次の御用日(つぎのごようび) 五代目笑福亭松鶴  サテ一席伺いますは、まだ松鶴《わたくし》が此世へ御誕生あらせられぬその以前のこと、ところは安堂寺町一丁目に樫木屋《かたきや》佐兵衛さんというお宅がござりました。ちょうど六月土用のうち、おひる御飯の時で、 「コレ常吉、常吉はなにをしていますな……」 「ハイ只今御飯をいただいております」 「コレ、はたの子どもは皆御飯をたべてお店へ出ているのに、そちはいつまで御飯をたべておるのじゃ、早うたべんかいなア」 「ヘイ私は佐賀屋はんへ、お使に行っておりましたので、イチばんベベチャにたべましたので、イチばんベベチャになりてます」 「それを早うたべぬか」 「たべてまんねがな、それを早うたべ早うたべとやかましゅういいなはる、でっちというものはつまらんもので、御飯もゆっくりたべられへん」 「コレ何をぶつぶつぼやいている、行儀のわるい、御飯をたべながら、そうしゃべるもんやない、おとなしゅうたべぬかえ」 「おとなしゅうたべてたのに、あんたがしゃべらしなアるねん」 「それを早うたべというのじゃ」 「たべてまんねがな、そないに早うたべいうのなら、常吉がまだやで待ってていっしょにたべてやれと、いうとくなアったら、いっしょにたべてお店へ出てますねがな、それはそうと今日はおいもと、ねぶかのおかずで、おおきに御馳走さんでおます」 「何じゃ今頃礼をいうてよる、コレ常吉そちは子どものくせにいもが嫌いか、小皿のうえに出してあるやないか」 「何いうてなアるねん、わいおいも好きだんがな、おきよどんがヒイキぶりで大きな太鼓のとこを、二ツも入れといてくれたんだす」 「それにそちはなぜたべんのじゃ」 「たべとうおますけども、他家《よそ》さんはこの日の長い時分に、ほっとせぬように、おやつが出ますけども、御当家はエグおますので」 「コレ……エグイということがあるか」 「そうだんがな、おやつが出まへんよって、残して置いておやつにたべますのんや」 「コレそんな行儀のわるいことをするもんやない、早うたべてしまうのじゃ」 「たべてますがな……」. 「用事があるのじゃ」 「また」 「またということがあるか」 「そうだんがな、銭を使うとへるもんやので、銭をちっとも使わずに、でっち使うてもへらんもんやで、でっちばっかり使うて、銭使いのこまかいでっち使いのあらいうちや」 「そら何をいうのじゃ、いとの縫物屋行きのお供をせんならんで、早うたべというのや」 「とうやんの縫物屋のお供なら、亀吉とんも、定吉とんもいはります」 「いや、亀吉や定吉ではいかん、何や知らんが、いとはそちが虫すくのじゃ」 「えらいおかしいナア、とうやん、あテに惚れてほんのんかしらんて」 「何をいいくさるね、気の変らんうちに、行かんならんよって早うたべというのじゃ」 「たべてんのに早うたべと」 「コレシャモジでかきこむ奴があるか」 「あんたら、ゴテクサゴテクサいいなアるよりて、エーエたった十三膳しかたべられへん」 「十三膳たべたら結構じゃ、早う行こう」 「とうやんおおけに御待遠さん、ヘエお店のお方とうやんのお供して、縫物屋へ行てまいります」 「気をつけて行くのじゃゾ―」 「気をつけるためにまいります、気をつけんのなら行かいでもよろしい」 「エーエ」(ゴソ) 「アーいた、とうやんお店のお方、皆気が短うおまんな、じきにゲンコツでばんと、たたいてでおます」 「あんた、いらんことをいいなアるよって、たたかれまんね」 「わて何もいらんこといえしまえんね、これ借物やない、じまいのあたまやよって、いたいいたいわ、そらそうとお町内のお方がいうてはりますせ、とうやんは別品《べっぴん》さんや、別品さんやと、とうやん別品だっか」 「そんなこというもんやおまへん」 「わていうてえしまへん、お町内のお方が皆いうてはりまんね、お年頃やが嫁入りなはるねやろか、また御養子お貰いになるねやろか、とうやん嫁入りしなアるのか、御養子お貰いなはるのか」 「そんなこというのやおまへん」 「わていうてえしまへん、お町内のお方が皆いうてはりまんね、アアいううちへ御養子にお越しになる方は一生の徳や、どんな御養子がお越しになるやろと、とうやんどんな御養子お貰いなはるね」 「そんなこというもんやおまえん、いんでおかアはんにいいますせ」 「いんでお母はんにいいますせ」 「またそんなこんじょのわるいことをいうて」  ごてごていいながら、東横堀を南へ取ってまいりました。