夢見八兵衛(ゆめみはちべえ)

五代目笑福亭松鶴




八兵衛「今日は、どうだす近頃寝ていて食われるという様なぼろ口はおまへんか」
甚兵衛「何んじゃ来る早々出し抜けに、寝て、食われる口……無いともいえんなア、まず丹波の山奥へでも行きいなア」
八「食われますか」
甚「そうやなア、弁当でも持って出掛けるのや、弁当があいたら空の弁当箱枕にして寝ていなア」
八「へィ、食われますかいな」
甚「そしたら『おおかめ』が出て来てすぐ食てくれるわ」
八「ヒヤア、そら『おおかめ』に食われるのや」
甚「そや、寝てて食われるのや」
八「ウダウダと、それでは腹がふくれへん」
甚「『おおかめ』の方でふくれるがな」
八「そんなジャラジャラした、そうやない寝てて此方が食えるという様な事を聞いてまんねんで」
甚「このせちがらい時節に、そんなぼろい事があってたまるもんか、稼いだ上にも稼がないけぬ世の中、稼ぐに追い附く貧棒びんぼうなしと昔からいう通り、お前ものらのらしてずに働かないかん、不相変あいかわらずのらのらしているのやろ」
八「そのくせ働いてまんねで」
甚「フン、で此頃は何してるねん」
八「一寸おしえてもろうて、妻ヨージけずりを」
甚「何、妻ヨージけずりフフフ、妻ヨージけずりなんてどうせ資本もとの細い商売じゃろ」
八「何いうてなはんね元のふとい先の細いもんだんが」
甚「イヤ、そうやない資本が細かろというのや」
八「元が細かったら問屋が取って呉れまへん、元はふとうて先になるほどほそめて」
甚「わからんなア、私のいう元とは元価つまり早よ言うとあまりもうけがなかろうという事や」
八「へー、それなら百本けずって三厘」
甚「心細いなア、一日何本程出来るね」
八「私でも商売となると勉強しまっせ、朝は早起き夜は夜なべ」
甚「なる程なア、職欲という奴やな、それで一日何本けずれるねん」
八「一生懸命きばって三百本」(大声で節が附く)
甚「そちらむいて物をいえ、三百本と顔中春雨や気をつけ、そんな事では飯どころか茶も満足に呑めんやないか」
八「茶どころか水があぶないくらいだす、そやさかいにあんたの処へ何ぞぼろ口と思うて相談に来たんや」
甚「ずいぶん呑気な男やなア、だいたい今迄何してたんや他におぼえの仕事でもないのか、お前だけしゃべれる口があったら太鼓持(幇間)でもしたらどうや」
八「太鼓持しましたが随分えらい商売だっせ」
甚「楽なと思うていたが甚いか」
八「へエ、夏はさのみ甚い事はないが冬の風の吹く晩は堪りまへん」
甚「何んでや」
八「手が冷えて太鼓のばちが持っていられまへん」
甚「コレ一寸待ち、そらお前のいうてるのは夜番と違うか」
八「昔はこれでも夜番してたんです、夜番でも一寸売った男です」
甚「ソーかこりゃ初耳や、夜番てよほどやったんか」
八「夜番夜番とあまり見下けてもらいますまい、夜番には皆持場持場がありますねん、第一、年に一度の大会がありますねんで」
甚「いや見下げるという事はないが、その大会というとどんな事をやるねん」
八「毎年集る場所がきまってまんねん、たいてい順慶町の天狗です、皆くじ引で順番を取りきめて一人一人が舞台へ昇ってやりまんねん」
甚「フーン、舞台まで造るのか」
八「舞台の書割が嬉しい、最も町遠見に番小星の書割、上手に用水桶中央に柳の木の植込、前が溝石犬が一疋寝てます」
甚「はなしが細かいなア」
八「第一番に昇ったのが安堂寺橋の久七です、ホイ入りの初夜を打ちやがんねん」
甚「何んじゃそのホイ入りの初夜というのは」
八「五ツ打つ太鼓を四ツ打ち掛声を入れて五ツに願かすんです(ドンドンホイドンドン)とな」
甚「太鼓の音ならやっぱり四ツやないか」
八「それが其男が打つと五ツに聞えまんねん」
甚「手に入ったものはなんでもおそろしいもんやなア」
八「次の男が木です」
甚「ひょうしぎくらい誰でも打てるやないか」
