう」
源「ちっとも知らなかった」
留「だから迂闊うっかり通れねえや」
藤「お前どうして知ってる」
留「俺の親類の者が少し訳を知っててそれから聞いたんだ。何でもあの人の親父おとっさんという者が、国で御指南番をしていたんだ」
藤「ヘエー、シテ見ると大した腕前なんだな」
留「ウム、ところがよくある奴だが、新規御抱えへの何某なにがしという剣士の腕試しのため、アノ人の親父おとっさんと御前試合をしたんだ」
藤「成程」
留「スルとあの人の親父おとっさんの方がすぐれているけれども、新参の者に花を持たせようというんで、相打ちという事にして、首尾よく双方御前を退さがった」
藤「ウム」
留「ところが妙なもので、商売忌みがたきといって……」
藤「変な所へ商売忌み敵が出たな」
留「だッてお前、何方どっちも剣術で御奉公をするんだから、後から来た奴が、あの人の親父おとっさんが邪魔になっていかねえ。御酒ごしゅ下されがあって、っていい心持ちに御城下はずれまで帰って来ると、黒木綿の頬被り、目ばかり出した奴が尻を高らかに端折はしょり、手槍を持った奴もあれば、刀を持った奴もあり、大勢隠れていて、ソレッと言うと突然中で腕の利いた奴が飛び出して、ズブリ脇腹へ竹槍を突っ込んだ。可哀想に年をってるし、酒の気もあり、したたかに急所をやられたからたまらない。それでも刀のつかに手を掛けて、無礼者と一言言ったが、そのままバッタリ倒れる、大勢ドカ/\と出て来て滅茶苦茶にカクヤの香物こうこう見たように切りさいなんでしまった」
藤「ヤレ/\可哀想に」
留「刀の柄に手を掛けていただけに、家はつぶれなかったが、その子が元高もとだかを貰う訳にいかない。それから親のかたきを討とうというので、充分に修業をして、モウこれならば敵討ちが出来るというまでの腕前になったので、いよいよ敵討ちの免状を貰って、江戸へ出て来て、敵を尋ねているんだ」
源「オイ/\留公、そりゃマァそうかも知れねえが、紙屑屋ばかり尋ねるのはおかしいじゃァねえか」
留「ところがそのかたきが世を忍ぶために、当時紙屑屋になっていると言う事まで、チャンと調べが届いてるんだ。それだから、もしその敵に似ていようもんなら、人違いで斬られねえとも限らねえから、迂闊うっかり彼所あすこを通らねえ方がいい」
源「フーム、けれども長屋の窓の中にいて敵に出遇ってから飛び出したって御門を廻って出て行くうちには敵は逃げちまうだろうじゃァねぇか」
留「イヤ、其所そこが免許皆伝、いよいよ敵と見極めれば突然手裏剣しゅりけんを打って倒して置いて飛び出して斬っちまう」
源「何だかこの男のいう事は変だな。真正ほんとうかい、オイ」
留「マァそうじゃァねえかと考えたんだ」
源「ソレ見ろ、法螺留の言うこッたから、きっとそんな事だと思った」
藤「怒っちゃァいけない。こういう男なんだから」
留「アヽ可笑おかしい」
源「馬鹿にするな、皆な本気になって聞いてるじゃァねえか。なにしろアノ窓下は迂闊うっかり通れない」
 ワァ/\言ってる所へ、
清「ヘエ今日こんちは、皆さん御苦労様」
源「アヽ清兵衛さん、久しく見えませんでしたねえ」
清「ヘエ、風邪をいて十日ばかり休んでおりました。昨日きのう辺りから出ようと思いましたが、家内が心配致しますから、また一日休んで今日きょうはあんまりいい御天気ゆえ出て参りました。ところが私は貴所方あなたがたと違ってのこりばかり戴くので、有難い事に御華主おとくい様でも取って下すって、紙屑が溜まって台所の隅に積み上げてあるなんてえのがあるんで、今日は馬鹿にせわしい思いをしてしまいました」
源「それはマァ結構だッた。お前さん何方どっちから来なすったか、細川様の御窓下は通らなかったかね」
清「イエ彼方あっちへはこれから参るんで」
源「清兵衛さん、迂闊うっかり行かねえ方がいい、アノ御門から五六軒目の御長屋の窓から若い武士さむらいが顔を出していて、紙屑屋と見ると呼び留めて調べているから」
清「エーッ、そりゃァ少し私が関係かかりあいがあるんで……」
源「ナニ関係かかりあいがある、敵討ちかえ」