安綿橋の南詰住友様の御屋敷、この辺は只今でも淋しうござりますが以前は昼間でも人通りがござりません。現今大阪の市中で昼人通りがないと申しますと不思議なようですが、前方《まえかた》はずいぶん淋しいところがたくさんござりました。船場では本町橋の西詰南へ唐物町の浜、俗に本町の曲り。南では住友さんの浜。西では加賀の屋敷の裏手、薩摩堀願教寺の横手。江戸堀四丁目七ツ蔵。中之島蛸の松なんてずいぶん淋しいところです。只今は皆賑やかになりました。その以前はかような淋しいところがたくさんありました。まして土用のうち日中のこと、往来の砂は日が当って、きらきら光っております。川向うを通っている商人《あきうど》の声が、かすかに聞えておりますが、夏の売り物は何となし、陰気な売り声で、よしやすだれは、いりまへんか。ござや、ねござ―すいとう、ところてん、烏丸本家琵琶湯糖―お女中方では産前産後血の道の妙薬、金魚やの声を聞くと頭がこまこう前へ行きます。金魚へ―金魚へ―一つだけ陽気な売り物は氷屋はんで腰切れのはっぴ一枚で、オーかちわりやかちわりやわったわった。居眠っていても目がさめます。これでよろしいが、金魚屋と氷屋とテレコやったら、さっぱりわやや。金魚屋を氷屋のようにいうてごらん。オー金魚やわったわった。金魚が皆鼻打って死んでしまうし。氷屋をまた金魚屋のようにゆっくりいうてごらん。氷やかんこおり、つめたいこおり、氷屋はん一ぱいおくれんか、アアとけた。皆氷がとけてしまいます。遠いには油絞めのかけやの音が、かすかにコツンコツンと聞えてます。何とのう気持が悪いと思いながらまいりますと、南の方からやって来ました男が、この樫木屋佐兵衛さんの借家に住んでおりまして、安井さんの纏持《まといもち》、日本橋北詰エまいりました東側のところに只今お稲荷さんがあります。安井のお稲荷さんと申します。ここが安井の屋敷。纏持とは只今で申します消防方で、名前が天王寺屋藤吉という手伝職。まだはだかで歩いてかまわぬ時分、はっぴ一枚ふんどし一ツ、頭に日が当るのが暑いので、はっぴを頭の上からかむってやってまいりました。この姿を見るなり、とうやんが、 「常吉あてこわいわ」 「とうやんひるなかにこわいというものおますかいなア」 「そうかてあてこわいよっていの」 「何いうてなアるね、今いんだらわてのお供のしイようがわるいというてしかられます、とうやんひるなかにこわいものがおますかいなア」 「そうかて見てみイ、向うからあんなこわいもんが来た」 「なんのこわいことおますかいな」  と向うを見ると 「アアこわこわ」 「それこわいやろうがないの」 「とうやん今いんだらあてがおこられます、こっちへおいなアれ」  子ども心にも主人を思わぬ者はござりませぬ。あの辺には、ぼろ屋さんがたくさんござります。ぼろ屋の格子の横の用水桶のところへ連れて来て、ここにつくぼッていなアれわてがかくしてあげますと、とうやんをつくぼらして、上から隠していました、この姿を見るなり、アア家主のとうやん私の姿を見てこわがっているな、よしも一ツこわがらしてやろう。洒落というもんは、せいでもよいもんで、頭の上に着ていたはっぴを上ににゅウと差し上げてこわがっているとうやんの頭の上にかぶせておいて、ア……というた。たださえこわいと思うている頭の上でア……といわれたらたまりません。あれーというなりそれへドンとたおれました。これを見た常吉がびっくりして宅へ走って帰りました。 