かつぎ屋(かつぎや) 八代目春風亭柳枝  ェェご機嫌よろしゅうございます。初春《はつはる》でございますので、ェェ何か相応《ふさわ》しいお噺を……と、お古いお笑いではございますが、ひとつ、お正月でなくては演《でき》ないという『かつぎ屋』というお笑いを一席、ご機嫌をうかがい致しますが……。  しかしながら、この、“もの”というものは、あァんまり気になすっちゃいけませんようでございますな。しかし、十人よれば気は十色《といろ》ですから、気にするお方もいらっしゃるでしょう。また、無頓着な方もおいでになります。あんまり無頓着てえなァいけませんが、あんまり気にしちゃァいけません。気にするてえと、いまにこれが病名がつきましてな、神経衰弱なァんてえことになるんでございます。 「どうも何だなァ、鴉《からす》鳴きが悪いが、何かあるんじゃねえかなァ」 「犬が大変に駈け出すけど、凶事があるんじゃねえか」  なんて、くだらないこと心配してらっしゃる。そりゃ生きてるんですからな、犬だって駈け出します、鴉《からす》だって鳴きますわ。これが電信柱が駈け出したり、ポストが鳴いたりした日にゃ、こいつァ穏かじゃございません。 「あすこの饅頭《まんじゅう》屋じゃ大変に饅頭《まんじゅう》蒸《ふ》かしちゃったなァありゃァ、残ったら誰が食べるんだろう?……」  くだらねえことを気にしてらっしゃるお方がございます。  なかには大変に、この、“し”という字を嫌う方がございますな。『“し”という字は、縁起が良くない―死《し》ぬ、失敗《しくじ》る、身代限《しんだいかぎ》りをする、始終仕合せが悪い、これは言ってはならん』なんてんで……。 「旦那さま、あのゥ、四《し》月というのはどういたしましょう」 「そういうのは、四《よ》月とやんなさい」  なるほど、物も言いようです。  呉服渡世を致しておりましたかつぎ屋《や》の五兵衛さん。かつぎ屋というくらいでございますから、物を気にすることは大変でございます。  平生《ふだん》がこの通りでございますから、明《あけ》る元日、はあ、えらい騒ぎでございますン……。 「さあさあさァ、お目出たいなァ、こんな結構な元日はありません、やァ、お目出とうございます。雲一点もない、日本晴れだ、いやァいい気持だな、大変に陽気も暖《あった》かだ。みんな笑ってくださいよ。一年の計《こと》は元日にあり。元日に怒ったり泣いたりすると、一年中怒ったり泣いたりしてなくちゃいけない、な、笑ってくださいよ。『あらためて笑いの声もころころと、転がって来る新玉《あらたま》の春』。いやァ、お目出とうございます……はいはい、定吉か? はい、お目出とう、いやァ子供なんてものは、正月は喜ぶものだな。なんだ? 帚《ほうき》を持ってまごついてるね。いけませんよ、元日は塵ッ葉ひとつ他所《よそ》へあげてはいけない……なに? 元日に限ります? なぜだい……運を擢《さら》ってる? (喜んで)うふッ、上手《うま》いこと言うね、そうか元日から運を擢《さら》うはありがたい。何の運だ? え? 犬の糞《うん》?……汚ねえなァ。くだらねえこと言うんじゃないよ。片付けておくんなさいよ……あッ番頭さんかい? お目出とうございます。お前さんは昨晩《ゆうべ》まで忙しかった。今日からゆっくりしてくださいよ……あ、奥を見廻って来ますがな、どうぞお店のところは、何分《なにぶん》ともお願いを致します……はい、おきよさんかい? はい、お目出とうございます。今朝、お前さんは忙しいな、うん、一人《ひとり》役者だ。