口入屋(くちいれや)
五代目笑福亭松鶴
ヘイ。口入屋というお噺を一席演らして頂きます。従前大阪では四月と十月が女中の出替り月でござりましたが、どちらもよう雨の降りまする時季で、この季節を前垂れ
番頭「コレ、お前等もうちっと温柔しゅう出来んか、八ヶ間敷いてどむならんがナ、役者の噂かいな、何、葉村屋が死んで惜しいてかい、お前が惜しがらいでも、仕打が惜しがってるわいナ、何じゃて、落語家の松鶴に後ろ幕をして遣り度い、出来へん出来へん、誰やこんな処へ豆の皮を撤いとくのは、ちゃんと
○「
番頭「コレそんなボロイ口があるもんかい、其方の娘、お前はどういう家が望みや」
△「あのなア小父さん、旦那はんと御寮人さんと二人限りで、御寮人さんの病身な家へ往き度いのや」
番頭「ハハア、手の足らん家で、親切に病人さんの世話がしたい、お前は何ぞ
△「イヤ小父さん
番頭「ア何と悪い奴やなア。お家横領を
×「小父さん妾いは、どんな家でも
番頭「フム、感心や、コラお家横領、
×「小父さん違う違う、小商いする家へ往たら、小遣いに不自由せえへんよってや」
番頭「ア斯奴は盗人やがな、一人として様な奴は居やがらへん」
番頭が呟いている処へ、表から十二三の丁稚、
丁稚「小父さん横町の十一屋から来たのや、別嬪の
番頭「何、別嬪の女婢やてか、
丁稚「それが今日は違ね、左様やけどなア、番頭はんに十銭貰うて別嬪の女婢さん呼で来い云うて、頼まれやへんで」
番頭「コレ
丁稚「アッ、小父さん、それ解るか」
番頭「解らいでかい、お前の顔にチャンと書いたアるがな」
丁稚「エッ。書いたアるか小父さん、誰が書きやがったんやろ(手拭を出し唾を附けて拭く)ほんならなア、今日家の杢平どんが若芽の味噌汁嫌いや云うて、揚昆布買うて来て御飯食べはったか、どうや、知ってるか」
番頭「そんな位はエラ解りや、杢平どんは若芽の味噌汁が嫌いで、揚げ昆布で御飯を食べはったやろ」
丁稚「アア小父さん、何でもよう知てるなア、
番頭「阿呆云え、其処に仰山女婢さんが居るがナ、良え娘を連れて去に」
丁稚「ホンに仰山居よるなア、そやけど皆おもろい顔ばっかりや、アアこの娘この間宅へ来て、ツマミ喰いして去なされた娘や」
番頭「コレそんな事云うもんやない」
丁稚「其処に俯向いてる人、チョット此方を向いとくなはれ。アア貴女
番頭「アア左様か
女中「それでは往て参ります」
丁稚「サア誰方も退いとくなはれや、家の女婢さんのお通りだっせ、サア退いた退いた、貴女大きに御苦労さんでおます、貴女豪い別嬪さんだすなア、私い貴女に頼みがおますね。諾いて貰えますやろか」
女中「どんな事だす」
丁稚「そやけどなア、云うて仕舞うてから嫌やや云われたら恥しいよってなア」
女中「何んな事だすいナ云うてみなはれ」
丁稚「そんなら云いますけど、恥かしいよって鳥渡この露路へ這入っとくなはれ、アノナア。わしとこの家はお朔日と、十五日に焼物が附きまんね、それが尾の処は魚屋が大きい切って来まんのや、貴女私いには屹度尾の処附けとくなはれや、アア恥かし」
女中「まア吃驚した、何やしらん思うたら、そんな事だっかいナ、宜しおます」
丁稚「女の人と一緒に歩いたら、此辺で丁稚仲間を省かれますのや、私い先に去にますよって後から来とくなはれや。此辻曲って三軒目に十一屋とした家が
番頭「エエイ。バタバタと何じゃ、使い上手とは貴様の事じゃ。道で油とって門口まで来ると、バタバタ走りくさる、何処へ往てたんや」
丁稚「アア忘れて貰うたらドモならんな、女婢さん呼びに往きましたんやがナ、貴方云うてなはったやろ、別嬪の女婢を連れて来い、本真に別嬪やったら十銭遣る云うてなはったよってに、一番
番頭「
丁稚「そら別嬪だっせ、サア十銭」
番頭「屹度別嬪に違いないか」
丁稚「決して如才はおまへん」
番頭「ア商売気になってくさる、
