口入屋(くちいれや) 五代目笑福亭松鶴  ヘイ。口入屋というお噺を一席演らして頂きます。従前大阪では四月と十月が女中の出替り月でござりましたが、どちらもよう雨の降りまする時季で、この季節を前垂れ被《かぶ》りと申します。女中衆が目見得に往くのに、佳い着物を着て参りますが、途中でこの雨に遇いますと前垂れを被りますので、左様申したそうでござります。船場の口入屋で、表の間には奉公先を待っている女中が、仰山寄ってワヤワヤ喋っておりますと、此方には一段高い処、恰度風呂屋の番台みたいな処へ結界を引廻して、机を前に番頭が女護の島の取締りみたいな顔しております。 番頭「コレ、お前等もうちっと温柔しゅう出来んか、八ヶ間敷いてどむならんがナ、役者の噂かいな、何、葉村屋が死んで惜しいてかい、お前が惜しがらいでも、仕打が惜しがってるわいナ、何じゃて、落語家の松鶴に後ろ幕をして遣り度い、出来へん出来へん、誰やこんな処へ豆の皮を撤いとくのは、ちゃんと捨《ほ》りんかいナ、皆モウ良え加減に納まってくれんと叶わんな、コレ其処の娘《こ》お前はどういう家《うち》へ往き度いのや」 ○「小父《おっ》さん妾《わた》いな、月に二三遍芝居へ遣ってくれはって給金は成る可く高うて身体の楽な家へ遣って欲しいね」 番頭「コレそんなボロイ口があるもんかい、其方の娘、お前はどういう家が望みや」 △「あのなア小父さん、旦那はんと御寮人さんと二人限りで、御寮人さんの病身な家へ往き度いのや」 番頭「ハハア、手の足らん家で、親切に病人さんの世話がしたい、お前は何ぞ願《がん》があるのやな」 △「イヤ小父さん左様《そう》やないね、御寮人さんが病身やと、どうしても旦那はんが箸まめになってなはる、妾《わた》いにチョイチョイ悪戯《てんご》しやはるのを黙って居るね、其内に御寮人さんは段々悪うなってコロッと死にやはる、妾いが直ぐ後へ直って、前の御寮人さんの着物や頭の物を皆貰うて、女中の二人も使うてなア、清……もよ……云うて、左り団扇で暮す意《つも》りや」 番頭「ア何と悪い奴やなア。お家横領を企《たくら》んでよる、コレ其方の娘、お前《ま》はんはどういう先を探してるのや」 ×「小父さん妾いは、どんな家でも関《かま》やしまへん、どうぞ小商いをしていやはる家へ遣っとくなはれ」 番頭「フム、感心や、コラお家横領、茲《ここ》へ来てこの娘の云うてる事を一遍聴いとけ、小商人の家へ奉公して、小商いのコツを覚えたら、世帯を持った時に亭主の手助けが出来るという、あとあとの事まで手を廻した考えや」 ×「小父さん違う違う、小商いする家へ往たら、小遣いに不自由せえへんよってや」 番頭「ア斯奴は盗人やがな、一人として様な奴は居やがらへん」  番頭が呟いている処へ、表から十二三の丁稚、 丁稚「小父さん横町の十一屋から来たのや、別嬪の女婢《おなごし》さんを一人|寄越《おこ》してんか」 番頭「何、別嬪の女婢やてか、毎時《いつ》も成る丈け不容貌《ぶきりょう》な娘と云うて来るのに」 丁稚「それが今日は違ね、左様やけどなア、番頭はんに十銭貰うて別嬪の女婢さん呼で来い云うて、頼まれやへんで」 番頭「コレ子供衆《こどもし》さん、お前番頭はんに十銭貰うて、別嬪の女婢さん呼んで来い云うて、頼まれたナ」 丁稚「アッ、小父さん、それ解るか」 番頭「解らいでかい、お前の顔にチャンと書いたアるがな」 丁稚「エッ。書いたアるか小父さん、誰が書きやがったんやろ(手拭を出し唾を附けて拭く)ほんならなア、今日家の杢平どんが若芽の味噌汁嫌いや云うて、揚昆布買うて来て御飯食べはったか、どうや、知ってるか」 番頭「そんな位はエラ解りや、杢平どんは若芽の味噌汁が嫌いで、揚げ昆布で御飯を食べはったやろ」 丁稚「アア小父さん、何でもよう知てるなア、鳥渡《ちょっと》手の筋見てんか」 番頭「阿呆云え、其処に仰山女婢さんが居るがナ、良え娘を連れて去に」 丁稚「ホンに仰山居よるなア、そやけど皆おもろい顔ばっかりや、アアこの娘この間宅へ来て、ツマミ喰いして去なされた娘や」 番頭「コレそんな事云うもんやない」 丁稚「其処に俯向いてる人、チョット此方を向いとくなはれ。