あの、お雑煮やなんかの仕度はできましたかな? あ、そうかい。それからな、お屠蘇《とそ》をお祝いをしたらは、あとは飲めるお方は、お酒をなにしますから、お燗のつくように、その仕度もして……それからお婆ァさんや、娘もみな、ここへ来て、一緒にお雑煮をお祝いをするから……定吉や、お店へ行って『番頭さん、皆さん、お仕度ができましたから、お出《いで》を願います』と呼ンどくれ、行きなさい……はいはい、番頭さんか? さ、こっちへ入っておくれ、さ、お前さんが席へ着かないてえと、ほかの者が坐ることができない、さ、どうぞ」 「へい、旦那さま、明けましてお目出とう存じます」 「ええ、旦那さま、お目出とう存じます」 「ェェ旦那さま、お目出とう存じます」 「(黄色い声で)旦那、お目出とう存じます」 「旦那さま、お目出とう存じます」 「(席をすすめて)さァさァさァさァ、どうぞ膳へ着いてくださいよ、な? また本年も相変らずだ、よろしくお願いを致します。それからな、知ってる人もあるだろうが、また知らない方もいるだろう……私の家のこの、家令になっている。済まないが、三ガ日のこの雑煮だがね、これは食べ揚《あ》げて貰いたい。元日に珍しいというんで、うゥんと食べて、翌日《あくる》の二日には、幾切れ減ったてえなァ嫌だ。これは梯子段だ、三カ日だけは、とんとんとんと食べ揚《あ》げて貰う……どうぞ、お願いを致しますよ、ええ。ェェ、それからな、なんだい? お屠蘇《とそ》はみんな一応、お祝いをしましたかな? そう……定吉や、お前さんは、お酒を飲まない。先へお雑煮をお祝いしてもよろしい」 「左様でございますか、ではお先へ頂戴いたします……番頭さんはじめ皆さん、お先へ頂戴いたします、へい……お酒いただきませんから、ええ……え? そうなんですよ、ええ、お酒をいただけませんから、お先へ頂戴をする、こういうわけで……えへへへ、へい、ええ、済みません、あのゥ、お雑煮……お雑煮、おきよさん、お雑煮だよ(と催促して、お碗を受け取り)……あらりゃ、大変にまた装《よそ》っちゃったな、こりゃァ……え? あたしゃ餅が嫌いなのを知ってるじゃねえか、意地悪だなァ、こんなに装《よそ》っちゃ……また餅が汚ならしいねェ、こりゃァ、真ッ黒に焦《こが》しちゃって……(つくづく見て)なんだ、こりゃァ、瘡蓋《かさぶた》みたいじゃないか……もっと綺麗に焼いたらいいだろう、こんがりと狐色《きつねいろ》に……ああァあァ、おいおい落っこっちゃったよ、お芋が落っこっちまいやがった……(扇子で床から拾い上げようと突く仕草)箸がまァるいから、なかなか刺さらねえんだ、お芋が……長刀《ちょうとう》だよこりゃどうも、うえェ(突き刺してひょいっと扇子を突き出して)……やァ旦那ァ、磔《はりつけ》になった」 「な、なんでそんなことを言う」 「(とりなして)どうぞ、ご勘弁を願います」 「いやいや、子供のことじゃ、仕方がない……清吉や、お前はまた何を考えとる?」 「はい、ただいまお雑煮をお祝い致そうと思いましたら、中から大きな折れ釘《くぎ》が出ました」 「危かったなァ、餅屋が粗相《そそう》を搗き込ンだ。怪我はないか?」 「いえ、怪我どころではございません。ご当家にとりまして、こんなお目出たいことはございません」 「何が目出たい?」 「餅の中から金属《かね》が出まして、ご当家ますます金持はいかがでございましょう……?」 「(膝を叩いて)えらい、どうだ頭がいい、え? 平生《ふだん》から儂《わし》ゃそう言っとる、なかなかどうして頓智が上手《うま》いじゃないか。