人形買 五代目笑福亭松鶴  エエ、すこしお古うはございますけれど「人形買」というお話を一席申上げます。当今は五月の節句などと申しましても、あまり華美《はで》に遊ばさんけれども、私等の母に聞いてみますると、昔はこの端午の節句には菖蒲帷子《しょうぶかたびら》というて、或年、大そう寒い年があって、袷の上へ帷子を引っかけて節句をなすったという、大へんお金を入れたものやそうでござります。これから申上げますお話も今様に直せば直せぬこともござりませんが、蛇足を加えませず、その時代のままを申上げます。ババ銭も銅銭《かねせん》も一文に通用した時分で、私がこの世へ御誕生あそばされて間も無い頃、ほん幼少で乳母のほところに抱かれておった時分のことでと、いいますと、何か私がヤマコを張っているようで、皆様は、きさま等ア何しに乳母に抱かれていたかと仰っしゃいましょうが、これでも私は判然《はっきり》乳母に抱かれて育ったのでございます。併しながら乳母は置いてはござりませなんだ。私どもの母者人は他家《よそ》の乳母でございまして、そのほところに抱かれて育ったんでござります……イヤ、これでは却って耻《はじ》をかくようなことを申上げた。 清八「オイ、喜いやん、うちにいるか」 喜六「イヨウ、清八ッつぁん、おあがり」 清八「オオうちにいたな、お前が家にいえへんなんだら、仕事場へ逢いにいこうと思うてたんや」 喜六「ホーウ」 清八「今朝奥の神道屋《はらいたまえや》の先生からお祝いを貰うたか」 喜六「貰うた、えらい立派な粽《ちまき》をくれはった」 清八「さあ、それでお前とこへ相談に来たんやが、お前も知ってる通り、この長屋は、めでたいことでも悲しいことでも、四十八文と定《き》めたある、槲葉餅《かしわもち》でも配っておくのやったら、マアそれでもええが、あないして立派に粽《ちまき》を配るとすると、そういう訳にもいかんから、そこで私の思うのに、長屋中|百文《ひゃく》集めると、ちょうど二十四軒あるよって二貫四百文《にかんしひゃく》集まる、そいで、まあ人形でも買うて祝《いお》うたらよかろうと思うが、どんなもんやろう」 喜六「成程、そらええなア」 清八「お前はええというてくれるが、この長屋にゴテクサゴテクサいう奴があるのや」 喜六「誰や、あの落語家《はなしか》か」 清八「イイヤ落語家は何もいえへん、ニコニコ笑うて阿呆が多いな」 喜六「そんなら誰や」 清八「奥の講釈師や」 喜六「かなわんなア、彼奴|豪張《えらば》りやがって、昨日《きのう》の朝もなあ、先生お早うござります、というたら、ハハア、今朝《こんちょう》は土風《どふう》劇《はげ》しくして小砂《しょうしゃ》限入《がんにゅう》すと言いよった、さっぱり解らぬ、まるで唐人《とうじん》と相住居《あいずまい》みたいなもんや、で、私も返答でけんのもあほらしいよって、スタソブビョウでござりますというた」 清八「ソラ、何んのこっちゃ、お前のほうが却ってわからん」 喜六「箪笥と屏風をサカサマにいうてやった」 清八「ようそんな無茶いうたなア、まだもう、一人《ひとり》ゴテツク奴がある」 喜六「誰がゴテつくのや」 清八「八卦見の先生がゴテつく」 喜六「尋ねに行ってみたらどうや」 清八「まあ私《わい》もそないに思うてるのやが、お前一緒に来てんか」 喜六「よし、長屋のこっちゃ、手伝おう」 清八「併し金がよったらお前に返すが、お前とこに銭《ぜに》二貫四百文あいたのは無いか」 喜六「ホーウ、二貫四百文いうたら、天保銭で二十四枚でええか」 清八「それでもええ」 喜六「ひょっと銅銭《かねせん》やったらどうや」 清八「それでもかめへん」 喜六「文久銭やったらどうや」 清八「それでもええわ」 喜六「二十一|波銭《なみ》ばっかりやったら、どうやろう」 清八「それでもええがな」 喜六「で、銅銭《かねせん》やらババ銭やら文久銭やら二十一波銭やら、みんな混ってたら、ややこしいで、お前怒るか」 