人形買(にんぎょうかい)
五代目笑福亭松鶴
エエ、すこしお古うはございますけれど「人形買」というお話を一席申上げます。当今は五月の節句などと申しましても、あまり
清八「オイ、喜いやん、うちにいるか」
喜六「イヨウ、清八ッつぁん、おあがり」
清八「オオうちにいたな、お前が家にいえへんなんだら、仕事場へ逢いにいこうと思うてたんや」
喜六「ホーウ」
清八「今朝奥の
喜六「貰うた、えらい立派な
清八「さあ、それでお前とこへ相談に来たんやが、お前も知ってる通り、この長屋は、めでたいことでも悲しいことでも、四十八文と
喜六「成程、そらええなア」
清八「お前はええというてくれるが、この長屋にゴテクサゴテクサいう奴があるのや」
喜六「誰や、あの
清八「イイヤ落語家は何もいえへん、ニコニコ笑うて阿呆が多いな」
喜六「そんなら誰や」
清八「奥の講釈師や」
喜六「かなわんなア、彼奴
清八「ソラ、何んのこっちゃ、お前のほうが却ってわからん」
喜六「箪笥と屏風をサカサマにいうてやった」
清八「ようそんな無茶いうたなア、まだもう、
喜六「誰がゴテつくのや」
清八「八卦見の先生がゴテつく」
喜六「尋ねに行ってみたらどうや」
清八「まあ
喜六「よし、長屋のこっちゃ、手伝おう」
清八「併し金がよったらお前に返すが、お前とこに
喜六「ホーウ、二貫四百文いうたら、天保銭で二十四枚でええか」
清八「それでもええ」
喜六「ひょっと
清八「それでもかめへん」
喜六「文久銭やったらどうや」
清八「それでもええわ」
喜六「二十一
清八「それでもええがな」
喜六「で、
清八「そんなこと、
喜六「
清八「それもええがなア」
喜六「
清八「おんなし勘定やがな」
喜六「
清八「それでもええが」
喜六「ところが何んにも無いのや」
清八「ソラ何をいうねん、
喜六「そない
清八「ウウ、俺かてあらへん」
喜六「コレ、お前とこは
あったことがあるかいな」
清八「無いので怒っているのやな」
喜六「無いかと思うと余計気がムシャクシャして腹が立つわい」
清八「そりゃ無茶やがなア」
喜六「よし、最前なア、
清八「ア、それ、貸して、ほいで一緒に来てんか、今、八卦見の先生は何処やら出て行きはったぜ」
喜六「そんなら講釈の先生とこへ行こう……先生、今日は」
講釈「ホウ、誰かと思えば隣家の若人達、何らの用ばしあって予が陣屋へは詰めかけしぞ」
清八「アア、びっくりした、裏長屋に住んでいて陣屋やなんていうてる……先生」
講釈「アア、何んらの儀で御座るな」
清八「そないむつかしゅういうておくんなはんな、今朝ほど
講釈「ヤヤ如何にも
清八「そこでやすねん、この長屋は、
講釈「ヤッ、これは御苦労様、よい目論見で御座る、併し、あなた方人形は何処でお求めなさる御所存か」
清八「マア
講釈「成程、併し御堂の前の人形屋と申せば至って
清八「オイここの家を早う出え、むつかしいことを言いよったなア」
喜六「かなわんなア」
やがて長屋を出まして、御堂前へ二人づれでやって参りますると、人形買う人と見たら
商人「へエ、マアおはいりやす、へエ、マアおはいりやす」
清八「オィ、ここへはいろか」
喜六「ウン」
清八「ごめん」
商人「へエ、おいでやす、マアお掛けやす……コレ、
喜六「毎度やないねん、今日、はじめて来たんや」
清八「コレ、いらんことを言いな、毎度のほうがええ顔や」
喜六「アッ、そうか、そんなら、どうぞ毎度のほうと換えて置いておくんなはれ」
清八「コレ、何を言うねん……併し、人形屋さん、ここの段にある人形は
商人「へエ、へエ、それは余程人形がよろしゅうござります、五両二分でござります」
清八「フーン、オイ、これ、五両二分やと」
喜六「フーン、モシ、それえ
商人「イヤア、五両二分の物は二貫四百文には負りかねまするでござります」
清八「モシ、こっちゃのはなんばだすえ」
商人「へエ、それも
清八「オイ、一寸見てみい」
喜六「何んじゃい」
清八「ナア、聞いてからいうのやないが五両二分というだけあって、人形が、よう出来てるなア、
喜六「そうやなア、よう出来たあるなア、人形屋さん、お前の背後にな、暖簾の間から首を出して、
商人「ヘエ、アッ、ありゃ
喜六「あいつ鼻汁かんで何程や」