「マア旦那はんあわてなアんな」 「コレばたばたとどうしたのじゃ、雪駄ぐちおいえへ上って」 「マア旦那はん落つきなアれ」 「コレそちが落つかぬかいナア、どうしたのじゃ」 「今住友はんの浜までいたら、とうやんがこわいといやはります、とうやんひるなかにこわいいうもんおますかいなア、けれどもあれ見てみ、ふッと向う見たら背の高い人がだんだんと、こっちへ来はりましたのでわてもこわかったよって、ぼろ屋はんの用水桶のところへ、とうやんを隠していたら、その人がだんだん大きゅうなって、だんだんこっちへ来て、とうやんの頭の上へ来るなりアッというてでおました、フッとその人の顔を見たら、うちの借家の天王寺屋藤吉サンの、おすさんだんね、ほんならとうやんが、ねんねして、冷たう堅うなって、ものいわんで」  それは騒動やがなと、御店の若い方が行って、連れて帰りまして、お医者を迎えましたち、ようようのことで息が戻りましたが、それから病みつきました。今迄習いました読書《よみかき》算用は申すに及ばず、御茶花三味線お琴に到る迄、皆忘れてしまいました。とうやんあっち向いてなはれ、フン。こっち向いてはなれ、フンと三日でも四日でも向いている。もの忘れをする。世にいう、けんぼうという病いに、取りつかれました。一人しかない娘をけんぼうにされたから、願うといいますと、御親類が、いやいやそうじゃない。これも先世《さきのよ》からの因縁づくや、前世《ぜんせ》からの約束ごとや。親ごの心としてどうあきらめがつきましょオ。願書を認めて、おおそれながらと願い出しましたのが、西御番所。西御番所と申しますは、本町橋東詰北エはいりましたところ。浜側には溜りと申しまして人民控所がござります。これに待っておりますと、門の横手に武者窓という三角の木が横に這入ってござります。  時刻がまいりますとこの窓から御呼び込みに相なります。 「安堂寺町一丁目、安堂寺町一丁目樫木屋佐兵衛、下人常吉出ましょう、借家天王寺屋藤吉出ましょう、町役一同出ましょう、出ましょう……」  声がかかりますと、皆が門を這入ってまいります。御白洲と申しますと、現代の法廷とは違いまして、やはり芝居で致しますように、後ろに稲妻形の襖がはまっております。下は一面に砂利が敷きつめてある。御上様の御慈悲で、ごまめむしろという目の荒いむしろが一枚敷いてござります。この上へ原告も被告も座るようになってます。お白洲へ出てまいりますと、ここにはえらそうにいうておる人があります。  「コリャコリャ其方は何じゃ、樫木屋佐兵衛か、こちらへ座れ、其方は下人常吉か、こちらへ、其方は天王寺屋藤吉か、こちらこちら、其方は何じゃ、何、町役か、コリャ、まげの先がいがんでるじゃないか、袴のすそが破れてる、町役だてら不行儀な奴じゃ」  町役かて袴のすそが破れんということはない。ぶつぶつぼやいている。そうこうするうちに、座が決定《きまる》と静止の声と申しまして、シイ……声がかかりますと、向いの唐紙が左右に開きますと、御出ましになりました御奉行様、こんな松鶴《わたし》みたいなケッタイな顔やおまへん。色が白うて、顔が長てで、目の張りの好い中高な、青みのかかった、青長日という顔で、わたしのんは、赤丸黒という顔でやす。ちゃんと座に御つきになると手文庫より書類をお出しになります。御奉行さんが字を読む時には、口で読まん。それでは目で読むか。目で読まん。口で読まん、目で読まん、どこで読む。目と眉毛の間で読む。眉毛ばっかり動かして人形芝居の岩永みたいに、声を出さずに読む。 「安堂寺町一丁目樫木屋佐兵衛下人常吉出ておるのオ」 「乍恐《おそれながら》これに控えております」 「借家天王寺屋藤吉出ておるのオ」 「乍恐これに控えております……」 「町役一同出ておるのオ」 「おおそれながら、これにひかえとをります……」 「樫木屋佐兵衛、面を上げい」 「シイ―」 「差出したる願面に、先月拾三日、娘糸なる者縫物屋行き途中に置いて、借家天王寺屋藤吉、娘糸頭の上にてアッと申したとあるが、奉行一向に相判らん、ありていに申し上げろ」 「おおそれながら、その儀なれば下人常吉を御調べ下さりますよう」 「コリャ常吉面を上げい……コリャ常吉、コリャ常吉面を上げい」 「面を上ゲイ、面を上げ……」 