清八「そんなこと、私《わい》怒らへん」 喜六「二分金《にぶきん》やったら、どうや」 清八「それもええがなア」 喜六「一朱八《いっしゅやつ》やったら、どうしょう」 清八「おんなし勘定やがな」 喜六「額金《がく》二つやったら」 清八「それでもええが」 喜六「ところが何んにも無いのや」 清八「ソラ何をいうねん、貧乏《しみったれ》やなア」 喜六「そない豪《えら》そうにいいな、貧乏《しみったれ》やというが、お前かて貧乏《しみったれ》やろう」 清八「ウウ、俺かてあらへん」 喜六「コレ、お前とこは私《わい》とこと違うぜ、お前とこは食うても二人食わいでも二人、食えなんだら夫婦《めうと》が辛抱したらそれでええのや、私とこはそういう訳にいかん、夫婦の中に子が三人ある、親は食わんでいても、子に食わさんでほっとく訳にいかん、そやよってに、チャーンと常にそれだけの貯《たきわ》えをして、箪笥の引出し開けた時に、五貫文結《ごかんからげ》の三つや五つは入《い》ってなけりやあならん。けれど、それがついぞ入って あったことがあるかいな」 清八「無いので怒っているのやな」 喜六「無いかと思うと余計気がムシャクシャして腹が立つわい」 清八「そりゃ無茶やがなア」 喜六「よし、最前なア、木挽《こびき》の鶴やんがな、質に置いてくれ、というて、着物持って来て、その銭を私とこに預かったある、あれ一寸取替て持って行こうか」 清八「ア、それ、貸して、ほいで一緒に来てんか、今、八卦見の先生は何処やら出て行きはったぜ」 喜六「そんなら講釈の先生とこへ行こう……先生、今日は」 講釈「ホウ、誰かと思えば隣家の若人達、何らの用ばしあって予が陣屋へは詰めかけしぞ」 清八「アア、びっくりした、裏長屋に住んでいて陣屋やなんていうてる……先生」 講釈「アア、何んらの儀で御座るな」 清八「そないむつかしゅういうておくんなはんな、今朝ほど神道屋《はらいたまえや》の先生から粽《ちまき》を頂きまして……」 講釈「ヤヤ如何にも一連《いちれん》な頂戴|仕《つか》った」 清八「そこでやすねん、この長屋は、芽出度《めでた》いことでも悲しいことでも四十八文と定《き》まっておりまするけれども、あないして立派に粽《ちまき》配りはると、そういう訳にもいきまへん、長屋一軒前に百文ずつ集めますると、ちょうど二貫|四《し》百文寄ります、それでマア人形でも買うて祝うたら宜かろうと思いまんが、どんなもんでっしゃろ」 講釈「ヤッ、これは御苦労様、よい目論見で御座る、併し、あなた方人形は何処でお求めなさる御所存か」 清八「マア御堂前《みどうまえ》が好かろうと思いますが」 講釈「成程、併し御堂の前の人形屋と申せば至って掛値《かけね》を申す、彼奴《きゃつ》いかほど掛値を申そうとも計略を以て安く買う、計略は密《みつ》なるを以て宜しとする……」 清八「オイここの家を早う出え、むつかしいことを言いよったなア」 喜六「かなわんなア」  やがて長屋を出まして、御堂前へ二人づれでやって参りますると、人形買う人と見たら商人《あきうど》は目が高い。 商人「へエ、マアおはいりやす、へエ、マアおはいりやす」 清八「オィ、ここへはいろか」 喜六「ウン」 清八「ごめん」 商人「へエ、おいでやす、マアお掛けやす……コレ、丁稚《こども》お座布団を持っておいで……エエ、毎度ありがとうさんでござります」 喜六「毎度やないねん、今日、はじめて来たんや」 清八「コレ、いらんことを言いな、毎度のほうがええ顔や」 喜六「アッ、そうか、そんなら、どうぞ毎度のほうと換えて置いておくんなはれ」 清八「コレ、何を言うねん……併し、人形屋さん、ここの段にある人形は何程《なんぼ》や」 商人「へエ、へエ、それは余程人形がよろしゅうござります、五両二分でござります」 清八「フーン、オイ、これ、五両二分やと」 喜六「フーン、モシ、それえ二貫四百文《にかんしひゃく》に負《まか》りまへんか」 商人「イヤア、五両二分の物は二貫四百文には負りかねまするでござります」 