丁稚「サアそれがなア、後刻で貰えなんだよってにいうて、お上へ願う訳にいかず、モウ誰方はんも、此節は一切現金で戴いておりますね」
番頭「阿呆云やがれ、サア十銭遣ってコマス、それで女婢は何時来るね」
丁稚「今其処まで一緒に帰って来ましたんやけど、一足先へ御注進に来ましたんやモウ来まっせ」
番頭「何じゃ、モウ直ぐに来るのんかい、それを早う云わんかいナ、誰や今二階へ上ってるのは、藤七とんか、チョッと私の羽織持って降りてんか、イヤそれやない、此間仕立ててきたのや、行李の一番上に容れたアる、アアそれそれ憚りさん鳥渡かして、それから誰やったいな、此間夜店で鏡購うて来たのは。アア久七とんか、チョッと貸してんか、何じゃい鳥渡ぐらい、セチベンな事云うものやないわいナ、減る物やないがナ怪っ態な奴やホンマに、……失敗うた、豪う髭が伸びてるワ、こんな事なら、昨夜床屋へ往ときゃ良かった……コレ皆もっと凹んでんか、何やそんな処へヅラッと遊んで
番頭一人前へ出て見合いでもする様な気で、待っている処へ這入て来ましたのが右の女中さん、初めて来た家、恥かしいと見えて口へ袖を当てて頭とお
「アア鳥渡鳥渡……ハハハ、イヤ店の
△「猪名川土俵で逢おう」
番頭「誰じゃい。鉄ヶ嶽みたいに云やがるのは」
△「番頭はん、貴方何云うてなはんね」
番頭「女婢の給金極めてるのやがナ」
△「女婢さんなら、モウ
番頭「そんなら此処にお
△「そら杢平どんが頭から風呂敷を被って俯いていやはりますのや」
番頭「コラ杢平、何しやがんね」
杢「イヨウ番頭はん、帯も何も要りまへんよって、拾円だけ一つドガチャガ……」
番頭「阿呆云え、皆聴いてくさる、碌な事しやがらん、コレ
丁稚「番頭はん、そら私いの矢立だんがな」
番頭「何や、こら矢立か」
番頭モウ眼も見えぬ様になってよる。
女中「これは御寮人様でござりますか、初めましてお眼に掛ります、何分不束な者でござりますが宜敷うお頼み申します」
御寮人「まア、貴女が来て呉れてやったんか、オオいや、別嬪さんやこと、誰が口入屋へ往たんや、定吉お前か、成るだけ山から這い出の
丁稚「私い口入屋で云うたんだっせ。成るだけヘチャな人やないと不可んてな、そしたら小父さんが云うてました、今年は梅雨に降って土用に照たんで、何所とも女婢の出来が宜ろしゅうおますのやと」
御寮人「全でお米やがナ、此前にも鳥渡良え娘が来たら、三晩もお店が
女中「マア御寮人さん、お針の事を申されますと消え度い様に存じます、幼い時母からホンのお針の持ち方だけを習いましたので、唯モウ単物一通り、袷一通り、綿入一通り、襦袢に羽織袴、十徳鬼衣被布コート、洋服、チョッキ、ズボン、マントトンビ、パッチ、猿又、足袋、手甲、脚絆、甲掛其他針に掛かる物は網抜き、
御寮人「まアまア器用なお娘や事……アアそれから、これは無けら勤まらんというのやないけれど、マアおれば頂上と思うて尋ねるのや、というのは宅の
女中「マア御寮人さん、三味線の話が出ます度に、妾モウ穴があったら這入り度い様な気が致します、ホンの手ほどきをして貰いましただけでござりますので、唯もう地唄が百五六十と江戸歌を二百程上りましただけでござります、それからマア長唄と常盤津、義太夫、清元、端唄、大津絵、とっちりとん、伊予節、都々逸、よしこの、追分、騒ぎ唄、新内、源氏節、チョンガレ、祭文、阿呆陀羅経、又鳴物も少々噛りまして
御寮人「まア何でも能けるのや事……」
女中「若し子供衆が夜習いでも遊ばす様なれば、卒爾乍らお手本位は書かして頂きます、字はお家流仮名は菊川流でござります、算盤は四則から始めまして開
丁稚「フワーイ、番頭はん、御注ー進」
番頭「何や吃驚するがな」
丁稚「アノ女婢さんなア、豪い人だっせ、地雷火伏せて烽火揚げるや云うてまっせ、貴方今夜の
番頭「阿呆云やがれ。もっと聴いて来い」
御寮人「まアそんなお娘に居て貰うたら私も安心やワ、それで貴方の生れは何処やね……」