「なんでやす」 「面を上げ」 「アア表でやすか、表ならなア、けさ藤七とんがあけてデおました、そんなら源兵エどんが暖簾掛けてデおました、わたしが庭をはいて」 「コレそのようなことはどうでもよい、早く申せ」 「ケドわてこれからいわんとよういわん」 「コリャ何でもよい、まだ十五にたらぬ小児のことじゃ構わぬ、捨置け」 「コレ顔を見せるのじゃ」 「アア顔でやすか、ヘエこんな顔でやす」 「こんな顔ということがあるか」 「コリャ常吉、先月十三日樫木屋佐兵衛其方の主人じゃのう、樫木屋佐兵衛娘糸なる者、縫物屋行き途中、借家天王寺屋藤吉、娘糸こうべの上にてアッーと申したとあるが、この奉行一向に相判らん、其方心得おるなら有態に申し上げよ」 「それならなア、おすさん」 「コレ御奉行さんにおすさんということがあるか」 「ソウかて、あて名前を知らんよって」 「コレおじでも何でもよい捨て置け、コリャ常吉其方存じておるか」 「あのナア、それやったらなア、もうせん度あて佐賀屋はんへお使いに行てました、帰ってイチばんベベチャに御飯をたべました、ほんなら旦那はんが、早よたべたべいうてだんね」 「コレそのようなことはどうでもよいではないか」 「けど、あてこれからいわんと、よおい云わんね」 「コリャ何でもよい小児のことじゃ捨置け、かまわぬではないか、コリャ常吉、イチばんベベチャに御飯をたべて、それからいかが致した」 「ほんならなア、その日のおかずがなア、ねぶかとおいものおかずだんね」 「コレそんなことはどうでもよい」 「コリャ何でもよいではないか」 「おすサン、だんないなア」 「オオかまわんかまわん」 「おすさんだんないいうてなあるに、このおすさんばっかりごてくさごてくさいうてはる」 「いもとねぎなら馳走じゃないか、いかが致した」 「ほんならなア、旦那はんが子どものくせにいもきらいか、こないいやはりまんね、きらいやないけども、御当家はエグおます」 「コレ」 「そうでおまんがな、よそさんはこの日の長い時分にはホッとせぬようにと、おやつが出ますね、けども、ワイとこのうちは、おやつが出まえんよって残しといて、おやつにたべますというたら、そんな行儀の悪いことをするもんやない、早うたべてしまえ、たべてるのに、早よたべたべ、用事があるねん、おすサン、ワイとこのうちは、ベタ一面の用事だっせ、銭をつこうたら減るもんやよって、銭ちょっともつかわずに、丁稚使ても減らんもんやさかいに、丁稚ばっかり使うて、銭ちょっともつかわぬ、銭つかいのこまかい、丁稚使いの荒いうちだすせ、糸の縫物屋のお供をせんならんよって早うたべ、とうやんの縫物屋のお供なら、亀吉とんも定吉とんもある、亀や定ではいかん何や知らんが、糸はそちがえらい虫が好く、えらいおかしいなア、ほんならとうやんが、わてに惚てはるのか知らん、何をいいくさる、気の変らぬうちに行かんならんで早うたべ、たべてんのに早うたべいうてだんね、わてら唯《たった》の十三膳しかたべられへん」 「ウム……」 「アアおすさん笑いなアったなア、笑われるねやったらいわんと置こ」 「イヤイヤ役目じゃ笑やせぬ、十三膳たべていかが致した」 「ほんでお店へ来てどなたもとうやんのお供して縫物屋へいてまいりますというたら、気をつけていくのやゾウ、ヘエ気をつける為にまいります気をつけんのならいかいでもよろしい。何をいいくさるね、ボンとゲンコツで叩いてでおまんね、うちのお店のお方は皆気が短うおまッせい。ほいで、とうやんのお供して住友はんの浜のとこまで行ったら、とうやんがこわいいうてでおまんね、とうやん昼中にこわいもんが、おますかいなア、そうかてこわい、いぬというてだんね、今いんだらあてのお供のしようが悪いいうて、叱られます、そうかてこわい、あれ見て見い、フッと向うを見ましたら背の高い人が来ました、あても、こわかったので、とうやんをぼろ屋はんの用水桶のとこへ連れて行て、あてが隠していたら、その人がダンダン高うなってダンダンこっちへ来て、とうやんの、おつもの上で、アッーというてだした、フッと顔を見たらうちの借家の天王寺屋の藤吉つァんの、おすさんだんね、アアおすさん、天王寺屋藤吉っァんの、おすさんを知ってなアるか恐いおすさんだッせ、いつも家賃を取りに行くと、家賃どころか家根の漏りも直しやがらんと、酒屋へ払わんならんワエ、いんで禿ちゃんにそういうとけと、そら恐いおすさんだっせ。