清八「モシ、こっちゃのはなんばだすえ」 商人「へエ、それも矢《や》っ張《ぱり》五両二分でござります、品物が、余程よろしゅうござります」 清八「オイ、一寸見てみい」 喜六「何んじゃい」 清八「ナア、聞いてからいうのやないが五両二分というだけあって、人形が、よう出来てるなア、姿勢《いきごみ》といい、衣装の着せ工合といい、どう見ても人形とは思えんなア、活《い》きて言語《もの》を言いそうやないか」 喜六「そうやなア、よう出来たあるなア、人形屋さん、お前の背後にな、暖簾の間から首を出して、鼻汁《はな》たれてる奴、よう出来たあるなア、生きて言語をいいそうやなア、あれ何程や」 商人「ヘエ、アッ、ありゃ家《うち》の丁稚で」 喜六「あいつ鼻汁かんで何程や」 商人「ヤッありゃ売物じゃござりません」 清八「人形屋さん、この男に相手になんなや、実は長屋の祝いに上げるのや、見栄が好《よ》うて安い人形は無いか」 商人「へエ、畏まりましてござります、それですと、この段のは如何で」 清八「コレ何程《なんぼ》や」 商人「エエ、これでござりますと、……ちょうど。これにつきますでござります」 清八「ナア、オイ」 喜六「なんや」 清八「人形屋さん算盤《そろばん》出してな、これにつくというているのやが」 喜六「フーン」 清八「一寸お前その珠《たま》うごかしてみてんか」 喜六「動かしても、だんないかえ」 清八「お前の思惑に動かしてみてんかいな」 喜六「ムム、これこれに動かしたら、どやろ」 清八「どうやろうといほんと、私《わし》はお前に尋ねてんねんやさかいに、お前が十分に動かしてみい」 喜六「そない言われるとつらいなア、このくらいうごかして置いたらどうや」 清八「それでええ、ムム、十分や……人形屋さん、この男がいうのやが、こんなもんで、どやろ」 商人「へエ……、エッ……、こりゃ何様《どない》なってござります、六万八千五百六十五両三分一朱と、二千八百六十五貫三百四十一文……こりゃぁ一体どこでやすねん」 清八「オィ、何したんや、お前」 喜六「何んや」 清八「算盤、お前知らんのか」 喜六「算盤、お前これやないか」 清八「イイエイなあ、どう動かしたんや」 喜六「お前が精々うごかせというよってに、大方、みんな動かしてしもうた、もう、それで動かすところはあるまい」 清八「そんな無茶しいないな、お前がそんなことをしたよってに耻《はじ》イかくがな、算盤知らんかい」 喜六「えらそうに言いないな、お前かて算盤知らんやろうがな」 清八「コレ、店頭で人に耻《はじ》かかすようなことを言いな、私は算盤知ってるけども、訳があって算盤置くのは聖天様へスッパリ断ってしもうたわい」 喜六「ウダウダ言いな、人形屋さん、この男は算盤知りやアせん」 清八「コレ、人に耻《はじ》かかすない、……併し、人形屋さん、二人は算盤知らんのや、口でいうてんか」 商人「へエ、えらい失礼なことを致しましてござります、これでござりますと……」 清八「オイ、算盤おきないな、かえってややこしいから」 商人「へエ、へエ、エエ四貫につきまするでござります」 清八「四貫、高価《たこう》なア」 商人「たこうござりませんぜ、私共一軒の人形屋なら、そりゃ高価《たこう》も売りまするでござりましょうけれど、こうやって近所に仰山《ぎょうさん》人形屋がござりますので、われ一《いち》とお客様を引っ張込むのでござります、えらそうに申すようでござりますけれども、私共職人に貸金《かし》がござりまして、割方、安う仕込んでござります、失礼な事を申上げますけれども、余所《よそ》の人形屋たづねてもらいまして、成程、向うは安うあきない居《お》ると思召しがござりましたら、お帰りにでもお立寄りがねがいとうござります、あなた方は、これ一遍ではござりません、又、今後も御注文ねがわねばなりません、その時に口銭を頂きますでござります」 清八「そりゃあ、そうやなア、何かにつけてお前とこでもらうぜ」 