アア貴女|途方無《とうな》い別嬪さんや、貴女家へ来とくなはれ、小父さんこの人来て貰うで」 番頭「アア左様か諾《よ》しや、貴女この子供衆さんと一緒に往とくなはれ、横町の十一屋という古|着《て》屋さんじゃ、何れ後から私が判を貰いに往くでなア」 女中「それでは往て参ります」 丁稚「サア誰方も退いとくなはれや、家の女婢さんのお通りだっせ、サア退いた退いた、貴女大きに御苦労さんでおます、貴女豪い別嬪さんだすなア、私い貴女に頼みがおますね。諾いて貰えますやろか」 女中「どんな事だす」 丁稚「そやけどなア、云うて仕舞うてから嫌やや云われたら恥しいよってなア」 女中「何んな事だすいナ云うてみなはれ」 丁稚「そんなら云いますけど、恥かしいよって鳥渡この露路へ這入っとくなはれ、アノナア。わしとこの家はお朔日と、十五日に焼物が附きまんね、それが尾の処は魚屋が大きい切って来まんのや、貴女私いには屹度尾の処附けとくなはれや、アア恥かし」 女中「まア吃驚した、何やしらん思うたら、そんな事だっかいナ、宜しおます」 丁稚「女の人と一緒に歩いたら、此辺で丁稚仲間を省かれますのや、私い先に去にますよって後から来とくなはれや。此辻曲って三軒目に十一屋とした家が在《お》ますやろ彼家《むこ》だっせ、……ヘエ番頭はん唯今」 番頭「エエイ。バタバタと何じゃ、使い上手とは貴様の事じゃ。道で油とって門口まで来ると、バタバタ走りくさる、何処へ往てたんや」 丁稚「アア忘れて貰うたらドモならんな、女婢さん呼びに往きましたんやがナ、貴方云うてなはったやろ、別嬪の女婢を連れて来い、本真に別嬪やったら十銭遣る云うてなはったよってに、一番|美《え》えのん連れて来ました、応対通り十銭頂きまひょう」 番頭「其様《そない》に美えのがあったか」 丁稚「そら別嬪だっせ、サア十銭」 番頭「屹度別嬪に違いないか」 丁稚「決して如才はおまへん」 番頭「ア商売気になってくさる、後刻《あと》で遣る哩《わい》」 丁稚「サアそれがなア、後刻で貰えなんだよってにいうて、お上へ願う訳にいかず、モウ誰方はんも、此節は一切現金で戴いておりますね」 番頭「阿呆云やがれ、サア十銭遣ってコマス、それで女婢は何時来るね」 丁稚「今其処まで一緒に帰って来ましたんやけど、一足先へ御注進に来ましたんやモウ来まっせ」 番頭「何じゃ、モウ直ぐに来るのんかい、それを早う云わんかいナ、誰や今二階へ上ってるのは、藤七とんか、チョッと私の羽織持って降りてんか、イヤそれやない、此間仕立ててきたのや、行李の一番上に容れたアる、アアそれそれ憚りさん鳥渡かして、それから誰やったいな、此間夜店で鏡購うて来たのは。アア久七とんか、チョッと貸してんか、何じゃい鳥渡ぐらい、セチベンな事云うものやないわいナ、減る物やないがナ怪っ態な奴やホンマに、……失敗うた、豪う髭が伸びてるワ、こんな事なら、昨夜床屋へ往ときゃ良かった……コレ皆もっと凹んでんか、何やそんな処へヅラッと遊んで全《まる》で男の見勢附きやがナ、お前《ま》はん等かて女の四五人も居る処へ往たら恥かしいやろ、まして女の事や、恥かしがる哩、凹んでなはれ」  番頭一人前へ出て見合いでもする様な気で、待っている処へ這入て来ましたのが右の女中さん、初めて来た家、恥かしいと見えて口へ袖を当てて頭とお臀《いど》を七三に振って、孑孑《どんぶり》が水害に遇うた様な恰好で、店の間で会釈して内らへ這入ろうとするのを番頭が、 「アア鳥渡鳥渡……ハハハ、イヤ店の端《はな》で呼び止めてお可笑う思いなアるやろが、茲の家は旦那と御寮んさんと、お上はタッタお二人切りや、万事は私が何も彼も引請けています、旦那はんはホン宜いお人やが、御寮んさんというのが内娘でな、ちょっとマア気儘なお方やけれども、マアマア辛抱しとくれ、そこで鳥渡給金の極めだけをしておきたいのやが、茲の家は給金は安い、半期これ(指を出す)……七円や、安いなア。