高砂や(たかさごや) 八代目春風亭柳枝  ェェ、お笑いでございます。ご縁ということォよく申しあげるんですけど、なんにでも縁というものはございますなァ。“袖すり合《お》うも他生《たしょう》の縁”“つまずく石も縁の端《はし》”てえますが、われわれのお話をかように、ィィ聞いていただきます――これもまァなにかのご縁でございます。  なかでこのいちばん、わかりませんのがご夫婦のご縁だそうでございましてなァ、これは神事《かみごと》なんてえことォいいまして出雲の大社ィ諸々の神さまが集りまして、縁結びを開催をいたします。で、ェェなかに“ぞろっぺ”な神さまが酔っぱらっちゃってなァこの、三本一緒に結ンじゃったりなんかァすんのがあるン。これは末には三角関係を起こすんだッてえますが――これあんまり当てんなったァお話じゃァございませんが……。  なかにこのまたこの、ォォ媒酌人という、たいへんなお役目でございますなァ、両方のお話をうまくまとまりをつけようッてえんですからこりゃァなかなかたいへんでございますゥ。お仲人《なこうど》でございますが、まァしかし仲人は一生に一遍は、やりたいもんだてえことォよく、伺いますが。 「お前《まい》がなんだってえじゃァねえか仲人をやるんだってなァ――」 「そうなんですよォレコードをね、やるんですがね」 「レコードじゃァねえやな仲人だよ」 「それなんですよォ、それをあっしがやっつけるんだよ」 「そらァお目出たい話だなァ。でなにかい、お仲人てえがお仲間のお仲人か?」 「仲間ならいいんだが、それがそうでねえんだィ、伊勢六《いせろく》の若大将――」 「あの孝坊ッちゃんの? へえェお前《まい》の名誉だ、ああそりゃァ結構な話だ。お前《まい》さんが橋渡しをしなすった――ああ、そうか、頼まれ仲人、むこうには立派なお仲人さんがいらっしゃるに相違ない、お前《まい》さんを洒落《しゃれ》に頼ンだッてえやつだなァ――そおォか。で婚礼はいつだ?」 「今夜です」 「たいへんにまた早いんだねェ」 「ええ。で嬶《かか》ァに話をしたら怒ってやァン。『お前《まい》さんそんなもの請合《うけあ》ってきちゃァ困る』ッてえやァン。『仲間の仲人ならねェ絆纏《はんてん》股引《ももしき》でもことは済むが、ああいうご大家《たいけ》のお仲人となるってえと絆纏股引じゃァ済まねえ』ッてえやァン。『済まねえッてこれだけっかねえんだから、じゃァしょうがねえから裸ならかわりがねえから裸で行こう』ッ言《つ》ったらね、『そういう席上へ男のストリップはいけねえ』とこういやァがんだよ。で『何を着るんだ』ッたら紋付を着て袴ァはくんですってねェ?」 「そら紋服《もんぷく》を着なくてはいけない」 「そんな物ァ自慢じゃァねえがねえんだァ」 「なァにを――自慢がいるか」 「で嬶ァのいうにゃァ『ないじゃァ済まねえ』ッてえやァン、『大家《おおや》ンとこ行って来ォい』ッてお前《ま》はんのことォいうからね、『ンなァ貧乏な大家だからそんな物ォねえだろう』とそいったんだよ。『けど一枚ぐらいあるだろう』ッてえから『どうせあったってろくな物《もん》じゃァねえだろう』ッてそいったんだよ。『ろくなもんでなくったってないよりましだから行って借りて来い』ッていうんですがねェ、借りにィ来たんだァ――紋付の着物《きもん》と袴ァ、借してくれよおい」 「おいお婆さん怒ンなさんな――こういう馬鹿野郎だ、え? 内《うち》も外《そと》もわからねえんだ。どうせろくな物ァない――(強く)誰の前《まい》でいうんだァ?」 「だかァ……(気がついて)あッはッはァ、いたねェ」 「だァれと話をしてえるんだ」 「いい物もありますか?」 