花色木綿(はないろもめん) 八代目春風亭柳枝  エエご機嫌よろしゅうございます。お馴染のお笑いで御免を頂戴いたします。  春になりまするてえとこの、犯罪てものが非常に多くなりますんで……それは皆さま方のお気持がこの浮き立ちます。ためにどうしても、身のまわりの物がな、ちょいとこう、ェェ疎《おろそ》かになりますために、よくこの、掏摸《すり》や何かに盗られることがございますんで、くれぐれもご注意をお願い致しておきます。当局のほうから 「君たちは、お客さまの前でお喋りをするんだから、お笑いのうちに、ェェよくご注意を申しあげて貰いたい」  と、頼まれたわけでも何でもないんでございますけどな、ま、私の老婆心でどうぞまァご注意を願いますが……。  昔の強盗という者は、人を殺すということは滅多にしなかったもんです。現在《いま》はそうでございません。人を殺《あや》めてから仕事をする―これだけつまり殺伐になりましたな。まだ私が二十二、三の時分に、ばらばら事件てのがあった。一名を『こまぎれ事件』。酷いことをしたもんですな。人間の躰《からだ》を二十四に斬っちゃった。犯罪者が迷宮に入って判らない。ところが、なかの一人の刑事は、『これは確かに床屋《とこや》の職人に相違ない』てえんで……ご商法にお差合いがあっちゃいけません、お詫びを申しあげておきますが……理髪店を虱《しらみ》つぶしに調べていった。はたしてこれが床屋の職人でありました。  驚いたのは、ほかの刑事です。『どうして君、それが判った?……』。これが第六感ですな。ああいう方々は六感を働かせますから……『切った数が二十四だから、確かに散髪《さんぱつ》〔三八〕屋に相違ないだろう』てえんで……あんまり信用《あて》になったお話じゃないんでやんすけど……。ま、くれぐれもご注意を麒います。  ま、落語のほうに出る泥棒はてえと、たいていお笑いのうちにおしまいでな、『何をやっても仕様がないから、泥棒にでもなろう』という、いわゆる“でも泥”と称しましたな……。 「(手招きして)こっちィ来い。こっちィ。居眠りをしてやがる、こん畜生……おめえ、俺ン家《ところ》へ何しに来たんだ?」 「ええ、泥棒になろうと思ってご厄介になったんで……世界に名だたる泥棒、アルセーヌ・ルパン」 「ルパンて顔じゃないよ、餡麺麭《あんぱん》みたいな面《つら》ァして……おめえ何ひとつ持ってきたことァねえじゃねえか」 「(胸を張って)親分の前ですが、このあいだ西洋館を破ったン……」 「大きな仕事だな、上手《うま》くいったか?」 「それが親分、大笑い」 「何が大笑いだ……どッから入《へえ》ったんだ?」 「手水口《ちょうずぐち》から入ったン」 「ほゥ、まだ水槽じゃねえんだ?」 「へえ、なにしろ汲取《くみと》りですからな、すうゥうッと抜けましてね、便所《はばかり》を出て仕事にかかろうと思ったら、便所がつゥうッと並ンでるんです」 「たいしたもんだな、ホテルか何かに入ったんだな」 「よく見たら共同便所なんです、うん」 「馬鹿だね、こいつは……共同便所なんかへ入る奴があるか」 「いやに臭ェ家《うち》だと思ったんですよゥ。何もねえからバケツ持って来ちゃったン……親分毎朝顔を洗ってるあのバケツだ」 「いい加減にしろ、こん畜生……お前はそう言うがね、大きな家だから銭があると決ったもんじゃねえ。こじんまりした家で、ちょいと電話の一本も引いてあろうてえのが、たんまりある」 「親分それなんです、こじんまりした家でね、電話が一本引いてあるン」 「ほう、上手《うま》くいったか?」 「それが親分、大笑い」 「おめえのァみんな大笑いだな……どうした?」 