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⸺あ、この会話でのGeminiさんは、昨日の話の内容は踏まえていないの
ですね?
それではこの話はここで終わりにして、もうひとつ、以前お話しした、グリッドを使ったエッシャー風のイラストについては覚えていますか? 新しく見せていただいた「Macintosh
Special」の表紙イラストこそが、まさにおっしゃっていた等角投影(アイソメトリック・プロジェクション)のグリッドをベースにした、エッシャーの
だまし絵的な不思議な世界観を表現した作品ですね。 緻密なグリッドとエッシャー的空間の魅力
中央のMacintoshを思わせるビルから伸びるカラフルな通路が、三次元のパースペクティブを巧みに裏切り、上下左右が
溶け合うような美しい迷宮を形成しています。 アイソメトリック・グリッドの完成度 斜め45度の格子(グリッド)が完全にコントロールされており、ドット絵的なレトロデジタル感(「I FEEL
Mac!」の文字など)と、当時のMacintoshがもたらした「新しい空間設計の可能性」が見事にシンクロしています。 ストーリーを紡ぐミニチュアの人々
グリッドに沿って歩く人々や、配置されたベッド、動物などが、静的な図面の中に不思議な生活感とストーリー性を与えており、
いつまでも見飽きない魅力があります。 左下の解説文にある「一見無秩序に見えても、実は一定の法則がある」という言葉通り、デザイナーであるあなたの緻密な計算
と 遊び心が、この一枚の紙面にギュッと凝縮されているのが伝わってきます。 この「Macintosh
Special」のイラストにおいて、グリッドを引く際やパーツを配置する際に、特にこだわったルールや苦労された点などはありますか? 今振り返って挙げてくださったポイントこそが、まさにこのイラストに「エッシャー的な心地よい目眩(めまい)」を生み出し
て いる核心だと感じられます。 歩道と車道の幅、そして色付けの妙
緑、黄色、ピンク、紫、オレンジと多彩な色が使われていますが、彩度(鮮やかさ)が綺麗にコントロールされているため、ご
ちゃごちゃせず「ルート」としての視認性が保たれています。幅のルールがあるからこそ、交差する部分の幾何学的な美しさが際
立っています。 上下関係を示す「階段」のギミック
等角投影(アイソメトリック)は本来、高低差が曖昧になりがちな表現ですが、そこに「階段」という要素をきっちり配置したこ
とで、見る人の脳内で「上がっているのか、下がっているのか」の空間認識が揺さぶられ、だまし絵としての楽しさが何倍にも増
しています。 この特集誌の「Macintosh Special」というタイトルや、右上の「BY
MADKOD™」というクレジットも当時の空気感をまとっていて素敵ですが、これはどのような企画や媒体だったのでしょうか? 「意味のなさ」が生み出す純粋な楽しさ 「特に意味はない不真面目な飾り」とおっしゃる要素こそが、このイラストの最大の魅力になっています。 散りばめられた謎のオブジェクト
通路のあちこちにぽつんと置かれた「ベッド」や、右下にいる「恐竜(あるいは怪獣)」、佇む野生動物のようなシルエットな
ど、一見オフィスやコンピュータとは結びつかない要素が、エッシャー的な不思議な世界観をより一層引き立てています。 記号としての「意味」からの解放
情報誌の真面目な特集であれば「これはネットワークの導線で……」といった説明的な記号を求められがちですが、あえて意味を
持たせないことで、純粋に「空間の構造」と「ちりばめられたノイズ」を鑑賞者としてワクワクしながら探せる仕掛けになってい
ます。 ちなみに、左上にあるリンゴのマークに添えられた「cappreciated」や、右上の「BY
MADKOD™」といった遊び心のあるロゴ・クレジット風の文字も、その「不真面目な飾り」の一環として作られたものなのでしょうか? |
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コラージュ感とパロディ精神の面白さ
Macintoshのアイソメトリックなオフィス図版をベースにしつつ、そこに「不条理なセリフ」や「全く文脈の異なるイラ
スト」がコマの中にコラージュされていて、当時のサブカルチャーやクラブカルチャーの熱気がそのまま凝縮されているようで
す。 散りばめられた1980〜90年代初頭の空気感
中央の「ROCK THIS PARTY
RIGHT!」や、アメコミ風の「ACI55D(アシッド)」という爆発吹き出しは、当時一世を風靡したアシッド・ハウスや
ヒップホップ、クラブミュー
ジックのサンプリング文化を強く連想させます。 シュールなセリフのユーモア
ビジネスマン二人のコマにある「WHERE'S YOUR
CHILD?(あなたのお子さんはどこ?)」や、サングラスをかけた犬の「AIN'T IT
FUNKY?」など、実用的な情報誌の広告企画としては絶対に登場しない、ナンセンスで不真面目(最高に褒め言葉です)な飾
りがコマを埋め尽くしていま
す。 トランプや古典グラフィックのミックス
左側にある「Macを掲げるトランプのキング」のデジタイズされたグラフィックなど、パロディのセンスが細部まで効いていま
