山号寺号(さんごうじごう)
八代目春風亭柳枝
ェェご機嫌よろしゅうございます。お馴染のお笑いで御免を頂戴いたします。もう落語というものは、どこまでもお客さまにお
これは、或るお方がな、ゥゥ
「源ちゃん聞きましたかい? あの、あたま山の桜てえなァ」
「珍しいですねェ、いい花が咲いてるそうですがね」
「どうです、お花見に行きやしょう」
「結構ですね」
なァんてんで、みいんなお花見に参ります。なかにゃ一杯飲ンで、踊りをおどる、喧嘩をする……なんてんで『
「勝ッちゃん聞きましたかいな? あたまが池の……」
「ええ、きのう寅ちゃんが行ってこんな
「ひとつ出かけやしょうか」
「行きやしょう」
なァんてんで、
面白いじゃございませんか、『自分の頭へ自分で身を投げた』てえのが、これが落ちなんです……こういう
よく私、小僧時代に師匠から小言を言われました。
「いくら噺が
とよく叱られたもんです。この落ちというものが、いちばん肝心でございますんで……落ちにもいろいろ種類がございます。考え落ち、拍子落ち、見立て落ち、間抜け落ち、地口落ち……いろいろこの落ちの数がたくさんにございますんで……なかにこの、考え落ちてえのがございますんで……これはお客さまがお聞きあそばして、ちょっとお判りにくいんでございます。お家へ帰って、ようゥく考えて、『ああ、あれが落ちか』なんてことが判ると、まあずいぶん、まどろっこしい話があったもんでございますが……ま、昔はこういう噺をしていたんだと、ひとつお土産に申しあげることにいたしますが、これは昔の噺でございます……。
「あ、少々お待ちを……旦那さま、ご印籠が……」
「おお、身共の粗相か。千万
「ついでにお仕度はいかがかな?」
……これが落ちなんですが……『お仕度はいかがかな?』てえのが落ちなんで……これはどういう訳かと申しますてえと、印籠というものは腰に下げるものですな、これが落ちたという原因は帯が緩ンだんです。その源はてえとお腹が減ったんです。
もうひとつこの考え落ちを申しあげますが、これもずいぶん回りくどい落ちでございますんで……。
「えらい風だね、
「うゥん、こういうときにゃ瀬戸物屋をすると儲かるよ」
……これが落ちでございます。『瀬戸物屋をして儲かる』てえのが落ちなんです。これは、えらい風で表を歩いていらっしゃるお方の、眼の中へ
でまた、これと反対に、とんとん落ちてえのがございますんで……これは(声を大きく張って)『とォんとおォん』といって落ちが着いちまう、これを、とんとん落ちと言います。どうかするてえと、この落ちを聞き
「少々うかがいますが……」
「はい、何ですゥ?」
「あのゥ……
「あ、金毘羅の縁日ですか、
「は、どうもありがとう存じます……」
「(奥から出てきて)これこれ、いまお前、何をお教えした? うん、金毘羅の縁日を訊かれたようだが、うん何? 五日に六日と……莫迦、なぜ間違ったことをお教えをする。どなたでも知っていらっしゃることじゃないか、金毘羅さまは
「どこの人だか判らないから構いません」
「そんなことはありません、間違ったことをお教えするということは、非常に悪いことです、はやく行ってお教えなおしなさい、『いま間違っておりました、九日・十日でございます』と。はやく行きなさい」
「(駈け出しながら)旦那ときたら物堅ェんだからなどうも……どこの人だか判りやしねえじゃねえか、構やしねえんだよ、
「(振り向いて)
「九日・十日」
……これがその、とんとん落ちなんで……『五日・六日』『七日・八日』『九日・十日』で落ちが着きますんで……こういう具合にこの、落ちというもんにもいろいろこの種類がございますので……とんとん落ち、これのひとつお長いのを申しあげることに致します。
商売となりますると、何がやさしいてえご稼業てえものはございませんな。何でもむずかしいもので、その
芸人という商売がどっさりございますな。いろいろな芸能人がおります、なかでもっていちばんむずかしいのが
「えへん……」
お客さまが咳はらいをあそばす。
「へい、ェェ旦那さま、こちらに
なんて、すぐに出さなくちゃいけないン……顔の色が悪いなと思ったらば、すぐに医者へ飛ンで参ります。先生が参りまして、お脈をとり、ちょっと首をかしげたら、すぐに葬儀社へ……なァんてなくったっていいんだよ。……これは行き過ぎでございますが、幇間、たいこもち、大変にむつかしい商売でございます。そのかわりに、頭が働けば、こんなお宝になる営業はないんでございますが……。
「
「おや、若旦那、珍しいところでお目にかかりやしたねェ、
「(あたりをはばかり口を押えて)しいッ……しいッ」
「(気づかず)いや、あの女の子は……」
「しいッ」
「あの婦人……」
「しいッ、しいッ」
「(怪訝そうに)子供が
「子供が手水をする? だからお前はいけない、べらべらべらべらお喋りをして……え?