「仕事にかかろうと思ったら、ピストルがぶら下ってやんですよゥ……よく見たら交番へ入っちゃったんで……」 「馬鹿だねェ……交番なんぞへ入る奴があるかい。駄目だ駄目だ、おめえにゃ普通の仕事はできねえ。俺が仕事の手口を教《おせ》ェてやる。空巣というものを狙ってみろ、『少々ものをうかがいますが……』と聞いて歩く。『何ですか?』と出て来たらは、『このへんに何やら何吉さんッてえなァござんせんか?』と出鱈目の名前を言う。『知りません』『どうもありがとう』―帰ってくりゃ怪しまれねえんだ。こういう具合に、ほうぼう聞いて歩く。そうすりゃ一軒ぐらい空巣にぶッつからァ。大きな物へ目をくれちゃいけねえぞ。ステッキ一本でも靴でも何でも構わねえ。こいつを掻ッ払って来い、なァこれァお金になるてえやつだ……盗《や》って来い」 「へえい……じゃあ済みませんが風呂敷《ふるしき》ィ貸してください 」 「風呂敷《ふるしき》ィどうすんだ?」 「盗《と》った物を包ンでくるんです」 「向うの風呂敷ィ包ンでこい」 「返しに行くの大変だもん……」 「返しに行くんじゃねえ、風呂敷ィ盗《と》りッぱなしだ」 「そりゃ親分、質《たち》がよくねえ」 「質《たち》のいい泥棒てえのがあるけェ……はやく行ってこい」 「へえい……(歩き出して)うぷッ、空巣だッてやがら、気がつかなかったね……(立止って大声で)少々ものをうかがいます」 「(下手へ怒鳴る)馬鹿ァ隣りから始める奴があるかィ、こん畜生。もっと向ィ行ってやれい、向ィ行って……」 「あそゥですか、へえい……へッ、隣りじゃいけねえんだッてやがら、気が差すんだね、あれでもな……(歩きつづけて)ここまで来りゃ大丈夫だ……(大声で)こんちわァ」 「何《なん》だッ?」 「さようなら……」 「何《な》ァんだ?……変な野郎が入って来ましたよ、この頃は物騒なんで気をつけなくちゃいけませんよ。靴ゥ大丈夫か?」 「(聞き耳をたてて)いけねえ向うで知ってやんだね……大きな野郎が出て来やがったね。落着かなくちゃいけねえな……(大声で)少々ゥものをうかがいまァす」 「はいはい、何ですゥ?」 「(首をちぢめて)へッ、こんちわ」 「はい、こんちわ、何です?」 「えへへへ……いますね」 「いるよそりゃ……」 「どッか行きませんか?」 「どこにも行かない、ずうッと家《うち》にいます」 「このへんにござんしょうか?」 「何が?」 「小原庄助さんかなんか……」 「小原庄助さん?……歌の文句のような名前、ないね」 「あ、左様《さよ》ですか……(ぴょこんとお辞儀して)じゃまたお留守にうかがいます」 「(驚いて)な、なんだありゃァ……」 「さよなら……(駈け出して)おやおや……お留守にうかがうてえのは下手《まず》かったなこりゃァ……」 『俺には泥棒はできない、罷《や》めよう』―奴《やっこ》、しおしおいたします。あっちをうろうろ、こっちをうろうろ、夕方までうろつきます。路地へ入って参ります、一軒の家。  ひょいと覗いてみるてえと、本物《ほんもん》の空巣―奴《やっこ》さんここでひと仕事と、飛び込ンでみたら何ァんにもない、貧乏長屋。ひょいと見るとな、褌《ふんどし》―下帯が一本ぶら下ってやがン……ものは縁起だてえんで、こいつをまるめて、懐《ふところ》へ押し込ンで、逃げようとすると 「いけねえ、誰か帰《けえ》って来やがった」  泡ァ喰って裏口から逃げようと思ったら、これが崖で行き止まり。泥棒にはいちばん不向きな家―盗ッ人てえ奴はな、入ります先に逃げ道てえものをつくっとくもんだそうです……あんまり詳しく申しあげると私が行《や》ってるようで……いやいや……私の親戚の泥棒……そんな、そんなのァありやしません。  