「たいした物もない」 「ああそうでしょう」 「ご挨拶だなァ……まァ一《しと》通りはあるでお貸しをしよう――お婆さん嫌《や》な顔ォしなさんなこいつのいう事《こ》ッたからしょうがねえやな、お目出たい事《こ》ッたから貸してやんなさい。小物《こもの》もなんにもありやァしないみんな揃えて。そいからお前《まい》に話を聞いてみるとあたしも心配だ。仲人は大役《たいやく》だ、儀式万端なんでも心得《こころい》ているんだろうなァ?」 「それがなんにも心得《こころい》ていねえからおもしろいン――」 「おもしろかァねえやなどうも……困ったなァどうも。まァしかし先方《むこう》さまでも、お前さんに仲人を頼もうてんだ、まァやり損《そく》なっていいてえこたァないがまァまァ、しと通りやってのければいいだろう。あたしもねェ、本当のことは知らんがしと通りは知ってます。まず三三九度《さんさんくど》、知ってるかァ?」 「誰がやるんですゥ?」 「お前《まい》がやるんだよ」 「駄目だァ……きまりが悪《わり》いやなァ」 「きまりの悪いことァないよ」 「なン――嫌《や》だァ……さんざん口説《くど》くんでしょ?」 「口説くんじゃァないんだよォ、三三九度てえんだよ」 「ああそうか、さんざん口説くんだッてえからね、あっしゃァむこう行って嫁さんを口説くの――」 「ンなそんなことォしちゃァいけねえやな……仲人が嫁さん口説いたらしまりがつかないじゃないか。まァ、深いことは知らんが花嫁花婿お仲人、三人で三杯ずつ固《かた》めの杯《さかずき》か、でこれを三三九度てなことォいうのだろう。それから忌詞《いみことば》がある――これは気をつけなさいよ、お前《まい》さんは口が悪《わり》いなァ、婚礼の席で使ってならん言葉、“帰《かい》る”“引《ひ》く”“戻る”“切れる”“割れる”忘れてもいってはならん」 「“帰《かい》る”なんて――」 「ああいちばんいけねえ」 「じゃァ二《に》、三日《さんち》泊ってますか?」 「泊らなくったっていいやなァ、帰《かい》るときにァ他の言葉を用いるんだ」 「ははァじゃ『この辺でずらかろう』てン――」 「“ずらかる”てえなァない、『お開《ひら》きにいたします』」 「なる程ねェ、表ェ出るときが、門を開《しら》かなくちゃ出られねえから『お開きにいたしましょう』、もっといたかったら『おつぼみにいたしましょう』――」 「『おつぼみ』ッてえなねえ……それからご祝儀を心得《こころい》てるかァ?」 「ご祝儀ィ? もらうんでしょ?」 「よくばっちゃァいけねえ、お前《まい》がやるんだよォ」 「ご祝儀をォ? こりゃァ入費がかかるねこりゃァ……じゃァこのォ、百円ぐらい包ンで働きの者《もん》に――」 「やその祝儀ではない、お前《まい》が先方行ってご祝儀をつける――」 「ああそうですかァ、(口三味線で)ちゃんちゃんちゃんッてあれでしょう?」 「それは芸者衆のつけるご祝儀。そうではない“高砂や”だよォ」 「あ“高砂や”かァ」 「知ってえるのかよォ?」 「知らねえんだよォ――」 「変な挨拶をするな。謡《うたい》というもの。がしかし、謡なんと一朝一夕《いっちょういっせき》でできるものでない。“高砂や此《この》浦舟に帆をあげて月もろともに出《い》でしほの。波の淡路の島陰や。遠く、鳴尾《なるお》”てえのが本当だが、嘘でも“近く鳴尾の沖すぎて。はや住の江《え》に着《つ》きにけり”とやるんだが、全部は無理だ。お前《まい》さんが“高砂や此浦舟に帆をあげて”、ぐらいまでやんなさい。あとのほうはご親戚のおかたに、のど自慢のおかたがいらっしゃる、おまかせをする、お前《まい》も、恥をかかなくってすむ。これもわァわァ呶鳴《どな》っちゃァならないぞ。『どうぞご祝儀を』といわれたらは、お前《まい》が体《からだ》を決めるン」 「おいくらぐらいで決めるン?」 