商人「ヤッありゃ売物じゃござりません」
清八「人形屋さん、この男に相手になんなや、実は長屋の祝いに上げるのや、見栄が
商人「へエ、畏まりましてござります、それですと、この段のは如何で」
清八「コレ
商人「エエ、これでござりますと、……ちょうど。これにつきますでござります」
清八「ナア、オイ」
喜六「なんや」
清八「人形屋さん
喜六「フーン」
清八「一寸お前その
喜六「動かしても、だんないかえ」
清八「お前の思惑に動かしてみてんかいな」
喜六「ムム、これこれに動かしたら、どやろ」
清八「どうやろうといほんと、
喜六「そない言われるとつらいなア、このくらいうごかして置いたらどうや」
清八「それでええ、ムム、十分や……人形屋さん、この男がいうのやが、こんなもんで、どやろ」
商人「へエ……、エッ……、こりゃ
清八「オィ、何したんや、お前」
喜六「何んや」
清八「算盤、お前知らんのか」
喜六「算盤、お前これやないか」
清八「イイエイなあ、どう動かしたんや」
喜六「お前が精々うごかせというよってに、大方、みんな動かしてしもうた、もう、それで動かすところはあるまい」
清八「そんな無茶しいないな、お前がそんなことをしたよってに
喜六「えらそうに言いないな、お前かて算盤知らんやろうがな」
清八「コレ、店頭で人に
喜六「ウダウダ言いな、人形屋さん、この男は算盤知りやアせん」
清八「コレ、人に
商人「へエ、えらい失礼なことを致しましてござります、これでござ
りますと……」
清八「オイ、算盤おきないな、かえってややこしいから」
商人「へエ、へエ、エエ四貫につきまするでござります」
清八「四貫、
商人「たこうござりませんぜ、私共一軒の人形屋なら、そりゃ
清八「そりゃあ、そうやなア、何かにつけてお前とこでもらうぜ」
商人「どうぞよろしゅうお願い申上げます」
喜六「
商人「そんな物はありやア致しません」
清八「番頭さん、この男に相手になりな、併し、これ二貫文にまからんか」
商人「へエ、二貫文、つろうござりますなあ、しかし、知らにゃア半値ということもごアりますけれども、露店の品物ではござりませぬから、そう荒いことはござりませぬ、……愚図愚図申していましても、朝あきないのことでござりますで、黙って
清八「ぐずぐずいわんともっとマケときいなア」
商人「それは余り殺生でござります」
清八「そんなら、こうしい、もう三百文はりこもう、二貫三百文にしておき」
商人「へエ、あんさん買物はお上手ですなア、大ていなお方は、二貫文とつけなすったら、二十文とか三十文、五十文百文ぐらいなことを仰っしゃいますが、あなたは五十文や百文のことは仰っしゃらず、二貫文とつけて置いて、あと三百文……アア、スッパリしたお買ようでござりますなア、
清八「マケとくか」
商人「もう、ちいっとお買ねがいます」
清八「何いうているのや、マケそうでマケンのやなア」
商人「どうも二貫三百文では余り酷うおまっさかいなア、……モシ、モシ、お客さん、そっちゃのお
清八「オイ、何するのや、虎の
喜六「ヤッ、えらいことをした、尾を取ってしもうた」
清八「そんな無茶しいな、人形屋さん」
商人「へエ」
清八「尾を取ってしまいよった」
商人「ヤッ……大事ござりませんです、職人にあんじょうさせますでござります、……モシ、こっちゃのお方が二貫三百文で買おうというておくれでやす、あんさん、すこし中に立っておくれやす」
喜六「よっしゃ、ババ銭三文がとこ上げたろ」
商人「ババ銭三文やソコラしょうがござりませぬ、
清八「もうマケてくれてか……オイ、その銭二貫三百文出しい」
喜六「よっしゃ」
清八「で、うちへ帰んだら二貫四百文やというておきや」
喜六「何んでや」
清八「お前と
喜六「ハハアソ、百文がとこ盗っ人するのか」
清八「大きな声だしな、併し、人形屋さん、あの人形どれでも
商人「へエ、へエ、この段のでござりましたら、どれでも同じことでござります」
清八「こっちゃの人形は何んというのや」
商人「へエ、それは神功皇后様でござります」
喜六「へエ、こっちゃが神功様で、こっちゃが皇后様」
商人「イイエ、一体で神功皇后様でござります」
喜六「ほんなら、こっちゃのお
商人「それは
