子ほめ(こほめ) 八代目春風亭柳枝  ェェまお笑いの多いところで、ご免を頂戴いたします。しかしこの、お言葉というものは、この頃大変に綺麗になった、これは良《い》いことでございますな。昔はずいぶん汚い言葉がございましたが……しかし、いったん吐いた言葉てえものは、もう二度と戻って来ないのですから、口の利き様《よう》てえものは難しゅうございます。  お商人《あきんど》さま、これはもう申すまでもなく、お世辞の稼業でございます。初めてのお客さまでも 「へい、毎度ありがとう存じます」  良《よ》いお世辞で……『俺は始終ここで買い物してえるんだ』てなお顔をあそばす。お得意さまですてえと、より以上でございます。 「どうも、毎度ご用命ありがとうございます。このところちっともご用命がございません、何か粗相《そそう》があったんじゃないかと、店員一同、心配を致しておりました。今日《こんち》はまたわざわざ……へえい、旦那さまと奥さまで? はあ、左様《さい》でいらっしゃいますか。ちょっとお待ちを……(下手へ向って)おいおい、その下のそれを持って来なさい、あ、よろしい(と品を客の前へ出し)、いかがでございましょう、この柄はな、お嬢さまに打って付けと存じますが……ちょとお地味なようでございますが、お嬢さまもご品が良くッていらっしゃいます。あんまり派手々々《はでばで》しいよりも、かようなお地味の柄のほうが、お似合いと存じます。お求めあそばして……」  と、出されますてえと、これ、買わなくてもいい物でも、買いたくなるン……これがお世辞ひとつなんです。  ところが、ただ一つだけ、お世辞の大変に難しいご商売がございます……これはお差合《さしあ》いがあると不可《なり》ませんのでお詫びを先へ申しあげておきますが……葬儀社というご商売でございますな、あの、早桶屋《はやおけや》さん。あれは大変にお世辞が難しい。けども、やはりご商売、商売《あきゅうど》ですから、この、言わないわけにはいかない。昔、川柳がございます。 『愛想に、輿屋《こしや》の女房、べそを掻き』  涙のひとつもこぼすてえと、輿屋さん―葬儀社、お世辞でございます。 「(哀れっぽく)まァご丹精甲斐《たんせいがい》もございません。手前どもにもお坊ッちゃんと同じ年恰好の倅《せがれ》が一名おりましたが、三年ばかり前に亡《と》られましてまァ、そういうお方のお噂《はなし》を承《うけたまわ》りますと、他人《ひと》事とは思えません(涙を拭って)、さぞかしおちから落しでございましょう……(涙声で)ご愁傷さまでございます」  なァんてんで、一緒に泣いてあげる。これがつまり葬儀社のお世辞でございます。これを普通のお商人《あきんど》とおんなじお世辞を言った日には、これはえらいことになります。 「(世辞笑いを浮かべて)どうも毎度ありがとうごァい、この頃ちっともご用命がございませんで、心配を致しておりましたんで……今日《こんち》はまたわざわざ、ははァ、お寝棺《ねがん》がお二つ、あ、左様《さい》ですか、ありがとうございます。ええ、ついでにお坊ッちゃんのも……」  殴られちゃう……目茶々々になっちゃう。ですからこの、口の利き様てえのは難しいもので……。 「(煙管を構えて)お前ぐらい不作法な男はないな」 「へえ」 「へえではないぞ……お前さんは町内の人気者。がしかし口に悪《あく》を持っている。それがお前さんの欠点《きず》だ。いきなり家へ上り込ンで来て、胡坐《あぐら》をかいて、なァんだ。私の齢《とし》を聞く。儂《わし》が五十と答えたら、何という言種《いいぐさ》だ。『五十は人間|定命《じょうみょう》、死ンでもいい』とは何事です。お前さん、それがいけない、ねえ? 私が仮りに五十とお答えをしたらば、その呼吸《いき》を外《はず》さず、『あら、あなたは五十におなりですか? へえ、若く見えます、どう見ましても四十そこそこにしか見えません』とこう言ってみなさい。