間抜けですから、そんな余裕はございません。泡ァ喰って、縁の下へ隠れやがったんで……。 「(隣りへ)お婆ァさん、ありがとう、誰も留守に来なかった? どうも済みませんでして、へい、すっかりね話が長くなっちゃったもんですから、誰も……(言いかけて入口の様子に気づき)おや? 開けッぱなしになってやがる、あたしゃ閉めてッたんだがね……(部屋の中を見て)あら、大変に取ッ散らかしやがったなァこりゃァ、あッ、泥棒だ。へえェ、俺ンとこィ泥棒が入るんだ、金持は心配だね。何もねえから“泥つく”驚きゃがッたろう……(見まわして)ははァ、下帯を持っていっちまいやがった。だが待てよ、一品《ひとしな》でも盗《と》られてみりやァこいつァ悪く言えないよ、この泥棒は……だいぶ家賃が滞《たま》ってらァ、『大家さん済みませんねェ、泥棒が入って全部《みんな》持ってかれちゃったんですが。家賃待っておくんねえ』……ありがてえ、借金の言い訳泥棒、融通《ゆうずう》泥棒てえんだな。こういう泥棒が晦日《みそか》に一人ずつ入ってくれるてえと、一生家賃払わなくて済むよこりゃァ。ありがてえなどうも……恩人の泥棒だなこらァ……(上手へ向って大声で)大家さん、ちょいと来てくれ泥棒だから。大家さん泥棒だ。大家さん泥棒……大家、泥棒ゥ」 「何だッ……俺がいつ泥棒した?……」 「(ペコッと頭を下げて)どうも済みません、急いだもんだから一緒ィなっちゃった」 「あんなもの一緒にしちゃいけねえ……(あたりを手で制して)長屋の奴ァ出て来ちゃいけません、引ッ込ンどくれ、引ッ込ンどくれ、何でもないから―煩せえ奴らだ。何だ勝ッつァんまた、ご飯をしゃくる杓文字《しゃもじ》を持って来たな」 「へい、泥棒てえからね、これで召捕《めしと》り〔めしとり〕に来た」 「なァにを言ってやン、変な洒落《しゃれ》を言いなさんな、引《し》ッ込ンどくれ、引ッ込ンどくれ……(八ッつァんに)何だ? お前の家に泥棒が入った、何か置いてったか?」 「置いてくゥ? 置いてくわけねえ、みんな持ってかれちゃったんです。あっしの家ィ泥棒が入《へえ》ったんですから……だいいち、お宅へ家賃がだいぶ滞ってるんだ。金を置いといたら、そいつを盗《と》られちゃった。家賃待っておくんねえ」 「(部屋中を見て)こりゃ嘘じゃなさそうだぞ、だいぶ取ッ散らしたな。ま、仕方がねえ、災難だな。家賃は待ってやろう」 「ありがとうございます……帰ってもいいよ」 「追ッ払う奴があるか。黙っていられませんよ……(あわてて制して) いやいや、そこいら手を着けちゃいけません。本当となると一応、警察へお届けを出す。係りのお方がお見えになって取調べが済むまでは、手を着けてはならない……その硯箱《すずり》持って釆なさい……(硯を引寄せ筆に墨をふくませながら)手数ばかりかけさせやがって、なァ。お前はそういう様子《ふう》に“ずぼら”だから、こういう災難に遭うんだ。一品《ひとしな》でも盗られてみな、つまらねえじゃねえか。何品《なにしな》買うッたって安くはねえ、……さ、何を盗られたんだ、そ言いな」 「弱ったなどうも……いえ、家賃さえ待ってくれりや、それでよろしいんです」 「(厳しく)家賃は私事だ《わたくしごと》よ。これは警察に出すんだから言わなくちゃいけねえ」 「そうすか…・‥泥棒ッてのはどういう物持ってくでしょう?」 「俺ァ知らないよ、泥棒したことねえから……盗られた物を正直に言いなさい」 「そうですか……では、下帯が一本」 「これは洗濯屋へ持ってくんじゃないよ、この届けは。