清八「オイ、あれ聞いたか」
喜六「ムム、ありゃアどこの長兵衛さんという人や」
清八「何を言うてるのや、……あのこっちゃの台のは何んや」
商人「へエ、へエ、ありゃア太閤さんでござります」
清八「オイ、あれ聞いたか、あれは太閤さんやと」
喜六「ムム、知ってる、
清八「ウダウダ言いな、……ナア、人形屋さん、長屋のツナギに持って行くのやが、この人形
商人「へエ、かしこまりましてござります、コレ、常吉、そこの
常吉「へエ」
商人「毎度ありがとうさんでござります」
清八「こども
常吉「イエ、今日は結構なお天気さんで、えらい暑うござりますなア」
喜六「ホウ、えらい可愛らしい
常吉「イエ、どう致しまして」
清八「えらい凛々しい子やなア」
常吉「どう仕りまして」
清八「お前
常吉「エエ、十五でござります」
清八「ハアン、歳の割に
常吉「へエ、そのかわりに、よう
清八「
常吉「あんさん、この人形私とこで
清八「これはお前はんとこで二貫三百文にマケて貰うたんや」
常吉「へエー、あんさん二百文買かぶってござるな」
清八「エエッ、二貫百文で売っても口銭あるのか」
常吉「へエ、へエ、二貫百文に買うて貰うても、何程に買うて頂いてもこの人形はな、豆くいというてなア、去年の置き古しだす、
清八「えらいことをしやがった、お前とこの店にいる番頭さん、とほうもない
常吉「イエありゃ番頭さんやござりまへん、うちの若旦那だす、養子さんだす、あの方の商売が上手やというてはったら、うちの親旦那さんのを聞きなさったら吃驚しはりまっしゃろ、うちの親旦那は商売は上手だっけど、
と丁稚は正直に皆いうてしもうている、
常吉「あの若旦那、うちのおもよどんという
清八「私ヤア、そんなことは知らん」
常吉「
清八「もうえ、もうえ」
喜六「けれども、何んや面自そうや、今の銭ソッと八文出していうて貰おうか」
清八「お前は阿呆やなア」
常吉「私も八文貰わんかて、だまってると眠とうなりまっさかい、ボチボチ言いますがな、せんど私お
清八「オイ、
常吉「えらい面白うござりますなア、今日こうやって大阪中あるきましょうか」
清八「阿呆いえ、こっちゃへ戻って」
喜六「オイ」
清八「何んや」
喜六「八卦見の先生戻ってはるぜ」
清八「ああ、そうか、ほんなら、そこへはいろう、丁稚衆さん、こっちゃへきて……へエ、今日は」
八卦見「オオ、誰かと思えば、長屋の清八様、喜六様先ず此方へ」
清八「へエ、先程あがりましたけれどお留守でござりまして、今朝ほど
八卦見「ハア成程、神功皇后様、太閤さん、どっちにしたらよいかと尋ねられますかな、これは一つ易の表で占いましょうか」
清八「オイ、先生八卦見るというてなさるぜ」
喜六「フーン、そうやなア―」
八卦見「アア余計な暇は取らせません」
というて、出してきましたのは、算木と申して、我々が高座で使いまする小さな拍子木様の木を六つよせたようなもの。六つあってさん木とは、どういう訳でっしゃろ。真ん中は赤色で塗ってある、
八卦見「乾元享利貞、乾元享利貞
と一本取りまして脇に置く、これは鎮宅霊符尊に納める、また自分が信仰している神様へ納める人もあります。そのノコリの筮竹をポンと二つに分けて、半分を下に置き、半分をヨミまするのでござります。パチパチパチ……、
八卦見「アア、出ましたる卦名は、沢山咸と申して、咸は感ずる、山沢気を通じ、鶯吟じ、鳳凰舞うという
清八「先生、それは何んでやすねん」
八卦見「と言ったばかりでは相解りますまい、先ず家名にかかわらず今年生じたる子は金性にしてまった太閤秀吉公は元来尾張の産にして、百姓の胎内より出で末は日本六十余州を納め
清八「先生、大きに有難う存じますでござります ―丁稚衆さん、もう一遍奥へ行ってんか」
常吉「へエ、参りますでござります」
八卦見「アア、一寸、ことでござりますが、お待ち下され、お心安いは長屋の
喜六「オイ」
清八「何んや」
喜六「
清八「だって見てもらやアせんが、勝手に見はったんや、貴様何程や尋ねてみい」
喜六「モシ、何程でやす」
八卦見「家相方位などは百銅でござるが、お心安いから、マア四十八銅でよろしい」