貴女みた様《い》な綺麗なお娘《こ》、お白粉代にも足らへんやろが、其処を辛抱するのや、とマアこの七円が、十円になるやら、二十円に当るやら解らへん、こういうとハハアそれでは何ぞ、貰いでもあるか落ちこぼれでもあるのかしらんと思うやろが、お茶屋や料理屋と違う、見なはる通り堅気の古着屋や、こぼれも貰いも何もあらへん、そいたら何でそないに収入《みいり》が良うなるのや解らんやろ、まア聴きなはれ、早い話が茲にこういう品物がある、この通りお召やが昔物で性が良え、柄行きも恰度お前はん等に持って来いや、これで何程《なんぼ》やと思う、見なはれ斯処に符牒が附いたアる、それメチヤと書いたアるが、何程の事や解らへんやろ、四円三十五銭や、安い物やないか、新《さら》で造らえたら二十円でも出けへん、古で買うてもお前はん等の手へは、十円より下では這人らぬ品物や、チョイチョイと斯んな物が出た時に買うといたら良えね、併し半期七円の給金で、そないに仰山買物して、どないして払えるかしらんと思うやろ、イヤ咄をせんと解らんがナ、此前丹波の園部から、おもよどんという女婢が来てたんや、来る時は小いさな風呂敷包み一つ持て来たんやで、それが何うや、年期が明いて帰る時は大きな行李に二杯、ギッシリ詰めて去んだがナ、それちウのは、閑があると店へ出て来て、気に適《い》った品《もん》があると欲しそうな顔して見てる、私が横から、おもよどんこの丸帯が欲しいのやろ、良かったら買うとき六円二十銭や、けども番頭さん、そんな高い物分けて戴いても、エエがな、何時なとあった時に払う様にしなはれ、マアお前はんの行李へ蔵《なお》しとき、てな事云うて分けて遣るやろ、物の二た月も経《たっ》た時分に他家へお遣い物でも持って往た、おタメを貰うたりすると、アノ番頭さん、先日分けて戴きました帯のお金に、鳥渡これ三十銭だけ、エエ、六円二十銭の内入に三十銭や邪魔臭いなア、けどマア帳面の端へ三十銭入と書いとく、また一ト月程してから二十四銭入、十八銭入、十銭入、七銭入、四銭入と六七遍も這入った時分に、私の計らいで帳面ドガチャガドガチャガ、そこはマア私の筆先一つで、どうにでもなるのや。左様左様《そうそう》或る時もナ、私が三番蔵へ用事があって往こうと思うたら、蔵の間でおもよどんが手紙を読んでるのや、好きな人から便りがあって、嬉しいやろ云うたらナ、イーエ親元から茲んな手紙が参りましたのやが、解らん字がござります、済みまへんが番頭さん一寸読んで貰えまへんやろか、アア宜しい貸しなはれと、私が読んでみると親から十円の無心や、マアお恥かしい物をお眼に掛けました、何を云うてるね、誰かてお互いに困る時は一処や、親の為や早う送って遣り、サア送り度うはござりますが唯今手許に、アア心配しいな、店に遊んだ金があるさかい廻しといて上げよ、イエ貸して戴きましても返す目標《あて》が。マア何時なと、あった時に返したら宜えがナ云うて、店の金立替えて送らした処が、折返して親元から、豪う嬉しそうな礼状が来たわいナ、その手紙を私に見せて番頭さんのお蔭で生れて始めの親孝行が出けました、就きましては今日着破った寝間着と抜毛を売りましたお金が四十五銭、これだけを鳥渡内入に、や宜しいチウので帳面へ四十五銭入りや、又三月程してから二十八銭入、十六銭入、九銭入、六銭入と、これも又六七遍も入れたやろか、後は帳面ドガチャガドガチャガ、それ此処が番頭の有難さ、茲等に仰山いよるけれど、藁人形同然唯人間の恰好してよるだけや、ツマリ皆んな、飯喰う鳥脅しみたいな物や、万事は店を預かる番頭の胸三寸、私の考え一つで物事はどうにでもなるのや、……処でチョッと咄をしと置《か》んならんが、私は今年が四十で来年別家する身《からだ》や、別家をしたら差し詰め女房を持たにゃならぬが、まア気性《きだて》の優しい娘《こ》があったらと、実は内々それとなしに捜してる……時に私しゃ冷え性とでもいうのか、夜になると小便《ちょうず》が近いのや、それが何分眠むた眼で往くもんやで、帰りに部屋を間違う事がようあるね、万が一お前はんの部屋へでも間違うて這入った時にやナ、キャアとかスウとか云われると、来年の別家もポコペンで、今迄の辛抱も川口で船や、其処んとこをば、お前はんの胸一つで、なアそれ、ドガチャガドガチャガとしといてくれたら、其処は魚心あれば水心、水心あれば魚心」 △「猪名川土俵で逢おう」 番頭「誰じゃい。