借家怪談
五代目笑福亭松鶴
エエよく申しますが、まっすぐに、かたげがよんだかしやふだ。貸家札というものは、あんまり、まっすぐには、張ってないもので、みな歪めてはってます。二枚張ってあるのは、外から見ると“人”という字で内から見ると“入”るという字。人が入るというのやそうで、松鶴は借家を持った事がないので、知りまへんがそうやそうで、これはある裏屋。
「エエチョット、おたづねしますが」
「ハイどなた」
「ヘイ、おとなりの空家を借りたいので、お家主さんは、お近くだすか、また遠方だすか、チョットお尋ねいたします」
「アー、となりの貸家をお借りなさるのか、家主は安治川の三丁目や」
「えらい遠方だすなア、この辺に家守りさんはござりませんか」
「ハイ家守というてはないが万事は私が引受けています」
「それはえらい好い都合で、間取りはどういう間取りになってます」
「私の方と、同じ間取りで奥が四畳半で、台所が三畳に、押入があって這入った所が土間で右手が走り元になってます」
「いま表の格子の問から、チョット見ましたが、なかなか勝手好うしておますなア、それで、敷金はどのぐらいだす」
「それがここの家主さんは、ものが宜う判っていて、借家人から敷金を取るのは、可哀想なというので、敷金はなしや」
「ヘエー、敷金なしとは、我々貧乏人にとっては、結構な事で、それで家賃は、どのくらいで……」
「家賃は一ケ月が十八円や」
「エッ十八円……アノ十八円、数のいらぬは結構やが、家賃の十八円は、この家に少し高いように思いますが……」
「いやチョット聞くと高いようやが、それを、じいと聞くと、十八円が安いのや」
「ヘエー、どういう訳で安いのでやす」
「サア、となりの家へ入ったら、一ヶ月十八円を、家主へ持って行くと思うから高いが、毎月家主から、十八円というのを、お前さんところへ呉れるのや」
「ヘエーエ……モウ一遍聞きますが、なんだすか一ヶ月住んで、家主から十八円、私の方へ呉れますか」
「そうだす」
「それは、ぼろい話やが、何で空いてますね……」
「それが、アアやって空いているのは、アノ家へ人が住みますが、一ヶ月はおろか十日といいたいが、三日とつづきまへん」
「ヘエー、するとあの家に、何ぞ仔細がおますか」
「そりゃおますとも、よう考えてみなはれや、この
「イヤ、そりゃごまっとも、その訳は、どういう仔細でおます」
「そうやな……マア、あんたが、お聞きになるのやよって、お話しいたしますが、マアおかけやす、実はなア、あの家は、日のうちは何の事もないが、日が暮れますと……ナア」
「ヘエ……」
「あの裏に塀がおます」
「ヘイ」
「その塀の向うにまた塀がおます」
「ヘイ」
「ツマリ塀が二ツある」
「ヘイ、ヘイ」
「何を言うてなはるのや、その塀の向うが、ゾクネン寺という、お寺の墓原や、それが、宵のうちは何事もないが、夜が更けてくる、かれこれ十二時もすぎ、一時もまわり、もう二時にも、なろうとすると、世間は、
「ヘエー」
「遠寺の鐘が陰に籠って、ボオーンと鳴ると」
「ヘエー、モシわて恐わがりだッせ、モット派手に言うとくなはれ」
「すると、あの家が、どことはなしに、メキメキメキと鳴り出すのんで」
「ナルほーど」
「すると、縁側をば、濡草鞋をはいて歩くように、ジタジタジタと音がするとなアー」
「ヘエエ、モシ、チョット“おいえ”へあげてもらいます」
「暫らくすると、縁側の障子をば、誰が明けるとなしに、スースースゥと明くと、あんたが寝ている、胸の処を、グウと押えるので、苦るしいので、目を明くと、色蒼ざめた、髪を、おどろに乱して、血みどろになった女が、あんたの顔を、恨めしそうに眺めて、ゲラゲラゲラと笑う……」
「ウワーッ」
「オイオイ、モシあんた、オイコレ、途方もない怖がりやなあ、あわてて、かどの手洗鉢を、ひっくり返して走った行た」