世の中の人は誰でもだ、齢《とし》を若く言われる、なんとなく嬉しいものだ。久し振りに会うだろう。『あなたもずいぶん老《ふ》けましたねェ』と言われると、厭ァな気特のするもの。『暫くお目にかかりませんが、だいぶお肥りになって、お若くなりました』と言われると、この人は世辞を言っているんだなと思っても、快《い》い気持のするものだ……『どうだ一杯ご馳走をしよう』と言いたくなる」 「(笑って、ぽんと手を打ち)へッ、お前さん顔は不味《まず》いが、言うことは上手《うま》い」 「それが余計なんだよ」 「どうも済ィません。じゃ済みませんがその扇を拝借」 「(差し出して)はい、お使いなさい」 「(手に取って)これがないと、いまみたいに上手くいかないんです……じゃ出直しだ……(と四角に構えて)ええ、ときにあなたは、お幾つで?」 「何を言ってやがる……私はいまも言った通り、五十だ」 「(大仰に驚き)あァら、あなたは五十ゥ? それはそれは(扇子で膝を叩き)……して、お若く見える、どう見ても四十そこそこ……どうだ、嬉しいか? 一杯飲ますか?」 「何を言ッ……いまさら私がそれを本気で受けられるか。うっかりしている人のところで言《や》ってごらん」 「だって五十の人がどこにうっかりしているか判らねえ」 「何も五十に限ったことはない。四十は四十、三十は三十、適当《ほど》にやんなさい」 「じゃ仮りにここで四十の人に会う……『お若く見えます、どう見ましても三十そこそこ』……」 「まあ、そんな呼吸だ」 「わけねえや……三十の人に会う、『お若く見えます、廿《はたち》そこそこ』てなことを言う……廿《はたち》の人に会う、『お若く見えます、どう見ましても十《とお》そこそこ』てなこと言う……で、十の人に会う、『お若く見えます、どう見ましても一つそこそこ』てなことゥ……で、一つの人に会う……」 「よく喋るねェお前は……一つの人てえのがあるか。一つや二つはこれ赤ちゃん。これは親御さんを喜ばせなくっちゃいけない。当人は感じないよ。ま、仮りにここに子供がいるとする。『このお子さんはあなたのお子さん? へえェ、いいお子さまだ、こんな良いお子さんがおいでになろうとは気がつかなかったが、いらした。親に似ぬ子は鬼ッ子てえことが言ってございますが、似ないどころではございません、ご両親によゥく似ていらっしゃる。額のあたり、目元《まみえ》のへん、お母さまそっくり。鼻つき、口元のへん、お父さま生写し。総体を見わたしたところは、お亡くなりになったご隠居さまにも、よゥく似ていらっしゃるところを見ますると、ご長命でございましょう。私もこういうお子さまに、あァ肖《あやか》りたい』と、さも感心したように言う。親という者は、自分の誉《ほ》められたより、子供の誉められたほうが嬉しい。『どうだ一杯ご馳走しょう』と言いたくなる」 「(手を打って感心して)なァある……どゥありがとうございァすどうも済ィませんね。じゃ済ィません、この扇を拝借します」 「扇子を持ってどッか行くのか?」 「誉めて一杯飲ンできます」 「何も急に思い立って行くことはないやな。せっかく来たんだ、お茶でも入れますから……」 「いえ、お茶よかお酒のほうがいいんですよ。またあとで来て、ゆっくりご馳走になりやすから……さいならッ(威勢よく飛び出して歩き出し)うッ、こうなるとお茶なんぞ飲ンじゃいられませんよ、ねえ、あすこィ行くと人間が利口になるから面白いねェ。齢《とし》を若く言えば喜ぶてのは気が付かなかったねェ……どッかで試運転をやってみてえなァ(と周囲を見まわして)……うわァ、源坊がやって来やがッた……おい、源坊ゥ」 「いよおゥ、どうしたィ、町内の色男」 「(先手を打たれていやになり)……こりゃ、むこうのほうが上手《うま》いね……(丁寧な口調で)どうも、暫くでござィ……」 「なにをゥ?」 「暫く……」 「何を言ってやン。暫くですッておめえ、今朝、湯で会ったじゃねえか」 「あァ、悪いとこで会ったなどうも。