八「モシ甚兵衛ハン自分等の家の火の用心回りと違いまっせ、然も寒中北風の吹荒ぶ中を風にむこうて声が消えぬ様に、というて夜大声で寝てる人を起してはあかん、寝ながら夢の様にうつうつと回りの声を家家へ呼び掛けて行くのがなかなか六ヶ敷むつかしいもんだす、火の回りや火の……火の許……要心……ましょう」
甚「そんなおかしな顔をするな、なんやそんな大きな口を開けて」
八「火の回り中に北風を食いちぎりながら行くとこです、火の……」
甚「もうわかったわかった」
八「次の男が金棒、金棒でもなかなか引方のあるもんで、高すぎて悪し、というてひくすぎるとならず、なかなか六ヶ敷むつかしいもんだす、音(シャシャシャンシャンシャンチャブ、ポソソ)」
甚「何んじゃそれは」
八「シャシャシャンと金棒の音です」
甚「そのシャシャシャンはわかってるが後のポソソやのチャブというのは」
八「これはチャブと溝の中へはまった音で、ポソソは牛のわらじを引掛た音だす」
甚「さきそれをいうとけ、ややこしいがな」
八「色々とあって最後に私の番だす」
甚「ハハア、お前が切席やなア」
八「何んや知らんがくじの都合で一番べべたや、サア自分の番が来たと思うと胸がドキドキしてひょいと舞台へ上るなり目がクラクラクラとなって頭がジャンジャンジャンわきの下からちめたい汗がタラタラタラと流れて来ますねんがな」
甚「それは場うてとかなんとかいうやつじゃがなア」
八「へイ、胸がドンドン頭がジャンジャン汗がタラタタ、ドンドンジャンジャンタラタタ」
甚「コレ、楽隊やがなア」
八「ぽーとしてると前のお客さんの方から八兵衛待てましたとヒーキの旦那の掛声にふっと気が附きました」
甚「フン、そりゃ結構丁度ええがな」
八「それが左にあらず」
甚「何んじゃ、左にあらずなんて」
八「夢中で舞台へ立ってる間はよかったけど、気が附たら何かやらんならん、前の晩から考えておいた事をフトどわすれしてしもた、さあ甚いこっちゃ、考え出そうとあせるとなお思い出せまへん、困ていると八兵衛シッカリやれと二度目の掛声で思附たのが文句入りの夜中、どうです太閤はんはだしの知恵をしぼって」
甚「ぎょうさんにいうな、その文句入りの夜中というのはななんや」
八「エソエエソエエソシモサカヤレコノホイトホイト、どうです」
甚「そら何んの事や」
八「文句がきっちり九ツの太鼓に合いますねんがなア、エソエエソエエソシモサカ、ヤレコノホイト、ホイト」
甚「そう火鉢の台輪をひばしでなぐったらどむならん、然しうっかり聞いていたが、えらい面白いなア、うまいこと合うやないか」
八「さあ大当り八兵衛えらいぞというので、御祝儀を頂くさかずきがふる、あちらからも八兵衛、こちらでも八兵衛とな」
甚「たいしたもんやなア上出来やがなア」
八「処でよい事は二ツない金の玉は三ツないというてまんが、満つれば欠くる世のならい」
甚「折々変な事をいうのやなア」
八「その日は無事目出度めでたく済みましたが済まなのは隣町の奴等です、早速明る朝早くからやって来て、オイ八兵衛えらい人気やな、お前は結構やがわし等の方はあがったりや、すまんけどわし等にゆずって呉れといいますよって、私も折角売出したんやからせめて一年だけでもしんぼうして呉れというたら、そうかゆずれぬなら仕方がない、お前がその気ならこちらにも考えがあるというて帰った、その晩何の気も附かずに太鼓を持って表へ出てドンと打つと隣町の方からドンドンドンと打つ、またドンと打つと向の町からドドンドンとやる、それに気を取られて幾つ打ったか忘れてしもた、翌朝町内のお年寄に呼ばれて、八兵衛お前時刻ときを知らせに歩くのか、それとも間違わせに歩くのかとえらいお小言、平謝りに謝まって、その晩は心を落着け今晩は間違いのない様胸で勘定してよう、太鼓を耳のそばへ寄せてドン、これで一ツと勘定してました」
甚「成ほどそれなら大丈夫や」
八「それがドンと打つと太鼓がその晩に限てウンとうなりまんねん」
甚「何んでや」
八「私も不思議に思うてドンと打つとやっぱりウンとうなる、然し太鼓は前でたたくのにうなりが後で聞えるのでおかしいなアと後を見ると横町のかまぼこ足の赤犬奴私の後でウンと歯をむいてよる」