「源さん」
「ヤア喜イやんか、まあ這入り」
「ごめん、併し、俺、いま聞いていたんやが、何かえ、となりの空家から、あんなものが出るのかえ」
「お前、あの話を聞いてたのか」
「そうや」
「そんなら言うが、心配しいな、何んにも出エへんのや」
「フーン何にも出エへんのに、なんであんな事を、言うたのや」
「出やへんけども、あの男に出るというのは、それには訳がある」
「どういう訳や」
「それは、この長屋は五軒あるのに、だいたいこの長屋に納家がない、それでアアやって、一軒空いていると、お互いに、邪魔になるものは、皆入れて置く、これから洗濯物でも俄雨の時は、竿に通したなりで、入れて乾かせる、あの空家を物入れに使うつもりや、どうや、俺の考えは、えらいもんやろ」
「やア成程流石は源さん、賢いなア、する事が……そうすると、これから借りに来た奴があったら、誰でもあんな事を言うのやなア」
「そうやよって、これからもしも、あの空家を借りに来たら、皆な俺んとこへ寄越し、そうすると、俺んとこで、うまい事怪談話をして、帰してやるさかい」
「よし、それでは万事頼むで、オイ源さん、こんな処に、えらい宜い煙草入があるで」
「アア、今の奴が、あわてて忘れて
「ヘエー、えらい好い煙管やで、銀やで、私銀の煙管が一つ欲しいと思うていたところや、これ何うや、源さん、
「そんな、うまい事があるものか」
それからというものは、チョイチョイ借りに来る人があると、源さんが、怖い話で脅かして仕舞いまするから、誰一人この家を借手がない。借りに来ると怪談話して怖がって帰りしなには、チョコチョコ物を忘れて行く。それをば長屋で、分けていると、ある日の事。
「オイ、隣りに貸家札が張ってあるが、あの家の家主は何処や」
「ハイ、家主は遠方やが」
「何んや、遠いのか、この辺に、“もりや”はないのか」
「コレ、わからん事を言いなきったなア、“もりや”てなんや」
「わからんのか、家守を、さかさまに言うたら、“もりや”じゃないか」
「コレそんなものを、さかさまにしなさんな、ヤヤコシイ、家守というてはないが、万事私が引請けて居る、お前さん借るのかえ」
「オイ、借ろと思うて来たんや、お前が万事引請けているなら、恰度幸いや、あの家は敷はなんぼや」
「ハイ、マアお這入り、あの家は敷金はいらんのや」
「ナニ、敷金がいらん、そら貧乏人には、もってこいや、それで、“チンヤ”なんぼや」
「マタ解らんことを言うた、“チンヤ”て、何んのことや」
「家賃を、さかさまに言うと、“チンヤ”やないか」
「そうチョイチョイ逆まにしたら、ヤヤコシイ、家賃は十八円じゃ……」
「ナ二、家賃十八円、コラ、あんな薄汚ない、小さい家で、家賃の十八円も取る、コラ……家主にそう言え、そんな事を吐かしたら眉毛がぬけるぞ、向うずねを、たたき折ると、生意気な奴や」
「コレ……お前さん怒りなさるな、話をあんじょう聞きなされ、毎月家主へ十八円家賃を払うと思うよってに腹が立つ、そうやない、あの家に住むと、毎月家主から十八円ずつ呉れるのや」
「ソンナラ何か、あの家に住むと、家主から毎月十八円呉れるのか」
「そうや」
「イヤ、結構、俺は隣りの家、気にいった、借るよってに頼むで」
「コレ、チョット待ちなされ、そりゃ借るのは宜いが、あの家、十日と言いたいが、三日とは住んでいられん」
「オイ、家主から毎月十八円も呉れるのに、なんで三日と住んでいられんのや」
「サア、そこや、住んでいられんというのには、仔細がある」
「ソラ承知や、家主から十八円も呉れるというには、訳があるに違いない、その訳聞こう」
「マア、掛けなされ、外の事やないが、隣りの家ナア」
「フム」
「日のうちは、なんの事もないが、日が暮れるとなア世間が、シーンとする」
