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   マルコ福音書講話

〈2〉 「わたしについて来なさい」

聖書

 マルコ福音書1:16-34

16さて、イエスはガリラヤの海べを歩いて行かれ、シモンとシモンの兄弟アンデレとが、海で網を打っているのをごらんになった。彼らは漁師であった。 17イエスは彼らに言われた、「わたしについてきなさい。あなたがたを、人間をとる漁師にしてあげよう」。 18すると、彼らはすぐに網を捨てて、イエスに従った。 19また少し進んで行かれると、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネとが、舟の中で網を繕っているのをごらんになった。 20そこで、すぐ彼らをお招きになると、父ゼベダイを雇人たちと一緒に舟において、イエスのあとについて行った。 21それから、彼らはカペナウムに行った。そして安息日にすぐ、イエスは会堂にはいって教えられた。 22人々は、その教に驚いた。律法学者たちのようにではなく、権威ある者のように、教えられたからである。23ちょうどその時、けがれた霊につかれた者が会堂にいて、叫んで言った、 24「ナザレのイエスよ、あなたはわたしたちとなんの係わりがあるのです。わたしたちを滅ぼしにこられたのですか。あなたがどなたであるか、わかっています。神の聖者です」。 25イエスはこれをしかって、「黙れ、この人から出て行け」と言われた。 26    すると、けがれた霊は彼をひきつけさせ、大声をあげて、その人から出て行った。

27人々はみな驚きのあまり、互に論じて言った、「これは、いったい何事か。権威ある新しい教だ。けがれた霊にさえ命じられると、彼らは従うのだ」。 28こうしてイエスのうわさは、たちまちガリラヤの全地方、いたる所にひろまった。29それから会堂を出るとすぐ、ヤコブとヨハネとを連れて、シモンとアンデレとの家にはいって行かれた。30ところが、シモンのしゅうとめが熱病で床についていたので、人々はさっそく、そのことをイエスに知らせた。 31イエスは近寄り、その手をとって起されると、熱が引き、女は彼らをもてなした。 32夕暮になり日が沈むと、人々は病人や悪霊につかれた者をみな、イエスのところに連れてきた。 33こうして、町中の者が戸口に集まった。34イエスは、さまざまの病をわずらっている多くの人々をいやし、また多くの悪霊を追い出された。また、悪霊どもに、物言うことをお許しにならなかった。彼らがイエスを知っていたからである。

Ⅰ弟子たちの召命

A.招かれた時、彼らは主イエスと初対面ではなかった

 16節、17節だけを見ると、シモンとアンデレは、初対面の主のみ言葉に従って、まるで催眠術にかかった人々の様に主の御後について行ったかのように見えますが、そうではありません。

 ★ヨハネ13542を見ると、アンデレはバプテスマのヨハネの弟子でしたが、師匠のヨハネから「見よ。神の子羊」とキリストを紹介されて、主イエスに付いて行き主が泊まっておられた家に行き、主から直接話を聞き、主の言動を目撃して、彼こそ来るべき救い主と信じて、兄弟のペテロを誘ってキリストに引き合わせています。 

 ★これで、ペテロとアンデレとが、仕事中に主イエスから招きを受けた時、彼らは主イエスとは初対面ではなかったことがはっきり分かります。主イエスについて、まだ十分に知らなくても、人生の早い段階で、若い時に主に出会い主に従って行ったこれらの弟子たちの様な人々は幸いです。

B.主の弟子となった人々は皆、仕事中に招かれた

 ★シモンとアンデレの兄弟とヤコブとヨハネの兄弟達は召命を受けた時、漁師の仕事をしていました。レビは取税人としての仕事をしていました。12使徒の一人ではないが、ルカ福音書の著者ルカは医者をしていました。

 ★学生として学校で勉強している時に、キリストの弟子に召された人はキリストの12弟子の中にはいません。福音伝道者となるために主イエスに招かれた人々は、皆手に職を持つ人々でした。

 「働かざる者、食うべからず」と聖書は言っています。

Ⅱテサロニケ3:10)。福音伝道者は人間を取る漁師という労働者ですから、労働意欲のない者はキリストの弟子にふさわしくありません。

C.主は弟子たちに「私に付いて来なさい」と言われた

 ★人生の目的はキリストに似た人間となることです。キリストに似た者になるためには、キリストの歩まれた道を歩み、キリストの言葉と行いを見習う必要があります。

 ★パウロは「私がキリストに見習っているように、私にならう者となりなさい」と言っています(Ⅰコリント111)。パウロは、自分のことを「月足らずで生まれた者」(Ⅰコリント15:8)と言っているように、他の12弟子とは違って、十字架以前の地上を歩んでおられた主と行動を共にしておらず、復活後のキリストに出会った時、彼はキリスト教会の迫害者でした。

 ★しかし、彼は復活後の主と出会ってから、主から直々に福音の奥義を教え込まれ、他の12弟子以上に忠実で熱心な主の弟子となり、主に習う者となりました。

 ★私たち現代に生きるキリスト者は、旧新両約聖書という完成した聖書を手に取ってじっくりと読むことを許されているので、「主にならう」ということがどういうことかよく分かっています。み言葉を愛し、ますます深く学ぶことによって、言葉も行いも心もキリストに似た者へときよめられ、成長して行きたいものです。

Ⅱ主イエスの権威あるみ教え

 22節に「人々は、その教に驚いた。律法学者たちのようにではなく、権威ある者のように、教えられたからである。」とあります。「権威ある者の様に」と訳された言葉は「権威ある者として」と訳すべき言葉です。