甚「犬にはえられてるねやがな」
八「腹が立ったなア、隣町の若い奴ばかりか犬まで馬鹿にさらすと思うて、犬の方へ太鼓をむけて、ドドンドンドンと打つと犬の奴がびっくりしてウムグウグウグウドドンドンドングウグウと逃げるのが面白さに太鼓を鳴らして追回し一町内くるっと回って来ると、町内では提灯を附け人が大勢表へ出ています、私を見ると町内の衆が、八兵衛アカは何処じゃと聞かれたが面目ないが夜番していて火事の事をアカというのをうっかりしていて、へイ赤は横町のかまぼこ屋です、つい犬の事を云うてしもうたら、皆で行け行け行けと、気の毒なのはかまぼこ屋、水をかけるやら屋根をめくるやらメチャメチャ、お年寄に大叱られ、八兵衛人の家の番をしてるのかさわがしてるのかわからん、昨晩といい今晩といいもう町内に置く事は出来ぬから出ていきなはれとな、私町内をほり出されましては食う事が出来ません、これから気を附けますから何卒もう一度ゆるしていただきたいと頼んだら、仕方がない今一度大目に見るから気を附けなさい、然しモウ太鼓は駄目じゃから木に回りなさい、そんなら辛抱しょうと、太鼓は楽やが木のえらいこと」
甚「何んじゃその木というたら」
八「太鼓は時刻を知らすのやよって時々に起きて回ればよいのですけど木というたら番小屋で寝ずの番です、一人通行人があればチョンと木を打つ、二人通ったらチョンチョンとニツ打つのだす」
甚「それなら楽な事やないか」
八「ところが私は寝んという事が誠に辛いすぐ居ねむりが出ますねん、ねむるのが私の病ですわ」
甚「オイ、夜番していて居ねむりする奴があるもんか」
八「或晩町内の十一屋の御隠居、おそく帰ってきて、八兵衛どん御苦労さん只今帰りましたで、居ねむっていたのであわてて、お帰りというと、お帰りやない木を打ちなさい、へイと木を合わしたらぼそ―八兵衛どん打たんかいな、打っておりまんねん、ぼそ−何度打ってもぼそぼそぼそ」
甚「そのぼそぼそぼそて何や」
八「私も何んで今夜に限って木がならんのかしらんとよく見ると音が悪いはず、カンテンに墨をぬった奴で、私の寝てる間に木と寒天とすり変えたらしい」
甚「馬鹿やなア、何の寒天がなるもんかいなア」
八「私もあんじょう見て初めて寒天(合点)がいた」
甚「洒落どころやないで」
八「如才のうお年寄に叱られました、自分の持物まで盗まれて気の附かぬ様では他人の家は守れんしっかりせえとな」
甚「あたりまえや」
八「翌晩はなんでも居ねむりせん様誰か来たら此方から驚かしてやろうと、宵から顔へ鍋墨をぬりつけて待かまえてましたら、コトコトコトと足音が来たなと思うと此方の起ているのに心附くとコトコトコトと帰る、しばらくするとまた来る、よしと思うとまた帰る、夜通しくり返している間についウツウツと」
甚「また寝たのか」
八「ハッと気が附いてみると、チョロチョロチョロと前に水が流れてる」
甚「どうしたのや」
八「サアしもた、こりゃ寝てる間に津波が来て番小足を流されたなと思うて、あわてて飛出すとまあ落着なはれ」
甚「己れが落着け」
八「寝てる間に番小屋を農人橋の上へ引張て来やがったらしい」
甚「よう寝たもんやなア」
八「お年寄に気附かれぬ中にと番小屋をかついで戻ろうとすると、大勢の子供が来て笑やがる、考えてみると宵にぬった鍋墨で顔は真黒、町内のお年寄によばれて」
甚「ぶさいくな男やなア、お年寄に呼ばれ通しやが」
八「八兵衛自分の家がいごくのを知らん様では心細い、今一度だけ辛抱しょうが再度一寸でも粗相があったらもう町内に置く事が出来ん、そのつもりでいなさいよ、承知しましたと帰りかけると八兵衛お前そんなにチョイチョイいねむりするというが夢を見やせんか、ヘイ夢を見ますというたら、ひょっとよい夢を見たらいうて来い、私は此頃夢判断をしているから、よい夢なら買うてやる、コリャ有難いとその翌朝早速出掛けました、そして一富士二鷹三茄子瓜の夢を見ましたというて行った」
甚「またえらい良い夢を見たんやなア」