「当りまえやがな、日が暮れて世間が賑やかなと、寝られんがな」
「イエ、あの家の裏手が寺の墓原や」
「墓原、俺好きや閑静で宜い」
「アア、さようか、宵の内はなんの事もないが、十二時が廻るとなー、どこともなしに、ミチミチと家鳴りがするのや」
「ソラ、大工が建てしなに逆木をつかいよったんや」
「フム何を言うてもこたえん人やなー、すると、何処で撞出す鐘か、陰に籠ってボオーンと鳴る」
「当り前やがな、鐘やよってボオーンと鳴るのや、太鼓ならドンと鳴る、別に不思議はないがな」
「アアさよか……スルト縁側をば、濡草鞋を履いて歩くように、ジタ、ジタ、と音がする」
「ソラ、ど狸や、ショムナイ、“ほててんご”をしやがる、フム捕えて、狸汁にして喰て仕舞え」
「狸汁……スルト縁側の雨戸が勝手にスウスウッと開きます」
「そりゃ便利が宜い」
「ヘエー」
「ヘエーッて、そうやがな、よう考えてみい、俺のような無性者が、夜中に小便に行くのに、戸を開ける世話がいらん、勝手に戸を開けて呉れるこんな好い事はない」
「スルトなア、
「ハハア何処ぞ近所に魚屋でもあるのやろ、兎角魚屋の近所はイヤな臭いがするものやが、そんな事ぐらい別に差支えはないがな」
「ソウスルと、陰火がボウット見えるのや、スルトこのくらいの火の玉がコロコロコロと
「フム、幾つほど」
「幾つほど……、そりゃ一つやがな」
「一ツやて、そりゃ淋しい、せめて三つぐらい欲しいな」
「ヘヘッ、三ツあったら何うしなはる」
「一ツはランプのかわりに天井へ吊って置く、一ツは火鉢へ入れて鉄瓶をのせて置くと、何時も湯が沸いてるやろ、一ツは
「マルデ炭団やがな、そんな事を言うてなはるが、その火の玉が、ボンと割れるとなア」
「フムー」
「その中から、片ッ方の目が
「妙な顔をするなえ、それはなんや」
「何んやて、これを見て分りまへんか、幽霊が出るのだす」
「何じゃて、幽霊が出る、俺幽霊好きや、その幽霊は、男か女か」
「サア、それが男なら
「ハハア、女子の幽霊か、そりゃ結構やな、実は俺、“やもめ”や、女の幽霊なら、丁度好い、幽霊前が好かったら、妹にする」
「エエ、妹にするて、幽霊を……」
「ソウや、幽霊の附け物、気に入った、今日から借るよって、家主にソウ言うといて、家賃を滞こうらんように、何んやったら、先家賃にしてもらうように、もし一遍でも滞うったら、俺は気が短かいよって、直ぐに石油をかけて火を点けるで、何分頼むで、さよなら」
「コレ、オイ、チョット待ちんか、サアえらい奴が来やがった、あの口振りでは、今日から宿替えして来るで」
「源さん」
「よう喜イやんか、マア這入り」
「何うや、また何んぞ忘れて行たか」
「欲張ってるなア、却々お前、忘れて行くどころか、えらい事やがなア」
「どうした」
「どうの、こうのというて、何しろえらい奴が来よったで、何を言うても、こたえんのじゃ、それで到当仕舞には幽霊をば、嬶にするというやないか、どうも
「ヘエーッ、そしてそれが何うなったんや」
「何うなったんやて直ぐに宿替えして来ると言うて帰ったよって、今日にも宿替えして来よる」
「そんなら何うなるのや」
「何うなるて、
「ヘエー、そうすると源さん、
「何ないて、俺やとて悪気で、した事やなし、長屋のためを、思うてしたのやよって、仕方がない、長家中で集めて、彼奴の家賃を遣ろうじゃないか」
「源さん、お前の考え、あんまり宜うないで、彼奴の家賃は長屋中から出すとしても、家が塞さがったら家主へも家賃を持って行かんならん、これは何うするのや」
「仕方がない、皆から出してもらう」
「源さん、
「まあ、仕方がない、こうしよう、彼奴やもめと言うてよったさかいに、宿替えをして来たら、長屋から、替り替りに、おかずをば、辛う
「オイ、ウダウダ言いないなア」