女中「私は、アノ京都の生れでござります」
御寮人「良え処で生れてやったんやナ、京は何処や」
女中「寺町の満寿寺で……」
御寮人「賑やかな処やないか。それで今でも御両親は其処に居ててやのんか」
女中「御寮人さん、妾は誠に
御寮人「まア可哀相なお
女中「左様な訳でござりますので、お目見得の晩から泊めて頂きますと、縁が有るとか無いとか申しますが、何れ荷を引きに参ります節、一日お隙を頂くとして、今晩から泊めて戴き度う存じます」
丁稚「ヘーイ、又御注ー進」
番頭「コラ、そない大きな声出すな、何うやった」
丁稚「番頭はん、あの女婢さん京都の人だすと」
番頭「それ久七とん何うや、私が
丁稚「寺屋の饅頭屋だすJ
番頭「豪い又、変た商売やなア」
丁稚「商売やおまへん、所だっせ」
番頭「ナニ所が寺屋と饅頭屋……そら寺町の満寿寺と違うか」
丁稚「アア左様左様、それから心配なしに鉢巻してはりまんね、其処でおっさんが仏はんでおばはんが化物だんね。口の大きな大きなお腹の小チャイ小チャイ人や。油の中へ水入れてなア、顔を斬って痛い痛いと」
番頭「何を聴て来やがんね」
丁稚「左様やさかい、今晩から泊らはりまっせ」
番頭「ナニ、今晩から泊るて、諾し諾し、コレ皆ボツボツ店を仕舞いや」
○「末だ早うおます」
番頭「だんない。女婢の目見得の日は早う店を仕舞うものや、コレ子供、表を掃いて水
丁稚「末だお
番頭「関めへん、サッサと掃除しょ」
丁稚「豪い面白いなア、女婢が目見得したら早仕舞や……向いの友吉とん、私とこナンデ今日
番頭「コレコレ、要らん事を喋るのやない、早う家へ這入れ阿呆奴」
丁稚「ヘエ掃除して仕舞いました」
番頭「仕舞うたら戸を閉めるのじゃ」
丁稚「未だ明うおますがナ」
番頭「だんない、戸を閉めたら神様へお燈明を上げて廻れ」
丁稚「ヘエお燈明上げました」
番頭「上げたら
丁稚「今上げた処だんがな」
番頭「だんない、親方の身にもなれ、油一升
丁稚「ホイホイ、全で神様嬲り物やがな、自分に目論見があるもんやさかい、ほんなら神様済みまへんけど消さして貰います、貴方はんも豪い御災難でおます」
番頭「コラ、余計な事云わいでも可え、消したらサア早う寝るのじゃ」
皆「晩御飯を未だ喰べてやしまへん」
番頭「女婢の目見得の日だけぐらい、晩めし喰べんかて何や」
皆「そんな無茶な事あるやろか、こら殺生や」
番頭「サア寝よサア寝よコレ皆早う寝なはれや、亀吉、早う寝んかい何してるのや」
亀吉「ヘエ、算盤の稽古してまんのや」
番頭「極道奴」
丁稚「勉強して極道云われたん始めてや」
番頭「藤七とん、寝んか、何をしてなはる」
藤七「チョッと姫路へ遣る手紙を書いてます」
番頭「明日出す手紙なら明日書いたら良え、早う寝なはれ」
藤七「けども余り宵から寝るのは勿体のうおます」
番頭「何や勿体ない、妙な事云うな。何時も燈りが点いたら居眠ってるやないか、寝られんのなら恰度好えワ、安治川へ荷出しに往きなはれ」
藤七「滅相な事、
番頭「それ見くされ、皆寝えや、モウ寝たか……寝たら鼾かきや」
皆「ア鼾の催促や……グウ……グウ……」
番頭「何や、云うたら急に鼾かき出しよった、……コレ本真に寝てるのんかいナ……狸と違うか……コレ」
○「グー」
番頭「コレ」
○「グー」
番頭「コレコレ」
○「グーグー」
番「ア鼾で返事してよる。悪い奴やで皆……実際寝てるのんかいナ……久七とん……」
久七「グウー」
番頭「久七とん……」
久七「グウー……」
番頭「何うやら寝よったらしい……此間に一寸便所へ……ア、ニコニコ笑うて鼾かいてやがる、仕様のない奴や
丁稚「グウ……(鼾をかき乍ら頭を上げて捜す)」
番頭「コラ眼を
丁稚「誰方も夜ざとうお寝み、豪い物騒な晩でおますせ」
番頭「何を云い腐る、早う寝んかい。サア寝よサア寝よ」
△「貴方が八釜しいて寝られしまへんねがナ」
番頭「私が寝んと何奴も寝やがらん、サア寝てこます」