金持……(と気に止めて)誰か笑ってやがる。大きな声で笑ってやんな、こりゃ。(と見て)飯炊きの久蔵だよ……何を笑ってるんだ?」 「(大声で)はッはッはッはァ、おォかすィから笑ったでェ」 「おかしいから笑うのは判ってる。何がそんなにおかしい?」 「言うことが違《つが》ってるから笑ったで……」 「うゥん、言うことが違ってるから……どこ違ってる?」 「違《つが》ってるではにゃァか。金《かね》ン中から餅が出たら金持てえこともあんびゃァけんど、餅ン中から金《かね》が出て金持てえことァねえ。俺《おら》がの思うには、ご当家これから持ちかねるか」 「あんなことを……こういう野郎だ、平生《ふだん》から気に入らねえんだ。え? せっかく良《い》い気持にしてくれりゃ逆らいやがって……お前みたいな者は家に置いとくわけにはいきません。暇《ひま》をやるから出てけ」 「あんたって?」 「出て行きなさい」 「なんだって、俺《おら》ァ暇《すま》出るッてかね。それ良くねえこんだ、元日早々、人が減るてえのは、駄目《だみ》だ。負けとけ」 「負けとけッてやがる……負からない」 「負からねえか? では仕《す》方がねえ。仕事嫌《すごときれ》ェだからのゥ……なれども今日は出て行かねえ。来月四日まで待ってくんろ」 「いやに日を切りやがったな、こいつは。来月の四日まで待てばどうする?」 「(指を折って)今日から数えると、ちょうど三十《さんずう》五日じゃねえか」 「またあんなことを言ってやがる。気に入らない奴だね、どうも……向う行ってなさい……(立上って)あの私はお店へ行ってきますよ。あァなんだか気持が悪くなってきたから……きえッ、私に逆らってばかしいやがって、まァ情ない奴らばっかりいやがる……(急に丁重になり)はいはい、これァこれは、お目出とうございます。昨年中はどうもいろいろご厄介に。本年も相変りませず、はあ、お早々《はやばや》と畏れ入ります。どうぞお家へよろしく……(傍へ)どちらだ? あの若旦那。え? 伊勢惣さんの……へえァ、大きくなんなすったなァ、お父さまのご名代《みょうだい》でご年始か。男の子さん、羨ましいのゥ。どうだ、だいぶ何だな、ご年始のお方がお見えになったようだな……定吉や、お前、お雑煮、お祝いをしたか? さァ、こっち来い、こっち来い、ゥゥ何だよ、お小遣いもあげますからな、変なことを言うんじゃありませんよ。また、お前を連れて、先方へお年始に行かなくちゃならない。あとで、あすこへ行かない、ここへ行かないてえなァいけない。(帳面を出して)私は一応ここへ記《つ》けますから、お前ここで読みあげておくれ、いいかい? お願いしますよ、な? なにしろ、お前はなかなかどうして利口者だから、私もな、喜ンでるんだよ、うん、逆らっちゃいけませんよ、なァ? はい、いちばん初めは、どなたさまだ?」 「三河屋久兵衛さんでございます」 「ほう、三河屋の久兵衛さん、相変らずお早いな、うん(と記入して)三河屋の久兵衛……それから定吉や、お前にそう言っとくがね、三河屋の久兵衛ならば、頭字《かしらじ》だけとって三久《さんきゅう》とやんなさい、な、それで私に判る、三久といえば字が二つで済ンじまう、三河屋の久兵衛てば字がどっさりある、な? 筆の痛みが違う、墨の入用《いりよう》も違う」 「ずいぶん吝《けち》ン坊です」 「吝《けち》ン坊ッてことはない……商人《あきんど》という者は、目に見えないところにこうやって頭を使わなくちゃいけない。塵も積もれば山となる、なそういうことよォく心得てなくちゃいけませんよ、な?