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(Last updated on 5/26)
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亭主敬白 上に(Last updated on 5/26) と記されている5月は平成12年(2000年)の5月のことで、それからもう何年という時が過ぎてしまいました。その間、このページに手が加えられることはなく、人は往き、雲は流れ、今日、改めてこのページを眺め渡してみると、ぽつぽつと虫に食われた後のようにリンクの切れた画像が散らばる中(さっき、できるだけ直しておきましたが)、その浸食から逃れるようにかろうじて残った画像の中の「山谷」にしても、気がつくと、その幾ばくかはもうすでに消え、記憶の中に残るばかりであることに気づかされ、今更ながら、流れていく時が目に見えるものを変えていく力に驚かされるのでした。 もはやこの画像群は記録庫の中にしまわれ、ただ「過去」と呼ばれて暗いところにひっそりと眠るほかないものになってしまいました。試しにいま泪橋交差点に立ってみれば、かつては「山谷」を象徴するかのように建っていた立ち飲み「世界本店」は今はコンビニ。その向かい側、一対のゲートのようにして建っていた暗い洞穴をおもわせる空き倉庫は、ピンクの壁に装飾電球がきらきらしい1F「居酒屋」2F「パブ、カラオケ」3F「中国語、韓国語会話教室」(!)というビル(これはこれでキワメテ山谷的想像力を刺激する建物ではありますが)。さらに歩みを進めれば、あの建物も、この場所も、あるいは駐車場になり、あるいは空き地、こちらは住居、あちらは事務所、道々にすれ違うのは外国人旅行者、そこここの工事現場で建築中のビルは単身者向けマンション、等々。今の山谷は、このページでお伝えした「山谷」に写っていないものにあふれています。 さりとてそのような今の山谷をお伝えするには、余りに力不足、あまつさえ、財団法人 城北労働・福祉センターblogのような丁寧に作られたページから山谷情報が発信されるようになっている昨今。私は城北労働・福祉センターとは無関係のものですが、城北労働・福祉センターblogから大変鮮やかにリアルタイムの山谷がご覧になれます。 そのようなわけで、この「山谷界隈」のページの情報は大変に古くなってしまったものの集積と化しており、さらに更新の予定もございませんが、よろしければ山谷の過去の記録としてご覧ください。 平成21年夏 |
山谷という町をご存じですか?
東京都の住居表示からはすでに「山谷」という名前は消えてしまっていますが、浅草から花川戸、今戸 をぬけ南千住に向かう道筋をたどっていくと、そこには今でも「山谷」と呼ばれる町があり、「山谷」 の人々が暮らしています。
山谷界隈のことをこのページでお伝えしていきたいと思います。
(なお、このページで「山谷」というのは、日雇いのオジさん達がそのホームグラウンドとしている簡易旅館が多くかたまっていると ころ、というぐらいの漠然とした意味で、現町名でいえば台東区清川、日本堤といったあたりになりますが、特に厳密に線を引いた場 所をさしているわけではありません。従って「山谷界隈」というのも、そのあたりからぶらぶらと歩いた半径5,6百メートルの範囲と いうさらに漠然とした界隈のことであります。)
時折メールを頂くことがありますが、ここのところ身辺慌ただしく、なかなかお返事を差し上げられない状況となってしまいました。申し訳ありません。
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最近更新されたページ一覧です。
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<TALK OF TOWN> ちらりとすれ違った平成12年の「三社祭」今年もお祭りの季節到来、そして行き過ぎました。私は特にお手伝いもせず、参加もせず、界隈を練り歩く「一の宮」にちらりとすれ違っただけで過ぎてしまいました。山谷界隈 その日その日(00/5/26) 「Y2K」が行き過ぎた玉姫神社周辺 年が明け、春立つ日も過ぎ、花ほころぶ頃。しかしまだ冬と春がせめぎあう玉姫神社周辺。山谷界隈 その日その日(00/2/16) 某月某日、浅草そして山谷…。そぞろ浅草を歩けば、演芸場、パチンコパーラー、チンドン屋。