鉄ヶ嶽みたいに云やがるのは」 △「番頭はん、貴方何云うてなはんね」 番頭「女婢の給金極めてるのやがナ」 △「女婢さんなら、モウ先刻《きっき》に内らへ這入らはりましたデ」 番頭「そんなら此処にお叩頭《じき》してるのは誰や」 △「そら杢平どんが頭から風呂敷を被って俯いていやはりますのや」 番頭「コラ杢平、何しやがんね」 杢「イヨウ番頭はん、帯も何も要りまへんよって、拾円だけ一つドガチャガ……」 番頭「阿呆云え、皆聴いてくさる、碌な事しやがらん、コレ丁稚《こども》、店の煙管が詰ってあったら、云わいでも羅宇仕替えを為しとかんかい」 丁稚「番頭はん、そら私いの矢立だんがな」 番頭「何や、こら矢立か」  番頭モウ眼も見えぬ様になってよる。 女中「これは御寮人様でござりますか、初めましてお眼に掛ります、何分不束な者でござりますが宜敷うお頼み申します」 御寮人「まア、貴女が来て呉れてやったんか、オオいや、別嬪さんやこと、誰が口入屋へ往たんや、定吉お前か、成るだけ山から這い出の不容貌《ぶさいく》な娘《こ》を呼んどいでと、あないに八釜敷う云うたアるのに、何で此様《こない》な綺麗なお娘を連れて来たんや」 丁稚「私い口入屋で云うたんだっせ。成るだけヘチャな人やないと不可んてな、そしたら小父さんが云うてました、今年は梅雨に降って土用に照たんで、何所とも女婢の出来が宜ろしゅうおますのやと」 御寮人「全でお米やがナ、此前にも鳥渡良え娘が来たら、三晩もお店が徹夜《よどおし》ガヤガヤいうてるもんやさかい、吃驚して逃げて去んで仕舞うたがナ……まア貴女気にせんと置いてや、何しろお店に若い者が仰山居るさかい、此方もそれで気を遣うのや、下《しも》の女婢と思うて呼びに遣ったんやが、貴女見たいな綺麗なお娘、下という訳にも往けへんワ、上《かみ》の方を勤めて貰うとすると、ちいと許りお針を持って貰わんならんが貴女何うや」 女中「マア御寮人さん、お針の事を申されますと消え度い様に存じます、幼い時母からホンのお針の持ち方だけを習いましたので、唯モウ単物一通り、袷一通り、綿入一通り、襦袢に羽織袴、十徳鬼衣被布コート、洋服、チョッキ、ズボン、マントトンビ、パッチ、猿又、足袋、手甲、脚絆、甲掛其他針に掛かる物は網抜き、雪駄《せきだ》の裏皮、畳の表替えもいたします」 御寮人「まアまア器用なお娘や事……アアそれから、これは無けら勤まらんというのやないけれど、マアおれば頂上と思うて尋ねるのや、というのは宅の旦那《だん》さんが、まことに陽気好き、一寸一杯召上ると、一遍三味線弾きんかテな事を、よう仰有る、貴女三味線はどうや」 女中「マア御寮人さん、三味線の話が出ます度に、妾モウ穴があったら這入り度い様な気が致します、ホンの手ほどきをして貰いましただけでござりますので、唯もう地唄が百五六十と江戸歌を二百程上りましただけでござります、それからマア長唄と常盤津、義太夫、清元、端唄、大津絵、とっちりとん、伊予節、都々逸、よしこの、追分、騒ぎ唄、新内、源氏節、チョンガレ、祭文、阿呆陀羅経、又鳴物も少々噛りまして大鼓《おおかわ》、小鼓《こつづみ》、大太鼓、〆太鼓、甲太鼓、長胴鼓《ながどう》、横笛《おうてき》、竹笛《しのぶ》、尺八、笙篥《しょうひちりき》、琴、琵琶、鼓弓、八雲、月琴、木琴、鈴《りん》チャンポン、銅羅、紗鉢《みょうはち》、木魚、四ツ竹、半鐘、釣鐘、拍子木、鳴子、釈杖、法螺貝……」 御寮人「まア何でも能けるのや事……」 女中「若し子供衆が夜習いでも遊ばす様なれば、卒爾乍らお手本位は書かして頂きます、字はお家流仮名は菊川流でござります、算盤は四則から始めまして開|立《りゅう》、開平まで、お手前は裏千家花は池の坊、盆画盆石と香も少しは嗅《き》き分けます、絵は狩野派、歌は万葉、句は蕪村の流れを汲みまする、剣術は一刀流でござりまして柔術は渋川流、鎗は宝蔵院、薙刀は静流、手裏剣は兵藤流、鎖鎌は山田流、軍学は山鹿流、忍術は甲賀流、馬は大坪流、鉄砲の作法は江川流、大砲の打ち方地雷火の伏せ方烽火の揚げ方……」 丁稚「フワーイ、番頭はん、御注ー進」 番頭「何や吃驚するがな」 丁稚「アノ女婢さんなア、豪い人だっせ、地雷火伏せて烽火揚げるや云うてまっせ、貴方今夜の便所《ちょうず》往きは甲兜《よろいかぶと》や」 番頭「阿呆云やがれ。