正月丁稚(しょうがつでっち) 初代桂ざこば  元日や、昨日《きのう》の鬼が礼に来る。  幾つ、何十に成っても、お正月というものはええ気持ちのするものですが、一休禅師の句に、 「正月は冥土の旅の一里塚、目出度くもあり目出度くもなし」成程、考えて見ますると、正月が来る度に、寿命がだん/\縮まっていくのですが、その様な事は忘れてしまいます。もっともそれでよろしいのでそんな事を思うてたらそれこそ一日もいきてはいられません。しかし只今はあまり以前のようにのんびりしたお正月気分が、段々とないようになってまいりました様で、その昔はどんな商人《あきんど》でも必ず三ヶ日は商売を休みます。そのうちで二日の日は初売りと称えまして、店は開けますが、これはもう、ホンの名ばかりで、ちょっと御祝儀に商売《あきない》をするのでございます。この二日には、正月気分を代表する二つの行事がございます。殊《こと》に上方の下町といわれる船場、島之内には只今でもやっております初風呂《はつぶろ》、それに景気のいい初荷《はつに》、勇ましい懸け声で、 「ヨイヨイヨイトマカショ、初売りしようとてこの辛度《しんど》」  なんて、旗やなにかで飾りをした荷車を挽《ひ》いて参ります。またこの初風呂は上方情景の豊かなものでございます。屠蘇《とそ》機嫌が寝入った町中を風呂屋の若イ衆が声張り揚《あ》げて、 「沸《わ》いた/\、風呂が沸いた」  と、こう呼ぶと、どこの家《うち》も申し合わせた様に、ガラ/\と雨戸を開け、手拭いと風呂行き道具の這入《はい》った籠《かご》を提《さ》げお目出度う、と挨拶をかわせながら、風呂へ参ります。風呂屋の若イ衆は自分の浴湯《うち》を中心に二三町位を触れて歩きます。この初風呂の触れ廻りは只今でも島之内辺りでいまでも行れているそうでございます。また初荷方は風情が段々ないようになってまいりました。一|噸《とん》から二噸も積めようという大きなトラックに楽隊《がくたい》を積み込んで物凄い唸《うな》り声を立ててやって参ります。 「坊《ぼ》ん/\早ようお出なされ。初荷が来まっせ」  屋内《うち》から走って来た子供、 「お母ちゃん、いやへンがナ」  そうでしょう、子供が見に出て来るまでには、早や三四町も先へ行ってしまいます。総《すペ》てに風情と余韻とが無くなって参りました。それから、追羽根《おいばね》、これは若い綺麗な娘さん達が役者似顔の羽子板を持って「一ト目二タ目|近眼《ちかめ》」そんな事は言わしまへんけど、とにかくお色気のあるもので、これも当今では交通機関の妨害とあって道路で遊ぶ事をその筋から止められております。男の子は凧《たこ》揚げ遊び、これはまた勇ましいもので、和やかな春風に「ウーニャ/\ウー」と鯨のつるを張ったりウ鳴りを付けて大空高う揚げて遊んだものですが、今では電信電話電気の高圧線など蜘蛛《くも》の巣のように縦横に張り廻され、その上、大阪は国際航空路の要点となりまして、木津川尻の茸《かや》や芦原《よしはら》を綺麗に刈り取りいよいよ今年からエーア・ボードとして生まれ替わり、そうして今度は日本航空輸送会社というものが出来、定期航空の乗り換え場となりました。東京大阪間、大阪福岡間を一週十二往復を飛ぶというので、空の往来は一層頻繁となり、ついに航空警察は、凧揚げを航空犯処罰令にこんな追加令が出来ました。凧は航路妨害を認む。これは空想ですが、しかしやがてはこんな事になりましょう。職人の方も、昔は二十日の骨正月頃までは、大抵仕事は休みます、只今では前に申し上げました通り、大分正月の様子が変わりまして、誠に慌しい正月となりました。しかし大晦日の晩だけは、昔と大した変わりはございません。大概遅うまで起きているかさなくば終夜《よどおし》いたします。掃除は全部済んだし、畳の表替えは出来た。