子は鎹(こはかすがい)

五代目笑福亭松鶴




 エイ今回はお子達のお話を申し上げます。「かくばかり偽り多き世の中に、子の可愛さは誠なりけり」と申しますが、世の中に子どもほど可愛いものはないそうです。私は不幸にしてまだ子どもの味を知りませぬ。子どもが出来ますと親は引きのばすように思い、ハヨーオこの子が大きくなってくれたらと一生懸命で、這えば立て立てば歩めの親心、少し大きくなって悪戯をするようになると、「チョッとお父ッサン怒りなはれんかまた障子を破ってまんがな」「ワシ怒ってもあかんねん、お前カモカの顔をしてみ」母親はカモカの顔(口へ左右の指を入れ目を大きく引張り)カモカというと子どもはそれを見て、げらげらと笑っているのに父親はコワイコワイ。側で他人が見ていると、まるで阿呆のようです。そのくらいでなければ子どもは大きく出来ません。
内儀「サア、どうぞこっちゃへお上り、ほんまに久し振りやしなア……あんまり突然でびっくりしたわ」
お花「姉さんその後一ぺんおたずねせんとすまんと心で思いながら相変らずの貧乏暇なしで御無沙汰」
内儀「イーエ、花チャン無沙汰はおたがいにしとこ……しかし、ここのうちようわかったしなア」
お花「へエ、前の裏のお崎さんとこで聞いて来ましたの……ほんまに小じんまりしたエエうちだんなア……そこへ姉さんはきれい好きやさかい」
内儀「インヤ花チャンほったらかし……サア番茶やけど一つお上り」
お花「オオキニ」
内儀「しかし花チャン少し見んまにきれいになってやったしなア」
お花「姉さんひやかすのんいや」
内儀「なんにもひやかしてエへんわ、ほんまにうつくしなってやったわ、それであんたあれからいったいどないしててやの」
お花「ヘエ、話をすればなごうなりますが、マア聞いとくなはれ、姉さんも御承知の通りあの人とああいういきさつで別れてしもうてから、わたしみたいな御多福だっせ、けど、二十は二十の縁、三十は三十の縁やさかい、もう一ぺん嫁入りしたらどうとか、男はんを世話するとか、それはもういろいろすすめてくれはるお方もおましたの……けど、考えて見るのに、私もはじめて世帯持った男がああいう酒飲みのやくざな人で、まして二人の仲に可愛い子まであるのに、別れてしまわねばならんという、肩の悪い女子でッしゃろ、今更、男持ってみたところでろくなこともなかろうと思いましたので、前に奉公してましたおもやへ行き、御寮んさんに詳しく話をしましたら、お前も可愛想にずいぶん苦労をしてんなアと、大へん同情をしてくれはりまして、そんなんならうちも今手が足らずこまっているとこやから、女中の取締として当分うちにいてくれたら、エエやないかと、御親切にいうてくれはりましたので、お言葉に甘えて今おもやに置いてもろてますの……姉さん喜んどくなはれや、御寮んさんエエお方でこの羽織御寮んさんの御古いただきましたのエエ柄でっしゃろ、今日も御使にやっていただきますとたのみましたら、あんた外へ出るのなら、そんなハイカラに結うてんと、一ぺん久し振りに昔思い出して、丸髷まるまげに結うたらどう、わたしの型使うたらエエさかいにと、御寮んさんの型貸していただき、おまけに御寮んさんの髪結さんに結うてもらいましたの、皆ほめてくれはりまんねんで、うまいこと結えてある、粋に結えてある、なんて……姉さんちょっと見とくなはれ、ドウうまいこと結えてまっか」
内儀「マア、きれいに結えてあること……あんた、それやったら今しあわせやしなア」
お花「ヘエお蔭で心配なこと、一つもおまへんわ」
内儀「結構やしなア、けど、花チャン、そうして結構に暮らしておればおるで暑いにつけ、寒いにつけ、コレ(親指)のこと思い出すやろなア」
お花「姉さん、それだけいわんとおいとくなはれ、私負けおしみやおまへんで、けど、あの人のこと思い出すなんて、そんなことちょっとも、エエ絶対におまへん。しかし姉さんあの子のことはなア」
内儀「フン寅チャンのことか」
お花「エエどうせあんなやくざな男でっさかい、おかしなまま母の手にかかって苦労してへんやろかと思いますと、道歩いておっても胸が一ぱいになって来て頭がボウとしてこの間も自動車へづつき持っていったりしましてん、またあの子が金つばが好きでおまんやの表を通って金つば焼いてはったら、あの子がいて、買うて帰ってたべさしてやったら、喜ぶのになアと思いますと、なんとなくかなしなって来て、涙流して金つば焼いてはるのを見てたもんでっさかい、皆に顔見て笑われ、はじめて我に返ったてなこと」
