高砂や(たかさごや)
八代目春風亭柳枝
ェェ、お笑いでございます。ご縁ということォよく申しあげるんですけど、なんにでも縁というものはございますなァ。“袖すり
なかでこのいちばん、わかりませんのがご夫婦のご縁だそうでございましてなァ、これは
なかにこのまたこの、ォォ媒酌人という、たいへんなお役目でございますなァ、両方のお話をうまくまとまりをつけようッてえんですからこりゃァなかなかたいへんでございますゥ。お
「お
「そうなんですよォレコードをね、やるんですがね」
「レコードじゃァねえやな仲人だよ」
「それなんですよォ、それをあっしがやっつけるんだよ」
「そらァお目出たい話だなァ。でなにかい、お仲人てえがお仲間のお仲人か?」
「仲間ならいいんだが、それがそうでねえんだィ、
「あの孝坊ッちゃんの? へえェお
「今夜です」
「たいへんにまた早いんだねェ」
「ええ。で
「そら
「そんな物ァ自慢じゃァねえがねえんだァ」
「なァにを――自慢がいるか」
「で嬶ァのいうにゃァ『ないじゃァ済まねえ』ッてえやァン、『
「おいお婆さん怒ンなさんな――こういう馬鹿野郎だ、え?
「だかァ……(気がついて)あッはッはァ、いたねェ」
「だァれと話をしてえるんだ」
「いい物もありますか?」
「たいした物もない」
「ああそうでしょう」
「ご挨拶だなァ……まァ
「それがなんにも
「おもしろかァねえやなどうも……困ったなァどうも。まァしかし
「誰がやるんですゥ?」
「お
「駄目だァ……きまりが
「きまりの悪いことァないよ」
「なン――
「口説くんじゃァないんだよォ、三三九度てえんだよ」
「ああそうか、さんざん口説くんだッてえからね、あっしゃァむこう行って嫁さんを口説くの――」
「ンなそんなことォしちゃァいけねえやな……仲人が嫁さん口説いたらしまりがつかないじゃないか。まァ、深いことは知らんが花嫁花婿お仲人、三人で三杯ずつ
「“
「ああいちばんいけねえ」
「じゃァ
「泊らなくったっていいやなァ、
「ははァじゃ『この辺でずらかろう』てン――」
「“ずらかる”てえなァない、『お
「なる程ねェ、表ェ出るときが、門を
「『おつぼみ』ッてえなねえ……それからご祝儀を
「ご祝儀ィ? もらうんでしょ?」
「よくばっちゃァいけねえ、お
「ご祝儀をォ? こりゃァ入費がかかるねこりゃァ……じゃァこのォ、百円ぐらい包ンで働きの
「やその祝儀ではない、お
「ああそうですかァ、(口三味線で)ちゃんちゃんちゃんッてあれでしょう?」
「それは芸者衆のつけるご祝儀。そうではない“高砂や”だよォ」
「あ“高砂や”かァ」
「知ってえるのかよォ?」
「知らねえんだよォ――」
「変な挨拶をするな。
「おいくらぐらいで決めるン?」
「値段を決めるんじゃァないんだよ、体の位置を決めるン。
「お
「お櫃じゃァないン、
「はァァ
「そんなに見なくったっていいんだよ。あたしゃァ本当に稽古をしたんじゃァない――
「ああそうでしょう」
「ご挨拶だなァどうも……エヘン(と大きく咳払いをする)」
「(吹き出して)うふッ……ふさがってますよ」
「便所ィ入ってるんじゃァねえ――なァにをいってやァン……(謡の調子で)♪たァかァさァごォやァァ、こォのうゥらァ舟ェにィィ、帆ォォあァげェてェェと――」
「(吹き出して)よォせやァい、いい
「だァれが恥を忘れたんだィ……お
「驚いたねェこらァどうも……都々逸じゃァいけませんか?」
「都々逸じゃいけねえなァ――」
「そうですかァ? ンな請合うんじゃなかったよこんな
「おゥ形がいいや」
「べら棒めェわけェねえやこんなもんならよォ……(大きく咳払いをして)なんてえましたっけ?」
「わけなかァねえじゃねえか……高砂やだよ――」
「あ高砂や――わ、わかった……おほほォン(と咳払いして)……たかッ(と頭のてっぺんから声を発する)」
「おいお婆さんどこ行くんだどこえ? この
「あなる程ォ……やってみると安直にいかねえねェ、下ッ腹から? ようがすゥ、あっしァ下ッ腹があるんですから……(唸るように低く)たァー……と、ね? うゥー」
「牛だねお
「あ続けるんですかァ? エヘン、ェェたかだァ……(軽く早口に)たかたかたかたかだァ……」
「なんだ
「そうすかァ? ェェたかたッ……このへんでようがすかねェ、ェェたかたァッてきますかねェ……ェェたかたァッ、ェェたかたァッたかたッたかたァッ、とんすことッとんたかたァッ……とんすことんとッとことッ――」
「お神楽だよォそれじゃァ――じれってえなァ。高砂と続けるんだ」
「高砂とねェ……(軽い調子で)ェェ高砂ォッときますかねェ、ェェ高砂ォ、ェェ高砂ォ、ェェ高砂ォ、柴又は
「
「ええ。あの