湯ィ行かなきゃよかったなァ……あれからこっち暫く……」 「何を言ってやン」 「ときに源ちゃん、あなたお幾つ?」 「いやな野郎だな、往来で齢なんぞ聞きやがって。おめえ知ってッだろう、俺は今年、厄《やく》だ」 「あらッ、あなた百ですか?」 「百じゃねえ。俺が百のわけねえじゃねえか、どう考えたって……厄だよ」 「やくゥ?……符牒《ふちょう》できたな、こりゃ。厄てえのは聞いてこなかったねえ……厄てえのは幾つだ?」 「男の子の厄は四十二だ」 「四十二か……これァ具合が悪い。四十なら四十、いっそ五十なら五十とくらァ。四十二とは、悪い年廻りだねェ」 「年廻りが悪いから、これを厄てえんだ」 「おめえ、ちょいと五十にならねえか?」 「冗談言っちゃいけない。人間は幾つになっても、齢は若く言いたいものだ」 「(声を張り)あそうそうそうそう、それよく知ってるんだよすぐ若くするんだよ、私の顔を立てて、五十ゥなってくれ」 「変な野郎だな、こいつは……じゃ私は今年五十だ」 「(得たりやおうと)あら、あなたは五十、へえェ、それはそれは……(膝を叩き)して、いやお若く見える。どうしても四十そこそこ……(のぞき込んで)どうだ、嬉しいか、一杯飲ますか?」 「何を言ってやン……四十二だから当りめえじゃねえか、四十そこそこなら。嬉しくなんてあらァしねえやな」 「(がっくりして)それァ具合が悪いんだ。どうだ一杯飲ませろ」 「(怒って)何言やんでェ、こん畜生。殴るぞ」 「さいなら……(逃げ出し)あん畜生、飲ませねえで殴るッてやがった。大変な違いだね、こりゃァ……大人《おとな》はいけねえな、こりゃァ。(考えて)これァ赤ン坊がいいんだがなァ、どッかに赤ン坊が……あッそうだ、竹ンとこで赤ン坊が生れやがって、交際《つきあい》だってんで、金ェ集めに来やがった。赤ン坊なら大丈夫だ、口返答ができねえからな。赤ン坊から、だんだんに大人にぶッつからなくちゃいけねえ……(威勢よくとび込んで)竹さん、こんちわ。お前ンとこ何だッてねェ、子供ができて弱ってるんだってねェ」 「(上手奥へ)おい、変な野郎が入って来やがったぜおい……(向き直って)弱っているんじゃねえ、俺ンところのは祝ってるんだ」 「あそうだ、お前ンところは祝ってるんだ。私ンところは百円とられて弱ってるン……」 「何を言ってやン……何も無理に貰いに行ったわけじゃねえ。あんな心配にゃ及ばなかった……」 「あそうかい、それ知らねえから持って来ちゃったン……(手を出して)じゃ返してもらおう」 「何言いやン。せっかくだから戴いとくよ……何《なん》か用があって来たのか?」 「赤ン坊誉めて一杯ご馳走になろうと思ってよ」 「なァにも誉めたから誉めないからてえわけじゃねえ。今日はお祝いだよ、うんとご馳走すらァ。飲ンでっておくれ。坊の顔を見てやっつくれェ、可愛い顔をしてるぞ」 「ほィきた、見るは法楽、見らるるは因果てえからね。なにしろ百円、木戸銭が払ってあるんだから……(進み出て赤ん坊を覗き込んで)こりゃ因果ッ子だな、こりゃ。大ゥきな子を生ンじやったねェ」 「驚いてやがる。みィんな来ちゃびっくりするんだ。大きいだろう?……」 「大きいやこりゃ。ふやけちゃってる……お婆ちゃんにそっくりだね」 「みィんな来ちゃ、そゥ言ってくれるんだ。お婆ちゃんによく似てるッてなァ」 「よく似てるッて、大変に顔に皺《しわ》があるね、こりゃ。凄《えら》い白髪だなァこりゃ。染めなくちゃいけねえ」 「何を言ってやン……(確めて)馬鹿、そりゃお婆さんが昼寝してるんだそりゃァ」 「え? ああ、本物《ほんもん》のお婆さん。あァんまりよく似てるからね」 「馬鹿だねあいつァ。赤ン坊とお婆さんと間違ェてやァる。理屈を考えてみなさい、そんな子供を生むわけねえじゃねえか、化物じゃあるめえし……落着きなよお前、そそっかしいんだから(あわてて手で制して)、おッと、踏むといけない踏むといけないよ。