ノック(アウト)
ノックをする音がする。俺は耳を澄ましている。その音がまぼろしなのか、誰が叩いているのか、判っちゃいないし、判ろうとも別に思わない。ただ、耳を澄ましている。俺は扉を開ける。部屋の隙から空気が入っている。突然の空襲音!飛行機が頭上を掠め飛ぶ。
俺は心臓を掴もうと、右手で左胸をつかむが、つかむ事の出来るのは胸だけなので苛立っている。ももがジーンズにこすれている。腹や腕にTシャツが触れている。靴下はぴったりと足にまとわりついている。重たく靴が更に締まっている。頭の毛が一ミリずつ伸びていく様に、頭皮がもぞもぞする。背中がかゆい。下腹を触る。手の平の感覚よりも腹皮の触感の方が勝る。そして、その中にどろどろと棲んでいる何かが音を上げる。
何かがいる。確かに何かが。断じて胃や腸ではない。
俺は頭よりも腹の中のこいつに突き動かされている方が心地よい。
ノックをする音は続いている。
目の前には公園しかないのに、俺もノックする。隣を歩く女をノックする。ノックアウトする。ノックアウトする。誰かをノックする。この女の考えている事なんてどうでもいい。ノックする。昔、いつも俺はそうして来た筈だ。この女をノックして来た。でも、その音は聞き慣れてしまい、いくらノックしても、ノックされても、どちらも扉を開けて歩き出そうとはしなかった。
扉を開けろよ。強くノックする。階上の女が声をあげる。椅子が引きずる音を立てている。何かが落ちる音がする。又、声。俺達は、ノックし、扉を開け、公園を歩き続ける。手をドアノブにやる。冷たい感触がする。この指が、確かに触れた、と思った誰か、あなた。
ノックをする音がする。この女は誰だろう?猟銃の音にも似ている。その音聞きており、俺は歩く。隣を女が歩く。直接という事は頭なんかで考える事じゃないぜ。腹の中にどっかり居座るやつが俺を侮ける様に語る。ドアを開けろ、こじ開けろ、鍵のナンバーを教えろよ、隣を歩く女。女の隣を歩く俺。
開けて、見透かしてやる。お前のすべてを。考えている事なんかじゃない。その肌だ。その肌で、皮で出来たドアをノックしているんだ。
俺は、いつもして来た事で、昔だから、何も知らない俺が出来なかった事じゃない。一体俺は誰に向かい語りかけているのか?俺は、君のドアを、お前のドアを今、ノックしてるんだぜ。そうしないと何も出来ないと思っているからさ。今、ノックをする音がする。ずっとしている。これは、ノックの音か、この指に最後に触れた人、握った人、最後に首を絞めたその時の感じ、を、覚えている。息が口に入り、出る。