「値段を決めるんじゃァないんだよ、体の位置を決めるン。胡座《あぐら》ァかいたりなんかァしちゃァいけませんよ、きちィんと座らなくっちゃァなァ。白扇というものを膝ィ構える。お婆さんそこに扇子があるだろう――なんでもいい――よろしい……(扇子を受取り、きちんと座りなおしながら)わしが仲人をやるような騒ぎだァまるで――くだらねえことォ請合ってきて馬鹿だなァお前《めえ》……ちゃァんと見てなさい。こういう具合に……まず、ぴしっと体の位置が決まったら眼《がん》の配《くば》りだァ、あんまり上をむいてもいかん、といって下をむいてもおかしい。まず目八分《めはちぶん》を見るン」 「お櫃《はち》を見るン?」 「お櫃じゃァないン、家《いえ》でいったら鴨居《かもい》のあたりが目八分《めはちぶん》いいかな? この辺がちょうどいいだろう」 「はァァ天井《てんじょう》が目九分《めくぶん》、(だんだんそっくり返りながら)目ェ十《じゅう》、十二《じゅうに》、十三《じゅうさん》――うしろィしっくり返っちゃう」 「そんなに見なくったっていいんだよ。あたしゃァ本当に稽古をしたんじゃァない――真似事《まねごと》ですよ。うまかァないよ」 「ああそうでしょう」 「ご挨拶だなァどうも……エヘン(と大きく咳払いをする)」 「(吹き出して)うふッ……ふさがってますよ」 「便所ィ入ってるんじゃァねえ――なァにをいってやァン……(謡の調子で)♪たァかァさァごォやァァ、こォのうゥらァ舟ェにィィ、帆ォォあァげェてェェと――」 「(吹き出して)よォせやァい、いい間《ま》のふりをしやがってのろまが竹法螺《たけぼら》ァ吹いてるように“ぽォほォほ”ッだってえやがんの……人間ッてえのァ恥を忘れるとしょうがねえ」 「だァれが恥を忘れたんだィ……お前《まい》のためにこんな声《こい》出してやってやってるんだ。見ろお婆さん笑ってるじゃねえか。こんなふうに胡麻化しゃァいいんだィやってみろォ」 「驚いたねェこらァどうも……都々逸じゃァいけませんか?」 「都々逸じゃいけねえなァ――」 「そうですかァ? ンな請合うんじゃなかったよこんな声《こい》ィ出すんならよォ――知らねえから請合ってきちゃったんだよ。こっとら本当《ほんと》になんだよ気をもんで咽喉《のど》いためてるんだよ本当に――(座り直して)どうでェ?」 「おゥ形がいいや」 「べら棒めェわけェねえやこんなもんならよォ……(大きく咳払いをして)なんてえましたっけ?」 「わけなかァねえじゃねえか……高砂やだよ――」 「あ高砂や――わ、わかった……おほほォン(と咳払いして)……たかッ(と頭のてっぺんから声を発する)」 「おいお婆さんどこ行くんだどこえ? この人《しと》の声《こい》なんだよいまのは……婆さん表ェ飛び出す……なんてえ声をしやァがン……お前《まい》のァこういうところから声が出るン、頭のてっぺんから。もっと下ッ腹《ぱら》から出すんだよォ」 「あなる程ォ……やってみると安直にいかねえねェ、下ッ腹から? ようがすゥ、あっしァ下ッ腹があるんですから……(唸るように低く)たァー……と、ね? うゥー」 「牛だねお前《まい》のは……第一《だいち》ィ“たァー”といってるからおかしい、(節をつけて)“たァかァさァごォやァァッ”と続けちまいな――」 「あ続けるんですかァ? エヘン、ェェたかだァ……(軽く早口に)たかたかたかたかだァ……」 「なんだ蛙《かいる》みてえだなァがたがたいってるなァ。少ォし続きすぎるなァ」 「そうすかァ? ェェたかたッ……このへんでようがすかねェ、ェェたかたァッてきますかねェ……ェェたかたァッ、ェェたかたァッたかたッたかたァッ、とんすことッとんたかたァッ……とんすことんとッとことッ――」 「お神楽だよォそれじゃァ――じれってえなァ。