内儀「そりゃそうやとも、当り前やがな、畜生でさえ子のことは思うねんで、別して人間や、もの思わなんだらどうかしてるわ……アアそうそうわてあんたに話するのん、すっかりどわすれしてたが、今の話で思い出したがなんでも寅チャンこの頃、この近所へ宿替えして来てるらしいで」
お花「アさよか」
内儀「フンきのうやったか、うちの入口に立ってうちらを覗いてる子があるやないか、それが寅チャンにあんまりよう似てるもんやから、寅チャンと違うか、こっちへおはいりといおうとおもてる間にあっちへいってしもうたの、なんでも時間はいま時分やったが……ちょっと、花チャン見てみ、噂をすれば影とやら、今入口に立ってうちら覗いてるのん、寅チャンらしいわ、私呼んで見るさかい、あんたあっち向いて知らん顔してや……寅チャン、そこに立ってるの、寅ちゃんと違うか、アアやっぱり寅チャンやわ、そんなとこに立ってんと、こちらへおはいり」                寅吉「ヘエ、オオキニ、おばちゃん御機嫌さん」
内儀「マアかしこなってあんた御機嫌さんなんて、私おぼえてる」
寅吉「ヘエ、おぼえてます、ほかの人なら皆わすれてますけど。あんただけはめったにわすれしまへん、というのはあんた裏中で一番せこやったさかい」
内儀「ウフ……マア子ども正直であんなこと……寅チャン、あんたここにいる人、知っているか、おぼえてるか」
寅吉「へエ、忘れようと思うてもわすれることが出来しまへん……私のお母チャンで、お母チャンあんた無茶な人だっせ、私とお父さんほっといて、出ていくなんて。私らあとで、エライ苦労してまんねんで」
お花「寅チャン、かんにんして、あんた子どもやさかい、何にも知らへんから、そう思うのは無理ないが、お母チャンはなア、出ていかねばならんという、つらあい事情があったの……それで寅チャン今のお母チャンあんた可愛がってくれはるか」
寅吉「ウン今のお母チャンも後のお母チャンも、私の為には、お母チャンというたらあんた一人しかあらしまへん」
お花「イイエ、そやないの、お母チャンが出てしもてから、かわりのエエお母チャンが出来たやろ」
寅吉「へエ、そりゃあんたが出ていきなはった翌る日、お父チャン、よそからおばチャンを連れて帰って、今日からこの人お前のお母アチャンになるねんから、お母アチャンというねんぞ、私お父チャンのいう通りお母チャンお母チャンというてた……ナ、お母チャン、そのお母チャン、始めのうちはよかったんで、お小使かて一ぺんに五銭もくれはるから、こりゃしゃれてるわいと思うてたんで、ところがだんだんだんだんと悪なっていく、私が何か粗相したら、この子は、どんならん子やなアと、パチッと頭たたかれまんね、しまいにむこうの手が痛うなって、私の頭がかとなって来たら、この子の頭なんというかたい頭やろ、今日からこれやと、烟筒きせるでかつんといかれまんねん、烟筒きせるになったら、むこうの手が、楽なかわりに、私の頭のたまらんこと、晩にお父っちゃんといっしょに風呂へ行く時、お父っちゃん、今度のお母アチャン、エエけど、なんどいうと烟筒きせるで頭たたくねん、というと子どもはよけいなこといわんとだまって、ガンと拳骨で頭たたかれまん昼の間がお母アチャンの烟筒きせる、晩になったらお父っチャンのげん骨、私考えたんねん、こんなことが長い間続いたら、私の頭もたんから、今のうちに心安いわがいやにたのんで頭へ輪を入れてもらう、けど近所のおっちゃんやおばちゃんは見かねて私蔭へ呼んで、寅ちゃん辛棒しんぼうし、今お父っチャン、あの女に迷ってねんさかい、誰がなんと意見さしても、馬の耳に念仏へ今にお父っチャンの目のさめる時節が来るさかい、つらかろうが、がまんしいやと、皆親切にいうてくれはりまんねん、私もお父っチャンの為やと思うて、じっと辛棒しんぼうしてたん、ホタラ、しまいに、そのお母チャン、朝起きてけえしまへんね、お父っチャン勝手に起きて弁当つめて仕事にゆく、お母アチャン十二時の笛