清「実はこないだ芝の西應寺の裏屋でご浪人が真っ黒に燻ぶった仏様を買ってくれと言うんで、断っても是非と言うので、二百に買った所が、細川様の御窓下を通ると、御武家様がそれに目を着けて三百に買って下さいました」
源「アヽその事に違いない、きっと太い屑屋とかなんとか言ってるんだろう。ねえ皆さん」
留「成程それだ。清兵衛さんその仏様は木かえ」
清「木じゃァないやようで」
留「じゃァ銅か瀬戸物だね」
清「なんだか重たい物でございました」
留「シテ見ると瀬戸物だな。だからそんな物はやっぱり手に掛けない方がいいんだ。ぜにたかが三百で、何でもないようだが、武士さむらいという者は大変に御幣ごへいかつぐ、此方等こちとらと違ってイザと言えば命の取りりをする。それだから首が落ちるの何のと言う事を酷く気にするもんだ。ところが清兵衛さん、お前の売ったその仏様が首が抜けたのか落ちたのかを付着くっつけて、きずの分からねえようにくすぶらして置いたのを知らねえで、お前さんが売った。その後で仏様の首が落ちたんで、アノ屑屋を取り押さえてこの仏の通り首を打ち落してしまうと言うんで、お前の来るのを待ってるんだ」
清「そりゃァ大変だ。だから、私ゃァ嫌だと言ったんだ」
源「じゃァ清兵衛さん、彼方あっちへ行かねえようにしたらよかろう」
清「けれども一本道で、どうしても彼所あすこを通らなければほか御華客おとくい様へ行く事が出来ません」
源「成程それも困るだろうなァ。そんなら彼所あすこだけ黙って通ったらいいだろう」
清「マァそういう事にしましょう」
 と肩へ天秤を当て清兵衛さん、怖々こわごわながらやって参りましたが、商売となると不思議なもので、肩へ天秤を当てて歩いていると思わず「屑はござい、屑はござい」
侍「アヽ向こう側を屑屋が通る、コレ屑屋」
清「アヽ失策しまった、甘い、甘酒……」
侍「コレ/\屑屋、良助アノ屑屋が怪しい。早く追っ掛けろ」
良「ヘエ畏まりました。……オイ/\屑屋、何だって澄まして行くんだ。こないだから毎日々々お前の来るのを旦那が待っておいでなさる。どうした」
清「ヘエどうも先達せんだっては有難う存じました。それについて何とも申し訳がございませんが、わたくしは眼が利きませんもんでございますから……」
良「眼が利いても利かねえでも、大変な事が出来た。マァ此方こっちへ来てくれ」
清「どうか御勘弁なすって下さいまし。決して私は悪い了簡りょうけんの者では……」
良「何をグズ/\言ってるんだ。一緒に来ねえ。オイ逃げようたって逃がさねえ」
清「オヤ/\たった一言、屑はございと言ったばかりに捕まっちまった」
良「サァ此方こっちへ入れ……。旦那様、連れて参りました」
侍「アヽ屑屋か。てまえに会いたいと思って、先日こないだから尋ねておった。サァ/\此方こっちへ入れ」
清「ヘエ」
侍「先日せんじつ求めたアノ仏像だな」
清「ヘエ」
侍「あまり燻ぶっておるから、金盥かなだらいへ湯を取って、それへれてすすを落としておるとな」
清「ヘエ、糊付けでございますから、お湯へれればどうしてもそれは何でございます。私は全く存じませんで買って参りましたので……」
侍「マァ黙って聞け。台座に紙が貼り付けてあった。それへ湿しめりが来たので、紙が取れた途端に、腹籠はらごもりの仏体ぶったいと思いのほか、ザラ/\と小判が五十枚出た」
清「エーッ」
侍「ソレこの通り金が出た。仏像を売り払う位では定めし先方も貧しく暮しておる者であろう」
清「ヘエ左様でございます。至って御貧乏様で、御可哀想に存じて私が二百文置いて預かって参りましたのを、此方様こちらさまで三百に買って下さいましたから、五十ずつの利分りわけをする事になっております。ぐにそれを持って参ればようございましたが、あれから風邪をきまして、七八日ななようか臥せっておりまして、ヘエ、それために彼方あちらへまだ利分けの銭を持って参りませんが、誠に大層な御貧乏でいらっしゃいます」
侍「ウーム、何者だな」
清「ヘエ御浪人のようでございます」
侍「ハァ御浪々中か」
清「ヘエ買えないと一旦御断りを致しましたが、決して胡乱うろんな者ではない。千代田卜齋ぼくさいと言って、午前ひるまえ小児こども瘡毒そうどくを教えて、午後ひるごには芝の切り通しへ出て梅毒をやるとか仰いましたから、多分かさの御医者でございましょう」