八「別に見たんやないけれど金儲けにそういうて行ったのや、お年寄はこれはまたとない良い夢じゃ、それ一歩で買うてやろと一歩もろた」
甚「金儲けに抜目のない男や」
八「一歩もろて帰う思うと、八兵衛夢は上夢じゃが、今頃そんな事いうて来る様では昨晩ゆうべもろくに番は出来てないらしい、他から苦情はまだ聞ぬが丁度幸いその一歩を涙金として今から町内を去ってもらおう、とうとうほり出されましたが、アアあんな夢をいうて行かねばよかったと思い、アアあの夢がたたったのかと夢の事が心に掛り、それからというものは起きていてさえ夢を見ます、表を歩いていても夢を見る、飯食ていても夢を見る、最前からあんたと話しながらも一寸七ツ八ツ夢を見ましたぜ」
甚「気持の悪い男やなア、そう云うと此頃人がお前の事を夢見の八兵衛とかなんとか云うがそれでわかった、丁度よい金儲けがあるが行くか」
八「金儲けと聞たら聞のがせん、行きますともどんな口だす」
甚「別に六ヶ敷むつかしい仕事やない、家の番に行くのやそれも一日だけでええ、相当の礼金もする、つまり『つり』の番や」
八「結構つまり留守番だすな、私も釣はすきだす、今から行きまひょか」
甚「イヤ夕方からでよいからお前またむいといかん、たった一晩の事やで寝ん様にこれから夕方までゆっくり昼寝しておいて、なるだけゆっくり出掛けて来たらええ、ちゃんとこしらえは此方でしておくさかい」
八「そんなら頼みまっせ、夜釣だんな面白いなア」
甚「頼むのは此方やようねといてや」
 ……夕方早くから出掛て来て、
八「ボチボチ行きまひょうか」
甚「まだ一寸早いけどまア出掛よう」
八「遠方ですか、どの辺へ釣に行ったんやろ」
甚「ついこの横町じゃ内の借家じゃ」
 横町へ回りますと一間半以上もあろかと思われる間口の広い露路で片側の前が便所、家が四軒程ある長屋で、突当りには大きな植木が一本デンとなんとも云わんと植ってある。一番戸口初めの家が差配人の家らしく主人は不在らしいがお内儀さんが台所片附最中。
甚「お咲さん居なさるか」
咲「お家主さんですか、まアまアお待致しておりました先程お使有難う、ちゃんとこしらえはしておきましたが何しろまだ検死がすまんあのまま、隣もいややから引越すなんて云うてますし、奥の室でも今夜は帰らんと云うて夫婦で出掛ますし」
甚「色々とお世話さん、何と云うても外の事と違うてあんな、ソレつりやろ来てがないので困った、幸いこの男が番して呉れるので今晩は安心しておくれ」
 これだけ聞たら大体はわかる筈やがそこが変り者の八兵衛、この咄横で聞ていて感心して一人言。
八「余っ程釣が好きやなア」
咲「あんた御苦労さんです、うっかりしていました」
甚「まアよいこの男にそのきりため(重箱様の物)を渡して、さア八さん行こう」
八「まだ先だっか」
甚「一番奥の家や、サア此処や開けて入り」
八「ハハ、閉てまっせ、留守だっせ」
甚「留守やから番に来たのやが」
八「成程、マア甚兵衛はんお入り」
甚「何を云やがるのじゃ、どっちみち入らな番が出来へんがな、サア入り」
八「へイ今日わ―」
甚「阿呆誰も居えへん、留守やないか」
八「ソウソウ、内らは其晴だすな、戸を一枚開けまひょうか」
甚「イヤもう日暮やからすぐ閉めんならんさかいええ」
八「アア此処の家畳がおまへんなア」
甚「上へ上る前に庭のすみにむしろが一枚ある、それを取って上へ敷きなはれ」
八「これでよろしおまっか」
甚「それから此所に米箱のからがあるからその上へ届き」
八「此所ら辺ですか」
甚「よしよし、それからこのカワラケに火を附けてその箱の上に置て、それから表の家から持て来た物をその上へならべるのや」
八「これは何んだす、えらいぬくおますなア」
甚「それはお前が夜中に腹がると困るし、退屈せぬ様にぎりめしと煮しめやがな」
八「では私がよばれますのか、頂きます」
甚「オイオイ食意地が張ってるなア、そこへ座り込むまでに庭のすみにある割木を一本取って来なはれ」
八「へイ、これですか」
