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   マルコ福音書講話

〈5〉 三つのたとえ

聖書
 マルコ福音書2:18-28

18ヨハネの弟子とパリサイ人とは、断食をしていた。そこで人々がきて、イエスに言った、「ヨハネの弟子たちとパリサイ人の弟子たちとが断食をしているのに、あなたの弟子たちは、なぜ断食をしないのですか」。 19するとイエスは言われた、「婚礼の客は、花婿が一緒にいるのに、断食ができるであろうか。花婿と一緒にいる間は、断食はできない。 20しかし、花婿が奪い去られる日が来る。その日には断食をするであろう。 21だれも、真新しい布ぎれを、古い着物に縫いつけはしない。もしそうすれば、新しいつぎは古い着物を引き破り、そして、破れがもっとひどくなる。 22まただれも、新しいぶどう酒を古い皮袋に入れはしない。もしそうすれば、ぶどう酒は皮袋をはり裂き、そして、ぶどう酒も皮袋もむだになってしまう。〔だから、新しいぶどう酒は新しい皮袋に入れるべきである〕」。

23ある安息日に、イエスは麦畑の中をとおって行かれた。そのとき弟子たちが、歩きながら穂をつみはじめた。 24すると、パリサイ人たちがイエスに言った、「いったい、彼らはなぜ、安息日にしてはならぬことをするのですか」。 25そこで彼らに言われた、「あなたがたは、ダビデとその供の者たちとが食物がなくて飢えたとき、ダビデが何をしたか、まだ読んだことがないのか。 26すなわち、大祭司アビアタルの時、神の家にはいって、祭司たちのほか食べてはならぬ供えのパンを、自分も食べ、また供の者たちにも与えたではないか」。 27また彼らに言われた、「安息日は人のためにあるもので、人が安息日のためにあるのではない。 28それだから、人の子は、安息日にもまた主なのである」。

講話

Ⅰ断食問答:三つのたとえ

 ★パリサイ人と取税人たとえで、パリサイ人が「自分は週に二度断食している」と誇っていました。彼らは律法を厳格に守り、断食も律法的に儀式的に守っていました。

 ★バプテスマのヨハネの弟子たちは、この時、自分たちの師匠であるヨハネが、ヘロデに捕らえられ投獄されていたので、この時点で真剣に断食の祈りを捧げていたものと思われます。

 ★そこで、パリサイ人とヨハネの弟子たちは

、一緒になってイエスのもとにやって来て、「私たちが断食しているのに、あなたの弟子たちは何故断食をしないのですか」と詰問して来ました。これに対して、主は三つのたとえを用いて答えられました。

 ①花婿の友達のたとえ

 救い主イエス・キリストの道を備える露払いとして登場したバプテスマのヨハネは、自分を花婿キリストの友人として弟子たちの説明しています(ヨハネ39)。

 ★主イエスも、バプテスマのヨハネの様に、ご自分の弟子たちをキリストに仕える友人とみなして居られます。19節で、主は言われます、「花婿が自分たちと一緒にいる間、花婿に付きそう友人は断食出来るでしょうか、できないのです」。

 ★聖書の中で、断食の意味は、罪を悲しみ、切なる祈りと願いを父なる神に捧げる時に、その思いと願いが、真実であり、切実であることを神様に知って頂くために身体で表す祈りの様なものです。

 20節で、主が、「花婿が彼らから取り去られる時が来ます。その日には、彼らは断食します」と言って居られる様に、キリスト者も教会の一員として、また個人として、大きな試練に直面して、切実な祈りを必要とする時には、祈りと共に断食をします。

 ②真新しい布切れで古い着物に接ぎ当てをするたとえ

 ★マタイ22:1-14で、主イエスは王子の婚礼のたとえを語っておられます。その中で、礼服を着用しないで婚宴に出ていた人に、「友よ。何故、礼服を着ないでここに入って来たのか」と主催者の王が尋ねても、何も答えなかった人物が外の暗闇に追い出された話が出ています。

 ★その人は、王が、出席者全員に着て来るようにと命じて、事前に配布した礼服を無視して、着用して来ませんでした。王が出席者全員に配布した礼服は、キリストの贖いによる信仰義認を表します。

 ★天の御国なるキリスト教会と新天新地にはいる者は、信仰義認という名の新しい布から出来た礼服を来ていなければなりません。その礼服を着る者は、「救われるためには、割礼を受けなければならない」などという古いぼろきれをまとっていてはならないのです。

 ★キリストの花嫁である教会の一員となった全てのキリスト者は、人の教えや伝統や言い伝えなどを断ち切って、キリストの言葉をしっかり握りしめて天路歴程の道を進み行かねばなりません。

 ③新しいブドウ酒を入れる新しい革袋のたとえ

 ★新しいブドウ酒は、どんどん膨張するので、伸び切った古い革袋にいれたなら、その古い革袋は張り裂けて、ブドウ酒も袋も共にだめになります。

 ★イエス・キリストを十字架につけ、キリストの復活を弟子たちの造り話にするユダヤ教の信仰教理には、新しいブドウ酒であるキリストの福音を入れる余地はなく、受け入れたなら古い革袋は破壊され、捨て去られなければなりません。