高砂と続けるんだ」 「高砂とねェ……(軽い調子で)ェェ高砂ォッときますかねェ、ェェ高砂ォ、ェェ高砂ォ、ェェ高砂ォ、柴又は乗《のり》かい――」 「帝釈《たいしゃく》さま行くんじゃねえやァい……しょうがねえなァどうも。なにかうまい調子が……あッそうだ、このォ町内へあの日《し》に三度ずつ来た豆腐屋さん、若いのはいけねえ――お前《まい》とおなじ調子。あの吉兵衛さんか? あの人《しと》の売声が謡の調子、あの物真似ができるか?」 「ええ。あの爺《じじ》ィの豆腐屋でしょ? 粋《いき》な爺《じじ》ィですねェ、うめえんだ――やってみましょうか……(扇子を天秤棒にして肩に担ぎ、声太く)ええふぅーいッてんでこれでいいでしょ?」 「(手を打って)うまいッ! その調子でいいんだよ――」 「そうですか――早《はい》くいってくれえ――わけェねえやァこんなもんならよォ……おおーふういッと」 「おお上等だなァ」 「そうですかァ……おおふうい」 「それでいいんだよォ」 「おおふうい」 「豆腐ィばかりじゃァしょうがねえや」 「そォですかァ……(豆腐の売声で)生あげェがんもォどき、焼きたァて焼豆腐、今日《こんにち》は午《うま》の日《し》でござい――」 「余計なことォいうな……つまりその調子で高砂やをやるんだ――」 「あこれでねェ、あなる程ねェ、ようがした――わかります……おおふういッとくらァ」 「そのやるときにそのォ、天秤棒肩にあてがっちゃァいけない――」 「えィようがす、ェェまァ稽古中ですからこれェやんないとね、調子が出てェこねえんだよ……おおふういッと、ね? これで高砂でしょ? たかッ(と声がとまってしまう首をひねって)……おおふういッとォ、たかッ、たかッ……とおォふうい……たかァふうい」 「たかふいてえなァないよ……高砂やだよ」 「ああそうですか……とおォふういとくらァ、たかァさァごォやでござい――」 「売りに来ちゃァまずいなァ。高砂やで切るんだァ」 「そうですかァ……おおふういとくらァ、たかァさァごォやァときやすねェ、このうゥらァ舟ェに――」 「うまいうまい――帆をあげだァ」 「やァ(節をつけて)帆をあァげがァんもどきィ……」 「あしょうがねえやこらァどうも……がんもどきァ余計だ。まァその調子で胡麻化しなさい」 「ええ、こいでようがす。なんとかうまくゥ胡麻化してきますから」 「そうか。おかみさんの衣裳はあるか? 髪結《かみい》さんから借りた――そうか、ではしっかりやってきなさいよ」  と、夫婦、盛装を凝らしまして先方へ。 「は、早くしなよ――なにを? ご祝儀ィ? わかってるよ――おおふゥいとくらァ黙ってろォい。どう考ィても巻繊汁《けんちん》だの高砂やッてえのァ豆腐ゥが台でなくっちゃできねえんだねェあらァどうも……(声を張って)ェェ今晩は……どうもお騒々しい事《こ》ッてェ――」 「おい誰だァおい火事じゃァないよ……なァんだお仲人さんじゃァないかおい……変なことォいっちゃァいけない――さ、ご親戚のかたにィ、ご挨拶を」 「わかってるよォ、ご親戚のかたァ――みんな? 全部? たいしたもんですねェどうも、おッそろしい来てやァんなまたどうも。(声を張って)えィ今晩はァッ、あっしが仲人なんでござい。いえェたいしたもんじゃァねえんでござんすえィ、まァなんでもやれてえからまァ死ンだ気ンなってやっつけま――(女房に突っつかれて)え?……あそうか、まァ一生懸命ンなってやっつけますんでねェ、またどォも、今晩はご遠方《えんう》のところォご会葬くださいましていろいろありがとうございます……え? いまのァ葬式《とむらい》のほう? (あわてて口を押え)ああァあァらいまの葬式《とむれえ》のほうなんだそうで。