清八「オイ、銭四十八文出しい、―さっぱりワヤや、焼豆腐で二合.飲めやせんぜ、一合より飲まれへん、―先生、ここへ四十八文置いときまっせ……サア、講釈師とこへ行こう」
喜六「もう行きな、また銭とられるぜえ」
清八「何いうてる、講釈師が八卦見るかい」
喜六「アッ、そりゃそうやなア―」
清八「へエ、先生、先刻は出まして」
講釈「ムム、
清八「へエ、―オイ、笑いな、どっちゃみちこの長屋は宿替せにゃアどむならん、―マア、先生、安う買うて来たツモリだす、丁稚衆さん、こっちゃえ見せて、エエこれが神功皇后様で、これが太閤さんどっちにしたらよろしゅうござりましょうなア」
講釈「ハハア、神功皇后様、太閤様、どちらにしたら好いかと尋ねられまするのかな、エッへン、今一章で相分ろう読み終ろうというところ―」
清八「オイ、おかしい工合やぜえ」
講釈「太閤秀吉公は、尾州愛知郡中の中村、百姓竹阿弥弥助の倅にして、幼名日吉丸、成長の後、遠州浜名の領主、松下嘉平次の家に仕へ、初陣の時の功名と云っぱ、伊東日向守を討ち取ったり、これによって松下の家名を伝えんとせしに、何んぞ人の家名に倣わんやとてわれとわがでに木下藤吉郎と名前を改め、尾州に立ち越え、織田信長に随身なし、中国征伐の留守中、主人信長は京都本能寺にて、逆賊明智光秀の為に命終り、その弔い合戦は、頃は天正十年六月十三日、山崎天王山にて明智方を亡ぼし、翌年、北国柴田滝川の両家を討ち亡ぼし、太閤関白職に上らせ給うといえど、
清八「アッ、長い口上やなア、丁稚さん、もうこれでええ」
常吉「わたしゃアもう眠とうなってきました」
清八「えらい気の毒やったなア、……先生、大きに―」
講釈「アア、コリヤ待て、中途で帰るは其方の得手勝手、講釈を聞いたら席銭を置いて帰れ」
清八「オイ、又銭が要るぜ」
喜六「聞きないな」
清八「勝手にいうてるのや、何程や値を聞いてみい」
喜六「先生何程でやす」
講釈「一人前二十四銅づつ」
清八「サア四十八文出しい」
喜六「もう一文もあらへんぜ、最前四十八文と、今また四十八文、九十六文払うて、これでスッカラカンやぜ」
講釈「アア、コリヤ、茶が二文に敷物が三文」
清八「オイ、座布団なんぞ敷きないな、到頭、十文自費や、
喜六「勘忍して、もう私は口上いうたりするようなことは知らん男やさかい」
清八「なあに、
喜六「そうか、下手な口上なら私かていうが叱ってなや」
清八「ええがな、私がついてる、―」
喜六「先生、
神道「オオ、これは長屋の喜六様、清八様、先ずこちらへ」
喜六「エエ、マア何んでやすねん、承りまするところでは、お
神道「左様」
喜六「マア、ぐずぐずいうていますと間違うさかい、手っとり早う言いますが、実は貴方とこから、今日
清八「オイ何いうのや、そんな無茶言いな」
喜六「そやよって
清八「知らんからというてアンマリや、先生とこでは祝うてござるのにお仏前などと言うて……先生、えらい相済みませぬでござります、
神道「イヤ、もう清八さんそれには及びませぬ」
清八「イエ、そうではござりません、ヘエ、先生
神道「ハイ、今日は結構なお天気で」
清八「エエ、明日も結構なお天気さんで」
神道「ハア、この調子なれば明日も結構なお天気で」
清八「エエ、じゃア明後日も―何んなら此月中けっこうなお天気さんで」
神道「
清八「左様雨が三日も降ると
と風呂敷の中から取出して差し出しましたのは人形の神功皇后様でござります。神道者は
神道「アー有難うございます、私を神職と見立て、何より結構な人形をお祝い下された、そもそも神功皇后様と申し奉るは、人皇十四代仲哀天皇の御皇后様にして、
清八「先生、待ったア、そう長い口上いうて貰うたら、あんたとこでも
「人形買」雑話
この上方はなしの大将株の一つ「人形買」を、得意に語った、また語りつつある人々を、紹介すると、過去においては、三代目桂文三、当今では、折々、桂三木助もやるが、一番多くロ演してるのは五代目笑福亭松鶴であろう、今では彼の十八番はなしの一つに加えられているのは、衆知の事実で、さて、その五代目笑福亭松鶴の話によると、文中の御堂筋に在った人形屋は、凡そ百有余軒あったそうで「中でも備後町の東南角の人形屋に獅子がしらや、千成瓢箪を飾ったったのが、今でも目先にチラついてます」と彼はいう。(一記者)