Ⅱ安息日論争

 ★ある安息日に、主イエスと弟子の一行が人の麦畑の中を通って行きました。すると、弟子たちが麦の穂を摘まみ取って、揉んで実を食べ始めました。これを見たパリサイ人が、主イエスに、「あなたの弟子たちが、してはならない事をしています。」と言いました

 ★パリサイ人は、「他人の畑の作物を勝手に取って食べている、けしからん」と言っているのかと思ったら、そうではなく、「安息日にしてはならないことをしている」と抗議してきたのです。

 ★パリサイ人が、弟子たちについて抗議している理由は、「弟子たちが、安息日にしてはいけない事、すなわち麦の刈り入れという仕事をしている」と言いたかったのです。

 ★これに対して、主は、「彼らがしているのは仕事ではなく、食べる物が手元になく、ひもじかったので、律法で許されている範囲内で食事をしたまでである」と弁明しておられます。貧しい者、旅人が空腹の時、他人の畑の作物を取って食べても善いと律法は規定しています(申命記23:24,25)。ただし、他人の畑で勝手に収穫作業をしてはいけない。と律法は教えているのです。

 ★小学生の頃、私も麦畑を通った時、穂を一本摘んでもみほぐして、赤茶色の皮を付けたままの粒を食べました。格別うまくも、まずくもありませんが、噛んでいると口の中でそれがチューインガムの様になって、なかなか無くならなかったことを覚えています。

 ★キリスト者になってから、麦の穂一本の粒の数を数えて見た所、粒の数は95-96粒ほどありました。一粒の麦の種が、地に落ちて死ぬと100倍になると言われた主のお言葉は真実でした(ヨハネ1224、マタイ1323)。

 ★さて、主はパリサイ人に弟子たちが、安息日にしたことが正しい事であったことを説明するために、Ⅰサムエル2116のみ言葉を読んだことがないのかと詰問して居られます。

 252625そこで彼らに言われた、『あなたがたは、ダビデとその供の者たちとが食物がなくて飢えたとき、ダビデが何をしたか、まだ読んだことがないのか。26すなわち、大祭司アビアタルの時、神の家にはいって、祭司たちのほか食べてはならぬ供えのパンを、自分も食べ、また供の者たちにも与えたではないか』」

 ★その日は、安息日だったので、神の幕屋には新しいパンが供えられ、下げた古いパンが残っていました。そのパンは祭司とその家族だけが食べることを許されていたものですが、ダビデとその伴の者たちが食べる物がなくひもじかったので、食べることが許されました。

 ★律法の根底には、愛と慈しみと憐れみがあります。ですから、安息日に仕事をしてはならないからと言って、穴に落ち込んだ家畜を助けてはならない等と言う薄情な律法では決してありません。安息日であっても、穴にはまってもがいている人や動物を救出する仕事は当然してよいのであり、救出すべきです。

 26節で、「アビアタルが大祭司の頃」と、主が言っておられますが、Ⅰサムエル2112を読むと、ダビデにパンを提供してくれたのは、大祭司アヒメレクであったとあります。この違いについて説明すると、Ⅱサムエル817にダビデの時代の大祭司はアビヤタルの子アヒメレクとなっています。

 ★ダビデが供えのパンをもらったのは、Ⅰサムエル2112が言うように、アヒメレクでしたが、アヒメレクはこの時、若くて、父アビアタルの助手又は代理人として働いていたので、実質の大祭司は主イエスが言われるように、父アビアタルでした。

 ★主イエスが、十字架に掛けられた時、主イエスを尋問した大祭司はカヤパですが、カヤパのしゅうとアンナスも、カヤパの前任の大祭司でした。彼はローマによって更迭されましたが、影の大祭司として力を振るっていました。

 ★祭司は、安息日に宮に礼拝に来る民のために、いけにえの牛や羊を備えるために働く必要があります。従って、祭司は安息日でも働くことが許されています。

 ★今の日曜日は、主イエスの復活を記念する日です。今の安息日日曜日の主は、イエス・キリストです。このキリストに仕える牧師・伝道者にとって、日曜日は主のため、福音のために働く日です。従って、神学校では、学生は日曜日に教会で奉仕し、月曜日を休みの日とします。

 
★主イエスが、公生涯の間中、パリサイ人や律法学者、祭司長等に、すきあらば揚げ足を取って失敗させようと、虎視眈々と狙われていた様に、私たちも、み言葉を熱心に学び、福音を伝道しようとすると、この世とサタンに攻撃され邪魔されることになります。主がみ言葉によって敵の攻撃をかわされた様に、私たちもみ言葉の剣で人々を屈服させ、沈黙させられる様に、日々み言葉の学びに励みましょう。




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キリスト紀元2020年 4月 10日公開