いずれそういうことにもなるんでェー」  酷《ひど》いやつがあるもんで……。  忌詞《いみことば》もなんにもあったもんじゃァございません。そのうちにぴたりッと座るてえとやっこさん目が眩《くら》ンでくる冷汗《しやあせ》が流れる、しびれがきれる――おさまりがつきませんが、おかみさんが相当心得あるものとみえまして、三三九度も無事におさまります。 「お仲人今晩はご苦労さまでございます、つきましてはお開《ひら》きにいたしますので、おそれいりますが、ご祝儀を」 「(声を張って)お謡を――」 「よォッ、待ってました……ご祝儀でしょ? お謡、高砂やでしょ?」 「そう」 「それやらないとこっちァもう酒もおちおち飲めねえんだよ、いえわかってますよ。いままでァ嬶《かか》ァが全部やったんだがな、こっちァお前《めえ》高砂やで落《おち》をとろうッてんだァ……(座り直して)目八分《めはちぶん》を見るから悪く思わねえで――」 「悪くなんざァ思やァしません――よろしくどうぞお願いします」 「(咳払いをして)……目八分を見るン、ね? いいのか?」 「ェェどうぞご遠慮なくお願いをいたしますゥ」 「(天井を見つめて声を出そうとするが、声が出てこない。口を開けてぱくぱくする。かすかに力なく、ささやくように)たかァさごォや……たかァさごォや……」 「ご遠慮なく大きな声を願いたいんでござんすが……」 「いま調子を調べてんだ――ンなはじめっから大きな声《こい》が出るかァいこん畜生《ちきしょう》めェ……(高調子で、息がもる)たかァさごォやァ……たかァさごォやァ」 「息がもるようでございますけど、横ッ腹《ぱら》ィ罅《しび》でも――」 「なにィいやがんでェこん畜生めェ……(突拍子もなく高い調子で)たかァッ……(豆腐の売声を思い出して)うふッ、これこれ、そうそうすっかり忘れちゃった。おォふゥい――」 「こりゃァどうも……こりゃァお戯《たわむ》れでございます」 「これせえありやァこっちのもんだァ……黙ってくれェい。調子の出どこがわからねえもんだからな。たかァさごォやァッとくらァ、このォうゥらァ舟《ふうね》ェにィ帆をあげてェと――、あとァご親戚のかたに」 「(吹き出して)こらァどうも結構でございました。つきましては親戚一同、みな不調法者でございますが、おそれいりますが続いておあとを願いたいんですが――」 「えッ? みんな不調法――ここに揃ってるのがこれこれ全部? 一人《しとり》ぐらい調法な、野郎がいそうなもんじゃねえか――こらえらいことんなっちゃったぞこらァ……(泣きそうになって)あとァお前《めえ》のほうでやるってえから覚えて来ねえ俺ァ……たかァさごォやァ、このォうゥらァ舟《ふうね》ェに帆をあげェて――」 「もうそこァ一遍伺いましてございます。続いておあとを――」 「(べそをかいて)たかァさごォやァ、この浦ァ舟に帆をあげて」 「帆は、あげっぱなしではまことに困るんでございァすけども」 「(べそをかいて)高ァ砂ォやァ、(泣き出して)この浦ァ舟ェに帆をさげて――」 「さ、さ、さ――さげちゃァ駄目ですよォ」 「じゃァまたあァげたァ」 「なんだいこりゃァどうも……しょうがねえなァどうも」 「(小声で)なにいってんだよこの人《しと》本当《ほんと》にしょうがないよ、節をつけて胡麻化すんだよォ」 「え?」 「節をつけるんだよ」 「そうはいかないよ――(泣き出して)高ァさァごォやァ――いま節をつけて胡麻化しますよ驚いたねェこらァどうも……高ァさァごォやァ……(順礼歌になって)たァァかァァ(泣いて)あッはッはッ、さァごォやァァこォォのォォ浦ァァ、ふゥねェにィィ帆をォあァげェてェッ」  たら親戚一同が 「(節つけ)婚礼にご容赦ァ〔順礼にご報謝〕」