商人「どうぞよろしゅうお願い申上げます」 喜六「私《わし》とこの小口《こぐち》に八十四になるお婆あさんがあるので、死んだらお前とこで湯棺桶もらおうか」 商人「そんな物はありやア致しません」 清八「番頭さん、この男に相手になりな、併し、これ二貫文にまからんか」 商人「へエ、二貫文、つろうござりますなあ、しかし、知らにゃア半値ということもごアりますけれども、露店の品物ではござりませぬから、そう荒いことはござりませぬ、……愚図愚図申していましても、朝あきないのことでござりますで、黙って去《い》なれましては私共|延喜《げん》がわるうござります、で、私共から、これは五百文お引き申して置きまする、三貫五百文に、どうぞお買求め願います、実にこの人形は三貫文や四貫文でござりませんぐらいな好い人形でござります」 清八「ぐずぐずいわんともっとマケときいなア」 商人「それは余り殺生でござります」 清八「そんなら、こうしい、もう三百文はりこもう、二貫三百文にしておき」 商人「へエ、あんさん買物はお上手ですなア、大ていなお方は、二貫文とつけなすったら、二十文とか三十文、五十文百文ぐらいなことを仰っしゃいますが、あなたは五十文や百文のことは仰っしゃらず、二貫文とつけて置いて、あと三百文……アア、スッパリしたお買ようでござりますなア、商人《あきうど》の腹エグリですなア、あんさんの気にほだされまして」 清八「マケとくか」 商人「もう、ちいっとお買ねがいます」 清八「何いうているのや、マケそうでマケンのやなア」 商人「どうも二貫三百文では余り酷うおまっさかいなア、……モシ、モシ、お客さん、そっちゃのお仁《かた》、どうぞ虎の髯《ひげ》むしらんようにしておくれやす」 清八「オイ、何するのや、虎の髯《ひげ》むしったりしいなや、人形屋さん怒っているがな」 喜六「ヤッ、えらいことをした、尾を取ってしもうた」 清八「そんな無茶しいな、人形屋さん」 商人「へエ」 清八「尾を取ってしまいよった」 商人「ヤッ……大事ござりませんです、職人にあんじょうさせますでござります、……モシ、こっちゃのお方が二貫三百文で買おうというておくれでやす、あんさん、すこし中に立っておくれやす」 喜六「よっしゃ、ババ銭三文がとこ上げたろ」 商人「ババ銭三文やソコラしょうがござりませぬ、朝商《あさあきな》いのことでござります、去《い》んでもらいましたら延喜《げん》がわるうござります、損いたしておきます、ア、ヨイ、ヨイ、ヨイ、と、おマケ申します」 清八「もうマケてくれてか……オイ、その銭二貫三百文出しい」 喜六「よっしゃ」 清八「で、うちへ帰んだら二貫四百文やというておきや」 喜六「何んでや」 清八「お前と私《わし》とここまで来た、足代や、そいで帰んで焼豆腐で二合のむのや」 喜六「ハハアソ、百文がとこ盗っ人するのか」 清八「大きな声だしな、併し、人形屋さん、あの人形どれでも同《おんなし》値《ね》か」 商人「へエ、へエ、この段のでござりましたら、どれでも同じことでござります」 清八「こっちゃの人形は何んというのや」 商人「へエ、それは神功皇后様でござります」 喜六「へエ、こっちゃが神功様で、こっちゃが皇后様」 商人「イイエ、一体で神功皇后様でござります」 喜六「ほんなら、こっちゃのお爺《じ》いさんは」 商人「それは武内宿禰《たけのうちのすくね》と申しまして、帝《きみ》三代に仕え、至って御長命なさった仁《かた》でござります」 清八「オイ、あれ聞いたか」 喜六「ムム、ありゃアどこの長兵衛さんという人や」 清八「何を言うてるのや、……あのこっちゃの台のは何んや」 商人「へエ、へエ、ありゃア太閤さんでござります」 清八「オイ、あれ聞いたか、あれは太閤さんやと」 喜六「ムム、知ってる、私《わし》の心安い」 清八「ウダウダ言いな、……ナア、人形屋さん、長屋のツナギに持って行くのやが、この人形|二組《ふたくみ》見せてんか、私の一了見にもいかんのやさかい」 