「(手を打って)うまいッ! その調子でいいんだよ――」
「そうですか――
「おお上等だなァ」
「そうですかァ……おおふうい」
「それでいいんだよォ」
「おおふうい」
「豆腐ィばかりじゃァしょうがねえや」
「そォですかァ……(豆腐の売声で)生あげェがんもォどき、焼きたァて焼豆腐、
「余計なことォいうな……つまりその調子で高砂やをやるんだ――」
「あこれでねェ、あなる程ねェ、ようがした――わかります……おおふういッとくらァ」
「そのやるときにそのォ、天秤棒肩にあてがっちゃァいけない――」
「えィようがす、ェェまァ稽古中ですからこれェやんないとね、調子が出てェこねえんだよ……おおふういッと、ね? これで高砂でしょ? たかッ(と声がとまってしまう首をひねって)……おおふういッとォ、たかッ、たかッ……とおォふうい……たかァふうい」
「たかふいてえなァないよ……高砂やだよ」
「ああそうですか……とおォふういとくらァ、たかァさァごォやでござい――」
「売りに来ちゃァまずいなァ。高砂やで切るんだァ」
「そうですかァ……おおふういとくらァ、たかァさァごォやァときやすねェ、このうゥらァ舟ェに――」
「うまいうまい――帆をあげだァ」
「やァ(節をつけて)帆をあァげがァんもどきィ……」
「あしょうがねえやこらァどうも……がんもどきァ余計だ。まァその調子で胡麻化しなさい」
「ええ、こいでようがす。なんとかうまくゥ胡麻化してきますから」
「そうか。おかみさんの衣裳はあるか?
と、夫婦、盛装を凝らしまして先方へ。
「は、早くしなよ――なにを? ご祝儀ィ? わかってるよ――おおふゥいとくらァ黙ってろォい。どう考ィても
「おい誰だァおい火事じゃァないよ……なァんだお仲人さんじゃァないかおい……変なことォいっちゃァいけない――さ、ご親戚のかたにィ、ご挨拶を」
「わかってるよォ、ご親戚のかたァ――みんな? 全部? たいしたもんですねェどうも、おッそろしい来てやァんなまたどうも。(声を張って)えィ今晩はァッ、あっしが仲人なんでござい。いえェたいしたもんじゃァねえんでござんすえィ、まァなんでもやれてえからまァ死ンだ気ンなってやっつけま――(女房に突っつかれて)え?……あそうか、まァ一生懸命ンなってやっつけますんでねェ、またどォも、今晩はご
「お仲人今晩はご苦労さまでございます、つきましてはお
「(声を張って)お謡を――」
「よォッ、待ってました……ご祝儀でしょ? お謡、高砂やでしょ?」
「そう」
「それやらないとこっちァもう酒もおちおち飲めねえんだよ、いえわかってますよ。いままでァ
「悪くなんざァ思やァしません――よろしくどうぞお願いします」
「(咳払いをして)……目八分を見るン、ね? いいのか?」
「ェェどうぞご遠慮なくお願いをいたしますゥ」
「(天井を見つめて声を出そうとするが、声が出てこない。口を開けてぱくぱくする。かすかに力なく、ささやくように)たかァさごォや……たかァさごォや……」
「ご遠慮なく大きな声を願いたいんでござんすが……」
「いま調子を調べてんだ――ンなはじめっから大きな
「息がもるようでございますけど、横ッ
「なにィいやがんでェこん畜生めェ……(突拍子もなく高い調子で)たかァッ……(豆腐の売声を思い出して)うふッ、これこれ、そうそうすっかり忘れちゃった。おォふゥい――」
「こりゃァどうも……こりゃァお
「これせえありやァこっちのもんだァ……黙ってくれェい。調子の出どこがわからねえもんだからな。たかァさごォやァッとくらァ、このォうゥらァ
「(吹き出して)こらァどうも結構でございました。つきましては親戚一同、みな不調法者でございますが、おそれいりますが続いておあとを願いたいんですが――」
「えッ? みんな不調法――ここに揃ってるのがこれこれ全部?
「もうそこァ一遍伺いましてございます。続いておあとを――」
「(べそをかいて)たかァさごォやァ、この浦ァ舟に帆をあげて」
「帆は、あげっぱなしではまことに困るんでございァすけども」
「(べそをかいて)高ァ砂ォやァ、(泣き出して)この浦ァ舟ェに帆をさげて――」
「さ、さ、さ――さげちゃァ駄目ですよォ」
「じゃァまたあァげたァ」
「なんだいこりゃァどうも……しょうがねえなァどうも」
「(小声で)なにいってんだよこの
「え?」
「節をつけるんだよ」
「そうはいかないよ――(泣き出して)高ァさァごォやァ――いま節をつけて胡麻化しますよ驚いたねェこらァどうも……高ァさァごォやァ……(順礼歌になって)たァァかァァ(泣いて)あッはッはッ、さァごォやァァこォォのォォ浦ァァ、ふゥねェにィィ帆をォあァげェてェッ」
たら親戚一同が
「(節つけ)婚礼にご容赦ァ〔順礼にご報謝〕」