お
「へい、毎度ありがとう存じます」
「どうも、毎度ご用命ありがとうございます。このところちっともご用命がございません、何か
と、出されますてえと、これ、買わなくてもいい物でも、買いたくなるン……これがお世辞ひとつなんです。
ところが、ただ一つだけ、お世辞の大変に難しいご商売がございます……これはお
『愛想に、
涙のひとつもこぼすてえと、輿屋さん―葬儀社、お世辞でございます。
「(哀れっぽく)まァご
なァんてんで、一緒に泣いてあげる。これがつまり葬儀社のお世辞でございます。これを普通のお
「(世辞笑いを浮かべて)どうも毎度ありがとうごァい、この頃ちっともご用命がございませんで、心配を致しておりましたんで……
殴られちゃう……目茶々々になっちゃう。ですからこの、口の利き様てえのは難しいもので……。
「(煙管を構えて)お前ぐらい不作法な男はないな」
「へえ」
「へえではないぞ……お前さんは町内の人気者。がしかし口に
「(笑って、ぽんと手を打ち)へッ、お前さん顔は
「それが余計なんだよ」
「どうも済ィません。じゃ済みませんがその扇を拝借」
「(差し出して)はい、お使いなさい」
「(手に取って)これがないと、いまみたいに上手くいかないんです……じゃ出直しだ……(と四角に構えて)ええ、ときにあなたは、お幾つで?」
「何を言ってやがる……私はいまも言った通り、五十だ」
「(大仰に驚き)あァら、あなたは五十ゥ? それはそれは(扇子で膝を叩き)……して、お若く見える、どう見ても四十そこそこ……どうだ、嬉しいか? 一杯飲ますか?」
「何を言ッ……いまさら私がそれを本気で受けられるか。うっかりしている人のところで
「だって五十の人がどこにうっかりしているか判らねえ」
「何も五十に限ったことはない。四十は四十、三十は三十、
「じゃ仮りにここで四十の人に会う……『お若く見えます、どう見ましても三十そこそこ』……」
「まあ、そんな呼吸だ」
「わけねえや……三十の人に会う、『お若く見えます、
「よく喋るねェお前は……一つの人てえのがあるか。一つや二つはこれ赤ちゃん。これは親御さんを喜ばせなくっちゃいけない。当人は感じないよ。ま、仮りにここに子供がいるとする。『このお子さんはあなたのお子さん? へえェ、いいお子さまだ、こんな良いお子さんがおいでになろうとは気がつかなかったが、いらした。親に似ぬ子は鬼ッ子てえことが言ってございますが、似ないどころではございません、ご両親によゥく似ていらっしゃる。額のあたり、
「(手を打って感心して)なァある……どゥありがとうございァすどうも済ィませんね。じゃ済ィません、この扇を拝借します」
「扇子を持ってどッか行くのか?」
「誉めて一杯飲ンできます」
「何も急に思い立って行くことはないやな。せっかく来たんだ、お茶でも入れますから……」
「いえ、お茶よかお酒のほうがいいんですよ。またあとで来て、ゆっくりご馳走になりやすから……さいならッ(威勢よく飛び出して歩き出し)うッ、こうなるとお茶なんぞ飲ンじゃいられませんよ、ねえ、あすこィ行くと人間が利口になるから面白いねェ。
「いよおゥ、どうしたィ、町内の色男」
「(先手を打たれていやになり)……こりゃ、むこうのほうが
「なにをゥ?」
「暫く……」
「何を言ってやン。暫くですッておめえ、今朝、湯で会ったじゃねえか」
「あァ、悪いとこで会ったなどうも。湯ィ行かなきゃよかったなァ……あれからこっち暫く……」
「何を言ってやン」
「ときに源ちゃん、あなたお幾つ?」
「いやな野郎だな、往来で齢なんぞ聞きやがって。おめえ知ってッだろう、俺は今年、
「あらッ、あなた百ですか?」
「百じゃねえ。俺が百のわけねえじゃねえか、どう考えたって……厄だよ」
「やくゥ?……
「男の子の厄は四十二だ」
「四十二か……これァ具合が悪い。四十なら四十、いっそ五十なら五十とくらァ。四十二とは、悪い年廻りだねェ」
「年廻りが悪いから、これを厄てえんだ」
「おめえ、ちょいと五十にならねえか?」
「冗談言っちゃいけない。人間は幾つになっても、齢は若く言いたいものだ」
「(声を張り)あそうそうそうそう、それよく知ってるんだよすぐ若くするんだよ、私の顔を立てて、五十ゥなってくれ」
「変な野郎だな、こいつは……じゃ私は今年五十だ」
「(得たりやおうと)あら、あなたは五十、へえェ、それはそれは……(膝を叩き)して、いやお若く見える。どうしても四十そこそこ……(のぞき込んで)どうだ、嬉しいか、一杯飲ますか?」
「何を言ってやン……四十二だから当りめえじゃねえか、四十そこそこなら。嬉しくなんてあらァしねえやな」