が鳴らんと起きはらしまへん、起きてきたかて、なんにもせんと、本読んだり、近所歩きばっかりしはりまんねん、それがだんだんお父っチャンにわかって来たとみえて、あれはああいう女子とは知らなんだ、今ほり出すのは知っているが、近所や友達の手前もあり、またあいつには相当金のかかってあるやつ、金のみょうがというものもあるから、そのうちおれもなんとか考えるが辛棒しんぼうしてくれ……私もお父っチャンが気の毒でっさかい、おとなしい、お母アチャンのいうことを聞いてたん、ホタラお母アチャンが、お父っチャンがまんの出来んような悪いことがあったとみえて、金のことぐらいいうていられん、あいつには愛想もこそもつきた、今日限り出てもらうと、お父チャンの方からたのんで出てもろたん、その時ぽばっかりは、私の手を取って、寅公かんにんしてくれ、お父チャンが悪かった、お前もつらかったやろ―なアよう辛棒しんぼうしてくれた、おれは今始めて目がさめた……私いうたんで、お父チャンあんたの目のさましょうがおそい、せめて八時か九時にさましてくれたらエエのに、今しばらくお父チャンの目がさめなんだら、私の頭、めちゃめちゃや……お父チャン笑いながらよう辛棒しんぼうしてくれた、これというのも酒があったばっかり、おれは今からすっかり酒をやめて、一生懸命に働く、おれはこんなやくざな人間やがお前だけは一人前の人間にしてやりたい、学校へゆけ、私一年おくれてまんねんけど今学校えやってもろうてまんね、学校の先生この間の修身の時間に、いうてはった、人間と生れたら君には忠、親には孝、忠孝の二字を守らなんだら人間やない。親かてそうや、子どもをこしらえるだけやったらアヒルと同じことや、子どもにはそれ相当の教育をつけねばなんにもならへん、また子どもには両親、二親のそろうてるほど幸福なことはない……私らお父チャンとお母チャンとチャンと一チヘン揃うたる……それにお父チャンや、お母チャンの心意気が悪いばっかり、幸福な児になれんと、不幸な児になってまんねん……お母チャンどうぞたのみま、帰って来とくなはれ、お父チャンこの頃お酒飲んではれしまへん、一生懸命働いてはります、どうぞたのみます、もどって来とくなはれ……」
内儀「それみ、花チャン話し聞いてても。涙が出るやないか……あんたもなんとか思案せんと」
お花「ヘイオオキニ、姉さん私も最前からいろいろ考えてまんねん……しかしなア、今というて今、そんなわけにいかしまへんし、姉さん、こうしとくなはれ。私あんたにいろいろ相談したいこともおますし、ちょうど時分時だすし、今ここへ来る道で通って来ました、横町の鰻屋はん、エライ失礼だっけど今日私おごらしてもらいまっさかい、姉さんいっしょに行っとくなはれいな」
内儀「ハア、オオキニ、鰻、私いたって好き、長い間、食べたことないの、エエ連れてもらお」
お花「そう、いっしょに行とくなはる……そんなら寅チャンもいっしょに」
寅吉「へイ私も連れてもらいます……けど、一ぺんうちへ帰らんと、お父チャン心配しまっさかい、今日お父チャン仕事休みだんねんけど、うちで仕事してまっさかい、一ぺんうちへ帰ってかばん置いといて後から行きまっさかい、お母チャンとおばチャンと先へ行って待ってとくなはれ」
お花「そう、そんなら先へ行って待っているさかい、後でおいでや……アア寅チャン、ちょっとお待ちコレあんたに上げるさかい、何なと好きな物買いなはれ、それでなうちへ帰ってもお父チャンに、お母チャンとここで逢うたこと、秘密にしとくねんで、お父チャンがこのお金どないしたと、聞きはったら、よその知らぬおばチャンにいただきましたと、こういうねんで、わかった……サア取りんか、あんたに上げるねん、なにしてねん、取りんか」
寅吉「へイお母チャン、これ五十銭でんなア……あんたしばらく逢わん間に、エライ気が大きなんなはったなア、うちにおる時分三銭もらうのん、なかなかおくんなはれへん、一ぺんに五十銭なんて、私この五十銭あったら、父チャンにたのんで帽子買うてもろうて、洋服買うてもろうて、靴買うてもろうて」
お花「そない買われへんがな。これ走ったらあぶない、怪俄するがな。これあぶないというのに」