……はい、おあとはどなたさまだ?」 「変なのがあるんです」 「変だって構わない。誰だ?」 「“てんかん”てえんです」 「“てんかん”? そりゃ変だね、“てんかん”てえ……なんだ? “てんかん”てえなァ……?」 「天満屋の勘兵衛さんて人で短く言うと“てんかん”になっちゃった」 「そういうのは、“あまかん”と言え、“あまかん”と……てんかんだッて、おかしなこと言ってやがる。頭を使いなさい……はい、おあとはどなただ?」 「あと、“あぶく”です」 「“てんかん”に“あぶく”じゃ通《つう》じ物だよ、これァ……私ァ癲癇《てんかん》見ましたよ、泡《あわ》ァ噴いててあまり良《い》い恰好《かたち》じゃねえ、何を言ってやン……誰だ? あぶくてえのは?……」 「油屋の九さん、詰めたら“あぶく”になっちゃった」 「そういうのは、てんかんと離してやったらいいだろう―くらい気のつかない。“てんかん”に“あぶく”じゃおかしいじゃねえか……あとは? 縁起の良《い》いのを頼むよ、どなたさまだ?」 「“しぶと”です」 「おやおや……何だ? しぶとてえのは?……」 「渋谷の藤兵衛ッたら、しぶとになっちゃった」 「いやな奴が来やがった、渋谷の藤兵衛……そんなものァ読まなくっていいんだ、しぶとてえのはおかしいじゃねえか……あとは、どなた、どなたさまだ?」 「あと、“ゆかん”です」 「かんを言う奴があるか……誰だ? ゆかんてえのは」 「湯屋の勘吉さんッて……ゆかんになっちゃったんで」 「いやな奴が来やがった、ゆかん……あとは誰だ?」 「あとは石塔《せきとう》です」 「張ッ倒すぞ、この野郎……石《いし》塔とやれ、石《いし》塔と……石塔《せきとう》だッてやがる……止しましょう、気持が悪くなってきた……(傍へ)番頭さんや、お前、笑ってないで替って読ンどくれ」 「承知いたしました。お元日でございます、どうぞ、お小言は抜きに願います……(定吉に)向うへ行ってなさい、旦那に逆らって、仕様のない奴だ……では旦那さま、ェェ末広一|対《つい》と願います」 「なるほど、さすがは番頭さんだな、扇子《せんす》とは言わない、末広一|対《つい》」 「名前は千歳《せんざい》と願います」 「千歳《せんざい》……煎餅《せんべい》屋の歳《さい》助さん、お屠蘇《とそ》でもあげりやよかったな、そうかい、千歳《せんざい》」 「おあと、鶴亀と願います」 「いや、拵《こしら》えごとは困る」 「いえ、拵えごとではございません、鶴屋の亀さんがお出《いで》になりました」 「鶴屋の亀さんが? おやおや嬉しかったな、そりゃ、鶴屋の亀さんで鶴亀、いや、このへんでもって筆を置いときましょう……ああ、ありがとう、ありがとう、いい気持になりました、おかげでな……(ふと表通りを見て)や、番頭さんや、お前がせっかく良い気持にしてくれたら、向うからごらん、嫌な奴が来ましたね。私とは小さい時分から友達だがね、商売が早桶《はやおけ》屋、名前が四郎《しろう》兵衛、みィんな気に入らねえや……して、私の顔を見ると、嫌がらせを言うのが、あいつの癖なんだ。このあいだも表で会いましたから、こっちから景気をつけて『おうい、福の神、どこへ行くんだ』ッたら、『お前の家から出て来たんだ』とこう言やがる、気持が悪いじゃねえか、福の神に出て行かれちゃ……ね? あんまり癪に障って仕様がないから、こんど先回りをしてな、『貧乏神ッ、どこィ行くんだ』ッたら、『お前の家へ行くんだ』てこう言やがる……よく二言目《ふたことめ》に、ああいうことが出ますよ、あいつは。