もっと聴いて来い」 御寮人「まアそんなお娘に居て貰うたら私も安心やワ、それで貴方の生れは何処やね……」 女中「私は、アノ京都の生れでござります」 御寮人「良え処で生れてやったんやナ、京は何処や」 女中「寺町の満寿寺で……」 御寮人「賑やかな処やないか。それで今でも御両親は其処に居ててやのんか」 女中「御寮人さん、妾は誠に運《かに》の悪い者でござりまして、幼い時両親に死別れましたので、心斎橋の八幡筋に居りまする伯父さんの世話になって居りましたが、伯父さんはホン人の良え仏の様な人でござります、処が伯母さんというのが根が他人の事とて口で大きな事を云われますが、極くお腹《なか》の小さい人で、何やら油の中へ水が混った様に、何かと顔で切って見せられるのが辛さに、斯様に御奉公をさして頂きます」 御寮人「まア可哀相なお娘《こ》」 女中「左様な訳でござりますので、お目見得の晩から泊めて頂きますと、縁が有るとか無いとか申しますが、何れ荷を引きに参ります節、一日お隙を頂くとして、今晩から泊めて戴き度う存じます」 丁稚「ヘーイ、又御注ー進」 番頭「コラ、そない大きな声出すな、何うやった」 丁稚「番頭はん、あの女婢さん京都の人だすと」 番頭「それ久七とん何うや、私が上《かみ》に違いないちウのに、お前紀州や云うて諾《き》かんね。京やなかったら、言葉があないボイヤリしやへん、京の何処や」 丁稚「寺屋の饅頭屋だすJ 番頭「豪い又、変た商売やなア」 丁稚「商売やおまへん、所だっせ」 番頭「ナニ所が寺屋と饅頭屋……そら寺町の満寿寺と違うか」 丁稚「アア左様左様、それから心配なしに鉢巻してはりまんね、其処でおっさんが仏はんでおばはんが化物だんね。口の大きな大きなお腹の小チャイ小チャイ人や。油の中へ水入れてなア、顔を斬って痛い痛いと」 番頭「何を聴て来やがんね」 丁稚「左様やさかい、今晩から泊らはりまっせ」 番頭「ナニ、今晩から泊るて、諾し諾し、コレ皆ボツボツ店を仕舞いや」 ○「末だ早うおます」 番頭「だんない。女婢の目見得の日は早う店を仕舞うものや、コレ子供、表を掃いて水|撤《う》ちましょ」 丁稚「末だお陽《ひ》さんが、あたってます」 番頭「関めへん、サッサと掃除しょ」 丁稚「豪い面白いなア、女婢が目見得したら早仕舞や……向いの友吉とん、私とこナンデ今日|斯様《こない》に早う仕舞うか知ってるか、今日家へ別嬪の女婢さんが来たよってにや、今晩内へ遊びに来てみ、ゴチャゴチャしてソラ面白いで」 番頭「コレコレ、要らん事を喋るのやない、早う家へ這入れ阿呆奴」 丁稚「ヘエ掃除して仕舞いました」 番頭「仕舞うたら戸を閉めるのじゃ」 丁稚「未だ明うおますがナ」 番頭「だんない、戸を閉めたら神様へお燈明を上げて廻れ」 丁稚「ヘエお燈明上げました」 番頭「上げたら消《しめ》して廻れ」 丁稚「今上げた処だんがな」 番頭「だんない、親方の身にもなれ、油一升|何程《なんぼ》すると思う」 丁稚「ホイホイ、全で神様嬲り物やがな、自分に目論見があるもんやさかい、ほんなら神様済みまへんけど消さして貰います、貴方はんも豪い御災難でおます」 番頭「コラ、余計な事云わいでも可え、消したらサア早う寝るのじゃ」 皆「晩御飯を未だ喰べてやしまへん」 番頭「女婢の目見得の日だけぐらい、晩めし喰べんかて何や」 皆「そんな無茶な事あるやろか、こら殺生や」 番頭「サア寝よサア寝よコレ皆早う寝なはれや、亀吉、早う寝んかい何してるのや」 亀吉「ヘエ、算盤の稽古してまんのや」 番頭「極道奴」 丁稚「勉強して極道云われたん始めてや」 番頭「藤七とん、寝んか、何をしてなはる」 藤七「チョッと姫路へ遣る手紙を書いてます」 番頭「明日出す手紙なら明日書いたら良え、早う寝なはれ」 藤七「けども余り宵から寝るのは勿体のうおます」 番頭「何や勿体ない、妙な事云うな。何時も燈りが点いたら居眠ってるやないか、寝られんのなら恰度好えワ、安治川へ荷出しに往きなはれ」 藤七「滅相な事、寝《やす》まして戴きます」 番頭「それ見くされ、皆寝えや、モウ寝たか……寝たら鼾かきや」 皆「ア鼾の催促や……グウ……グウ……」 番頭「何や、云うたら急に鼾かき出しよった、……コレ本真に寝てるのんかいナ……狸と違うか……コレ」 ○「グー」 番頭「コレ」 ○「グー」 番頭「コレコレ」 ○「グーグー」 番「ア鼾で返事してよる。