侍「ナニ小児こどもに瘡毒を教える。ア、素読そどくの指南でもなさるのか」
清「ヘエ左様でございます」
侍「切り通しで梅毒をやる、売卜ばいぼくじゃな」
清「アヽそう/\、売卜でございます。貧乏ながら米薪炭は寺子のほうから贈ってくれるが、他の小遣いは売卜の方で稼いでいる。ところが風邪をいたり、雨が降ったりして、売卜に出られないため小遣いに困るから、二百に買ってくれろというんで、よんどころなく買った訳なんでございます」
侍「アヽそれは御気の毒千万、早速これをばその千代田卜齋と言う浪士に届けてくれるように」
清「ヘエどうも恐れ入ります。私も正直清兵衛と人に言われております者、貴所あなた様のような潔白な御方へお売り申したのが僥倖しあわせ、早速これから御届け申したら、先様でもどんなに御喜びか知れません」
侍「ウム早く届けてくれ、仏は三百で求めたが、中の金までは買わんのであるから、失礼ながらこれは貴所あなたの方へ御受け取り下さるようにとこういってくれろ」
清「ヘエ、そう申し上げたら御受け取りになるでございましょう。御渡し申したら、受取書を取って参りますが、此方こちら様の御名前は……」
侍「イヤ、名前なぞは言わんでもいい」
清「しかし堅い御方でございますから、お名前を申し上げませんでは、御受け取りになりますまい」
侍「それでは細川の家来とばかりでも何だから申し聞けるが、高木佐太夫さだゆうと言う」
清「高木佐太夫様、よろしゅうございます。大急ぎで行って参りますから、どうぞ御邪魔でも籠を此処ここへお置きなすって……き行って参ります」
 と屑屋は自分の事のように喜んで、西應寺前へやって参りました。
清「ヘエ御免下さい」
娘「ハイ、アノ屑屋が参りました」
卜「ア、そうか、まだ紙屑は溜まらんであったな。こないだの借りがあるが」
清「イエそんなどころじゃァございません。先達せんだってアノ仏様を持って参りましたら、細川様の御家来で、まだお若うございますが、立派な方で、三百文に買って下さいました。その儲けの御割おわりを持参するのが、ツイ風邪をて休んでおりましたために、遅れまして相済みません」
卜「イヤモウ彼品あれは二百銅でお前に売ってわしの方の手は切れているのだから……」
清「ところが旦那様、それどころじゃァございません。その御武家様があまりすすけているからというので、あの仏様をお洗いになりました」
卜「ウム」
清「スルとその台座の紙が剥がれると、ザラ/\と出たのが小判で五十両といふ大金でございます」
卜「ハヽ左様か。それが如何いかが致した」
清「この御武家様は高木佐太夫様と仰る方で、仏は三百で買ったが、中の金までは買わんから、先方へ届けろと言うんで、偉い方じゃァございませんか。私も正直者と言われる人間でございますが、これには驚きました。それからマァ早くお喜ばせ申そうと存じまして、ぐにこれへ持参しました。どうぞ御納め下すって、ちょっと仮に御受取書を一つ……」
卜「マァ待て、この金をどうすると……」
清「イエ仏は三百で買ったが、中の金までは買わんから、先方へ返せと言うんで」
卜「イヤ此方このほうは二百銅で手が切れた。その仏の中から金が出たからと言って、私がこれを受け取る事は出来ん。実は先祖より持ち伝えた品には相違ないが、すでに私の手を離れた上は、金も私の物ではない」
清「貴所あなたそれは分らないじゃァございませんか。失礼ながら御見受け申せば、御嬢様だって御妙齢おとしごろでこういう衣類きものを着たいとか、こういう帯を締めたいとかおぼし召しの起こるのが当然あたりまえ、それを申すも失礼ながら、御服装おみなりだってあまり綺麗じゃァございません。燻ぶっていらっしゃる所で、五十両という大金が入りましたら、何も不正の金じゃァございやせんから、これで召物めしものの一つも……」
卜「黙れ」
清「ヘエ」
卜「たとえ如何いかに窮しても、千代田卜齋違った事は大嫌いだ」
清「イエ違ってはおりません。確かにあの仏様から出たのでございます」