警察へ出そうてえのに、そんな物が書けるか。もっと重々しい物はないか……」 「重々しい物……沢庵《たくあん》石が三つ」 「漬物屋《つけものや》はじめるんじゃねえ……着《き》類などはどうだ?」 「木《き》類……盗られたんですよ」 「それを言いなさい、着類は何だ?」 「杉丸太が三本……」 「材木じゃねえ……手なんぞ廻《まあ》るてえと、夜具蒲団なぞをこの頃は持ってくそうだ」 「ええ、夜具蒲団持ってかれたんです。大家さん、よく知ってるね……お前さん、手伝ったな?」 「冗ォ談言っちゃいけないよ。泥棒の提灯持ちをするか……(としたためて)蒲団へ手が廻るところをみると、こりゃ独りじゃないな」 「ええ、五十人、団体で入《へえ》って来たんで……」 「泥棒が団体で入るか」 「へえ、割引になるんで……」 「なァにを言ってやン……蒲団はどんなんだ?」 「綿が入ってるン」 「当り前《めえ》じゃねえか……表は何だ?」 「表はにぎやかで……」 「外を聞いてるんじゃねえ。蒲団の表だ」 「このあいだ、大家さんの物干に干してあったね」 「ああ、あれか、あれは女中ので唐草《からくさ》だ」 「へえ、うちのも女中ので唐草だ」 「女中なんていやしねえン……(したためて)裏は?」 「突当りでござんす」 「路地を聞いてるんじゃねえ。蒲団の裏だよ」 「大家さんとこのは?」 「うちのは丈夫で暖《あった》かでいいから花色木綿をつけている」 「うちのも丈夫で暖かでいいから花色木綿」 「(したためて)そうか、俺ンとこと同しだな……これは幾《いく》ッ組だ?」 「二十ッ組です」 「そんなにあったのか?」 「うふ……前の宿屋ので」 「宿屋のはどうでもいいんだ。ま、一組としておきましょう……あとは何だ?」 「あとは、やわらか物」 「あるじゃねえか、黙ってやがる……柔《やわら》か物は何だ?」 「お雑炊《じや》にお粥《かゆ》です」 「胃腸を患ってるんじゃねえ。着類の柔か物だ」 「黒羽二重《くろはぶたい》ィ」 「おう、いいものがあったな、黒羽二重《くろはぶたい》ィ……(したためて)これァお父ッつァんの形見だろう。お前の時分にゃこの黒羽二重ィなんて作《でき》やしねえ、なァ。もちろん紋付だろうな? 紋は手掛りになる。紋は何だ?」 「雷門です」 「電車へ乗ってるんじゃねえや。着物《きもん》の紋だよ」 「うわばみです」 「うわばみてえのはないよ……あれは“かたばみ”と言う。三所紋《みところ》か五《い》ツ所紋《ところ》か?」 「六所紋《むところ》です」 「六所紋? 紋が一つ余計だな」 「ええ、紺屋《こうや》が負けてくれたんで……」 「紋なんぞ負けても、付けるところがねえじゃねえか」 「お尻に付けました」 「うゥん、紋をお尻《けつ》に付けるか」 「ええ、肛門《こうもん》〔紋〕と言って……」 「なァにを言ってン……酒落てやがる」 「裏は花色木綿」 「よせ。羽二重ィの裏に花色木綿はつけまい……(したためて)これは絹としておきましょう……あとは何だ?」 「ええ、あとはなんです、夏物です」 「おう、夏物は何だ?」 「アイスキャンデー」 「食べるんじゃねえ。着類の夏物だ」 「蚊帳《かや》が一枚」 「蚊帳は一|張《はり》と言う。五六《ごろく》か? 六八《ろくはち》か?」 「一六《いちろく》で……」 「一六《いちろく》? 一六なんて蚊帳は見たことねえなァ(と記帳して)、一人《ひとり》向けとしとこう」 「裏が花色木綿」 「蚊帳に裏がつくわけないでしょう?」 「へえ丈夫で暖《あった》かだ」 「暑いからって、蚊帳なんてものはお前さん、そういうもんじゃないんですよ。