モケーレ・ムベンベ
アフリカ、コンゴ共和国奥地のテレ湖に棲息するというUMA。
ピグミー族に伝わる伝説。
昔ピグミーは小さな沼にマニオック(現地の主食のタロイモの一種)を植えて育てていた。
しかしある時巨大な怪物が何頭か現れ、沼の周囲の森をなぎ倒し、沼をかき回して広げ始めた。これがテレ湖の誕生だという。
怪物はその後も付近を荒らしまわり、マニオックが作れなくなったピグミーたちは困り果て、村中で相談した結果、怪物を殺すことにした。
ピグミー達はウメと呼ばれる湖の西端にある流水口の場所に4つの柵を作って怪物を待ち伏せした。
やがて1頭の怪物が森から現れた。1つ目の柵は難なく乗り越えられ、2つ目も越えられた。3つ目の柵を乗り越える時に怪物は少し傷つき、4つ目の柵を乗り越えようとした時にピグミー達は槍で一斉に襲いかかり殺した。
怪物は巨大で解体するのに3日3晩かかった。村人は全員で怪物の肉を食べたが全員がその直後に死んでしまった。
生き残ったのは旧ボア村へ出かけていた少女1人だけだった。
1981年、2つの探検隊がコンゴの奥地、テレ湖を目指してジャングルの中を進んでいた。
一方は前年にもテレ湖周辺で調査を行い、モケーレ・ムベンベの好物を突きとめたというシカゴ大学のロイ・マッカル隊。
そしてもう一方はカリフォルニアのジェット推進研究所の技師、ハーマン・レガスターズ率いる探検隊である。
ところが10月下旬にコンゴ入りしたマッカル隊は自然の猛威の前にテレ湖に辿り着く前に断念。
謎の解明はレガスターズ隊に託されたのである。
テレ湖に到着してまもない10月29日早朝、突然湖の方から激しい水の音が聞こえてきた。
慌ててテントを飛び出したレガスターズは長い首とヘビに似た頭部を持った灰色の巨大生物を目撃したのである。
怪物はあっという間に水中に姿を消してしまったが4時間後に再び目撃された。しかしこの時も数秒で水中に消えたという。
11月1日、湖にそそぐ小川付近を歩いていたレガスターズ隊は耳をつんざくような咆哮を聞く。
どこから聞こえてくるかは分からなかったが、その咆哮はその夜に何度も湖畔に響き渡った。探検隊に参加していたコンゴの生物学者でコンゴの動物管理長のエチアルセンジュ・ミンゴルー博士にも何の動物か全く分からなかったという。
この咆哮はテープに録音され、帰国後カリフォルニアのボーグ・ウォーナー力学研究所の音響分析専門家であるケニス・テンプリンや西ドイツ、チュービンゲン大学の動物声紋学の権威であるデヴィッド・ヴァイシャンベル博士ら動物、爬虫類学の専門家5人によって分析された。分析結果は録音されている叫び声の音源は複数の動物であり、それぞれ場所を変えながら声を発していること、アフリカのジャングルに生息するどんな動物にも該当する声紋が無く、あきらかに大型の生物の声であるというものだった。
11月24日、午前9時ごろにはコンゴ人の狩猟官とポーター頭が湖の北端から1キロ程の地点を水面に波を立てながら移動する暗褐色の巨大な物体を目撃した。彼等はその生物を8分間に渡り観察していたが、生まれてからずっとこの土地で暮らしてきた彼等でさえ見たことの無い生き物だったという。
11月27日正午過ぎに湖の北端をボートで調査していた班が、水中からヘビの頭のような物が2メートルも突き出てきたのを目撃した。
距離はボートからわずか30メートルほどで水面に突き出た首は暗灰色の滑らかな皮膚で怪物は首を左右に振っていたという。
この時ボートに乗っていたレガスターズの妻、キーア夫人がとっさにカメラを取り出して写真撮影に成功した。
5秒ほどの出来事でピンボケの写真ではあるが水面には明らかに潜ろうとしている巨大生物が写っていた。
モケーレ・ムベンベ目撃年表
・1776年
リーヴァン・プロワイアール神父が「フランシス伝道団回想録」で怪物について著す。
それによると神父の一行はコンゴのジャングルを進行中、円周が90センチもある大型動物の足跡の列を発見した。
調べて見ると歩幅は約2.1〜2.4メートルほどで最大級の象に匹敵する物だったが、その足跡には象には無いはずの鋭い爪跡が残されていたという。
・19世紀末
数頭の怪物が湖近くの畑を荒らすので、ピグミー族が柵を作って対抗した。
しかし1頭が柵を乗り越えて侵入してきたために怒ったピグミー族は取り囲んで槍でしとめて食べた。
その後、肉を食べた全員が死亡。助かったのは村を留守にして肉を食べなかった少女だけだった。
イギリスの貿易商A・スミスがアフリカ南西部のオグー川河口付近で3つ指の足跡を発見した。
・1913〜14年
ドイツのリクアラ・コンゴ探検隊の隊長フライヘル・フォン・シュタイン大尉が本国に提出した書類の中で地元民の話として巨大動物について記述。