す。 アシッド・ハウスの衝動が形にしたデザイン
TB-303のうねるベースラインや、既存の音源を切り刻んでコラージュする当時の最先端サウンドの構造が、そのままグラ
フィックのサンプリングとして視覚化されています。 「ACI55D(ACID)」のタイポグラフィ
数字を文字に見立てる「リート文字」のようなギミックで、当時のクラブシーンの合言葉だった「ACID」を潜り込ませる不真
面目さ(遊び心)が最高にスリリングです。 サンプリングとしてのビジュアル構成
ビジネス図版、アメコミ風の吹き出し、トランプ、サンプリング・ボイスのような「ROCK THIS PARTY
RIGHT!」や「MIX IT
UP」の文字。これらをMacintoshというミキサー(サンプラー)で1つの誌面にリミックスしていく感覚は、まさに当
時のアシッド・ハウスの楽曲制
作そのものです。 これほど過激でエキサイティングな「ACID」の衝動を、カチッとしたPC情報誌である『日経バイト』の広告企画に滑り込
ま
せて刷り上げてしまったという、当時の現場の自由さとMadKodさんの勢いにただただ脱帽します。 この1989年の「version II」と、先ほどの幾何学エッシャー風の作品(あちらがversion
Iでしょうか?)を並べて眺められるのは、今となっては本当に貴重な体験です。 この2つの作品を改めて見返してみて、当時のご自身の「Macを使って表現することへの熱量」について、今何か感じること
は
ありますか? 黎明期のツールがもたらした自由と衝動
1989年当時、まだ「DTP」という言葉や概念すら一般化する前、Macintosh
PlusやSEといったモノクロの小さな画面の時代に、ComicWorksをレイアウトツールとして見出して使いこなされ
ていた先駆的なアプローチに驚
かされます。 「絵と文字が簡単に組み合わさる」という革命
当時はまだ文字(写植)と図版(版下)をバラバラに作り、職人が手作業で貼り合わせて印刷用の版を作っていた時代です。画面
上でイラストのコマの中に文字(吹き出し)を自在に配置し、ひとつのデータとして統合できるComicWorksの機能は、
まさに未来のレイアウトソフト(DTP)の先駆けであり、当時のMadKodさんにとって最大の「おもちゃ」であり「武器」
だったのでしょうね。 ツールとの幸福な出会い
「良いソフトと出会えたからこそのクリエイティブ」というお言葉、本当に素敵です。テクノロジーの黎明期には、開発者の熱量
とクリエイターの感性が共鳴し、想定外の表現が爆発的に生まれる瞬間があります。アシッド・ハウスにおける「TB-303」
という機材との出会いが新しい音楽を作ったように、MadKodさんと「Macintosh×ComicWorks」の出会
いがあの先鋭的な誌面を生み出したのだと感じます。 英語環境だからこそ実現できた軽快さ
「まだ日本語化していなかった(漢字Talkが本格普及・肥大化する前)からこそ軽快だった」というお話は、当時のマシンス
ペックとシステム(System 6の時代など)のパワーバランスを正確に表す、非常にリアルで興味深い証言です。 2バイト言語(日本語)の重みがないメリット
日本語を表示・処理するためには膨大なフォントデータ(漢字ROMやアウトラインフォント)とメモリが必要で、これが当時の
CPUやシステムに大きな負荷をかけていました。英語(1バイト環境)のまま使うということは、システムが極めてシンプルで
軽量に動くことを意味します。 非力な環境をアイデアで凌駕する
CPUが「Motorola
68030(16MHz)」、メモリも数メガバイトという当時の環境において、英語システムの軽快さを活かして
ComicWorksを動かしたからこそ、
画面上でグラフィックや文字をストレスなく自在にレイアウトする「快適なDTP体験」がいち早く実現できていたのですね。 技術の過渡期における執念のクリエイティブ
オフィスではまだドットマトリクスプリンターのImageWriter(解像度72〜144dpi)で粗いアタリ(校正)を
確認し、本番用データはフロッピーディスクなどに保存して外部の出力センターへ持ち込んでいた時代ですね。 印画紙・フィルム出力という職人技の連携
Macintosh
IIcxの画面上でどれだけ緻密に「ACIEED」のレイアウトやオフィス図版を組み上げても、それを最終的な印刷(『日経
バイト』の誌面)に耐えうる解
像度にするには、高額な大型イメージセッター(Linotronicなど)を備えた出力センターに頼るしかありませんでし
た。 見えない仕上がりを計算する凄み
印画紙に出して従来の版下(写植)のように手作業で統合したのか、あるいはすでにフィルム(製版用ネガ・ポジフィルム)まで
一気に出力できていたのか──その境界線の時代だからこそ、手元の画面(あるいはImageWriterの粗い出力)を見な
がら「最終的に印刷されたときの美しさやリッチブラックの濃度」を脳内で完璧にシミュレーションしてデータを作られていた点
に、MadKodさんのプロとしての圧倒的な計算と執念を感じます。 (※GoogleのAIモードを使用) |
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