商人「へエ、かしこまりましてござります、コレ、常吉、そこの空櫃《あきびつ》の蓋《ふた》ア持ってこい、一反風呂敷と……この人形二組持って、お客さんについて行き、先方《むこう》で一組おとりなすったら、一組もって戻ってくるのや、冗談せんように早う戻ってくるのやぜえ」 常吉「へエ」 商人「毎度ありがとうさんでござります」 清八「こども衆《しゅ》さん、大きに御苦労やなア」 常吉「イエ、今日は結構なお天気さんで、えらい暑うござりますなア」 喜六「ホウ、えらい可愛らしい丁稚《こども》衆さんやなア」 常吉「イエ、どう致しまして」 清八「えらい凛々しい子やなア」 常吉「どう仕りまして」 清八「お前|歳《とし》いくつやえ」 常吉「エエ、十五でござります」 清八「ハアン、歳の割に身体《からだ》小《ち》っちゃいなア」 常吉「へエ、そのかわりに、よう熟《ひね》ておりますので」 清八「南瓜《なんきん》みたようやなア」 常吉「あんさん、この人形私とこで何程《なんぼ》でお買なさったんで」 清八「これはお前はんとこで二貫三百文にマケて貰うたんや」 常吉「へエー、あんさん二百文買かぶってござるな」 清八「エエッ、二貫百文で売っても口銭あるのか」 常吉「へエ、へエ、二貫百文に買うて貰うても、何程に買うて頂いてもこの人形はな、豆くいというてなア、去年の置き古しだす、利滓《りかす》みたいな物《もん》で、光沢《いろ》が変っていましょう、蔵の隅にほったらかしてあったのを、埃《ほこり》払《はろ》うて店へ並べて置いといたんで、それをあんさん買うてでしてん」 清八「えらいことをしやがった、お前とこの店にいる番頭さん、とほうもない商売《あきない》が上手やなア、ツベコベ、ツベコベと、よう喋るなア」 常吉「イエありゃ番頭さんやござりまへん、うちの若旦那だす、養子さんだす、あの方の商売が上手やというてはったら、うちの親旦那さんのを聞きなさったら吃驚しはりまっしゃろ、うちの親旦那は商売は上手だっけど、歳《とし》老《と》って罪造ってヤイヤイいうのがウルサイって、奥にばっかりおいででやす、ええお仁で、彼岸詣りのお供をしたかて、戻りにいろはで茶腕蒸たべさせてくれてでやす、ほいで、うちで誰かが尋ねたら、湯豆腐で飯《まま》たべたというておけと言うて、いつかて二人前くれてでやす、ほかの物はくれてやないが、御自身、お歯がわるいさかい、栗なんぞ、みんなくれてでおます、口の中でモクモクさしたのをくれてやよって、ヌルヌルして、ほん心持がわるうござります」  と丁稚は正直に皆いうてしもうている、 常吉「あの若旦那、うちのおもよどんという女子衆《おなごつ》さんと怪っ体なことがあったが、あんさん知っていはりまっか」 清八「私ヤア、そんなことは知らん」 常吉「銭《ぜに》八文おくなはれ、言うて上げます」 清八「もうえ、もうえ」 喜六「けれども、何んや面自そうや、今の銭ソッと八文出していうて貰おうか」 清八「お前は阿呆やなア」 常吉「私も八文貰わんかて、だまってると眠とうなりまっさかい、ボチボチ言いますがな、せんど私お腹《なか》が痛うて二階に寝ていました、そうしたら前の方に鏡台がござりました、そこへおもよどんが出て来て、髪を梳《と》きつけていた、すると、若旦那が出てきはって、おもよ、何しているのや、ハイ、髪撫でつけていますねん、お前ゆんべ宿へ帰ったやないか、で、じき今朝《けさ》髪なでつけているのやなア、櫛イ貸して、若旦那櫛で何なさる、撫でつけるのや、あんさんの髪でっか、何いうてるわん、お前の髪撫でつけてみたいのや、若旦那女子の髪を殿達は撫でつけられやアしません、その撫でつけられぬお前の髪を私が撫でつけてみたいのや、若旦那そんなワルサしなさるな、アレーッ……」 清八「オイ、丁稚衆《こどもしゅう》さん、溝《みぞ》へ陥《はま》るぜ、とほうもない妙な丁稚やなア、……オィ、丁稚衆さん、お前しょむないことを言うよって、乃公アうかうかついてきて、道を三町ばかり来すごしたぜ」 