長屋は、ゴテゴテ言うております。スルト右の男、俥に荷物を積込んで、宿替えをして来ましたが、猫の子一疋出ません。
「化物も俺の勢いに、おそれて、よう出んわい、ええそんな化物の出る筈がない」
ものの五六日も経ちました。或日の事で日が暮れて、仕事から帰って来たが、まだチト早い。ランプの火をつけて、
「オイ早うおいで、弥太州、うまい事をやりよったなア、化物も何も出やへんねがな、長屋の賢こがりがあって、化物が出るとか、なんとか言うたのや」
「そうやてなあ、弥太州内に居るかしらん、この長屋と思うが……」
「そうや、ここらしい……、オイ弥太州……、オヤどうしやがったんやらウ、留守らしいぞ」
「構やへん這入れ……、ハテナ、風呂へでも行きよったらしい、オオオオ上り口へ火を起して、
「ウン、好かろう、そうしよウ」
「早う燗をしてくれ……」
とそこは心安い友達同志の事やで、勝手に燗徳利を出して、銚子をつけて、持って来た酒を、チョビチョビ飲んでいたんですが、御承知の通り酒飲みというものは気の汚ないもので、一升の酒をば二人で飲んで仕舞うたが、酒が少し廻って来たので、
「ナア、八ちゃん」
「なんや」
「どうや、アノ弥太公、えらそうに化物が出んと、
「ナニ、化物を造らえる、そら面白い、どんな事をするのや」
「オイ八チャン、そこらの棚に道具箱が有るやろ、中から金槌と釘と針金を出し、あったか、針金で、鉄瓶とカンテキを括りつけるのや、弥太公帰って来て鉄瓶をさげるとカンテキが、いっしょに上るので、ドキッとしよるに極まっている、それからランプを消して置くから、あかりを
「なるほど」
「そこでや、その
「成程、こりゃ面白いなア」
「待て待て、モウ一ツ化物があるのや、庭の真ん中へ、天窓の紐が下っている、今空になった一升徳利を
「なににするのや」
「これをばこうやって置くと、彼奴が逃げる時に、この徳利でコツンと頭を打つ、それをば、
「そりゃ、あかん。這入りしなに徳利で頭を打って仕舞うやろ」
「イヤところが、這入りしなは打たんというのは、闇がりへ這入る時は、誰でも、
「シカシ、デボチンを打てばよいが、もし鼻の上を打ったら死んで仕舞うで」
「それも左様やなア、お前と弥太州と、着物の丈けは一緒やなア、チョット、其処に立っていてや、エイカ、それ、(ゴツン)」
「アアイタ……何をするね米やん」
「これなら大丈夫や」
「無茶しいないな、人の頭で寸法計ってからに、ソレこないに、ふくれた」
「アア、勘忍して、もう帰ってくる時分や」
「押入へ這入ろうか」
「よかろう、そしたら俺が紐の端しを持って這入るさかい。お前その仏檀の鉦を持って這入り……火を消すぞ宜いか」
というので、両人がチャンと趣向をいたしまして、押入へ這入って待っている。所へ来ましたのは、やっぱり弥太はんの友達で、到って怖がり。
「ヨイショコショ……ここの裏ハ嫌いや、化物が出るというよってに、弥太はん居なアるか、弥太はん留守かいな、弥太はん、戸が開いたあるのに、えらい暗いなア、弥太はん弥太はん、かんてきに火が起っているのに、湯が沸いている、アア重たい、かんてきと一緒に揚ってくる、アア恐い、弥太はん……、火を点すのにマッチが棚にある、コオット、この棚の隅に毎時もあげてある、有った有った、オヤオヤオヤ、ひっついて取れへん、おかしい具合やなア、お仏壇にマッチが有るやろう、アア、畳に足が吸い着く、アアこわ、弥太はん、弥太はん……」
恐がっている、押入の中で、ふたりハ可笑しゅうてたまらん、エヘンと合図をすると、こちらの八チャンが、待ってましたと、チーン、モンモン、ここじゃと紐を引っ張りましたから、お膳が、がらがらがちゃーン。ヒャア、吃驚して、あわてて表へとび出すと、徳利で頭を、ゴツン、アレイと後へ寄ると、撥みで、徳利が、ゴツンー、二ッ頭をいかれた。外へ飛んで出ると、露路の真ん中へ、腰を抜かして、平太張ってしもうた。処へ、帰って来たのが、弥太はんの親方脳天の熊五郎と弥太はんと二人連れで、ろうじの中程まで来ると、人が、