甚「どれでもええ、お前が持つのに手頃なやつをよっておいで、それそれ、そしてその割木で一ぺん床板をたたいてみなはれ」
八「これでたたけてだすか、どうたたくのだす」
甚「どうたたくというたてお前も前は夜番をしていて、太鼓の一つもたたいた覚えがあるやろう」
 八兵衛割木でたたき初める。パンパン、スパパンパン、スパラバンのパンパンスパパン、パン。
八「これでどうです」
甚「仲々上手うまい、節が附いて面白い」
八「上手やなんておだてて、左の手があいてまんがな」
甚「腹が空ったら左手で食たらええのや、それから今日の日当少ないけれど入れて置くさかい」
八「これはごきんとうに、有難う、急いで来たので夕飯食わずだんね一寸失礼します、これは仲々うまい、急ぐ時には熱飯あつめしをにぎざるには醤油に限りますとなア、仲々塩加減が上等、表のお咲さん上手だんなア、米が上等やから石が多いうっかり石をかんだ、そのかわり煮しめにコンニャク、金玉の砂おろしか仲々お咲さん気が利てるがな」
 食いながら右手で、パン。パンパンパパパン。パン。
八「これは一体何だんねんなア」
甚「今頃気が附いたのか、今日の咄でお前はよう寝るという事やさかい寝られたら困る、寝ん様にそうして床板をなぐらしておくのや」
八「アア左様か、こら寝られんわ、大丈夫だすわ自分でやかましゅて寝られん、第一腹が空いたらこれを食て、これでねむとうなったらあんたと話しまんがな」
甚「オイ何云うのや、わしと話する、わしが居るくらいならお前に金出して頼むかいな」
八「甚兵衛はんはお帰りですか、アア左様か、けどまア宵の内ぐらいよろしおまんがなまアお上り」
甚「何云いくさるね、わしも色々と外に用事がある、また来られたら後で来てやるから寝ん様に番するのやで、どっちみち朝は早く迎いに来るけれど」
八「甚兵衛ほんまアよろしいがな、アアもう表へ出なはったのかモーシ甚兵衛はん」
甚「やかましいな、表からかき金をかけて置てあげるからな」
八「そんな事したら便に困りますがな」
甚「やりたかったらその庭のすみででもしときいなア」
八「犬か猫やが、モシ甚兵衛はん」
甚「さあこうなったら云うて置くが、お前の目の先の奥の間に取合むしろが一枚釣ってあるやろ」
八「むしろ……へイおますおます」
甚「それさえ間違の無いように朝まで番をして居たらよいのや、ええか頼んだぜ」
八「甚兵衛はんモーシ甚兵衛はん……むしろというてそんなせっしょなそれならそれと最初に」
 パパン。ハパンパンパン、手さぐりに、
八「誰や居なはるな、モーシあんたも番に頼まれて来なはったのか……此方へお出でやす……賑やかになってよろしいが……上に頭があってこれが足で……ヒヤー長い人や甚兵衛はん、甚兵衛」
。パンパンパンパン。
八「誰や居ててて……居ててだすせ」
 八兵衛は夢中でパンパパンパンパパン。せいでもよいのに、こわい物見たしの例え手を延すと丁度割木がむしろのすそへ届くのでちょいと下から二三度いじると、落ちよう落ちようとしていたむしろ故フワリとむしろがとれると、この家に住んでいたやもめ、はりに細引を掛けてふらりと下る。松鶴わたくしはこの話が嫌い。というのは、師匠が、お前はつり前がよい、とほめられましたが、色消しでもっとも青鼻をたらして、首くくりというから〆るのかと思うたらそうでない、紐が耳を越していたらよいのやそうで、下から足が一寸でもはなれてのどぼとけさえおさえれば大丈夫やりそんじがないと、私の心安い首つりの話で、イヤ心安い首つりてございませんが、ともかく八兵衛、びっくりしよった。
八「ヒャー首つりやがなア甚兵衛はん……つってるねやがなつってるねやがな、首つりならそうというて呉れたら、こらちと安いで甚兵衛はん、ええ甚兵衛、コラ甚兵衛」
 パンパンパパンパンパンパンパパンパン。宵の口はそうでもないが夜がふけるにつれて近辺が静かになる、自分がたたいてる割木の音が響いてこだまするのがなんじゃ気味悪い音がする。風が吹いて前の榎に当るとザアーとすごい、細い処吹く風はピューとうなって、これが破れ障子に当ると障子が江戸ッ子をつこうて、ペロペロナンダベラボ。まさかなんだとは云いませんが、近所の風呂屋のしまい湯が大水道へ流す音ザアーこれが小溝に伝うと一層すごく聞えてチョロチョロチョロ。八兵衛も宵と違うて少しだれて来た、手もだるなるし声も出ん様になる。