卜「それは先祖が入れ置いたのであろうが、長く所持しておってそれを知らず。窮すればとて売り払ったのがすでに此方このほうの心得違い、その罪によっても金はわしに授からん訳だ。高木うじが求めてその日ただちに仏体ぶったいより五十金出るというのは、天から高木氏へ授けられた金だから、どうか其方そちへ御受納下さいと言って、届けてくれ。わしは天理に背く事は嫌いだ」
清「ヘエ、それはマァ貴所あなたの御言葉は御立派でございますけれども、失礼ながら正直も馬鹿正直はつまりません」
卜「何が馬鹿正直だ。無礼を申すと捨て置かんぞ。娘、刀を出せ……」
 屑屋は驚いて、其所そこへ置いた金を懐へさらい込んで細川様の御屋敷へ引き返して来て
清「ヘエ行って参りました」
佐「ヤッ、大きに御苦労であった。どう致した、御浪士もさぞ喜んだであろうな」
清「ところが喜ぶどころではございません。是々これこれ斯々かくかく
佐「ウーム分からん奴じゃな」
清「ヘエ分からん奴でございます。どうぞこれは何でございます。貴所あなたに授かったのだと売卜者うらないしゃが言うんでございますから間違いございません。貴所あなたの方へお御納めを願います」
佐「それはいかん。ぜん申した通り、仏は三百で求めたが、中の金までは買わんから返すというのが分からんか」
清「それは言ったんでございますが、先祖から伝わっていた物を売った罪でも、おれの手には入らない、高木さんという御方が買ってぐにその金が出るというのは、天から授かったのだと言うので、それを貴所あなたが御納めにならないという事はございません。天下の通用金をそんなに荷厄介にやっかいにしないでも、これだけあれば随分美味うまい物も食べられたり、結構の物も買えます」
佐「黙れ。何と申しても高木佐太夫は曲った事は大嫌いだ。今一遍持って行って置いて参れ」
清「けれども先方様さきさまでも天理てんりに背く事は嫌いだと言うんで」
佐「グズ/\致すと手は見せんぞ」
清「へエ参ります/\……。アヽ驚いた。酷い目に遇うものだ」
 と飛び出して行ったが、どうしても千代田卜齋受け取りません。また屑屋も正直、途中でその金を瞞着ごまかすような事は致しません。家主いえぬし太兵衛の所へ来て、
清「さて家主おおやさん是々これこれ
 と話をすると家主いえぬしも喜んで、
太「アヽ面白い事があるものだ。俺は町内で口利きとまで言われているが、これまでこんな口を利いた事がない。一つ御武家同士の間へ入って扱って見よう」
 とこの家主が双方を説いて五十両の内二十両ずつ分け、屑屋の清兵衛へ十両遣るという事にしたら如何いかがでございましょうと言う。高木佐太夫は承知を致したが、千代田卜齋どうしても天から授からん金を受ける事は出来んと言うので家主おおやさんも困って、
太「夫それじゃァ先生、砕けてお話を致しますが、百両のかた編笠あみがさ一蓋いっかいという事がありますから、何かおあげなすったらようございましょう。高木さんもそういう潔白の御方にあやかりたいと仰っていらっしゃいますから、たとえ手拭い一本でも、先生の御手触れた物をおあげなすって、これを二十両に売ったと思し召したら差し支えございますまい」
卜「成程、百両のかたに編笠一蓋、御家主の言う所、面白い。それではここに茶碗が一つある。何だか分からんが、親父おやじから譲られたので、余程古物のようだ。湯呑にも薬茶碗にもこれ一つ。朝暮手あけくれてに触れておる。これを二十両受ける返礼として差し上げよう」
太「それは誠に結構」
 と家主が万事計らって、双方二十両ずつ、屑屋へ十両遣わし、まず五十両の金の納まりはこれで着いた。サァこれが細川様の家中一般の評判になり、高木も偉いが千代田卜齋ぼくさいという浪士も偉いと盛んに噂をするのが、何時いつか殿様の御耳に入って、その正直者の使っておった茶碗というのを見たいと言う鶴の一声。早速佐太夫欝金うこんの切れか何かへ包んで、御前へ持って出ると、もとより細川様へは種々いろいろ鑑定家めききなども沢山御出入りを致しますから、これへ見せると、日本に二つしかない、井戸の茶碗という名器であるという鑑定。それでは予が欲しいと仰って、この茶碗が御手許へ留って二百両という御金が佐太夫に下りました。