悪い奴やで皆……実際寝てるのんかいナ……久七とん……」 久七「グウー」 番頭「久七とん……」 久七「グウー……」 番頭「何うやら寝よったらしい……此間に一寸便所へ……ア、ニコニコ笑うて鼾かいてやがる、仕様のない奴や何奴《どいつ》も這奴《こいつ》も……。ナア其処へ往くと子供は邪がない哩、番頭はん別嬪連れて来たさかい十銭お呉なはれ、八釜敷い云うて十銭取りよったが、枕元へ放っといて寝てよる、今の内に取り戻しといたろ」 丁稚「グウ……(鼾をかき乍ら頭を上げて捜す)」 番頭「コラ眼を開《あ》いて鼾かく奴があるかい」 丁稚「誰方も夜ざとうお寝み、豪い物騒な晩でおますせ」 番頭「何を云い腐る、早う寝んかい。サア寝よサア寝よ」 △「貴方が八釜しいて寝られしまへんねがナ」 番頭「私が寝んと何奴も寝やがらん、サア寝てこます」  番頭も根負けして其儘寝て仕舞いました、他の者も饒舌り草疲れて皆それぞれ寝て仕舞いましたが、暫らくしてフト眼を醒したのが杢平、 杢平「グウ……グウ……(辺りをキョロキョロ見廻し乍ら)グウ……久七とん(小声)……久七とん」 久七「何だす」 杢平「ア、貴方起きてるのんかいナ、番州|遂々《とうど》寝よりましたで」 久七「往生して諦めよったんだすな」 杢平「モシ今日来た女婢は途方もない別嬪だすナ」 久七「別嬪だす」 杢平「横町の張籠《ぼて》屋の女婢と、何方が良えと思いなはる」 久七「阿呆らしい、競べ物になりますかいナ」 杢平「そやけど張籠屋も悪うはおまへんで」 久七「貴方二言目には張籠屋張籠屋云いなはるけど、あら塗ってまっせ。粉の噴《ふ》いたんが好きやったら冬瓜《かもうり》見ときなはれ」 杢平「そない豪《え》らそうに云わいでも宜ろしいがナ」 久七「貴方が解らん過ぎるさかいや、此方は生地なりだっせ、そんな貴方、誤魔化し物と一と口に……」 杢平「別に左様《そない》、青筋立てて怒らいでも宜《え》えや有《お》まへんか、唯鳥渡訊ねてみただけだすがな」 久七「別に怒らしまへんけどナ、……今日日暮に私が三番蔵から出て来ると、漬物納屋の中で何やらゴトゴト音がしまんね、何やいな思うて覗いて見ると今日来た女婢が漬物の重石持って難儀してるやおまへんか、何をしていなはるのや云うたらナ、女という者はあかん者どすえなア、余り石が大《いっ》かいので、揚がらんのどすえ……と斯様《こない》に云うさかい、退《の》きなはれ揚げたげまよ云うて、私が除けて遣ったらナ、オオウけに憚りさんどす、何うだす杢平どん、京の女は礼を云うのに吃度言葉を押え附けまっせ、オオウけに憚りさんと云いよるよって、私もイインエ滅相なと」 杢平「しょむない事云いなはったんやナ」 久七「あの、卒爾でござりますが、お名前は何と仰有ります、こないに云いよるよって、ヘエ私は当家の三番番頭にて久七と申しまする、以後お見知り置かれまして、評判よしなの御吹聴……」 杢平「何や軽業の口上みたいに云うたんやなア」 久七「アノ久七さんと聞きますと、おなつかしゅう存じます、ハハンそれでは何程想うてもあきまへんナ、貴女には久七さんという、可愛《いと》しいお方がござりますのやなア、イイエお話をせぬと解りませんが、私は三年前に一度嫁きました、その夫の名が久七と申しましたが、半年余りで死別れましたので、死にあとは悪いという事を聴いて、ズッと独りで通して参りましたが、今久七さんと承りまして、思わずお懐かしいと申しました、マア左様かいナ、世には似た名前もある物だすなア、又用事が有ったら遠慮無う云いなはれや云うて、納屋から出ようとしたら、桶と桶の間が狭い物やよって、私の尻がポンと衝ったんや、そしたらナ、まア如何に妾のお臀《いど》が大《いっ》かいとて、其様に突かいでも宜えやおへんか云うて、ボイン(臀で杢平を撥く)と突き返しやがるのや」 杢平「(顔を皺めて)なる程」 久七「私い何も突けしまへんがナ、一寸障った丈けだすがなナ、嘘お云いやす、お突きやしたがナ、触ったんだすがナ、お突きやしたがナ」 (臀でボンボン杢平を突き撥ねる) 杢平「痛い何するのや人の横ッ腹ボンボン衝いて、息に関うがナ、それ見い蒲団の外へ放り出しやがった、ハーックシャン、ハーックシャン、それ風邪引いたがナ無茶しないナ」 