からだ一ぱい絵の書いたアる、それハそれハ恐いおすさんだんね、それからうちへいんで、そういうたら藤七どんや、太助どんや、源兵衛どんが出て来てとうやんを抱いて戻って、お医者はんが来はってようようとものをいうようになったんだんね、それから病気になってでおました、今迄習うたことを皆忘れてしもうた物わすれる病気、あの病気なんやらいいまんなア、それそれソウ、あのケンデッポウ、ケンデッポウという病気になってでやした、ほんなら旦那はんが一人しかない娘をこんな病気にしられた願ういうてだした、ほんなら兵庫のおえはんが、これお前そないにいいやけども、これも先世からの因縁や、ほんなら江州の旦那はんが、前世からの約束ごとやといいはりますのに、うちの旦那はんが強情なもんやさかいに、こうしてあんたほんとこへ来んならんようになりました、モウこれより知らんのんでやす、これから使いも早うして、お飯も早うたべますって、どうぞ今日のところは御りょけんなはっとくれやす(泣く)」 「速かに相わかった、コリャ天王寺屋藤吉、面を上げい」 「何分御れんみんを持ちまして、何分御れんみんを持まして……」 「コリャ憐愍《れんびん》とはなんだ、裁判の黒白がついて、始めて上に憐愍というものがある、未だ黒白もつかざるうちに憐愍とはなんだ白癡《たわけ》め……」 「シ……」 「何らの趣意を持って先月拾三日樫木屋佐兵衛娘糸なる者、縫物屋行き途中において、娘糸頭べの上にて、アッてなことを申したのか、有態に申し上げロ……」 「私ねっから、とうやんのおつもの上でアッてなことを申した覚えござりませぬ」 「何、覚えないと申すか、コリャ常吉、天王寺屋藤吉は娘糸頭べの上にアッてなこと申した覚えないと申すぞ」 「何いうてなアるね、いいはったんでやす、アアここへ来てはるねおすさん、このおすさんだす、おすさんいうたでいうといていわんと嘘をついたら死んだら鬼に釘ぬきで舌を抜かれるで、いうたわイいうたわイいうたいうた」 「ウム天王寺屋藤吉、現在娘いと頭べの上にて、アッてなことを申して置きながら、この場に及んで申さんなぞとはここをどこだと思う、天下の決断所なるぞ、アッと申したと申してしまへばよし、それでも汝はアッと申さんと申すか」 「いかほどおっしゃッても、アッと申した覚えのないことは、アッと申したとは申されませぬ」 「だまれ、汝娘いと頭べの上にて、アッてなことを申して置きながら、相手が十五にたらぬ小児とあなどりこの場に及んで、アッと申さんなぞとは上役人をあってないがしろに致す奴、アッと申したものなら速かにアッと申したと申してしまへ」 「何と仰せになりましても、私やとて、アッと申したものなら、アッと申したと申しますけれども、アッと申した覚えのないことは、アッと申したとは申されませぬ」 「現在娘いと頭べの上にてアッてなことを申して置きながらこの場に及んでアッと申さんなぞと申せば、重き拷問《ごうもん》におこのうても、アッと申したものなら、アッと申したと申さして見せるが、それでも汝はアッと申さぬと申すか」 「どのように仰せになりましても、私はアッと申した覚えがござりませぬ」 「己れ現在、アッと申して置きながら、アッと申さぬなぞとは不届き至極な奴め、重き糾明に行なっても、アッと申したものなら、アッと申したと申さして見るが、それでも汝はアッと申さんと申すのか」 「たとい、どのようなめにあいましても、アッと申したことのないことは、アッと申したとは申されませぬ」 「己れ現在……アッてなことを申して置きながら、アッ……アッ……てなことをアッ……ア……アッア……アッ……ウム一同の者さがれ、次の御用日に致す、この裁判|咽《のど》が痛うなったわい」