障子の張り替えも、サァこれで一夜明けたらと、元旦を待つその気持ちはまた格別なもので、 主「コレ/\、定《さだ》、定吉」 定「ヘエ、アゝゝゝ、アー寝むたい/\。ヘエ」 主「なんという顔をします。お正月じゃ。サァ/\お店の方《かた》を起こして廻りましょう。お雑煮をお祝いせねばなりませんデ」 定「ヘエ、お店の人、起きなはれや。お正月だすせ、起きなはれや、起きて雑煮を喰いなはれや」 主「コレ、定吉、なんという事を言うのじゃ。雑煮を喰いなはれという事があるかい。今日《きょう》は御祝いと申しますのじゃ、何事も丁寧な言葉を使いましょう」 定「今日は丁寧な言葉で言いまンのか。丁寧な言葉ちうたら、どない言うたらよろしいので」 主「総《すべ》て、頭《かしら》へ御《おん》の字を付けなされすると、丁寧に聞こえる」 定「ナル程、頭《かしら》へ「御《おん》」の字を付けますか。すると旦那はんやったらおん£U那はん」 主「ソウ/\、ソウ言うたらよろしい」 定「御寮《ごりょう》さんやったら、おん′范セさんと言いまンのか」 主「御寮さんには、御《おん》の字が付いているさかい、ソレはいらん」 定「番頭さんやったら、ご番頭さん」 主「ソウ/\」 定「杢兵衛《もくべえ》どんやったら、ご杢兵衛どん。太助はんやったら、お太助(お救《たす》け)」 主「コレ、それでは乞食やないか。縁喜《えんぎ》の悪い、何ンや、裏で強《えら》い音がした。一度見て来なされ」 由「ヘエ、見て来ました」 主「なんじゃった」 定「おん定吉が、おん裏へおん出て来ましたら、おん棒がコロゲ込んで来ました」 主「コレ/\正月早々から、隠亡《おんぼう》なんて、そんな縁喜の悪い事をいうもんやないわい。何にがコロゲ込んだのや」 定「当たり前やったら棒だすけど、旦那はんが何にでも丁寧におん≠フ字を付けエと言いなはるさかエ、棒におん≠付けますと、おん棒でやす」 主「そんな木類《きるい》のものにはおん≠フ字を付けいでもよろしい。それから若水《わかみず》を汲んで来ましょう」 定「へエイ」 主「コレ/\、ヘエイと汲みに行くのはええけど、今日はだまって汲むのやないぞ、歌を誦《くちずさ》んで汲みますのじゃ」 定「歌って、どんな歌だす」 主「知らんのか、知らんなら教えて上げます。あら玉の年立ち返るあしたより若柳水《わかやぎみず》を汲み初《そ》めにけり、と三遍唱えてこの橙《だいだい》を、これはわざっとお年玉だす。というて井戸の中へ落として水を汲みますのじゃ」 定「ヘエ…チャンと汲んで来ました」 主「御苦労/\、歌を間違わさずに汲んだやろうなァ」 定「ヒョッとしたら、少し間違うたかも知れまへん。旦那はんのは、初めどないに言いますのだしたいなァ」 主「初めは新玉《あらたま》のじゃ」 定「アハゝ、それやったら初めが間違うてます」 主「始めが間違うてる。一遍、どないに言うたのか、いうて見」 定「へエゝゝ、始めなァ、目の玉の、ヘエゝゝゝゝ目の玉のデングリ返《か》える明日《あした》には末期《まつご》の水を汲み初めにけり。橙《だいだい》を井戸の中へ落とし、これはわざっとお人玉だす。とちょっと違いますかいナ」 主「阿呆ヤ、ようそんな縁喜《げん》の悪い事ばっかりいうたなァ。それで若水《わかみず》を何に汲んで来ました」 定「ヘエ、け≠ノ汲んで来ました」 主「け≠ノ、けて何んや」 定「当たり前なら桶《おけ》ですけど、あんた木類にはおん≠フ字がいちらといわはりましたさかい、おの字をとってけ≠セす」 主「取ってええ物には取らんと、つけてええものには、付けやがらへん。仕様のない奴じゃ。サァお店へ行って皆《みんな》に、お雑煮の用意が出来たそうやで、お膳の前へ座って貰うように言うて来なさい」 定「ヘエ」 番頭「ヘエ、旦那《だん》さん、明けまして御芽出度う存じます。