「え?」
「周囲に気をつける」
「あたりに火を?」
「火をつけるんじゃ……気をつける」
「(見まわして)誰もいません」
「もっと眼を下のほうへやってごらん」
「眼を下に……(と次第に眼線を下げて)こりゃこりゃこりゃこりゃこりゃこりゃ、可愛らしい小僧さんで、今日は監視つきですな、たはッどうも、
「あまり天気がいいので、久し振りに
「えらくなりやして、あなたもご信心家ィなりやしたな、じゃァ
「いやそういうとこィ行かないソ、あたしは
「だから
「(大声で)いや
「(負けじと)だから
「お前は強情だね、あたしァ
「なァんですねェ若旦那のお言葉とも似合いません、これはね、
「これァ畏れ入ったね、さすがァ芸人だ、一本参った、なるほど、頭を下げましょう、へえェ(と感心して)、山号寺号、どこにでもあるか?」
「ええ、どこにでもある」
「そう、ここは下谷の
「え?……(戸惑って)ここには……」
「お前、いま何と言った? どこにでもあると言ったろ、さァお前も芸人、たいこもち、いったん言い出したんだ、探しなさい。あたしは無理を言う、
「待ってくださいよ、大変な芸人だな、こりゃどうも……何ですか? 山号寺号がひとつでもって百円、なければ
「
「あなたに
「なに、あった?」
「山号寺号ィなりゃいいんでしょ?」
「なればいいが、どこに……」
「(前方を
「どうして?」
「お
「(きょとんとして考え、咳く)お内儀さん拭き掃除か……やったなこりゃア」
「(手を出して)どうです、下さい」
「なるほど、さすがは芸人だ、
「(頂戴して)ありがとう存じます、これで首は
「ああ、あたしも男だ、言い出したんだ、
「冗談言っちゃいけねえ、ここであッしァお小遣いぐっと稼ぎますからね……(見廻して)ええと、どッかに山号ゥ寺号ゥ……(歌いかけて急に止めて)大将、またありました」
「どこに?」
「向うをごらんなさい、乳母車へ赤ン坊を乗っけて押してきたお年寄がいるでしょう、あれですよ、
「ははァ、あるもんだねこりゃアどうも……
「ありがとう存じやす……ええと、もっとどッかに……あ、ちょっと若旦那、またありました」
「またあったか……どこに?」
「向うをごらんなさい、え? 看護婦さん赤十字てえン……」
「(情なさそうな声で)看護婦さん赤十字か、これァえらいこと言ったね、こりゃどうも……あるもんですね、やっぱりこりゃどうも……(金を出し)じゃ遣るよ」
「ありがとう存じやす……ええと、もっとどッかに、山号ゥ寺号が……とッ、大将、またありました」
「どこに?」
「向うごらんなさい、自動車屋さんガレージてえン……」
「なるほどね……自動車屋さんガレージか、うゥありますね、こりゃどうも、遣るよ」
「ありがとう存じます……ええと、もっとどッかに……よッと、むこうをごらんなさい、ねえ? (節をつけて)時計屋さんいま
「ひどいのがありましたねェ、時計屋さんいま何時はひどいね、こりゃどうも」
「(手を出し)下さい」
「遣らないとは言わないよ、なるほど、あるもんですね、こりゃどうも、時計屋さんいま何時か……とるよ」
「へい、ありがとう存じます、ええと……そのお隣りをごらんなさい、洋服屋さん紺サアジてえン……」
「なるほどね……仕様がねえや(と金を出し)、えらいこと言っちゃったよ、こりゃどうも……じゃ遣るよ」
「ありがとう存じます……ちょっと向うの
「仕様がねえや、こりゃどうも……じゃ遣るよ」
「ありがとう存じます……そのお隣りをごらんなさい、どうです、
「なァんだィ、こりゃどうも……遣るよ」
「へいありがとう存じます……ちょっと向うをごらんなさい、お医者さん
「汚ねえなァ……
「でも下さい」
「遣らないとは言わないよ、でも驚いたねこりゃどうも……遣るよ」
「へいありがとう存じます……ええ、こんどはぐッと綺麗にいきやしょう、俳優でいこうじゃありませんか、どうです、高島屋さん左団次てえン」
「
「へ、ありがとう存じますゥ……ゥおなじく小団次」
「おなじくなんてのは駄目だよ」
「みんな貰おうとは言わねえ、せめて半分だけ……」
「そんなのがあるか……お前の
「へい、懐がいっぱいで……(着物の上から撫でて)こごむとき困りますな」
「おや、紙入れが軽くなっちゃった……こんど、あたしがやろう、遣った
「若旦那が? よッ
「うん、だいぶあるな……(わし掴みにして)これをぐッと懐へ入れまして……」
「(ふくれて)面白くないな……(声を張って)そこィなんばか……」
「いや、そんなこと言わないよ、ぐッとお尻を端折ります」
「だいぶ手数がかかりますなァ」
「こうしておいて(急に駈け出し)、
「(がっかりして)ああ、南無三仕損じ」
……失礼を致しました……。