佐「サァ良助弱った事が出来た。あの茶碗が大層な名器だそうで、殿様の御手許へ留って二百両という大金が下った。きさま屑屋のうちを知っているか」
良「ヘエ、今度は知っております」
佐「呼んで来てくれ」
 屑屋は何事かと思って、
清「エー只今御使いでございましたが……」
佐「屑屋、此方こっちへ上がれ」
清「ヘエ何ぞ御用で……」
佐「あの茶碗な」
清「ヘエ、きずでもございましたか」
佐「イヤかみが見たいと言う仰せで、御覧に入れた所が、正直者の扱った茶碗であるから欲しいとまで仰せの所へ、鑑定家めききが参って、大層結構の茶碗だと申し上げたので二百両という大金をお下げになった」
清「オヤ/\、五十両でさえあの騒ぎ。今度は何様どんな事になりましょう」
佐「どうもこれをわしが一人で納めるのは心苦しい。先例にならって半分ずつ、百両卜齋先生に取って貰い、わしが百両納め、てまえへの礼は双方の心任せという事に、一つ御苦労だが話をして来てくれ」
清「ヘエよろしゅうございます。モウ無茶苦茶に刀なんぞ持ち出しゃァしますまいから行って参ります……どうもいい時にはいいもんだ。自然と金がいて出るようなものだ。しかしあの御浪人は御貧乏はしているけれども、良い物を持っておいでなさる。元の御身分がこれで分かる、お嬢さんも今は燻ぶってるが、磨き上げたら大した者になるだろう。……へエ御免下さいまし」
娘「アノ屑屋が参りました」
卜「アヽ屑屋さんか。こないだは種々いろいろと骨折りに預かった。今日きょうは幾らか屑も溜まっていると思ったが……」
清「イエ今日こんちはまた商売でございませんので……」
卜「ハァ何か御用か」
清「ヘエ、お嬢さん何卒どうぞ少し其処そこを開けて戴きとうございます。イザというと逃げ出さなければなりませんから」
卜「何だな様子がおかしいが」
清「ヘエこないだのお茶碗でございますな」
卜「ウム、如何いかが致した」
清「ヘエ、細川様の殿様が見たいと言う仰せで、高木さんが御覧にお入れなすった所、何とかいう貴い茶碗だそうで、二百両で御買上げになりました」
卜「それが如何いかが致した」
清「高木さんが仰るには、これも先例に倣って百両ずつ分けるとこう言うんでございます」
卜「ハァ、先例に倣って百両ずつ……イヤ、それは頂戴致そう」
清「ヘエ、御受け下さいますか、有難う存じます。お嬢さんモウお閉め下すってもよろしゅうございます。わたくしもこれで安心致しました」
卜「重ね/″\結構の事を承って誠に喜ばしい。屑屋どの、幸いわしもこの度身の明かりが立って、故主こしゅ帰参きさんする事になった」
清「それはどうも結構でございます」
卜「しかし高木うじは、御年は若いようだが、感心な御方だな」
清「ヘエ先方でも貴所あなたの事をめていらっしゃいます」
卜「御独身か」
清「ヘエ」
卜「御独身か」
清「ヘエ、御得心おとくしんで、百両ずつ先例に倣って……」
卜「イヤ御独身であるか、奥さんがあるか」
清「イエ、良助さんという田舎者の奴さんが一人働いております。これと二人きりで……」
卜「それでは奥さんは無いな。ついててまえに一つ骨折りを頼みたい。御独身ならば橋渡しをしてくれんか……」
清「ヘエ橋渡しと申しますと」
卜「イヤ、てまえが心易いを幸い不束ふつつかながら娘ゆき、今年十七歳に相成るが、御都合に依って婚礼は急がん。ただ御約束だけでもよろしい。御承引ごしょういん下さるまいか、てまえどうか世話をして貰いたいものだが」
清「ハァ成程」
卜「さすればこの金を以ってとにかく結納を取り交し、なお婚礼には如何いかに窮しておるとも相当の支度を致し、見らるる通り、かれもくすぶらしてはあれど、また何とかつくらせたなら、十人並にもならうかと思うに依って……」
清「ヘエ/\、これは誠に結構な御話でございますが、お嬢様はその何でございます……」
卜「不釣合いかな」
清「イエナニ、あまりお磨きになると、また騒動が持ち上がります」





底本:名作落語全集・第一巻/開運長者篇
   騒人社書局・1929年発行

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