不思議な奴なんだからね……こうなんだか、だいぶ酔ってるようだから、また何か言われると、元日早々、嫌だから、私ゃ奥にいます。何とか言って、追ッ払っちゃっとくれ」 「へい、承知いたしました」 「(酔って入って来て)おゥ、どうしたィ、番頭《らんとう》ゥ」 「はじまったな、大きな声で。らん頭ときたよ……(出迎えて)あ、どうも、私は番頭でございます」 「番頭かァおい、いやに不景気な面《つら》してるじゃねえか……(と見すえて)え? ぼんやりしてやァる。檀家《だんか》ァどうしたィ?」 「檀家《だんか》?……檀家、ご商売柄ですな。旦那さま、ただいまちょいとな……」 「いないてえのはおかしいね ェ、俺ァいま向うから来たら、姿が朦朧《もうろう》と現われてたよ。影は薄かったがね……そばへ来たらなくなっちゃったよ、あッははははァ……さてはお隠れになったァ」 「(とび出して)おい、番頭、出るよ私ゃ……知ってるんだよ、目が早ェなァまあ、どうも……くだらねえこと言って……まあまあ、明けましてお目出とう」 「いよゥ、甦《よみげ》ェったな」 「いやなことを……まあまあ、そんなこと言いっこなし。明けましてお目出とう」 「何が目出てえんだィ……?」 「一夜が明けて、門松飾って目出たいだろう」 「私ゃ情ない……また寿命が一つ、締《ちぢま》ったね。一休禅師《いっきゅうぜんじ》てえ人は、上手《うめ》ェこと言ったよ……『門松は、冥土の旅の一里塚、目出たくもあり目出たくもなし』。南無阿弥陀仏……」 「ありゃりゃりゃ、鶴亀々々、いやだよ、私や……元日早々、店で念仏を唱えられちゃ……(笑顔をつくって)ああ、いいご機嫌だな、恵方《えほう》参りだな」 「お寺詣りだ」 「どういうわけで、そう突ッ張らかって……誰の寺詣りに行ったんだよ」 「おめえ知ってるだろう、建具屋の半公、な? あいつと俺とおめえ、三人は竹馬の友達だよ、一本の芋を食《く》い合った仲じゃねえか。おめえは立派な呉服屋の旦那だ。俺は食うにゃ困らねえが、親代々からの早桶屋。可哀相なのは建半《たてはん》、食うに困っておめえ、首くくって死ンじめえやがった……類縁、引き取り手がねえ、それから俺とおめえ、二人でな、寺へ葬ってやって、線香一本あげる奴ァねえ。俺ァ可哀相だと思って、なァ、いまお参りをして俺ァ寺の門を出て、つくづく考えた……広い世の中にだよ、なァ? 仲の良《い》い友達がだ、な? あん畜生ァ死ンじゃって、俺とおめえの二人ッきりじゃァねえか、なァ? そうそうそう……ひッく……俺ァおめえのこと頭に浮ンだよ、お前は肥ってるねェ、三人前ぐらい肥ってる。もしもお前がぽっくり亡《い》ったら、普通の早桶じゃァ間に合わねえ。仏さまそこへ置いて、この早桶でも駄目だ、この柩《がんばこ》でもいけねえてなァ惨めなもんだよ、な? それから俺ァねェ、おめえにいろいろ厄介《やっけえ》になってッからな、うん、仕事の手始めによ、おめえが何日《いつ》何時《なんどき》死ンでも、ぽォいィと入っちまう、早桶をひとつ拵えとこうと思って、俺ァそう思ったら矢も楯《たて》もたまらないッ……俺はおめえんとこ一本槍で来た。むこう向きねえ俺が寸法を計るから」 「何言ってんだ……いい加減にしなさい、え? 元日早々、早桶の注文とられちゃたまらないや」 「えははははァ……怒るなよ、おめえが本気《むき》になるから、俺も何か冗談が言いてえ、勘弁しつくれ……あははは、これァ冗談……(と懐から取り出して)これは、ほんのお寸志《しるし》だよ」 「何だ? こりゃァ……福袋か?」 