 親は危ないあぶないと心配していますが、子どもはまるで鬼の首でも取ったように五十銭銀貨をにぎって一生懸命走って帰って来ました。
寅吉「お父チャン只今」
父「エイ何してんねん、今時分迄、御近所のお子達モウ最前に皆帰ってなはるがな、お父チャン心配して最前から何べん表へ出たり這入たりしてる、いつもいうて聞かしてるやろ、今迄のお父チャンと違う、お前をたよりに働らいてるねんから、遊びに行くなとはいわん、一ぺん帰ってから遊びに行けというてるのん、お前にはわからんのか、いったいどこへ行てたんや」
寅吉「そら、お父チャン。私かて時と場合によったら、やもうえん用事があって」
父「何がお前やもうえん用事があるねん、生意気なこというな」
寅吉「お父チャンあんた怒ってなはるけど、これ見せたら機嫌なおりまっせ、五十銭の銀貨、音がチンチロリン、横手がザラザラ……アアこれお父チャン私のんだっせ、おれが預ってやるというてとんのんいやだっせ……この間お父チャンにたのんでおきました靴これで買うとくなはれや、たのみまっせ」
父「ナニ、五十銭、そのお金いったいどないしてん」
寅吉「コレ、アノお母……イヤ、アノよその小母ちゃんにいただきましたの」
父「ナニよそのおばチャンにいただいた……フンそうか表しめてといで、入口をしめて来るねん、もっとこっちへおいで、イヤもっとこっちへ来るねん」
寅吉「お父チャン痛い」
父「エエやかましいわい。……よう聞けよ……よそのおばチャンにもろた、うそつけ、そりゃ子どものことや、道でよその人が使いでもたのみなはったら、三銭や五銭くれはらんとはいわん、しかし五十銭といえば子どもに大金、何の為によそのお方がくれはることがあるねん。この間からおれに靴買うてくれ、仕事の都合で今少し辛棒しんぼうせえと、いうて聞かしたのを、あさましい根性出したなア、お父さんはな、こんな酒飲みのやくざ人間やが、今日が日迄、人さんの物ちりすべ一本盗んだことないねんで、何の為、学校へやってある、学校の先生泥棒せいと教えなはったか、お前が出来心でしたことなら。お父さんが盗んで来た先へ行って、あやまって来んならん、エエどこで盗んで来たか、いうて、山家の一軒家と違うで、近所両隣には米食う虫が住んでいるで、近所へ聞えたらみっともない、いうて、いわんか。オイ寅この箱見たらいうやろ。今日は十五日。他の職人は皆休んで、好きな酒飲むとか、芝居見に行くとかしてるで、お父さんはよう休まん、常にあつめておいた木でこの箱こしらえ、問屋へ持って行って、なんぼに売れる、わづかな金やで。その金でお父さん好きな酒飲むとは違う、みんなお前の為やないか、お父っちゃん遠足に行きまんねん、運動会に行きまんねんと、おれは出来ん中からでも、男親だけやから、お前がひげしては可愛想と、近所のつき合いだけはさしてあるで、せめて先のかかあがいたら、こんな浅ましい根性は出せんやろに、寅公、たのむ、どこで盗んだかいうてくれエ……いわんか、これほどいうてんのに、いわなかったら、このげんのでどつくぞ」
寅吉「お父っさん待った待った待った待った待った、そんなげんのうで、頭たたかれたら、めちゃめちゃや、いいまんがな、ほんまのこと、いいます、これもろた人はなア、アアあんたの、大事大事の好きな人」
父「そら何をぬかす、いうてくれるな、おれはなア、あの女にこりてこの方、めん猫一ぴきでさえ置かんねんから」
寅吉「先のお母チャンや」
父「エエ、ナニ、先のお母チャンに逢うた」
寅吉「ソレ見い、先のお母チャンのこというたら、お父チャンの顔色変ったる」
父「なんで始めに、それをいわんねん、どこでお母チャンに逢うた」
寅吉「昨日お父チャンに話してましたやろ、先の奥のはしに、いやはったおばチャン、豆腐屋の裏へ宿替して来てはる、今日も表を通ったら、おばチャンがはいりていいはったんで、はいったら、お母アチャンがいてはって、いろいろ聞きはったから、お父チャンこの頃お酒飲まんと、一生懸命働いてはるというたらこの五十銭よそのおばチャンにもろたといえというてくれなはったん、それからいっしょに鰻屋へいこといやはったのやけど、お父チャン心配するから、一ぺん帰って後から行きます先へ行って待てとくなはれと、帰って来たんで、お父チャンお母チャンきれいになってはりまっせ、どうぞたのみまっさかい、お母アさん帰ってもろとくなはれ、エエたのみます」