「誰れや」
「アア、弥太はんか」
「万やん何をしているね」
「弥太はん、出た出た出た」
「何が出たのや」
「化物が出た」
「そんな馬鹿な事があるもんか」
「そうかて出た、内らが真っ暗らがりで、カンテキと鉄瓶が密着いている、マッチが取れん、足が畳に吸い付くと、チンモンモンモン、がらがっちゃー、冷めたい堅い手で頭を二ツゴツンゴツン、出た出た出た……」
「そんなことがあるかえ、行け」
「マア、弥太はんからお這入り」
「這
「消えたあるやろがな……」
「湯が沸いている、アレ、カンテキが付いてあがる」
「マッチが棚に密着いているで」
「ホンに、取れんなア」
「何を云うている。俺が火を点けてやる、オイ弥太公、コレを見てみィ、鉄瓶とカンテキと針金で括ってあるのや」
「アア、化物がしよったんだすか」
「何を云うてるのや、棚のマッチが飯粒で密着けてあるのや」
「畳へ足が吸付きます」
「飯粒が撒いてある、膳やら茶碗や鉢が引っ繰り返してある」
「化物という者ハショムない洒落をしよるもんやなア」
「マダあんな事をいうてよる」
「ケドモ、出しなに冷たい堅い手で頭を二ツ殴りましたで」
「馬鹿やなア、これ見てみい、徳利が吊ってあるがな、危ない事をしたものやなア、チョット待て、えらい鼾が聞こえるで、ハテ、誰ぞ居るな、よし俺が探してやる、待てよ」
熊五郎が上って行きますと、押入の中の奴、先刻飲んだ一升の酒の酔が廻って来た処から、好い具合に、寝て仕舞うたのだす。それを聞付て熊五郎がソッと押入の襖を開けると、右の始末。
「オイオイ、弥太公、心配するな、化物の性体が分った、化物は
「ウダウダいいなはんな、私化物に友達なんぞおますかいな」
「マアマア上って来い、コレを見てみい、汝の友達やろがな」
「わての友達に化物がおますかいなア、アア八公と米公や、
「コレ待ち、そりゃ不可ん、殴ってどうするのや、此奴等二人は洒落にしたのに、怒る奴があるか、向うが洒落なら、此方も洒落で仕返しをしてやれ、その方が好え」
「そんなら、洒落で仕返しというと何うしますのんや」
「それは、此奴等二人が寝ているよってに、其間に馬の糞を拾うて来て、そうして此奴等を呼び起すと、酔うた後で寝呆けて起きよる、そこで馬の糞を突出し、オイあんな無茶しいなや、サアぼた餅や、これ喰い、あいつのロへ、馬の糞を捻じ込んでやるのんや」
「成る程、コレハ面白いなア、そんなら馬の糞を拾いに行きまひょ、あんたも一緒に釆とくなはれ」
「ヨシ俺も一緒に行てやる、サア来い」
熊五郎と弥太はんと万さんと、三人連れで馬の糞を拾いに出掛けました。スルと押入の中にいた、米やんの方が、目を覚して居たので
「オイ、八やん、起きんか」
「アアアアアア……チンモンモンモン」
「阿呆やなア、寝呆けてチンモンモンやってる、オイ、確かりせい」
「エイ何んや」
「何んやヤない、お前がグウグウ鼾をかいているよってに、とうどう悟られたがな」
「エーどうしたのや」
「どうしたというて、脳天の熊五郎と、弥太公と一緒に帰って来よったのや、今三人連れで、馬の糞を拾いに行たで」
「馬の糞を拾うて来てどうするのやろウ」
「お前と俺に喰わすのやと」
「私し馬の糞はキライや」
「誰れかて虫がすかん」
「そんなら今のうちに逃げて帰ろうか」
「チョッと待ち、こいつ逃げて帰っては面白うないよってに、熊五郎も一緒に、もう一遍吃驚さしてやろうやないか」
「何んな事をするのや」
「サア、今考えているのや、まあ一服シイ、何んぞ無いか知らん」
と両人は押入の中から出て来て、火鉢の前へ座って考えていると、表へさして
「按摩ー、按腹ー、鍼の療治」ピーピーと笛を吹いてやって来た