「その動物は粘土質の岸壁の水面下にあいた無数の洞穴内に潜んでいて、時に白昼でも餌の植物を探しに陸へ上がってくるという。好物は川べりに生えているリアナというリンゴに似た果実である。住民の話では茶色がかった灰色のすべすべした表皮の動物で大きさはほぼ象、少なくともカバ程度はあるという。長くて自在に曲がる首を持ち、長い1本の牙ないし角がある。尾は極めて長く、ワニのように強力な力を持つ。もしカヌーが近づきすぎるとすぐに襲ってきて転覆させて乗り手を殺す。だがそれを食べる事まではしない」
・1938年
ドイツの科学者レオ・ワオン・ボフバーガー博士がカメルーン地方を探検。
地元民から怪物に関するスケッチや貴重なデータを手に入れるが帰る途中、スペイン領ギニアの川で全て無くす。
・1948年頃
ドゥアラ国債空港航空保安官(1979年当時)A・S・アレイが子供の頃の話。
カメルーン南西のバロンビムボ湖で友人と水泳中、湖の中央付近の水面が突然沸きだったので大急ぎで陸に上がった。
すると2頭の首の長い怪物が水面に姿をあらわした。大きい方は首の太さが1メートルほど、体長5メートル、頭部は60センチ程度で角が一本突き出ていた。もう片方は同じ形態で一回りほど小さく、全体的には大蛇のような印象だったという。
・1977年
高校教師のD・マンボンボがリアクラガ川の水面に頭を出している怪物を目撃。
・1979年2月
象ハンター、モンゴメラがテレ湖の近くで不気味な叫び声を聞き、正体を確かめようとしたところ川面から首を出して木の葉を食べている怪物を目撃。
一説にはテレ湖よりも周辺の川のほうが目撃談は多いという。
・1980年
シカゴ大学の生物学者ロイ・マッカル博士がモケーレ・ムベンベついて調査するためコンゴを探検。
インプフォンド、エペナ地区の地元民から30件以上の目撃段を収集し、モケーレ・ムベンベの好物らしい「モロンボ」という木の実を持ちかえる。
・1981年
ロイ・マッカル博士が二次調査を行うが、豪雨や毒蛇の大群などのアクシデントが続発しテレ湖到達前に断念。
しかし湿地帯で長い尾を引きずったような何か巨大な生物が通過した跡らしき物を発見。
アメリカのジェット推進研究所の技師ハーマン・レガスターズが探検。
何度か怪物を目撃し、不鮮明ながらも写真撮影に成功し、謎の鳴き声をテープに録音する事に成功。
その後、5人の学者による分析では大型動物の鳴き声という結果が出た。
・1983年5月1日
コンゴ政府が生物学者のマルセラン・アニャーニャ博士を隊長として探検隊をテレ湖に派遣。
探検隊は水面にうごめく茶褐色の生物を目撃、長い首、ヘビに似た顔、大きな胴体を水面からのぞかせ首を左右にくねくねと揺らめかせていた。
・1988年
早稲田大学探検部がテレ湖に遠征。
調査の結果、モケーレ・ムベンベの好物は「モロンボ」ではなく「マボンジ」という植物である事が判明。
テレ湖は最も近いボア村からでさえ徒歩で3日かけないと辿り着けない秘境中の秘境である。
さらに地元民からはテレ湖周辺の土地は聖域とされているので近づく者も最近まで滅多にいなかったという。
水辺近くまでジャングルが迫っているために湖の周囲を移動するだけでも一苦労であり、一周するのには3日ほどかかるという。
調査するにはかなりの人手と金が必要である(さらに聖域への入域料を村に収めなければならない)
ほぼどの目撃証言も長い首とヘビのような頭部という点が一致している。
さらに昼間の目撃例が多く、どうやら草食らしい所から雷竜の生き残りが小型化したものではないかという説がある。
また、コモドドラゴンのようなオオトカゲの一種の可能性もあるが、大型のトカゲは肉食性という点で問題がある。
・テレ湖自然環境
南北3キロ、東西2、5キロの楕円形。
水は赤茶色で濁り透明度は低い。水深は2〜3メートル程で水深が浅いためにソナーなどの精度はかなり落ちる
周囲のジャングルは湿地帯で水際まで迫る。
動植物の数、種類ともに多く大型のヘビやトカゲも生息している。
ロイ・マッカル博士の報告では、テレ湖は隕石の落下によって誕生した湖であるという伝説がある。
・特徴
体長は8〜15メートル。歩幅は2〜2,5メートルで足の円周は約90センチ、鋭い爪を持つ。
胴体は赤茶、もしくは茶色で滑らかな感じ。大きくて黒っぽい文様がついているといった報告も。
首は長く、その先にヘビのような小さな三角形の頭部がついている。尾は長く強力。
水陸ともに目撃されるが大半は水中で目撃。
草食性と思われるが非常に攻撃的な性格で地元民には恐れられる存在。
また肉を食って死人が出たことから毒、もしくは未知の病原体を保有する可能性がある。
雨上がりに目撃される事が多い。
ちなみにモケーレ・ムベンベとはリンガラ語で「虹」という意味である。かつては「川の流れをせきとめるもの」という意味と思われていた。