人、空財布を示し、私は千円カンパすること いろは会通り入り口の路地を歩いていると思いがけぬ人に呼び止められ、そこでしばらく立ち話することとなりました。そして…。山谷界隈 その日その日(99/9/17) 平成11年 隅田川花火大会を見物する 7月31日、天気晴朗。しかし風の強い一日でした。 午後の6時半を過ぎてもまだ明るい浅草周辺。隅田川花火大会の熱い夕べはゆっくりと、ゆっくりと暮れていくのでした。山谷界隈 その日その日<番外編>(99/8/3) モスク発見 「浅草に行くバスに乗ってたら、モスクがあったワヨ」というカミさんの報告。あらためて教えられた所まで歩いてみると、ありました。回教寺院らしきものが…。今日の山谷(99/7/7) |
それぞれの山谷山谷は…、
日雇いのオジさんが歩いている。寝ている。酔っている。話している。食べている。
街があって、公園があって、うるさくて、静かで、汚くて、清潔で、深刻で、明るい。
晴れると時間はゆっくりと流れ、雨が降ると時間はほとんど止まる。山谷界隈を歩くと…、
路地がある。植木鉢が並んでいる。花が咲いている。祭りがある。
寺がある。靴の家内工業がある。食べ物屋がある。
そしていつの間にか、浅草、三ノ輪、竜泉、橋場、隅田川に至る。
山谷への道のり
人は如何にして山谷にたどり着くのであるか1<南千住から山谷まで>(99/2/9)
今日の山谷 SHOT OF THE DAY <新しい写真一枚、随時更新>(99/7/7)
山谷界隈 その日その日(00/5/23)
ーちらりとすれ違った平成12年の「三社祭」ー基礎からの山谷 <謎・なぞ・NAZO 編> 「山谷 八百善」をさがす(98/2/10)
<練習問題編> 「山谷騒動」そして昭和42,3年当時のこと (99/5/9)平成11年 隅田川花火大会を見物する<山谷界隈 その日その日 番外編>(99/8/3)
ほおづき市に出張する 浅草寺 四万六千日<山谷界隈 その日その日 番外編>(99/7/14)
平成11年 三社祭「各町神輿連合渡御」に行く…<山谷界隈 その日その日 番外編>(99/5/18)
平成11年 サクラサク (99/4/9)
鷲神社「一の酉」に行く(98/11/15)
下谷・竜泉 菊祭り (98/10/13)
水辺の生活 (98/9/17)
言問橋命名異聞 基礎からの山谷 <謎・なぞ・NAZO 編> -- 番外編 -- (98/9/8)
眠っていた写真 / 蔵出し編(98/8/11)
平成10年 隅田川花火大会<山谷界隈 その日その日 番外編>(98/7/27)
オジさん達の真夏日(98/7/12)
平成10年度 旧浅草町(山谷)三社祭[二之宮渡御]始終 <山谷界隈 その日その日 番外編>(98/5/20)
「桜橋花まつり」の終わった隅田公園で(98/4/14)
撮っておいた写真 / 蔵出し編(97/8/12)
平成9年 隅田川花火大会<山谷界隈 その日その日 番外編>(97/7/29)
平成9年度 旧浅草町(山谷)三社祭顛末 <山谷界隈 その日その日 番外編>(97/5/18)
花のある山谷界隈(97/5/9)
山谷界隈の道 界隈の路地(98/9/14)
山谷界隈点描 歩くと見えるモノ (97/11/22)
哲人、隠者、聖者たちの山谷界隈 <後ろ姿の…>(98/3/10)
界隈に棲息する生物達<貨物駅の脇にサーカステント、そしてキリン、トラ>(98/1/30)
時の止まった山谷界隈(97/3/15)
下町山谷界隈 うまい店 (98/11/9)
「剣客商売」のいた山谷界隈江戸、安永年間。剣客秋山小兵衛が鐘ヶ淵に隠宅を構え
息子大治郎が真崎稲荷明神社近くに剣術道場を開いて以来、
山谷界隈は「剣客商売」の中で連綿と繰り広げられる様々な事件の舞台となりました。
往時を偲びつつ地名をたよりに界隈を歩いてみました。
(池波正太郎著「剣客商売」新潮文庫版を読みました。)1. 秋山親子の居たあたり遠望 <隅田川、真崎稲荷、橋場周辺> (98/6/24)
2.「逃げる人」を追って <東禅寺、本性寺他> (98/7/21)
3.「仕法家」笠原源四郎 襲われる <今戸 慶養寺> (98/10/9)
4. 佐々木三冬、スリを懲らしめる <広徳寺、下谷神社近辺> (98/11/19)
INTERMISSION
大林真由美さんの絵葉書
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