久七「アハハハハ、済まん済まん、サア此方へお這り」 杢平「私はなア、晩飯の時や、喰べようと思うたらお副《かず》が昼の残り、 若芽のお汁やが私は嫌いや、昼は子供に揚昆布買いに遣って済ましたが女婢は知らんものやさかい、よそうて呉れた、アアそれは嫌いだす云うたら、向方がテレるやろ思うて食べる様な顔して密《そっ》と横へ置いたら、それをジッと見てな、貴方はん味噌《おみ》のお汁《つゆ》はお嫌いどすかと訊きよるね、ヘエ奉公していて好き嫌いを云うのは気儘でござりますが、若芽だけは何うしても得《よ》う頂きまへん云うとナ、まア妙なこと、妾も若芽は嫌いどすワ云《い》うて、私いの顔を尻目でジイッと見てなア、似た者何やらどすなアと、オイ似た者何やらどすなアと、オイ、似た者……」 久七「解ったアるがな何遍言うのやいな同《おんな》じ事を、似た者何やらて、何の事や」 杢平「それみい。解ってないのやろ、似た者夫婦という謎を掛けてよるね、見てるちウとな、そのお汁を自分が一寸吸いよるやないか、貴女嫌いや云うて吸うてなはるやおまへんか、アの若芽のお汁は嫌いどすのやが、殿達の喰べさしは、どんな味がするかと思うて、よばれてみたのどすが、嘘吐いたのがお気に触ったのなら、貴方のお気の済む様に何うなと信濃の善光寺さんは、此間も阿弥陀池に御開帳が、有ったや、無アーいイーアーいイーなアーフワフワフワ……(久七の顔を掻き抓《むし》る)」 久七「痛たたた――いた――い」 番頭「コレコレ何してるのや其処で」 久七「杢平どんが惚気云うて、私いの顔を掻きむしらはりまんね」 番頭「早う寝んかいな最う」  わアわア云うてる内に、昼間の疲れでグーッと寝て仕舞いましたが、夜中に目を醒したのが一番番頭。 番頭「アアアーッ(欠呻)もう何時やろ……アア左様や左様や、今日目見得に来た女婢……放心《うっかり》寝惚けて忘れる処やった、……フフン皆よう寝てよる、此間に往て一談判……」  暗闇を手探りで取合いの障子をスーッと開けて、足音のせぬ様に二階への段梯子を上ると、頭をゴツン。 番頭「痛ア……アアゴロゴロの戸が閉めたアる、御寮人さんの仕事やな、根性の悪い……、仕様もない悋気せえでも良えのに……、此処から上れなんだら、二階へは往けぬもんやと思うてござる、別に此処から上れえでも関《か》めへん、台所へ廻って膳棚を足場にして薪棚《きやま》へ掻き上る、あれから横手の窓を明けて忍び込んだらチャリみたいなもんや」  苦し紛れには豪い知恵が出るもんで、ソッと台所へ廻って来て、膳棚へ手を掛けて一イ二ノ三ツと撥《はず》みをつけて飛び上ろうとすると、腕木が腐ってあったか、釘がゆるんであったか、力を入れた拍子に、膳棚が肩の上へ、ガラガッチャガチャガチャ。 番頭「ウワア失敗うた、(ガチャガチャ)膳棚が取れるとは知らなんだ(ガチャガチャ)向うが釘着けになったアるさかい(ガラガラ)放り出して逃げる事も出来へん(ガラガチャ)イヒヒヒヒヒ」  膳棚担げて泣いていよる。次に目を醒したのが杢平。 杢平「アア皆よう寝てよる、この間に二階へ……」  此奴も同じくゴロゴロで頭をゴツン。待て待て此処から往かいでも良え哩。台所へ廻って膳棚を足場に薪棚へ。とキッチリ同じ勘定つけて膳棚へ。前は右手、今度は左手へ手を掛けると、前に片方が取れて充分|震《ゆ》さ振《ぶ》ってあるので至ってモロウなってます、チョッと力を入れるが早いか、ガラガチャガチャガチャ。 杢平「フワア……豪い事した(ガチャン)取れるとは知らなんだ……」 番頭「誰や誰や」 杢平「アア番頭はんだっか、チョッと来とくなはれ」 番頭「あかんあかん、私は此方側を担げてるのや」 杢平「アア貴方が先だしたのかいナ」(ガラガラ) 番頭「オイ杢平どん、余り動きなや(ガラガチャ)コレ動きな云《ちゅ》うのに」 杢平「私いは静《じ》っとしてまんがな、(ガチャガチャ)それ貴方が動きなはるのやがナ、(コットン)アア何やら倒《こ》けましたで……醤油入れと違いますか……アア矢っ張。醤油や、コラ不可ん……首筋から背中へ伝いよる……背中の灸《やいと》の皮が剥けておますのや……ウワー堪える堪える、イヒヒヒヒヒ」  両人が膳棚担げて泣いてる時に、目を醒したのが久七。