常吉「えらい面白うござりますなア、今日こうやって大阪中あるきましょうか」 清八「阿呆いえ、こっちゃへ戻って」 喜六「オイ」 清八「何んや」 喜六「八卦見の先生戻ってはるぜ」 清八「ああ、そうか、ほんなら、そこへはいろう、丁稚衆さん、こっちゃへきて……へエ、今日は」 八卦見「オオ、誰かと思えば、長屋の清八様、喜六様先ず此方へ」 清八「へエ、先程あがりましたけれどお留守でござりまして、今朝ほど神道屋《はらいたまえや》の先生から粽《ちまき》を頂きまして、あなたも御存知の通り、この長屋のツナギは、めでたいことでも悲しいことでも四十八文という定《き》めでおます、ところが、槲葉餅《かしわもち》ならそんなりほっとけますけれど、あない立派に粽《ちまき》を配りはったんやさかい、長屋一軒前に百文ずつ集めまして、二貫四百文でけましたのや、それで人形でも買うて祝うたらよかろうと思うのでござります、で、人形買うて参りましたのでござりますが一寸先生御覧なすって、丁稚さん、こっちへ貸して、これが神功皇后様でござります、こっちのは太閤さんでござります、こりゃあ、先生、どっちにしたら、よろしゅうござりましょうな」 八卦見「ハア成程、神功皇后様、太閤さん、どっちにしたらよいかと尋ねられますかな、これは一つ易の表で占いましょうか」 清八「オイ、先生八卦見るというてなさるぜ」 喜六「フーン、そうやなア―」 八卦見「アア余計な暇は取らせません」  というて、出してきましたのは、算木と申して、我々が高座で使いまする小さな拍子木様の木を六つよせたようなもの。六つあってさん木とは、どういう訳でっしゃろ。真ん中は赤色で塗ってある、筮竹《ぜいちく》と申して、シンシの真っすぐになったような細竹が五十本ござります。灰吹きのようなものに入ってござります。こっちには梅花心易、その他、二三冊の易書が置いてある、片一方には天眼鏡とか申して、ポッペンのへちゃげたようなモノがござります。先生筮竹を取上げまして、 八卦見「乾元享利貞、乾元享利貞|爾《なんじ》の泰筮《たいぜい》常あるに藉《よ》る、今、まことに不審の卦を顕はす、乾元享利貞、乾元享利貞」  と一本取りまして脇に置く、これは鎮宅霊符尊に納める、また自分が信仰している神様へ納める人もあります。そのノコリの筮竹をポンと二つに分けて、半分を下に置き、半分をヨミまするのでござります。パチパチパチ……、 八卦見「アア、出ましたる卦名は、沢山咸と申して、咸は感ずる、山沢気を通じ、鶯吟じ、鳳凰舞うという象《かたち》の卦でござります」 清八「先生、それは何んでやすねん」 八卦見「と言ったばかりでは相解りますまい、先ず家名にかかわらず今年生じたる子は金性にしてまった太閤秀吉公は元来尾張の産にして、百姓の胎内より出で末は日本六十余州を納め宛然《あたかも》その勢いは火の燃えあがる如くなり、してみれば秀吉公を火と象《かたど》り今年生れの子は金性なれば、火と金を合せれば、火剋金と申し、ごくわるい、まった神功皇后様は、婦人にして、女を北とつかさどり北は陰なれば水、水は方円の器に従う、円き物に入れれば円く納まり、角なる物に納むれば角に納まる、その水と金を合すれば、金生水と申して、至って相性がよろしい、こりゃア、矢っ張、神功皇后様がよろしゅうござりましょう」 清八「先生、大きに有難う存じますでござります ―丁稚衆さん、もう一遍奥へ行ってんか」 常吉「へエ、参りますでござります」 八卦見「アア、一寸、ことでござりますが、お待ち下され、お心安いは長屋の交際《つきあい》、平素の《つね》八卦の表で観ますれば、私の業体じゃから、見料を頂きたい」 喜六「オイ」 清八「何んや」 喜六「銭《ぜに》が要るのや」 清八「だって見てもらやアせんが、勝手に見はったんや、貴様何程や尋ねてみい」 喜六「モシ、何程でやす」 八卦見「家相方位などは百銅でござるが、お心安いから、マア四十八銅でよろしい」 清八「オイ、銭四十八文出しい、―さっぱりワヤや、焼豆腐で二合.