「(がっくりして)それァ具合が悪いんだ。どうだ一杯飲ませろ」
「(怒って)何言やんでェ、こん畜生。殴るぞ」
「さいなら……(逃げ出し)あん畜生、飲ませねえで殴るッてやがった。大変な違いだね、こりゃァ……
「(上手奥へ)おい、変な野郎が入って来やがったぜおい……(向き直って)弱っているんじゃねえ、俺ンところのは祝ってるんだ」
「あそうだ、お前ンところは祝ってるんだ。私ンところは百円とられて弱ってるン……」
「何を言ってやン……何も無理に貰いに行ったわけじゃねえ。あんな心配にゃ及ばなかった……」
「あそうかい、それ知らねえから持って来ちゃったン……(手を出して)じゃ返してもらおう」
「何言いやン。せっかくだから戴いとくよ……
「赤ン坊誉めて一杯ご馳走になろうと思ってよ」
「なァにも誉めたから誉めないからてえわけじゃねえ。今日はお祝いだよ、うんとご馳走すらァ。飲ンでっておくれ。坊の顔を見てやっつくれェ、可愛い顔をしてるぞ」
「ほィきた、見るは法楽、見らるるは因果てえからね。なにしろ百円、木戸銭が払ってあるんだから……(進み出て赤ん坊を覗き込んで)こりゃ因果ッ子だな、こりゃ。大ゥきな子を生ンじやったねェ」
「驚いてやがる。みィんな来ちゃびっくりするんだ。大きいだろう?……」
「大きいやこりゃ。ふやけちゃってる……お婆ちゃんにそっくりだね」
「みィんな来ちゃ、そゥ言ってくれるんだ。お婆ちゃんによく似てるッてなァ」
「よく似てるッて、大変に顔に
「何を言ってやン……(確めて)馬鹿、そりゃお婆さんが昼寝してるんだそりゃァ」
「え? ああ、
「馬鹿だねあいつァ。赤ン坊とお婆さんと間違ェてやァる。理屈を考えてみなさい、そんな子供を生むわけねえじゃねえか、化物じゃあるめえし……落着きなよお前、そそっかしいんだから(あわてて手で制して)、おッと、踏むといけない踏むといけないよ。お袋と一緒に寝てッだろお袋と一緒に……そ、それそれが赤ン坊だ」
「(きょろきょろ探して)へお袋と一緒に……お、
「生きてるんだよそりゃァ」
「ずいぶん赤い顔してるね」
「赤ン坊てえんでなァ」
「いっぺん
「蛸じゃないんですから……」
「これ、手足はあるの?」
「あるよゥ、見つくれェ」
「そうか、とっとっとっとィ(とまさぐって)、おゥう可愛い手が出てきやんな。
「赤ン坊はみんな握ってるんだ」
「
「ありがとう、よく言ってくれた。口の利き様は難しい。たった一言、お前が
「見えるとも。可愛い手をしてやァる。(突如、ぶっきらぼうに)けれども竹さん、この子は末には
「(怒って)だから何も言うなッて、そう言ってるじゃねえか……碌な者にはならねえッて判るかァ?」
「判るともおめえ、こんな小せえ時分から、あたいの百円とりやかった」
「止せェ……俺返すよ、いやだから」
「いやこれは冗談。お前を喜ばしてやるから、もっとこっち来いこっち来い……(と手招きして、急に改まった口調で)仮りにここに子供がいるとすらァ」
「いるとしなくったっているじゃァねえか」
「(構わず)このお子さんは、あなたのお子さん……?」
「(横を向いて)気味の悪い野郎だな……そりゃ私の子だなァ」
「こんな
「なァにを言ってやン……こんど生まれたんだよ」
「ああ、親に似ぬ子は鬼ごっこをする……」
「こんな赤ン坊が鬼ごっこするわけねえじゃねえか」
「いまはしないが、大きくなればする」
「大きくなりゃァ何でもすらァ」
「だいいち、この子は、
「
「あるかッて……躰は小さいが、お
「(拳を振上げて)何を言やんでェこん畜生め。よくそんなことが言えたもんだ。もういいから
「(落着いて)帰るもんか、まだ続きがある」
「何でェ、続きてえのァ……」
「総体を見わたしたところは、お亡くなりになったご隠居さまに、よォく似てらっしゃる」
「なァにを言やがる。ご隠居さま亡くなりゃしねえじゃねえか。お婆ちゃん、そこィ昼寝してるじゃねえか。お爺さん用足しに行ってるんじゃねえか」
「そりゃ具合が悪いなどうも……じゃそのうちじき死ぬよ」
「止せやィこん畜生め。殺しちまいやがる……」
「(改まった口調で)、ときに竹さん、このお子さんはお幾つです?」
「なァあにをゥ? これはいよいよ精神に異常があるよこれは……(笑って)赤ン坊の齢を聞いてやがる。『お幾つです?』ッてお前、生れて間がねえから、こら
「あら、このお子さん、おひとつ? へえェ、それはそれは……して、いやお若く見える」
「なァにを言やんでェ……一歳で若けりゃ幾つに見える?」
「どうしてもこれァ“ただ”ですよ」
「ただァ……」
……お馴染みのお笑いでございまして、失礼を致します……。