旧年中はいろ/\と御世話に相成りまして、また今年《こんねん》も相変わりませず」 主「ハイ御芽出度う。今年《ことし》もまたどうぞ相変わりませぬよう」 杢「ヘエ旦那《だん》さん、お目出度う存じます」 主「ハイ杢兵衛《もくべえ》はんか、お目出度う」 太「ヘエ御目出度《おめでた》う存《だん》じます」 主「ハァ太助どんか御目出度う」 定「ヘエ眠《ね》むたい/\」 主「眠《ね》むたいという奴があるかい、権助目出度いナァ」 権「ハァ―死にたい/\」 主「縁喜《えんぎ》の悪い。死にたいと言う奴があるかい。お松、目出度いナァ」 松「煙《け》むたい/\」 主「何んでそんな事を言うのじゃ。仕様のない奴じゃ。定吉サァ大福茶《おおぶくちゃ》をズッーと持って廻ろう」 定「ヘエ、お雑煮を喰べる前に茶を呑まして、それで餅をよけいに喰わさん計略やな」 主「コラ/\何でそないナ事をいう」 番「旦那さん先程から定《さだ》が縁起《げん》の悪い事ばっかり申しますので、縁起《げん》直しに一句浮かびました」 主「何んぞ出来ましたか」 番「こうはどうでござります。大福《おおぶく》や茶碗の中で開く梅、とはどうでござります」 主「なに、大福や茶碗の中で開く梅、よう出来ました」 杢「旦那《だん》さん、私《わたくし》も一句、大福や茶碗の中で匂う梅、とはどうでござります」 主「杢兵衛どんもか、なに、大福や茶碗の中で匂う梅とな、これもよう出来ました」 定「旦那さん、私《わたくし》も一つ」 主「丁椎のくせに生意気に、お前|等《ら》に出来やせん」 定「わてかて出来ます。大福やです」 主「大福や」 定「茶碗の中で梅干と昆布が土左衛門」 主「ちょっと、だまっとれ。もの言うたら碌《ろく》な事をいいくさらん。それより早よ雑煮を祝え」 定「ヘエーお松どん。雑煮をよそてんか。餅を沢山入れて、わて、餅が至って好きや。お正月は餅を喰べるのが楽しみやで、エゝ憚《はばか》りさん。オイお松どん。餅を沢山入れといてやというてるのに、芋ばっかり入れやがんのや。今度からお使いにいてくれと言うたて、いたらへんぞ。ツゝゝゝ(雑煮を喰う)オット、芋がツル/\とすべって箸ではさまれへん。アハゝ芋がお膳のとこから逃げやがった。糞《くそ》ッ。逃げようたて逃がすものかい、イヨ芋脱走やァい」 主「なんでそないな事を言うのや、芋の脱走やなんて」 定「イヨ/\逃げるな。アハゝとう/\お膳の下へ芋が身を隠しやがった。番頭はん、済みまへんが、そこから芋を突き出しておくなはるか、それとも直ぐに召し捕りましょうか」 主「またそんな事を言う」 定「箸で突き差してやるぞ。クソ、ナニ!、ヤァ、突きさせた、イヨ芋の磔《はりつけ》やァイ」 主「あんな事ばっかり言やあがる。だまって喰べよ」 定「ヘエゝ、ウハゝゝゝゝゝ」 主「ちょっとおとなしいとおもたら、今度は泣く。何したのや」 定「今、餅を噛《か》もうとおもたら、歯が抜けたんで、アゝ痛い/\」 主「喧《やかま》しい。元旦早々から歯ががけるなんて、按梅《あんばい》見てみ」 定「ウワゝゝゝ、歯が抜けたんやとおもたら、銀貨が出て来た」 主「番頭どん、聞いたか。縁起《げん》の悪い事言うても、流石《さすが》に子供じゃ。宅《うち》は毎年餅つく時に銀貨を十枚入れて置くのじゃ。出入りの者に当たるか宅《うち》の者に当たるかと思うてたら、定に当たった、定」 定「ヘエゝ」 主「喜べよ。そちは果報者やぞ、今年は運がええぞ、金持ちになるぞ」 定「なんでやす」 主「餅の中から金が出たよって、金持ちになるのじゃ」 定「阿呆らしい。金の中から餅が出たら金持ちだすけど、餅の中から金が出たで、この家《や》の財産|餅《もち》かねる」 主「持って廻ってあんな嫌な事をいいくさる。鶴亀/\」 定「そやけど旦那はん。