お袋と一緒に寝てッだろお袋と一緒に……そ、それそれが赤ン坊だ」 「(きょろきょろ探して)へお袋と一緒に……お、見《め》っかった、見っかった。おッそろしい小さいね、またこりゃァ。ずいぶんひねこびてんね。これがいまに大きくなんの? これがァ……(よく見て)おゥおゥ心細い顔して……あァら、竹さん、動《いご》いてるよ」 「生きてるんだよそりゃァ」 「ずいぶん赤い顔してるね」 「赤ン坊てえんでなァ」 「いっぺん茹《ゆ》でたねェ?……」 「蛸じゃないんですから……」 「これ、手足はあるの?」 「あるよゥ、見つくれェ」 「そうか、とっとっとっとィ(とまさぐって)、おゥう可愛い手が出てきやんな。柔《やわら》けェ蒟蒻《こんにゃく》みてえだ、握ってるよこの子は。吝《けち》ン坊ンなる、そうじゃない?……」 「赤ン坊はみんな握ってるんだ」 「開《ひろ》げたところは、まるで紅葉《もみじ》だな」 「ありがとう、よく言ってくれた。口の利き様は難しい。たった一言、お前が紅葉《もみじ》と言ってくれたんで、いままで言ったことをすっかり取り返した。お前が見ても、紅葉みたいに見えるか?」 「見えるとも。可愛い手をしてやァる。(突如、ぶっきらぼうに)けれども竹さん、この子は末には碌《ろく》な者《もん》にならねえぜ」 「(怒って)だから何も言うなッて、そう言ってるじゃねえか……碌な者にはならねえッて判るかァ?」 「判るともおめえ、こんな小せえ時分から、あたいの百円とりやかった」 「止せェ……俺返すよ、いやだから」 「いやこれは冗談。お前を喜ばしてやるから、もっとこっち来いこっち来い……(と手招きして、急に改まった口調で)仮りにここに子供がいるとすらァ」 「いるとしなくったっているじゃァねえか」 「(構わず)このお子さんは、あなたのお子さん……?」 「(横を向いて)気味の悪い野郎だな……そりゃ私の子だなァ」 「こんな良《い》いお子さんが、おあんなさろうとは気が付かなかったが、おあんなすった……」 「なァにを言ってやン……こんど生まれたんだよ」 「ああ、親に似ぬ子は鬼ごっこをする……」 「こんな赤ン坊が鬼ごっこするわけねえじゃねえか」 「いまはしないが、大きくなればする」 「大きくなりゃァ何でもすらァ」 「だいいち、この子は、両親《ふたおや》によォく似ていらっしゃる」 「上手《うめ》ェこと言やがる、ときどきよ……俺にもどッか似てるところがあるか?」 「あるかッて……躰は小さいが、お額《でこ》は大きいのが似ている、ぷうゥうッと脹れ上《あが》ってる。目元《まみえ》のぴゅッと下ったとこ、おッ母《か》ァにそっくり。鼻なんぞ上へぴィいんと持ち上って、上からぴしゃッと潰したような鼻ァしてやァる。口の大きなところは、おめえに生写しだよ」 「(拳を振上げて)何を言やんでェこん畜生め。よくそんなことが言えたもんだ。もういいから帰《けえ》れ帰《けえ》れ」 「(落着いて)帰るもんか、まだ続きがある」 「何でェ、続きてえのァ……」 「総体を見わたしたところは、お亡くなりになったご隠居さまに、よォく似てらっしゃる」 「なァにを言やがる。ご隠居さま亡くなりゃしねえじゃねえか。お婆ちゃん、そこィ昼寝してるじゃねえか。お爺さん用足しに行ってるんじゃねえか」 「そりゃ具合が悪いなどうも……じゃそのうちじき死ぬよ」 「止せやィこん畜生め。殺しちまいやがる……」 「(改まった口調で)、ときに竹さん、このお子さんはお幾つです?」 「なァあにをゥ? これはいよいよ精神に異常があるよこれは……(笑って)赤ン坊の齢を聞いてやがる。『お幾つです?』ッてお前、生れて間がねえから、こら一歳《ひとつ》だろうな」 「あら、このお子さん、おひとつ? へえェ、それはそれは……して、いやお若く見える」 「なァにを言やんでェ……一歳で若けりゃ幾つに見える?」 「どうしてもこれァ“ただ”ですよ」 「ただァ……」  ……お馴染みのお笑いでございまして、失礼を致します……。