「ううん、頭陀《づだ》袋だ」 「こんな物ン……(と拾って叩きつける)」 「なにも無理に遣《や》ろうッてんじゃねえ、叩ッつけなくていい、な? 要《い》らなきゃ遣《や》らないよ……けど、おめえの気持を悪くして帰るのも、本意でない。どうだ、おゥ、おめえの気持を治しとこうじゃねえか……『この家を』てえんだよ、『七福神が取り巻いて』てえなァどうでェ?……」 「ありがとうッ、さすがは友達だ、よく気持を治してくれてってありがとう、お礼を言いますよ……『この家を、七福神が取り巻いて』か。うん……」 「……『貧乏神も出どころはない』……」 「あァあァ、あんなこと言《い》やがって……」  えらい騒ぎですわ……。  ま、元日はどうやらこうやら、まァ収まりがつきましたが、翌日《あくる》、二日でございます。  あの、只今はちょっとご存じない方もいらっしゃるか知れません……まだ、私の子供の時分には、二日になりまするてえと、まだまだ売りに来たものですな、お宝というものを……お宝と申しあげましても、べつに、お金やなんかじゃないんでございますが……あの、木版刷りで七福神の宝船が、ェェ紙にちゃんと貼《あた》ってございます。これを枕の下へ入れて、お寝《やす》みになる。これは初夢でございます……で、これを一口にお宝と言いまして、これをずいぶん、この、売りに来たときでございますン……。  私《あたくし》まだ子供の時分に、花柳界などでは、よく売りに来たもんですが、只今では殆ど、見ませんようでございますが……。 「(大声で)おたから、おたから、おたから、おたから、おたからィ……(声を落し気味に)おたから、おたから、おたから、おたから……」 「(聞きとがめて)おッ番頭さん、今日は初夢です。良《よ》い夢を見ますかな、船を買っていただきましょう」 「承知いたしました……(呼び止めて)宝船《ふね》屋さァん、宝船《ふね》屋さァん」 「へい、(力なく)こんばんわ」 「また陰気な宝船《ふね》屋さんだな……宝船《ふね》は一枚お幾らだ?」 「四文《しもん》でございます」 「四文? 十枚では?」 「四十《しじゅう》文でございます」 「宝船《ふね》屋さん、まことに申し訳がないが、ちょっと私、思ったことがあるので、あの、その宝船《ふね》はちょっと買えないので、また、こんどの次買いましょう」 「旦那ァ、お気に障ったらお詫びを申しあげます。一枚でも結構でございます、お求めを願いたいんで……こんどの次てえますが、こういう物はね、明日売ったって誰も買い手がないんです。来年の今日まで待たなくっちゃならないじゃございませんか、ねえ、一枚でも結構でございます。縁起物でございますから、どうぞお求めなすって……」 「いや、縁起物だから、私ゃ買えないんで。ちょっと思ったことがあるから……まことに申し訳がないが、またこんだの次に買いますから、帰っておくれ」 「そんなことを仰言《おっしゃ》らないで……」 「(大声で)買えませんよ、くどいね、お前さんも。押売りは天下《てんか》の法度《はっと》だ。帰ンなさい」 「(尻《けつ》をまくって)売らねえやい、こん畜生め。何言ってやんでェ、あッしだってこんな商売《しょうべえ》したかねえんだ。この二、三年このかた、悪いこと続き。お袋に死なれ、嬶《かか》ァに死なれ、子供に死なれ……」 「おやおや、ご愁傷だねェ」 「あたしゃ、躰《からだ》の動《いご》かねえ病気になっちゃったが、友達てえものはありがてえ。