今日の箸は、いつものと違いますなァ。先きが細うて、真ん中が太うて、これは何んでだすのや」 主「それはどこのお宅でも始めから金持ちはあらへん。始めは一生懸命働いて、次第に太って来て、しまいに金持ちに成るのや、そこを離さんようにして祝うのや」 定「ナル程。そやかて、また先きが細うなって来てますなァ。スルトだん/\金が無いようになって、しまいには乞食だすか」 主「何んでそんなことばっかり言うのや。縁起《げん》の悪い」 定「しかし旦那はん。お正月の物は皆|縁起《げん》のええ由来の有ものやそうだすなァ」 主「そうや、皆由来のあるものや」 定「松は青(逢《あ》おう)々と待つばかり」 主「そう/\」 定「竹は節の数だけ御家《おいえ》が繁昌、梅は代々替わらぬよう」 主「そう/\定でも感心にええ事をいう。そんな事いうてたら怒られへんのや」 定「海老は腰の曲がるほど長命するように」 主「そうとも/\/\」 定「昆布は家内《かない》中喜び事のあるしるし」 主「ウン/\」 定「切り炭は家内中が苦労するように。串柿《くしがき》は家内中枕を並べて寝るように」 主「三世相《さんぜそう》みたような奴やなァ。始めがようて、あとが悪い。もうそこらでよし/\。喋りな。雑煮を祝うたら二階へ上がって、着物を着替えて来ましょう」 定「ヘエ有り難い、もう遊べますので」 主「まだ遊ばれへんのや。これから、俺《わし》は礼廻りに歩くで、供をするのじゃ」 定「ホイ/\」 主「ホイ/\と言う奴があるかい、早よ着かえて来ましょう」  丁稚の定吉、旦那に怒られて、二階へ着物を着替えに上がりましたが、降りた姿を見ると木綿の着物に小倉の帯を堅う結んだので、身上《みあ》げがピンと上がって、なんの事ない、遠い所から見ますとお釜の化け物みたいで、旦那のお供をして、表へ出ますと、流石はお正月、シルクハットの廻礼者《かいれいしゃ》、どこで呑んだか年酒《ねんしゅ》に酔うて、九人歩きと申しまして、あちらへ寄ったり(四人)こちらへ寄ったり(四人)自分を入れるとちょうど九人となります。寄せ算のような歩き方、向こうを見ますと、娘さんが羽根をついている。鳥追いが来る。千差万別の初春気分、実に泰平の瑞気《ずいき》漲《みなぎ》りとでも申しましょう。 主「サァ定吉、御町内一軒/\名刺を一枚/\入れて廻りましょう。だまって入れるのやないぞ。御芽出度う存じます。渋谷藤兵衛御礼申しますというのや」 定「ヘエー御目出度う存じます。渋谷藤兵衛様御礼申します」 主「コレ/\定吉、なんで渋谷藤兵衛様というのや。こちらへ様を付けると先様《さきさま》に失礼に当たる」 定「それでも旦那はんは、私の御主人で、その御主人を呼び捨てにするのは、奉公人としてもったいないと存じまして」 主「お前のいうのは結構やけど、今日《きょう》は藤兵衛というてよろしい」 定「ホナ、今日は藤兵衛というてもかまやしまへんか」 主「今日はよろしい」 定「ナァ藤兵衛、ちょっと丁稚にも旨い物喰わしてやりいな。ナァ藤兵衛」 主「コラ何にをいう、阿呆」 定「それでも、今藤兵衛というてもだんないというて、それに藤兵衛というたら藤兵衛が怒っとる。そないに怒りたいならナァ藤兵衛、ちょっと定吉に小遣いでもやれ藤兵衛、早う行んで遊ぼうな、なァ藤兵衛」 主「コラ大人|嬲《なぶ》りしたら承知せんぞ。早う名刺を入れて廻りましょう」 定「ヘエ、大人なんていうものは嘘をつくもんやなァ」 主「コレ、ブツ/\ボヤかんと早う廻りましょう」 定「ヘエ、渋谷藤兵衛御礼申します。ヘエ渋谷藤兵衛、御礼申します」 主「コレ/\どこへ名刺を入れて廻るのじゃ。そこは共同便所やないかい」 定「いつも、この便所に厄介になってますので、ちょっと御礼に」 主「便所なんかに、礼がいるかい。