呆れたねェ、どうも……あとは何だ?」 「あとは帷子《かたぴら》」 「おう、帷子はどんなんだ?」 「経帷子《きょうかたびら》」 「それは死ンだとき着るんだ、上布《じょうふ》を聞こう……縞《しま》か絣《かすり》か?」 「島《しま》です」 「縞《しま》は何だ?」 「向島《むこうじま》」 「お花見だねこれァ……粗《あら》いのか細《こまか》いのかてえン……記載して)うゥん、大名《だいみょう》だな」 「裏は花色木綿」 「おい、上布《じょうふ》に裏がつくか」 「丈夫で暖《あった》かで……」 「暑いからこういうのを着るんだよ」 「それァ北海道で着る」 「そ、そんなのあらしねえ、何を言ってやがる……あとは何だ?」 「あとは先祖伝来の刀が一振《ひとふり》」 「うゥん、たいした物があったな……長剣か短剣か?」 「じゃんけんです」 「何言ってやがる……長いのか短いのかてえんだ。丁度いいッくらいだ、道中差《どうちゅうざし》だな。銘はあるか?」 「姪《めい》はいねえんですよ。麹町に叔母さんがいるんです」 「身内を聞いてるんじゃねえ……(したためて)ま、無銘としておきましょう……鍔《つぱ》は何だ?」 「金鍔《きんつば》です」 「うゥん、金の鍔とは安くない」 「へえ、一つ十円です」 「食べるんじゃねえ、こん畜生」 「裏は花色木綿」 「刀に裏がつくか、何を言ってやがる……あとは何だ?」 「あとは眼鏡」 「おう、眼鏡は金縁《きんぶち》か銀縁《ぎんぶち》か?」 「白斑《しろぷち》」 「犬だよ、おい」 「裏が花色木綿」 「よせ。眼鏡に裏つけたら見えねえじゃねえか」 「ええ、見《め》ェねえから盗まれた」 「洒落を言ってやがる……あとは何だ?」 「あとは何です、お札《さつ》です」 「おう、幾らのお札だ?」 「千円札が二枚」 「ほう、千円札が二枚(としたためる)」 「裏が花色木綿」 「札に裏がつくか」 「へえ、丈夫で暖《あった》かだ」 「何を言やがる。味噌も糞《くそ》も一緒だな、お前のは……あとは何だ?」 「へえ、あとはこまかいのが五、六百円……」  てえんで、これを聞いた泥棒が飛び出して来やがった。 「(頭をかかえて)な、なにをすんだよ、いて、いて、痛ェ……痛ェなあどうも……なんとかしつくァさい、大家さん……」 「(止めて)待ちなさい、待ちなさい……(睨みすえて)何だ、変な者が飛び出して来やがった、お前は何だ、お前は?……」 「(いまいまし気に)あッしは泥棒だよ、ここの家に入《へえ》った泥棒ですよ、何ンにもねえんだよまた、ここの家は。ものは縁起だから、下帯がぶら下ってたから、こいつをまるめて、懐《ふところ》へ押込ンで、逃げようと思ったらば、こん畜生が帰って来やがった……いろんなこと言やがったね、え? 蒲団があったの、帷子《かたぴら》があったの。なァんだ、おい、刀があったの、千円札が二枚……何を言ってやんでえ、一銭だって銭ありゃしねえじゃねえか、こん畜生め。嘘をつきやがって、やいッ、交番へ来い」 「な、なあんだ、話があべこべだ……(八ッつァんに)お前が言ったの、みんな嘘だッてえじゃねえか」 「(頭を掻いて)はあ、どうも面目ねえ……」 「俺もこんなにあるわけねえから、どうも変だ変だと思った」 「ええ、あッしも妙だ妙だと思った」 「掛け合いだこん畜生……やい泥棒、あたしゃこの家主でもって茶加兵衛てえ者《もん》だ。え? 下帯一本でも盗《と》りゃ泥棒だ。この裏へなんぞ、いっぺんだって泥棒なんぞ入ったこたァねえ。一体、この裏は何だと思うんだ?……」 「へえッ、大家さん、この裏も花色木綿……」  ……失礼を致しました。