番頭も根負けして其儘寝て仕舞いました、他の者も饒舌り草疲れて皆それぞれ寝て仕舞いましたが、暫らくしてフト眼を醒したのが杢平、
杢平「グウ……グウ……(辺りをキョロキョロ見廻し乍ら)グウ……久七とん(小声)……久七とん」
久七「何だす」
杢平「ア、貴方起きてるのんかいナ、番州
久七「往生して諦めよったんだすな」
杢平「モシ今日来た女婢は途方もない別嬪だすナ」
久七「別嬪だす」
杢平「横町の
久七「阿呆らしい、競べ物になりますかいナ」
杢平「そやけど張籠屋も悪うはおまへんで」
久七「貴方二言目には張籠屋張籠屋云いなはるけど、あら塗ってまっせ。粉の
杢平「そない
久七「貴方が解らん過ぎるさかいや、此方は生地なりだっせ、そんな貴方、誤魔化し物と一と口に……」
杢平「別に
久七「別に怒らしまへんけどナ、……今日日暮に私が三番蔵から出て来ると、漬物納屋の中で何やらゴトゴト音がしまんね、何やいな思うて覗いて見ると今日来た女婢が漬物の重石持って難儀してるやおまへんか、何をしていなはるのや云うたらナ、女という者はあかん者どすえなア、余り石が
杢平「しょむない事云いなはったんやナ」
久七「あの、卒爾でござりますが、お名前は何と仰有ります、こないに云いよるよって、ヘエ私は当家の三番番頭にて久七と申しまする、以後お見知り置かれまして、評判よしなの御吹聴……」
杢平「何や軽業の口上みたいに云うたんやなア」
久七「アノ久七さんと聞きますと、おなつかしゅう存じます、ハハンそれでは何程想うてもあきまへんナ、貴女には久七さんという、
杢平「(顔を皺めて)なる程」
久七「私い何も突けしまへんがナ、一寸障った丈けだすがなナ、嘘お云いやす、お突きやしたがナ、触ったんだすがナ、お突きやしたがナ」
(臀でボンボン杢平を突き撥ねる)
杢平「痛い何するのや人の横ッ腹ボンボン衝いて、息に関うがナ、それ見い蒲団の外へ放り出しやがった、ハーックシャン、ハーックシャン、それ風邪引いたがナ無茶しないナ」
久七「アハハハハ、済まん済まん、サア此方へお這り」
杢平「私はなア、晩飯の時や、喰べようと思うたらお
若芽のお汁やが私は嫌いや、昼は子供に揚昆布買いに遣って済ましたが女婢は知らんものやさかい、よそうて呉れた、アアそれは嫌いだす云うたら、向方がテレるやろ思うて食べる様な顔して
久七「解ったアるがな何遍言うのやいな
杢平「それみい。解ってないのやろ、似た者夫婦という謎を掛けてよるね、見てるちウとな、そのお汁を自分が一寸吸いよるやないか、貴女嫌いや云うて吸うてなはるやおまへんか、アの若芽のお汁は嫌いどすのやが、殿達の喰べさしは、どんな味がするかと思うて、よばれてみたのどすが、嘘吐いたのがお気に触ったのなら、貴方のお気の済む様に何うなと信濃の善光寺さんは、此間も阿弥陀池に御開帳が、有ったや、無アーいイーアーいイーなアーフワフワフワ……(久七の顔を掻き
久七「痛たたた――いた――い」
番頭「コレコレ何してるのや其処で」
久七「杢平どんが惚気云うて、私いの顔を掻きむしらはりまんね」
番頭「早う寝んかいな最う」
わアわア云うてる内に、昼間の疲れでグーッと寝て仕舞いましたが、夜中に目を醒したのが一番番頭。
番頭「アアアーッ(欠呻)もう何時やろ……アア左様や左様や、今日目見得に来た女婢……
暗闇を手探りで取合いの障子をスーッと開けて、足音のせぬ様に二階への段梯子を上ると、頭をゴツン。
番頭「痛ア……アアゴロゴロの戸が閉めたアる、御寮人さんの仕事やな、根性の悪い……、仕様もない悋気せえでも良えのに……、此処から上れなんだら、二階へは往けぬもんやと思うてござる、別に此処から上れえでも
苦し紛れには豪い知恵が出るもんで、ソッと台所へ廻って来て、膳棚へ手を掛けて一イ二ノ三ツと
番頭「ウワア失敗うた、(ガチャガチャ)膳棚が取れるとは知らなんだ(ガチャガチャ)向うが釘着けになったアるさかい(ガラガラ)放り出して逃げる事も出来へん(ガラガチャ)イヒヒヒヒヒ」