どれ今の内にと是又同じく頭を打ちよって。諾《よ》し此処から上らいでもだんない、台所から庭へ降りて、井戸側へ乗ったら、天窓の紐にブラ下って、井戸側を一つポンと蹴ったら、反動《はずみ》でシューッと薪棚へ。此奴が一番考えは良かったが、可哀想に暗剣殺《あんけんさつ》に向いよった。女婢が来たてで勝手が解らぬので、天窓が閉め忘れてあったのを御存じない。紐を手へ巻き附けて、充分腰を定めると、「ヤツ」とブラ下ろうとしたら、身体の重味で天窓がゴロゴロゴロ、奴さん井戸の中へズルズルズルドブン。 久七「フワア……」 番頭「オイ杢平どん、誰や井戸へ陥《はま》りよったで」 久七「誰方ぞ其処に居なはるか一寸来て揚げとくなはれ」 杢平「往かれへん往かれへん、此方|両人《ふたり》は膳棚担げてるのや」 久七「アア左様か、まア膳棚の方は命に別条おまへんが、私の方は一つ間違うて紐が断れたら命懸けや、アア何うやら断れそうな按配だっせ……ミチミチと妙な音がして来たがナ、イヒヒヒヒヒ」 旦那「コレ奥や……一遍鳥渡起きて見て下され、何や台所の方がガタガタと騒がしい、又猫でも暴れてるのじゃないか、手燭を点して其辺等《そこら》を見て来なされ」 番頭「アッ、いかんいかん、御寮人さんが燈《ひ》点《とも》して来はる、杢平どん、膳棚|放《ほ》かして逃げようか」 久七「逃げたら可《い》きまへんでーッ、其方は逃げられるが、此方は逃げられへんのや」 番頭「ワッ。明りがさして来た。モウ間にあわん。サア寝た振《ふり》して鼾かき……グウ……グウ……」 杢平「グウ……グウ……」 御寮人「何故《なんで》こないに騒がしいのやろ……オオいややの、天窓の紐が井戸の中へ下ったアるわ……マアマア吃驚したやノ、貴方久七やないか、井戸の中で紐にブラ下って、何をしてるのや」 久七「御寮人さん、これはチョット西瓜の身振りでござります」 御寮人「阿呆らしい、上られしまへんねやろ、仕様む無い事するさかいそれ見なはれ、待ってなはれ、今お店の人に上げて貰うたげます……チョッとお店の……まアどないした事や、お店はスッカリ総出やないか……此処に居るのは番頭はんと杢平どんやワ……マア膳棚担げて鼾かいて……貴方等何をしていなはるのや」 二人「ヘエ。宿替えの夢を見ております」 話の中に出る方言の注解 前垂れ(前掛け) 御寮人さん(奥様) 箸まめ(女さえ見れば手を出す事) 貴女“途方も無い”別嬪さんや(とおない又はとおらいと発音する、得も云われぬという意) 油とる(油を売る)道草食う事 口入屋(桂庵)雇人照介業者 如才おまへん(懸引はしません) セチベン(貸し惜しむ)世痴吝? 見勢附き(張り店) どんぶり(孑孑)ぼうふら、蚊の幼虫 内娘(家附きの妻) おタメ(贈り物に対する感謝の意を含む祝儀) あだて(確とした目適《あて》) ポコペン(滅茶滅茶)支那語|不好《ブハオ》不心《ブシン》の片言? ヘチャ(不容貌な女) 顔で切って見せる(感情を顔に表わす) だんない(拘はぬ)大事無いの転訛 かめへん(右同)拘いはせんの略 大《いっ》かい(大きい)京都特有の言葉、大阪では用いない テレる(間の悪い思いをする) ゴロゴロの戸(二階へ昇り切った個処の、階段の反対側から水平の戸を引き出して、階下と遮断する。戸の両側の下面に小さな車が附けてあり、ゴロゴロと音がするので、この称がある) きやま(薪棚)町家では大てい夏期に一年中の薪炭を購い込んで置く、 湿気を避ける為め二階の庭に面した方に積み重ねてある、この場所をきやまと云う 膳棚(往時は一人宛別々の箱膳で、食事を終ると、各自の食器を膳の中に納めて、台所から、庭へ突き出した棚に並べて置く。俗に釣膳棚というのは、頑丈な腕木で柱に打ち附けてあったもの) 天窓の紐(採光の為、普通井戸の真上に巾瓦三枚分、長瓦四枚分位の長方形の窓を明け、これに雨の降り込むのを防ぐ為めに油障子と戸が二重に閉まる様になっている。屋根の傾斜に副うて簡単な敷居が打ち附けてあって、これに嵌まった戸や障子の自重で窓が開く。閉める際は下から紐を引張ると、紐はクル巻きを通して戸障子に取り附けてあるので窓の処まで上って来る仕掛になっている) 手燭(手に持つ様に、横に柄の附いた燭台)