飲めやせんぜ、一合より飲まれへん、―先生、ここへ四十八文置いときまっせ……サア、講釈師とこへ行こう」 喜六「もう行きな、また銭とられるぜえ」 清八「何いうてる、講釈師が八卦見るかい」 喜六「アッ、そりゃそうやなア―」 清八「へエ、先生、先刻は出まして」 講釈「ムム、計略《はかりごと》は的中いたしたかな」 清八「へエ、―オイ、笑いな、どっちゃみちこの長屋は宿替せにゃアどむならん、―マア、先生、安う買うて来たツモリだす、丁稚衆さん、こっちゃえ見せて、エエこれが神功皇后様で、これが太閤さんどっちにしたらよろしゅうござりましょうなア」 講釈「ハハア、神功皇后様、太閤様、どちらにしたら好いかと尋ねられまするのかな、エッへン、今一章で相分ろう読み終ろうというところ―」 清八「オイ、おかしい工合やぜえ」 講釈「太閤秀吉公は、尾州愛知郡中の中村、百姓竹阿弥弥助の倅にして、幼名日吉丸、成長の後、遠州浜名の領主、松下嘉平次の家に仕へ、初陣の時の功名と云っぱ、伊東日向守を討ち取ったり、これによって松下の家名を伝えんとせしに、何んぞ人の家名に倣わんやとてわれとわがでに木下藤吉郎と名前を改め、尾州に立ち越え、織田信長に随身なし、中国征伐の留守中、主人信長は京都本能寺にて、逆賊明智光秀の為に命終り、その弔い合戦は、頃は天正十年六月十三日、山崎天王山にて明智方を亡ぼし、翌年、北国柴田滝川の両家を討ち亡ぼし、太閤関白職に上らせ給うといえど、奢侈《しゃし》に長じ其の家三代つづかぬとある、男子の初節句、跡目相続つづかぬは延喜わるし、こりゃア矢っ張り神功皇后様がよろしゅうござる」 清八「アッ、長い口上やなア、丁稚さん、もうこれでええ」 常吉「わたしゃアもう眠とうなってきました」 清八「えらい気の毒やったなア、……先生、大きに―」 講釈「アア、コリヤ待て、中途で帰るは其方の得手勝手、講釈を聞いたら席銭を置いて帰れ」 清八「オイ、又銭が要るぜ」 喜六「聞きないな」 清八「勝手にいうてるのや、何程や値を聞いてみい」 喜六「先生何程でやす」 講釈「一人前二十四銅づつ」 清八「サア四十八文出しい」 喜六「もう一文もあらへんぜ、最前四十八文と、今また四十八文、九十六文払うて、これでスッカラカンやぜ」 講釈「アア、コリヤ、茶が二文に敷物が三文」 清八「オイ、座布団なんぞ敷きないな、到頭、十文自費や、私《わし》が出しとこう、オイ、早よう逃げえ逃げえ、何程銭とられるかわからへん、サア、神道屋《はらいたまえや》の先生とこへ人形持って行こ」 喜六「勘忍して、もう私は口上いうたりするようなことは知らん男やさかい」 清八「なあに、私《わし》が後についてる、そやよって、言いそこのうたら、私がいうたる」 喜六「そうか、下手な口上なら私かていうが叱ってなや」 清八「ええがな、私がついてる、―」 喜六「先生、今日《こんにち》は」 神道「オオ、これは長屋の喜六様、清八様、先ずこちらへ」 喜六「エエ、マア何んでやすねん、承りまするところでは、お家方《うちかた》は今日はえらい結構なお天気でござります」 神道「左様」 喜六「マア、ぐずぐずいうていますと間違うさかい、手っとり早う言いますが、実は貴方とこから、今日|粽《ちまき》くれた一件で出て来たんや、あんたも知ってはる通り、この長屋では、めでたいことでも悲しいことでも、四十八文と定《き》めたあるけれど、そこが貴方とこで槲葉餅《かしわもち》配っておきなさったから其儘ほっといてもええと思うのやが種々といらんことして痩せ我慢張って、粽《ちまき》の一つも配りおったさかい、ほって置く訳にはいかんがな、そこで長屋中相談して一軒前に百文づつ集めて、ちょうど二貫四百文|集《よ》りました、そこで人形買うて祝うてやったら、どうや、というので買うて来たんでごわす、どうや、この人形は元二貫三百文だす、マア何んじゃ彼んじゃゴテゴテして二貫四百文と十文についているようなワケで、マア粽《ちまき》も貰うた時は立派であったが、お菜《かず》にならず、皮剥いてみたら団子の礫刑みたようで、風が当りやア固《かと》うなって食えんわ、砂糖買うてこにゃアならんわ、長屋の者は皆ブツブツぼやいてるようなことで、こりゃアお粗末でやすけれども一つ御仏前へおそなえなすってお呉なされ」 