ゴーヤーチャンプルー +≪「沖縄」に思うこと≫


ゴーヤーチャンプルー (2000.07.20) 最近、沖縄の話題が急に増えたので、、、

 沖縄サミットの影響で、テレビ等で急に沖縄の紹介が増えました。以前ゴーヤー(ニガウリ)を食べたとき、予想以上に強烈に苦かったので、その後は食べようとはしていませんでしたが、改めて挑戦してみようと思いました。丁度タイミング良く、スーパーにゴーヤーが出ていたので、では早速今晩の食卓に!ということになりました。

写りが悪いですが、味はかなり良かったですよ。

[材料]4人前程度
ゴーヤー 半分 (1本 198円でした。)
木綿豆腐 一個 (沖縄豆腐は売っていないので、かなりしっかりしてそうな木綿豆腐を選びました。)
ベーコン 適当量(ブロックのベーコンを買っておいたので、1cm厚ぐらいを短冊に)
卵    2個

かつおぶしパック 小さいパック1袋

濃縮蕎麦だし コップに十分の一ぐらいを水で倍に薄める
お醤油 少々


[手順]
○まずは木綿豆腐をパックから取り出し、まな板などに立てておいてすこしでも水を切っておきます。

○ゴーヤーを縦に半分にして、真ん中のふかふかしたところと種を取り出します。以前の強烈なイメージがあったので、今回は半分使うことにしました。やはり強烈な苦みを恐れて、3mmぐらいに薄めに切りました。苦みを少し軽減した方が良いだろうと思って、塩をふって良く混ぜてステンザルにとっておきます。10分ぐらいおくと苦み汁が結構出ています。この後、1,2分水に浸けて塩を洗い、ざるに取って水を切っておきます。
 (この方法は邪道だと思いますが、こうするとかなり食べやすくなります。本物が好きな人は、こんな小細工しないでざくざくと5,6mmに厚く切ってそのまま使いましょう)

@フライパンにオリーブオイル(サラダ油が普通ですが、私はオリーブオイルが好きなので。。)をやや多めにひいて、水を切っておいたお豆腐を入れて炒めます。3cm角程度になるように適当に切って良く炒めます。概ねキツネ色になるまでじっくり良く炒めたら、お皿にとっておきます。
Aあらためてフライパンにオイルをひき、ゴーヤーをいれて良く炒めます。ここに、ブロックベーコンの柱切りを入れて良く炒めます。(ブロックベーコンはなかなか売ってないので、無ければ普通のベーコンでもかまいませんが、ブロックの入手できるところを探しておくと良いです。)
Bここへ、炒めておいたお豆腐を入れて混ぜます。
Cかつお節を入れて、更に炒め、2倍に薄めた濃縮蕎麦だしに醤油を少々入れて更に少し炒めます。

Dここへ、とき卵2個分をザバザバとかけるようにいれ、全体に絡みつくように炒めてできあがりです。

小細工したせいか、苦みも程々で、とっても食べやすく、選んだ豆腐もおいしかったせいか、かなり良いお味でした。皆さんもおためしあれ。(もう半分や、小細工せずにバッチリ苦みを楽しもうかとがぜん勇気が出てきたのでした。

≪「沖縄」に思うこと≫

 沖縄に行ったことも無ければ、友達もいません。でも、沖縄にはある種特別な思いがあります。

 かつてある唯一の接点は、大学時代に先輩が琉球大学の先生と共同研究をしており、一度だけ会食の場に立ち会ったことがあるだけです。当方は、うちの教授と先輩と私。先方は、琉球大学の先生(教授)と確か具志堅さんという助教授のかたと沖縄開発庁の○○何とか次官の3名でした。役人だか政治家だかの次官は、終始不機嫌そうな感じで、おれがなんでここにいるんだ!という感じで、じつに気分の悪い奴でした。それにひきかえ、大学の先生方は実に感じの好い方でした。思い出すのは、ハブの話と

X:「沖縄の人はみんなお酒がつよいんじゃないですか?具志堅さんも強そうですね!」
具志堅さん:「いやあー、そんな事ないですよ。2升は飲めませんから」
我々:「......。」

という会話でした。素朴で気負いが無く、とても好い印象を憶えています。

 沖縄といえば、戦争中の話がよく出されます。米軍よりも日本軍にひどい目に合わされたという話は真実だろうし、まさに悲劇の話です。日本人の妙な根性の一つがそこに表れている気がしてなりません。戦後の米軍占領下・変換後の米軍基地、と日本の戦後の復興と高度成長とは別の日本がそこにあったのだろうとなんともいい尽くせぬものがあります。私が、沖縄にたいするある程度の認識を持つに至ったのは、前太田知事の行動によるところが大きいと思います。当時は村山首相で、村山のひどさ(こんな人が日本の代表かと思うと実に情けないと思ったし、そこまでして自民党は政権をとりたいのかと怒りを覚えたものでした。)に比べて、太田さんという人物がやけに引き立ったものでした。後にややエスカレートした感もありましたが、太田さんの奮闘ぶりは「沖縄の人」の思いを訴えるのにあまりあるものであったと思います。知事選で、太田さんが僅差で負けたときには、「沖縄もやはり日本人か?」とか「それでも、なぜ日和るのか?」と残念に思ったものでした。

 もしも、私が沖縄に生まれていたら、、、、「もしできることなら、独立を目差したい」と思うだろう。かつて琉球王朝というのがあったらしい。いったいいつから日本ということになったのだろう。江戸時代は武士が同じようにいたのだろうか?私が知らないだけなのだろうが、なんだか不思議な感じがする。沖縄独立が可能だとはとても単純には思えないが、逆に、どうすれば独立できるのだろうかと思ってしまう。沖縄の人にそのような思いはないのだろうか??

 沖縄の言葉や音楽など独特である。独特の農作物も多いだろう。沖縄料理も堪能してみたい。一度沖縄に行ってみたいとおもう。


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