いろいろ面倒をみてくれてよ、どうやらこうやら手前《てめえ》の躰《からだ》になりやしたが、あァんまり縁起が悪いから、宝船《ふね》でも売って、悪魔ッ払いをしたらいいだろうと思ってね、あたしゃ今、仕入れてきて、この家が最初《くちあけ》なんだ……最初《くちあけ》にそんな怪事《けち》をつけられた日にゃ、もう売る勇気はねえ、売らねえや、こん畜生め。そのかわりィ覚えてろ。今晩この軒下で、あッしァぶら下っちまうから……」 「何だィ、ぶら下るてえのは……え? 首くくり? いやいや。私ゃ首くくりは嫌いだ」  誰だって好きな奴はありゃァしません……番頭さんが、なかなか頭の働くお方でございますから、先方《むこう》のお宝を買わずに、こちらからお金《たから》を幾らか持たして、帰してしまいましたが……こりゃァいけないと、表へ出て待っておりまする。宝船《ふね》屋さんはたくさんに参りましてな……。 「(大声で)おたから、おたから、おたから、おたからァ……おたから、おたから、おたからァ」 「(呼び止めて)あ、宝船《ふね》屋さん」 「(立止り)ありがとう存じます」 「いや、私が買うわけでないのだ、実はな、この先のかつぎ屋という呉服屋……あ、お前さん、ご存じかな。あそうか、それは都合が好《い》い。あすこの私ァ番頭だがな、宝船は一枚……あァそう、みな値段はおなじだ。ところがその四という字でもって、或る宝船屋さんに大変にお気の毒な思いをさしてしまった。それは四と言わずに『よ』という具合に……そうそう、それからな、縁起の良《い》いこと、とんとんとォんと並べてくれるとな、お前さんの悪いようにゃしないから、旦那さまのひとつ、機嫌を治しておくれ」 「へい、承知いたしましてございます……(歩きながら呼ばわって)おたから、おたから、おたから、おたから、おたからァ……道中《どうちゅう》双六《すごろく》大宝《おおだから》でござァい」 「(聞きとがめて)おい、番頭さんや、え? 道中双六大宝てえんだ。威勢のいい宝船屋さんだ、家《うち》の店の前を行ったり来たり行ったり来たりしてますよ……さっき、ああいうのが行っちゃって、『(弱々しく)こォんばァんわ』なんて変な奴が入ってきちゃた、なァ、なんだか知らないけど因縁《いんねん》がましいことを言《い》やがって……はやく行って呼ンどくれ」 「承知を致しました(表へ)ええ、宝船屋さん」 「(さっそく入ってきて)へい、お目出とう存じます。お目出たく宝船が着きました」 「言うことが違うよ(喜んで)宝船が着きましたッてやァる……宝船《ふね》は一枚お幾らだ?」 「ええ、四《よ》文でございます」 「うむ、上手《うま》いな……十枚では?」 「四十《よじゅう》でございます」 「(膝を叩いて)して何かい、何枚ほどあります?」 「旦那さまのお齢《とし》の数ほどもございましょうか……」 「儂の齢の数てえと?」 「千枚ほども」 「千枚ッ(大喜び)じゃァ私の齢の数が千年だ、鶴とおんなし。ありがたい、ありがたい……そうかそうか、全部《みんな》うちで買っちまうよ、あァあ、全部買っちまう。他所《ほか》へ売られたら私の寿命が縮まりますから……千枚でもお金をあげます、もういいだろう、宝船なんぞ売らなくったってさ、どうだィ、一杯|飲《や》るか」 「いえ、たんとは頂戴を致しませんが、亀の子のように戴きます」 「言うことが上手《うま》いね、この、亀の子のように飲むてえんだ……じゃこっちィ入っておくれ、そこじゃ話が遠い」 「へい、ではそちらのほうへ、つるつるつゥッと寄りましょう」 「いちいち嬉しいねェ。