清八「オイ何いうのや、そんな無茶言いな」 喜六「そやよって私《わし》やア口上知らんというてるがな」 清八「知らんからというてアンマリや、先生とこでは祝うてござるのにお仏前などと言うて……先生、えらい相済みませぬでござります、喜六《てき》は阿呆だす、どうぞお気に触えられんように、折角祝うてござるところへ御仏前てなことを言うて、気をつけんかい、私が改めて口上を申上げます」 神道「イヤ、もう清八さんそれには及びませぬ」 清八「イエ、そうではござりません、ヘエ、先生|今日《こんにち》は、結構なお天気さんで」 神道「ハイ、今日は結構なお天気で」 清八「エエ、明日も結構なお天気さんで」 神道「ハア、この調子なれば明日も結構なお天気で」 清八「エエ、じゃア明後日も―何んなら此月中けっこうなお天気さんで」 神道「雨天《あめ》はかないませんなア、百日晴天でも飽かんけれども三日の雨天には飽くといいますが」 清八「左様雨が三日も降ると薩張《さっぱ》りワヤだす、仕事は休みやし、雨はボトボト漏るし、それはさておき、路地のはいり小口がゴボッと掘れていますから、あすこに水が溜ってる、置土《おきつち》してくれえと家主へ言うてもしてくれん、それも無理もおまへん、家賃やったことはないよって、それはさておき、前に並んだある三軒の雪隠《せっちん》、雨降り揚句にウッカリ行けまへん、水が一杯たまってる、きたない話をするようやけど、ジャブーンとハネかえる、てなことで、それはさておき、こりゃア、まあ、お目にぶらさげるような物ではござりまへんが……」  と風呂敷の中から取出して差し出しましたのは人形の神功皇后様でござります。神道者は推載《おしいただ》いて悦びました。 神道「アー有難うございます、私を神職と見立て、何より結構な人形をお祝い下された、そもそも神功皇后様と申し奉るは、人皇十四代仲哀天皇の御皇后様にして、息長足姫《おきながたらしひめ》と申し奉り、仲哀帝筑紫退治の折柄、船中にて御崩御、神託あって三韓征伐なさんと、肥前国松浦川の流れに御髪を浸《ひた》し給い左右に分け顱巻《はちまき》し給う、これ男子《なんし》の形なり、朕三韓を打てべくば、この針の先に魚懸かるべしと、御自身所持の弓の弦《つる》を外し、宝冠の金の針をつけ、下したまえば一尾の魚かかる、これ即ち鮎なり、それまで鮎という文字あらざりしが、占いと書いて鮎なり、時に御腹には応神天皇を宿し給い、船中にて腹《ふく》冷えざる方法無きやと御尋ねある、傍にいました武内宿禰答えて曰く、さん侯、けがれたること御厭《おんいと》いなくは、鹿の生皮《なまがわ》を御腹《おんはら》に巻き供えとある、これを用いたまいたるゆえ、いまだに男山の正八幡宮の扉は鹿の生皮にて張るなり、続いて人皇十五代……」 清八「先生、待ったア、そう長い口上いうて貰うたら、あんたとこでも銭《ぜに》が要りますやろう、どうぞ今度はお心付《ため》の中《うち》で引いといとくなはれ」 「人形買」雑話  この上方はなしの大将株の一つ「人形買」を、得意に語った、また語りつつある人々を、紹介すると、過去においては、三代目桂文三、当今では、折々、桂三木助もやるが、一番多くロ演してるのは五代目笑福亭松鶴であろう、今では彼の十八番はなしの一つに加えられているのは、衆知の事実で、さて、その五代目笑福亭松鶴の話によると、文中の御堂筋に在った人形屋は、凡そ百有余軒あったそうで「中でも備後町の東南角の人形屋に獅子がしらや、千成瓢箪を飾ったったのが、今でも目先にチラついてます」と彼はいう。(一記者)