して、名刺一枚入れたんかい」 定「いいえ、邪魔|臭《くせ》いよって、四五十枚、固めて投《ほう》り込んでやったわい」 主「遣ったわいと、いう奴があるか。早よ、廻りましょう」 定「ヘエ、渋谷藤兵衛御礼します。ヘエ、渋谷藤兵衛御礼申します。渋藤《しぶとう》(死体《しぶと》)御礼申します」 主「コラ/\渋藤《しぶとう》なんていうものやない」 定「そでも渋谷藤兵衛を略して渋藤だす」 主「略したりせいでもよろしい。もっと丁寧にいいましょう」 定「そないに藤兵衛言わないでもええやないかいな。藤兵衛、早よ帰《い》のやないか、藤兵衛。…そこは水が溜まってる。ちょっと藤兵衛(飛べ)…」  御主人もあんまりあほらしいので、赤い顔して、定吉より先きに宅《うち》へお戻りになりました。 主「番頭どん」 番「コリャ、旦那《だん》さんお帰り、定吉は」 主「まあ聞いておくれ、番頭どん。礼廻りに、名刺を入れさしたら、渋谷藤兵衛様と言うさかい今日は、様を付けると、先様《ききさま》へ失礼に当たるよって、藤兵衛と言いなさいというと、それから藤兵衛、藤兵衛と、しまいには、そこは水が溜まってるちょっと藤兵衛やなんていいくさるのじゃ、私は、赤い顔になったので、先に帰りました」 番「どうも相済みません、帰りましたら、早速叱りますで」 主「イヤ/\今日《きょう》は、元日の事やで、叱っては下さるな」 定「ヘエ、番頭はん、只今、藤兵衛もう帰りましたか」 番「何にを言うのじゃ。今旦那さんお帰りになって、えらい御立腹じゃ」 定「怒る事あらへんのや。藤兵衛が藤兵衛と言うても、かまへんというもんやさかい、藤兵衛というたら、藤兵衛が怒ってるのや」 番「馬鹿。表へ行て、御礼受けをしましょう。御礼者《おれいしゃ》が見えたら、御早々に有り難う存じます。どうぞ内《うち》らへお通りを願います。何にもござりませんが、御年酒《おねんしゅ》を差し上げますと、いうのやぞ、早よ表へ行て、番をしてましょう」 定「ヘエ、かなはん/\、ちょっとも遊びに遣ってくれへんねん。今台所で餅をもろたで、焼いて食べたろ、うまい/\」 礼者「新年は御芽出とう存じます、今年も相変わらず」 定「ムウゝゝゝ、ヘエゝゝゝ、アハゝゝゝ、吃驚《びっくり》した、餅を頬張《ほおば》ったとこへ、突然《だしぬけ》に声を掛やがったもんやさかい。すってんの事に、餅と情死《しんじゅう》するところやった。アア苦しいかった」 乞食「どうぞおあまりでも有りましたら頂かして」 定「お早々に有り難う存じます。何にもございませんが、年酒《ねんしゅ》を差し上げます。どうぞ、内《なか》らへお通り」 乞「おありがとう存じます」 番「コレ/\、乞食を通して、どないにするのや、馬鹿やなァ」 定「へエゝゝ」 主「番頭どん、叱ってやりなさんな。それより、宅《うち》で年酒をしましょう」…と、これから年酒が初まりました。 主「コレ/\何んじゃ、バタ/\と戸を閉めて」 下女「ヘエ、只今、雨が降って来ましたので、裏を閉めてまいります。旦那はん、こうはどうでござります。裏閉めたるは八千歳。(浦島太郎は八千歳)」 久「私が方々《ほうぼう》閉めてまいります。方々《ほうぼう》閉《さ》すは九千歳(東方朔《とうぼうさく》は九千歳)とは」 主「フーン、こりゃ、よう出来た。方々閉すは九千歳か、権助、そこで何にをしているのや」 権「みぶるいがしたので、ソコデ身振るいの権助(三浦の大助)百六ツとはどうでがす」 主「何に、身振るいの権助百六ツか。コレ、お清《きよ》何んじゃ帯を振り廻して」 清「ハイ、かかる目出度き折からに、如何《いか》なる悪魔が来たるとも、この清が引っ捕らえ、朱子《しゅす》の帯、(西の海)へサラリでやす」 主「皆よう出来たな。定吉、何んじゃ、そんな所で蒲団を振り廻して」 定「へエ、夜具《やぐ》(厄)払いましょ/\」