 ★マタイ14:5で「群衆はバプテスマのヨハネを預言者として見ていた」という言葉でも同じギリシャ語オース(〜として)という語が用いられています。「主イエスが権威をもって語られたので人々が驚いた」という言葉はマルコだけでなく、マタイ、ルカ、ヨハネの全ての福音書が証しています。

 ★キリストの時代の説教者は「この学者はこう言っている。あの学者はああ言っている」と名のある学者の言葉を引用して自分の教えを権威付けようとしていました。

 ★これに対して、主は「昔からの言い伝えはこう言っているが、私はあなた方にこう言います」と権威をもって教えられました(マタイ5:21,22)。

 21「それから、彼らはカペナウムに行った。そして安息日にすぐ、イエスは会堂にはいって教えられた。」主イエスが会堂で説教をされると、悪霊に付かれた人が会堂の聴衆席にいて、叫んで言いました。「「ナザレのイエスよ、あなたはわたしたちと何の係わりがあるのです。わたしたちを滅ぼしにこられたのですか。あなたがどなたであるか、わかっています。神の聖者です」。

 ★この悪霊付かれの人の叫んだ言葉に間違いはありません。悪霊の語る言葉が、全て間違いと言う訳ではありません。しかし、悪霊には真理や神の言葉を語る資格はないのです。悪霊は悪の霊であり、偽りの霊ですから、彼らが語るのにふさわしい言葉はうそ偽りです。悪霊が、真理を語るなら、それは真理を冒とくすることになります。

 ★使徒行伝で、占いの霊につかれた女が、使徒パウロ達の後についてきて何日も「この人達は、いと高き神のしもべ達で、救いの道をあなた方に宣べ伝えている人たちです。」と叫び続けていました。パウロは困り果て、その霊に命じて「主イエスの聖名によって命じる。この女から出て行け」と命令しました。すると、即座にその占いの霊は、その女から去って行きました(使徒16:16-18)。

 ★占いの霊はサタンの支配下にある霊です。悪霊や占いの霊が、キリストの福音について語るなら、福音の真理がけがされます。福音の真理そのものが汚されるのではなく、福音を聞く人々にとってつまづきとなり、人々を福音の真理から遠ざけることになります。

 25節、主イエスは悪霊が自分にふさわしくない真理の言葉を語るので、彼を叱りつけ、「黙れ。この人から出て行け。」と言われました。すると、その汚れた霊はその人をひきつけさせ、大声を挙げてその人から出て行きました(25,26節)。

 ★ヨハネ11はこう言っています。「初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。」。そしてヨハネ114「ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。」この114節のみ言葉から、イエス・キリストが人となってこの世に来られた神の言葉であることが分かります。

 ★創世記1:1,31初めに神が天と地を創造した」「3神は仰せられた、『光あれ』。すると光があった。」とあります。神は言葉一つで世界とその中にあるものすべてを造られました。 
 ★主イエス・キリストは、神のそのことばですから、無から有を起こし、死者をよみがえらせ、生来の病気をいやし、悪霊を追放されたのは主にとっては、当然のことでした。

Ⅲペテロの姑の癒し

 ★ペテロのしゅうとめの癒しは、マルコだけでなく、マタイ8:14-19やルカ4:38-41にも記されています。ルカ439を見ると、「イエスが枕元に立って熱を叱りつけられると、熱は引き、彼女はすぐに起き上がって一同に仕えた。」とあります。

 ★ここでも主は、み言葉で熱病を叱りつけ、お癒しになったことが記されています。主のみ言葉には力があります。聖書には、

 「私は主、あなた方を癒す者である」出エジプト15:26

 とあります。

 ★病気を治すのは、医者でも薬でもありません。人間を造られた創造主、天地の神、主こそ私たちの癒し主です。神は私たち人間の身体に自然療能とも自然治癒力とも呼ばれる病気を治し、傷口を修復する力を備えて下さいました。

 ★小さな擦り傷は、水で洗っておけば、放っておいても数日のうちに治ります。更に大きな病気やケガでも、癒し主である主に祈って癒されることが出来ます。

 ★今日の人々は、キリスト者も含めほとんどの人々が、医者や薬に頼り過ぎで、お金の無駄使いをしています。医者も薬もいらないとは言いません。過度の信頼がいけないのです。

 ★このペテロの姑の癒しのニュースがたちまち近所の人から町中の人々に知れ渡ったために、その日の夕方から、人々が病人や悪霊付かれの人々を連れて主のみもとにやって来たので、主は彼らを皆、癒されました。

 ★人々は、病気や悪霊付かれの様な、眼で見て分かる災難については、これを認めて救いを求めますが、全ての災いの根源である人の罪とその結果である魂の永遠の滅びについては、全く知らず、その罪と滅びからの救いを求める幸いな人々は、極々限られた選ばれた人々だけです。「罪と滅びからの救いの道は、幼子の様に心へりくだった人々にのみ現わされる」と主は言っておられます。

聖書

 25その時、イエスはこう言われた。「天地の主である父よ、あなたをほめたたえます。これらのことを知恵ある者や賢い者に隠して、幼子たちにお示しになりました。 26そうです、父よ、これは御心に適うことでした。27すべてのことは、父から私に任せられています。父のほかに子を知る者はなく、子と、子が示そうと思う者のほかに、父を知る者はいません。28すべて重荷を負って苦労している者は、私のもとに来なさい。あなたがたを休ませてあげよう。29私は柔和で心のへりくだった者だから、私の軛(くびき)を負い、私に学びなさい。そうすれば、あなたがたの魂に安らぎが得られる。30私の軛は負いやすく、私の荷は軽いからである。」
マタイ11:25-30



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キリスト紀元2020年 1月 18日公開