父「お前のそういうてくれる心はうれしいで……しかし、おれの酒飲みを、愛想つかして出て行ったあいつ、なんというても帰って来てくれへんやろ、お前には可愛想やがあきらめ」
寅吉「そらお父チャン心配せんかて、私気を引いてみたら、むこうにもすこしみれんがあった」
父「何ぬかすねん」
 そんなら行ってこいよと男親でもこれだけのことはしてあると、みせつけん為に木綿物であるがのりのついた、しゃんとした着物と着替えさせ、鰻屋へやりましたが、後でおやじさん仕事が手につきません。気がそわそわして、とうとう仕事ほり出して羽織を引掛け、表へ飛び出して、用事もないのに、鰻屋の表をあっちへ行ったりこっちへ行ったりしまいにたまりかねて、
父「へイ、今日は、うちのせがれが女の人といっしょにおうちへ御厄介になっておるそうで」
主人「へイおうちのぼんぼんでっか、女子さんと三人連れで……オイお菊どん、女子さんと来てはるボンボン呼んだげて」
寅吉「アアお父チャンか、上り上り今おばチャンいうてはってん、お父チャン、うちにいやはんのなら使い出して来てもらうと、上り上り、おばチャン、お父チャンが」
内儀「ソ、そらちょうどエエとこ、どうぞお上り、今、寅チャンがいうてましたように、使い出して来てもらおとおもてましたとこ、ほんまにエエとこでした、幸いほかにお客さんもあらしまへんし、三人だけ、どうぞお上り」
父「へイ、オオキニ」
 と足にてトントントン
父「へイ、これは御機嫌さんで(女房の方へ)……(いや、しばらくやったなあ達者で)へイ、いつも無沙汰致しまして、どなたもお変りおまへんか、一ぺんおたずねせんなりまへんねんけど、相変らずの貧乏暇なしで、また今日は寅公がいろいろ御世話になって、私も今更こんなとこへ、のこのこ出て来てあんたや、こいつに顔合せた義理でもおまへんねんけど、ついうかうかと来てしまいまして、しかし、マアあんたも、おたっしゃで結構、寅公がエライ世語になりまして、それでマア皆さんおたっしゃで、今更面目ないやら、寅公がそのなんで私も今更、その……無沙汰がなんで……その厄介になったってな、その……寅公がその……なんで、その……あの……」
内儀「何をいうてなはんねん、ちっともわかってあらしまへんがな、しかし今もこの子と話をしてましたの、もともといやで別れたという仲でなし、ああいういきさつで別れてんさかい、元のさやに納まるものなら納めたい、この子の悪いとこもいろいろいうて聞かしまして、なんというても、こんな可愛い子迄あるんでっさかい、私に万事まかすと得心してくれましたので、あんたにきてもろうて話をしようと思うておりましたとこ……あんたも私にまかして、元の鞘に納まることでんが異存はおまへんやろうなア」
父「へイ何の私に異存がありますかいな。もともと私の酒の上から起ったことで、帰ってさえくれましたら私もしあわせ、寅公もどんなに喜びますか。こんな結構なこと……」
内儀「あんた、なかんかてよろしいが……花チャンあんたもゆうた通り異存ないなア」
お花「そこ姉さんよろしゅうおたの申します」
内儀「まずこんな目出度めでたいことない。お花チャン鰻だけでは安いで……これで元の鞘に納った。これというのも寅チャンがあったばっかり。ほんまに夫婦の仲の子はかすがいとはエエことがいうてある」
寅吉「おばチャン、夫婦の仲の子はかすがい
内儀「そう」
寅吉「道理でお父チャン、げんのうでたたくとゆうた」


「子は鎹」について

 この「子別れ(子は鎹)」は、三代目文都が十八番にて、他の「子別れ」と異なる。 此の人の名前は桂文吾の門に入り源吾、玉輔といい、その後二代目桂文枝の門に入り、伯枝、慶枝となり、またその後二代目桂文団治の門に入り玉団治といい、梅川吾瓶または五兵衛ともいい、その後三代目桂文都となりぬ。またこの話をその後演じた大人には桂桃太郎、桂花団次等がある。
 以上(一記者)





底本:上方はなし 第五集
   楽語荘・1936年発行

(復刻版:上方はなし・上 三一書房)

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