八「ウフフフフウ……甚兵衛はんいうたら」
 時刻は丁度丑満頃、家のむねも三寸下がろか水の流れも一休ひとやすみ草木もしばし眠る丑満頃とは今の二時過ぎ頃、屋根の上をあるく猫の足音でも一通りやないひどく聞える、ミシミシミシと。もっとも猫でも今頃になると腹が空くとみえてメシメシメシと飯を呼んで歩くのでしょ。尾が二股三毛の猫は、えてして化けるなんて昔からよう云いますが、ひょうしの悪い古くから此処に住む飼主のわからん三毛猫で、而も尾が二に割てる奴、この時屋根上を歩いていたがなんじゃパンパンと音がするので、天窓から首つりの肩越しにじっとのぞきよるとこの有様に猫奴、ハハン今夜の番人は大分こわがりじゃなアとまさか口へは出しませんが思うたに違い無い、首つり目掛て毒気を吹込みよった。
猫「ニャン、ニャン、ニャーンゴ、オワーゴウーオウガーオーフー」
八「ファ―何誰どなたや呼んでだすぜ……お直はんお直はんて居ててですか……甚兵衛はん」
猫「オガヲーオガフフフ……」
 と毒気を吹込むと首つりがぼちぼちいごき出した、
首つり「番の……番の……」
八「ヒャー甚兵衛はん首つりがもの云うがなア、モシ甚兵衛はん、甚兵衛」
首「今夜は賑やかでええなア」
八「アハハハア……どうぞだまってとくなはれ」
首「そんならだまっているよって、伊勢音頭を唄て呉れ」
八「伊勢音頭、そんなことやられへんがなア」
首「唄わなそこへ行くぞ」
八「唄います唄います、唄いますよってじっとしてとくなはれ、難儀やなア(歌)アーアヨーオオイナアエ、お伊勢七度び、ヨイヨイ熊野へ三度……」
首「ハハよいよい」
八「ハハハア云わんとおいとくなはれ、(歌)愛宕山へはソレ月参り……」
首「ヤトコセヨイヤナア―」
 と云うひょうしに体を振りよった。最前から切れよう切れようとしていた綱がプツと切れたからたまらん、前へどさんと落ちて来た。八兵衛の奴驚いたの候のと、ヒャーと云うなり何思うたかその死人を抱えるなりこいつもそのままドスンと倒れた……よく朝……。
甚「お咲さんお早よう」
咲「お家主さん、お早よう」
甚「昨晩はどうやった、別に変った事もなかったか、気になっていたがよう見に来なんだのでなア」
咲「マア、何や知りまへんけど賑かな人だんなア、甚兵衛はん甚兵衛とやかましい事、パンパンパンパンと音がしてましたで」
甚「そうじゃろ、実は寝んように床板を割木でたたかしておいたんや、朝までたたいていたかいなア」
咲「イイエ、夜中に連でも出来たのか女の名前、そうそうお直はんお直はんちゅてとても寝られまへなんだが、夜明前からどうした事かえろう静になりました」
甚「また寝てやがりやせんかなア……表からかけておいたんでな……開けたが真暗や、雨戸を一枚開けてんか」
咲「へイ……マア死人とならんで……」
甚「見てみい、呑気な奴やなア死人を下して一緒に寝てけつかる、オイ八兵衛八兵衛、起きんかい起きんかい」
八「ヘーイ唄います唄います(歌)今はなア枯木にソレ花咲かす……」
甚「ア、チャンと伊勢参りの夢を見てよる」


上方噺「夢八」 について

 この噺を得意とする人。
故月亭文都 混名あざなを三味線の胴(顔が四角)。
故三代目桂文三 本名高田留吉、混名をカンテキ(ロガ大キイ)。
二代目笑福亭福円 本名武藤雄二郎。この人は素人噺の時から「夢八」
 を十八番に演ず。
桂円枝 本名永岡辰之助。現代ではこの人が売物にしている。舞台へ出ると聴衆が首釣首釣と注文をする。
その他は略す。





底本:上方はなし 第七集
   楽語荘・1936年発行

(復刻版:上方はなし・上 三一書房)

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