入《へえ》っとくれ、どんどん構わねえから……(奥へ)お屠蘇《とそ》を持ってきなさい、それにあとすぐお燗のつくように……(すすめて)ェェ、口が上手い、これご祝儀だ、飲《や》っとくれ」 「はァ、では頂戴を致します……(膳を見て)おおッ、見事な、お道具でございます。畏れ入ります。(盃を出して)へえへえ、あ、お手づからお酌で……(膳を見て)ええ、はァ、結構なお重箱《じゅう》でございますな。これはどちらへ参りましても、お正月はおなじで、お節《せち》でございます……数の子に、ええ、こちらのほうが牛蒡《ごぼう》にごまめ、結び干瓢《かんぴょう》……洒落が言いとうございますな」 「言っておくれ」 「数の子で数々お目出たい」 「なるほど」 「牛蒡にごまめで、ご坊《ぼう》ちゃんご達者《まめ》でご成人」 「上手いな」 「干瓢で……かんぴょう……かんぴょう……かんぴょうさんは三十二」 「何だい?」 「(照れて)……お目出とう……」 「危かったなァ……やり損うといけないから、止めましょう。洒落はそのへんでよろしい……なに? あそう、熱いのが燗《つ》いたそうだ、どっさりお飯《あが》りよ」  と、宝船《ふね》屋さん空ッ腹、熱《あつ》燗でもって頂戴をしたんすから、たちまちのうちに好い気持に……。 「(酔って)ひッく……もう十二分でございます。いいご酒でございますなァ え? (と銘柄を見て)『亀《かめ》の年《とし》』……へえェ、私たちはこんな結構なご酒は、戴いたことはございません。まるでこゥ躰がふうゥッとしてるところは、まるでもって何ですな、宝船に乗ったようですな」 「じゃ、うちの店が宝船かァい? あァあ、ありがとう、ありがとう良《い》いことを言ってくれたな、どうも……」 「付かぬことを伺いますが旦那ァ、暖簾《のれん》のあいだからちょっと顔を出してらした……あれ、お宅のお嬢さん?」 「うゥむ、うちの娘ですよ。いや、不束《ふつつか》者で仕様がございいません、から“ねんねえ”で……」 「いいご器量ですなァ、私《あたくし》はまた弁天さまかと思いましたよ」 「なに、うちの娘が弁天さまかい?……(奥へ)幾らか包ンで、番頭……(受取って差出し)これはまことに軽少《けいしょう》だが、うちの娘の弁天賃、ご祝儀だ、取っといてくれよ」 「左様《さよ》ですか、どうも大変頂戴して相済みませんで……(と頂戴して)宝船《ふな》賃もどっさり戴きましたのに……(旦那を見て)旦那さまは小肥りに肥って、どっしりと坐って、始終にこにこにこにこ笑っていらっしゃるところは、大黒さまですなァ」 「なに、私が大黒さまだァ?……黙っちゃいられませんよ、番頭いまの倍にしてくれ倍に……反物があったなァ……(とまた差出して)まことに失礼だが、宝船屋さん、これは私の大黒賃、取っといてくれ、ご祝儀。(反物を出して)これはな、うちの商売物で、まことに失礼だが、お前さんの身へ着《つ》けてもらいたい、いやァ寝巻でも何でもいい、どうぞこれを着ておくれ」 「はあ、どうも大変に頂戴いたしました、ありがとうございます……(まわりを見て)ご当家は七福神そろっております、お目出とうございます、ごめんください(と礼を言って出て行きかかる)」 「お、お、おい(とあわてて引止めて)、冗談言っちゃいけない、宝船《ふね》屋さん。ここまでとんとんとんと旨く行ったんじゃねえか、ここで胡麻化す……胡麻化して帰ろうてえのは、酷《にく》いよ、え? 七福神そろってる? 冗談言っちゃいけない。娘が弁天、私が大黒、二福じゃないか」 「へえ、こちらのご商売が呉服〔五福〕でございます」