膳棚担げて泣いていよる。次に目を醒したのが杢平。
杢平「アア皆よう寝てよる、この間に二階へ……」
此奴も同じくゴロゴロで頭をゴツン。待て待て此処から往かいでも良え哩。台所へ廻って膳棚を足場に薪棚へ。とキッチリ同じ勘定つけて膳棚へ。前は右手、今度は左手へ手を掛けると、前に片方が取れて充分
杢平「フワア……豪い事した(ガチャン)取れるとは知らなんだ……」
番頭「誰や誰や」
杢平「アア番頭はんだっか、チョッと来とくなはれ」
番頭「あかんあかん、私は此方側を担げてるのや」
杢平「アア貴方が先だしたのかいナ」(ガラガラ)
番頭「オイ杢平どん、余り動きなや(ガラガチャ)コレ動きな
杢平「私いは
両人が膳棚担げて泣いてる時に、目を醒したのが久七。どれ今の内にと是又同じく頭を打ちよって。
久七「フワア……」
番頭「オイ杢平どん、誰や井戸へ
久七「誰方ぞ其処に居なはるか一寸来て揚げとくなはれ」
杢平「往かれへん往かれへん、此方
久七「アア左様か、まア膳棚の方は命に別条おまへんが、私の方は一つ間違うて紐が断れたら命懸けや、アア何うやら断れそうな按配だっせ……ミチミチと妙な音がして来たがナ、イヒヒヒヒヒ」
旦那「コレ奥や……一遍鳥渡起きて見て下され、何や台所の方がガタガタと騒がしい、又猫でも暴れてるのじゃないか、手燭を点して
番頭「アッ、いかんいかん、御寮人さんが
久七「逃げたら
番頭「ワッ。明りがさして来た。モウ間にあわん。サア寝た
杢平「グウ……グウ……」
御寮人「
久七「御寮人さん、これはチョット西瓜の身振りでござります」
御寮人「阿呆らしい、上られしまへんねやろ、仕様む無い事するさかいそれ見なはれ、待ってなはれ、今お店の人に上げて貰うたげます……チョッとお店の……まアどないした事や、お店はスッカリ総出やないか……此処に居るのは番頭はんと杢平どんやワ……マア膳棚担げて鼾かいて……貴方等何をしていなはるのや」
二人「ヘエ。宿替えの夢を見ております」
話の中に出る方言の注解
前垂れ(前掛け)
御寮人さん(奥様)
箸まめ(女さえ見れば手を出す事)
貴女“途方も無い”別嬪さんや(とおない又はとおらいと発音する、得も云われぬという意)
油とる(油を売る)道草食う事
口入屋(桂庵)雇人照介業者
如才おまへん(懸引はしません)
セチベン(貸し惜しむ)世痴吝?
見勢附き(張り店)
どんぶり(孑孑)ぼうふら、蚊の幼虫
内娘(家附きの妻)
おタメ(贈り物に対する感謝の意を含む祝儀)
あだて(確とした
ポコペン(滅茶滅茶)支那語
ヘチャ(不容貌な女)
顔で切って見せる(感情を顔に表わす)
だんない(拘はぬ)大事無いの転訛
かめへん(右同)拘いはせんの略
テレる(間の悪い思いをする)
ゴロゴロの戸(二階へ昇り切った個処の、階段の反対側から水平の戸を引き出して、階下と遮断する。戸の両側の下面に小さな車が附けてあり、ゴロゴロと音がするので、この称がある)
きやま(薪棚)町家では大てい夏期に一年中の薪炭を購い込んで置く、 湿気を避ける為め二階の庭に面した方に積み重ねてある、この場所をきやまと云う
膳棚(往時は一人宛別々の箱膳で、食事を終ると、各自の食器を膳の中に納めて、台所から、庭へ突き出した棚に並べて置く。俗に釣膳棚というのは、頑丈な腕木で柱に打ち附けてあったもの)
天窓の紐(採光の為、普通井戸の真上に巾瓦三枚分、長瓦四枚分位の長方形の窓を明け、これに雨の降り込むのを防ぐ為めに油障子と戸が二重に閉まる様になっている。屋根の傾斜に副うて簡単な敷居が打ち附けてあって、これに嵌まった戸や障子の自重で窓が開く。閉める際は下から紐を引張ると、紐はクル巻きを通して戸障子に取り附けてあるので窓の処まで上って来る仕掛になっている)
手燭(手に持つ様に、横に柄の附いた燭台)