「オイ、八ちゃん化物に、佳え物が来た、按摩の頑鉄あ奴を一ツ化物のネタに使うてやろ、オーイ頑鉄、オイ頑鉄」
「ヘイ、お呼びになりましたか……アア弥太はんトコだすか、お声が違いますなア」
「弥太州は今留守やが、マアこっちへ這入り」
「ヘエ、大きに、アア、八ッさんに、米はんだすな、ハイ今晩は、按摩をしますのか」
「イヤ按摩やないた、実はなア、お前の身体を三十分間ほど借りたいねが、お前仕事をしたら何んぼ程になる」
「マア三十銭だすなア、しかし私の身体を雇うて何しはりますのんや」
「ウムー実は化物をこしらへて弥太公をビックリさしてやるのや、恰度お前の頭が坊主で、目玉が飛んで出ている、お前を頭にして縁側の敷居を枕に寝て貰うのや、その次へ八チゃんが寝る、足の方へ私が寝る、三人がズウッと寝るのや、それで継ぎ目に蒲団を着せて置くのや、そうすると、弥太公が帰ると、
「イヤこれは面白い私しも、こんな事をするのは大好きでやす、一ツ遣りまヒョウ」
「頑鉄お前やって呉れるか、オイ、八やんお前三十銭無いか」
「私し無い」
「そんなら其所の火鉢の引出しを明けてみ、銭が這入ってないか」
「アア、五十銭あった」
「そんならそれを
とこの按摩も呑気な男で、これから頑鉄を縁側の敷居を枕に寝さして、その次に八やん、それから米やんが、継ぎ目に蒲団着せて、ランプの火を消して待っている。そんなことは知らずに、熊五郎と弥太はんと万やん三人が、馬の糞を拾うて帰って来ました。
「弥太はん、こん度は私が先に這入る、モウ大丈夫や、私の頭をばドツキやがって、こんな大きな瘤が出来た、口へ馬の糞を捻じ込んでやるのや、アアまた火が消えてある、上り口に誰や、寝ているで」
「酒に酔うてランプでも引っくり返しょったのやないか、構へんよってに、口の中へ馬の糞を捻じ込んでやれ」
「ヨシ頭はどこや……、オヤオヤ、途方もない脊の高い奴やなア、頭が縁側まである、頭が坊主で、コリャ、高入道や……」
「コラ、そんな馬鹿な事があるもんか、ハハンまた何んぞ造らえよったのやな」
「コレ弥太公火を点して見い」
マッチを出して火を点し始めたから、上り口に寝て居た二人は、化物のネタが知れるから、そッと逃げ出しましたが、頑鉄は敷居を枕にして、グウグウ寝て仕舞うた。
「サア火が
「アア親方、化物は二人やと思うていたら、按摩の頑鉄も、交っているのやな……グウグウ寝てよる、コラ頑鉄、ヤイ頑鉄」
「アアかもうか……」
「そら何をしやがるのや」
「コレハ、親方と弥太はんだすか」
「弥太はんやない、何うさらしたのや、これは」
「ヘイ、今なア、表まで私が流して来ましたら、お友達の八ッさんと米はんが居はりまして、化物を造らえるのやよりてに、お前三十分程、ここで寝ててくれ、三十銭遣ると云いはりましたので、私し三十銭で雇われましたのだす」
「アア、三十銭出して、こんな奴を雇うてよるね、併し、彼奴等ふたり、よう三十銭持ってよったなア」
「何や知りまへんが、火鉢の引出しに五十銭あったので、私に三十銭呉れはりました、残りは二人で分けてはりましたで」
「アー無茶しよるナ、頑鉄われも馬鹿やなア、よう物を考えてみい、火を点けたよってに好いけども、
「チョット待っとくなはれ、アア、腰は
話中に出る方言の注解
家守(差配人)家主の代理で貸家の差配をする
走り元(流し元)
おいえ(畳の上)
ヤヤコシイ(
あんじょう(具合よく)
建しな(建てる際)
ショムナイ(つまらない)「仕様も無い」の転化
庭(土間、叩き)普通の庭を関西では“せんざい”という
デボチン(額い)
腰が無い(性根がない)
この噺の主なる口演者
故 桂 枝雀(入江清書)
故 桂 万光(伊豆徳松)
四代目 笑福亭松鶴(森村米吉)
故 笑福亭松光(梶木市松)
故 林家 正楽(織田治太郎)